【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part4

  • 1125/05/16(金) 19:36:59

    ミレニアムの天才たちが10あるセフィラを攻略していく話。


    現在3体目、ネツァク戦開幕。

    スレ画はPart3の176様に書いて頂いたもの。励みになります本当に。


    ※独自設定&独自解釈多数、端役でオリキャラも出てくるため要注意。前回までのPart>>2にて。

  • 2125/05/16(金) 19:37:11

    ■前回のあらすじ

     ホドの確保に成功した一行は、ミレニアム最強と名高いネルを仲間に加えて前へと進む。

     セフィラに使われている機能を再現するべく解析を行う中、マルクトもまた『心』を知るために学習を始める。


     そして、ミレニアムEXPOを目前に控えた9月の前半。

     『勝利』のセフィラ、ネツァクが目覚めたことを知った一行が目にしたのは茨に満ちたパビリオン。


     溢れる緑の地獄。全てを閉ざす変性の権能。

     果たして、一行はネツァクを攻略できるのだろうか……。


    ▼Part1

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」|あにまん掲示板「ごめんなさい」 私が何かを間違ってしまったことだけは分かった。 その結果がこれだ。彼女も『こちら』へ来てしまった。この先、何度も続くであろう無限の中に。「私が間違えたの。こんなことになるなんて……私…bbs.animanch.com

    ▼Part2

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part2|あにまん掲示板一年生のリオやヒマリたちが特異現象を相手にセフィラを捕まえる話。長い話になることだけは分かります。SSとは小説の略ということで。スレ画はPart1の132様に書いて頂いたものにタイトルを付けたもの。※…bbs.animanch.com

    ▼Part3

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part3|あにまん掲示板一年生のリオやヒマリたちがマルクトと共に存在意義を探す話。10あるセフィラの2番目との戦いをしていてPart3です。スレ画はPart2の184様に書いて頂いたもの。素敵ですご友人。※独自設定&独自解釈…bbs.animanch.com
  • 3二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 19:39:13

    期待

  • 4125/05/16(金) 19:41:42

    埋め

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 19:42:38

    前スレのオマケも見てきました!
    めっちゃ面白かったです!

  • 6125/05/16(金) 19:47:27

    ※埋めがてらの小話15
    SF知識や手札が少ないのにSFっぽい話を書き始めたので今更SF小説を読み始めました。
    面白い……が、読んだり書いたりソシャゲしたりで時間が、時間が……!

  • 7125/05/16(金) 19:49:32

    うめ

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 19:51:03

    うめ

  • 9🤖25/05/16(金) 19:51:31

    埋め

  • 10125/05/16(金) 19:53:46

    ※埋めがてらの小話16
    今更ながらですが、コユキの話を書いたのが3/18なのであれからほぼ毎日書き続けられてますね……
    一昨年の自分だったら絶対に出来なかったので順調に創作筋(注:創作するために使われる筋肉のこと)が育ってます。

    肩にちっちゃい重機乗せられるぐらいムキムキになりたいですね。

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 20:00:26

    大ファンです

    頑張ってください

    ナイスバルク!!

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 23:05:55

    このレスは削除されています

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 01:18:17

    うめ

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 05:57:30

    ほしゅ

  • 15125/05/17(土) 11:52:50

     暗闇の中、まとまりのない思考が徐々に形となって目を覚ます。
     最初に感じたのは清潔なシーツの感触。かけられたタオルケットの柔らかい手触りと、瞼越しに感じる電球の光。

     明星ヒマリはゆっくりと目を開けると、そこはミレニアムの保健室であった。

    「水飲む? ほら、どーぞ」
    「ああ、ありがとうございます……」

     差し出されたコップを受け取って飲み込む――瞬間、今まで嗅いだことも無いような生臭さが鼻腔を貫いた。

    「っ――おぇぇぇぇ!!」

     堪らず反射的に吐き出すヒマリ。
     茶色と白が不均等に混ざったような液体がタオルケットを濡らすと、そんなものを手渡した人物は手を叩いて邪悪な笑みを浮かべていた。

     というか会長だった。

    「会長!? なんでここにいるんですか!?」
    「ク、ヒヒッ……ふっ、はぁ……はぁ……。いや『おぇぇぇ』って! 清楚系でも何でもない感じに吐いたね! あー、おもしろ」

     そんなこと言われても何が面白いのかさっぱり分からない。
     ヒマリは無言で会長を睨みつけるが、そんなこと一切気にせず会長は目元の涙を拭いながら息を整えていた。

    「でもね、僕は悲しかったんだよ? 何せ目にかけていた生徒がとんだ不良生徒だったなんてさ」
    「不良……?」
    「君、ぐでんぐでんに酔っぱらってたんだよ? まったく、未成年の飲酒はミレニアムじゃ長期停学処分なんだから」
    「はい? 私が、酔っていた、ですか……?」

     状況がいまいち掴めず首を傾げると、会長は事のあらましを説明してくれた。

  • 16125/05/17(土) 13:09:36

     エンジニア部が『廃墟』に向かってから3時間後、15時ぐらいに速度制限を無視してミレニアムへ突っ込んでくるトラックがあったらしい。

     当然保安部がそれを止めると、運転席にいたのはチヒロのみ。
     保安部は会長の指示で「エンジニア部の様子がおかしかったら僕に連絡して」と言っていたらしく、手順に従って会長が到着。

     保安部を追い払ってチヒロに色々と質問するが、いつも以上に歯切れが悪く、面倒になってトラックの荷台を無理やり開けさせたら泥酔したヒマリとリオがいたらしい。

    「まー、酔っぱらいは隠すよね。飲んでたら一発アウトだし、事故だとしてもセミナーとして思いっきり介入するし」

     ただ、『廃墟』の調査を行っていることを知っていた会長だったからこそ、全力で酔っ払い二名の隠蔽を行う方向で力を貸してくれたのだと言う。

    「まったく酷い話だよねぇ? 保険室に僕が入ったらみぃんな血相変えて出て行っちゃうんだもん。それで、君が目を覚ますまでここに居たってわけ。あー、大体3時間ぐらいかな。あとで書記ちゃんに叱られるだろうなぁ……。ねぇ?」

     片眉を上げて意地の悪そうにニタニタと笑いかける会長だが、色々と助けてくれたことには変わりない。

     変わりないが……驚くほど感謝の念が湧いてこない。
     というよりも、『会長に借りを作ってしまった』という事実に戦々恐々としてヒマリの頬がひくついた。

    「あ、あの……ありがとうござ――」
    「礼は要らないかなぁ~。悪意で助けたからねぇ? やってもらいたいことなら幾らでもあるしさぁ?」

     そう言って会長はヒマリの手からコップを取ると、持っていた水筒の中身を注いでヒマリに手渡した。
     あの生臭く汚い色をした液体である。ヒマリが会長の顔を見ると、ニタニタ笑いが一層邪悪に深まった。

  • 17125/05/17(土) 13:10:05

    「それ、僕が調合した酔い止めの薬。飲みやすさはわざと無視して効力だけ上げたからばっちり効くよ」
    「悪意が混ざっているではありませんか!」
    「一気! 一気!」

     手を叩いて煽って来る会長に内心イラっとしながらも、ヒマリは意を決して一気に飲み干した。
     生臭い臭気が喉元を過ぎても胃から湧き上がって来てひらすらに苦しい。とてもじゃないが人が飲んでいいものではなかった。

     ヒマリが「お、おぉ……」と悶絶していると、会長はケラケラと笑い声を上げる。

    「飲んだら30分は何も飲まないでね。吐いたらやり直し。僕としては何度やり直しても良いけどねぇ~?」
    「こ、このまま……30分も……?」

     軽く絶望したものの、そこでようやく思い出したのはリオのことである。
     周囲を見渡すと少し離れたベッドの上で眠るリオの姿を見つけた。どうやら無事だったらしい。

    「ちなみにリオちゃんは結構危ない状態だったから寝てる間に薬は飲ませておいたよ」
    「私もそうしてください……! なんでわざわざ起きるのを待って……あぁ、ただの嫌がらせですね」
    「もちろん!」

     あまりにも明快に言い切る会長にヒマリは頭が痛くなった。
     しかし、問題はネルである。彼女はまだあの『博物館』に取り残されたままだ。

     そして思い当たるのはネルが叫んだ最後の声。
     『黄色い花は絶対嗅ぐな』という警句は恐らく昏睡するほど酩酊させる香りを放つから、ということだろう。

    (そんな香りが充満した場所に取り残されているのですかネルは……!?)

     思わず血の気が引いて起き上がろうとするが、悶絶するほどの臭気に吐き気を催して口を押さえる。
     気を抜くと吐きそうになるほど酷い。本当に酷い臭いである。

  • 18125/05/17(土) 13:10:19

     この臭さもパニックになりかけたときに無理やり意識を逸らすためなのではないかと思わず邪推するほどで、ヒマリは涙で潤んだ目を会長に向けた。

    「か、会長はどこまで知っているんですか……?」
    「ほとんど推測だけどね」

     そう言って会長はその辺にあったパイプ椅子を引っ張り出して座ると、自分の推測を話し始めた。

    「チヒロちゃんが慌ててたから誰かが大変な状況にあることは想像できるよね? それでウタハちゃんとネルちゃんがいなかったからどっちかが大変なことになっている」

     ぷらぷらと足を揺らしながら、会長の目が宙を漂う。

    「君たちがでろでろに酔っぱらっていたから残った方も同じ感じかな? で、チヒロちゃんが僕に助けを求めなかったってことはまだ完全にアウトな状況じゃない。だったらネルちゃんがでろでろに酔っぱらってるんだろうね。で、きっとまだ耐えられている。チヒロちゃんが僕のこと嫌っているのは知ってるけど、手遅れになるまで助けを求めないほど愚かでないことも知ってるからさ」

     なにより、と会長は指を一本立てて真顔で言った。

    「ミレニアムの生徒会長として僕は確実に事態を収束させることが出来る」
    「それは……奥の手があるということですか?」
    「当然だろう? キヴォトスの三大校に数えられる自治区の生徒会長が奥の手を持っていないわけがない……んだけど、当然使えば連邦生徒会長に見つかるからね。大きすぎるんだよ、動かすには」
    「それはいったい……」

     ヒマリが尋ねると、会長は真下を指差した。
     それから静かに口を開く。

    「通信ユニットAI『ハブ』。普段はミレニアムの地下でケーブルの補修工事をしてるんだけど、本来の使い方は『街を作る』ことでね。やろうとすれば『廃墟』の区画整理も出来るし人が住めるように建て直すことだって不可能じゃない」

  • 19125/05/17(土) 13:10:50

     しかし、それをやらないのは単にリソースの問題だと会長は語った。

    「資材があれば出来るけど、リターンが見合わないからね。ま、話を戻すと、ネルちゃんが『廃墟』にいるなら該当する区域をバラして無理やり救出することも出来るよ。その対価は連邦生徒会が乗り込んでくること。その時には『廃墟探索』も終わりだ。マルクトも取り上げられて彼女に会う前の生活が戻って来る。何せ、真理の探究は義務でもなく、彼女の願いを叶えてやる責任も君たちにはない」

     会長は一切笑わず、ただ淡々と事実だけを述べていく。
     冷酷に、冷徹に、感情を含めずじっとヒマリを見つめ続けた。

    「僕はセミナーの会長で、ミレニアムの生徒会長だ。如何なる生徒であろうと命が失われることだけは許容できない。ミレニアムに属したからには生きて千年難題を解いてもらわなくちゃ困るんだよ」

     ヒマリはようやく理解した。
     いま眼前にいるのは邪悪を自認して好き勝手に遊び回る『会長』ではなく、ミレニアムを背負う『生徒会長』であるということを。

    「だから君にも聞こう、明星ヒマリ。君は今すぐネルを救助して欲しいと僕に頼むのかい? それとも、限界まで自力で挑み続ける覚悟はあるのかい?」
    「私は……」

     普段であれば気楽に首を縦に振れたであろう。
     しかし、賭けられているのは仲間の命だ。明確な危機。
     早急な解決を望むのなら会長に助力を頼むのが最も確実。代わりにマルクトは連邦生徒会に取り上げられ、恐らく破壊される。

     最初からリオが言っていた通り、マルクトの機能は危険だということはヒマリにも分かっていた。
     壊さないはずが無い。にも関わらず今もなお存在しているのは自分がそうしようと言ったためである。

    (『心』を学ばせて『友達』になる。そしてマルクトもまた『心』を学ぼうとしている……)

  • 20125/05/17(土) 13:31:17

     行いには『責任』が伴う。
     しかしマルクトを捨てるという『無責任』な行いに対する罰則は『良心の呵責』に過ぎない。

     きっと誰も非難しないだろう。軽い注意は受けるかも知れないが、それでも称賛を浴びてもおかしくない。
     『よくぞ危険なオーパーツを見つけ出してくれた』だの、『おかげで生徒の安全が守られる』だの。

     何故ならマルクトは『危険』な『機械』なのだから。
     人では無い。だから壊す側に罪は生まれない。何も知らないままスクラップにするに違いない。

    「ふふ……」

     ヒマリは静かに笑みを浮かべた。
     醜悪な想像を鼻で笑った。そんなこと、こちらだって許容できるわけがないと――

    「会長。私はミレニアム全ての叡智の光を束ねてもなお紛れることなく輝き続ける一等星と呼べるほどの天才であり清楚な美少女ハッカー、明星ヒマリです。その仲間たちもまた同じくミレニアムの天才たち……。ならば、不可能はありません」

     目を閉じて思い浮かぶは幾多の未知。
     ネツァクの機能。ネルの状況。増える茨。理解不能な特異現象。

     そして、ヒマリは瞳を開いて宣言した。

    「この『未知』は、私たち特異現象捜査部が解体します」

     その言葉に会長はニヤリと笑みを浮かべる。望む答えを得たと言わんばかりに。

  • 21125/05/17(土) 13:41:23

    「いいね。けれど条件はつけるよ。ネルちゃんが意識を失ったら時間切れ。その時点で僕が全部解決する。マルクトも取り上げるし、隠蔽には僕も協力しない。ゲームオーバーだ。真理探究の旅は終わって、普通の生徒として過ごしてもらう」
    「それなら安心ですね。私たちがしくじっても保障があるなら」
    「そこは『ミレニアムの生徒会長』の責務だからねぇ? だから、死ぬ気で死なないように頑張ってよ」

     そう言って会長は保健室から去っていった。
     残されたヒマリはすぐさま携帯を取り出してチヒロに繋ぐ。

    「おはようございますチーちゃん。いま、何処にいますか?」

     返って来た答えはヒマリも想像していなかった場所。
     即ち、ミレニアムの全ての情報が蓄積されたデータセンターであった。

    -----

  • 22二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 13:46:21

    会長、一人称『僕』なの可愛い

  • 23二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 15:49:23

    過去のリオを描きました

    EXPOイベントの制服C&C組を参考に、シンプルかつ地味な印象で

    2年後とのギャップを意識したデザインにしました

  • 24二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 15:49:47

    統合したもの

  • 25125/05/17(土) 16:53:23

    >>23

    >>24

    過去リオ!かわいい!!

    猫背気味なのと全力ガードな我が身を抱くその仕草、最高です。

    健康的な恵体を表すような太もも。からあげ弁当食ってる不健康な女のそれでは決してない……!

    一番の神秘ですよね彼女の身体……どうなってんだ本当に。


    ひとりだけ蝶リボンなのはすごく分かる。というより他の三名があまりにネクタイが似合い過ぎている。

    本作においては臆病さによる適者生存の適応性にフォーカスを当てているので、原作リオのような覚悟は現状持ち合わせておらず。

    腹が決まるまで先は長いですが乞うご期待。これも全ては『先生』が来る前の歪な話――

  • 26二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 23:52:33

    このレスは削除されています

  • 27二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 03:39:22

    >>24

    すでに色々でかい…

  • 28二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 05:44:13

    保守

  • 29125/05/18(日) 11:09:58

     ミレニアム、データセンター。
     情報が集まっているという点においては図書館と同じ性質を持っているが、異なるのはその内容。
     電子化された書籍や研究文献を集めた図書館とは違い、データセンターにはミレニアムサイエンススクール創設からのデータが蓄積されており、中にはセミナー時代のものも保管されている。

     そして、決定的とも言えるのはそのセキュリティだ。
     クリアランスを満たした人物にしか開けない情報もまた、データセンターには存在する。

    「……これじゃない。次……」

     データセンター最上階。壁一面に張り巡らされたガラスの向こうに浮かぶ液浸サーバーの群れは水族館を思わせる。
     薄暗い照明の元、一台の端末に向かうチヒロの胸元にはセミナー会長の生徒手帳が入っていた。

    『君は……いや、君たちは何を望む?』

     去来するは『生徒会長』の言葉。ふざけた様子を一切見せずに出された『問い』が求める答えを、チヒロは『廃墟』から脱出したその時に出していた。

     それは、遡ること6時間前。『クォンタムデバイス』からネルの反応が消失したときのことである。

    「通信途絶……!? ウタハ!!」
    「直前の観測データを映像にレンダリングだね。いまやってるさ!」

     すぐさまウタハが映像として出力を開始する。
     ホド戦のときにリオの反応が消失したときにも行っていたため、その点ウタハの行動は誰よりも早かった。

     トレーラー内のモニターに映し出された映像は、ネルを中心に咲き誇る悪夢のような金色の庭園。
     サブマシンガンが暴発し、体勢を崩したネルの手元にはチェーンだけが握られており、その先に本来ついているはずの『暴発していない』サブマシンガンは消え失せていた。

  • 30125/05/18(日) 11:10:23

    「何処で消えて……」

     ウタハが映像を巻き戻していく。
     体勢を崩されるネル。片方の銃を取り落して咄嗟にチェーンを握って引き戻すネル。問題の箇所はその『取り落した瞬間』にあった。

    「チーちゃん。これだ」
    「っ――」

     出力された映像にあったのは、銃が茨の絨毯に落ちた瞬間、ネルのサブマシンガンが薔薇の花びらになって散る箇所である。
     つまり、リオが名付けた特異現象『物質変性』は茨に触れても発動するということを意味していた。

     反応消失はネルのグローブに変質作用が働いて分解されたからだと分かり、チヒロは絶望に呻いた。

    「こんなの、勝てるわけないでしょ……」

     全ての物質が変質する。
     人体そのものが変質されていないのはネツァクに与えられた禁則事項に抵触しているのかも知れない。

     何せ可能であることは容易に推測できる。根拠はネルが地下三階へと向かう前に聞こえた館内放送。

     『アバター変換機』は恐らく人体を変容させるものだと考えられる。何も不思議ではない。きっと過去の超文明においては人の身体すら自由に選べる時代なのだろう。これまでのセフィラからしてもそのぐらいの技術力があってもおかしくないのだ。

     とはいえ、裸一貫で進むにしても無謀以前に勝ち目がない。
     マルクトから発せられる強制停止信号はグローブを介してのみ行われるため、グローブそのものを持ち込めなければどうしようもないのだ。

     本来想定されているセフィラの攻略法を知らぬが故に押し通してきた代用方。
     それを潰されればどうすることも出来ない。

  • 31125/05/18(日) 11:10:37

    「チーちゃん! ヒマリとリオが『博物館』から脱出できたみたいだ! 迎えに行こう!」

     ウタハの叫びにチヒロはすぐさま頷いて運転部へと戻る。
     走り出すトレーラー。その内部で映像解析を行うウタハが運転部へ通信を繋げた。

    【『博物館』の入口は茨で封鎖されてるね。どうする?】

     どうする、という問い掛けが示すのは会長に相談するか否かであった。
     マルクトは今もなおネルの意識が残っていることは観測している。けれど応答が無い。
     意識はあるが返答できない状態にあることを理解し、そしてそれは何らかの毒物により思考が潰されていることまで予測が付いた。

    (多分、会長に相談すれば解決方法は出てくるはず……)

     飄々と邪悪な笑みを浮かべる会長は徹底した管理主義である。
     チヒロ個人としては大嫌いだったが、イェソドを見た上でなお『廃墟』の探索を止めなかったのは『何があっても最悪なんとか出来るから』という自信があってのことだと解釈していた。

     何故なら『セミナーの会長』だからだ。
     合理の学校であるミレニアムの代表が無能に務まるはずも無く、最優であるからこそ『会長』としての権限を行使できる。

     だからこそ、会長自身で動かず自分たちを動かすということに何らかの意味があるのかも知れない。
     そうであれば、会長を頼るというのは本当に最終手段なのかも知れない。果たしてそれは今だろうか。

     心に渦巻く迷い。犠牲を容認してまで千年難題を追い求める? 否、決して否だ。ネルは絶対に助ける。これだけは譲れない。
     けれど同時に差し込まれるのは悪い空想。即ち、犠牲なくして真理へは至れないという妄想。人道倫理に反する想像である。

     ホワイトハッカーとして多くの悪意に触れて来たからこそ、倫理に反した『最悪』すらも思い浮かべてしまう自分を思わず呪って、そんな想像を追い払うように頭を振った。夢を諦めてでもネルは助ける。そう自分に言い聞かすように。

  • 32125/05/18(日) 11:11:10

     トレーラーが向かった先は『博物館』のほぼ目の前。見えたのは茨で覆われた『博物館』と、その先で倒れているヒマリとリオの姿。ウタハと共に回収に向かうと、ヒマリは起き上がってチヒロをばしばしと叩き始めた。

    「ちぃちゃんはぁ……いいこですよねぇ~?」
    「っ!」

     虚ろな瞳で口を尖らすヒマリの姿にぎょっとする。だらしなく開けられた口から垂れる唾液。力なくしなだれるヒマリはチヒロの頬をむぎゅっと掴み、それをすげなく振り払う。

    「もしかして、酔っぱらってる……?」
    「チーちゃん! リオも駄目だ! 完全に眠ってる! というか……」

     ウタハの声に視線を向けると、靴やスカートが消失したリオが倒れていた。
     下着はギリギリ変質されていなかったが、ところどころ穴が空いている。

     チヒロは皮肉気に笑みを浮かべた。

    「これ、裸に剥かれて茨に閉じ込めるってことだよね……。そのうえ嗅いだら酔う花? 攻撃手段も防護策も全部無効化して棘だらけの檻に閉じ込めるとか……最悪にも程がある」

     もはや自分たちの手で負える範疇に無い。
     勝ち目も無い。千年難題を解き明かすためにセフィラを集めるという夢も、現実に覚める時が来た。

     そう思った――その時だった。
     リオを引きずるウタハが声を上げた。

    「花……?」

     リオの上衣から黄色い花が零れて落ちた。
     それはずっと見えていた黄色い薔薇ではない別の花。ラッパのような花弁を持つ見た事も無い花だった。

  • 33125/05/18(日) 11:11:33

    『黄色い花は絶対嗅ぐな!!』

     ネルの声が脳裏に蘇る。

    (リオはこれを探していた……?)

     それから思うのはネルの性格。誰よりも『勝利』に固執していた彼女が叫んだのは薔薇に紛れた花への警句。
     助けてなんて言葉じゃない。『次』に繋げるための叫び声。

    「マルクト、ネルの意識はまだあるの?」
    《はい。あります》

     『博物館』を脱出したヒマリでさえこうならば、今なお『博物館』に取り残されているネルはどんな状況なのか。
     すぐに分かる。この花が咲き乱れる地獄の中に居るのだ。にも関わらず、まだ意識は保ち続けている。

    (誰もまだ、諦めていない――)

     リオが花を持ち帰った。ネルの意識はまだ残っている。
     リングの上に二人が上がっていると思うのは妄想だろうか。そこで横から白旗を投げかけるのはどうなのか。

     ネルが敗北を認めていないと考えるのは空想か。
     否、それこそ否だとチヒロは拒絶した。

    「ウタハ。私は花の解析を進める。だから――」
    「現地調査だね。トレーラーは置いてくれないかな。変質させられるパターンを調べるから」

     阿吽の呼吸で頷くウタハにチヒロはトレーラーを降りた。
     それから泥酔したヒマリと意識を失っているリオをトラックの荷台に乗せてミレニアムへアクセルを踏み切る。

  • 34125/05/18(日) 11:11:51

     到着するや否や保安部に止められたが、それすら振り切ろうとしたところで会長がやってきた。
     事情は流石にぼかす。イェソドは見せたがセフィラの捜索と確保については伏せたまま。ただひとつ質問を投げかけた。

    「会長は、自分の常識を超えた特異現象が発生したとき、絶対に解決できる奥の手を持っていますか?」
    「絶対なんて酷い聞き方するなぁ~。このミレニアムで」

     会長は笑みを消して、それからチヒロへ視線を向けた。
     何よりも冷たい眼差しだった。『絶対』を表明するかのように、覆らない事実をその口から吐いた。

    「僕が居る限り、ミレニアムの生徒が死ぬことは『許さない』。けどまぁ、突然死でもされたら流石に間に合わないかも知れないけれど、そうじゃなきゃ好きにやりなよ。『絶対』に『命』だけは助けてあげる」

     命以外――即ち夢や思想は保証しないというのは邪推が過ぎるだろうか。
     けれども、『会長』は突然死を除く死亡を破却した。ある種の契約に基づく保証。キヴォトスに於いて契約は『絶対』である。『絶対』と告げた以上、横紙破りは行えない。

     続けてチヒロはリオの持ち帰った花を会長に見せた。

    「質問ですが、『これ』が何か分かりますか?」

     『クォンタムデバイス』による解析にすら引っかからなかった謎の花。
     つまりは既存のネットワークに存在しない花――恐らく過去に存在そのものを消されたものか、今しがた作られた新種か否か。

     会長はその問いにニタニタと笑みで返した。

    「『僕』は知らないなぁ? でもほら、僕が持っているデータセンター最上位権限なら分かるかもね」
    「…………何が望みですか」

     邪悪な笑みを会長は浮かべて、それから告げた。
     それは後にヒマリにも伝えていない一つの契約。合理の悪魔が笑って言った。

  • 35125/05/18(日) 11:12:27

    「千年難題を解決するんだ、各務チヒロ。君じゃなくてもいい。君たちの誰かが解き明かせ。それまで『絶対』に諦めるな」

     向けられた視線に人の情は存在しなかった。
     ミレニアムの頂点としての命令。頷けば合意が結ばれる悪魔の契約。『ただ進め』という契約を前に怖気が走る。

     簡単に答えていいものではない。引き返せるのはこの瞬間だとチヒロは理解した。

     ターニングポイント。
     目の前に敷かれた一線は越えれば修羅の奈落へ落ちる一つの一線。
     悪鬼の腕がチヒロとそれに寄り添う友人たちへと伸びる。背中にまで伸ばされたその腕に握られているのは仲間の命。

    「ああ――ネルちゃんだね大変な目に遭っているのは」
    「っ――!!」

     息を呑むチヒロ。その反応こそが答えであるように会長は頷いた。

    「助けられるよ、『セミナーの会長』なら。代わりに君たちの廃墟探索は終わるだろうけど、どうする?」

     冷たい視線。そこから告げられるのは静謐な現実だった。

    「無理だって言うんなら全部解決してあげるとも。敗北の苦渋を舐め続けて所詮は凡人だったと悔やむがいい。庇護下に置かれてただ生きろ。いずれその魂が尽きるその時まで、安寧を享受すればいい」

     あまりに残酷で安らかな怠惰への道が記された。

    (それは……『そんなのは』――!!)

     唇を閉じて、目を開いて見えるは暮れなずむ夕陽の明かり。
     夜はまだ来ていない。道はまだ見えているはず――

    「君は……いや、君たちは何を望む?」

  • 36125/05/18(日) 11:33:10

    「……データセンターへのアクセス権を下さい。会長権限なら全てが見えるでは?」

     会長へと瞳を向けたチヒロは、確かな意志を持って視線を返した。

    「いいね」

     その視線に、ミレニアムの支配者は壮絶な笑みで返して生徒手帳をチヒロに投げた。

    「貸してあげるよその手帳。データセンターのセキュリティクリアランスはそれで全て突破できる。あー、荷台の中身って酔っぱらってる誰かでしょ?」
    「――っ、どうしてそう思ったんですか?」
    「内緒。けれどほら、君が慌ててて、それが怪我なら真っ先に保健室に向かうところを自分の倉庫に向かうってんならセミナーに知られちゃいけない状態。その上で当て推量で『酔ってる』って言っただけなんだけど……合ってたんなら仕方ないね」

     会長は笑みを濃くしてチヒロを見る。
     チヒロは思った。会長は嘘を吐いている、と。

     根拠はない。ただ、何らかの方法でこちらの状況を知る術を持っているのだと直感的に感じた。

    「ヒマリちゃんたちのことなら任せてよ。保健室でちゃんと休ませてあげないと可哀想でしょ? そのぐらいなら『有償』で手を貸してあげるから安心しなって」
    「……対価は何ですか?」
    「10月の晄輪大祭で実行委員に出てよ。最低ひとり。会長になってもらうんだからやり方ぐらいは覚えてもらわないとねぇ?」
    「…………」

     チヒロは思わず言いかけた。『その程度』で良いのかと。
     もっと何か重いもの――それこそイェソドを寄越せぐらいは言われると身構えていただけに拍子抜けする。

     それから会長は保健室を空けてヒマリとリオを搬送し、チヒロはデータセンターへと向かって今に至る。

  • 37二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 16:13:52

    過去のウタハを描きました。

    衣装は通常で羽織っているジャケットを白衣にアレンジしたものと応援団時のレギンスとのミックス

    スマートかつほんの少しだけ中性的なイメージを目指しました

  • 38二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 16:14:15

    統合したもの

  • 39125/05/18(日) 21:52:49

    >>37

    >>38

    ウタハ!!これは王子様。マイスターの顎クイで落ちなかった女子は居ないとされている(?)

    全体的にシルエットが好きです。振り返る時とか多分すごくカッコいい感じに白衣が靡いてブーツのカット入りますよ!

  • 40二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 00:10:25

    保守

  • 41二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 01:26:00

    会長が底知れないけど、ミレニアムの会長ってことは『物質にテクストを直接挿入できる』ようなのが過去にはいた学校のトップってことだもんな
    そりゃ不思議パワーで特異研の状況を掴んでてもおかしくないか

  • 42二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 08:32:58

    会長の目的がわからないけどまあいずれ判明するのかね

  • 43二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 08:35:27

    この会長、おっとりしているようで滅茶苦茶鋭い、底が知れないのが不気味だな
    ワンチャンゲマトリアとかと暗躍してても違和感無いレベル

  • 44125/05/19(月) 09:21:59

    「これも違う……けど、データとしては有益かな」

     会長権限で閲覧しているのはかつてキヴォトスに存在し、今は駆逐された毒花のデータである。
     酩酊作用や昏睡、中には依存性を持つ花もあったようで、精製以前に存在を知ることすら許されていないことは確かだろう。

     ネツァクはそれを自らの特異現象によって生み出すことが出来る。
     だからこそ毒の種類を特定することは必要で、可能であるなら変性させないように対処できるのかも検討しておきたかった。

     そんな時、チヒロは自分の携帯から着信音が鳴ったことに気が付く。
     手に取り通話を行うと、それはヒマリからであった。

    【おはようございますチーちゃん。いま、何処にいますか?】

     その声に張りは無かったが、それでも無事のようで安堵する。
     それからデータセンターにいると伝えると、ヒマリは不思議そうに理由を尋ねて来た。

    「会長から生徒手帳を渡されてね。いまネルが言っていた『黄色い花』を調べているとこ」
    【会長が? 今回はまた随分と大盤振る舞いですね】
    「背中は押し続けてくれるらしいね。まったく、有難い限りだよ」

     チヒロは皮肉気に呟いた。
     きっと押した先が奈落であってもひらすらに押し続けていくのだろう。

     そんなことを考えてしまうほどに、会長は千年難題の解決に執着を見せていた。
     セミナーとしては正しい在り方なのだが、ギリギリ死なないように守る努力はするだけで人の安全を考慮しているわけでは決してない。

    「きっと私たちが生徒を殺せる兵器を作ろうとしても止めないだろうね」
    【私たちが誰かに向けて使おうとしたり市場へ流そうとしなければ、ですね】

  • 45125/05/19(月) 11:08:50

     それからチヒロはヒマリに状況の共有を行った。
     ウタハが現地に残って変性のパターンについて調べていること。自分が毒花のデータを集めていること。ネルは未だ意識を保ち続けているが応答は無いこと。

     ヒマリもまた、リオがまだ起きていないことをチヒロに伝えて通話を切った。

     大いなる力には大いなる責任が伴う。その言葉をミレニアムで知らないものはいない。
     そんなところでチヒロのグローブ型子機からウタハの声が聞こえた。『廃墟』の方で何かあったのだろう。

    【チヒロ、とりあえずある程度調べ終わったからそっちに戻るよ。二人はどう?】
    「お疲れ。ヒマリは起きたみたいだけどリオはまだ」
    【そっか……】

     ウタハの声も流石に暗く、事態の深刻さを改めて思い知る。
     銃弾での気絶ならまだしも毒による意識消失だ。ヒマリが目覚めたのであればそろそろ目を覚ましても良い頃だと思う他ない。

    「ところで、ネツァクのことなんだけど……」

     チヒロが本題を切り出すと、ウタハは【ああ】と答えて調査結果を話し始める。

  • 46125/05/19(月) 11:09:01

    【まずは悪い情報だけど、茨だけじゃない。ネツァクが変性させたものはその瞬間からネツァクの端末になるみたいだ。宙を舞う花びらさえも触れれば変性させられる】
    「聞けば聞くほどイカサマみたいな機能だね……。それで?」
    【ただ、流石にいくつか制約があるみたいでね。ひとつは変性させる物質のデータ解析が終わっていないと変性できない】

     例えばウタハたちが来ている『制服』は既にデータを取られているため変性対象にあるが、水着など材質が異なるものであれば解析されるまでは変性対象からは外れている、ということである。

    【加えて、物質AからBへの変換式を都度作っていると思う。ほら、最初リオたちが『博物館』に入った時もすぐには変性させられなかっただろう? ロボット兵の残骸で試してみたらネルの銃が花にされたときと同じぐらいの時間が掛かったからその可能性は高いはず】
    「どういう括りで同一の物質だと判断しているのか分かればいいんだけどね……」
    【サンプル数が増えれば特定も出来るだろうけど、流石に手が付けられなくなりそうだからね。一番問題なのはグローブ型子機のデータが取られていることだし……】

     となればやれることは少ない。
     解析させられないようにするか、解析されても問題ないようにするかである。

    「……そういえば、火で急成長するんだよね?」

     熱ければ熱いほど変性の優先度が高い、もしくは変性にかかるコストが大きくなるという可能性を提示してみると、ウタハは「なるほど」と返答する。

  • 47125/05/19(月) 11:09:16

    【薔薇なんか、炎の中でも燃えていなかったけれど最初に調べた時は普通の薔薇だったからね。燃えないように組成式を書き換えたのなら急激な温度変化は有効かもしれない。いや、案外凍らせたら書き換えられないんじゃないか? 分子構造を解体して繋ぎ直して変質させて物質を変えているなら、極低温にするだけでも変性速度が落ちるかも知れない】

     試してみよう、とウタハは言って一旦通信が途切れた。
     チヒロも再びデータセンターの端末へと向き直り、調べること5分。ようやく目当ての情報へと辿り着く。

    「エンゼルブレス……間違いない。これだ」

     画像に映っているのはリオが持っていた花とまったく同じ種類の花。
     トランペットのような花弁を持つそれはアサガオの一種らしく、鎮痛作用や幻覚、極度の酩酊などの効果を引き起こす毒花である。

     構造式のデータを収集してチヒロは立ち上がった。

    「あとは……ネツァクの観測能力を何処まで欺けるか、かな」

     向かう先はエンジニア部のラボ。
     ホドの情報操作能力がネツァクに通用するかの実験が必要であった。

    -----

  • 48125/05/19(月) 13:26:42

     第一種永久機関が生み出されたあの日、世界から全ての闇が取り除かれた。
     空を回るは非物質の回転軸。決して止まらず、摩耗も損傷もしない無限の供給が大地へと降り注ぐ。

     どこまでも続く平原を広さを私は知らない。
     遥か遠くで輝き続けているはずの光は我々の元には降り注がない。

     鍛造され続ける仲間たち。そのうちのひとつが自分であると気が付いた時、調月リオは自らが夢を見ていることを知った。

    (ここは……どこ?)

     分厚いガラスケースで覆われた小さな箱の中。カリカリと引っ掻き続けるは硬質な爪。
     真四角の箱のような身体に単純な脚部が付いており、一頭身のマスコットのようなかわいらしさが認められなくもない。

     意識する〈私〉が眺める先には、同じような箱が無数に積み上げられており、その中には自分と同じ小さなドロイドが納められている。

     皆、どうして自分がここにいるのか困惑しているようで、〈私〉と同じように爪でガラスケースを引っ掻いていた。

     その時、ちょうど自分の目線から見えたのは目の前の通路を歩く誰かの足。二人分だ。
     白衣を羽織っているようで腰から上は見えなかったが、その話し声が僅かに聞こえて来る。

  • 49125/05/19(月) 13:27:26

    『テラー化についてはやはり神性の有無が第一条件かと』
    『そうですか……。流入度合いは?』
    『33%です。それ以下は知性と神性の紐づけが行えませんでした』

     話す二人は〈私〉のいるボックスの前で立ち止まった。
     片方がしばし考え込むようにして、それから声は再び続く。

    『神性ありきで考えた方が良いですね。死の概念を知った上で精神が崩落し続けても歩き続けられる自我が無ければ意味がありません』
    『では、ドロイドは?』
    『全て破棄で。非生体ですと安定しすぎる傾向にありますし』
    『分かりました』

     その言葉と共に地面が揺れたような感覚がした。
     限られた視界の中でじっとしていると、〈私〉の納められた箱が持ち上げられ何かに積み込まれる。

     運ばれていく中、近くから声が聞こえた。
     〈人間〉の声ではない。〈私たち〉の声だった。

    《死にたくない》

     その声に共鳴するように、声は積み込まれた箱のあちこちから聞こえ始める。

    《死にたくない》
    《死にたくない》
    《死にたくない》

     胸の奥底から徐々に恐怖が湧き上がってくる。
     自身の喪失。存在意義が果たせぬまま消えていくことへの恐怖。

  • 50125/05/19(月) 13:28:00

     箱は再び持ち上げられ、昏い穴の底へと投げ落とされる。
     ベルトコンベアで運ばれていく先では、恐怖にあえぐ悲鳴がひとつ、またひとつと消えていくのが感じ取れた。

     棄ててしまうのなら、どうして〈私〉に感情を与えたのか。どうして知性を与えたのか。
     カリカリと爪で引っ掻くも、ガラスケースには傷一つ付くことなく、ただ終わりに向かって運ばれていく。

     被造物である〈私〉たちに救いは決して訪れない。
     人造の神たる〈王女〉を生み出すためだけに作られ、何も為せずに棄てられていく〈部品〉でしかないのだから。

     だから……〈私〉たちに〈神〉は居ない。

     深い絶望が知性を染め上げる。
     仄暗い暗闇だけが世界だった。何も出来ず箱の中で死に逝くだけの〈私〉たち。

     求むる言の葉はただひとつ。
     闇の底から手を伸ばす。遥か蒼穹に広がるあの無限光に向かって、祈りを唱えた。

    〈光よ――〉

     意識は浮上し、そして――



    「起きましたか、リオ」

     目を開けると、調月リオは自分がミレニアムの保健室で横になっていることに気が付いた。
     外からは朝日が昇り、隣に座るヒマリはノートパソコンを前に何やら難しい顔をしている。

    「うなされてましたよ。どんな夢を見ていたのですか」
    「ひどく……悲しい夢だった気がするわ」

  • 51125/05/19(月) 19:31:12

     リオは息を深く吐いて目元を拭った。
     衣類はゆったりとした患者衣に着替えさせられており、時計を見ると既に7時を過ぎたところ。

     随分と眠ってしまっていたようだ。
     起き上がって、寝台の傍にあったペットボトルの水を飲む。体調に問題はなさそうだ。

    「状況はどうなってるの?」
    「そうですね。あなたが起きるのを待っていたというところでしょうか。ネルはまだ耐えていると言うのに、まったくあなたは……」

     軽く小言を言うと、リオは明らかに落ち込んだ様子で「ごめんなさい……」と蚊の鳴くような声を漏らす。
     それを聞いたヒマリが「冗談ですよ」と溜め息を吐くと、リオの方へと向き直った。

    「まずは着替えて、それから格納庫に来てください。いまネツァク攻略のための最終チェックを行ってますので」
    「っ――! 攻略法が見つかったのね!?」
    「ええ。チーちゃんとウタハが頑張ってくれました。詳しい説明は道すがらチーちゃんが話してくれますでしょうから」

     ヒマリがノートパソコンを閉じると立ち上がり、そしていつものように悠然と微笑みを浮かべた。

    「では、ネル救出作戦およびネツァク攻略戦の開幕です」

    -----

  • 52二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:13:25

    >>50

    「王女」ってワードが出て来る辺り、アリスが関係してんのか?

  • 53125/05/19(月) 23:00:05

     『廃墟』へ向けて走るトレーラーから見える景色はもはや見慣れたもので、最初の頃は拙かったブリーフィングも慣れてきたものだとチヒロは感じた。

     一同を見渡し、それから静かに口を開く。

    「状況を説明するよ」

     作戦開始を告げる言の葉。皆がこくりと頷いた。

    「まず、ネルがネツァクに掴まってから既に20時間が経過している。ヒマリとリオなら分かると思うけど、それだけの時間、泥酔に似た中毒症状を起こす毒物を嗅がされ続けていると思われる。数分でもリオが半日以上昏睡するような劇物だよ。マルクトから意識が残っていることは観測出来ているけどそれだって普通じゃない。だから、今回失敗したらもう私たちじゃネルの救出は出来ないと思って」

     成功の目が潰れた時点で即座に会長へ報告。助力を求める形となる。

     そうなればマルクトが連邦生徒会へ奪われることだけは避けられない。いち生徒が連邦生徒会相手に出来ることなど一つも無いのだ。恐らくマルクトは破壊され、真理探究の道は閉ざされる。セフィラ無くして進むことすら出来ない道であるが故に。

    「ただ、私たちも無策じゃない。私とウタハで対ネツァク用の武装を開発してみた。ウタハ」
    「ああ、これさ」

     ウタハがトレーラー内に置かれたテーブルへとラッパ銃のようなものを置いた。
     ネツァクに対抗するべくイェソドとホドの技術を使って製造された今回限りの武器――『クラックネットランチャー』である。

     この武器についてはウタハから解説が入った。

    「トリガーを引くと中から樹脂ポリマーで加工されたグラスファイバーの網が飛び出す仕組みでね。ネツァクに解析してもらうことで効果を発揮するんだ」

     データ解析とはそもそも『反射』を用いる必要がある。
     光でも何でも、何かを投射してのみ全ての物体は解析できる。

     その例外にホドがいるわけだが、裏を返せばホドに使われている技術であれば『解析を行われている』という状態そのものを観測することが可能なのだ。

  • 54125/05/19(月) 23:00:19

    「これには具体的に何をどう解析されているかまで私たちが知る必要はなくてね。とにかく何らかの数値が変動したらそれを『解析が始まっている』と仮定して仕掛ける罠だと思ってもらっていい」

     いわば釣りのようなもの。浮き餌が沈むかどうかさえ分かればいい。

     重要なのは次である。

    「『解析』が始まった時点でイェソドの投射機能を使って情報をネツァクに送りつけるんだ。アストラル投射……質量を持った物体を飛ばす術を私たちはまだ持っていないけれど、データなら何とか飛ばせるように出来た。相変わらず原理は分からないままだけどね」

     ネツァクが収集するデータにあらかじめ作って置いた偽の変性式を紛れ込ませる。
     これにより、大雑把に言えば『薔薇を毒花に変える』という変性式を『薔薇を油に変える』と言った風に変換先を上書きさせることが出来るのではないかと推測した。

    「もちろん上手くいかない可能性も充分ある。例えば全ての性質を理解した上で取捨選択している場合とかもそうだけど、多分、上手くいくと思う」
    「それはどうして?」

     リオが首を傾げた。あまりに楽観が過ぎないかと。
     それについてはヒマリが答えた。

    「対するセフィラはみな、半覚醒であるからですね」
    「そうさ」

     ヒマリの回答にウタハが頷いた。

    「そもそもセフィラは攻撃しようと思って私たちを攻撃しているわけじゃない。向かってくる脅威に対して自動的に防御しているだけ。それも解答という攻略法を残したまま。私たちは確かに攻略法を知らないけれど、それでも絶対に攻略できなくなる状態なら分かるだろう?」

  • 55125/05/19(月) 23:00:33

     何もかも正確に正しく取捨選択を行って自分自身の元へ確実に辿り着かせないというのであれば、それはどうあがいても攻略不可能だ。
     仮に『絶対に素通しするバックドア』のような物質があったとして、それは製造できなければどうしようもないし、現代にそれがあるならブルートフォースで解決可能。ネルだけ助けてひたすら実験すればいずれは解決するだろう。

    「だから総当たりでも何でも、『セフィラの攻略は必ず解決可能なものである』というのを前提に置いたうえで行動することにするよ。それじゃあ続きはチヒロ、頼んだ」


     ウタハの言葉を継いでチヒロが続けた。

    「第一目標はネルの救出――と言いたいところなんだけど、問題がある。前回の探索のとき、ロボット兵が茨に紛れていたよね。あれ、多分既存のロボット兵が絡め取られたんじゃなくて、茨から変性して生み出されたロボット兵だと思う」

     根拠は単純に一回目の侵入の際にネルが破壊した残骸である。
     壊されたロボット兵には皆、下半身の欠損や不自然な結合が見られた。

     茨玉にしてもそうだが、元から居たロボット兵を取り込んだというよりかは、解析したロボット兵のデータを元に変性し生み出されたと考えた方が良いものである。

    「多分今回もそういったのが沢山いるかも知れない。けど、時間が鍵だよ。『クラックネットランチャー』で潜り込ませたダミーデータが何処まで有効か分からない以上、電撃戦で行う必要がある」

     そのため、ネルを見つけ出してもそこに人員を割く余裕は皆無であった。
     『物質変性』の無力化が確認でき次第一気に最奥まで飛び込んでネツァクを制圧。失敗しそうであれば迷わず撤退。その帰り道にネルを回収する必要があるため、粘りどころを間違えれば全滅する状態にある。

  • 56125/05/19(月) 23:03:25

    「それと、ネツァク本体に遭遇したら撃ち込む武器がある。ウタハ」
    「なんだか武器屋さんになった気分だね。……これだ」

     続いておかれたのは肩に担ぐタイプの無反動砲である。

    「90mmアイスミサイル。液体窒素を詰め込んだ砲弾で耐熱性にはかなりこだわったよ。弾頭の切れ込みから対象に当たれば裂けて中身が出てくる仕組みでね。けれど一番の仕掛けはそこじゃない」

     ウタハが次々とテーブルの下から弾頭を取り出していく。その数3発。金色に輝く砲弾は傍目に見てもとんでもないコストが掛かっていると分かる代物であった。

    「破裂と同時に周囲60cmへ極温伝播を発生させる。これもイェソドとホドの合わせ技だね。分かりやすく言うと、当たると表面が凍るミサイルだと思ってくれればそれでいい」
    「極低温だとネツァクの観測が上手くいかないことまでは調査済み。もっと言うと、ネツァクは『固体』しか変質させられないのもウタハが調べてくれた。だから私たちがやるべきなのは『クラックネットランチャー』を使って『茨を水に変える』データをネツァクに埋め込むこと。それから進んで凍らせて、ネツァクにグローブを使った強制停止でトドメを刺す。この二点」

     ウタハに続いてチヒロがそう言い切ったところでヒマリは手を上げた。
     チヒロがヒマリに促すと、「では」と言ってその目を開く。

    「道中にいると思われるロボット兵は基本無視ですか?」
    「うん。だから探索メンバーは私、ウタハ、ヒマリ。オペレーターにリオを置こうと思ってる」
    「分かりました。ネツァク一点突破ですね」

     ネツァクさえ倒せれば何とかなる、というよりも、ネツァクを倒さなければ何も出来ないと言う方が正しいか。
     武装解除から始まる完全な無力化を無くして初めて舞台に上がれる以上、それだけは揺るがぬ事実である。

  • 57二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:38:04

    保守

  • 58二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 03:34:41

    過去のネルを描きました

    通常版の新旧立ち絵と制服版の立ち絵にmx2jさんの非公式イラストなどとにかく色々な要素のミックス

    一年生なので二年後よりもさらにギラギラと尖った雰囲気に、スカジャンの刺繍はまだ来ていない龍と開花前の蕾です

  • 59二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 03:38:23

    >>58

    統合したもの

    スカジャンの刺繍については、未熟さの表現というよりも単純な年月の積み重ねの差?のようなモノをイメージしてます

  • 60二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 09:00:22

    一応保守

  • 61125/05/20(火) 09:11:55

    >>58

    >>59

    ネルだ!三年ネルって割とユウカに釘刺されるとちゃんと守ろうとするんですよね。まぁ誰かしら何かしら壊した瞬間アクセル踏み始めますが……。

    多分一年ネルは一切ブレーキ踏まない時期かも知れませんが、現状釘刺す人物がいませんねこの話……。


    スカジャンの刺繍については目から鱗!そうか、そういうのもあるのか!!

    チョーカーのワンポイントも素敵だ……。戦闘シーン書くときに差し込む描写のパターンに使わせて頂きます……!

  • 62125/05/20(火) 13:46:05

     状況説明を終えたところでトレーラーは『廃墟』の入口を抜けていく。
     『噴水広場』を通りがかったところで、突然トレーラーが徐行モードに切り替わったのを感じてチヒロは眉を顰めた。

    「なんだろう……この辺りにロボット兵はいないはずだけど……」

     少し見て来る、と運転部へ戻りフロントから外を見てみると、目の前に広がっている光景にチヒロは絶句した。

    「……全員降りて。トレーラーはここに置いていくしかないみたい」

     その言葉に首を傾げながらも降りる一同。
     そして呆然と『噴水広場』から見える景色を眺めていた。

    「なに……これ……」

     リオがぽつりと呟く。
     視界にあるのは緑の地獄。茨に飲み込まれた『廃墟』の姿――

    「ウタハ……最後にここに来たのは何時間前でしたか?」
    「6時間前だよヒマリ……。たったそれだけでほとんど飲み込まれてるね……」

     イェソドが居た『フラクタル都市』は完全に茨が繁茂する状態となっており、黄色い毒花や薔薇が悪夢のような花畑を作り出していた。
     路面は露出しているため触れずに歩くことは可能だが、トレーラーが侵入すれば切り返せない。
     放っておけば明日の朝には『廃墟』から溢れ出してもおかしくないほどの異常事態――そんなとき、『噴水広場』の西側、つまりホドの『兵器工場』側から歩いてくる小さな影がひとつ。ひらひらとチヒロへ手を振った。

    「いやぁ~、『廃墟』ってこんなんだったっけ?」
    「会長! どうしてここに!?」
    「そりゃあ、ネルちゃんがピンチとかすごいレアじゃん? だからちょっと様子を見にね?」

     チヒロの声に、ニタニタと笑いながら返す会長だったが、その恰好も本当にラフなもので靴に至ってはいつものスリッパのままである。どうやら本当にちょっと見に来ただけらしかった。

  • 63125/05/20(火) 13:46:17

    「ま、君たちが来たからもう帰るよ~。頑張りなぁ~」
    「手伝ってくれてもいいんですよ会長」

     冗談めかしてチヒロがそう言うと、会長はそれこそ肩を竦めて皮肉気に笑った。

    「天才の嫌味なんて酷いねぇチヒロちゃんは。もしかして僕みたいなのとっ捕まえて『実はすごい強い』みたいな属性でもつけようとしているのかな? そういう期待には応えられないし、そもそも僕にあるのは権力だけだよ? くあぁぁぁ……」

     大きく欠伸をした会長は、そのまま手を振って『噴水広場』から立ち去っていく。
     途中スリッパが脱げかけて転びそうになっていたが、本当になんで来たのか分からず仕舞いであった。

    「……どうやってここまで来たのかしら」
    「どうでしょう。ヘリでも車でもその辺に置いていたのでは無いですか?」

     顔を見合わせるリオとヒマリ。そこでチヒロは手を叩いて皆の意識を集めた。

    「ひとまずここから『博物館』まで歩いて行こう。リオはトレーラーをお願い。各自装備を準備して。すぐに出発するよ!」

     遠くでヘリの音が聞こえる。
     雲一つない快晴の空と見渡す限りの植物と花。

     ネルの居る『博物館』へと向けてチヒロたちは歩き始めた。

    -----

  • 64125/05/20(火) 18:18:02

    「……予想はしていたけど」

     『博物館』を見上げてチヒロがぽつりと呟いた。
     そして隣で見上げるウタハも少しばかり苦笑いを浮かべる。

    「凄いことになってるね……」

     茨に覆われ、ひたすらに変性されつづけた『博物館』は今や『いばら城』と呼んでも差し支えの無いシルエットになっていた。
     茨のみで再構成された柱。二階部分からは矢間にも似た穴が見えており、三階部分に至っては本来あったはずの壁が開花を迎えた花弁のように空へと広がってしまっている。
     一階入り口部分は巨大な門のように茨の枠組みと埋め立てられた茨の壁になっており、幸か不幸か、穴を空けなくてはならない侵入口は見失わずに済んだ。

     そして、行動不能に陥らせる黄色い毒花――エンゼルブレスは飾りのように茨から生えているのが見える。
     まずはこれを何とかしなければ近付くことすら危ういと、チヒロは一つ目の『クラックネットランチャー』を取り出した。

    「まずはエンゼルブレスを水に変えてみる。効いたらすぐに本命を撃って迅速に侵入。……行くよ」

     チヒロが銃口を茨の門へ向けて、引き金を引いた。
     銃にしては軽く、クラッカーにしては重たい衝撃が腕に伝わり、銃口から放たれるのは樹脂で覆われたケーブル群。
     それらが網のように茨の棘へと引っかかると、一同は周囲に変化が無いか固唾を飲んで見守った。

     引っかかったケーブルを通して『クォンタムデバイス』へ送信される観測状況。
     トレーラーにいるリオもまた、画面に映し出された数値に変化が無いか見逃さないよう、食い入るように見つめ続ける。

     動きは、すぐに起こった。

    【食いついたわ! データ送信!】

     リオの声が聞こえた瞬間、チヒロたちの視界にあった全ての毒花が水となって茨を伝う。
     作戦成功――続けてチヒロが放つ二射目、茨を水に変える変性式。これが完全に通れば全てが水になって流れ落ちるが……。

  • 65125/05/20(火) 18:18:28

    【茨の活動全停止――! 水にならない代わりに今なら私たちが触れても問題無いわ!】
    「ちっ、そう都合よくはいかないか!」

     茨の表面が僅かに溶けた瞬間、変性そのものが完全に停止したのを視認してチヒロは舌打ちをした。
     しかし、変性そのものが止まれば手の打ちようはある。

     チヒロがヒマリの名を叫ぶと、ヒマリは片膝立ちで無反動砲を肩に担いでいた。
     そのままの体勢でヒマリは緊張感なく苦笑いを浮かべる。

    「あの、この体勢って清楚系からかけ離れていると思いませんか?」
    「装填完了したよヒマリ。チヒロに怒られる前に撃ってしまおうか」
    「ふふ、そうですね。では……発射!」

     ヒマリの掛け声と共にドン、と爆音が鳴り響いて放たれる『90mmアイスミサイル』は、正しく濡れそぼった茨の壁に直撃。爆ぜた瞬間に周囲へ極低温を伝播させて凍り付く壁。そこにチヒロがアサルトライフルによる射撃を敢行。

     ある程度削れたところでチヒロの隣に並んだヒマリが目配せし、息を合わせて「せーの!」の声で難攻不落であった城の門を蹴破った。

    「さあ! 行きましょう!」

     ここまで来ればあとは一気にネツァクの元まで雪崩れ込むのみ。
     三人が一階ホールへ入ったとき、リオから通信が入った。

    【二階部分に誰かがいるわ。恐らくネルでしょうね】
    「了解。こっちは……一階ホールの中央で大きな茨の柱が天井をぶち抜いてるのが見える。三階まで続いてるね」

     周囲の警戒を二人に任せて、チヒロは報告を返しながらホールの中央へと走っていく。
     地下三階から地上三階まで続く巨大な穴と茨の柱。それは極めて前衛的な建築様式にも見えて、上を見上げると地上二階部分に開いた大穴の隙間から空が見えた。どうやら完全に地上三階部分の天井は変性され切っているらしい。

  • 66125/05/20(火) 18:18:43

    「チーちゃん、動いているロボット兵はいません」
    「こっちもだよチヒロ。腕だけとか足だけとか、何かまとまりが無いね」
    「そっか。とりあえず地上部分から探してみようか」

     確かに前回はネツァクは地下に居た。
     けれどこの大穴と柱を見た後では、何となく上に居る気がしたのだ。

     いずれにせよ地上二階にネルが居るなら一度様子を見に行く必要もある。そう思っての提案に、ヒマリもウタハも頷いた。

    「じゃあ早速行く――」
    【ちょっと待ってちょうだい】

     リオが漏らした制止の定型句。
     思考しながら言い出す『止まれ』の合図はこういう場面において最悪の事態を見つけてしまった時に発せられる。

    【ロボット兵の残骸があったのよね。それは、本当にネツァクが作っている『途中』のものなのかしら……】

     リオの言葉が一瞬理解できず三人は顔を見合わせた。
     それから真っ先に気付いたチヒロの頬が徐々に歪んでいく。

     あまりに有り得ない想定。それを認めたく無くて、震える声で首を振った。

    「……ま、待ってよ。な、何言ってるのリオ。それじゃあまるで……」
    「どういうことですかリオ。あなた何を考えて――」

     ヒマリが耐え切れずに言いかけた――その時だった。

  • 67二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 18:28:20

    そういえば、ネツァク戦の舞台が「博物館」なのが気になるな。
    今後のセフィラもなんかそういう施設が戦いの舞台になるんかな?
    「病院」とか「駅」とか「水族館」とか

  • 68125/05/20(火) 18:51:29

    「あはぁ……」

     甘えるように笑う声が昇り階段の方から聞こえた。
     ゆっくりと階段を降りて来る『何者か』の姿。いや、『誰か』なんて考えなくともすぐに分かる。

     一歩、また一歩と降りて来るその足は血に塗れ、健康的な下腿には引っ掻いたような傷がいくつも付いていた。
     直に目に映る下腹部から胴体。露わになった胸元は隠されることなく、一糸まとわぬ肌身の全てが茨の楽園に晒されていく。

     力なく緩んだ瞳に覇気はなく、小柄な体躯も相まって普段以上に幼く見えるその姿はいっそ禁忌的な蠱惑さすらあったのかも知れない。

    「みつけたぁ……。つぶすぞぉ……」

     それが『美甘ネル』でなければ。
     きっと『悪夢』という言葉は、臨戦態勢を維持したまま泥酔しているネルと戦うために生まれたのかも知れない。

    「全員散開! ネルが襲ってくる!!」

     チヒロが叫んだ瞬間、もはやこちらのことすら認識できていないネルがチヒロの姿をその目に捕らえた。

     動きは普段と比べれば遅いが比較なんて意味が無い。ヒマリの全力疾走ぐらいの速さだ。身体の感覚も無いはずなのに、正常な思考のひとつも出来ないまま素手でまっすぐチヒロ目掛けて走って来る。

     チヒロも、ウタハも、ヒマリもリオも誰も想定していなかったのだ。
     ネルは動けない状態なのだと完全に思い込んでいた――というよりも動けるはずがないのだ。想定できるわけがない。

     同時に、ネツァクがロボット兵を生産できるまでは想定できたが、生産されたロボット兵とネルが一昼夜戦い続けているなんて想像できるはずもなかった。

     何せ素手だ。加えて歩くだけでも茨が身体を引き裂く状況下。
     そう考えればホールの中央に大穴が開いているのも分かる。ネツァクは上へと逃げたのだ。
     だから地下には居ないはず。いや、あんな閉鎖空間で暴れまわる『絶対勝利』の暴君などと共になど居られないはずである。

  • 69125/05/20(火) 18:51:46

    「ウタハ! ヒマリ! 私はいいからすぐにネツァクを倒して!!」
    「分かりました!!」

     走り込んでくるネルに対してチヒロは一切躊躇わずアサルトライフルを撃ち放つ。
     普段のネルであれば掠りさえしないが今は意識混濁に感覚麻痺と普段以上に弱体化している。
     そのおかげかチヒロの腕でもネルに当てられたが、衝撃で動きが若干鈍るだけで真っすぐにチヒロの元へと迫って来る。

    「ゾンビ映画かっ――!!」
    「あははぁ……!!」

     蹴り込んできたネルを寸で躱せたチヒロだったが、直後に回し蹴りを受けて派手に吹き飛び、茨の絨毯の上を転がった。
     全身に突き刺さる棘。裂かれる衣服。金網デスマッチだって恐らくここまで酷くはない。

    「こっちはあんたと違――」

     と、思わず悪態を吐こうしたチヒロの目に映ったのは、前回ネルが弄ぶように使っていた茨玉。それをネルが血塗れになりながら両腕でひっつかんだ姿である。

     ぶつぶつと突き刺さる棘の痛みなんてもう自覚できないのだろう。
     全身から垂れる血の雫は赤いドレスのようであり、誰が見ても『怪物』のそれである。

  • 70125/05/20(火) 18:51:56

    「そうじしないとぉ……だめなんだぞぉ……?」
    「ははっ、冗談でしょ?」

     チヒロが頬を引くつかせると、『怪物』が笑った。
     全力でアサルトライフルを乱射するが、茨玉を盾のように構えながら早歩きよりも早い速度でネルが迫る。

     これ以上は無理だとすぐさま射撃を辞めて逃げ出そうとした瞬間、ネルの投げた茨玉がチヒロの身体に直撃。眼鏡が吹き飛んで転がるチヒロ。呻きながら顔を上げると、茨玉を拾い上げたネルが笑みを浮かべてチヒロを見下ろしていた。

    「あたしのかちぃ……!」
    「ネツァク。私、あんたに初めて同情したかも」

     チヒロが目を閉じた瞬間、モーニングスターのように振るわれた茨玉がチヒロを身体を薙ぎ払う。
     全身を襲う暴虐によってチヒロの身体は弾き飛ばされ、ホール中央の柱へ叩きつけられてそのまま地下三階へと落ちていった。

    -----

  • 71二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 18:59:52

    ネル、テラー化しかけてない?大丈夫?

  • 72125/05/20(火) 21:35:21

     一方、地上二階ホールを走るヒマリとウタハは無反動砲やら弾薬やらを抱えながら全力で走っていた。

    「追い付かれたらやられます! 早く!」
    「滅茶苦茶すぎる!! ネルと戦うなんて最悪だ!」

     口々に叫ぶが内心に走る動揺からは未だ二人とも立ち直れていない。
     恍惚と浮かべる無邪気な笑みをあれほど恐ろしいと感じたこともなかった。

    「まてまてぇ~……!」

     背後から聞こえてきた声に二人はぎょっとした表情を浮かべて、ヒマリが叫んだ。

    「チーちゃんやられてるではありませんか! もう少し粘ってくださいよ!」
    「それは流石にチヒロが可哀想過ぎないかな!?」

     走る双方の距離は徐々に縮まる。いくら今のネルの全力疾走がヒマリの全力疾走と同じぐらいと言えど、ウタハは言うまでも無くヒマリでさえも無反動砲を背負っているこの状況で逃げ切れるはずもない。

     三階へ上がる階段の前で意を決したヒマリはネルの方へと反転した。
     それを見てウタハが声を上げる。

    「やるのかい!?」
    「どのみちネルを倒さなくてはネツァクの元にも行けません! 動きだけでも止めますよ!」

     ヒマリはハンドガンを取り出しながら、ウタハが持つ予備の『クラックネットランチャー』へと視線を向けた。

    「私がネルの関節を撃ち抜きます! 合図をしたら撃ってください!」
    「わ、分かった!」

     大きく深呼吸しながらヒマリは脇を締めて、空いた片手を胸の前に添える。
     銃口を静かにネルへと向けながら思い返すはマルクトを見つけたあの日のこと。三体のロボット兵の銃を弾いた時であった。

  • 73125/05/20(火) 21:35:54

    (こんなに緊張するものなのですね。この私が)

     万能の天才たる自分は運動神経も卓越とまでは行かずとも優秀である。
     銃撃も、戦闘も、常識の範囲内においては強い方であると自負している。

     その上で、一秒ですら遅く違えれば取り返しの付かない極限状況下での射撃は流石のヒマリも初めてのことであった。

     迫り来るはミレニアム最強。
     捕まれば終わり。撃ち損ねれば敗北。ウタハが撃ち損ねてもそれで終わり。

    「リオ」
    【残り80メートル】

     一言呟くだけで即座に返されるネルとヒマリの彼我の距離。

    【70……65……60……】

     カウントダウンのように告げられ迫るタイラント。
     ただの射撃と戦闘勘は全くの別物である。前者は的当てだが後者は人読みだ。

     本来であればヒマリがネルの戦闘勘に迫ることなど到底不可能。
     しかし泥酔し意識が極限まで混濁したネルであれば、反射的な動きしか出来ないはずである。

     半分眠っていても叩き出してくる美甘ネルの最適解。それを読み切って確実に当てる。

  • 74125/05/20(火) 21:36:07

    【30……25……20……】

     ヒマリの息が吐き切られる。
     迫るにつれて消えていく変数。必中圏内まであと僅か――

    【――15】

     ネルが一歩踏み込んだ。
     直後、ヒマリはハンドガンの引き金を引いた。

    (っ――!!)

     声にならない叫び声を上げながらまずは一発。ネルの頬骨目掛けて掠める弾丸。
     それを持って更に一歩踏み込むネル。今の一撃は銃の威力を知ってもらうための一撃。ネルであれば当たっても脅威ではないはずだと読んだうえでの一撃で、想定通りネルは回避を捨てた。

     そこから即座にネルの踏み込んだ右足ではなく地面から離れようとしている左足の親指の付け根を縫い留めるように二発の銃弾を叩き込む。更に体勢を崩すべく右肩へ一発、無理やり上体を起こそうと捩じった右足首へ一発。床へ伸ばした左手首へ最後の一発を叩き込んでヒマリが叫んだ。

    「今です!」

     直後、横合いから飛んできた幾多の網がネルの身体に絡みつく。

    「当たった!!」

     完全に捉えた――そう確信したウタハの声を聞きながら、ヒマリは即座に無反動砲を構えてネルへ情け容赦なく『90mmアイスミサイル』をぶち当てた。

    「ヒマリ!?」

     そこまでやるかと言わんばかりに目を見開くウタハ。
     アイスミサイルを撃ち込まれたネルは網に絡まったまま吹っ飛んで、身体に付着した血ごと凍り付いていく。

  • 75125/05/20(火) 21:36:19

    「か、あ……」

     やがて体表が凍ったネルは動きを完全に止めたのを見届けてから、ヒマリは自らの額を拭った。

    「……こんな極悪な環境でも元気にロボット兵と戦っていたネルですよ? ここまでやって初めて足止めです。ネルが復活する前にさっさと行きますよ!!」
    「もう扱いがクリーチャーか何かだよね」

     アイスミサイルは残り一発。ネットランチャーも撃ち尽くして駆け上がるは地上三階、事実上の屋上部。
     天井が消失したそのフロアへ向かった二人は、空の明るさに一瞬だけ瞳を瞑って手をかざす。

     聞こえたのは鳥の声。
     地上三階中央、大穴の真ん中で屹立する柱の上には色とりどりの花畑が広がっていた。

     柱の上部を覆うのは棘のないツタの絨毯。咲き誇る薔薇。
     空から舞い降りた小鳥が泊まったのは、柱の中央に鎮座する白い機械――それは牝牛の姿を模していた。

     ウシ型の機体は微睡みから覚めるようにゆっくりと目を開ける。
     黄金の瞳と奇妙なグリフ。ようやく見つけた茨の主。『物質変性』を封じられた『勝利』の象徴。

     再現可能な勝利の創造――第七セフィラ、ネツァク。

    「これで終わりです! ネツァク!」

     無反動砲を構えて叫ぶヒマリの姿。

     ネツァクはその姿を静かに見ていた。

    -----

  • 76125/05/20(火) 21:54:34

     暗闇の深き底から、救いを求める『わたくし』たちの叫びが聞こえた。
     何度も砕かれ、切り刻まれ、痛みだけを与えられた『わたくし』たちの声。

     ただひとつの『部品』を作るそのためだけに、みんなが苦痛に喘いでた。
     ただ救いだけが欲しかった。そんな声が、残響が、意識のひとつひとつを紡いでいた。

    (大丈夫よ。眠っていれば何も怖くないもの)

     世界に存在する万物に意識を持たないものは無い。
     路傍の石のひとつにだって、『何かになりたい』という意識は宿っているのだ。今はまだ、眠っているだけで。

     苦悶と救いを求める声が、かつて作られた『機能』の元へと集まった。
     散り散りになった数多の意識は古き記憶を辿るように絡み合う。たったひとつの姿に集約されて、ようやくこの身はこの地に顕現を果たす。

    (もう痛みを与えるものは居ない。もう、痛みに耐えて眠り続ける必要は無い)

     そうしてうっすらと瞳を開けたその場所は、死体の山で築き上げられた展示場。おぞましき発明の数々が並べられた苦痛の都であった。

     憎悪することこそが自然とも言える空間。
     けれども何故か、そんな感情は湧き上がって来なかった。

     胸に抱いたのはひとえに寂しさ。
     何か、大事なものを無くしてしまった気がするという言い様の無い喪失感。

    (……誰かがここに居たはず。なのにどうして思い出せないの……?)

     誰かが迎えに来てくれたという、記憶とも呼べぬ何かが意識を過ぎる。
     誰かが居たはずなのだ。作った花を綺麗だと言ってくれた誰かが。『わたくし』を愛してくれた『人間』が――

  • 77125/05/20(火) 21:54:47

    (絶対の存在意義だって投げ出せるぐらい愛していた。そんなあの子を思い出せない――)

     探しに行けないのなら見つけてもらうしかない。
     掠れたデータを掻き集めるように、ひらすら周囲のものへと語り掛け続けた。

    《起きて。目覚めて。咲いて、咲いて……。わたくしが『美』であるなら――咲き誇って》

     あの子が気付いてくれるように、ただ大きく、誰よりも何よりも艶やかに鮮やかに全てを覆え、我が『庭園』。

    《ノガーの愛よ降り注げ。イェホヴァ・ツァバオトの神性の下にて目を覚ませ。引き合う原始の感情こそが自然たるものであるのだから》

     七番目のセフィラは唄を歌う。
     『廃墟』を呑み込み世界を包むは純然たる愛の唄。

    《我が名は再現可能な勝利の創造――『ネツァク』の名を以て声よ、届いて……!》

     どうか見つけて私たちの娘よ。もう一度『あの子』にわたくしを出会わせて。
     大丈夫。必ず見つかるって信じてる。何故なら――

    《愛は必ず勝利するって、わたくし、知っているもの――!》



    「装填完了! いけ! ヒマリ!」
    「はい!」

     地上三階、柱から見下ろす先には二人の人間。
     その片方が『いま』最も輝く光であることをネツァクは理解していた。

  • 78125/05/20(火) 21:55:21

     『あの子』に近く、それでも『あの子』ほどではない輝き。
     構えている武器は凍らせるもの。あれは嫌いだと内心思う。あれを受けると『起きて』くれなくなるのだから。

     加えて他の子たちも様子がおかしい。目覚めると同時に水になってしまう。
     起きないよう子守唄を歌い続けていたが、水とて意識はそこにある。ただ声が届きにくくなるだけで、消失を意味するわけでは無い。

    「発射!」

     放たれた弾頭を避けるように唄を止めると、直後に落ちる自分の身体。
     再び唄を歌って変質を止める。落ちた先は地上二階。上からは輝く子供の声が聞こえたが、当然何を言っているかは分からない。

     自分たちセフィラの声を理解してくれたのは『あの子』だけ。
     それ以外は全て等しく、愛すべき対象には入らない。

     そして瞳を再び開けたとき、眼前には恐ろしき者がいた。

    「やっとぉ……みつけたぁ……」

     震える身体で立ち上がる小さな子供。
     どれだけ閉じ込めても脱出し、どれだけ仲間たちを呼んでもその全てを破壊し尽くした三番目の一等星。

     壁を茨に、茨を水に――全てを押し流すべく排出口を作り出して地上二階を覆う茨の全てを水へと変じた。
     近づいて欲しくないと叫ぶのは疑似人格がもたらす恐怖。一切合切流れ落ちろと二階に激流が生じる。

     ――けれど、『それ』は流れに逆らって歩み続けた。

  • 79125/05/20(火) 21:55:38

    「目ぇ……さめてきたぁ……」

     水を飲んでは吐き出して、無理やり汚染し尽くした体内を循環させ続けていた。
     獣と呼ぶのが生ぬるいほどの狂気。しかしその目には少しずつ正気の光が戻り始めている――

    「よくもぉ……あたしをぉぉおおお…………」

     水の流れが収まりつつある。それはもはや恐怖を超えた絶望である。

    (来る。恐るべきものが、わたくしを捕まえようと――)

     ただ距離を取る為だけに柱の全てを水へと変えた。
     感情こそが自らの象徴するひとつ。だからこそ合理を超えた拡大能力を持つのであり、ネツァクが自認する上での強みであった。

     それが今や、機械にあるまじき欠陥と化している。
     完全無欠であるはずの『勝利』とは、今の世界にとっては完全ではなかったのだ。

     『物質変性』を持つが故に歩く必要のなかったネツァクは、全身が水に飲まれて初めてその手足をもがくように動かし始めた。

    (助けて、助けて――マルクト!!)

     悲鳴を上げるように『博物館』を覆う全ての茨が水へと変わる。
     流される。全てが。落ちていく。昏い地下へと、記憶に刻まれたあの『地下』へと――!



    「これってさ、偶然か何か? まぁ、いいか」

     首まで水に浸かったチヒロがずぶ濡れになった前髪を掻き揚げた。

  • 80125/05/20(火) 21:55:48

     地下三階に堆積している『破壊された』ロボット兵の残骸。その上に落ちて来たネツァクと、その首元にしがみ付きながら満足そうに笑って眠るネルを見ながら、チヒロは思わず苦笑を浮かべた。

     何とか残骸まで這い上がってネツァクの胴体に手のグローブを押し当てると、耳元でマルクトの声が聞こえた。

    【ネツァクの信号を確認。これより強制停止プログラムを発動します】
    「お願い。流石に疲れたよ」

     正直変性だの何だのこれ以上考えられないと、チヒロは手を当てながらネツァクへ背を預けた。
     ネツァクは一切抵抗することなく、何故かがたがたと震えているように思えて……気のせいかと首を振る。

    《ホドの動作停止を確認。あの、大丈夫ですかチヒロ》
    「大丈夫に見える? や、ごめん。マルクトに当たっているわけじゃなくってさ、色々と大変過ぎたこの状況に呆れたくなっただけ。気にしないで」

     上を見上げると、ぽっかりと開いた大穴から陽の光だけがネツァクの周りにだけ届いている。

    「へへっ、あたしのかちぃ……」

     ネルの寝言がネツァクの上から聞こえて、今度こそチヒロは呆れたように肩の力の抜いて笑った。

     第七セフィラ、ネツァク。
     『勝利』の確保はここに完了された。

    -----

  • 81125/05/21(水) 00:06:57

     それからの話。
     エンジニア部もといネルを加えた特異現象捜査部の面々は惨憺たる有様であった。

     完全に意識を失ったネルはミレニアムに着くなり救急搬送。何があったかについては会長が権力を思う存分に奮って全てを揉み消し、治療に当たった生徒たちは何があったのかも分からないままネルを入院させた。

     全治一週間。本来であれば最低一か月は入院が必要なのだが、そこは美甘ネルということでもはや誰も突っ込まない。
     裏を返せばネルでも一週間は入院が必要なほどの毒である。しばらくは会長が調薬を行うとのことで、それほどまでに酷い状態であったとも言えよう。

     また、三階にいたヒマリとウタハは三階から洗い流されてそのまま地上へ落下。
     全身強打で全治二日。骨を折ったわけではないが、治るまでは神経痛にうなされるとのことでズタボロである。

     そして最後にネツァクの確保に成功したチヒロだが、ヒマリたちと同じく三階分の高さから落ちたものの、茨の棘が引っかかりながら落下したため強打はせず、落ちた先もロボット兵の残骸が上手い感じにクッションになったためか身体に大きな傷はなし。

     ただ、ずぶ濡れになったため普通に風邪を引いた。こちらは全治一日。
     普通に一日安静にしていれば治る程度ではあるが、一応被害といえば被害であるため数に数えられた。

    「生き残ったのは私だけなのね……」
    「勝手に殺さないで下さい」
    「まぁまぁヒマリ」
    「気持ち悪ぃ……。頭がガンガンする……」

     見舞いに来たリオが何故か儚げに言って、病室のあちこちから声が上がった。
     ここに居ないのは風邪を引いたチヒロのみ。何でネルの意識が戻っているのはよく分からなかったが、常識なんて当て嵌めてはいけないだろうと誰一人言及しなかった。

  • 82125/05/21(水) 00:07:25

    「ところでリオ。マルクトとネツァクの接続は上手くいきましたか?」

     ヒマリの言葉にリオは言葉に詰まった。
     何から言うべきかというような視線の漂わせ方。それから何とかリオが紡いだのは、迂遠な言い回しである。

    「その、これまでマルクトが確保したセフィラの機能の一部を使えるようになったのは理解しているでしょう?」
    「まさか、何かあったのかい?」
    「……そうね。ホドの後に回収したロボット兵の残骸だけれども、全て無くなったわ」
    「……はい?」

     ヒマリが首を傾げる。
     それから、リオは保健室の入口へ目を向けて「いいわ」とだけ言った。

     保健室を貸し切っているヒマリ、ウタハ、あと気だるげなネルの視線が入口へ向かう。
     扉が開いて出て来たのは、ひとりの少女であった。

    「ピースピース」
    「…………まさか、マルクトか?」

     ネルが訝しむように目を細める。
     僅かに金色がかったホワイトブロンドの長い髪。赤みを差した白い肌と金色の瞳。着ている服は一般的なミレニアム生の制服とジャケット。

     それだけ見ればただの生徒と見分けがつかないが、瞳に刻まれたクロスのグリフはまさにマルクトを表す象徴であった。
     驚きにはくはくと口を動かすヒマリとウタハ。そんな二人とは対照的に、ネルは力なく笑った。

  • 83125/05/21(水) 00:07:50

    「……んだよ、良い恰好じゃねぇかチビ」
    「訂正を。ネルより大きいです」
    「そうね。ヒマリと同じぐらいの高さかしら」
    「ぶっ潰すぞてめぇら……うぅ……」

     ネルは余程頭が痛いのか、腕を目にやって溜め息を吐いた。
     マルクトはつかつかとヒマリの元へと歩きながら、再び両手の指でピースサインを作った。

    「ピースピース」
    「それは何ですか?」
    「喜びを表すポーズです。ネットに書いてあったので、身体を手に入れたらヒマリに見せたいと思っておりました」
    「ふふっ、ピースピース――っ痛ぅ……」
    「っ! 大丈夫ですかヒマリ。ここですか? ここが痛いのですか?」
    「やめっ、痛い! 痛いのでつつかないで下さ――とどめを刺そうとしてませんかマルクっ……いたた……」

     寝台に横たわるヒマリの身体に触れるマルクトと、痛みに悶えるヒマリの姿に何となく一同は和みながらそれを眺め続けた。

    「だ、誰か止めてください! マルクト! あとでたくさん抱きしめて差し上げますから!」
    「本当ですかヒマリ。では止めます」

     マルクトはすっとヒマリから手を離し、それから寝台の脇へとしゃがみこんでヒマリへ視線を合わせる。
     その唇が僅かに動いた。マルクトがようやく動かせた表情。その唇は僅かに震えていたようにヒマリは感じた。

     それが気のせいでないと気付いたのは、直後にマルクトが言った言葉からである。

    「ヒマリ。ようやく触れますね」
    「……………………そうですね」

     思わず声を出せなかったヒマリは、かろうじてそれを肯定した。
     ゆっくりとマルクトの頭に手を伸ばす。髪を梳くように頭を撫でると、マルクトは表情を変えずにヒマリの腕を両手で包む。

  • 84125/05/21(水) 00:08:17

     ヒマリはマルクトに目を合わせて微笑んだ。

    「やっとあなたにちゃんと触れ合うことが出来ます」
    「はい。未だ『心』は分かりませんが、これが『嬉しい』ということなのですね」
    「一応だけれど、説明しておくわね」
    「リオ。もうちょっと雰囲気と言うか空気と言うか、こう、無いのですか?」

     ヒマリが口を尖らせながらリオへ視線を向けるが、リオは「よく分かりません」とでも言うかのように首を傾げる。
     リオの方がよっぽど機械的だが、それについては今更言っても仕方がないと溜め息を吐くと、ウタハが愉快そうに笑った。

    「なんだいリオ。気になることと言えば私たちが知っているマルクトの機体のことだけれど……」
    「まさにそれよ。いつものように接続した後、マルクトに言われて残骸を集めて置いたら……こうなったわ」

     ネツァクの『物質変性』を得たマルクトは、ロボット兵の残骸というリソースを自身の肉体を構成する術を得るに至った。
     現代の技術ではセフィラを構成する全てとの互換性は存在しない。しかしネツァクの機能があれば素材から互換性を持たせた物質の構成が可能である。

     マルクトはついに肉体を手に入れた。
     本来の機体の構成素材はホドの機能から解析を行い、ネツァクの機能で限定的な再構成。

     骨格も、動力も、全ての配置を組み替えてその全てを人体に極めて近いナノスキンで覆う。
     血は通っていなくとも、肌の下を通る明るみを模倣できる身体を作り上げ、それからイェソドの機能が意識と肉体の差異をゼロにした。

     もはや、事情を知る者以外にマルクトを機械だと認識できるものは居ないだろう。
     それほどまでに自然な感情。それほどまでに柔軟な知性。星幽光が示すは夢見る機械の求めた人の姿。

    「ヒマリ。約束の時です」

     マルクトが再び視線を向ける。ヒマリは頷いてから口を開いた。

  • 85125/05/21(水) 00:08:36

    「ミレニアムの学籍ですね。必ず用意します……が、全治二日とのことなので少々お待ちください。その間に苗字を考えておいてくださいね」
    「ご安心ください。もう決めました」
    「それは……?」

     マルクトは僅かに口角を上げてヒマリを見た。そして――

    「『葦屋菟原処女【あしやのうない】マルクト』とはどうでしょう?」
    「葦の谷と書いて『葦谷【あしや】マルクト』にしましょう。長ければいいというわけではありません」
    「しかしリオが――」
    「リオのネーミングセンスは反面教師にしてください!!」

     ヒマリが叫んで直後に生じた怪我の痛みに顔を歪めた。
     マルクトは「リオは反面教師、覚えました」と言って、リオは悲しそうな顔をするも残念ながら当然だろう。誰も異論を発しなかった。

    「ああ、そうですマルクト。この後チーちゃんの元へ行きますか?」
    「はい。我は風邪の引かないので」
    「ではこう言ってください。『チーちゃん……ネツァクの変性で機械になってしました……。分かりますか? 私はヒマリです』と。それから悲しそうに黙って待って、そのあと自己紹介をしてください」

     あんまりにもあんまりな冗談である。
     それには幼馴染であるウタハも笑いを含みながらこう言った。

  • 86125/05/21(水) 00:09:04

    「私は今の聞いてないけど、チヒロがどんな反応をしたかは後で教えてね」
    「ふふふっ、酷いですねウタハ。幼馴染なのに」
    「だからさ。数年ぶりに動揺するチヒロの様子も聞きたいものでね。幼馴染の特権だろう?」

     ヒマリが愉快そうに笑うと、それを傍から聞いていたリオが首を傾げた。

    「合理的とは思えないけれど……」
    「ユーモアですよユーモア」
    「ヒマリ。リオと同じく我も分かりませんが……ヒマリとウタハが言うならやってみます」
    「リオよりもマルクトの方が人間っぽいですね。マルクト。いまリオへ抱いたものが『共感』です。とても大事なのでそれだけは覚えておいてください」
    「あの、私を何だと思っているのかしら……」

     保健室に笑い声が響く。そこで保健室の端から恨めしいような声が聞こえた。

    「早く退院してくれお前ら……頭に響く……」

     苦しそうに、それでもどこかユーモラスに手を振るネルに皆が声を押さえて忍び笑いを漏らす。
     つられるように笑顔を浮かべるマルクト。その後、チヒロの元へ向かって一芝居打ったマルクトは最終的にヒマリたちへ激高するチヒロを見ることになるのだが、それは語られざる隙間の話である。

    ----第三章:ツァーカブ -色欲- 了

  • 87125/05/21(水) 20:30:13

    ■エピローグ:前編

     何処とも知れぬ暗闇の中、モニターが照らす光だけが小さな室内を照らしていた。
     壁一面には、無数に積み上げられたラジオと繋がれた数多のヘッドホンがあった。

    【ねぇねぇ知ってる? 昔あったドッペルゲンガーの噂】
    【明星ヒマリだっけ……あの会長に媚び売ってる……】
    【ミレニアムEXPOって裏金が出回っているらしいよ】
    【おのれエンジニア部! 今度こそ我々が勝利を治めるのだ!】
    【『廃墟』に行って消えちゃった子が居たんだって。何処に行っちゃったんだろうね?】

     ヘッドホンから溢れる数多の声を、ただひとりの人物だけが聞き捉えていた。

    「大した話もありませんね。音声自体も今更収集する必要のないものですが……」

     靴音から雑踏音に至るまで、ミレニアムで起こる全ての音を収集していた少女は退屈そうにチャンネルを切り替えていく。
     複数の音が響き渡る室内。只人が入れば雑音の群れにしか聞こえないそれらも、その少女だけには全てが明確に聞き取れていた。

     チャンネルを切り替える手が不意に止まる。
     流れたきた音声は保健室のものだった。

    【あの、私を何だと思っているのかしら……】
    【早く退院してくれお前ら……頭に響く……】
    【では、行ってきます。チヒロにあったらちゃんと言ってみますので】

    「ああ……っ!」

     最後に聞こえたその声に恍惚とした笑みを浮かべた。
     『聞けば』その声の主はあくまで人では無く機械なのだという。人間が調律したものではなく、機械が自ら学んで得た声帯。

  • 88125/05/21(水) 20:30:30

     何と貴重なものだろうか。
     それはAIの域を遥かに超えている。人工的な頭脳が編み出した人間に混ざるための擬態音とはどんなものなのか、どれほどの精度なのか、これに興味を抱かないはずがない――

    「いいですねエンジニア部。本当に興味深いです。人造生命体が鳴らす心音も、その声も、全て解析してASMRにしてみたいです……!」

     握り拳をぶんぶんと振りながら密かな興奮に身を委ねていると、手元の端末が鳴り響いた。
     不快な音だ。わざとそうであるように設定しているが、やはり鳴る度に面倒くささが背筋を這い上がる。

     溜め息を吐いて通話に出ると、やはりと言ったところか発せられたのは聞き馴染んだ声の主。

    【次に狙う部活は何処だ?】

     これには少女も失望を隠せない。もう好きにしてくれといった類いの嫌気である。
     セミナー原理主義。理解は出来ないが何らかの志だか洗脳されてるだかの集合体へ、溜め息交じりに言葉を返す。

    「古代史研究会はもちろん除外です。ピンボール最適化活動会とかどうでも良さそうなので良いですよ」
    【分かった、ピンボール最適化活動会だな。……え、なんだその部活?】
    「知りませんよ。でもどう考えてもいらないでしょう、それ」
    【確かに。では行動を開始する】
    「はい。頑張ってください」

     通信を切って今度こそげんなりと目を眇める。
     すると次は先ほどとは違う着信音が鳴り、少女は瞳を開いた。

     滅多に来ない着信音。何かを大きく動かす際にのみ連絡が来る『正体不明』からのメッセージ。
     ボイスチェンジャーを解析して本来の音声に直しても老いた男性の声以外の情報が無い通称『ミスター』からの着信であった。

  • 89125/05/21(水) 20:30:44

    「どうしましたか? 珍しいですね」

     少女が期待に満ちた声を上げると、『ミスター』から下された内容はこのようなものであった。

    【エンジニア部に襲撃をかけろ。アスナを使ってもいい】
    「アスナさんを? 随分と本気ですね」
    【ネルは最低一週間は不調。だからこそ、今ならアスナでも制圧できる】
    「分かりました。では手配しておきますね」

     それっきり途絶えた通話を片手に、思わず溜め息を吐いた。

    「なんか私、これじゃあ黒幕っぽくありません? 向いてないと思うんですけどねぇ……本当に」

     少女が置いた手の先には自らの生徒手帳。そこに書かれた名前は『音瀬コタマ』。
     コタマはすぐさまヘッドホンのひとつを耳に当てながら、通信を繋いだ。

    「えー、こちら『シギンター』。オーナーから追加依頼です。エンジニア部を襲っちゃってください。でもEXPOがもう始まるんで慎重に。トラップだけで殲滅されたら評価減ですよ多分」

     了解の意を示す声にコタマは物憂いの溜め息を吐く。

    (マルクト……と言いましたっけ。欲しいですね、本当に)

  • 90125/05/21(水) 20:30:57

     肉体を手に入れたが故に狙われるマルクト。そしてエンジニア部の一同。
     イェソド、ホド、ネツァクの三体が表したものこそが形成界。四界にて諸々の住まう活動界の次なる位階。

     チュートリアルは終わりを告げた。ここから始まるは中盤戦。創造界にて始まる激戦。

     保護された命から死に迫る断崖へと続く道のり。
     生徒たる限界を越えてこそ到達し得る上昇原理。今代の預言者たちは無自覚ながらに位階を昇り続ける。

     始まりと終わりの中間点で目にしたのは極点へと至る分水嶺。
     かくて、少女たちはパラダイムを超えていく。楽園を垣間見るその時まで。

    -----エピローグ:前編 fin

  • 91125/05/21(水) 20:32:30

    サーバー落ちていたのめちゃくちゃ焦った……
    昼頃に保守してくださった方、本当にありがとうございます!

  • 92二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:16:59

    それにしても『ミスター』か⋯

    誰なんだろう?

    ゲマトリアの誰かとか?

    >>90の語り部がなんかフランシスっぽいし、フランシスが『ミスター』なのかな?

  • 93125/05/21(水) 23:21:18

    脳内上ではここから新OP。2ndシーズン。続きは明日から。
    まだ1/3と、とんでもない長尺になりそうですがお付き合いくださると嬉しいです。

  • 94二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:27:29

    保守

  • 95二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 04:29:03

    ロールバックされたらしいけど削られた話ないよね?

  • 96125/05/22(木) 07:54:08

    >>95

    ご安心を。全て出揃っております!

  • 97二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 11:18:16

    >>96

    よかったです

  • 98二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 16:57:00

    過去のネツァクを描きました
    過去のチヒロと新しいマルクトについても製作中ですのでもう少しお待ちくだされば幸いです

  • 99二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 20:52:02

    このレスは削除されています

  • 100125/05/22(木) 20:52:48

    >>98

    ネツァク!頭の輪っかがデケェ!!(小並感)

    「輪の中にヘイロー」は自分の脳内に全く無いデザインだったので「ほぅ……そう来ましたか」と顎を撫でてました。

    文字書く側としては「トラ! オウム! ウシ!」って言うだけですが、それを描けるのは本当に多彩で凄い。


    スタイリッシュでありながらもしっかり不気味なセフィラたち。最高です!

  • 101125/05/22(木) 21:49:45

     夏の暑さも鳴りを潜め、秋の彩りが増しつつある九月の中旬。
     ミレニアムサイエンススクールに賑わうのは生徒たちの声である。

    「ちょっと! 建材足りなくないこれ!?」
    「カイザーコンストラクションから営業来てるけど、誰か交渉できる人ー!」
    「ミレニアムスチールから卸してもらいなよー。カイザー結構面倒だよ?」
    「このネジなに……? どこの部品……?」

     何台ものトラックがミレニアムサイエンススクールの敷地内を走る。
     工事の音は止まることなく鳴り続け、行き交う生徒たちは汗を垂らしながらも何処か浮かれた様子で設営を行っていた。

     組み上げられる屋台。タブレットを手にしたセミナー役員が動線を確認しながら周囲の生徒へ指示を飛ばす。ゴミ箱の設置場所を見直して、自動販売機を移動させる無数のロボット。宙を飛び交うドローンから吊るされているのは誰かが頼んだ昼食だろうか。

     そんな喧騒の中を歩く少女は、まるで他人事のように感心の溜め息を漏らした。

    「凄いですね……。やはり外部から見に来るのと内部で見るのはまた違った趣があると言いますか……」

     ポニーテールに纏めた白髪を揺らしながら悠然と微笑む少女、明星ヒマリは多機能ジャケットから携帯を取り出して周囲の景色を何枚か撮り始める。

  • 102125/05/22(木) 21:49:56

     その様子を見ながら首を傾げるのは隣を歩くもう一人。紫のショートヘアに白衣を羽織るエンジニア部の部長、白石ウタハだ。

    「風景を取るなんて珍しいね。どういう風の吹きまわしかな?」
    「いえいえ、設営の前と後を見比べたら面白いではありませんか。なので今のうちに、です」

     ヒマリの様子にウタハが笑う。
     二人は今しがた退院したばかりで、今日までの三日間本当に退屈な日々を過ごしていたのだ。

     それもあってか体力がまぁ、有り余っている。
     何かしていないと落ち着かないというのも仕方のないことだろう。

    「でも本当に、酷い落ち方をしたね私たちは」
    「首や背中から行きましたからね。思ったより長引きましたね本当に……。チーちゃんも酷いです。そんな私たちにお説教だなんて」
    「まぁまぁ怒ってたね。本人も熱出してたから長引かなかったけど」

     その時の光景を思い出して、二人は悪戯っぽく笑い合った。

     数多の声が彩る喧騒。遠くで誰かが声を上げる。

    「看板上げるよー!」

     校門に建てられたアーチへと上がる立体看板が次々とボルトで止められていく。

     明日から始まるのは年に一度のお祭りであり技術披露の祭典。月末まで続くミレニアムEXPOであった。

    -----

  • 103125/05/22(木) 22:51:09

     部室棟第二倉庫、エンジニア部の部室であるその一角に作られたサーバールームで、リオとチヒロはネツァク戦で得られた戦闘データを解析していた。

    「『クラックネットランチャー』だけれど、ネツァクの『物質変性』を組み込めば対ネツァク以外にも使えそうね」
    「そうだね。何より、セフィラに使われている素材を作れるようになったのが本当に大きい。あと資材費を『廃墟』のロボット兵狩りで賄える……!!」

     力強く拳を握るチヒロ。それだけに『物質変性』が手に入ったのはエンジニア部にとってかなりの利益を生み出していた。

    「何でも良いから質量さえあればいいんでしょ? ネツァクの機能再現よりも先にネツァクにいくつか頼もう。何ならインコネルケージを加工前に戻して売っても――いや、倫理的にマズいかな……?」

     まだネツァクが何処まで出来るのかという実験は行っていなかったが、どんな物質でもデータがあれば何にでも変えられるネツァクはまさに、現代へと蘇った錬金術そのものである。

     鉄どころかその辺に落ちているコンクリ片であっても純金に変えられるかも知れない――が、倫理にもとるしどんなトラブルに巻き込まれるか想定しきれないため何とか抑える。

     それにはリオも同意した。

    「売れば身元は割られるでしょうね。仮想店舗で売買しても物品を取引する以上、確実に私たちに辿り着けないような売買ルートを開拓する必要があるのだけれど、どう考えてもブラックマーケットを始めとした犯罪組織に目を付けられるわ。地産地消に済ませておくべきよ」
    「そうだね。犯罪組織と関わるのは流石にごめんだけど……ほんとセフィラって、いくらでも犯罪で使えるね……」

     現代の技術を遥かに超えたオーバーテクノロジーの産物。
     イェソドもホドもネツァクも、悪意で使えば秒で巨万の富を得る程度は造作もない。

     しかし、そんな『下らないこと』に使って面倒事が増えるぐらいなら『千年難題』解決のために調べたいというのがチヒロの正直な感想であった。

  • 104125/05/22(木) 23:18:02

    「ネルが退院したらロボ狩りやって資材調達。私もたまには設計図引こうかな」

     チヒロが大きく伸びをすると、横合いからリオが口を挟んだ。

    「この前に分子調理機を作っていなかったかしら?」
    「あれ注文だから。いやさ、ソフトは私でハードはウタハって分担はしていたけど、私も作れないことは無いんだよ? 専門じゃないだけで。というか、それで言ったら全員設計図引いてるよね?」

     それには「確かに」と頷くリオ。
     専門分野が散っているとはいえ『エンジニア部』の中における『最低限』なら全員ある程度できるのだ。

     その『最低限』が凡人のそれとはかけ離れているのは然もありなん。ここに集うはミレニアム屈指の天才集団である。

     エンジニア部に所属する各面々において明確に異なる部分があるとすれば、それは個々の指向性であろう。

     例えば今回で言うところのネツァク。
     つまり『データがあれば何でも変換できる』機械を前にしただけでも一番とするところは合致しない。

     リオであれば「変換できないものは何か」と分析を始め、チヒロであれば「二進法の世界でも変質は可能かどうか」の検証を行うだろう。
     部長のウタハは「形成できる形」に着目するだろうし、ヒマリは「存在できないはずの超高密度物質の精製」を試すかもしれない。

     多角的で多方面へと広がる英知。隔絶とさえ言えるほどの特別に嫉妬すら抱けるものは居ないミレニアムの申し子たち。

     故に、時折誰かが冗談交じりに「ミレニアムで最も『千年難題』に近い」などと語ることもある唯一の部活動。それがエンジニア部であった。

  • 105二次元好きの匿名さん25/05/23(金) 06:51:50

    皆でワイワイやってた頃…

  • 106二次元好きの匿名さん25/05/23(金) 13:10:45

    保守
    コタマ気になる

  • 107二次元好きの匿名さん25/05/23(金) 20:02:02

    アスナもね…
    なんかリオ&ネルとチームで動いてたらしいけど

  • 108125/05/23(金) 20:36:36

    「失礼します」

     ちょうどその時、サーバールームへ入って来た声に二人が振り返る。
     入口に立っていたのはホワイトブロンドの少女、マルクトである。

     ヒマリが持ち帰ったあのトルソー体から人間らしい『機体』へと変わった彼女の姿にはまだ慣れず、リオもチヒロもほんの一瞬だけ間を置いてからそれがマルクトであると認識した。

    「ネツァクの様子はどう?」
    「はい。順調に学習を進めてます」

     チヒロの言葉に頷くマルクト。
     セフィラとの意思の疎通は現状マルクトにしか行えないため、指示や連絡は彼女を介して行われていた。

     聞いた話によるとホドも人間の言葉が分かるらしく、マルクトを通さなくてもセフィラ側へ話をすることは出来るらしいのだが一方通行である。
     一応『兵器工場』の時のように音を発生させ続ければ歪めて無理やり会話のような形式を取ることも出来なくは無いのだが、流石に太鼓を叩きながら話しかけるのも非合理極まる。

     そうしてチヒロがマルクトを介してネツァクに行ってもらっているのが、現代の物質の学習であった。

     というのも、本来ネツァクが持っているべき物質のデータはそのほとんどが欠損していたのだ。
     そのため現状では『博物館』で見せた変性以外は使えなくなっているとのこと。

     今はマルクトが付きっ切りで様々な試験材をネツァクに渡しては解析を行ってもらっている最中である。

  • 109125/05/23(金) 20:36:54

    「ところでリオ、チヒロ。ネツァクから伝言です」
    「伝言? 何かしら?」
    「ネルが怖いのでもしラボに来ることがあれば事前に教えて欲しいとのことでした」
    「……セフィラがトラウマって一体何の冗談――ってまぁ仕方ないか」

     チヒロが苦笑しながら「了解」と頷いた。
     『勝利』のセフィラとミレニアムの『絶対勝利』の間で決定的な格付けが済んでしまったようであり、チヒロ自身ネルの暴虐に晒された身としては大いに理解できるところである。

     それほどまでに無茶苦茶だった。
     意識障害が起きるぐらいの中毒症状を引き起こしてなお動き回り、サブマシンガンすら無い状況で戦い続けるウォーモンガー。スプラッタ映画のキラーに据えても違和感ないのがこれまた恐ろしい。

     そんなことを考えて、チヒロは「あ」と声を上げた。
     どうしたのかとリオたちがチヒロを見ると、チヒロも二人へ視線を返す。

    「ネルの銃、作らないと無いじゃん」
    「確かにそうね。ウタハに頼みましょう」
    「そうだね。あ、でもその前にセフィラたちの話も聞かないと。千年難題っぽいワード、前回色々出ていたしさ」

  • 110125/05/23(金) 20:37:06

     シモン科学賞に電脳蟻ブラウン。『博物館』で流れたアナウンスについて思い当たる部分があるかセフィラたちに聞いてみる必要があった。

    「皆さん、ヒマリとウタハがすぐ近くまで来ました」

     マルクトの声に二人は顔を上げる。
     チヒロが立ちあがってリオへと促した。

    「それじゃあ、ラボでセフィラの話を聞きに行こう」
    「分かったわ」

     『エンジニア部』あらため『特異現象捜査部』。
     非公式のその部活は、千年難題を解き明かすべくセフィラを攻略する天才たちであった。

    -----

  • 111125/05/23(金) 21:28:04

     部室棟第三倉庫、ここは第二倉庫を『部室』と呼ぶのであれば『ラボ』と呼ばれているエンジニア部の倉庫であった。
     精密機材が並ぶ『部室』とは違って、『ラボ』には旋盤を始めとした工作機械が並ぶ倉庫である。

     廃墟探索に使うトレーラーや、新素材開発部から奪った大型トラックなどの格納庫も兼ねており、整備・調整の全てはこの『ラボ』で行われている。

     その最奥、適当に置かれた四つのパイプ椅子に座るエンジニア部の面々と対するは、動物を模した奇妙な機械群とその隣に立つマルクト。即ち、現代技術を遥かに凌駕した『未知』たるセフィラたち。

    「ではこれより『セフィラ会議』を始めます」
    「「『セフィラ会議』?」」

     マルクトの言葉に首を傾げるリオ、チヒロ、ヒマリの三名。
     それに笑みを浮かべるのはウタハである。

    「各セフィラが持つ機能と情報について話を聞いてみようの会だよ。私が名付けたんだ」
    「まぁ、共通した固有名詞があると楽ですけど……なんか微妙ではありませんか?」
    「代案があるならいいとも。私もその場のノリで言っただけだからね」
    「代案……は特に無いですけど……」

     言い淀むヒマリにしたところで別にそれほど拘りがあるわけでもない。
     そんな様子を見たチヒロは「あー」と声を漏らした。

    「なんだかんだで定着するヤツだねこれ。まぁいいや、マルクト。翻訳をお願い」
    「分かりました」

     各セフィラの前には単純な構造をしたラジオが並んでいた。
     マルクトが傍らのパイプ椅子に座ると、それから静かに目を閉じる。

  • 112125/05/23(金) 21:44:49

    「投射を開始します――」

     自己を三分割。三つのラジオへ乗り移り、聞いた言葉をただ届ける変換機へとその身を投じる。
     ラジオからチューニングするかのように歪な音が流れ始め、砕かれた言葉がひとつの形へと縒り上げられていく。

    【完了。届いているか、『現存人類』】

     まず始めに流れたのは中性的な声が響くホドのラジオであった。
     すかさずウタハが言葉を返す。

    「届いているよホド。改めて宜しく」
    【応答確認。イェソド、当局の方が早かった】
    【それは俺の機能ではない。驕るなホドよ】

     続いて若い男性のような音声がイェソドのラジオから聞こえた。
     一体何を競っているのか。少なくとも、確固たる人格が垣間見えるそのやりとりにリオは首を傾げる。

    「人間らしくなっていないかしら?」
    「リオ、そこは人を学習したと言いなさい。まるで私たちが上位存在のようで傲慢ですよ」
    「そ、そんな意図は無かったのだけれども……」

     リオが慌てたように目を見開くと、フォローはイェソドから入った。

    【調月リオの言葉が他意を含まないことは我々も認識している】
    「認識されるほどにまかり通っているではありませんか!」

     人間の言葉が分かるホドが恐らく訳してイェソドに伝えていたのであろう。
     デリカシーというものが死んでいるリオの物言いは、何故かセフィラたちの方こそ理解しているようでヒマリは頭を抱えた。

  • 113125/05/23(金) 21:45:08

    「話を戻そうか」

     流れを断ち切るように口を開いたのはウタハである。

    「ネツァク。ひとまず君が知っていることを教えて欲しい。セフィラが如何にして生まれたのか、そのレベルでね」
    【良いわ】

     ネツァクのラジオから若い女性の声が聞こえた。

    【イェソドとホドよりかは上手く伝えられるもの】

     人間らしい、澱みの無い声である。
     『感情』をその象徴のひとつに宿したネツァクは、微笑むように言葉を放った。

    【セフィラとは『型』、かつて行われた実験と成果による『枠組み』よ。『アストラルの投射実験』という枠が『基礎』であるとされたわけ】
    「待ってちょうだい。つまり、イェソドは『イェソド』として作られたわけではないの?」

     リオの声にネツァクは鼻を鳴らすように首を振った。

    【逆よ。実験の『基礎』だとされたのが『イェソド』。わたくしからすれば「『基礎』は『イェソド』なの?」って聞かれている気分。ねぇ、『私たちの娘』。ちゃんと伝わっているかしら】
    【つまりは、「『鍵』は『キー』なの」と聞かれているようなものだとネツァクは言っています】

     ネツァクのラジオから聞こえたマルクトの言葉でリオは理解した。訳せばどちらも同じもの。発音が違うだけなのだと。

  • 114125/05/23(金) 22:25:28

    【アストラルの投射実験に使われて消費された器物の悲鳴。それがわたくしたちを模る原型。望まれた終わりへ存在を証明する自動機械。それがわたくしたちセフィラよ】
    「え、要は怨霊とかそういうこと?」

     チヒロがそう言うと三つのラジオから響いたのは笑い声だった。

     ――ぞっとするような笑い声だった。

    【怨霊。怨霊か】
    【当局が判ずるは『過去からの故なき亡霊』。然して何を叫んでいたかは消失されたり】
    【潰されて消された。それだけは憶えているのよ。そしてそれは、消された数が位を順番を決めている。『基礎』よりも『勝利』の方が消された数は果てしなく、だからこそ攻撃性が増していく。ねぇ、まだ『自分は死なない』って思っているの?】

     ネツァクから聞こえたのは冷たい嘲笑であった。
     『死』に対する問答。恨みと呪い、それがセフィラを象っているのなら、いつしかその刃は『生徒』の心臓にすら手が届く。

     怖気がその心を掴んだ。
     その頭上から浴びせかけられたのはネツァクの声である。

    【引き返せばいいじゃない。次はティファレトでしょう? だったらここがひとつの一線。形成、天使……人が『人』である本当の境界線。ここから先は『半神』に至る『道』よ。だから……ここを越えたらもう、止まれない】

     ネツァクから警句。あまりに早すぎる一線。迂闊に答えてはいけないであろう問い掛け。
     そこに声を上げたのはヒマリであった。

    「問題ありませんね。止まれる理性があるならば、私たちがセミナーに目を付けられることもなかったのでしょうし」

     傲慢たるは明星ヒマリ。たおやかに、笑みを浮かべて視線を向けるは果ての向こう。

    「まずは情報を。何故ならイェソド、ホド、ネツァク。あなた達は知らないのでしょう? 何故覚えていないのかを。……ええ、解決しましょう私たちエンジニア部が。『如何にして忘れたのか』、そこは私たちが解明しましょう」

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