【トレウマ・SS】『ファインモーション』を愛して

1全五レス(予定)25/05/16(金) 23:52:28

広縁へ繋がるものと、さらにその外側の障子とが開け放たれ、月明かりが部屋の内に差し込む。その淡くて優しい、けれどどこか冷たい光に照らされる彼女の……ファインモーションの顔が朱に染まっているのは、先程少し飲んでいた酒のせいばかりではあるまい。

「トレーナー……ううん」

敷かれた布団の上。神妙な面持ちで自分と膝を突き合わせる彼女がかぶりを振る。いつもの彼女らしくちょっとおどけているような、らしくなく恥ずかしがってるような口調で、

「あなた、の方がいいかな？」

そう言って、少し固く微笑んだ。

ファインが駐日親善大使の任についてもう何年目だろう。レースも走り抜いて、ついには彼女も引退することになった。引退式はほんの少し前のことなのだけど、彼女と共に駆けた日々が酷く昔のように思えてくる。

2全五レス(予定)25/05/16(金) 23:52:38

『だから……いいよね？』

そんなある日、彼女が意を決したように一つワガママを言った。なんとなく……いやはっきりと気づいていた。彼女の想いに。だけど、それを俺は気づかないふりをしていた。彼女を支えるだけならばともかく、それは余りにも自分の身に余ることだっから。身分の差というのは覆しがたい。自分の平凡な生まれを呪ったのは、ファインが帰国してもう戻ってこないと思っていたあの頃以来だろうか。

それでも、彼女本人からはっきりと気持ちを伝えられてしまえば逃げようもない。彼女がワガママを言う時、それまでにどれ程の葛藤や強い想いがあるのか知っているのだから。

心から謝って、彼女の思いを受け入れさせて貰って……公の立場にある彼女と恋人らしいことをするというのは、なかなか難しいものがあった。マスコミは国際色豊かだし、プライベートな事をしていても肩肘を張る必要があるし、どんなデート先にも必ずSPの皆さんの視線を感じる。それでも、忙しい日々の合間合間に出会って二人で何かをするというのはやはり幸せな時間だった。

そんな日々を重ねて今日、いつか泊まった温泉宿にまた二人でやってきた。

3全五レス(予定)25/05/16(金) 23:52:56

立場があるとどうしても色々なことが大掛かりになるというのはこの数年で、特にこの数ヶ月で骨身に染みていたつもりだった。だけど、手渡された護衛計画を見た時にはここまでやるのかと驚いたものだ。

わざわざ貸し切られた温泉宿で、いつもよりは少し遠くに控えているとはいえSPの皆さんに囲まれていると思うと、緊張とは別種の強張りを感じる。近隣の建物から、遠くの山から、地図に『狙撃地点となり得るポイント』だなんてゾッとする赤丸を付けられていた場所から。見守られているのだと分かっていても、視線を感じて落ち着かない。

「ごめんね、トレ……あなた。こればっかりはみんなお仕事だから、ね」

それは分かっている。彼女の立場を思えば、こうなるのも仕方がない。いつかの温泉旅行の時は彼女が無理を言って人払いをしていたが、あの時とは少し状況が違う。……不謹慎だし、あまり考えたくないけど、こういうタイミングでというのは映画とか小説とかでよく見るし。そういうのを抜きにしても、最も警戒心が薄れるタイミングの一つなのだから。

4全五レス(予定)25/05/16(金) 23:53:16

「流石に、その……始まったら耳をそば立てるのくらいは止めてくれると思うから」

その声に反応して両隣の部屋と、部屋の入り口の向こうから慌てたような物音が聞こえてきた。……渡されたのは偽の計画書だったというか、護衛のみなさんの間ではもっと強化した計画書が出回ってたのね。

こほん、と気を取り直すように一つファインが咳払いをする。

「王族という立場上、何につけても『公』や『責務』というものが着いてきてしまいます。今日のようにね。……ですが」

浴衣の帯を緩め、肩をはだけさせていく。雪のように白く透き通る肌が月影に晒される姿はどこか幻想的で、まるで妖精のよう。

5全五レス(予定)25/05/16(金) 23:53:37

「今日は……今日だけは、王族としての責務や公務としてではなく、ただのファインモーションを」

不安に揺れる声音と、緊張の面差し。

「愛して、くれますか？」

そんな彼女を安心させるようにこくりと頷く。

「もちろんだよ」

ファインが嬉しそうに顔に花を咲かせる。そんな彼女の肩にそっとを手を置いて、唇を重ねる。柔らかくて瑞々しいその感触に優しく触れて、直ぐに離して、また触れる。繰り返すたびに少しずつ、ほんの少しずつ触れ合う時間が増えていって、最後には生温かいものを絡めあわせながら、思わず布団へと押し倒していた。

「もう一つだけ、ワガママを言ってもいい？」

二人を繋ぐ銀の糸がたわんで絶たれ、けれど荒い呼吸には変わらず湿っぽいものが混ざっている。それが自分の勘違いだとか思い上がりでないと思いたいが、ファインが多幸感から少しうっとりとした目を恥ずかしそうにそむけて言った。

「手をぎゅっとしていて欲しいかなって。……朝まで、ずっと」

繋がりあって、重なりあって、混じりあう。離れてはまた一つに溶けあって、そんなことを繰り返しているうちに、二人気絶するように眠ってしまった。
けれど、

その小さな手の温もりを感じ続けていた。目覚めるその時まで……。

6おわり25/05/16(金) 23:54:59

前回書いたやつ

【トレウマ・誕生日SS】Daiwa Only Live Twice let www｜あにまん掲示板ふふっ。……昨日は楽しかったなって、思い出し笑いしちゃっただけ。見なかったふりしてよね。恥ずかしいから。本当に、楽しかったなあ。おめでとうって言って貰えるだけで充分なのに、それじゃ足りないってマーチャ…bbs.animanch.com