- 1二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 12:43:05
顔が広い人は、どの集団にだって一人はいる。
夥しい位に並ぶ連絡先。「あ」行だけで、私の携帯に保存されているそれの総数にダブルスコアを付けているのを、ふと目にする機会があった。
彼女はそこに優劣を付けない。友人は友人、購読者は購読者……同じ議会に所属する仲間は、仲間として。裏表なく、平等に接する。
溢れんばかりのバイタリティで、両手で足りようもない数の部活動を兼部し、週に一度は遠く離れた他学園の自治区にまでせっせと足を運ぶ。……生徒会の書記としては、あまり熱心ではないようだけれど。
彼女は友だちと呼んでくれるけれど────私は、実際のところ彼女の発行する週刊誌の一購読者でしかない。毎週一度、“週刊万魔殿”を手渡しで受け取るだけの、そんな希薄な関係性。
休日にお勧めのカフェでお茶をするだとか、学校で宿題の分からない所を聞くだとか────そんな他愛もない友人間の触れ合いを、私はせず、彼女は私以外の人とする。
彼女の太陽の様な底抜けの明るさに憧れた。
彼女の細やかな気遣いと優しさに救われた。
彼女の鈴を転がした様な笑い声に癒された。
彼女の趣味にかける情熱に勇気づけられた。
平等とは、無慈悲で、残酷な物で。
母数が増えれば相対的に、彼女の中での私の居場所は次第に狭くなってゆく。
ならば────どうすれば私は、彼女にとって「特別な存在」になれるだろう。
────この銃声は、彼女の所為で響く物だ。
その宿題の答えを、教えてくれないんだから。
「────イブキっ!!!」
ドアを蹴破って飛び込んで来た彼女は、いつになく焦った様子。汗を散らし、目を見開いて。私の前で苦しそうに呻く、金髪の女の子に駆け寄る。
あぁ。そんな顔も、するんだ────と。私には目もくれず、倒れ伏せた少女を抱いて揺する彼女を見下ろし────口角が持ち上がるのを、自覚した。 - 2二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 12:43:26
- 3二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 12:46:14
- 4二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 12:46:19
- 5二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 13:15:34
私の望む世界が
今目の前にある - 6二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 13:19:39
誰にでも友愛を向けるチアキだからこそ、自分が偏愛の対象になったときに恐怖を感じてほしい
- 7二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 14:53:59
特定の生徒への愛が屈折してひん曲がってるモブすき
- 8二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 16:20:56
それでもチアキならこの子を嫌ったり憎んだりしても、完全に"敵"とは見なさない気がする
- 9125/05/17(土) 17:44:02
「大丈夫だよ、イブキ…!ゆっくり呼吸しよう!熱かったり、寒かったりしない!?」
イブキちゃんの細い首筋に薄っすらと赤く残る、六発分の弾痕。泣きじゃくるイブキちゃんの身体を起こし、背中を擦って深呼吸を促しながら、横目に。傍に立ち尽くす、一人の生徒の顔を一瞥し────自分の目を疑った。
見覚えがあるどころの話じゃない。忘れもしない、つい三日前に“週刊万魔殿”を手渡した内の一人、まさにその人だったから。
定期購読を始めてくれたのは、もう半年近く前だっただろうか。カフェテリアの長机の端で、一人ぽつんと昼食を取っているのが気になって、声を掛けたのがきっかけだった。ゲヘナには珍しい、大人しそうな印象の子。
「……なんで、こんな事を…!?」
その表情は、一言には形容しがたい物だった。
笑みを浮かべているようで、眉間には皺が寄っていて。額には汗が滲み、空のピストルを握る手は震えている。それでいて、髪の隙間から覗く瞳は、煌々と輝き潤んで────イブキではなく、なぜか、私に向けられていて。背筋に、冷たい物が伝う。
「チアキ、何を騒いで………っ!?」
声を上げたのは、私がさっき蹴り破った扉の向こうに立っている、イロハちゃん。私がイブキちゃんにかけた声を聞いて駆けつけたのだろうか。その声と同時に、窓ガラスが割れる、高い音が響き渡って────。
「った…!」
咄嗟にイブキちゃんに覆いかぶさる様な体勢を取った。飛び散ったガラス片が私の頬を切り、赤い雫がワインレッドの絨毯に斑点を残す。
遅れて振り返るも、割れた窓の外に走り去っていくあの子の姿が、校舎の陰に隠れて見えなくなる。今から追っても取り押さえるには人手が足りない、し────
「ち、あき、せんぱぃ……!」
……腕の中。私の服を、その小さな手で握り締めるイブキちゃんが、今にも泣き出しそうな顔で此方を見つめている。
こんなに痛くて、怖い思いをしたのに────その涙を、私のために零そうとする。
「……大丈夫、大丈夫っ!このくらい、全然平気!泣き止めてえらいぞー、イブキちゃんっ!」
痛み。怒り。悲しみ。困惑。その全てを飲み込んで、いつも通りに笑顔を見せる。
今は、考えている場合じゃない。────イブキちゃんを、安心させてあげなくちゃ。 - 10125/05/17(土) 18:15:10
『週刊万魔殿、休刊のお知らせ』────モモトークは、私の下にも律儀に送られてきた。
私の顔は見ていた筈。犯人だろうが購読者は購読者だからと、聖人みたいな理由で除外しなかったのでないなら────私の事など、覚えても居ない。その裏付けとも、言える。
だとしても。否、その上で。
彼女の行動に、私が影響を及ぼした事に。彼女の人生に、私と言う矮小な存在が介入した事に。その事実が、『休刊』という形で顕れた事に────昂らずには、いられない。
「────ふ、……っ、ぅ、……あ……」
チアキちゃん。元宮チアキちゃん。
万魔殿の書記で、『週刊万魔殿』の発行者。元気いっぱいで、可愛くて、優しくて、皆と仲がよくて。週刊誌の内容も面白くて、本人の手から受け取って、読むのが毎週の楽しみになっていた。
私は、彼女とは違う。根暗だし、可愛くも無い。コミュニケーションも下手で、人をイラつかせる事ぐらいしかできやしない。そんなだから、人にやさしくするなんてもっとダメ。やる事全部が裏目に出て、嫌われるから一人で居た。
チアキちゃんは、そんな私にも優しくしてくれた。そんな私を認めてくれた。私という個人を、褒めてくれた。
けれど────いつからだろうか。自分が、「埋もれている」と気づいたのは。
人生で、一番の勇気を振り絞って、一緒に撮って貰った自撮り。現像したそれの、チアキちゃんの所だけを切り取った写真と────私が、チアキちゃんにとって「特別な存在」になった証の、『休刊のお知らせ』。
「っ、……く、………ぉ」
脳が痺れる様な甘い快楽に、字の通り、溺れる。意と反して身体に力が入り、足の先まで真っ直ぐに伸びきって────遅れて辿り着いた脱力感に背を押されて、布団に身を預け直す。
「…………はっ、………はっ………」
……じっとりと、蒸し暑い夏の夜。どうせシなくたって汗はかく。
お風呂は、朝でいいや。ぼんやりとした頭の中、そんな事を呟きながら────意識は、水底へ沈んでいった。 - 11125/05/17(土) 18:28:26
- 12二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 22:23:11
チアキSSは希少(個人調べ)だぞ!囲え!
- 13二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 23:14:55
- 14二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 07:50:11
保守
- 15125/05/18(日) 10:23:27
イブキちゃんの怪我自体は、それほど大したものじゃなかった。入院も不要で、数日安静にしていれば痕も残らない、という見解だ。
救急医学部の皆にかなり心配されたけれど────私の希望で、事情は伏せておく事にしている。……きっと、一目で誰かの攻撃の痕跡だと分かっただろうけど。
イロハちゃんとも約束をした。絶対に、マコト先輩にこの事を伝えちゃいけない。
他学園との交流だかでサツキ先輩ともども出掛けていたのは、イブキちゃんには悪いが幸運だったと言えるだろう。────彼女がこの事を知ったら、きっと犯人のあの子は死ぬより酷い目に遭う。
不思議だった。何故自分でも、故意にイブキちゃんに怪我を負わせるような子を庇っているのか。
「────正気ですか、チアキ?」
皮肉とかよりもきっと、困惑の方が強い言葉だったと思う。そして私は、きっと正気じゃ無いんだと思う。
私だって、許せない。怒ってる。
けど────その要因が、私に在るんじゃないか。そんな猜疑心が、私自身の首を絞めるあまり────怒りの隣で、その激情を抑え込む疑問が、首を傾げて私を見つめる。
「────“週刊万魔殿“が、原因……?」
イブキちゃんの可愛さを広めるあの新聞が────何か、あの子の琴線に触れてしまったのか。
良かれと思って続けていた活動が、大切な物を傷付けてしまったのか。
自身の、根幹が揺らぐ感覚。嫌な汗が滲み、今までになく鼓動が重くて、苦しい。
眉を立てていたイロハちゃんが、その私を見て────流石に長い付き合いだ、何か察してくれたみたいで。彼女はそれ以上の追及はしなかった。ただ、一言。
「……次があったら、この約束はご破算ですよ」
頷いた。当然だ。そんな事、あっちゃいけない。 - 16125/05/18(日) 10:23:38
……目を覚ます。ベッドから体を起こし、寝る前より多少は落ち着いた不快感をふーっと深呼吸で吐き捨てて。
乱れた髪を整えて、帽子を被って、コートを羽織る前。机の上に置いてあるカメラを、首から提げようとして────
「────ッ」
……机の上に、叩き割られたそれを見つけて。再び心臓が、重く鼓動を打つ。 - 17125/05/18(日) 10:32:29
- 18125/05/18(日) 18:27:53
「……どうして、こんな事をするんですか」
胸元で固く結んだ握り拳。逆の手には、叩き砕かれたオレンジ色のカメラ。
憔悴しきった表情で此方を見つめる彼女。肩で呼吸する彼女の目が、真っ直ぐ私を射抜いている。
「……イブキちゃん、じゃ、無いですよね。最初は、そうかと思ったんです、けど」
問いは、問いになっていない。動揺に背を押され、急かされるままに漏れ出す言葉は、正式な思考の手順を辿る途中の、未完成な文章の欠片を羅列しただけのもの。
そこに、彼女自身の最奥に根を張った善性が────相手が、連日の嫌がらせの犯人である私にすら、敬語を抜かさせない。
「私、ですよね。私が嫌いだから……迷惑、でしたか?ごめんなさい。……気に障ったのなら、謝りますから。だから……お願いですから、私以外の皆には────」
「勘違い、しないで欲しいな。チアキちゃん」
イブキちゃんに弾丸を撃ち込んだ。彼女の大好きな、イブキちゃんに。
カメラを叩き割った。新聞づくりの相棒である、大切なカメラを。
手帳を盗んだ。あちこち駆け回って集めた記事のネタと、私の知らない人の名前でいっぱいだった。
ひとつ、ひとつ。貴女の大事な物に触れる度。大切な物を壊すたび。私は貴女の人生に触れていると、実感できる。貴女の人生に、私という存在の唯一無二の居場所が出来る。
制服を焼き捨てた次には、授業のノートを全部トイレに沈めた。藁人形に顔写真を貼って釘を撃ち込んだものを万魔殿の建物の前の木に打ち付ける前の日には、コンドームに水で薄めた片栗粉を入れた物をいくつか、彼女のロッカーに投げ込んだ。
少しずつ、少しずつ。貴女の人生に、私という存在がちらつく機会を増やした。燃え尽きた制服の中から二人分の学生証を見つけた時。ロッカーの中に私のと同じ色の髪の毛が落ちているのを見つけた時。
元宮チアキちゃんの頭の中から、私の顔が離れなくなっていく、事実。
「私は別に、誰も嫌いじゃないよ、チアキちゃん」
かん、かん、かん。頭上で五月蠅く、信号が鳴る。 - 19125/05/18(日) 18:29:17
何度も、何度も、やめてくれとメッセージを送った。隠し切れなくなって万魔殿の皆にも打ち明けたら、総力を挙げて探し出そうとしてくれた。風紀委員会も今回ばかりは何も言わずに協力してくれた。先生にだって、相談した。
だけど、あなたは見つからなかった。ゲヘナのどこを、どれだけ探したって見つからなかった。
それが、どうして────全てを見透かしたように、私の前にだけ、一人で現れるのか。
踏切の前で、彼女は立っていた。あの時と同じ、少し潤んで、輝いて、何か憧れの芸能人でも目の当たりにしたような顔で。鼻にまでかかった前髪の隙間から、爛々と光る深緋色の眼光が私を貫いて。
またも背筋に恐怖が走り、心臓が軋んで重くどくりと、若干の痛みを帯びて血を送る。
かん、かん、かん。けたたましく鳴り響く信号の下で。
夕日が影を落とし、その表情が嫌に不気味に黒く染まって。
「よく見ていてね。これが、最後だから」
そう言った、その姿勢のまま。彼女は真っ直ぐに、拳銃を此方に向ける。
「ッ────……何も、分かりません……!何が、最後………っ!!」
彼女は、私に何も言わせてはくれなかった。
小さなマズルフラッシュの灯が、私の視界の中心、僅かに左側。遅れて、頭部に響き渡るじんじんとした衝撃に、身体がよろける。
角。角だ。彼女の撃った銃弾は私の角に命中して、その衝撃が脳を揺さぶっている。軽い脳震盪か、膝から力が抜けて、がくんと視点が低くなった。角の先が欠けて、空気を泳ぐ角の欠片がぱらぱらと舞うのが視界の端に映る。
困惑。衝撃。痛み。怒り。その全てが────一瞬にして消し飛ばされる。更なる、衝撃に。
「じゃあね、チアキちゃ」
彼女が飛び退く。黒と黄の、縞模様のバーを、華麗なベリーロールで飛び越えた少女の“上”を────
────電車が、通過した。 - 20125/05/18(日) 18:31:27
ここで死んでやろう。
忘れられない。忘れてはいけない。唯一無二の存在として。
貴女を傷つける存在として、貴女の頭の中に棲み憑く事が出来たと確信した、その瞬間に。
私の、人生の、絶頂で。
「────駄目────!!!!」
……そんな言葉が、最期に聞こえた。
嫌だよ。”貴女の友達”になんか、なってやらないから。 - 21125/05/18(日) 18:39:50
蟻の様に列を成す有象無象の一部じゃ嫌だ。深々と、一生かかっても埋まらないくらいに深い爪痕を残して、チアキちゃんにとって一生「特別な」存在としての位置を確固たるものにして終わりたい。チアキちゃんは可愛いので、そんな捻じれて歪んだ愛情を向けられる事もあるでしょうね。
チアキちゃんは、蟻の群れと同じだけ居る沢山の「友達」に慰めて貰って、きっといつかはその傷を癒すんです。でも、決して塞がるはずは無いんです。
彼女がもしも生きていたら、「ざまぁみろ」と笑うでしょう。チアキちゃんをではなく、チアキちゃんを慰める友達の皆の事を。
だってそれは、彼女がチアキちゃんの「友達」よりも、彼女一人の方が大きな存在になってしまった証明に他ならないのですから。
おしまい。 - 22二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 03:24:15
最高、こういうの大好き
- 23二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 03:40:38
イエ〜イ!私って面白い奴でしょ?の方向に行けていれば…マコトを超えるのは無理か…