「先生、あなたは一体何なのですか?」

  • 1◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 10:43:18

    対面に座る黒服とテーブルを挟みながら、その問いに先生は静かに首をかしげた。

    "私はシャーレの先生だよ。よく知っているだろうに"
    「ええ、存じております。ゲマトリアが離散した後も、その活躍はかねがね」

    先生はティーカップを持ち上げ、芳醇な香りに目を細めながらひとくち含んだ。

    「……では、質問を変えましょう。先生、『あなた』とは、『何』ですか?」
    ”あまり、変わったようには思えないね。私は、みんなの先生だよ”
    「そうですか。ところで、先生。そのお茶はお気に召しましたか?」
    ”いい葉だね。香りは立っているのに、きつくない”
    「そうですか。それはよかった」

    先生の手から、カップが滑り落ちた。

    「先生、あなたは善性の方だ。ですがそれゆえに、警戒が足りなさすぎる」
    ”……なるほど。一服盛られたわけだ”
    「何を飲ませたか、とは、お聞きにならないのですか?」
    ”あまり興味がないね”

    先生はうまく力の入らない手を懐に入れた。それが引き抜かれたとき、震える手には拳銃が握られている。

    「先生――何を?」
    ”教える義理はないよ”

    ぱん、と乾いた音がして、鮮血が散った。
    先生は自身の頭を撃ち抜いて、ゆっくりと床に倒れ伏した。
    黒服は表情の一切読めない顔で、しかしあっけにとられたようにそれを見つめていた。

  • 2◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 10:49:58

    「先生。あなたは一体何なのですか?」

    対面に座る黒服とテーブルを挟みながら、その問いに先生は静かに首をかしげた。

    "私はシャーレの先生だよ。よく知っているだろうに"
    「ええ、存じております。ゲマトリアが離散した後も、その活躍はかねがね」

    先生は両手を組み、静かに黒服の次の言葉を待った。

    「あなたは不思議な方です。まるで自分の命が路傍の石にも劣るかのように、平気で身を差し出すのですから」
    ”生徒達のためだからね。ためらっていられないことが多いんだ”
    「そうですか……。では」

    黒服が懐から拳銃を抜き、先生に向けた。

    「あなたはもう少し警戒するべきでした」
    ”なるほど?私を撃って、何を得るのかな”
    「いいえ、これは検証にすぎません。これもまた、私の探求の一つです」

    先生は微笑し、黒服はトリガーを引いた。
    ぱん、と乾いた音がして、頭を撃たれた先生はソファーにもたれるように脱力した。

  • 3◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 11:01:17

    「先生。あなたは一体何なのですか?」

    対面に座る黒服とテーブルを挟みながら、その問いに先生は静かに首をかしげた。

    "私はシャーレの先生だよ。よく知っているだろうに"
    「ええ、存じております。ゲマトリアが離散した後も、その活躍はかねがね」

    先生は静かに次の言葉を待っている。すると黒服は一束の紙を取り出し、先生に差し出した。

    ”これは?”
    「活躍は存じておりますよ。なにせ、あなたを観察させていただいていますので」
    ”……私の食事まで知られてるの、怖いんだけど?”
    「要件として重大でした。今日は一応の結論に至りましたので、お聞きしてみようか、と」

    先生はふむ、と息を吐く。

    「先生。あなたは、ご自身の命をかけるリスクに、何も脅威を感じていないのではありませんか?」
    ”……どうして、そう思うのかな”
    「敵地に乗り込むような事態にも、銃撃戦のさなかにも、平然と出て行かれる。自身が銃撃されてもなお、撃った本人すら許し、恐れず受け入れる」
    ”不明瞭でも、賭けてみる。人を信じるっていうのは、そういうことじゃないかな”
    「ああ、そこは尊敬するべき点ですね。しかし、私の出した結論とはそこではなく」

    黒服は静かに右手を持ち上げ、先生の胸元へ向けた。

    「先生。あなたにとって、死は『死』を――『終焉』を意味していないのではありませんか?」

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 11:21:47

    保守しゅのしゅ、期待

  • 5◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 11:22:11

    部屋に沈黙が満ちた。
    先生が天井を見上げ、長く息を吐く。目を閉じて何事か考え、視線が黒服に戻されると、先生の表情はわからなくなっていた。

    ”……ふ、ふふ。驚いたね……気づいたんだ”
    「……では?」
    ”答えてあげよう。その考えは当たりだ”

    黒服の纏う雰囲気が明るくなった。諮問を見事に解いた学生のような反応だが、先生は言葉を続ける。

    ”大人のカード――よく知っているね?”
    「ええ。あまり頻用していただきたくはないものです」
    ”そうだね。あれの対価はかなり大きい。私が今まで通してきた無茶を考えると、小さな人間一人で払える程度じゃ到底済まない”

    黒服はうなずいた。先生も同意を得たことに満足しながら続ける。

    ”では、私の身に余る対価は誰が払っていると思う?”
    「……外部協力者、でしょうか?私のように神秘を探求する者がいれば、あるいは方策を用意できるのでは?」
    ”残念だけど、それは違う。私の対価は私が支払うからこそ対価になるんだ”
    「謎かけじみてきましたね」
    ”あまり複雑な話ではないよ”

    その瞬間であった。黒服の目には先生の顔が、性別が、わからなくなった。

    ”プレナパテスによって実証され、お前も知るところとなった……可能性とは選択肢。選択によって分岐し、今この瞬間にも私が選ぶ言葉の一つで変わる未来は、どれほどの数あると思う?”
    「樹形図のごとく、というわけですか」
    ”そして木の根元に目を向ければ、そこには無数の過去が散らばっている。だけど、そこには確かに幹となる部分があるわけだ。さて、考えてみよう――この幹は、どうして幹たりえるんだろうね?”

  • 6◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 11:38:02

    「植物学的に言えば、最初に芽吹いた部分……この場合は、あなたが生を受けた瞬間に決まるのでは?」
    ”だけど、それは主観でしかない。どの世界でも『私』が生まれれば、その瞬間から分岐している。いや、その前からだ。私の性別が、容姿が、父と母の遺伝子から決められ形成される瞬間、意思なき分岐がそこにはある”
    「では、あなたの考える幹の定義とは?」
    ”それは、未来に残った部分”

    先生は大人のカードを取り出した。

    ”これは、ある日私の手元にあった。私のものだとはっきりわかったよ。これは私に与えられたものではなく、私そのものなんだとね”

    黒服は視線で続きを促しながら思案する。

    ”私にはいろんな選択肢があって、いろんな可能性があった――わかりやすいところなら、進路だ。進学先を選んだことで、私の未来は大きく分岐して、その中の一連なりがそのときの私だったわけだ。それを理解したとき、私は自分がこの世界に一人しかいないことを再認識すると同時に、私は無数の世界に一人ずついる、そのなかの一人でしかないことを悟った”
    「より大きな視点で見れば、というわけですか?」
    ”たとえ全宇宙を探しても、私と同じ存在はいないよ。空間ではなく、時間なんだ。人一人には到底受け止めきれない、膨大な時間と分岐。それが数えることも馬鹿らしいくらいの世界を生み出し、文字通り無限に広がっている”
    「では、時間的に捉えたときの幹とは?」
    ”言ったように、未来まで存在した過去だよ。幹とは木の根元から先端までのもっとも太い枝だ。であれば、他の枝が存在しないとき、残った枝は他の枝を支える幹となる”
    「なるほど、幹があるから枝があるのではなく、枝が落ちていけば残ったものが幹である、と」
    ”そうなるね”

    先生は湯気が立たなくなってずいぶん経ったティーカップに手を伸ばすが、黒服はそれを制して新しく淹れなおした。
    口を湿して、一息つく。

  • 7◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 11:58:20

    「おっしゃることはよくわかりました。しかし、それがあなたの死を恐れない理由なのですか?」
    ”いやいや。それだけなら私は死を恐れて哲学にでも励んでいたよ。それに、これは私だけの話じゃない。過去から未来まで存在する全てが、時間上に樹のようにあるわけだ”
    「そうですね。私のような者でさえ、今交わしている言葉が枝葉を作っているのでしょう」
    ”私は気づいただけなんだ。分岐の先に続く私がいるのなら、私がするべきことは失敗を恐れることじゃない。挑まずに可能性をなくしてしまうことだってね。そして、私にそれを気付かせた『これ』は、私の背中を強く押した”

    大人のカードは先生の指の間で光沢を放っている。

    ”これは他の時間軸上の全ての私に、ある時点から等しく与えられたオーパーツ。対価を払って新しい分岐を作り出し、あるいは拒絶する。いうなれば、これは選択権だ”
    「では、その対価とは?あなたが存在するままに世界を変化させるほどの『反則技』は、あなたに何を求めるのですか?」
    ”私の存在。過去に存在し、大人のカードを手に入れてから、今日ここに至るまでの間の、私の存在そのものがカードの対価。そしてこのカードはもうひとつ、機能を持っていた”

    くるりと指の間でカードが回転した。

    ”対価はすでにあるものから支払われる。このカードは過去に存在し、今は存在しない――つまり、未来へ繋がらなかった枝葉の私の存在を、対価にすることを可能にした”
    「それを行うと、あなたは……どうなるのですか?」
    ”未来へ繋がらなかった世界の私は、存在を消費される。遡及的に、分岐で枝となった瞬間……私が『失敗した』選択の瞬間までが消費され、その分岐は時間上から消える”

  • 8◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 12:25:23

    「ようやくあなたが枝葉を『散らばっている』と表現したのかがわかりました。枯れた枝は幹から落ち、あなたの存在上の幹は常にこの先の分岐しか残らない――そういうことですね?」
    ”理解が正確で助かるよ。さて、黒服。いまこう考えているだろう?『それなら、どうしてプレナパテスはこちらへ来られたのだろう?』と”
    「ええ。そのことをお尋ねしようと考えていました」
    ”あれは……大人のカードを逆用した反則、というべきだろうね。命が絶えた私に命とは違う存在定義を与えることで大人のカードの剪定される範疇から切り離し、別時間軸に向けて送り出す……私も驚いたよ。そんなことができるのか、って”
    「あなたにとっても想定外の事態だった、と」
    ”そもそも、私には未来を見通す力も、過去を変える力もないよ。選択肢を増やせる、とは言ったけど、その選択肢は私の知る範囲でしか考えだせないし、そこまでの積み重ねを踏み倒せるようなこともない”
    「だからあなたは生徒を信じようとしているのですか」
    ”いや、それは私の……なんというか、素の部分、だね。子供達には幸せになってほしい、たとえ私にこのカードがなかったとしても”
    「では、なぜそれほどまでの挺身を?」
    ”わからない?私が選択と分岐の結果今こうして話しているように、あの子達もまた一秒ごとに選択し、分岐しながら未来を作っているんだ。なら、その未来の幸せのために、できることはしたいじゃないか”

    先生の声はしているが、形はもはや服装からしか判断できない。

    「先生。では、今のお姿は?」
    ”……こうして見せたほうが、わかりやすいだろう?私は複数の別世界に存在する無数の存在の結果の一つだと”
    「それは、変幻自在ということでは?」
    ”違うね。この状態の私は認識があいまいなだけだから、私が自己を確立するといつもの私に戻るよ”

    すっと、音もなく先生の姿が戻った。肌も、髪も、一人の人間として認識できる。

    「……その力。大人のカードにできることに、限りはあるのですか?」
    ”もちろん。過去は変えられないし、時間を止めることもできない。その可能性が存在しない限り、極端に言えばコップを割ることすらできない。その結末に至るには、可能性が存在しなくちゃならない。だから、私は毎日一生懸命やってるんだ”
    「なるほど」

  • 9◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 12:53:15

    話し込んでいるうちに、ずいぶんと時間がたっていた。黒服は空になったカップにお茶を注ぎながら、時計に目をやる。

    「まだお時間はよろしいのですか?」
    ”せっかくだ、もう少し話していこう”
    「それは光栄なことです。――結論としては、あなたの死は別の分岐世界に存在するあなたの可能性の一部として収束することがわかっているから、一つの世界での死はあなたの終焉を意味しないということでよろしいのですか?」
    ”そして、子供達には命を懸ける価値がある。そういうことだよ”
    「ふむ……それでは、もう少し別のことをお聞きしても?」
    ”私に答えられることならね”
    「そのカードの秘密を明かしてくださったことには感謝いたします。しかし、それがよい未来へつながるとは限らないのでは?」
    ”そうだね、たとえばこの場で私が殺されてカードを奪われるかもしれない。だけど、それがどうしたの?”

    けろりとした顔でそう言い放った先生に、黒服の背筋が粟立った。

    ”私は今日ここに来るという選択をした。全て話すという選択をした。部分的に隠すことも、何も話さないことも、あるいは最初から来ないこともできた。だけど私は来た――だから、この選択はこの私のものだ”
    「もし、それが失敗ならば?」
    ”私は幹から枝になる。そしていつか、未来の私が消費するだろう”
    「あなたの死を悼む生徒達がいるのでは?」
    ”いるだろうね。だけど、消費されればそれは存在しなかったことになる。皆に悲しい思いはしてほしくないけど、最後に最良の未来を掴めるのなら、私は死を恐れたりしない”
    「……あなたの可能性が、いつか尽きるとは思わないのですか?」
    ”思ってるさ。私はただの人だよ?いつか寿命で死ぬまでが私の分岐の限界だ”
    「そこに至った時間こそが、あなたの幹であるというわけですか」
    ”そういうことだね”

    部屋に沈黙が満ちる。

    「今日はありがとうございました」

    静かな、寂しさに満ちた声で黒服が告げた。

    ”じゃあ、私は帰るよ。お茶をご馳走様”

  • 10◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 12:55:01

    というわけで、「大人のカード」で無数の世界線と繋がれた先生が対価をこう支払っていたら、という妄想SSでした。最初はpixivに上げようと思ったけどこういうのはあにまんのほうがいいかなと
    感想待ってま~す

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 13:08:52

    投下乙です!
    先生は文字通り可能性を保つための薪なんだなって...

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 14:09:22

    覚悟決まり過ぎじゃない?この先生

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 14:15:16

    こういうの好きだよ
    もっと書け(豹変)

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 14:22:36

    これって、初めの二つは幹から枝になった世界ってことなのかな?

  • 15◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 14:34:00

    >>14

    だいたいそうですね。一つ目の世界線では薬で行動不能になったら何されるかわからないので先手を取って、二つ目では眉間に銃向けられて助かることはないだろうと思って受け入れた結果です。もう少しいろんなパターン出してもよかったけど冗長になりそうだったので省きました

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:38:11

    面白い、こういう話は大好きさ

  • 17◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 18:40:40

    反応よくてウレシイ・・・ウレシイ…

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 18:51:08

    SCP-1739思い出した
    めっちゃ好きだからもっと書け(豹変)

  • 19二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 18:52:25

    D4cラブトレインに似ているな。
    おっかぶるのは別の自分だが

  • 20◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 19:09:30

    >>18

    聞き覚えあるなと思ったら「もう使われないラップトップ」でしたか。全く意識してなかったけど確かに想起するところありますね

    >>19

    別の自分に被害が出たりはしないので……?

  • 21二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 19:12:13

    何故か未来や世界線を木に例える描写に破壊魔定光を思い出す

  • 22◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 19:37:20

    >>21

    破壊何某はよく知りませんが、脳みそ爆発するくらい細かく分かれた樹形図ですね

  • 23二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 20:02:55

    主観視点で死を恐れない理由にはなってないと思うが
    むしろ死 ねば平行世界の自分に消費される可能性があるわけだろ、それも世界ごと
    幹を枝の一つと認識してる割には枝が幹たりえるという視点が欠けてない

  • 24◆p4.oUl2qF225/05/14(水) 20:26:04

    >>23

    そこはもう少し詳細に書くべきでしたか?

    先生は「他の世界の自分が分岐した先でする選択は知らない」「自分が大人のカードを使うときの対価は枝となった過去である」「水平方向に見れば枝と幹の差はなく、自分がした選択によって終端までたどり着いたら最後に残った世界線が幹である」っていう三点から、「他の時間軸上で自分がどう選択しても知らないのと同じように、この時間軸上の自分の選択も知られることはないので、ならば可能な限り未来を目指して、でも死んでしまうならそれもまたやむなし」っていう視点に至っています。

    つまり先生は死を恐れていませんが他の世界では死に怯えて何もできない先生もいるかもしれませんし、そもそも先生じゃないかもしれません。なので先生は先生である自分の時間を一生懸命に生きる普通の人ですが、自分が死んだらそこで全てが終わるわけじゃない、という視点も持っているので命かけられるんですね

オススメ

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