【SS】潰え煌めく、星を眺めていた。

  • 1篠澤の学友A25/05/12(月) 21:37:01

     衣類と書類が足場を埋めつくした部屋の中で、薄暗い天井を見つめている。本日三度目の覚醒。カーテンから漏れている朝日が、四度寝の必要性を否定する。
     緩慢な動きで上体を起こし、書類を避けて服の島々を飛び移る。去年までコツコツと貯め込んだ研究資料。今となってはただの紙屑でしかないが、未練がましくも踏む気にはなれなかった。
     テレビを点け、報道番組の天気予報と星座占いを眺める。時差ボケを矯正するためのルーティーンを無感情にこなすつもりが、その日はしばらく画面から目が離せなかった。今週のニュースを振り返るコーナーで、彼女の姿を捉えてしまったから。
     末広がりの白髪。蜜柑色の瞳は虚空を眺め。そこにいるのに、いない気がして。全身に淡い神秘的な輝きを纏う少女が、煌びやかな衣装に身を包み歌っている。
     かつての学友の変わり果てた姿に、輝かしいはずだった全てを捨てた彼女の姿に、私は目を背けられず、だが直視も出来なかった。
     あまりに、歪に煌めいていたから。

  • 2篠澤の学友A25/05/12(月) 21:39:43

     彼女を初めて見たのは大学の図書館だった。レポートの参考文献を探して本棚の間を歩いていた時、本が抜けた隙間から向こう側にいる彼女が見えた。
     一目惚れ、とは違うと思う。見得ではない。あの時、この胸中を満たした感情は、恋慕ではないと断言できる。なら何なのか、それが分からない。そこにはいくつもの感傷がないまぜになっていた。一つはおそらく、美的感動。その知的な眼差しを、単純に美しいと思った。もう一つは、憐憫。その美しい瞳が、同時に言い表しようもない虚しさを溜め込んでいるように見えた。
     声をかけた理由は、おそらく後者。最初で最後の会話は、おそらく彼女にとっては他愛もない日常のひとかけらだったろう。だが私にとっては、今でも脳裏に浮かぶ鮮烈な場面であった。
     彼女に会ったのは、それで最後。いつの間にか彼女は大学を去っていた。風のうわさによると、日本に帰国したらしい。もはや懐かしくも思える祖国の名を、彼女を見送るように聞き流した。

  • 3篠澤の学友A25/05/12(月) 21:40:00

     私はその後、特に何の成果も残さぬまま大学を卒業し、追われるように、あるいは追いかけるように日本へと帰ってきた。特に目的がある訳でもなかった。そもそも、高い学費を払って海外の大学に進学したのも、今では何のためだったのか思い出せない。私は四年間の学生生活で、すっかり空っぽになってしまった。
     日本に戻ってからは製薬会社の研究職に就職した。毎日終電まで研究室に籠り、薬品を試験管に流し込み続ける日々に、何ら感慨は持っていなかった。ただ、凡人の生きざまなどこんなものだろうという、諦観があるだけだった。

  • 4篠澤の学友A25/05/12(月) 22:06:49

     生きる事に飽きはじめていた頃、テレビで彼女を再び見た。N.I.Aとかいうアイドルイベントの参加として、ステージ上で踊りまわる姿で。
     目を疑った。だって、大学で見た彼女と、あまりに様子が違う。いかにも学者然とした落ち着いた雰囲気と、画面の中で飛び回る彼女が一致しない。いや、一つだけ重なる所があった。どこか浮世離れした、神秘的な陰影。そして、同じはずなのに、決して交わらぬ所が一つ。
     彼女の目は、歓喜に打ち震えていた。まるでそこに立つことが人生最大の幸福であるかのように、かつて溜め込んでいた虚しさなど欠片も感じさせぬような輝きを誇っていた。

  • 5篠澤の学友A25/05/12(月) 22:19:23

     彼女のパフォーマンスは、お世辞にも良いとは言えなかった。ステップはおぼつかなく、声は心細い。スキルとしては底辺も良い所だろう。だがその姿には、不思議な魅力があることを否定できなかった。実際、彼女はちゃんとアイドルとして人気を得ているようだった。ネットには彼女のファンを名乗る狂信的な連中が争い、さながら宗教戦争の様相を呈していた。その神秘に私が魅入られるのに、さほど時間はかからなかった。
     そんな折、彼女の握手会に初めて足を運んだ。単純に近かったから、そして、あわよくば彼女が私を憶えているのではないか、という期待を捨てきれなかったから。

  • 6篠澤の学友A25/05/12(月) 22:29:15

     いつかのテレビ番組で言っていた。「一度会ったファンの顔は忘れない」と。それが彼女の類まれなる頭脳によるものならば、あの図書館での一幕を、憶えていてくれるのではないか。「ひさしぶりだね」と、声をかけてくれるのではないか。
     私は知りたかったのだ。彼女にとって、大学での日々は意味あるものだったと。あの瞳に映った虚しさは、私の勘違いだったと。簡単に捨てられるものではないのだと、そう言って欲しかった。

  • 7篠澤の学友A25/05/12(月) 22:33:11

    「はじめまして。お名前、教えて?」

     彼女は、私を初対面のファンの一人として迎えた。
     私は最後の望みをかけて、名前を言った。

    「忘れない、よ。また来てね」

  • 8篠澤の学友A25/05/12(月) 22:33:31

     そもそも彼女に名乗った事など無いと、後で思い出した。
     星は潰え、再び昇り、溢れんばかりの輝きを生み出した。私はただの観測者。今までもこれからも、その手を届かせることは叶わない。彼女の光を強めることも、影を落とすことも叶わない。
     彼女の人生から、自分は消えた。否、最初から存在などしなかった。
     私は多大な落胆と、何故か少しばかりの安堵を携えて、握手会場を去った。

  • 9篠澤の学友A25/05/12(月) 22:35:07

    篠澤広の学友になって、彼女の人生に微塵も影響を与えられなかった事を痛感し脳を焼かれながらファンやりてぇ……
    の一心で書きました

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 00:35:35

    よかった😊

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 00:39:16

    やるじゃない(ニコッ

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