- 1二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:22:20
「はあ……また、誘いそびれてしまったわね」
夜、寮の自室。
私は自身のベッドへ腰かけながら、一人でため息をつく。
視線の席には、手の中にある二枚のチケット。
これは少し遠方にあるレジャー施設の無料招待券で、先日実家に帰った時ママが渡してくれたものだった。
お世話になっているトレーナーさんと一緒に行ってきなさい、と。
「もう、ママったら」
余計なお世話、なんて口が裂けても言えなかった。
トレーナーさんへ感謝の気持ちを伝えたいのも、一緒にお出かけしたいのも、紛れもない事実だったから。
……でも、パパや妹達の前で手渡すのは、やめて欲しかったな。
逃げ場を失った私は、意を決して彼を誘おうと試みたけれど────結局、勇気を出しきれなかった。
「…………まあ、未来の私が勇気を出せば良いのよ」
そう呟いて、チケットを仕舞った。
有効期限はまだ何カ月もある、誘うチャンスなんて、幾らでも来るだろう。
そう自分に言い聞かせているながら何気なくスマホを見ると、LANEの通知に気が付いた。
相手は最愛の妹の一つ、ヴィブロス。
メッセージは短く、電話をしても良いか、という内容だった。
そういえば、メサイアさんが今日は遠征で不在という話をしていたわね。
私はくすりと微笑みながら、ヴィブロスに電話を繋いだ。 - 2二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:22:34
「こんばんは、ヴィブロス」
『あっ、お姉ちゃん! ……あのね、ちょっと寂しいから、お話をしたいなって』
「もう、仕方ないわね」
言いながら、ちらりと横目で部屋の反対側へと視線を向ける。
もう遅い時間ではあるものの、ベッドにも机にも人の気配はない。
それもそのはず、今日は私の同室であるタルマエさんも苫小牧のイベントへ参加して不在だったから。
心の中で微かに流れる寂寥感。
これじゃあ、私もヴィブロスのことを言えないわね、と自嘲気味に話を続ける。
「……やっぱり、私も少し寂しいから、ヴィブロスとお話がしたいわ」
『やったー! じゃあじゃあ、最初に一つ聞きたいことがあるんだー!』
「ふふ、ええ、何でも聞いて良いわよ」
『────結局トレーナーさんは誘えたの?』
「……」
……ママ、ほんのちょっぴりだけ、恨んでも良いかしら? - 3二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:22:50
「んん……あら……?」
遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声、カーテンの隙間から差し込む日差し。
ぽやんとした意識の中、昨夜の記憶を探る。
消灯のギリギリまでお話をしよう、とヴィブロスと決めたことは覚えていた。
けれど、通話を切った覚えがない。
もしかしたら話している最中に、いわゆる寝落ちをしてしまったのかもしれない。
ヴィブロスに寂しい思いをさせてしまったのでは────と血の気が引いた。
慌ててスマホを探そうとする、その瞬間だった。
『お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……』
どこからともなく、エコーと共に聞こえてくる呼び声。
聞き間違えるはずもない、それはすぐに言葉を返した。
「ヴィブロス! ちょっと待ってね、今スマホを────」
『ううん……私はね、お姉ちゃんの知っているヴィブロスではないんだよ?』
「えっ?」
突然、何を言い出すのだろうか。
この声は、小さな頃からずっと聞いて来た、私の妹の声に違いないはずなのに。
でも、ヴィブロスの声色は真剣そのものだった。
『私はね、人類が宇宙へ移り住む遠い未来を生きるヴィブロスの子孫』
「あの子の、子孫?」
『名前は……えっと、どうしようかな…………あー、ヴィブロスネオ、で!』
「……ヴィブロスネオ」
私は流し込まれる情報を、噛みしめるように呟いた。
人類が宇宙に住むような時代でもあの子が血を残していることを喜びつつ、私は問いかける。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:23:05
「それで、ヴィブロスネオ」
『……』
「……ヴィブロスネオ?」
『えっ、ああ、私か……どうしたのお姉ちゃん? 後、分かりづらいからやっぱヴィブロスで良いよ♡』
「うん、わかったわヴィブロス、それで、何で貴方はこの時代の私に突然話しかけて来たの?」
私は、それだけが気になっていた。
別の時間軸から語りかける、ということは未来においても簡単のことではないだろう。
それでもこうして接触してきたということは、何か大きな理由があるはずだった。
しばらくヴィブロスは沈黙してから、ゆっくりと厳かに話し始める、
『うん、それはね…………お姉ちゃんに、私達の未来を救ってもらうためだよ』
「……はい?」
その理由は、まさかの私にあった。 - 5二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:23:20
『落ち着いて聞いてね? お姉ちゃんは結局、例のチケットでトレーナーさんを誘えなかったの』
「……いやさすがに私もそこまでヘタレでは」
『それでぐずぐずしている間に、トレーナーさんは同僚の女の人とデート、見事に結ばれたんだ』
「そ、そんな……! い、いえ、別に、それは、祝福すべきことだわ、ええ!」
『…………うん、それだけだったら、ね』
「え……?」
『ショックを受けたお姉ちゃんは、体調を崩しちゃうの』
「そ、そんなに?」
『それで心配したパパもパフォーマンスを落としてチームは低迷、10年連続のBクラスに』
「……!」
『怒り狂った横浜市民が暴動を起こして日本から独立、その後なんやかんやあって地球はフリューゲルスファンしか住めない死の大地になるんだ』
「なっ、なんですって……!?」
まさか、私が未来の自分に託した結果、そんなことになってしまうだなんて。
妹達の、妹達の子孫の健やかな未来を、奪ってしまうだなんて。
悔しさと不甲斐なさに、ぎゅっと拳を握りしめる。
知り得ないことだったとはいえ、それはあまりにも、重すぎる代償だった。
深く気を落とす私に、ヴィブロスの優しげな声が届く。 - 6二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:23:37
『……大丈夫だよ、お姉ちゃん』
「ヴィブロス、でも私、貴方の未来を」
『まだ運命は変えられるよ、お姉ちゃんがトレーナーさんと結ばれれば、きっと』
「……でも、そうしたら貴方は生まれてこないことに」
『えっ!?』
「えっ」
『…………だ、大丈夫! どんな手段でも大阪へは辿り着くって漫画で見たもん!』
「……大阪?」
『そんなことより、今この時間、お姉ちゃんのトレーナーさんはたまたま寮の前にいるよ』
「っ!」
『もしもあの玄関の前で迷わずに出会っていれば────そんな風に、お姉ちゃんにはならないで欲しいな』
それは、未来からの激励。
ああ、私はなんて幸運な姉なのだろうか。
妹だけではなく、妹の遠い子孫からも、背中を押してもらえるのだから。
心は決めた。
後は飛び出して行くだけ、宇宙の彼方までも。
「ヴィブロス、私、行くわ」
『……! うん! 絶対に大丈夫だよ! 私達のサイコーに格好良い自慢のお姉ちゃんだもん! ちゃんと誘って────』
「トレーナーさんと、結ばれに」
『えっ? ちょっ、お姉ちゃん? うわ、すごい足音聞こえる!? 待ってよー! 私も見に行くからーっ! せめてスマホも持ってって―!』
後から考えると────目が覚めた瞬間からずっと寝惚けていたんだと思う。 - 7二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:23:53
走る、走る。
寝巻姿のまま部屋を出たから、寮の他の子達が見て来るけれど、構わない。
今の私の風評よりも、妹達の未来の方が大事だから。
そして玄関を出た先に、確かにいた。
スマホを片手に、きょろきょろと周囲を見回している私のトレーナーさんが。
深呼吸を一つ。
私は早足で、彼へと近づいていく。
「あっ、ヴィルシーナ、ヴィブロスから呼ばれてきたんだけど……って、どうしたのその格好!?」
目を丸くするトレーナーさん。
普段通りの彼の姿に安心感すら覚えつつも、私はそんな彼の手をぎゅっと握りしめる。
ごつごつとした大きな、暖かい手。
この手に、私達の、そして妹達の未来がかかっている。
「トレーナーさん」
「あ、ああ?」
じっと、トレーナーさんの顔を見つめる。
困惑している様子だけれど、目はいつものように優しい光を湛えていた。
背中を押してくれる手、私を見守って見届けてくれる瞳。
それらを間近に感じて、私はようやく自身の過ちに気づく。
妹達のためでも、未来のためでもない────私は、私自身のために、結ばれたいと思っているんだ。
張り詰めていた表情がふわりと緩み、自然と柔らかな微笑みになる。
もう、迷うことはなかった。
「私と、結婚してください…………………………えっ?」
そしてよりにもよって────私は言い切ってから、正気を取り戻すのであった。 - 8二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:24:20
お わ り
ネタSSです - 9二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:30:58
死の大地のあたりは寝惚けとしてどこからが現実の会話だったんだ…?
ともあれSS感謝です♪ - 10二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 00:31:42
- 11二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 06:47:34
設定ガバガバなヴィブロスで笑う
- 12二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 06:56:24
暗黒ベイス☆ボール時代がシーナのヘタレのせいにされてて草
- 13125/05/20(火) 16:05:46