- 1125/05/20(火) 20:25:30
- 2125/05/20(火) 20:25:53
出前のバイトは割りがいい。勿論、経歴不詳の私ができる仕事としては、という枕詞がついての話だ。これ以上の効率を求めるなら、私の十八番に手を伸ばさなきゃいけなくなる。そっちは……まあ、先生に怒られそうだから。
別に街中で自転車を乗り回すのは、昔と何ら変わっていないのだし。それでお金が貰えるなら願ったり叶ったりという話だ。
今日のバイトは早上がり。最後の配達先は、海沿いの山の上。好立地だ。きっとお金持ちだろうから、チップとか、あるかもしれない。もらったことないけど。
──そう思っていたわたし、中々するどい。にこにこと出迎えてくれた家主は、荷物を受け取って私の顔を見るなり、
「こんな山の上まで、お疲れ様」
って、相当額のお金をくれた。
毎日潮風に吹かれていれば、気風もよくなるものなのだろうか。私が住んだところで、財布の風通しがよくなるだけのような気もする。
私はできる限りのお礼をして、その家を後にする。全然苦でもないから、また呼んでほしいと、鼻息を鳴らしてみた。
家主のひとは、そんな私を見て、少し笑って。
「……お疲れ様」
同じ言葉を繰り返した。
私の頭は、若干の違和感以上のものを覚えなかった。
青い空を見上げる。キヴォトスの空はいつもこうだ。貼り付けたような、気色の悪い青。私の生きていた世界とは違う色。
自転車をこぎ出す。
私はまだ、取り残されたまま。
……何を言ってるんだか。置いていったのは私なのに。 - 3125/05/20(火) 20:26:19
下り坂は急すぎて、少し怖い。
けれど、ブレーキを握るのは憚られる。
等加速度-摩擦でぐんぐん滑走する、私の自転車。役割を失った足と手は、バランスを取る以外にやることがなくて、暇そうだ。
道路が引かれているのが不思議なくらい、辺りには機械音がない。主観的世紀の大発明だけが、からからと回っている。
最高速度付近で暗闇に入る。意識外にあった、黒いドレスのはためきが、やけに耳に残る。何に似ているかと言えば、それは銃声だった。
トンネルは進んでいるはずなのに、後ろに引っ張られているような錯覚を覚える。目の前の景色もそれにつられて、より後ろへ、より過去へととんでゆく。
──思い出すのはいつもの光景だった。
砂埃、校舎、青いマフラー、愛銃、私、私たち、それと先生。
脚色も何もない、等身大の青。
私のおもいではいつでも、その光景から始まって……
そして、最後には私で終わる。 - 4125/05/20(火) 20:26:43
……いや、もう慣れた。この後悔も、憧憬も、暗闇にも、もう慣れたんだ。
僅かに壁が見える。誘導灯はまるで線のように流れていく。遠くに一際光るものがある。出口はすぐだ。
何かを振り切るようにペダルを踏む。押し込む毎に、何かが確かに消えていく。
記憶はなくなっていく。フラッシュバックする映像もいつしか消えて、なくなってしまうのだろうか?
慣れたはずの悲しみは、静かに、他人事のように瞼を焦がす。
坂道を駆け抜けて、光の中へ。
急いで暗闇を、抜けて…… - 5125/05/20(火) 20:27:19
── 瞬きより速い青が、目に飛び込んでくる。
まぶしくって、何も見えない。
この世でいちばん贅沢な逆光。ガードレールのまわりから、波打ち際の隙間から、水平線の向こうから。
世界がようやく色をもつ。もっと単純に言えば、目が慣れる。細めた絞りを少しずつ、開いていく。立ち上がりつつある夏の風景を目撃する。
夏草と潮の匂い。屈折したカゲロウ。蝉時雨は天気雨。あまりにも生きているモグラの死骸。この場所は、全ての事象を夏へと透過していく。
センチメンタルは同じ色をしている。青は全てを取り去っていく。
思い出すことがある。それはいつもと違うこと。
季節外れの苦しみや、今この世界にいたり、いなかったりするみんな。いつかには確かにいたみんな。他意のない罵倒や、神を撃ち落とす仕草。絶望的な目覚ましの音。みんなにいない『あなた』。どこにもいない『あなた』。私をカタチづくった日常の連続。 - 6125/05/20(火) 20:27:44
湿っぽい海風が、頬を撫でる。
似非っぽい爽やかさが心地良い。
こんな風景を見て、「生きてよかった」と思えるほど、私も結構、前向きになった。
寂しがりな私だけど、最近、後ろを振り返りながら、少しずつ歩き始めたんだから。
でも、ふとした時に、ほんの少しだけ、考えてしまう。
私も、みんなも、あなたも、ここにはいるけれど。そのこだわりに、意味なんかないかもしれないけれど。 - 7125/05/20(火) 20:28:09
海と空とがキスする先で、『私たち』は出会って、別れて、ここにいる。
あの場所から、ここまで…… - 8125/05/20(火) 20:28:29
「──自転車で行くには少しだけ、遠すぎるかな」
- 9125/05/20(火) 20:33:54
完結です。
ふとした時に、思い出す記憶、湧き起こる情動。そういうものを大事にしていきたいと常々思っています。
過去は不平等かもだけど、未来だけはそうでないとしたら……クロコには前向きに生きてほしいものです。
感想があれば嬉しいです。泣いて喜びます。
スレの残りはご自由にお使いください! - 10125/05/20(火) 20:36:30
- 11二次元好きの匿名さん25/05/20(火) 20:37:36
乙
- 12125/05/20(火) 20:40:54