(SS注意)嫉妬

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:27:55

    「先日、またヴィブロスがお世話になったみたいで……」

     彼女はそう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
     青毛の艶やかなロングヘア、前髪には少し垂れた菱形の流星、右目には泣きぼくろ。
     担当ウマ娘のヴィルシーナが深々と頭を下げる────直前に、俺は慌てて制止する。

    「いっ、いや、気にしなくてもいいよ。俺も勉強になったしね」
    「勉強、ですか?」
    「うん、ファッションのセンスや知識に関しては色々と学ばせてもらったし、それに」

     俺は先日、ヴィルシーナの妹の一人であるヴィブロスの買い物に付き合っていた。
     姉二人に予定入っていて、たまたま俺が暇していたからという理由で。
     やることは殆ど荷物持ちだったが、合間合間に聞かせてもらったファッションや最近のトレンドの話などは門外漢な俺にとってもなかなか参考になる内容だった。
     また、それとは別に。

    「キミの話も、色々聞けたからね」
    「……何を話していたのか、お聞きになっても?」
    「はは、それは彼女から口止めされてるから話せないないな…………それに、とっておきにしておきたいからね」

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:28:22

     俺の言葉に、ヴィルシーナはきょとんとした顔になる。
     まあ、実際のところ聞いたのは彼女の好みについての話くらい。
     しかしそれだけでも、今後のお出かけなどの参考になる重要な情報だったのだ。
     やがて、ヴィルシーナは察したようにくすりと微笑む。

    「では仕方ありません、そのとっておきに期待させて頂きますわ」
    「……任せて」
    「ふふっ」

     ヴィルシーナは楽しげな様子で尻尾を揺らめかせた。
     そして突然────何かを思い出したように耳をピンと立てる。

    「……ただ、トレーナーさんもお忙しいでしょうから、無理せず断っても良いのですよ?」
    「実際暇していたし、それに」
    「それに?」
    「…………あの子におねだりされると、断れないというか」
    「ああ」

     ヴィルシーナは困ったような表情を浮かべた。
     彼女が一番おねだりを受けている立場であり、色々と心当たりがあるのだろう。
     ただ遠慮もして欲しくないので、フォローを入れておくことにする。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:28:42

    「まあ、俺も彼女との買い物を楽しんでいるから、気にしないでよ」
    「────そう、ですか」

     その瞬間、ヴィルシーナの表情が強ばり、少しだけ低い声が漏れた。
     姉妹の話をしている彼女には、あまり見られない反応。

    「…………?」

     本人にとっても予想外だったのか、ヴィルシーナは不思議そうな顔でこてんと首を傾げていた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:28:59

     そんなやり取りをした数日後。

    「……聞きましたよ、またヴィブロスに付き合っていたそうですね?」
    「あはは……つい、ね」

     呆れ顔を浮かべるヴィルシーナの前に、俺は苦笑いをする他なかった。
     そして、お腹にずっしりと残る胃もたれの感覚。
     昨日はヴィブロスに誘われて、新作スイーツの食べ比べをしていた。
     まあ、彼女があれこれ頼んで、食べ切れなかった分を俺が食べるという形だったけれど。
     ……甘いものは別腹、というのは女の子のみに適用されるのだ、と改めて思ったものである。

    「そんなに無理をされて……貴方も健康に気を遣わないとダメなんですよ?」
    「…………肝に銘じます」

     ヴィルシーナの心配の声を素直に受け止める。
     しばらく食事には気を付けようと心に決めながらも、ふと思い出したことを俺は彼女に問いかけた。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:29:21

    「そういえば、お土産のお菓子はどうだった?」
    「もちろん、美味しく頂きましたわ、控えめで上品な甘さとほど良い酸味の相性が抜群で……ただ、あの子にしては珍しいチョイスだったわね」
    「そっか」
    「……随分と嬉しそうですね、私がお菓子を食べている時のヴィブロスの表情にそっくり」
    「いや、実はあのお菓子、俺が選んでてさ」
    「えっ」
    「ヴィブロスからは疑わしそうに見られたけど、キミの口に合っていたようで何よりだよ」
    「それは、その、ありがとう、こざいま────」
    「しかし、色んなスイーツを一緒に食べられて、大変だったけど本当に楽しかったなあ」
    「……っ」

     その瞬間、ヴィルシーナの表情が少しだけ歪んだ、ような気がした。

    「……ヴィルシーナ?」
    「なんでも、ありません」

     気になって声をかけるも、彼女はぷいっと顔を逸らしてしまう。
     その様子は、少し拗ねているようにも感じられた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:29:42

    「────また、ですか」

     この日、ヴィルシーナの声は突き刺さるように鋭かった。
     普段は凛々しく、妹達の前では優しげな双眸はジトっと睨むように細められている。
     耳も微かに絞られていて、彼女が俺に対して何らかの不満を抱えていることは明白だった。

     ────しかし、全くもって心当たりがない。

     俺が困惑しながら言葉を詰まらせていると、彼女はため息混じりに小さく呟いた。

    「……ヴィブロスのことです」
    「えっと」

     ヴィブロスのこと、と言われても、やはり思い当たることがない。
     少し前にショップ限定のコスメが欲しい、ということで買い物に付き合ったくらいなのだけれど。
     やがて、ヴィルシーナはじろりと俺を見やり、口を開いた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:29:58

    「甘やかし過ぎです」
    「……ええ」

     ヴィルシーナからそんなことを言われるとは思わなかった。
     もちろん、彼女がただ妹に甘いだけの姉ではないことは良く知っているけども。

    「あの子の教育上、色んな意味で良くありません」
    「いや、そんなことは」
    「あります、最近の貴方はヴィブロスと出掛けてばかりです。貴方は私のトレーナーさんなのに、いっ、いえ、ヴィブロスのトレーナーではないのですから、もう少し節度を持って接するべきかと────」
    「……」

     言葉を並べていくヴィルシーナから、微かな違和感。
     思ってもないことを言っているというか、本心を言葉で覆い隠しているようにも感じられた。
     これまでの経緯、彼女の反応の変化、話している内容。
     思考が巡り流れて、俺は一つの予測を導き出した。

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:30:28

    「ヴィルシーナ」
    「ですから今後は……なんですか?」
    「もしかして────嫉妬しているの?」

     刹那、ヴィルシーナの動きは停止する。
     そして次の瞬間、彼女の顔が真っ赤に染め上がった。

    「なっ、ななな、なっ……!?」

     ヴィルシーナは目を大きく見開き、身体をプルプルと震わせている。
     ……大人びた子という印象だったけど、こういうところは年相応なんだな、と苦笑しながらも俺は言葉を続けた。

    「確かに、最近は俺がヴィブロスを独占しているような形だったもんな」
    「……………………は?」

     虚を突かれたかのように、ヴィルシーナはぽかんとした表情を浮かべる。
     何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの顔だが、案外こういうことは人に言われなければ気づかないものだ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:31:09

     つまるところ────俺だけがヴィブロスと出かけていることに、嫉妬しているのだろう。

     これは、確かに俺のミスだった。
     ヴィルシーナがヴィブロスと出掛けられるように予定を調整するべきだったのである。
     我ながら鈍いもんだな、と思わず自嘲してしまう。
     まずは謝罪を伝えなくては、そう思って彼女に向き直ると。

    「うわ」
    「ふふ……ふふふ…………ふふふふ…………!」

     打ちのめされたように俯いて、静かな笑い声を響かせるヴィルシーナがいた。
     一見すれば憔悴しているようにも見えるが、それは違う。
     彼女の走りに一目惚れして、ずっと見つめ続けて来た俺は、良く知っていた。
     彼女は何度折られようとも、決して諦めずに蒼い炎を燃やして君臨する『女王』なのだということを。
     …………何で、今燃やしているのかは知らないが。

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:31:28

    「────トレーナーさん」

     そして、ヴィルシーナは顔を上げる。
     そこには一種の覚悟を感じる、獰猛な笑みが浮かんでいた。
     そのあまりの圧に、思わず息を呑んでしまう。
     
    「デートの予定を、立ててくださるかしら?」
    「……あっ、ああ、ヴィブロスとのだよな」
    「いえ、トレーナーさんとのデートよ」
    「えっ、なんで?」
    「……………………ヴィブロスがお世話になったこと、それに、『色々と』気づかせてくれたことに対して」

     そして、ヴィルシーナはずいっと顔を寄せる。
     未だに赤みの残る頬、熱っぽい瞳、ヒクついた口元。
     視線は真っ直ぐこちらを射ぬいたまま、彼女は静かに、されどはっきりと言葉を紡ぐ。

    「改めて────貴方に『大感謝』の気持ちを伝えたいのよ」

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:32:00

    お わ り
    やっと来ましたねえ・・・

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 04:34:35

    ヴィルトレへの解像度が高くて笑った

    素敵なSSに『大感謝』!!!!

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 05:50:58

    素敵なSSありがとうございます
    この後大感謝を伝えたんか!?

  • 14125/05/13(火) 09:13:01

    >>12

    いい具合のクソボケが書けてたら良かったです

    >>13

    大感謝を伝え合って欲しい

  • 15二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 09:22:24

    お?ヴィルトレにしては察しがいいn……クソボケーッ!!
    笑わせていただきました、大感謝!

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 09:52:58

    自己評価が低いとかではなく家族が1番上だから、自分はその位置にはいないって感じだから分からん事もないけどクソボケはクソボケなトレーナー

  • 17125/05/13(火) 16:58:18

    >>15

    楽しんでいただければ幸いです

    >>16

    理解度自体は高いんですよね

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/13(火) 23:36:15

    出てこないヴィブロスの存在感よ

  • 19125/05/14(水) 05:42:36

    >>18

    まあシナリオでも存在感デカかったので…

  • 20二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 12:25:59

    作中イベントの一つでありそうなほど違和感がなかった
    まあ、メジロみたいに「お前も家族だ!」しないお姉ちゃんが悪いところもあるから…

  • 21125/05/14(水) 20:51:52

    >>20

    未来の自分に託すのはいかんですよ

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