ここだけ、黒服がユウカかノアの

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:39:24

     ミレニアム校外に位置する、廃墟。
     このエリアは連邦生徒会が生徒の出入りを制限している。
     何故、連邦生徒会が出入りを制限しているのか。
     言葉で表すのであれば、たった一言。

     危険、だからだ。

    「……クックック。まさに自動の検体収集装置と言っても過言ではないかもしれませんね」

     その人外の男はピクリとも動かない生徒を見下ろしながら、一人呟いた。
     とはいえ、男にとって決して朗報とは言えぬ事態であった。

     とある事情で生徒の実験体は余りある程確保しているし、死にかけと言えど表に生きている生徒が行方不明になるのは好ましい事態ではない。
     見たところミレニアムの生徒なのだろう。ここで行方不明となれば機械の物量で大捜索が行われるかもしれない。

     それは今、この廃墟に拠点を作っている男にとって不都合極まりない事象だった。

    「……おや?」

     生きてるように見せかけて、ブラックマーケット辺りに歩いて行ってもらおうかと考えながら生徒の持ち物を漁っていると、僅かながらに脈拍があることに気づく。
     生きている。これで無駄な労力をかけずに問題を解決できる――しかし、そう思った男の表情は歪んでいった。

    「クックック……これは、如何しましょうかね」

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:39:44

     生徒の持ち物から廃墟探索の許可証が見つかってしまったのだ。
     ミレニアムから発行されている、正式な書類。このまま生徒をミレニアムに帰してしまえば、彼女のヘイローを壊しかけた存在の調査をする部隊が送り込まれるかもしれない。

     さらに正式な手続きで廃墟に入ってきたとなると、彼女の遺体がブラックマーケットで発見、という手段が取れなくなってしまう。
     ブラックマーケットと廃墟のエリアが繋がっていて、既に死者が出ているとなると、確実に何かしらの介入が発生する。

     救っても危機、救わずとも危機。
     はてさてどうしたものかと、男は頭を捻る。
     そうして、芝居がかったように指先を一つ鳴らすと、口元に弧を描いた。

    「私の分野とは離れていますが、やってみる価値はあるでしょう。精々、思う通りに動いてくださいね?」

     音に呼応するように男の影が伸び、生徒と男の姿を飲み込んでいく。
     その場に生徒が倒れていた痕跡は消え去り、どこまでも静寂だけが広がっていた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:40:09

     ……痛い。
     生塩ノアが最初に目覚めた時に思ったことだった。

     体が裂けそうな痛みと初めて触れた死の恐怖で意識が混濁していた。
     自慢の記憶力はどうしたと、己を奮い立たせ、物陰に隠れながら現状を思い起こしていた。

     ミレニアムサイエンスジュニアスクールの一年生ながらセミナーに参加していた私は、上級生から妬みに近いやっかみを受けていた。
     完全記憶能力を持っていて、なおかつ要領よく仕事が出来るせいで、何かしらの不正があるだとか別の上級生に媚を売っているだとか……そんなくだらない嫌がらせを。

     自身の能力について可能な限り披露したつもりだったが、先輩たちの過去の言葉の矛盾点を突いても言いがかりだと逆に言いがかりを付けられてしまったり。ほんのわずかな物のズレを指摘しても信じて貰えず、様々な行事ごとの日数を言っても事前に覚えただけだと鼻で笑われたり。

     彼女たちを黙らせるには、何かしらの大きな実績が必要になる。
     我慢の限界に達していた私は意固地になり、廃墟探索に参加させてもらうよう進言した。

     結果として探索の参加は認められたものの……現状がこの有様である。
     暴走した機械の強襲により上級生たちと分断させられ、警戒アラームを作動させてしまい完全に孤立状態。
     気絶させられ、警戒しているエリアから叩き出されるだけで済んだが、救援を呼ぶのも困難な状況。

     何が完全記憶能力だ。
     何が黙らせるだ。
     彼女たちの言った通りの無能ではないか。

     日が傾き、崩れかけのビル群が闇に沈んでいく中、私はそんな自嘲しか浮かんでこなかった。
     このまま夜になれば、今安全圏であるこの場所も警戒区域に入り暴走した機械との戦闘になるかもしれない。
     救助は来るとしても、いつ助かるのかなど分かった物ではない。
     それに最悪は――。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:40:27

    「――いたっ!!」
    「……え?」

     日と共に沈みゆく気分は、差し込む日差しを背景にした菫色の髪をした少女の言葉と共に掬い上げられた。
     この子は一体……?
     疑問と一緒に答えが出る。確か、自分と一緒に探索に来ていた――。

    「ノア! 大丈夫!?」
    「早瀬……さん? どうしてここに……」

     何故ここが分かったのだろうか。一瞥すると、彼女も酷くボロボロだった。
     もしかして、私と同じように本隊とはぐれてしまったのだろうか……。
     諦観に似た疑念は、彼女の満面の笑みで打ち消されてしまった。

    「貴方が記録してくれたルートのおかげよ! おかげで探査ドローンを効率よく未探索エリアに飛ばせたし、ここら一帯の廃墟エリアの構造もある程度把握できたみたい」

     ニコニコと話しながら此方に手を伸ばす少女を茫然と眺めていると、心配そうな顔つきに代わり私に近づく。

    「もしかして立ち上がれないの? か、肩貸しながらだったら歩けるかしら?」
    「あっいえ……そうですね。お手数をかけます」

     本当は安心して、ずっと貴方の顔を見ていました。
     なんて、恥ずかしいから口には出せない。

     代わりに彼女の肩を借りて、一歩一歩その場から離れていく。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:40:44

    「……すみません、もう一度。名前を聞いてもいいですか」
    「えっ? ……記憶力が良いって聞いてたんだけど、もしかしてあの時聞いてなかったの?」
    「いえ、ただ……もう一度、聞かせて欲しいんです」
    「もう……仕方ないわね……」

     どこか呆れたようにしている菫色の髪をした彼女は、それでも変に茶化すことなく汚れたままの笑顔で答えてくれた。

    「改めまして早瀬ユウカよ、よろしく」
    「生塩ノアです。こちらこそよろしくお願いしますね? ユウカちゃん♪」

     私の挨拶に面食らったような顔をするユウカちゃん。
     それがどうしても可笑しくって、思わず笑みがこぼれる。

    「ゆ、ユウカちゃんっていきなり距離が縮まり過ぎじゃ……って何笑ってるのよ!」
    「ふふっ余りにも困惑していたのでつい……それとも、嫌……でしたか?」
    「……ふんっ! 別に、嫌なんて言ってませんけど? 態度が急に変わって驚いただけよ!」
    「そうですか? それにしては……うふふっ。頬が真っ赤ですよ?」
    「なっ!? こ、これは……夕日のせいよ! それに、ノアだって真っ赤じゃないの!」
    「それでは、そう言う事にしておきましょうか。そう言う事に♪」
    「何が言いたいのかしら、ノア?」
    「さあ? なんでしょうね?」
    「ノーアー!!」

     そんなくだらないやり取りを重ねながら、私とユウカちゃんは廃墟エリアからの生還を果たした。
     これが私とユウカちゃんと邂逅の記録。

     誰にも明かす事の出来ない、掛け替えのない記録の断片だ。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:42:09

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 18:44:18

    このように、このお二人の何方かを作った話を書いてるんですが捏造する過去の文量の差からどう足掻いてもユウカの方作ったろってなったり、ミレニアムなのに派閥争いの過去を捏造したりしっちゃかめっちゃかなので前語りだけ書いておきます

    やめろー! セミナーに人の業を背負わすな!!

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 19:12:37

    あれか…昔懐かしの黒服=ユウカ説みたいなのに肉付けした感じ?

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 19:41:52

    >>8

    私が知った時には既に旬は過ぎていた……

    でも諦めきれずに書いてたんだけど……内容が、ミレニアム過去編になっちゃって……

    ノアを裏切るユウカを書くのに一体どれだけかかると思ってんだよ……って冷静な自分が止めた駄文の暴投ですね……

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 20:42:05

    これまでユウカと黒服が同時に登場した事はないのか

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 20:49:19

    >>10

    ミレニアムが絡む話にゲマトリアの面々が絡んでないからね

    エデン条約編ではベアトリーチェとマエストロとゴルコンダ&デカルコマニーの大盤振る舞いだったけど

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:02:03

    あら、スレ落ちてないのね……じゃあ全部投げとこ

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:02:16

    「……」

     怒っていた。

     廃墟から命からがらミレニアムに戻った後、ジュニアスクールのセミナーとサイエンススクールのセミナーから直々にお叱りを受けたことではない。
     事実として、未熟な自身の責任だと深く反省と共に受け入れることが必要だと理解はしているから。

     知り合ったユウカちゃんと時間的都合が合わず、個人的な付き合いを出来ていないことではない。
     それに、ユウカちゃんとはこの後会う予定もある。

     怒っている理由は、先輩たちについてだ。

    「……」

     別に逃げ帰ったことや、自身の能力不足について責められるのは構わない。
     廃墟探索で成し得た成果に目もくれずに此方を攻め続けるだけの人と会話しても、なんの益もない。
     会話しても無駄な人が居るという事実を理解出来ただけで、値千金の価値があったと納得できる。

     けど……。
     けれど……!

    「っ……」
    「……の、ノア? えっと、じ、時間通り……よね?」
    「えっ? あっ、ユウカちゃん」

     恐る恐ると言った様子でユウカちゃんは話しかけて来ていた。
     内心の怒りがそこまで分かりやすく顔に現れていたのかと少し顔が赤くなるが、なんとか意識の外に置くことができた。

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:02:33

    「ええ、時間通りです。ごめんなさい、少し私用で腹の立つことがありまして……」
    「ふーん……じゃあ、ランチタイムがてら私に吐き出してみなさいよ」
    「それは……」

     それは、余りに魅力的な提案で、余りにも無体な仕打ちな気がしてならなかった。
     私の心配がまたもや顔に出ていたのか、ユウカちゃんは安心させるように笑って見せた。

    「そんな辛気臭い顔でご飯食べても美味しくないわよ。それに、私だって言いたい愚痴が五個や十個はあるんだから!」
    「ユウカちゃん……十個は多すぎません?」
    「なっ! こ、言葉の綾よ!」

     コロコロと素直に表情を変える彼女に、じんわりと胸の奥を温めながら私は自然と笑顔がこぼれた。

    「それではお言葉に甘えさせてもらいましょうか」

  • 15二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:02:52

    「なによそれ……」

     パスタを巻いている手が思わず止まる程に、ユウカちゃんはハッキリと怒っていた。

    「ノアが能力不足? 思慮が足りてない? ただ単に自分の能力不足を棚上げしたいだけじゃない!」
    「ゆ、ユウカちゃん……」
    「聞いてる限りそうでしょう! ノアはちゃんとアピールして示そうとして、頑張って廃墟の探索まで行ったのにそんなくだらないことを言うのよ!? 考えられないわ!」

     それもユウカちゃんのことではなく、私に言われていた数々の言葉に。
     どこか冷えていた心が毛布に包まれるように、目の前で私のことを褒めるユウカちゃんにどこかこそばゆさを感じながら、確かな温もりを感じていた。
     すると突然、ユウカちゃんは動きを止め、どこか気まずそうに私のことを見つめてきた。

    「ご、ごめんなさい……私だけ勝手にヒートアップしちゃって……」

     そう謝る彼女が嬉しくて、でも今この時しか居られないのが少し寂しくて。それでも自然と笑みがこぼれ、彼女の優しさに言葉を返せた。

     ……少し、少し、ほんのもう少しだけ。
     昼休みが終わったとしても一緒に行動できないか、なんてちょっとした我儘に蓋をして。

    「いえ、気にしないでください」
    「……ねえ、ノア」

     そんな私の我儘を見抜いたのか。……それとも、そう在って欲しいと願った結果か。
     何の因果かは分からないが、ユウカちゃんは私の言葉を聞いて、いたずらっ子のような笑みを向けてきたのだ。

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:03:12

    「私と一緒に、セミナーの世代交代をしないかしら?」
    「……それって」

     パスタをくるくると巻きながら、ユウカちゃんは器用に指をこちらに向けて来る。

    「聞くところによると、業務内容の大半が既にオートメーション化が完了していて、そこまでの人員は必要ではない、と……」
    「はい。必須なのはエンジニアと深いITに関する知識を有する人くらいでしょうか……とは言っても優秀なエンジニアの方は既に複数居ますし、業務に関するIT知識は全て私が覚えていますから」
    「追い出してもセミナーは回る、って事ね」

     平然とクーデターを企てるユウカちゃんは美味しそうにパスタを食べる。
     どこか非現実的で、私が夢を見ているような展開で、笑ってしまう。

    「ユウカちゃんは、優しいんですね」
    「……そんなんじゃないわよ。私も目的があって行動をしているの。それが偶然、ノアの思惑と一致した。それだけよ」
    「なるほど、ユウカちゃんは優しくて少し恥ずかしがり屋さんなんですね。記録しておきました」
    「ちょっとノア? 私の話、聞いてたのかしら?」

     そんな暖かくも恐ろしい、実りある私たちの最初の作戦会議は、休み時間の終わりと共にユウカちゃんの部屋へと移動することとなりました。

  • 17二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:03:36

     ジュニアスクールを出て数分、オートロック付きのマンションの一室にユウカちゃんの部屋はありました。
     しかし……。

    「これは……」
    「まだ荷解きも終わってないんだけど……作戦会議にはちょうどいいわね」

     ユウカちゃんの性格から反して、酷く殺風景な部屋でした。
     装飾品は何一つなく、見えている家具は机といすのみ。
     勿論、言葉の通り段ボールが何段か山積みに置かれてはいた。けれどここまで放置する物だろうか?
     まだ二回しか会ってはいないが、濃密な二回だった。だからこそ、ユウカちゃんらしくないと思ったのだが……。

     ……もしかして、私生活はテキトーなタイプ?

    「さっ、さっさと概要を詰めちゃいましょう。とは言っても、私はあんまりセミナーの人達のこと知らないのよね……ノアから見て、味方になってくれそうな人は居る?」

     私が失礼なことを考えていると、部屋のどこからホワイトボードを持ってきて、『JSセミナー世代交代作戦』と表題を書いた。
     とはいえ味方になってくれそうな……と言われ、すぐに一人の生徒が浮かんできた。

     比較的セミナーの上級生から嫌われている私でも容易に頼れる人。
     そもそも私がセミナーに入ったのは彼女に誘われたからなのだが、私自身の意地で今まで頼ることは無かったが、今回の話であればむしろ話は通すべきだろう。

    「調月リオ先輩」
    「つかつ……って、先輩? 今から同級生を振るい落とします、って言って手伝ってくれるの?」
    「調月先輩は能力至上主義者ですから、きちんとメリット提示すれば納得してくれるでしょう。それに、私がセミナーに入ったのは先輩に誘われたからですし」
    「なるほど……それで、他には?」

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:03:55

     その後、幾つか先輩の名前を挙げて、同級生の名前を挙げることは無かったが、幸いにもユウカちゃんはそのことについて何も言う事は無かった。
     そうして、主に落とす先輩たちの人数や特徴を書き出し、表にしてざっくりと纏めた。

    「――しっかし、こうしてみると本当に大半の人が居なくなるわね……」
    「実際、ほぼ所属しているだけの方もいますからね。例え数が居たとしても、その大半が機能しなければ何の意味もありませんし、むしろ害になります」
    「……否定しきれないわね」

     口に出してから、なんて横柄な考え方だろうかと思ったが、ユウカちゃんは嫌悪感を露わにしながら私の言葉に同意した。

    「本来、セミナーに求められる能力ってオートメーション化されてる業務を保護するためのセキュリティの構築力だとか、クラッカーに対応するためのスキルだとか……そういう実用的な面が重視されると思うのよ」
    「今は調月先輩がほぼ一人で対応できてしまっていますから、彼女たちはセミナーに居られると言えそうですね?」
    「いやそれはそれでどうかと思うんだけど……」

     力なくため息を吐いたユウカちゃんだが、切り替えるように追い出すグループをペンで叩いた。

    「この人たちはそう言った能力面では低いと言えるけど、ミレニアムでは珍しく政治力が高い」
    「それは……」

     ただ単純に知能が足りていなくて性格が悪いだけなのでは?
     そう口が衝いて出そうになるが、流石に理性が働いた。
     口籠った私に、ユウカちゃんは説明するように線を描いた。

    「まあ、政治力なんて言いかたしたのだけれど、言ってしまえば徒党を組んで弱い者苛めをするのが得意ってだけの話よ。ただ、その牙を上手く扱っているからそう言っただけに過ぎないわ」
    「あっ……」

  • 19二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:04:12

     上級生のグループから、ホワイトボードに描かれた私に矢印が向けられ、攻撃とトゲトゲの吹き出しが描かれる。

    「単純に下級生が重用されることに関して、感情的に行動しているなら分かりやすいんだけど、それにしては粘着的過ぎるのよね。それに、さっきリオ先輩からセミナーに誘われたって言ったじゃない? 彼女たちからしてみれば、自分たちがセミナーから追い出されることを危惧したんじゃないかしら?」
    「……なるほど。人数差が唯一の武器なのにそれが無くなれば」
    「セミナーから叩き出されると考えているんじゃない? だからリオ先輩側でコミュニティが形成されるのを酷く恐れて、一人目であるノアをセミナーから追い出そうとしている……最低でも、これくらいは考えといた方が良いんじゃないかしら?」

     現実がどうであれ、ね。
     そう言って言葉を閉めたユウカちゃんに、一つの疑問が湧いて出た。

    「そういえばどうしてユウカちゃんは私を手伝ってくれるんですか?」
    「きゅっ、急に何よ……それに言ったでしょう。ただノアと思惑が一致しただけだって」
    「ユウカちゃんは私の目的を把握しているのに私はユウカちゃんの目的が分からないのは不公平じゃないですか?」
    「不公平って何よ! ……あんまり、面白い話じゃないわよ」

     そう言ってユウカちゃんはその表情に僅かに影を落とした。
     この時点で聞いたことを後悔しそうになったが、進み始めてしまった時計の針は決して戻ることは無い。

    「私ね……ほんとはエンジニアに成りたかったのよ。でもね、無かったの。才能がこれっぽっちも」
    「それはやってみないと」
    「慰めはいいわ……自分のことだから、分かるの。でも、でもね? 私自身で何かを生み出すことが出来ないとしても、それを助けることは出来るかも知れないじゃない? その為には、セミナーの席はどうしても必要なの。……そうやって、自分も何かを生み出せたと溜飲を下げたいだけ……幻滅したでしょう? 私は全然、優しくなんてないの。ただ自分勝手で独り善がりなだけで」
    「――ユウカちゃん」

  • 20二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:04:27

     気が付くと、私はユウカちゃんを抱きしめていた。
     突然の行動に目を白黒させ固まって抱きしめられたままのユウカちゃんを見つめて、私は自然と微笑んでいた。

    「やっぱり、ユウカちゃんは優しいですよ。私の目に狂いはありません」
    「っ……ノア、私の話をちゃんと聞いてたの?」

    「私、ただ意地を張って死にそうになったんです」

     口から零れるのは誰にも打ち明けたことの無い本心。

    「ユウカちゃんみたいに、立派な目標も無くただ流されるままで」

     赤裸々に語るのは自分らしくないとは思うし、酷く恥ずかしい。

    「今だって、上級生たちを排除した後の明確なビジョンを持っていないのに、誘われるままにクーデターを起こそうとしています」

     けれど、こんな話で彼女の心を少しでも押し上げられるのであれば何度でも語ろう。

    「だから、私にユウカちゃんのお手伝いをさせてください」

     そんな顔をする必要なんてどこにもないのだと、伝えてあげよう。

    「私に、ユウカちゃんの夢を支えさせてください」

     貴方の願いはとても優しくて、独り善がりだなんて卑下する必要は無いってことを。

  • 21二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:04:48

    「……まったく」

     彼女の体温を逃さぬように、逃げ出せぬように抱きしめ続けていると不意に、耳元にそんな気の抜けた声が響いた。

    「容赦なく使わせて貰うんだから。精々、振り落とされないように頑張りなさいよ!」
    「……うふふっ。もっとも、ユウカちゃんに私を使いこなせるかは話が変わってきますけど」
    「上等よ! 覚悟しておきなさい!」

     強く、強く抱きしめ返され、言葉以上に体で全面的な肯定を受け取ってしまう。
     くだらない軽口も、彼女の笑顔も、抱きしめられる強さも。

     そっと、心に記録しておこう。

  • 22二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:05:06

     熱い抱擁を交わした私たちだったが、どちらからともなく恥ずかしくなってしまい、誤魔化すように二人して部屋を飛び出していた。
     まるで赤の他人のような距離を空けながら二人でセミナーに向かう。

     しかし、どうしてあそこで抱き着いてしまったのだろう。
     いえ別に嫌では無かったんですけど、もっと別に伝えようがあったんじゃないのか。そもそも自分らしくもないことを言っているのだし行動自体を恥じても仕方ないのではないのか。
     簡単に割り切れるほど、私はまだ大人じゃない。

     言い表せないもやもやを抱え込んだまま、ユウカちゃんの後を追う。
     後姿を漫然と見つめながら、ふとユウカちゃんはどう思っているのだろうかと好奇心が湧いて出た。

     きっと、彼女のことだ。
     ふざけながら問いかければ、可愛らしい反応を見せてくれるに違いない。
     これは精神の安定に必要な致し方ない方法なのだと決め、ユウカちゃんに一歩近づいた。

    「――あれ、生塩じゃん」

     だがその一歩は、予想外に後ろからかけられた声によって止められてしまったが。

     どこか見下すような声色。
     人に聞こえるような小声で私を侮辱する後ろに居る方々。
     振り返らずとも分かる。セミナーの先輩方だろう。

    「今日はセミナーに来ないものだから、てっきり傷つけちゃったのかと心配してたのよ」

     白々しい言葉が後ろから近寄りながら、微かな嘲笑が湧く。

    「でもよかった、気にしてないみたいだし。――まあ、元々厚顔無恥にセミナーに入ってきているんだものねえ? あの程度で傷つくわけないか」

  • 23二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:05:22

     必死に此方を煽り立てる物言いに、どこか他人事のように分析する。
     こんな人通りの激しい場所でセミナー同士が対立しているという状況を他所に知られてもいいと思っているのか。
     それとも、ユウカちゃんの推測通り、中々折れない私に焦りを覚え始めているのか。
     勝手にヒートアップしている後ろを放置していると、とある別のことに気が付いた。

    「まっ、廃墟の探索に失敗してるのにまだセミナーにしがみつくなんてさ――」
    「誰が廃墟の探索を失敗した、なんてふざけたこと言っているのかしら」
    「ユウカちゃん……?」

     気が付けば、目の前を歩いていたユウカちゃんが振り返り、私の後ろに立つ先輩たちを睨みつけていた。
     唐突に言い返された先輩たちは分かりやすく狼狽えていたが、リーダー格の彼女は変わらずに言い返した。

    「これさ、セミナー間の問題なんだけど。部外者が勝手に口を挟まないでくれる? それに、失敗は失敗よ。事実を受け止めきれない後輩にしっかり教育しているに過ぎないんだけど?」
    「申し遅れましたね。私、ノアと一緒に廃墟の探索に行った早瀬ユウカって言います。ノアが探索に来てくれたおかげで、ミレニアムに隣接している廃墟エリアの完全踏破に成功していましていますよ。セミナーに所属しているのにそんなことも知らないんですね? ノアからセミナーに所属している先輩たちはとても優秀だと聞いていたんですが……どうやら、貴方達は違うみたいね」

     何時ものように嫌味を吐く先輩に対し、敵愾心を見せつけるユウカちゃん。
     私は基本的に聞き流していたが普段から言い返されたことがないのか閉口する先輩。
     畳み掛けるようにユウカちゃんは不敵に笑って見せた。

    「無能だとか、能力が足りていないだとか、てんで的外れなことをノアに言っていたみたいですけど……果たして、本当に無能で能力が足りていないのはどっちかしらね? 少なくとも見る目は無いようね。貴方たち全員」
    「……!!」

     私を守る様に立ち塞がるユウカちゃんに、目を奪われる。
     憧れるような気持ちを感じて、罪悪感を覚えてしまう。

     助けたいと言って、このザマだ。これでは完全にお荷物ではないか。
     そんな自己嫌悪に溺れそうになると、聞き入れ難いことが聞こえてきた。

  • 24二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:05:32

    なるほどどちらかが造られた存在で、片方は普通の生徒なのか
    でも人体錬成出来ちゃう黒服はちょっと強すぎないとも思ったりするけどこの概念はめちゃくちゃ好き

  • 25二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:05:48

    「そ、そういうアンタはコネで廃墟の探索にねじ込んでもらった口でしょ! アンタとは仲良くできると思っていたんだけど、間違っているかしら?」

     固まる。
     確かに、今セミナーで大半の人員を握っているグループであることを考えると、向こうにタダ乗りした方がユウカちゃんの思惑は叶えやすい。

    「生塩と同年代で探索に向かう命知らずなんてよっぽど優秀か何か別の力を持ってないとそもそも参加できない。それなのにアンタはミレニアムで碌に話を聞いたことが無かった」

     そして、恥じた。
     1mmでもユウカちゃんが裏切るのでは、なんてことを考えた自分自身を。

    「それなら残りはコネで無理矢理入るしかない。アンタのコネは私のグループと完全に別口の物よね? 双方に利益があると――」
    「いい加減にしてくれませんか?」
    「……生塩?」
    「ノア?」

     ユウカちゃんを庇うように、一歩前に進み出る。

    「そんなくだらないことをする前に、自身の能力を磨いたらどうなんです? ミレニアムの至上命題は千年難題の解決……仲間同士で潰し合うことではないと思いますが?」
    「……アンタも私の教育がよくわかっていないみたいね?」
    「――10月23日午後1時32分、ミレニアムジュニアスクール南校舎二階渡り廊下」
    「は?」

  • 26二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:06:05

     呆ける先輩を無視して、恐らく監視カメラなどで公的に記録されている箇所での自称教育行為を羅列していく。

    「11月2日午前11時5分、ミレニアムジュニアスクール南門」
    「そ、それがどうしたって言うのよ!」
    「11月5日午後2時16分、ミレニアムジュニアスクール三階更衣室」
    「何意味の分からないこと言って煙に巻けると思ってる訳!?」
    「今、言った所の場所と時間帯の監視カメラを確認して貰いましょう。それで、他のセミナーのメンバーにも先輩たちの教育とやらが受け入れられるのか、精査して貰うのは如何です?」
    「……は?」

     ようやく、私の言っていた言葉の意味を理解したらしく、青ざめた表情を見せた。
     私はその顔を見て、にこりと微笑みを浮かべた。

    「私、記憶力はいいほうなんです。試してみます? あっ、念のため言っておきますけど監視カメラのデータを消そうとしたら、その時点でセミナーから除籍されると思ってくださいね?」

     取り付く島もなく、詰んでいる立場に居ると気づいた先輩は恨めし気に此方を睨みながらその場から逃げ出した。
     理解していない後ろの取り巻き達は困惑しながらその後を着いて行き。

     その場には、私とユウカちゃんだけが残されていた。

    「……案外、簡単に世代交代が済みそうね?」
    「そうですね……これも、ユウカちゃんのおかげですね」
    「ノア……それは無理があるわよ……」

     どこか引き攣ったような声をしたユウカちゃんにも薄く笑みを見せて、当初の目的地であるセミナーへと歩き出した。
     そもそもの目的自体が無くなった気もするが、ユウカちゃんをセミナーの他の先輩方に紹介するのは悪くない。

     私は心のどこかで浮かれながら、一歩踏み出していた。

  • 27二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:09:35

    >>24

    個人的な妄想で申し訳ないんだけど、黒服ってアリウス生徒の一人二人くらい譲り受けて研究してそうだなって思ってて

    流石に人体錬成は崇高の極致届いちゃうだろと思っちゃったのでアリウス生徒の残った物を使って作られたユウカちゃんです

  • 28二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 21:36:48

    ノアだと人造感が薄いからな
    ユウカの方が違和感は無い

  • 29二次元好きの匿名さん25/05/17(土) 22:46:29

    服の下には覚えのないツギハギのあるユウカか
    アリだな

  • 30二次元好きの匿名さん25/05/18(日) 01:23:28

    えっでもこれ「どっち」って明言はされてないですよね
    xxxが…進化した潜伏工作員だからですか…?

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