極光鉄道の夜を終わらせて

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 14:59:50

    「ではみなさんは、そういうふうに亡くなった人の魂が昇っていく道だと言われたり、災いのしるしだと言われたりしていたこのゆらゆら揺れるカーテンのようなものがほんとうは何か知っていますか?」あさり先生は、スクリーンに映った極地写真家の撮ったという写真を差しながら、みんなに問いをかけました。
     咲季ちゃんが手を挙げました。それから4、5人手を挙げました。リーリヤも手を挙げようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれが太陽風と磁場がぶつかってできたプラズマだと、最近アニメで見たのでしたが、この頃はリーリヤは体が重く、頭もなんだか冴えないので、なんだかうまく説明できないような気持ちがするのでした。

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:01:31

    ところがあさり先生は早くもそれを見つけたのでした。
    「葛城さん、わかりますか?」
    リーリヤは勢いよく立ち上がりましたが、立ってみるとうまく声を出すことができないのでした。手毬ちゃんが前の席から振り返って、リーリヤをじっと睨みました。リーリヤはもうどぎまぎして真っ赤になってしまいました。先生がまた言いました。
    「原理としては、蛍光灯と似ているんですよ」
    やっぱりプラズマだとリーリヤは思いましたが今度も答えることができませんでした。
    先生はしばらく困った様子でしたが、眼を居眠りしている清夏ちゃんのほうへむけて、
    「では、紫雲さん」と名指しました。
    するとあんなにぐっすり眠っていた清夏ちゃんが、ぴーんと立ち上がりましたが、何が何だかわからないというように答えができませんでした。
    先生は呆れたようにしばらくやれやれと清夏ちゃんを見ていましたが、急いで、「では」と言いながら、自分で写真を指しました。
    「このオーロラや蛍光灯などは、一般にプラズマと呼ばれるものなんです。リーリヤさんそうでしょう」
    リーリヤは真っ赤になって頷きました。いつしかリーリヤの眼の中には涙が浮かんでいました。そうだ私は知っていたんだ、勿論清夏ちゃんも知っている。それはいつか寮の部屋で清夏ちゃんと一緒に見たアニメの中にあったんだ。それを清夏ちゃんが忘れる筈もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、きっと居眠りをしていたからだけど、この頃私が、朝にも午後にもレッスンが辛く、放課後にも清夏ちゃんと遊ばず、清夏ちゃんとあんまり話す時間が取れないので、清夏ちゃんが最近憂鬱そうにしている理由がわからないのでした。そう考えるとたまらないほど、自分も清夏ちゃんもあわれなような気がするのでした。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:05:09

    先生はまた言いました。
    「地球のまわりをふくめて宇宙には、太陽をはじめとした自分で光を出す恒星から出た電気を帯びたつぶが飛びかっています。恒星はたいへん温度が高いので、星を作っている物質の一部が熱によって分解し、電気を帯びたつぶになるためです。このような電気を帯びたつぶをプラズマといい、ガスのように薄く広がって宇宙の中を動いています。
    わたしたちの太陽も光や熱だけでなく、毎秒100トンというたくさんのプラズマなどを宇宙空間にはき出し、その一部は地球にもとどきます。地球にちょうど風のように吹きつけるため、これを太陽風と呼んでいます。
    太陽風が地球にとどくと、その一部のプラズマが地球の大気に飛び込みます。プラズマと大気を作っている酸素や窒素とがぶつかると光が出ます。それがオーロラの正体です。それではオーロラが見える地域の分布についてなどは、次の授業ターンのときにお話しします。今日は日本でもオーロラが見える日だそうですから、よければ空を見上げて見てくださいね。ではここまでです。教科書やノートをしまってください」
    そして教室中はしばらく教科書を重ねたりする音でいっぱいでしたがまもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:07:09

    リーリヤがレッスン室を出る時、同じ組の何人かと清夏ちゃんが廊下の隅に集まっていました。寮に帰る前にどこかに寄って行こうかと相談しているらしかったのです。
    けれどもリーリヤはすぐにレッスン室に戻りました。さっき習ったところをもう少し復習しておきたかったのです。
    レッスン室ではダンストレーナーが後片付けをしていたようでしたが、リーリヤの姿を見ると「まだやるのか。精が出るな」と少し驚いたように言い、部屋を出て行きました。リーリヤは荷物を部屋の隅に下ろすと、軽く体を動かし始めました。まだ部屋でおしゃべりをしていた人たちの1人ががリーリヤの後ろを通りながら、「がんばるねー、留学生」と言うと、残りの人たちが声をあげて笑いました。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:08:03

    リーリヤは何度も汗を拭いながらダンスを続けました。
    六時がうってしばらくたったころ、ダンストレーナーが見回りに来たのでリーリヤも自主レッスンを切り上げ、荷物をまとめました。
    リーリヤがトレーナーにお辞儀をして立ち去ろうとすると、トレーナーは「秘密だぞ」と言いながらリカバリドリンクを一本リーリヤに渡しました。リーリヤは俄かに顔色がよくなってもう一度お辞儀をすると鞄を持っておもてへ飛び出しました。それから元気よく口笛を吹こうとしましたがうまくいかなかったので鼻歌で白線を奏でながら購買に寄って明日の朝ごはんの材料を買いますと一目散に走り出しました。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:15:54

    リーリヤが勢いよく帰ってきたのは、学園にある寮の一室でした。
    「清夏ちゃん。今帰ったよ。具合はどう?」
    「あ〜リーリヤお帰り〜。レッスンおつかれ。あたしはいつも通りかな」
    リーリヤが部屋に入ると清夏ちゃんがベッドに寝転がって休んでいたのでした。リーリヤは冷蔵庫を開けました。
    「清夏ちゃん。今日は食パンと卵を買ってきたよ。フレンチトーストを作ってあげようと思って」
    「最高じゃん!明日の朝が楽しみ〜」
    「あれ、清夏ちゃん、誰か来てたの?」
    「あ〜さっき咲季っちがね」
    「牛乳ってもうなかったかな?」
    「なかったっけ?」
    「私買ってくるよ」
    「また後でいいじゃん。咲季っちがね、何か作って置いてってくれたよ」
    「それじゃあ、いただこうかな」
    リーリヤは冷蔵庫からパサチキパサチキペーストペーストブロッコリーサプリメント謎の汁を取り出してしばらく食べました。

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:21:27

    「ねえ清夏ちゃん。私センパイはきっとまもなく帰ってくると思うよ」
    「あ〜あたしもそう思う。でもリーリヤはなんでそう思うの?」
    「だって今朝のニュースで今年はベーリング海の漁は大変良かったって言ってたよ」
    「あ〜、でもねえ、Pっちは漁へ出てないかもよ」
    「きっと出てるよ。センパイが学園を追い出されるようなそんな悪いことをしたはずがないもん。すぐたくさんのカニをとって戻ってきてくれるよ」
    「Pっちはこの前はリーリヤにタラバガニをとってくるって言ってたねえ」
    「みんなが私に会うとそれを言うよ。揶揄うように言うの」
    「……リーリヤに悪口を言うの?」
    「うん、でもことねちゃんなんかは絶対言わないよ。ことねちゃんはみんながそんなことを言うときは気の毒そうにしているよ」
    「ことねっちは優しいからなぁ」
    「アルバイトもすっごく頑張ってるみたいだよね。私がレッスンを終わって帰る時、よくアルバイト帰りのことねちゃんと会うんだ。夜遅いから星とかがよく見えてね」
    「そういえば今日は日本でもオーロラが見えるらしいじゃん」
    「うん、私牛乳を買いにいきながら見てくるよ」
    「いってら〜。気をつけてね」
    「大丈夫。十五分で行ってくる」
    「ちょっと遊んできてもいいんじゃない」
    「そ、そんなことしないよう。清夏ちゃん、エアコンつける?」
    「おねがーい、もう寒いよね」
    リーリヤは立ってエアコンをつけ、タッパーを片付けると勢いよく靴を履いて「じゃあ10分で行ってくるよ」と言いながら暗い戸口を出ました。

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:24:20

    リーリヤは、口笛を吹いているような寂しい口つきでまばらな街灯のある道を歩いて行こうとしましたが、そもそも口笛が吹けないので鼻歌でWhite Night!White Wish!を奏でながら歩きました。
    (吐く息全部白くなって、駆け出した街一面、雪の結晶まとったTrue Heart)
    とリーリヤが歌いながら、気持ち大股に街灯の下を通り過ぎたとき、いきなりクラスメイトの1人が、コートを着て電燈の向こう側の暗い路地から出てきて、ひらっとリーリヤとすれ違いました。
    「こ、こんばんは」リーリヤがそう言ってしまわないうちに、
    「留学生、プロデューサーさんからカニが届くよ」その子が投げつけるように後ろから叫びました。
    リーリヤは、ぱっと胸が冷たくなり、そこらじゅうきぃんと鳴るように思いました。
    「みんなはどうして私が何もしないのにあんなことを言うんだろう。センパイのことを何も知らないのに。私が何もしないのにあんなことを言うのは私が未熟だからだ」
    リーリヤはせわしく色々のことを考えながら、そろそろポツポツとイルミネーションが飾られ出した街を通って行きました。アニメイトの看板は明るく光り、ゲームセンターのごちゃごちゃと騒がしい光と音が漏れ出てきます。そのガラス扉にいつか見たアニメのポスターが飾ってありました。リーリヤは我を忘れてそれに描かれているオーロラに見入りました。
    それは昼学校で見た写真に負けず劣らず鮮やかな絵で、黄緑のカーテンの下には真っ白な雪原が続いていて、ああ私はその中をどこまでも歩いてみたいと思ってたりしてしばらくぼんやり立っていました。

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:26:54

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  • 10二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:28:14

    それから俄かに牛乳のことを思い出してリーリヤはその店を離れました。街は迫りくる冬の行事やその先の年末にむけて少しづつ活気が増しているようで、街路樹などはすでにLEDライトがついてキラキラと光っていますし、ケーキ屋などはケーキの予約を開始したと高らかに謳っています。けれどもリーリヤは、いつかまた深く首を垂れて、そこらの賑やかさとはまるで違ったことを考えながら、コンビニの方へ急ぐのでした。
    コンビニに入店すると牛乳を探しましたが見つからず、店員に聞こうにもレジに誰もいません。
    「こ、こんばんは、ごめんなさい」リーリヤは遠慮がちに叫びました。するとしばらく経ってから、金髪の女の子が、目を擦りながらよろよろと出てきてお待たせ致しましたと言いました。
    「こ、ことねちゃん?ここでもバイトしてたんだね……」
    「あれ、よくみたらリーリヤじゃーん……こんな時間になんかあったの?」
    「あの、私、牛乳を買いに来たんだけど見当たらなくて、どこにあるのかなって……」
    「あー、多分ちょうど売り切れてるんだよねぇ……明日じゃダメなの?」
    ことねちゃんはまだ眠そうに目を擦りながら、リーリヤを見て言いました。
    「明日の朝に飲みたいから今晩じゃないと」
    「んー、あとちょっとしたら補充の商品がくるから、もうちょっと経ってから来たら?」」
    「そっか、ありがとうことねちゃん」
    リーリヤはお辞儀をしてコンビニから出ました。

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 15:29:19

    交差点を渡ろうとしましたら、向こうの駅に行く方の雑貨店の前で、6、7人の生徒らが、おしゃべりしたり笑ったりして、めいめいスマホの光を照らしてやってくるのを見ました。その笑い声もおしゃべりも、みんな聞き覚えのあるものでした。リーリヤの同級生の子たちだったのです。リーリヤは思わずどきっとして戻ろうとしましたが、思い直して、そちらの方に歩いて行きました。
    「こ、こんばんは」リーリヤが言おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
    「留学生、カニが届くよ」1人が言いました。
    「留学生、カニが届くよ」すぐみんなが続いて言いました。リーリヤは真っ赤になって、もう歩いているのもわからず、急いで通り過ぎるようにしました。交差点を渡り切って、振り返ってみると、彼女らがやはり振り返ってみていました。なんとも言えない気持ちになって、いきなり走り出しました。

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 16:04:59

    タイトルが上手すぎるしカニ漁に送られる系の世界線とコラボしてるし

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:41:40

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  • 14二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:51:40

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  • 15二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:53:36

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  • 16二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:57:52

    一つ道を逸れれば、ピカピカした光は少なくなり、建物の間から夜空が見えるようになりました。リーリヤは、薄暗く浮かび上がる住宅街への道をどんどん歩いて行きました。大通りの明るい光が差し込んで、一筋の道のように照らし出されてあったのです。
    箱のような家が並ぶ住宅地を抜けると、俄かにがらんと空が開けて、天の川がしらしらと南東から北西へ渡っているのが見えました。そして先生の言っていたように、真っ赤なオーロラが空に揺らめいていたのです。
    リーリヤは近くにあったベンチに腰を下ろしました。街の灯は遠くで煌めき、人の声などはかすかに響いてくるばかりで、リーリヤの少し火照った体も冷たく冷やされました。
    駅に近づく電車の音が聞こえてきました。その中にはたくさんの人が、吊り革に捕まりながらため息をついているのだと考えると、リーリヤは、もうなんとも言えず悲しくなって、また目を空に挙げました。
    あああの赤い帯がオーロラだって言う。
    ところがいくら見ていても、その空は昼の写真で見たような、昔故郷で見たような、綺麗なオーロラだとは思えませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、それは空が燃えているように考えられて仕方なかったのです。そしてリーリヤはすぐそこにある街の喧騒や明かりがぼんやりして遠ざかっていくような気がしました。

  • 17二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:58:48

    そしてリーリヤはすぐ真上の真っ赤なオーロラがいつか黄緑に変わり、幻想的にゆらゆらと揺らめいているのを見ました。それはどんどん広がって、やがて玉虫のような燐光が空を覆い尽くしてしまいました。
    するとどこかで、不思議な声が、極光ステーション、極光ステーションという声がしたと思うといきなりぱっと目の前が明るくなって、リーリヤは思わず目を擦ってしまいました。
    気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、リーリヤの乗っている小さな列車が走り続けていたのでした。ほんとうにリーリヤは、夜のレトロな鉄道の、オレンジがかった電灯の並んだ車室に、窓の外を見ながら座っていたのです。車室の壁や床は黒や紺に塗られていますが、座席だけは明るい緑の皮が張られています。
    すぐ前の席に、鮮やかな橙の髪をした、背の高い女の子が、窓から外を見ているのに気がつきました。それは清夏ちゃんだったのです。

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 20:59:52

    リーリヤが、清夏ちゃん、どうしてここに、と言おうと思ったとき、清夏ちゃんが、「みんなはめっちゃ頑張ったけど乗れなかったみたい。手毬っちもね、めちゃ走ったけど追いつかなかったよ」と言いました。
    リーリヤは、(そうだ、私たちは今、一緒に誘って出かけたんだ、っけ?)と思いながら、
    「どこかで待ってようか……」と言いました。すると清夏ちゃんは、
    「手毬っちならもう帰ったよ。咲季っちが迎えに来てたし」
    清夏ちゃんは何故かそう言いながら、目を伏せて、どこか悲しそうでした。リーリヤも、何かを忘れているような気がして、すっかり黙ってしまいました。
    ところが清夏ちゃんは、窓から外を覗きながら、もうすっかり元気になった風で、勢いよく言いました。
    「楽しみだねリーリヤ。もうすぐスウェーデンに着くよ。あたし、スウェーデンがほんとに好き。なんたってリーリヤの生まれ故郷だもんね」
    列車の窓からはなおも黄緑色のオーロラが見えているのですが、視界を落とせば真っ黒な海が広がっています。そして水平線の近くに、ぼやりと陸地があるような気がするのです。
    「なんだろあれ。グリーンランド?」
    「うーん、グリーンランドは通り過ぎちゃったんじゃないかな。多分アイスランドだと思う」
    「あたしたち、すっかり遠いとこまで来ちゃったねぇ」
    「そうだね。ところで、この列車、どうやって動いてるのかな?」
    「んー、電気、はないだろうし、なんだろ、でぃーぜる?とかじゃない」
    たわいもない話をしながら、しばらく光の踊る窓の外を清夏ちゃんと眺めていました。

  • 19二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 22:52:15

    「Pっちはさ、あたしを許してくれるかな」
    いきなり、清夏ちゃんが、思い切ったというように、少しどもりながら、急きこんで言いました。
    リーリヤは、
    (ああ、そうだ、センパイは、この海のずっとずっと向こうのどこかの海峡にいて、今も私たちのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりして黙っていました。
    「あたしはPっちが、ほんとうに幸せになるなら、どんなことでもする。だけど、一体どんなことが、Pっちの一番の幸せなんだろ」
    清夏ちゃんは、なんだか、泣き出したいのを一生懸命こらえているようでした。
    「センパイは、なんにもひどいことないよ」
    リーリヤはびっくりして叫びました。
    「あたしわかんない。でもさ、どんなプロデューサーだって、担当アイドルの成功が、一番の幸せだよね。だから、Pっちはあたしを許してくれると思う」
    清夏ちゃんは、何かほんとうに決心しているように見えました。

  • 20二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 22:53:39

    俄かに、車の中が、ぱっと白く明るくなりました。見ると、いつしか列車は陸地に乗り上げ、煌びやかな港町の夜景が見えるのでした。
    「メリクリ、メリクリ」前からも後ろからも声が上がりました。振り返ってみると、車室の中の旅人たちは、みな頬を紅潮させ、クリスマス前の港町に見入っているのでした。思わず2人も立ち上がりました。清夏ちゃんの頬は、まるで熟した林檎のように美しく輝いて見えました。
    そして港町の明かりは、だんだん後ろの方へうつって行きました。リーリヤの後ろには、いつから乗っていたのか、紫の髪の少女と、何か見覚えのある藍色の髪の少女が並んで座っていて、何か物思いに耽っているようでした。「もうじきスウェーデンに着くわね」「すー、すー、むにゃ」いえ、1人は寝ているようでした。
    列車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットフォームの一列の電燈が、うつくしく規則正しく現れ、それがだんだん大きくなって広がって、2人は丁度停車場の、大きな時計の前に止まりました。
    しんとした冬の時計のしたには、[♡5消費]と書いてありました。
    「あたしたちも降りてみよっか」清夏ちゃんが言いました。
    「降りよう」
    2人が誰もいない改札口を抜けると、そこは真っ白に雪を被った山森の丁度中腹でした。先に降りた人たちは、もうどこに行ったか見えませんでした。2人が雪を踏み分けながら、肩を並べて行きますと、雪あかりに照らされた2人の影は4つに8つに分かれてまわりました。そしてまもなく、森が開けて夜空が上いっぱいに広がりました。頭上には幾万もの星が瞬き、しかしそれを隠すように緑色のオーロラが揺らめいていました。

  • 21二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 01:15:28

    読んでて気持ちいい😊

  • 22二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 07:37:35

    「リーリヤ、あのさ」
    清夏ちゃんが突然言いました。しかし、待てども待てども、次の言葉が出てきません。
    「清夏ちゃん、どうしたの?」
    思わずそう聞くと、清夏ちゃんははっと何か気づいたような顔をすると、すぐに笑って「ううん、なんでもない。そろそろ戻ろっか」
    と言い、踵を返して歩き出しました。
    そして2人は、消え掛かっていた2人の足跡を辿り、駅の明かりがだんだん大きくなって、間もなく2人は、もとの車室に座って、今行ってきた方を窓から見ていました。

  • 23二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 12:10:37

    「ここ、座ってもいいかな」
    柔らかく、優しい声が2人の後ろで聞こえました。
    それは、初星学園の制服に身を包んだ、莉波先輩でした。
    「ええ、いいですよ」リーリヤは、少し肩を窄めて挨拶しました。莉波先輩はにこりと微笑むと、荷物を網棚の上に置き、リーリヤの隣に腰掛けました。リーリヤは何故か大変寂しいような気持ちになって、黙って正面の方を見ていましたら、ずぅっと前の方で笛のような音が鳴りました。列車はもう動いていたのです。莉波先輩は、どこか懐かしそうに笑いながら、リーリヤや清夏ちゃんのようすを見ていました。列車はもうだんだんと速くなって、雪も山も後ろの方へ流れて行きました。

  • 24二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 12:11:45

    莉波先輩が、少しおずおずしながら、2人に聞きました。
    「リーリヤちゃんたちは、どこまで行くの?」
    「えぇっと、わかりません……」リーリヤは、少しきまり悪そうに答えました。
    「それはいいことだよ。きっとどこまでも行ける」
    「りなみん先輩は、どこに行くんですか」清夏ちゃんが突然聞いたので、リーリヤは驚きました。すると向こうの席に座っていた十王会長がちらっとこっちを見て笑いましたので、清夏ちゃんも少し恐縮していました。しかし莉波先輩は怒った風でもなく、にこやかに笑いながら返事しました。
    「私は暗黒星まで。清夏ちゃんも、もしかすると、同じかな?」
    リーリヤは思わず清夏ちゃんの方を見ましたが、清夏ちゃんは静かに俯いていました。
    「なんで行くんですか」
    「うーん、私ももう3年生だしね、そろそろ潮時かなって」
    清夏ちゃんは何も答えず、莉波先輩もそれ以上何も言いません。リーリヤは何かとてつもなく不安な気持ちになりましたが、何も言えず黙っていました。

  • 25二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 12:24:03

    こいつもしや大文豪?

  • 26二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 12:34:54

    良い初星文学スレですね

  • 27二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 16:57:40

    「そうだ、2人とも、お腹空いてない?さっきお寿司を買ったんだけど」
    明るく振る舞うように、莉波先輩は言って、荷物から紐で縛られた小包を取り出して広げると、色とりどりの刺身が乗ったお寿司が出てきました。
    「さあ、遠慮せずに食べていいんだよ」
    リーリヤはきらきらしたオレンジのサーモンを、清夏ちゃんはツヤツヤした白いイカをもらって食べました。
    「もう一つどうぞ」と莉波先輩が包みを差し出します。リーリヤはもう少し食べたかったのですけれども、
    「いえ、ありがとうございます」と言って遠慮しましたら、今度は向こうの席の、十王会長に出しました。
    「お寿司好きの莉波にもらうのは申し訳ないわ」十王会長はそう言って断りました。

  • 28二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 17:08:42

    ジョバンリーリヤと清夏ムパネルラ好き

  • 29二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 19:36:41

    宮沢賢治も学マスやるんだな

  • 30二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 21:18:44

    野生の宮沢賢治P

  • 31二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 21:44:15

    「さあ、もうこの辺りはアラスカよ。あの氷河が見えるかしら」
    窓の外の、依然真っ黒な山々は雄大な氷河に覆われ、空に輝くオーロラを反射して色々に輝いていました。
    「切符を拝見するぞい」
    3人の席の横に赤い帽子を被った学園長がいつかまっすぐに立っていて言いました。莉波先輩はすぐに荷物から白いチケットを出しました。学園長はちょっと見て、少し頷くと(お主らのは?)というように、指を動かしながら、手をリーリヤたちの方へ出しました。
    「えっと……」リーリヤは困って、もじもじしていましたら、清夏ちゃんはわけもないという風で、はつぼしと判の押された切符を出しました。リーリヤはすっかり慌ててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかなと思いながら手を入れてみましたら、何かごろごろしたいくつかのものに当たりました。こんなもの入っていたっけと思って、急いで出してみましたら、それはマゼンタ色に輝く3つの宝石でした。学園長が手を出しているもんですから何でもいい、出してみようと思って渡しましたら、学園長はまっすぐに立ち直って丁寧にそれを見ていました。時折光に透かしたりなどしていましたし十王会長も興味深そうにのぞいていましたから、リーリヤはあれは通貨の代わりにでもなるのかなと考えて胸を撫で下ろしました。

  • 32二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 22:52:02

    「これは3次空間の方から持ってきたのかね?」学園長が尋ねました。
    「なんだかわかりません……」リーリヤは不安そうに答えました。
    「よかろう。暗黒星まではもう少しかかるじゃろう」学園長は石を一つポケットにしまい、2つをリーリヤに渡して向こうに行きました。清夏ちゃんは、その宝石が何だったか待ちきれないというように急いで覗き込みました。リーリヤも全く早く見たかったのです。それは桃色にも、紫色にも見えるブリリアントカットの宝石で、オレンジの光の中でも関係なく光を放っているのでした。莉波先輩にもそれを見せましたが、何もわからないという風でした。

  • 33二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 02:29:07

    「もうじき次の停車場よ」十王会長が言いました。
    俄かにそこに、つやつやした髪の6歳ぐらいの少年が、びっくりしたような顔をして立っていました。その隣には金髪を編み込み三つ編みを2つ垂らした少女が、しっかりと少年の手をとって立っていました。
    「お姉ちゃん、ここどこ?」ことねちゃんの後ろにも一人12歳ぐらいの可愛らしい少女がことねちゃんの腕に縋って不思議そうに窓の外を見ているのでした。
    「さーな、あたしにもわからんけど、他の人もいるんだから暴れず大人しくしてろよナー」
    ことねちゃんは明るく、しかしひどく疲れ切ったような表情で、2人を十王会長の真向かいに座らせ、自分は十王会長の隣に座りました。

  • 34二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 09:00:57

    「ことね、あなた……」
    と十王会長は思わず口を開いて、でもその先を言うべきか迷っているという風に目を伏せていましたが、ようやく決心したようで目を開くと、「ことね、どうしてここに?」と尋ねました。
    「いやー、今日、このチビたちが急に会いにきたんですよ。コイツらだけで、お母さんにも言わずに。それだけ、寂しい思いさせちゃったんだナーって。でぇ色々話してるうちに、決心ついたんです。お母さんも、チビどもも、あたしもこのままじゃずっと悲しいままなんで」
    「そう……」十王会長はもう言葉もないようでした。
    リーリヤも清夏ちゃんも今まで忘れていた色々のことを思い出して目が熱くなりました。
    (ああ、ことねちゃんがいろんなものを犠牲にしてアルバイトでお金を稼いでいるように、センパイも今頃どこかで必死に働いているんだ。センパイの幸せのために、私に一体何が出来るだろう)リーリヤはすっかり塞ぎ込んでしまいました。
    「ことねが幸せになることが一番だわ。私はことねの選択を応援する」
    「会長こそ。選んだ道なんですもんね」
    ことねちゃんの下の子たちはいつしかすやすやと寝息を立てていました。

  • 35二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 09:29:09

    久しぶりに見たな初星文学

  • 36二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 09:38:47

    宮沢賢治はいいぞ
    青空文庫でたくさん読めるぞ

  • 37二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 12:33:13

    いつのまにか列車は地上を離れ、いよいよオーロラの揺らめく夜空へと登っていくようでした。リーリヤはなんとも悲しい気分で、何かみんなの方に顔を向けるのが辛かったので黙って舞い踊る緑の光を見ていました。
    (どうして私はこんなにも悲しいんだろう。私とどこまでも行く人はいないのかな。清夏ちゃんも莉波先輩とお話をしているし、ああ私は本当に辛いなあ)リーリヤの眼は涙でいっぱいになり、オーロラもぼんやりにじんで見えるだけでした。

  • 38二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 20:20:07

    全然理由わかんないけどPは今もカニ漁がんばってるんやな…

  • 39二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 21:37:24

    まもなくオーロラのトンネルを抜け、その先に行くと、星がどんどんまばらになって、代わりに真っ黒い闇が空を制しているのでした。
    「もうじき暗黒星ね。準備なさい」
    十王会長が言うと、ことねちゃんはまだ眠っている妹を起こし始めました。
    「俺もう少し乗っていたい」男の子が言いました。起き抜けの女の子も、口にはしませんが同じ気持ちのようです。
    「駄々捏ねんなって。ここで降りなきゃいけないんだよ」
    「やだ、やっぱり降りたくない」
    リーリヤがこらえかねて言いました。
    「私と一緒に乗っていこう?ことねちゃん、ここで降りなくてもいいんじゃないかな」
    「ごめんなリーリヤ、もう決めたことだしサー、これ以上お母さんを待たせたくないんだわ」
    ことねちゃんや、莉波先輩も優しく微笑んでいました。リーリヤは危なく声をあげて泣き出すところでした。

  • 40二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 23:07:03

    「さあもう支度はいい?じきに暗黒星よ」
    そのときでした。真っ暗な空を進む列車の窓から、真っ黒な何かが見えました。黒い宇宙の中でも一際黒々く、列車が来るのを待ち構えているようでした。いよいよ星は見えず、列車はだんだんゆるやかになりすっかり止まりました。
    「さ、降りよ」ことねちゃんは弟と妹の手を引き出口の方へ歩き出しました。
    「さよなら」十王会長は振り返って私を見て、寂しく笑って行きました。莉波先輩も続きます。
    「清夏ちゃん!」
    リーリヤが振り返りながら叫びましたらその今まで清夏ちゃんの座っていた席にもう清夏ちゃんの姿は見えず、緑の皮が張られているばかりでした。リーリヤは叫び出したいのをこらえて、声を出さずに泣きました。もう辺りがいっぺんに真っ暗になったように思いました。

  • 41二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 23:08:10

    リーリヤは目を開きました。暗い住宅地のベンチの上に疲れて眠っていたのでした。胸はおかしく火照り頬には冷たい涙が流れていました。そっとポケットに手をやると、あのマゼンタの宝石がまだ入っているような気がするのでした。リーリヤは涙を拭い、空に揺らめく赤い光を睨みつけました。光はどんどん明るくなり、やがて緑に色を変え、視界を埋め尽くしてしまいました。

  • 42二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 23:08:53

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  • 43二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 23:11:29

    気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、リーリヤの乗っている小さな列車が走り続けていたのでした。本当にリーリヤは、夜のレトロな鉄道の、オレンジがかった電灯の並んだ車室に、窓の外を見ながら座っていたのです。車室の壁や床は黒や紺に塗られていますが、座席だけは明るい緑の皮が張られています。
    すぐ前の席に、鮮やかな橙の髪をした、背の高い女の子が、窓から外を見ているのに気がつきました。
    「清夏ちゃん」
    リーリヤの目から涙が溢れました。

  • 44二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 03:06:34

    突然泣き出してしまったリーリヤが泣き止むまで、清夏ちゃんはあわあわとしながらもリーリヤの手を握っていました。
    「もう大丈夫。ありがとう」
    リーリヤは急に恥ずかしくなって、真っ赤になって清夏ちゃんの手を離しました。
    「もういいの〜?もっと握っててもいいんだよ?」清夏ちゃんは揶揄うように言いました。
    「もう、清夏ちゃんたら」
    言いながら、リーリヤは清夏ちゃんを見つめました。リーリヤの目には、清夏ちゃんはいつものように見え、そしてさっきまで一緒にいた清夏ちゃんとも同じようでした。
    「妙ね。私たちはさっき確かに……」
    「すー、すー」
    列車は真っ黒い海の上を走っているようでした。また空には、緑の見事なオーロラが広がっていました。

  • 45二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 08:03:57

    列車はだんだんゆるやかになって、2人は停車場にある大きな時計の前に止まりました。しんとした冬の時計の下には、[♡10消費]と書かれていました。
    「……」
    「清夏ちゃん?」
    列車の扉が開き、流れ込んできた冷気が足をくすぐりますが、清夏ちゃんは立ちあがろうとしません。
    「清夏ちゃん、降りないの?」
    「ん?ん〜いいかな、外は寒そうだし」
    「そう……」
    清夏ちゃんが誰もいないホームを眺めたまま答えると、リーリヤは静かに立ち上がりました。
    「リーリヤ?」
    「ごめんね清夏ちゃん、私、1人でも外を見てくるよ」
    言いながらも、リーリヤはずんずんと扉に向かって歩いていきます。扉に着き、うっすらと雪の積もったホームへと踏み出そうとしたときでした。後ろからのばされた手がリーリヤの手をはしっと掴み、引き留めたのです。
    「ずるいよリーリヤ。あたしがリーリヤを1人で行かせるわけないじゃん」
    もちろんリーリヤは分かっていて、1人で外に出る振りをしたのでした。

  • 46二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 10:08:40

    一面の星空を覆い隠すオーロラの下を、リーリヤと清夏ちゃんは歩いて行きます。お互いに無言で、清夏ちゃんはリーリヤの後ろをただついて歩きました。森の木々は雪に覆われて真っ白になり、夜でも輝いているように見えました。リーリヤは清夏ちゃんが何か話してくれるんじゃないかなと期待していたのですが、一向に話し始めないので、自分から切り出すことにしました。
    「清夏ちゃん、私に話したいこと、あるんじゃない?」
    「ん〜ん、何もないよ」
    全く間を空けずに清夏ちゃんが答えました。
    「嘘、だよね」
    「……」
    その言葉を聞いて、清夏ちゃんが急に立ち止まりました。リーリヤも止まりました。振り返ってリーリヤが見た清夏ちゃんは微笑んでいるようでした。
    (清夏ちゃんはいつもそうだ。何か誤魔化したいとき、嘘をつくとき、笑う)

  • 47二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 12:57:53

    リーリヤには、清夏ちゃんがさっきまでの列車の旅を覚えているような気がするのでした。暗黒星に行くことは、何かとても良くないことであるような気がしてならないのでした。
    「何でもないよ。さ、そろそろ列車に戻ろ?乗り遅れちゃうからさ」
    「じゃあなんで、暗黒星に降りたの」
    踵を返して歩き出した清夏ちゃんの足がぴたりと止まりました。空には相も変わらずオーロラが踊っているのに、どこからか雪が舞いはじめました。
    少しばかりの沈黙の後、清夏ちゃんが口を開きました。
    「もう無理だからだよ。きらきらした、輝くような時間は、もう終わりなんだ。私はこれ以上進めない。これ以上頑張れない。だから終わりにするんだ。そうするしかないんだ」
    いつしか天気は大雪となり、風も出てきて視界が白く塗りつぶされていきます。清夏ちゃんの顔からは笑みが消えていました。

  • 48二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 19:58:28

    「だからもう、私に構わないで。リーリヤは先に進んで。あたし、楽しみにしてるから。リーリヤがいつか、誰よりも輝くアイドルになる日を」
    そういうなり、清夏ちゃんは元来た方へ歩き出そうとしましたが、リーリヤはその手を掴んで引き留めました。リーリヤは、(これを言ったら清夏ちゃんは悲しむに違いない)と思ったのですが、それでも、言わずにはいられませんでした。
    「約束、忘れちゃったの?」

  • 49二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 22:54:45

    「ッ!」
    息を呑み、ばっと手を振り払おうとした清夏ちゃんでしたが、踏み固められた雪に足を取られ、倒れ込んでしまいました。リーリヤも、手を離そうとしなかったので、被さるように倒れ込みました。
    「忘れるわけないじゃん」
    清夏ちゃんは泣いていました。
    「今もはっきり思い出せる。あの日の光景も、約束したことも。でも、ダメなんだよ。あたしはもう踊れない。なのにリーリヤはずっと頑張っててさ、毎日居残りまでしてさ、どんどん前に進んでく。あたしね、ふとこう思ったんだ。止まってくれればいいのにって。止まって、あたしのこと待ってくれればいいのにって。最低でしょ?だからもうやめにしようと思った。きっとこんなあたし、リーリヤに相応しくないから。リーリヤの足引っ張ることだけは、したくなかったから」

  • 50二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 02:54:53

    原作知らないのでこれが原作だと思って読みます

  • 51二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 08:38:17

    「そんなこと……そんなこと!」
    リーリヤの目からも、涙があふれました。
    「リーリヤは優しいから、あたしを気遣ってくれる。止まってってお願いしたら、きっと止まってくれる。だから、言っちゃダメなのに。なのに、ね」
    リーリヤの眼から溢れた涙が、清夏の頬に落ちてはじけます。最近の清夏ちゃんが憂鬱そうだった理由も、それの半分が自分だったことも、リーリヤは悟ったのでした。
    「言ってよ。話してよ。私、全然知らなかった。清夏ちゃんが悩んでるって、知ってたのに!」
    言ってからリーリヤは、その時間を自分のレッスンに充てていたのは自分であると気づきました。

  • 52二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 10:25:37

    おつらい

  • 53二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 16:54:32

    深呼吸をして、リーリヤは立ち上がりました。
    「話そう、清夏ちゃん。辛いことも、悲しいことも。不満なことも、不安なことも。1人じゃどうにもならなくても、2人なら、私たちなら、なんとかできるよ」
    倒れたまま見上げてくる清夏ちゃんの手を握り、助け起こしました。
    (そうだ、私たちには、きっとそれが足りていなかったんだ)並んで歩きながら、リーリヤは思いました。

  • 54二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 22:30:23

    保守

  • 55二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 23:59:39

    保守

  • 56二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 00:26:13

    いつしか雪は止んで、オーロラの光に負けないぐらいの星が空に輝いているのでした。駅に戻る途中、2人はこれまでのことをお互いに話しました。清夏ちゃんは、ヒザの怪我にトラウマを抱えていること、Pっち―――センパイの手助けで、少しづつ症状が改善してきていたこと、センパイがいなくなってから、症状がぶり返してしまったことを話してくれました。リーリヤも、センパイがいなくなって自分のレッスンに自信が持てなくなったこと、オーバーワークだとわかっていながらやめられないほど不安だったこと、周りの人の言葉にいつも傷ついていたことを話しました。

  • 57二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 03:38:29

    言えたじゃねえか

  • 58二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 08:34:26

    2人は迷うこともなく、無事に駅に戻ることができました。しかし、ホームに列車はすでにありませんでした。
    「あちゃ〜、わかってはいたけど、どうしよっか?」
    「大丈夫だよ、多分」
    そう言ってリーリヤは、ポケットに手を入れると、淡く光を発する宝石を取り出して前に掲げました。すると、遠くから警笛が鳴り響き、すぐに闇の中から立派な列車が現れたのです。
    列車に乗り込むと、すぐに扉が閉まり、警笛と共に動き出しました。どういうわけか、服や髪に積もった雪は跡形もなく消え去り、コートは全くもって乾いたままでした。そして手にしっかり持っていたはずの宝石も、溶けるように消えてしまいました。車室の中はオレンジがかったいくつもの電燈で照らされ、床や天井は黒で塗られていますが、座席は桃色の革が張ってあるのです。そして、2人以外の乗客の姿は見えませんでした。

  • 59二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 12:54:51

    まもなく列車は地上を離れ、オーロラの輝く空へと昇り始めました。長い長いオーロラのトンネルを抜けると、星の輝きの見えない黒い宇宙が視界を支配していきます。
    「清夏ちゃん……」
    ほとんど無意識に、リーリヤは清夏ちゃんの手を握っていました。不安そうなリーリヤに清夏ちゃんは優しく手を握り返しました。
    「大丈夫だよ、リーリヤ。あたしはもう大丈夫。もう一人であきらめたりしない。ちゃんとリーリヤの隣で一緒に歩くから」
    列車が停車し、やがて動き出すまで、リーリヤの手から力が抜けることはなく、それは清夏ちゃんも同じでした。ふう、と一つため息をこぼして、おもむろにリーリヤは顔を上げました。

  • 60二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 18:05:56

    保守

  • 61二次元好きの匿名さん25/05/11(日) 22:24:37

    保守

  • 62二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 00:51:50

    「清夏ちゃん、聞いて」
    静かな意思の宿った空色の瞳を、若草色の瞳がまっすぐに見つめ返します。
    「私、誰にもあきらめてほしくない。あの列車に乗っていた、ことねちゃんや、莉波先輩や、十王会長にも、あきらめてほしくない。みんなを助けるなんて、私には無理かもしれない。でも、もしほんの少しでも可能性があるなら、挑戦したいの」
    一息に言い切ったリーリヤは、一瞬の逡巡の後、こう切り出しました。
    「手伝って、くれる?」

  • 63二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 07:33:48

    「もちろん」
    即答でした。
    「言ったでしょ、一緒に歩くって。リーリヤが挑戦したいことなんだからさ、あたしが応援しないわけないじゃん。それに、せっかくリーリヤとトップアイドル目指すんだし、ライバルがいないとつまんないもんね!」
    「……ありがとう、清夏ちゃん」
    視界が白く輝いて、やがて何も見えなくなりました。

    目を開くと、リーリヤは元のベンチに座っているのでした。もう迷いはありません。空に燃える真っ赤なオーロラに目を向けると、それをじっと見つめ、その輝きが緑色に変わるのを待ちました。

  • 64二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 07:46:43

    銀河鉄道の夜から極光鉄道になってきたな

  • 65二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 12:34:04

    気が付くと、リーリヤはあの列車の座席で、窓の外の光景を眺めているのでした。はっと気づいて前を向くと、若草色の瞳と視線がぶつかりました。二人は見つめあって、ひとつ、うなずきました。もう言葉をかわさずとも、これから自分たちがすべきことが分かっていました。
    「ここ、座ってもいいかな?」

    優しい声がリーリヤの横側から聞こえました。
    「はい、どうぞ」
    「ありがとう」
    莉波先輩が、ふわりと優しい微笑みを浮かべてリーリヤの隣に座りました。ずぅっと前の方で警笛が鳴り、列車が動き出しました。

  • 66二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 20:26:40

    行けりーぴゃん…!

  • 67二次元好きの匿名さん25/05/12(月) 21:24:12

    「リーリヤちゃん、どうかした?」
    「あ、いえ……」
    莉波先輩は、リーリヤがちらちらと様子をうかがうのがあんまりわかりやすいので、声をかけてきたようでした。
    「りなみん先輩はどこまで行くんですか?」
    清夏ちゃんがすかさず言いました。
    一瞬の間の後に、莉波先輩が答えました。
    「……私は暗黒星まで。清夏ちゃんたちは?」
    「どこまでも行くんです。リーリヤと一緒に」
    清夏ちゃんはためらいなく答えました。
    「それはいいね。2人なら、きっと、どこまでも行けるよ」

  • 68二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 06:24:25

  • 69二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 09:05:36

    莉波先輩は本当にそう思っているように見えました。しかし、それではいけないと、リーリヤはこう切り出しました。
    「莉波先輩も一緒に行きませんか?私たち、ほんとうに一番星を目指しているんです」
    「私も?」
    (しまった、少し強引すぎたかな)とリーリヤは思いはしましたが、言ってしまったものはしょうがないので、莉波先輩をじっと見つめて答えを待ちました。
    「……ごめんなさい、やっぱり私には無理だよ」
    長いまつ毛で縁取られた眼をそっと伏せて、莉波先輩は静かに答えました。

  • 70二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 09:21:29

    めちゃくちゃ素晴らしい文章 銀河鉄道の夜から希望が見え始めてきた、リーリヤと清夏の話してる部分、特にすごく好き

  • 71二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 12:12:24

    「私、もう3年近くアイドルをしてきたけれど、一度もうまくいかなかった。私、他のみんなみたいに可愛くないし、歌やダンスが特別上手なわけでもない。こんな私がアイドルなんて、きっと最初から無理だったんだよ」
    (そんなわけない)とリーリヤは思いました。
    「そんなことないですよ!りなみん先輩はほんとうに素敵だって思います!」
    やっぱり同じことを考えていたようで、清夏ちゃんが思い切ったようにこう言いました。莉波先輩は何かたいへん慌てた風で、「そうだ、ちょっと降りてくるね」と言いながら、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました。
    「どこへ行ったんだろう」
    2人は顔を見合わせましたら、十王会長が、少し笑いながら、少し伸び上がるようにして、2人の横の窓の外を覗きました。2人もそっちを見ましたら、たったいまの莉波先輩が、黄色や赤色やの看板を出す売店で、何かしらを買っていたのです。

  • 72二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 21:12:06

  • 73二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 21:23:15

    「あそこへ行ってる。すごく不思議だね。また何かを買ってるみたい。列車が走っていかないうちに、帰ってこれたらいいけど……」
    視線の先で、莉波先輩がいくつかの袋を受け取ったと思ったら、もうそこに莉波先輩の姿はなくなって、かえって
    「ふう、ちょっと買いすぎちゃった」
    という聞き覚えある声がリーリヤの隣にしました。見ると莉波先輩は、もうそこで買ってきた袋から包みを取り出しているのでした。
    「どうやってあそこからここまで来たんですか?」
    リーリヤが、なんだか当たり前のような当たり前でないような、おかしな感じがして問いました。
    「どうやってって、来ようと思ったから来たんだよ。リーリヤちゃんたちだって、来ようと思ったらここに来れたでしょう?」
    リーリヤはなるほどと思いました。清夏ちゃんも同じようで、顔を見合わせました。

  • 74二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 22:47:03

    列車はアラスカの、氷河に覆われた山々をのぞみながら走っています。
    「切符を拝見するぞい」
    車室に赤い車掌の帽子を被った学園長が現れて、こちらに手を出しました。
    莉波先輩は俯き加減で黙って切符を差し出しました。学園長も少し頷いて切符を返すと、(お主らのは?)というようにリーリヤたちの方を向きました。
    「ええっと、あのー」
    清夏ちゃんは狼狽えましたが、リーリヤはポケットからマゼンタ色の宝石を取り出して渡しました。学園長はもうよく見もせずにそれをポケットに入れると、
    「暗黒星まではもうしばらくかかるじゃろう」
    と言って立ち去りました。

  • 75二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 03:05:12

    保守

  • 76二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 08:19:05

    「なるほど、合点がいったわ」
    向こうの席に座っている十王会長が話し掛けてきました。
    「私たちが何度もここに来ているのは、あなたたちの仕業なのね。目的は、私たちの暗黒星行きの阻止、といったところかしら?」
    莉波先輩がびっくりしたようにこちらを向きました。リーリヤと清夏ちゃんはぴたりと言い当てられたことにどぎまぎしましたが、
    「そうです」
    と素直に答えました。十王会長は、「そう」と言って頷くと、少し厳しい表情になって言いました。

  • 77二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 14:34:49

    さす会長
    ジュエルなくなっちゃったね…

  • 78二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 19:17:29

    「あなたたちの言いたいことはわかるわ。でもね、アイドルの世界はシビアよ。誰もが成功できるわけではないし、むしろ夢敗れて諦める人の方が多いの。叶わないかもしれない夢を追いかけ続けるのは、果たして正しいことかしら?」
    リーリヤはすぐに何か返事をしようと思ったのですが、何を言っていいか、どうしても思いつかなかったのです。清夏ちゃんも同じようで、少し考えていましたが、
    「諦めるのは悪いことじゃない。Pっちが前に言っていた言葉です。諦めるなら早い方がいいって、それなのに夢を追いかけるようにあたしに言いました。あたしが、夢を諦めたくないままに夢を諦めようとしていることを、Pっちは見抜いてました」と言いました。
    清夏ちゃんはセンパイにプロデュース契約を申し込まれたとき、リーリヤのプロデュースを引き受けることと引き換えにOKしたらしい。その時点で清夏ちゃんは夢を諦めかけていて、しかし諦めきれず苦しんでいたのだ。

  • 79二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 00:09:41

    ここまできたら会長がことねを見送ってるのもめちゃめちゃしんどいじゃんね

  • 80二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 02:19:20

    「あたしは自分が諦めたくなんかないって思ってることわかってました。でも、色々理由をつけて、諦めることを正当化しようとしていた。そんなあたしはPっちに、そして今リーリヤに救われました」清夏ちゃんはリーリヤをちらりと見て続けます。
    「諦めた人を無理に引き留めたりはしません。けど、前のあたしみたいにまだ迷ってるなら。あたしがしてもらったみたいに手を差し伸べたいんです」
    十王会長は黙って聞いていましたが、やがて、口を開きました。
    「あなたの言葉に賛同することはできないわ。けれど、そうね」と、清夏ちゃんから視線を外し、
    「莉波、あなたはまだ諦めるべきじゃない」
    と言いました。

  • 81二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 09:58:00

    莉波先輩はまさか自分に話が向くと思っていなかったのか焦った様子で、
    「わ、私……なぜですか?」
    と困惑しているようでしたが、十王会長は構わず続けました。
    「その人自身が諦めたくないと思っていても、どれほど練習を重ねたとしても、見合うだけの才能がなければ夢は掴めない。でもね莉波、あなたは違う。あなたのアイドルパワーは私のそれを遥かに超えているわ」
    (アイドルパワーってなんだろう?)と2人は思いましたが、話に割り込むことはできませんでした。
    「つまりあなたは、まだ自分の魅力を引き出せていないだけなのよ!」
    そう言って立ち上がった十王会長は、まだ困惑したままの莉波先輩の手をとり言いました。
    「莉波、あなたをプロデュースさせてちょうだい!必ずや、立派なアイドルに育て上げてみせるわ!!」

  • 82二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 12:42:21

    「ええっ!?」
    困惑はもう驚愕に変わり、莉波先輩はもうほとんど目を回していましたが、これは好機だとリーリヤは思い、こう言いました。
    「莉波先輩、プロデューサーにプロデュースしてもらうのはすごくいいと思います。えっと、十王会長にしてもらうかはともかくとして。センパイ……私のプロデューサーさんの話なんですが」
    「センパイ……」
    「私や清夏ちゃんをいつも助けてくれて、頼りがいがあって。私なんかじゃ思いつかない方法で私も知らなかった私の魅力を見つけてくれて。同じ条件なら、莉波先輩はきっと私よりもっとすごいアイドルに……」
    (しまった、また強引に喋りすぎちゃった)リーリヤが尻すぼみに話を終えたときでした。

  • 83二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 21:16:11

    突然のアイドルパワーに突然のセンパイトーク

  • 84二次元好きの匿名さん25/05/15(木) 21:36:11

    「――――――――ん」
    莉波先輩が小さな声で何か呟きました。けれど、誰かが聞き返す前に、
    「わかった、もう一度、頑張ってみるよ」
    と応えました。それから十王会長の方に向き直って、
    「ありがとうございます、会長。もしかしたら、お願いするかもしれません」
    と言いました。十王会長は一つ頷くと、元の席に座りました。それで、莉波先輩は俯いて黙ってしまいました。
    「もうじき次の停車場よ」十王会長が言いました。
    リーリヤはなんだかわけがわからず俄かに莉波先輩のことが気の毒でたまらなくなりました。自分のことを全く自信がないように言ったり、十王会長や私たちに捲し立てられたり、そんなことを一々考えていると、リーリヤはこの人がアイドルになるために自分のできることをなんでもしてあげたいというような気がして、もう黙っていられなくなりました。

  • 85二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 03:16:36

    ほんとうにあなたの欲しいものは一体なんですか、と聞こうとして、それではあまりに出し抜けだから、どうしようかと考えて振り返ってみましたら、そこにはもう莉波先輩が居ませんでした。網棚の上には荷物も見えなかったのです。また窓の外で買い物でもしているのかと思って、急いでそっちを見ましたが、外はいちめんの美しいオーロラばかり、莉波先輩の姿は見えませんでした。
    「先輩はどこに行ったんだろ」清夏ちゃんもぼんやりそう言っていました。
    「どこに行ったのかな。私はどうしてもう少し莉波先輩に言葉をかけなかったのかな」
    「うん、あたしもそう思ってる」
    「私は莉波先輩が無理をしていたように思えて、だから辛いよ……」リーリヤはなぜこんな気持ちになるのかわからずにまごつきました。

  • 86二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 07:44:36

    そのときでした。俄かにそこに、つやつやした髪の少年が現れていて、「また来れた!」と叫びました。その隣には12歳くらいの女の子が、満面の笑みを浮かべて立っています。
    「おらおら、他の人も乗ってんだから、叫ぶのはダメだろ〜?」
    後ろからことねちゃんが男の子に声をかけますが、その顔は憔悴し切って、ほとんど蒼白でした。
    「ことね。また会ったわね」
    「げ……」
    十王会長は顔を綻ばせてことねちゃんに挨拶し、自分の隣の席を指しました。ことねちゃんはほんとうにげんなりとして逡巡していましたが、やがて諦めたように十王会長の隣に座りました。

  • 87二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 15:55:37

    「ことねちゃん」
    十王会長に先んじて、リーリヤが呼びかけました。
    「ことねちゃん、私ね、ことねちゃんに暗黒星に行って欲しくなくて……」
    「んあー、まーたその話ぃ?」
    ことねちゃんは心底うんざりしたような表情でこちらを向くと、
    「会長にも言ったんだけど、あたしはもう決めたから。もうアイドル続ける気ないんだよね」
    と言いました。
    「……どうして?」
    「一番の理由はおカネかな〜。今のままじゃ来年の学費すら払えないしぃ〜、お母さんにこれ以上負担かけれないし、それに」言葉を切って、弟と妹の頭を優しく撫でると、
    「こいつらもいるしナ〜。そろそろ家に帰ろうと思ってさ」

  • 88二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:51:58

    「俺ぜんぜん平気だよ!」
    男の子が叫びます。女の子もうんうんと頷きました。
    「ことねっちはさ、それで納得できるの?」
    今度は清夏ちゃんが問いました。
    「ん〜、納得って言うか〜、そうするのが一番いいのかな〜って感じ?あたしにとっても、お母さんにとっても、こいつらにとってもいい決断だと思う」
    「お金なら心配いらないわ!ことねがトップアイドルになるまで、私が支援してあげる」
    「お・こ・と・わ・り・します!何度も言ってますけど、あたし、借金はぜーったいにしないんで!」
    「借金なんかじゃないわ!100%善意の支援よ!」
    「なおさら怖いわ!そもそも個人で動かす額じゃないでしょぉ!」
    「個人でないならば、どうじゃ?」

  • 89二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 08:01:21

  • 90二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 08:10:59

    突如車室の扉が開かれ、赤い車掌帽を被った学園長が入ってきました。まさかの乱入者に誰もが絶句する中、優雅な足取りで向かってきた学園長は、ことねちゃんの前まで来ると足を止め、じっとことねちゃんを見つめました。
    「アイドルを夢見て初星学園に入学し、夢破れて初星学園を去る。これまで幾度となく繰り返されてきた光景じゃ。だがのう、できる限りそんな生徒が少なくなるよう、わしらも色々と施策を打ち立てておる。我が校独自の奨学金制度もその内の一つじゃ」
    「それなら、もうもらってますケド……その、生活費の足しになってありがたく思ってます、ケド……」
    ことねちゃんは、何か言葉を探すように視線を彷徨わせました。学園長は一つ頷いて続けました。
    「わかっておる。少額の給付型奨学金はあくまで生活費の補助。学費を払うためのものではない。しかしの、さらに高額の奨学金も我が校にはあるのじゃよ」

  • 91二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 16:04:33

    「ええっと、それって借金じゃ……」
    「無論違う。給付型、返済不要じゃ。ただし全員に適用できるものではない。これを受ける条件は」
    学園長は眉をぴくりと動かしました。
    「プロデューサーと契約を結ぶことじゃ!プロデューサーと契約を交わせば、アイドルとして大成する可能性も大幅に上がる。有望なアイドルとプロデューサーの卵を支援するための仕組みなのじゃよ」
    「プロデューサー……か……」
    と呟いて、席に深く座り直したことねちゃんは、隣でひどく嬉しそうにしている人物に気がつきました。

  • 92二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 17:48:53

    「聞いたかしら!ことね、やっぱり運命ね!私があなたをプロデュースするわ!」
    「あー、やったじゃん、ことねっち?」
    「よ、よかった、ね?」
    「え、えぇ〜……」
    ことねちゃんは複雑そうな表情でしたが、ふと、自分を見つめる二つの視線を認めると、さらに困った顔になりました。
    「姉ちゃん、お金の心配、なくなったの?」
    「ん〜……なくなったわけじゃ」
    「なくなったんなら!」
    男の子は身を乗り出しました。
    「……アイドル、続けてよ」

  • 93二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:20:26

    「俺、姉ちゃんがテレビに出てるのを見るの楽しみにしてた。まだ一回も見れてないけど」
    「うぐ」
    「わたしも、お母さんも、みんなだよ」
    弟や妹に言われて、ことねちゃんの心は揺れているようでした。
    「俺、やっぱ姉ちゃんに諦めて欲しくない。アイドルやっててほしい!」
    「……
    「お姉ちゃんならきっと大丈夫だよ。きっとね」
    「んぬ……」
    「さあことね、早速契約しましょう!明日から忙しくなるわ!」
    「ぬあ〜〜!!!」
    下の子たちと、なぜか会長に詰め寄られて、ことねちゃんはついに奇声をあげて立ち上がると、小走りで車室を出て行ってしまいました。

  • 94二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:21:42

    「ことね!」
    十王会長が立ちあがろうとしましたら、
    「まあまあ、一旦落ち着いてくださいよ、ね?」
    と言って清夏ちゃんが押し留めて、リーリヤに目配せしました。
    (ありがとう、清夏ちゃん)と心の中でお礼を言って、リーリヤはことねちゃんを追いかけました。

    「ことねちゃん」
    リーリヤが追いつくと、ことねちゃんはゆっくりと振り向きました。
    「リーリヤ」
    その表情を見て、リーリヤはハッとしました。
    「ことねちゃん、怖がってるの?」

  • 95二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:22:46

    「ん、あ〜、バレるよナー、やっぱ」
    ことねちゃんは再び向こうを向きました。
    「あたしさ、入学してからずっと、バイト続けてた。アイドルになるためにおカネが必要だったから。それで、レッスンも時々休んで、周りに置いてかれるようになった。んで、そろそろ諦めどきかと思ったら続けられるかもしれないって言われて」
    リーリヤたち以外の乗客がいない車室は静かで、ただ列車の走る音だけが響きます。窓からは緑の光だけが溢れています。
    「急に怖くなったんだよねぇ。万全の状態で臨んで、それでも結果が出なかったらって。ちびどももお母さんもあたしに期待して待っててくれてる。会長も……まあなんか過大評価されてるし。期待に応えられるかどうかわっかんない」

  • 96二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:24:19

    リーリヤは何か声をかけようとしたのですが、何を言っていいかわからずに黙っていると、急にことねちゃんが振り返りました。
    「でももう悩むのもやめる。やーっぱ諦めきれないからナ〜、あたしの夢!諦めなくていいならぁ、とことんやってやろ〜!さんきゅ~リーリヤ。聞いてくれて」
    そう言って車室の扉を開け、みんなの待つ席に戻ったのです。
    「あ、戻ってきた。おかえりリーリヤ」
    「た、ただいま清夏ちゃん」
    リーリヤは清夏ちゃんの隣に腰を下ろしました。

  • 97二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:25:19

    「姉ちゃん……」
    「お姉ちゃん……」
    「ことね……」
    「あ〜もう、そんな顔すんなよな〜」
    ことねちゃんは弟たちの頭を撫でると、
    「やってやんよアイドル!目指せお金持ちぃ!」
    と叫びました。女の子が飛び出してことねちゃんに抱きつきました。男の子もそれに続きます。
    「よかったわことね。それで、私と契約してくれるということでいいのかしら」
    「まあ色々言いたいことありますけど、おカネのためにプロデューサーが必要みたいなんで、よろしくお願いしま〜す」
    「よかったわ。これで私も、安心してアイドルをやめることができる」
    「え、いややめさせないですけど」

  • 98二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:26:35

    まったくわけがわからないという風にことねちゃんは応えました。
    「だって、目標にしてる人が辞めちゃったら、どこ目指していいかわかんなくなっちゃうじゃないですか」
    言った後で、ちょっと顔を赤くして、
    「あ〜っ!はっずかしぃ!二度と言いませんからね!」と叫びました。
    「ことね」
    十王会長は何か言いたそうにしていますが、ことねちゃんは「とにかく辞めないでくださいね。それが条件ですっ!」と畳みかけました。

  • 99二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:29:08

    いよいよ列車はオーロラのトンネルを抜け、真っ暗な空を進んでいきます。やがて列車はゆるやかになり、暗黒の星の前に止まりました。もちろん、誰も席を立つことがないよう、リーリヤは気を張っていたのですが、警笛が鳴って列車が動き出すと、ようやく止めていた息を吐きました。
    「やったじゃんリーリヤ!」
    清夏ちゃんが言いました。
    「そうだね清夏ちゃん」
    その時でした。真っ暗な窓の外に、人影がぽつりと見えたのです。こちらに背を向けて立っているその男性のことを、リーリヤが見間違えるはずもありませんでした。
    「センパイ!」

  • 100二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 00:00:09

    「ちょっとリーリヤ!」
    立ちあがろうとしたリーリヤを清夏ちゃんが引き留めます。
    「行かなきゃ。センパイを引き留めなきゃ!」
    「もう無理だよ!駅から離れちゃってる」
    「なら。清夏ちゃん、もう一回、付き合ってくれる?」
    「え、でもそれは……」
    リーリヤの手がポケットを探りますが、そこにはもう何の感触もありません。
    「わかってる。私はチャンスを使い切ってしまったかもしれない。でも、それは前提だから。―――センパイを諦める理由には、ならない」
    視界が光で埋め尽くされ、何も見えなくなりました。

  • 101二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 08:04:16

    目を開けてすぐに、リーリヤは空を見上げました。そうしたらオーロラはもう消えかけていて、北の方の低い位置にちらちらと燻っているだけでした。それでも、リーリヤはじっとそれを見つめて、あの列車に乗ることを願いました。

    目を開けると、若草色の瞳と目が合います。
    「ほんとに来れちゃった。いいのかな、これ?」
    「よいわけがないじゃろう」
    後ろから聞こえた声に振り向くと、車掌姿の学園長がこちらへ歩いてくるところでした。
    「事情があれど、乗車違反は乗車違反じゃ。お主らを乗せることはできん」

  • 102二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 08:15:09

    怒られが発生した

  • 103二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 13:12:27

    「ごめんなさい。いけないことをしてるのはわかってます。でも、これしか方法がないんです。センパイともう一度会って、話をしなきゃいけないんです。だからどうか、お願いします!」
    そう言って深々と頭を下げたリーリヤを、学園長はじっと見つめていましたが、
    「……お主らのプロデューサーのように、有望な若者が夢を諦めることは、確かにわしの本意ではない。じゃがの、奴はとあるタブーを犯し、そしてこの業界に絶望してしまった。会ってもどうにもならんかもしれんのじゃぞ?」と言いました。しかし、リーリヤも折れはしません。
    「それでも。私はセンパイに会いたい。ちゃんと会って、話がしたいです。センパイが何を悩んでいたとしても、話もせずにさよならなんて納得できません」
    学園長はリーリヤの視線を受け止めて黙っていましたが、やがて静かに頷きました。
    「よかろう。好きにやってみるがよい。向こうに行けば運転室じゃ」
    そう言いながら、学園長は帽子を取りました。それから、ポケットからきらきら輝く宝石と大きな鉄の鍵を取り出すと、リーリヤの手に握らせました。
    「ありがとうございます!行こう、清夏ちゃん!」
    「うぇええ!?」
    リーリヤは清夏ちゃんの手を取ると、走り出しました。

  • 104二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 20:49:00

    リーリヤは運転室へ向かってずんずんずんずん進みます。その歩みにつれて、車室の内装も変化していくのです。真っ黒だった壁にはまるで数々の星のような輝きが灯り、座席は朝焼けを思わせる茜色と、夜明け前の空のような紺青で彩られました。天井から提げられた電灯は、朝日のように明るく輝いています。いつのまにか、リーリヤの着ている服は車掌のような衣装になっていました。
    「どうなってるんだろ。でも、似合ってるよリーリヤ!」
    「あ、ありがと清夏ちゃん」
    清夏ちゃんに褒められて、リーリヤは恥ずかしそうに帽子を深く被り直しました。

  • 105二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 22:05:55

    車両の端まで来ると、これまでと違った扉が現れました。リーリヤは鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み、ガチャリと回しました。
    「わ、すごい……」リーリヤが足を踏み入れた途端に、運転室の内装も様変わりし、錆びつきそうだった運転台もピカピカの新品になりました。それからがちゃんがちゃんと音を立てて、いろいろな部品が組み上がっていき、ガラス張りだった運転室は機械で埋め尽くされました。
    「で、運転の仕方わかるの?」
    「前にゲームでやったことあるよ。確か……」
    運転台に立ち、加減弁ハンドルを握って押し下げます。が、何も反応がありません。
    「あ、あれ、なんでかな」
    リーリヤはブレーキや他のハンドルを触ってみますが、やはり列車は動きません。
    「ひゃー、あたしにはさっぱりわかんないや。リーリヤ、これ何かな」
    「ええと、それは……圧力計かな。ボイラーとかの圧力がわかるんだけど……あれ?」
    清夏ちゃんの指差した圧力計は、どれもゼロを指していました。

  • 106二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 00:00:49

    「んー、燃料切れってこと?」
    「燃料?石炭……あ、あつっ」
    不意にリーリヤが飛び上がると、ポケットから何かが零れ落ちました。それは先ほど学園長にもらった宝石ですが、今までと違い、目も眩むような眩い輝きを放っているのです。
    「……もしかして」
    リーリヤは床に落ちた宝石をスコップで慎重に掬うと、焚口戸からころりと火室に入れました。その瞬間、宝石は激しく燃え始め、閉めた扉の隙間からは緑やピンクの光が溢れ出しました。リーリヤがバルブを捻ると、蒸気が造られ始め音と共に列車が振動を始めます。
    「いける。出発進行!センパイのところへ!」
    リーリヤがハンドルを力いっぱいさげると、ぎしり、ぎしり、がたん、がたんと音を立てながら列車が走り出しました。列車は地上を離れ、オーロラの輝く空に舞い上がってゆきます。雪で覆われた山脈を越えると、海が近づいてくるのがわかります。

  • 107二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 08:33:07

  • 108二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 08:45:00

    「清夏ちゃん、センパイを探して!」
    黒々と眼下を埋め尽くす冬の海のどこかに、センパイの乗る船があるはずなのでした。リーリヤは左側の窓から、清夏ちゃんは右側の窓から顔を出して下を見下ろし、船を探しました。程なくして、
    「あっ!リーリヤあれ!」と清夏ちゃんが指を差しました。そこには暗い海の上に煌々と明かりを灯し、荒波に揉まれながら漁をする船団があったのです。リーリヤは少し列車のスピードを落として、船の方へ降りてゆきました。近づくにつれて、船上の様子がはっきりと見えてきます。何人もの男性たちが幾つもの船にひしめき合っていて、海からカゴを引き上げたり、凍ったカゴにハンマーを振るったりなどしてせかせかと忙しそうに働いております。その中に、周りの男たちよりはいく分小柄な青年が、ふらりと立ち上がったのが見えました。間違いありません。
    「センパイ!!」「Pっち!!」
    リーリヤと清夏ちゃんがめいっぱい叫びますが、青年に届いたふうもなく、人影はやはりふらふらとしていました。

  • 109二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 09:57:29

    なんだこれすごいなぁ

  • 110二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 12:31:54

    「センパイ!!」「Pっち!!」
    リーリヤと清夏ちゃんがめいっぱい叫びますが、青年に届いたふうもなく、人影はやはりふらふらとしていました。
    「清夏ちゃん、代わって!」
    「え、ちょ」
    リーリヤは帽子を脱いで車室の扉の取っ手に引っかけると、ゆっくりと側面の扉を開きました。冷たい風が運転室の中に吹き荒れて、思わず体が強張ります。その時でした。一際強い波が漁船を殴りつけ、全体が大きく傾いた拍子に、青年の体がふわりと浮いて、甲板から放り出されるのが見えたのです。
    「センパイっ」
    考えるより先に体は動き、リーリヤはベーリング海の上空に身を躍らせました。

  • 111二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 12:37:18

    映画みたいになってきた

  • 112二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:17:04

  • 113二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:26:41

    まるでスローモーションのように、センパイの体が海に落ちていきます。リーリヤは必死に手を伸ばしますが、届くはずもありません、海に小さな水柱が立ちました。リーリヤもその体勢のままで、水柱のそばに落下しました。冷たさがリーリヤを押し潰そうと締めつけてきますが、構っている暇などありません。(センパイ、どこ……?)冷たい水を掻き分けるリーリヤの凍えた手に、何かが触れました。思わずギュッと掴んでみると、数ヶ月前の記憶が脳裏に呼び起こされ、海の中でも暖かさを感じるようです。その温もりを辿るように、リーリヤは頭の中で念じました。
    目を開けると、そこは緑とピンクの光が踊る運転室だったのです。体を覆う冷たさをはっきりと思い出すことができますが、服や体は全くもって乾いていて、凍えていた手も普通に動き、握ったままのセンパイの手を握り締めることができるのでした。
    「リーリヤ!」
    体を起こしたリーリヤの頭が、不意に何かに包まれます。清夏ちゃんがリーリヤの前に跪き、抱きしめているのです。

  • 114二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:00:43

    保守

  • 115二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 07:48:35

    保守

  • 116二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 14:54:34

  • 117二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 15:15:30

    「無茶しすぎだよ。まさかいきなり飛び込むなんて」
    「だって、センパイが……センパイ!」
    たった数秒とはいえ、極寒の海に落ちていたのです。センパイはオレンジ色のサバイバルスーツを着ており、怪我は無いようでしたが意識はありません。リーリヤは急いでセンパイを抱え起こすと、何度も何度も呼びかけました。
    「センパイ!センパイ!」
    すると、死んだような眠ったような様子だった青年が小さくうめき、それからゆっくりと薄目を開けたのです。
    「ここは……」
    「起きたんですね、センパイ!よかったぁ」
    「か、つらぎ、さん」
    「おひさ、Pっち。あたしもいるよ」
    「紫雲さん……」

  • 118二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 20:41:56

    こんなに迫力あるPの画像初めて見た

  • 119二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 00:04:51

    プロデューサーは状況がわからないようでしばらく目を瞬かせていましたが、少し頭を振るとひとりで立ち上がりました。
    「あっ、センパイまだ寝てなきゃ」
    「……いえ、もう大丈夫です。まだ業務が残っていますから、もう行かなければ」
    そう言ってふらふらと扉に向かおうとするプロデューサーをリーリヤと清夏ちゃんが慌てて引き留めました。
    「待ってください!センパイに聞きたいことも、聞いてほしいことも、たくさんあるんです!」
    「そうだよ!突然居なくなって、あたしとリーリヤがどんだけ心配したと思ってんの?洗いざらい吐いてもらうかんね」
    「……任せられた仕事は、やり切らなければなりません。俺は船に戻ります」
    そうやって掴まれた手を軽く引っ張って(離してください)と訴えるプロデューサーですが、2人が従うはずもありません。
    「行かせません。清夏ちゃん」
    「おっけー、出発しんこー!」
    清夏ちゃんがハンドルをめいっぱい引き下ろすと、列車がゆっくりと動き出しました。リーリヤが強く念じると、列車は南西へと進路を変え、次第にスピードを上げていきます。

  • 120二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 00:46:55

    「さーて、もう逃げらんないよ。色々聞かせてもらおっか」
    プロデューサーは窓の外をチラリと見て、観念したように息をつきました。
    「センパイは、なんで学園を出て行ったんですか」
    「特に理由があるわけでは……」
    「ダウト。Pっち、そんなバレバレの嘘が通じると思ってんの?」
    「嘘、つかないで、ください。言えないなら、ちゃんと言ってください」
    「……転属指示のようなものです。学園から依頼された仕事のようなもので」
    清夏ちゃんがじっとプロデューサーを見つめますが、嘘をついているようには見えません。
    「お仕事……カニ漁が、ですか?」
    「ありえないっしょ。Pっち何したの?」
    「……言えません。守秘義務がありますから」
    リーリヤも清夏ちゃんもそれについてもっと聞きたいのですが、言えないと言っている以上仕方がないのです。

  • 121二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 20:24:51

  • 122二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:49:59

    このレスは削除されています

  • 123二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:51:57

    「じゃあ、そのお仕事はいつ終わるんですか?」
    「タラバガニの旬はそろそろ終わりです。漁もじきに終わるでしょう」
    「それじゃあ、もうすぐ帰ってくるんですね!」
    「……ええ」
    仕事がもうすぐ終わると言うのに、帰ってくるのかと言う問いに答えるのに少し間があったことを、2人は聞き逃しませんでした。
    「お仕事が終わったら、日本に帰ってくるんですよね……?」
    「ええ、もちろん」
    「じゃあさ。戻ってきたら、またあたしらのプロデュース、してくれるんだよね?」
    「……」
    「答えてよ、Pっち」
    「……痛いです、紫雲さん」
    プロデューサーに掴みかかるように清夏ちゃんは詰め寄っているので、プロデューサーは離れて欲しそうにしていますが、清夏ちゃんは離そうとはしません。
    「ねえ。あたしをプロデュースするなら、名前で呼んでって言ったよね。なんで『紫雲さん』なんて呼ぶわけ?」
    「……すみません」

  • 124二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:48:32

    薄々と気づいていたことが、決して当たってほしくない予感が、だんだん確信に変わっていきます。
    「センパイは、プロデューサーを辞めるつもりなんですか?」
    「……」
    沈黙は肯定の証、とはよく言ったものでした。清夏ちゃんの手に力がこもって、無抵抗のプロデューサーは尻餅をつきます。
    「なんで!なんでよ!なんでPっちがプロデューサー辞めなきゃいけないわけ!?」
    「まさか、誰かに言われて……?」
    「違います。俺が、自分で決めたことです」
    「なら尚更わかんないよ!言ってたじゃん!あたしをプロデュースさせてって!言ったじゃん!途中で投げ出したら許さないって!」
    「……すみません」
    「謝ってほしいわけじゃない!」
    「……すみません」
    「ッ!だからぁ!」
    「す、清夏ちゃん……!」

  • 125二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 08:26:31

    ほしゅ

  • 126二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 09:01:49

    ここまでりーぴゃんが活躍してここにきて裏切ったら恨むしゅみたんが踏み込んでいくのうますぎないか

  • 127二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 09:17:26

    清夏ちゃんは胸ぐらを掴んで、ほとんど馬乗りのような体勢でプロデューサーに詰問しているのですが、もう少しで暴力を振るってしまいそうな親友の様子に、リーリヤは少しだけ冷静さを取り戻せたのです。
    「理由を、聴かせてくれませんか?」
    「……」
    「言えませんか?」
    「言いたくは、ないです」
    リーリヤのよく知るセンパイは、優しくて、誠実で、頼りになる大人の男性だったわけですが、今目の前にいるセンパイは、なんだかとても意地っ張りな子供のように見えました。本心を隠したまま、なんとか誤魔化そうとしているように見えました。

  • 128二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 18:49:32

    保守

  • 129二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 21:55:52

    「お願いです。聞かせてください。センパイが夢を諦めてしまった理由を」
    「それは」
    「私たちじゃ、センパイの夢を叶えることができないからですか」
    プロデューサーの目が見開かれました。
    「違う!」
    「Pっちお願い……あたしを見捨てないで。ちゃんとレッスンするから……ダメなとこは全部直すから……」
    「違うんです!あなた達が悪いわけじゃない。悪いのは俺なんです……」
    「どうか教えてください。このままじゃ全然納得できないです」
    「お願い、プロデューサー続けてよ!」
    「俺だって!!」
    突然、プロデューサーが大きな声を出したので、リーリヤはびっくりとして体を跳ねさせ、清夏ちゃんも思わず手を離しました。
    「続けられるものなら続けたかったですよ!でも駄目なんです!」

  • 130二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 22:04:48

    こちらを見上げてくるプロデューサーは目を見開き、息を荒らげていました。リーリヤも、清夏ちゃんも、プロデューサーがそんな顔をしているところを見たことがありませんでした。何も言えないでいる2人に、プロデューサーがなおも続けます。
    「俺はプロデューサー失格です。勝手に焦って、先走って!自分本意な行動をした結果、あなた達と学園を危険に晒し!俺は何ヶ月もあなた達のプロデュースに穴を開けた。俺はあなた達に相応しくない」
    がたん、と大きな音が鳴り、列車の床が大きく傾きました。
    「きゃっ」
    「ひゃっ」
    立っていたリーリヤと体を起こしていた清夏ちゃんはバランスを崩して倒れ込み、清夏ちゃんが離れたことでプロデューサーはゆっくりと立ち上がりました。何事かと窓の外を見ると、日本に向かって走っていたはずの列車が、オーロラのはためく空へ登っていくのです。壁伝いに扉の方へ向かおうとするプロデューサーを引き留めようと、リーリヤは叫びます。
    「帰ってきてください!突然居なくなったことだって、もう気にしませんから!」
    「だからですよ。だからこそ、俺は俺自身を許せない」

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