(SS注意)見栄え

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 14:59:53

    「────難しい顔で何を見ていらっしゃるんですか?」

     トレーナー室の窓から夕陽が差し込む時間帯。
     デスクで唸り声を上げていた俺の背後から、鈴を転がす声が聞こえてくる。
     鼻先をくすぐる春の思わせる香水の匂い、頬をかすめるさらりとした毛先の感触。
     赤い日差しに照らされた青毛のロングヘア、前髪には少し垂れた菱形の流星、右目の下には泣きぼくろ。
     担当ウマ娘のヴィルシーナが興味深そうな表情で、俺の手元を覗き込んでいた。

    「この間のレース後に撮った写真が現像出来たんだけど」
    「あら、拝見させていただいても?」
    「もちろん、キミのご家族の分もあるから、今度渡しに行こうか」
    「はい、よろしくお願いしますね」

     ヴィルシーナは頷きながら、写真を受け取る。
     これは先日、G1レースで勝利した時に撮った写真。
     優勝レイを肩に羽織ったヴィルシーナを中心に、彼女の両親、そして妹達が並んでいる。

    「もう、ヴィブロスったら自分のことみたいにハシャいじゃって、これじゃあどちらが主役なのかわからないわね……シュヴァルはもうちょっと寄ってくれても良いのに」

     柔らかな微笑みを浮かべながら、目を細めるヴィルシーナ。
     その表情は頂点を目指す不屈の『女王』の顔ではなく、妹達を見守る『姉』の表情であった。
     やがて彼女は、不思議そうな顔をして首を傾げながらこちらを見る。

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:00:40

    「良い写真だと思いますけど、何か問題でもありましたか?」
    「キミはいつも通り、とても綺麗で格好良くて、惚れ惚れするくらいに素敵に映っているよ」
    「……っ」
    「ご家族の皆様も見目麗しいというか、素敵な写真を取れているんだけど、俺がね」
    「…………えっと、トレーナーさんが?」

     ヴィルシーナはますます疑問を深めている様子だった。
     まあ、無理もない。
     これは問題というより、ただ俺が気にしているだけなのだから。
     件の写真には、彼女の担当トレーナーとして、俺も彼女達と一緒に映っている。
     担当ウマ娘の晴れ舞台、当然身なりはきっちりと整えて、表情なども引き締めてはいたが。

    「やっぱり、どうにもキミ達とは見劣りしちゃうよな」

     俺と彼女ら一家を見比べると────やはり、オーラからして全然違う。
     単純に美形揃いというのもあるのだが、センスや立ち振る舞いからして一線を画しているのだ。
     勿論、ヴィルシーナのトレーナーとして相応しくあろうとしているのだが、こればかりはなかなか難しい。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:00:59

    「そうですか? トレーナーさんも、十分素敵だと思いますけど」
    「あはは、ありがとう」

     ヴィルシーナはきょとんとした表情でそう言ってくれた。
     お世辞だとはわかっていても、なんだかんだで嬉しいものである。
     …………とはいえ、彼女はこれからも実績を重ね続けるであろうウマ娘。
     当然このような写真を撮る機会は増えていき、その都度、俺も写真を撮ることになるだろう。
     その時までに、少しくらいは自分磨きをしたいところなのだが。

    「…………あの、ご不安なら、私がお手伝いをしましょうか?」
    「ヴィルシーナが?」

     それは願ってもない話だ。
     ヴィルシーナの洗練されたセンスは何よりも信用に値する。
     彼女に手伝ってもらえるなら百人力だが、そんな負担をかけても良いのだろうか。
     そんな俺の考えを察したかのように、彼女は少し胸を張って、自信ありげな笑顔を見せた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:01:21

    「貴方にはたくさんお世話になっているんです、少しくらいは恩返しさせてください」
    「恩返しだなんて…………でも、そっか」

     ここまで言ってくれているなら、断るのはむしろ失礼かな。
     そう判断した俺は、改めてヴィルシーナへ向き直り、真っすぐにその瞳を見つめた。

    「手伝ってもらえるかな、ヴィルシーナ」
    「はい、もちろん…………ふふっ、それじゃあ色々と準備や手配をしなくちゃいけないわね」
    「……ほどほどで良いからね?」

     若干不安になりながらも、尻尾を揺らして楽しそうにしているヴィルシーナに声をかけるのであった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:01:36

    「うん、思った通りトレーナーさんにはイタリアンスタイルのスーツが似合いますね、色合いはネイビーが良いかしら、いくつか候補を見繕いますので試着してみてくださいね?」
    「あっ、ああ」

     次の週末、俺はヴィルシーナとともにスーツを見に来ていた。
     普段は入らないようなブランド店に連れ込まれて、明らかに高級感のある光沢を放つ品々を並べられている。
     値段をチラ見して目玉が飛び出るかと思ったが、臆する様子が一切ないヴィルシーナを見るに、これくらいが彼女達にとっての『普通』なのだろう。
     無理に並ぼうというのだから、見栄くらいは張るべきだ────というわけで、値段は見ないことにした。
     まあ、それに。

    「あとは……あっ、ちょっと髪の毛失礼しますね」
    「えっ、うっ、うん」
    「やっぱりトレーナーさんならツーブロックショートで……もう少し毛先に動きが欲しいわね…………前髪はこんな感じで」
    「……っ」

     目の前で背伸びをしたヴィルシーナは、俺の髪を両手で整えるように触り始める。
     髪型について色々と考えてくれているようだが、頭を撫でられているようでなんともくすぐったい。
     しばらくして、彼女は手を離すとスマホに色々と打ち込んで、満足気に頷いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:01:53

    「うん、これでもっと素敵になりますよ……今度、パパが行きつけにしてる美容室を紹介しますね?」

     目をきらきらと輝かせながら、少しだけあどけなさを感じさせる笑顔を見せるヴィルシーナ。
     そんな彼女を見ていると、何かを言う気持ちなんて、すっかり失われてしまうのであった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:02:23

     スーツ、シャツ、ベルトと決めていき、今度はネクタイを選ぶ番になった。
     まるで自分のことのように真剣な表情でネクタイを眺めるヴィルシーナ。
     やがて茶色のネクタイの前で立ち止まり、顔を寄せてじっくりと見つめる。

    「ネイビーに合わせるなら」

     しばらくして、彼女はそのうちの一本に手を伸ばして────ぴたりと止まる。
     ちらりと一瞬だけこちらに視線を向けて、伸ばしかけていた手をゆっくりと下した。

    「……やっぱり、こちらで」

     少し頬を染めながら、ヴィルシーナは近くにあった青いネクタイをいくつか手に取った。
     そして、尻尾を小さく、それでいて楽しげに揺らめかせながらこちらへと歩いてくる。

    「それじゃあ、ちょっと巻いてみますね」

     そう言うと、ヴィルシーナは俺の襟元に手を伸ばしてしゅるりとネクタイを巻き付ける。
     自分で出来るから、と言う暇もないほどに淀みのない、慣れた手つき。
     ネクタイを結ぶ機会なんて殆どないだろうに、と気になって思わず聞いてしまった。

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:02:42

    「ネクタイ結ぶの、上手いね」
    「ええ、パパに練習をさせてもらったんです」
    「練習?」
    「……っ! い、いえ! とっ、特に深い意味はなくて……!」
    「そっか、お父さんもキミにネクタイを結んでもらえたら、とても嬉しいだろうね」
    「…………えい」
    「んぐ」
    「あら失礼、ちょっときつくしてしまいましたわ、おほほ」

     ぎゅっと強くネクタイを結ぶヴィルシーナ。
     当然すぐに緩めてくれたけれど、何故か眉尻をぴくぴくとさせながら笑顔を見せていた。
     そして、彼女は少しだけ距離を取り、じっと真剣な表情で俺を見つめる。
     思わず緊張して、背筋が伸びてしまう。
     やがて、彼女ははどこか柔らかく眉尻を下げて、どこかうっとりとした笑みを浮かべた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:03:24

    「うん、思った通り、とても似合っていて、とても素敵で、とっても格好良いですよ?」
    「……キミにそう言ってもらえると、何よりも嬉しいし、自信になるよ」
    「…………もっ、もう、大袈裟なんですから! さあ、他のネクタイも試してみますよ!」

     ヴィルシーナは照れを誤魔化すように視線を逸らしながら、ネクタイを外す。
     その、瞬間だった。

    「────その色のスーツに合わせるのなら、こちらの方がお似合いではなくて?」

     突然背後からかけられる、あまりにも聞き覚えのある声。
     反射的に俺達が振り返ると、そこには一人のウマ娘がさも当然のように立っていた。
     鹿毛のドーナッツヘア、幼さを残す顔立ち、ハート型の髪飾り、そして発せられる強者の圧。

    「ジェンティルさん……!?」

     ヴィルシーナの同期にしてライバル、そして高い壁であるジェンティルドンナがそこにいた。
     驚愕の表情を浮かべるヴィルシーナを横目に見ながら、彼女は悠然とこちらへと歩み寄ってくる。
     そして、俺の目の前で立ち止まると、静かに手を差し出してきた。
     その手の中には────先ほどヴィルシーナが手に取りかけていた、茶色のネクタイ。

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:03:44

    「イタリアンスーツならば、『アズーロ・エ・マローネ』が定番でしょう」
    「アズ……えっ、なに?」
    「……ふう、ヴィルシーナさん、説明してあげて頂戴、まさか貴方が存じ上げないということはないですよね?」

     困惑する俺にジェンティルドンナは呆れたような表情を浮かべて、視線をヴィルシーナの方へと向ける。
     きゅっと唇をかみしめて俯いていた彼女は、苦しげな小さい声でぽそりと声を絞り出していった。

    「……『アズーロ・エ・マローネ』とはイタリア語で『青と茶』、イタリアにおける定番のスタイリングなんです」
    「見たところイタリアンスーツは着慣れていないご様子、でしたら、まずは王道で組み合わせるべきですわよね?」
    「…………」

     ジェンティルドンナの言葉に、ヴィルシーナは何も返すことが出来ない。
     きっと、ジェンティルドンナの意見の方が正しいのだろう。
     そのことヴィルシーナは知っていた、知っていた上で、青いネクタイを薦めていたのだ。
     俺にはその理由が皆目見当もつかない。
     ただ、言えることは一つだけ。

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:04:11

    「ジェンティルドンナ、助言ありがとう────でも、俺は青を選ぶよ」

     そう言って、茶色のネクタイから目を逸らして、ヴィルシーナが用意してくれた青色のネクタイを手に取る。

    「トレーナー、さん?」
    「あら……貴方は一流に近づきたいのではなくって? そちらを選ぶ理由を、お聞かせ願いたいわね」

     ヴィルシーナは目を大きく見開いて、俺を見つめる。
     ジェンティルドンナは目を鋭利に細めて、見定めるように俺へと視線を向けた。
     つまらない答えは許さない────そんな強い圧力を感じるが、怖気つくことはない。
     理由は、単純ではっきりとしているのだから。

    「これは、ヴィルシーナが選んでくれた色だからね」
    「……!」
    「……へえ」
    「確かに一流に見られたいとは思っているけど────俺は誰よりも、ヴィルシーナに『一番』良く見られたいんだ」

     彼女や彼女の家族に見劣りしないようにしたい。
     その想いは事実だけれど、俺にとっての『女王さま』は、ヴィルシーナただ一人だけ。
     だから他の人にどう見られるかよりも、彼女にどう見られるかが、最優先なのだ。

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:04:32

    「…………っ!」

     耳をぴんと立てて、口元を押さえるヴィルシーナ。
     そして、俺は恐る恐る、隣にいるであろうジェンティルドンナの反応を伺う。

    「────ふふ、見せつけられちゃった」

     ジェンティルドンナは、くすりと少女のように愛らしい笑みを浮かべていた。
     見たこともない彼女の表情に、俺とヴィルシーナはきょとんとした表情で目を奪われてしまう。

    「ごめんあそばせ、貴方に私のアドバイスは余計なお世話だったようですわね」
    「いっ、いや、そんなことは」
    「それでは、ヴィルシーナさんに一つだけアドバイスを」

     そう言って、ジェンティルドンナは呆気に取られているヴィルシーナの耳元に顔を寄せる。
     そしてぽそりと、俺に聞こえないくらい小さな声で何かを囁いた。
     刹那────ヴィルシーナはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げて、口をパクパクとさせる。

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:04:56

    「なっ、あっ、なっ……!?」
    「……もう少し上手くおやりなさい、あるいは、さっさと全てを晒け出してしまいなさい」
    「そっ、そっ、それこそ、余計なお世話ですっ!」
    「ほほほ……それでは私も多忙なので、ここで失礼させていただきますわ」

     ジェンティルドンナは愉しげな笑みを浮かべながら、足早に去っていく。
     まるで嵐のような立ち振る舞い、俺達はただそれを見送るしかなかった。
     残されたのは俺と、朱色に染まったまま肩を震わせているヴィルシーナだけ。
     気まずい空気が流れる中、とりあえず場の流れを変えるだめに、俺は彼女へと問いかける。

    「……えっと、さっき何を言われたの」
    「……っ! なっ、なんでもありませんっ!」
    「…………ごめん」

     どうやら、触れてはいけないことだったらしい。
     ヴィルシーナは俺から顔を逸らして、自らの髪の毛をいじり始めてしまう。
     そして、消え入るような小さな声で、彼女は呟くのであった。

    「………………『自分色に染めたいという魂胆が見え見えですわよ』、だなんて」

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:05:29

    お わ り
    クリスマスに横から突然出てくる気ぶりジェンティルさんすこすこ

  • 15二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 15:14:11

    呼んでもいないのに勝手にシュバってくる気ぶりドンナほんと笑う

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 16:26:50
  • 17二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 17:42:37

    気ぶりジェン子さんの「…じれったいですわね、ちょっとテコ入れして参りますわ」感好き

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 18:01:58


    トレーナーが突然惚気てくるのにやられるヴィルシーナ可愛い

  • 19二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 18:02:19

    ヴィルシーナによると家族と並んでも見劣りしないらしいんだよねこのトレーナー…
    そんな人を自分色に染めるのは色んな意味で楽しそう

  • 20二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 18:11:12

    ドントレ絶対真っ赤なネクタイしてんじゃーん

  • 21二次元好きの匿名さん25/05/14(水) 22:17:57

    にやにやした
    気ぶりジェンティル好き

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