(SS注意)帰省

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:53:51

    「ここが……トレーナーさんの故郷、なんですか?」
    「その最寄り駅、だけどね」

     たくさんの人が行き交う駅前。
     雑多な喧騒に包まれる中、俺は隣にいる少女へと笑いかける。
     栗毛のさらさらとしたロングヘア、白いヘアバンド、緑色の耳カバー。
     担当ウマ娘のサイレンススズカは、少し困惑した表情で周囲を見回していた。

    「聞いていたお話とは、ちょっと違うような」
    「ここからしばらくバスを乗り継いで行くからね、この辺りは栄えてるんだよ」
    「……なるほど」

     ひとまずは納得してくれたのか、スズカはこくりと頷く。
     以前、彼女に俺の故郷の説明をした時は『田んぼしかないような片田舎』と話をしていた。
     その話から、都内ほどではないがそれなりに賑わった駅前では、混乱するのも無理はないだろう。
     もう少し説明をしておくべきだったな、と思いながらスマホを取り出し時間を確認する。

    「バスの時間まで結構あるな……ご飯でも食べに行こうか?」
    「あっ、いえ、私はまだ大丈夫で────」

     その瞬間、くうっと可愛らしい小さな音が聞こえて来た。
     スズカの言葉と表情がぴたりと止まり、直後、その顔が真っ赤に染め上がっていく。
     ……まあ、電車乗っている時間も長かったし、こっちを出るのも結構早かったからな。

    「あー、俺がお腹空いちゃったから、食事に付き合ってもらっても良いかな?」
    「…………はい」

     スズカは両手で顔を覆いながら、消え入るような声で返事をした。

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:54:03

     事の発端は、田舎の両親からたまには顔を出せと言われたこと。
     新人トレーナーとしてトレセン学園に来て数年、連絡は取っていたが帰省は一度もしていなかった。
     スズカの活躍もあり、俺の名前を聞く機会も増えたので色々と話が聞きたい、とのことである。
     大目標だったレースを終えた直後で落ち着いた状況だったのもあり、一度帰っておこうとスズカに相談したところ。

    『あの……私もトレーナーさんの故郷に、行ってみたいです』

     そんな言葉が返って来たのだった。
     曰く、時折話に出していた俺の故郷について、前々から興味を持っていたらしい。
     何かを誤魔化しているような口ぶりだったのが少し気になるが、まあ、何となくは察している。
     田園風景の中で走ってみたいとか、そういう感じだろう。
     その後は、割ととんとん拍子に話は進んだ。
     学園へ許可はあっさりと下りたし、俺の両親に関しては許可どころかむしろ大歓迎。
     それから予定を詰めていき、現在に至るというわけだった。

    「御馳走様でした……見たことのない料理でしたけど、美味しかったです」

     食事を終えて、店を出る。
     口の中にはすっきりとした後味と確かな満足感、そして懐かしさが残っていた。
     実家にいた頃、好きで良く食べていた料理。
     スズカの口に合うか少し不安だったが、彼女の柔らかな表情を見た瞬間、その不安は吹き飛んだ。
     
    「だろ? 学園の方じゃなかなか見なくてさ、こっちに戻ったら絶対食べようって思ってたんだよ」
    「……ふふっ」

     突然、スズカはクスクスと笑い始めた。
     何かおかしなところでもあったかな、そう思っていると、彼女は慌てた様子で口元を押さえる。
     しかし、震える肩までは抑えきれず、困ったように、それでいて楽しげに目を細めた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:54:13

    「すっ、すいません、ただ、あの料理を食べた時からトレーナーさんがとっても嬉しそうにしていて」
    「……そんなに?」
    「はい、そんなに……きっとあの料理は、トレーナーさんのソウルフードなんですね」
    「…………ああ、そうかもしれないな」

     言われてみれば、料理を一口食べた瞬間から帰って来たなという実感が強くなった気がする。
     それに、スズカが美味しいと言ってくれた瞬間も、すごく嬉しかった。
     どうやらあの料理は、自分が考えている以上に俺の中で根付いているようだった。
     やがて、悪戯っぽい表情を浮かべたスズカが軽い足取りで俺の隣へと歩み寄って来る。
     そして、ちょっとだけ背伸びをして、内緒話でもするかのように耳元でそっと囁いた。

    「私も、好きですよ」

     そう言ってすぐに離れた彼女は、少し大人びた笑みを浮かべていた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:54:27

    「それじゃあ、バス亭はあっちだから」
    「……人、たくさん行き交ってますね」
    「ここがこの辺りで一番利用者が多い駅だからね、はぐれないように気を付けてね」
    「はっ、はい」

     少し緊張した面持ちのスズカ。
     まあ、広さ自体は大したことないし、スマホもあるからはぐれてもすぐ合流出来るとは思うけども。
     ただ、久しぶりに帰って来たこともあり、バスターミナルの様子も少し変わっていた。
     俺も気をつけないとな、そう考えながら目的地へ向かって歩き出そうとした────その時だった。

    「ん?」

     背後から、引っ張られるような感覚。
     なんだろうと思い振り向くと、上着の裾の小さな手がちょこんと摘まんでいた。
     そしてその腕の先には、どこか不安そうな表情できょろきょろとしているスズカの姿。

    「……スズカ?」
    「はい?」

     俺が名前を呼ぶと、スズカはきょとんとした表情でこちらを見る。
     もしかして、自覚がないのだろうか。
     無言のまま俺がちらりと服の裾へ目を向けると、彼女の視線も自分の手に向かう。

    「……っ!?」

     そして次の瞬間、スズカは目を大きく見開き、耳と尻尾を逆立てた。
     みるみるうちに赤くなっていく顔、わたわたと慌てた様子を見せるも、その手が離れることはない。
     彼女にとっては見知らぬ土地だ、これは俺の配慮が足らなかった。
     でもそれはそれとして、そんな彼女の様子がとても可愛らしくて、思わず笑みを零してしまう。
     俺は彼女に向けて手を差し出しながら、言葉を向ける。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:54:41

    「ごめん、ちゃんとエスコートさせてもらうね……キミでも、先頭の景色を譲ることがあるんだね」
    「……いじわる」

     スズカは唇を尖らせながら、ふいっと顔を逸らす。
     そして、差し出した俺の手を、ぎゅっと握りしめるのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:55:14
  • 7二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 02:03:55

    乙!!!

    さいごの「……いじわる」の破壊力が高くて最高!!!

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 04:49:29

    後ろを歩きながら距離を詰めてくるスズカ!そういうものもあるのか!

    普段色々な所走って見慣れない土地には慣れてそうなのにこばかりは緊張しちゃうのかわいい

  • 9125/05/09(金) 07:35:32

    >>7

    ちょっと拗ねた感じで言ってくれると良いですよね

    >>8

    いつもよりしおらしくなるスズカさんからしか取れない栄養素がある

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 08:08:58

    よき……よき……
    一個一個の情景が目に浮かぶようです……よき……

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 14:03:23

    お腹鳴って真っ赤になるスズカさん可愛い

  • 12125/05/09(金) 20:20:36

    >>10

    そう言っていただけると幸いです

    >>11

    お腹の音を聞かれて真っ赤になる女の子からしか得られない栄養素があります

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/10(土) 01:15:16

    おつおつ
    スズカ色んな表情が見れてイイネ

  • 14125/05/10(土) 08:02:50

    >>13

    クールぼいのに表情豊かなのが良き

オススメ

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