- 1二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:27:46
「今日は来ていただいて、本当にありがとうございました」
月明かりが薄く照らす夜の道。
靴音だけが響く静寂の中、ふと隣から聞こえて来た声に、俺は視線を向ける。
夜風にたなびく青毛のロングヘア、前髪には少し垂れた菱形の流星、右目には泣きボクロ。
担当ウマ娘のヴィルシーナは、柔らかな表情でこちらを見つめていた。
「こちらこそ、キミの誕生日パーティに招待してもらえて本当に光栄だよ」
「……もう、貴方を招待しないわけ、ないじゃないですか」
口元に手を当てて、くすりと微笑むヴィルシーナ。
今日は彼女の誕生日であり、そして、彼女の実家にて家族での誕生日のパーティが行われていた。
参加したのはヴィルシーナ本人、彼女の御両親、彼女の妹二人────そして、俺。
正直、邪魔ではないかとかなり悩んだものの、結局ほぼ全員から勧められて参加することなった。
彼女を祝福して、喜ぶ顔をたくさん見て、色んな話を聞かせてもらって。
まさしく、素晴らしいひと時だった。
…………まあ、ちょっと、大きな後悔は抱えているのだけれど。
「でもさ、わざわざ送ってくれなくても良かったんだよ? もう遅いんだしさ」
「あら、せっかく来てくれたお客様を、見送りもなく帰すなんてこと出来ませんわ」
そう言って、ヴィルシーナは悪戯っぽく笑う。
今は、件の誕生日パーティの帰り道であった。
随分と盛り上がって、気が付いたら後30分ほどで日付が変わる時間になっていたくらい。
一人で帰宅出来るとは話したのだが、結局彼女が送ってくれることになったのである。
まあ、夜道を一人で歩くという意味では、彼女より俺の方がよほど危なくはあるが。 - 2二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:27:59
「……」
「……」
何気ない話をしながら歩いて行き、やがて、お互いに何も話さなくなった。
流れる沈黙、だけどそこには気まずさなどはなく、ただ穏やかな空気が流れるのみ。
とても良い時間だな、と考えた矢先、ヴィルシーナの歩みが止まる。
「……ヴィルシーナ?」
俺が声をかけると、ヴィルシーナはどこか得意げな表情をしながら、くいくいと袖を引いて来る。
そして、道すがらにある小さな公園を指差した。
「少し、寄って行かれませんか?」 - 3二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:28:11
「今日は星が綺麗に見えますね、夜風も気持ち良いです」
「ああ、そうだね」
二人でベンチに腰かけていると、ぴゅうと吹き抜ける爽やかな風。。
今日はヴィルシーナのお父さんから勧められて、少しだけお酒を入れている。
だから、微かに火照って頬を撫でる風はとても心地良かった。
「それでトレーナーさん、そろそろ頂いても宜しいですか?」
「……さすがに、バレてるよな」
「ええ、貴方が用意していないなんてありえませんからね────私への、プレゼントを」
ヴィルシーナは耳をぴょこぴょことさせながら、にっこりと目を細める。
実のところ、俺は彼女へ誕生日プレゼントを渡し損ねていた。
渡すタイミングがなかった、というわけではない。
ただ、とある事情によって渡すに渡せなくなってしまったのだ。
鞄の中に忍ばせているプレゼントを出そうか迷っていると、彼女は困ったように微笑んだ。
「……大体事情は察しています、きっとパパもママも、シュヴァルもヴィブロスも」
「ははっ、だろうね」
俺がプレゼントを渡さない流れは明らかに浮いていたが、誰も何も言わないでいてくれた。
有難さ半分、申し訳なさ半分。
そんな俺に対してヴィルシーナは、じっと真っ直ぐな瞳を向けながら言った。
「でもやっぱり、私は貴方からのプレゼントが欲しいんです」
「……そう言われたら、敵わないな」
苦笑を浮かべながら、鞄から丁寧に包装された細長い箱を取り出した。
それをヴィルシーナへと手渡して、今日何度も聞いたであろう言葉ともに贈る。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:28:23
「誕生日おめでとう、ヴィルシーナ」
「ふふっ、ありがとうございます」
ヴィルシーナは嬉しそうな笑みを浮かべて、プレゼントを受け止める。
そしてちらりと視線を向けて、眉尻を柔らかく下げた。
「これはやっぱり、ネックレスですか?」
「まあ、そういうこと」
「…………もう、プレゼントが被ってしまったくらい、気になさらなくても」
今のヴィルシーナの首元には────煌びやかなネックレスが下がっている。
ゴールドのチェーンに蝶を模した装飾、そして幻想的な蒼い宝石。
それは今日、彼女の妹達が誕生日プレゼントとして贈ったネックレスであった。
「ちょっと被ったくらいなら、素直に渡していたんだけどね」
「えっ?」
「それさ、良ければこの場で開けて貰えるかな」
「……トレーナーさんが宜しければ」
不思議そうな表情を浮かべながら、ヴィルシーナは丁寧な手つきで包装を解いていく。
そして中から出て来た箱のデザインを見て、一瞬だけ動きが止まった。
ちらりと、こちらへと目配せするヴィルシーナ。
俺が苦笑交じりに頷くと、彼女はゆっくりと箱を開けた。
「これ、は」
箱の中には────彼女の首元に下がっているネックレスと、全く同一のもの。
俺は両手で顔を覆い、がっくりと肩を落としながら、大きくため息をつく。 - 5二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:28:43
「…………まさか、彼女達と全く同じものを用意していたなんて思いもしなかったよ」
あれほど血の気が引いた瞬間は、人生で初めてだったかもしれない。
一人で色々と調べて、考えに考え抜いて、色んな店を見て回って、これだと思った一品。
それが彼女達のプレゼントと全く同じになってしまうだなんて、どんな確率だろうか。
さすがにそうなってしまうと出すに出せず、今に至るというわけだった。
失望、しているだろうか。
いや、優しい彼女のことだ、きっと気を遣った笑みを浮かべているのだろう。
そう思いながら、覆った指の間から、彼女の様子を窺う。
「────嬉しい、です」
ヴィルシーナは感極まった表情で、箱に入ったままのネックレスを抱きしめていた。
予想外の反応、そして月に照らされた彼女があまりにも綺麗で、思わず目を奪われてしまう。
「シュヴァルとヴィブロスは、私に隠れて、随分前からプレゼントを考えてくれてたんです」
「そう、なんだ」
「二人だけでカタログを見たり、お出かけしたりして……ちょっとだけ、寂しかったですけど」
「……うん」
「……今日、ヴィブロスがこれを渡してくれた時、何て言ったか覚えてます?」
「ああ、確か」
────お姉ちゃんには、これしかないって思ったんだあ~♡
人懐っこい笑みを浮かべるヴィブロスと、その隣で照れくさそうに頷くシュヴァルグラン。
焦りを感じている中でも、その幸せそうな光景だけは、脳裏に残っていた。 - 6二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:28:58
「私のことを良く知るあの子達が辿り着いた答え、貴方も辿り着いてくれた」
「……」
「私の家族と同じくらい、貴方が私を理解してくれたことが────とても、嬉しい」
そう言ってヴィルシーナは、微笑みを浮かべる
ドキリと胸が高鳴ってしまうほどに、美しい笑顔だった。
いつの間にか腕を降ろして、まじまじと彼女を見つめていた俺は、ハッと我に返る。
何だか急激に恥ずかしくなってきて、誤魔化すように顔を背けてしまった。
「急に夜空なんて見つめて、どうかしましたか?」
「……いや、今日は月が綺麗だなって」
「えっ」
「まあ、とりあえずキミが喜んでくれたら何よりだった、渡すのが遅れてごめん」
「…………うん、そうですよね、はいはい、わかってます、わかってますよ、ええ」
「ヴィルシーナ?」
「……なんでもありません」
急に頬を染めてぶつぶつと呟き始めたヴィルシーナは、気を取り直すように小さなため息をつく。
そして、改めて箱に入ったネックレスを眺めながら、嬉しそうに尻尾を揺らした。
「ふふ、ブレスレットにアレンジするのも良いわね、それとも部屋に飾ってみようかしら」
楽しげに言葉を紡ぐ彼女を見て────俺は、悔しいと思っていた。
あのネックレスを選んだこと自体は、もう後悔していない。
けれど、俺の一番の女王さまには、やっぱり俺だけのプレゼントを贈ってあげたかったのである。
そんな想いが湧き始めると、居てもたってもいられなくなって、気づけば俺は彼女に声をかけてしまっていた。 - 7二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:29:13
「ヴィルシーナ、俺にして欲しいことはないかな?」
「して欲しいこと、ですか?」
「プレゼントの追加、というわけじゃないけど、もう少し何とかしてあげたくてさ」
「ふふっ、トレーナーさんも意外に我儘ですね」
「そうかもね……ほら、俺に出来ることなら何でもするから、遠慮なく言ってみて」
「なんでも……──っ!」
ヴィルシーナは少し考え込むような表情をして、次の瞬間、顔を真っ赤に染め上げた。
そしてちらちらと俺を見やりながら、消え入るような小さな声で、言葉を並べ始める。
「そんな、はしたない……でも……ヴィブロスが出る時に言った『頑張れ』って、そういう……!」
もじもじとした様子で手を揉んで、視線を彷徨わせて────やがて、意を決したようにこちらに向き直る。
火照った頬、上目遣いでじっと見つめて来る熱っぽい瞳、微かに震える唇。
そして、プレゼントをぎゅっと握りしめながら、絞り出すように言葉を紡いだ。
「貴方に………………ぎゅって、されたい、です」
それはヴィルシーナが折れかけていた時に零した言葉。
けれど当然、今の彼女にそんな意識はない。
むしろ、前に突き進もうとする意志すら、何故かその瞳からは感じられた。
「……」
本当はそうするべきではないだろう。
だけど、今宵は特別な日。
そもそも俺が言い出したことであり、そして何よりも、俺は以前に彼女へと言ったのだ。
最後の一歩を踏み出す彼女を、真正面から受け止めると。
俺は無言のまま、両腕を広げる。
今度は、そうするための仕草として。 - 8二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:29:26
「おいで」
「……!」
俺の言葉に、ヴィルシーナはびくりと肩を震わせる。
しかし、しばらくしてから小さく頷くと、ベンチに腰かけたまま近づいて来た。
ぴとりと柔らかな脚が、俺の脚に触れ合う。
彼女は真っ赤な表情のまま、決して視線は逸らさず、ゆっくりと身体をこちらへ傾けた。
無限に感じられるほどの時間をかけて────彼女の顔は、ぽふんと俺の胸元へと辿り着く。
後は、こちらが勇気を出す番。
緊張に鳴り響く心音を彼女へ聞かれながら、俺は恐る恐る、その背中へと手を回す。
そして優しく包み込むように、抱き締めた。
「……」
「ん……っ」
腕の中のヴィルシーナから、小さな吐息が漏れる。
姉として女王として、優しくも誇り高く振舞う彼女の身体、こうしてみると意外と小さかった。
思っていたよりも華奢で、柔らかくて、暖かくて、微かに甘い香りがして。
まるで、普通の女の子のようだった。
「トレーナー、さん」
「……どうしたの?」
「…………もっと強く、ぎゅーっと、してください」
「…………仰せのままに」
女王さまの命令は、絶対だから。
俺は言われるがままに、抱き締める腕に力を込める。
するとヴィルシーナの身体は一瞬だけぴくりと跳ねて、すぐに弛緩してしまった。
緩んだ彼女の表情は、いつもよりもあどけなくて、子どもっぽくて、とても愛おしい。
気が付けば、俺は彼女の耳元で、囁いていた。 - 9二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:29:45
「……他に希望は?」
「頭も、撫でて欲しい、です」
「こんな、感じかな」
「んん…………ふぅ……はい、気持ち良い、ですよ」
「そっか、後は何かある?」
「…………」
ヴィルシーナは無言のまま、そっと俺の背中へと手を回す。
そしてしがみ付くようにぎゅっと抱き着きながら、とろんと目を蕩かせて、甘えるように願いを口にした。
「──────誕生日が終わるまで、こうしていて、ください - 10二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:30:26
お わ り
ヴィルシーナの誕生日はとっくに終わってるけどまあええか・・・ - 11二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:49:51
頑張れ義兄さん
- 12二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 22:51:15
いじらしさ全開で良かったんだけど最後の鉤括弧で閉じるのがないのは意図的な感じ?
- 13二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 23:13:44
求められたらちゃんとやる男ではあるんだよなぁ
- 14125/05/16(金) 23:45:20
- 15二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 23:53:40
- 16二次元好きの匿名さん25/05/16(金) 23:54:18
同じ人かわからんけど、ここ最近ヴィルシーナのSSが毎日レベルで供給されてて助かる
- 17二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 00:48:40
お姉ちゃんがとても可愛くて大変宜しい
- 18125/05/17(土) 09:05:23