- 1二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:31:49
兎にも角にも、今日は運が悪かったの一言に尽きる。
予約していたタクシーが事故に巻き込まれてしまったとのことで来られなかった。
では別のタクシーを捕まえよう、というのも難しい。
空からは激しい豪雨、道路はたくさんの車が詰まっていて、駅前のタクシー乗り場には長蛇の列。
そんな状況のため、今から別のタクシーを手配することは不可能に近かった。
『彼女』の次の予定も迫っているため、天気が回復するまで待つということも出来ない。
故に、取れる手段は一つしかなかった。
「ごめんね、キミをこんな目に遭わせちゃって」
「天気や事故まで貴方のせいにするつもりはありませんわ、これも一つの経験、ということにしておきましょう」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「……ですが、話には聞いていたけれど、想像以上に無秩序な状況ね」
鹿毛のドーナッツヘア、深い真紅の瞳、おどけなさを残す顔立ち、ハート型の髪飾り。
担当ウマ娘のジェンティルドンナは、珍しいものを見るような表情で周囲を見つめていた。
周りには、すし詰め状態の乗客達。
彼女も入口の隅に追いやられていて、その前に俺が立っているという状況だった。
「さすがのキミも、満員電車は初めてかな?」
「……ええ、そもそも電車自体にあまり乗りませんもの」
そう言うと、ジェンティルは少しだけ不満そうな表情を浮かべた。
こんな稀有な状況でなければ、わざわざ電車で移動するような身分の人物ではない。
つまりは、今この時においては、彼女よりも俺の方が経験豊富ということ。
滅多にない事態に、不謹慎ながら少しだけ心が踊っている自分がいた。 - 2二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:32:01
「…………トレーナー、随分と楽しそうね?」
「いっ、いや、そんなことは……あっ、ほら、駅着いた、少しは混雑もマシに────うわあ」
俺の心の内を見透かしたようにジトっと睨むジェンティルの視線から逃れるように、反対方向のドアを見る。
多少なりとも人が減ればと期待したのだが、辿り着いたホームにはたくさんの人。
ドアが開いて圧力が多少なりとも軽減したのもつかの間、先ほどまで以上の圧力が背後から襲いかかってくる。
「ぐ、う……っ!」
手すりや壁などに力を込めて、全力で堪えた。
ジェンティルのトレーナーになってから筋力は上がったものの、多勢に無勢、じりじりと押されてしまう。
けれど、彼女と接触しない程度の距離を維持し続けて、やがてドアの閉まる音が聞こえて来た。
発車のメロディーとともに動き出す電車、思わず漏れる安堵のため息。
そして眼前のジェンティルは────呆れたような表情で、俺を見つめていた。
「……貴方、先ほどから何の真似かしら?」
「いや、ほら、キミは慣れていないみたいだし、押し潰されたりすると危ないからさ」
「あら、私がこの程度の圧力に屈するとでも、随分と甘く見られたものね?」
「…………それはまあ、キミなら大丈夫だとは思うけどさ」
どちらかといえばジェンティルに接触してしまう他の乗客の方が心配だ、とは口に出さなかった。
実際のところ、彼女であれば初めての満員電車であろうとも心配はいらないだろう。
誰に対しても厳しく高圧的な部分はあるものの、彼女は傍若無人な令嬢というわけではないのだ。
むしろ、状況に合わせた立ち振る舞いというものを誰よりも心掛けている、といっても良い。
ただ、どういう理由であれ、彼女に無駄な負担をかけたくはなかった。
それにこういう場においては、不埒な魂胆を持って迫ろうとする命知らずな輩もいないとは限らない。
……とまあ、色々と理屈を並べてはみたけれど、結局のところ理由はたった一つであった。 - 3二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:32:16
「これは、男の意地、ってところかな」
「……は?」
怪訝な表情を浮かべるジェンティル。
俺はそんな彼女と、そして自分自身に対して苦笑を浮かべながら、答える。
「キミをさ────知らない相手に、指一本触れさせたくないんだ」
つまりところ、それだけだった。
勿論、それが無茶苦茶な話だということは理解している。
今は維持で来ていても、これ以上人が増えてきたら流石に堪えきれない可能性が高い。
それでも出来る限りは彼女を守り続けたい、そんな俺の、身勝手な我儘であった。
ジェンティルはきょとんとした無垢な表情を浮かべた後、大きく深く、ため息をつく。
呆れられちゃったかな、そう思った矢先、彼女は愉しげに微笑んだ。
「ふふ、それなら、その男の意地とやらを張り通してみせなさい」
「えっ、あっ、ああ!」
思わぬ反応。
一瞬だけ、俺は呆気に取られながらも、勢い良く頷いてみせた。
彼女が認めてくれているのだ、これは無様なところは見せられないな。
そう、決心を改めていると、ジェンティルはちらりと視線を周囲に向けてから、悪戯っぽく目を細めた。
「でも、私のためとはいえ、こうも場所を取ってしまっては迷惑がかかるでしょう?」
「……それはそうかも」
ただでさえ狭い電車内を、更に圧迫している事実は否定出来ない。
ジェンティルを守るために、彼女自身へ不名誉な評判を立ててしまっては本末転倒。
何か別の手段を考えなくては、そう思考を巡らせ始めた、その瞬間。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:32:29
「ですから、こうなさい」
「なっ……!?」
ジェンティルの右手が隙間を縫うようにしゅるりと俺の背中へと回る。
そして直後、まるで抱き着くように身体を寄せて来た。
むにゅ、と胸元に押し付けられる、柔らかくも豊満な二つの膨らみ。
絡みつくようにハリのある太腿が触れ合って、鼻先を品のある甘い香りがくすぐった。
暖かな温もりと生々しい感触が相まって、思わず心臓がドクンと高鳴り、微かに汗をかいてしまう。
そして、ここまで密着していては、そんな機微はすぐに相手へ伝わってしまう。
彼女は、にんまりと、挑発的な微笑みを浮かべた。
「あら、随分と汗をかかれているようだけれど、何かありまして?」
「…………人が多いし、湿気が多いからじゃないかな」
圧倒的強者の視線に耐えきれず、俺はつい、視線を逸らして誤魔化してしまう。
その次の瞬間────俺の喉元に、柔らかな布の感触が走った。
突然の感触に、思わずびくりと跳ねてしまう身体。
慌てて視線を戻してみれば、そこには艶やかな光沢を放つ真っ赤なハンカチ。
そしてそれを持つ白魚のような美しい指先が、俺の喉元を丁寧に、撫で回すように触れていた。
「ジェンティル、何を?」
「私手ずから、貴方の汗を拭いて差し上げているのよ」
「そ、それは、ありがたい、けども、さ」
ジェンティルの指先は、ゆっくりと、じっくりと、俺の肌の上を這って行った。
鎖骨も、顎の下を、頬を、慰めるように優しく、いたぶるように艶めかしく。
身体をすりすりと擦りつけながら、容赦なく俺を弄んでくる。
幾重にも重なる彼女の感触に理性をいたぶられながらも、ただただ、耐え続ける他なかった。 - 5二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:32:41
「……あら、また人が乗って来るみたいね」
「えっ」
それはもはや、絶望の報せでしかなかった。
いつの間にか到着していた駅のホームには、先ほどの焼き直しのような人の群れ。
扉が開いても降りる人数は少なく、更に混雑度合いが増すのは明白であった。
ぎゅうっと、更に身体を密着させてくるジェンティル。
温もりも、匂いも、柔らかさも、何故か、先ほどよりも濃厚に感じられる。
彼女はそっと背伸びをして、ふっと俺の耳に吐息を吹きかけてから、小さな声で囁いた。
「精々────頑張ってみせなさい?」
目的の駅までは、15分近くかかる予定だった。 - 6二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 21:33:06
- 7二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 23:08:52
- 8二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 23:09:50
満員電車の圧縮食らってるとジェンティルの鉄球の気持ちが少し分かるよ
流石にもうちょいいい匂いしそうだけど - 9二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 23:10:48
朝ラッシュど真ん中の京王線にキャリーケース持って乗ってきてごめんなさい
- 10二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 23:11:12
- 11二次元好きの匿名さん25/05/19(月) 23:11:38
多分キャラスト7話にはなっていない頃かな
- 12二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 06:39:09
- 13125/05/20(火) 16:04:05