- 1二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:39:45
────最近、トレーナーくんの様子が怪しい。
「ラヴズ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? どうしたの?」
「この服の組み合わせっておかしくないかな、ちょっと不安でさ」
トレーニングを終えた後、何気ない話をしている最中。
トレーナーくんは少しだけ照れくさそうな表情で、私にそう問いかけて来た。
こういう風に、彼が私に何かをお願いする、ということはあまり多くはない。
普段から甘えてばかりの私を、彼が頼ってくれるというのは、なかなかに喜ばしいこと。
だから、協力しない理由なんてない────はず、なのだけれど。
「……」
「……ラヴズ?」
「あっ……えっ、ええ、ちょっと見せてもらうわね?」
不思議そうな表情を浮かべるトレーナーくんに、私はハッと我に返った。
そして誤魔化すように繕いながら、彼からスマホを受け取って目を通す。
画面に表示されているのは、メンズのカジュアル系コーディネイト。
それなりにお洒落でありながらも落ち着いていて、爽やかで大人っぽい雰囲気も感じる。
頭の中でトレーナーくんと合わせてみても……うん、似合ってる。
そう思っているはずなのに、私は僅かに、眉間に皺を寄せてしまっていた。 - 2二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:39:58
「……あー、やっぱり俺には合ってないかな?」
「……っ! ううん、そんなことない、むしろとってもラヴい組み合わせね」
「そうかな、キミにそう言ってもらえると自信が持てるよ」
そう言ってトレーナーくんは、嬉しそうに微笑んだ。
────胸の奥で、どくんと心臓が重く鳴り響く。
最近、トレーナーくんの服のセンスが変わって来たような気がする。
以前までは、ちょっと言い方は悪いけれど、少し野暮ったい服装が多かった印象。
それはそれで私は好きだったし、少し手を加えてあげると更に素敵になるのが楽しかった。
でも最近は、彼の服の趣味が垢抜けて来たような気がする。
まるで────誰かから教わっているかのように。
「…………まあ、気のせいよね」
私はトレーナーくんに聞こえないように、小さな声で呟いた。 - 3二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:40:12
「あら?」
別の日、私がトレーナー室を訪ねるとドアに張り紙があった。
少し出ています、という短い文章。
ちょっとした用事か、飲み物でも買いに行っているのかな、そう思って鍵を開けて中へと入る。
「ふふ、休憩中だったのかしら」
テーブルの上にはお菓子と飲み物、そして雑誌。
そして、デスクを見れば資料の山が積み重なっていた。
多分、仕事の途中で一休み、その途中で呼び出しかか何かがあった、といったところだろう。
せっかくだし、私も戻って来たら一緒にお茶をしようかしら、そう思って彼が座っていただろうところに腰かける。
「……この雑誌」
そして、私は置いてあった雑誌を手に取る。
それは、男女問わず人気のある都内のライフスタイル情報誌。
グルメ、レジャー、ショッピング、色々なスポットの情報が纏められていて、私も参考にすることがあった。
「もしかして、私とのデートプランを考えてくれているのかも」
表紙には、煌めく綺麗な夜景と寄り添う男女の姿。
それはとてもロマンチックな光景で、年頃の女の子であれば誰もが憧れ、ときめいてしまうだろう。
そして、想像してしまう。
幻想的な光景が広がる夜の街、その中で寄り添う、私とトレーナーくん。
見つめ合う二人の距離は少しずつ近づいていき、お互いの息が顔にかかって、そしてついに────。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:40:24
「なっ、なーんてね♪」
そんな妄想を振り払うように、私は雑誌をページを適当にめくっていく。
もう、そういうのは、まだ早いというか、なんというか。
自分に言い訳をするように思考を巡らせていると、ふと、気づく。
雑誌のいくつかのページに、折り目が付いていることに。
「……これ」
折り目のついたページには、いくつかのお店が紹介されている。
どことなく大人の雰囲気が漂う、シックな空気感のお店。
そしてそれらに共通することは────お酒がメインであるお店、ということだった。
トレーナーくんは、私が居合わせている場所では決してお酒を飲まないようにしている。
つまりこれらのお店は、私を連れていく場所ではない、ということ。
「…………トレーナーくんって、こういうお店にも行くのね」
私の前ではお酒を飲まないだけど、プレイベートで飲むのは何もおかしくはない。
バーなどで静かにお酒を飲んでいるトレーナーくんの姿は、なかなか様になっているような気がした。
雑誌を閉じて、頭の中で今夜の配信の段取りを考えながら、彼の帰りを待つ。
一つの結論へと至ってしまう痕跡に、気づかない振りをしながら。 - 5二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:40:39
「今日のミーティングはこれで終わり、お疲れ様」
「お疲れ様でした、さてと、じゃあ今日の配信は────」
「……ラヴズ」
「ふふ、冗談よ、今日は配信お休みの日、ずっと前から決めていたものね」
また別の日、ミーティングを終えた後。
困ったような表情を浮かべるトレーナーくんに、私は笑みを浮かべた。
今日は、配信お休みの日。
あらかじめ決めておかないと、私は毎日でも配信をしてしまうから、ということで決めた日。
この日だけは、よほどなことがない限り配信はやらないことにしている。
……正直、うずうずしてしまうのだけれど、コミュニティの皆にも知らせている約束事。
今日は、クロノちゃんとゆっくり過ごそう────そう考えていた矢先、ふと、私は気づいた。
「トレーナーくんも、今日はもう帰りなの?」
「ん、ああ、ちょっとね」
もうすでに、トレーナーくんは帰り支度を始めていた。
普段の彼は私の帰った後も、ずっと仕事をしていて、私をやきもきさせているというのに。
違和感から疑問が浮かんできて、問いかけようとして────やっぱり、やめておいた。
早く帰ってゆっくり休んでくれることは良いこと、わざわざ詮索することもないだろう。
「そう、それじゃあ今日はゆっくり休んでね?」
「えっ? ……あっ」
トレーナーくんは不思議そうな声を上げて、慌てて、口元を押さえる。
そんな彼を見た瞬間、私の感覚は突然、鋭くなった。
今日の服装は私にチェックを求めた、あの時のコーデ。
手には、先日テーブルの上に置かれていてた雑誌。
そして少しだけ気まずそうに目を逸らしている、トレーナーくんの顔。 - 6二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:40:52
「……そっか」
すんと、頭の中が急速に冷えていく。
見て見ぬ振りをして来たものを、目の前に押し付けられたかのような、そんな感覚。
胸の奥が、ずきんと痛む。
やっぱり、そうなのかな。
やっぱりそうよね、こんなに素敵な人だもの。
私にとってはたった一つの愛だけど、彼に向けられる愛がたった一つとは限らない。
彼が愛を向けてくれる相手が、私だけだとは、限らない。
そんなこと、最初から分かっているはずなのに。
…………ああ、ダメね、こんな有様じゃクロノちゃんにも心配をかけちゃう。
こういう時は、私にはむしろ、コミュニティの皆に愛を伝えることをが必要だった。
「…………トレーナーくん、あの、やっぱり今日は、配信をしてもいいかしら?」
「いっ、いや、今日配信をされると皆が困るから────ああっ!」
「……みんな?」
突然、トレーナーくんの口から出て来た妙な単語。
彼は先ほどよりも慌てた様子で口を塞ぐものの、出てしまった言葉が戻るはずもない。
じっと見つめて来る私に耐えられなくなったのか、彼は大きなため息をついた。
「その、実は、今日なんだけどさ」 - 7二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:41:05
「私のファン同士の、オフ会?」
「うん、前に配信お休みの日でやってみたら好評で、気づいたら定例になっててさ」
「…………そっか、私ったら、てっきり」
「てっきり?」
「……っ、な、なんでもないわ」
不思議そうに首を傾げるトレーナくんの視線から逃れるように、顔を逸らしてしまう。
頬が、熱い。
勝手に勘違いをして、打ちひしがれて、何をしているんだろうか。
あまりにも恥ずかしすぎて、今日一日は何をしていてもフラッシュバックしてしまうそうだった。
生まれて初めて、配信がお休みで良かったと思ったかもしれない。
私は少しでも羞恥心を宥めるべく、ちらりと視線を戻して話を続けた。
「幹事は、君がやっているの?」
「ああ、色々とスケジュールが合わせやすい立場だからね」
「ふふ、文字通りの“架け橋”になっているのね」
「皆にすごい言われたよ、それ」
「……オフ会の写真なんかがあったら、ちょっと見てみたいな」
「いいよ、あー、ただバラしたのは内緒にしておいてくれると助かる、みんなちょっと気にしてたから」
配信がある日は、しっかりと見て応援をしたい。
そんな想いは全員に共通していたため、オフ会が行われるのは配信お休みの日になっていた。
ただコミュニティの人達ならば、私の配信にかける想いは知っている。
だから、配信お休みの日に自分達が楽しんで良いのか────と引っかかる人もいるらしい。
目の前にいる、こそこそと準備をしていた人も、その一人だったみたい。 - 8二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:41:17
「もう、そんなこと気にしなくても良いのに」
「そう言ってくれると助かるよ……これが、前回撮った写真だよ」
「どれどれ~、わあ、こんなにたくさん集まって……でも、大人の人ばかりなのね?」
「配信お休みの日は平日が殆どだし、それで一番集まれる時間ってなると、どうしても遅い時間になるからね」
「それもそうね……若い子向けにも何か出来ると良いんだけど」
「そうだね、考えてみるよ」
「それにしても楽しそう……あっ、筋トレ中年さんも参加しているのね…………ふふ、トレーナーくん、顔真っ赤」
「……普段はあんまり飲まないんだけど、キミの話となると、お酒が進んじゃってね」
「あーあ、私も酔っぱらってるトレーナーくんがみたいな~♡」
「…………お酒が飲める歳になってからでお願いします」
オフ会の写真の中からは、たくさんの愛が満ち溢れていた。
ファンの皆は、あれだけ頑張ってくれたトレーナーくんのことも、ちゃんと愛してくれてるものね。
一枚、また一枚と、写真を見ていくごとに、胸の奥に暖かいものがどんどん溜まっていくのを感じる。
やっぱり今日も配信したいなあ、そう思い始めた瞬間だった。
「……この写真」
「三日坊主系女子さんだね、この人すごい酒豪なんだよ」
その写真には、トレーナーくんと肩を組んでいる女性の姿があった。
私を小さな頃から応援してくれいるファンの一人。
……なのだけれど、ちょっと近い、近くないかしら。
…………表情からして他意はなさそうだけれど、密着しているというか、私でもここまでは、たまにしかないのに。 - 9二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:41:33
「ラヴズ? 何か怖い顔しているけど」
「……! そっ、そんなことないわよ、えっと、次の写真は」
悶々とした気持ちを隠すように次の画像を見る。
その瞬間────心臓が凍り付いた。
写真に映っているのは、トレーナーくんと、トレーナーくんと同い年くらいのウマ娘。
彼女はほんのりと頬を染めたまま、身体と尻尾を寄せたまま、じっと彼のことを見つめていた。
夢でも見ているかのように、ぽやんとした熱っぽい瞳。
その目は、良く知っている。
私も時々、そんな目で彼のことを見つめているだろうから。
「この人、誰かしら?」
「最近ファンになってくれた人だよ、トレーナーの仕事にも興味あるみたいで、色々と聞いてくれるんだ」
「……ふぅん」
誰の、ファンになったのやら。
心の奥底からふつふつの何かが湧き出して、凍った心臓を焼き尽くしていく。
気が付いたら、右手でぎゅっと、彼の服の裾を掴んでいた。 - 10二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:41:46
「トレーナーくん、一つだけお願いしても良い?」
「ん? ああ、まだオフ会には時間もあるし、俺に出来ることだったら構わないよ」
「ありがと♪ それじゃあ、お言葉に甘えちゃうね♡」
「どうぞ」
「私もオフ会に行きたい」
「そんなことか、もちろん────いやダメに決まってるよね!? ファンのオフ会に本人登場とか前代未聞だからね!?」
「……い~き~た~い~♡」
「ぐっ、そう言われてもダメだって、ちょ、しがみ付かないで!」
私はぎゅっとトレーナーくんに抱き着きながら、おねだりを敢行し続ける。
……オフ会ではないとしても、お酒を飲むような場所に連れて行ってくれないことはわかりきっていた。
だからこれは、ちょっとした牽制。
すりすりと身体を寄せて、ふぁさふぁさと尻尾で撫でて。
「ふふっ」
私のトレーナーくんだぞ────ってアピールをしておかないとね? - 11二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:42:00
お わ り
サムネガチャ怖すぎて草 - 12二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:45:06
まあ育成後なら全員後方腕組コミュメンだからね…まるっきり誤解と知って真っ赤になるラヴズも見たいよ
- 13二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:47:16
かわいいかった
ヤキモチ妬いてるラヴちゃんすき - 14二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 21:48:10
コミュメンの奴ら仲良いもんな…オフ会くらいするか…
- 15二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 22:08:35
独占欲ウマ娘はいいぞ
- 16二次元好きの匿名さん25/05/21(水) 22:13:13
お疲れ様です。相変わらず筆早いっすね…新シナリオ人権サポカ用の貯金を崩した自分に刺さります
- 17二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 03:52:33
甘えんぼラヴズが良き
- 18二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 10:52:46
もうSSが書かれるとは
ありがたい - 19二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 10:55:22
筆速え〜ちゃんと良いトレウマ書けてる〜
配信.者が裏方と仲良いの良いですよね 僕はそういうやさしい世界が好き - 20125/05/22(木) 19:27:23
- 21二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 19:45:44
いいじゃないか
こういうのでいいんだよ
いや、こういうのがいいんだ