【SS注意】セントライトの我儘

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:14:31

    あの子の話をしましょう。
    わたくしと同じ……いえ、少し違う三栄冠を手にしたあの子の話を。
    この上なき栄光と――悲劇をその身に刻んだ彼女の事を。

    そして卿よ、この話を聞いたなら。
    どうか彼の元へ赴いて欲しいのです。
    あの子の半身、最愛のトレーナーの元へ。

    あの子の為ではありません。
    これはわたくしの為
    三栄冠を持つ――いいえ。
    愛する後輩に彼と再会して欲しいという。
    わたくしの我儘なのです。

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:15:12

    俺はバイクで東北道を北上しながらセントライトの話を思い出していた。
    あのいつも泰然として微笑んでいる始まりの三冠ウマ娘が語った「我儘」
    それは、とあるトレーナーの行方を探して欲しいとの事だった。

    そのトレーナーは俺と同じ新人トレーナーだったらしい。
    しかも正規のトレーナーではなく、チームのサブトレーナー。いわば見習いだ。
    彼はそのチームであるウマ娘とコンビを組んだ。

    そのウマ娘の名前はクリフジ。セントライトと同じく、今なお伝説として語られるウマ娘だ。

    彼女はそのトレーナーの指導のもと、ダービー・オークス・菊花賞を勝った。
    この「変則三冠」を達成したウマ娘はクリフジ以外に居ないし、多分これからも現れない。

    クリフジのトレーナーは謎に包まれていた。というのも、活躍時期が異常に短いのだ。
    彼がサブトレーナーとなってから2年。いよいよ正規のトレーナーとして独り立ちという時に、彼は満州に出征する事になったのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:15:39

    セントライト曰く、クリフジは彼と別れる前夜に寮を飛び出し彼に会いに行ったという。
    その後戦争が激しくなるとクリフジは千葉に、セントライトは岩手に疎開する。その後はあまり関りは無かったらしい。

    セントライトがクリフジと再会したのはそれから随分後、クリフジが死の床についた時だった。
    駆けつけたセントライトの手を握りながらクリフジは言った。

    「トレーナーさんに、会いたい」

    そして涙を二粒流しながらクリフジは旅立ったという。

    それ以来、セントライトは全力でクリフジのトレーナーを探し続けた。
    自分で大陸に渡った事すらあったという。
    けれども彼の消息はおろか、親族すら見つからなかった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:16:12

    事態が動いたのは数年前。セントライトが後援をしていた政府の遺骨収集団がシベリアの収容所で何人かの戦没者の遺骨を収集。
    その遺骨をDNA鑑定した所、登録されていたトレーナーのDNAと一致したとの事だった。
    これによりトレーナーの親族が八戸に住んでいる事が判明したのだ。

    その遺骨が先月、八戸の生家へと戻って来たらしい。
    セントライトはその生家に届けてほしい物があると言うのだ。
    自分で行けば良いと思ったのだが、あまり大事にはしたくないらしい。

    セントライトには『Dream Fest』で世話になっている恩もある。
    俺の担当バのデビューはもう少し先な事もあり、ふたつ返事で引き受けた。
    そういう事で俺は東北道を一路八戸へ向かっているというわけだ。

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:17:10

    「わざわざ東京から、ご苦労様です」

    トレーナーの甥だという男性に頭を下げられると、俺も慌てて頭を下げ返した。
    早速ですが、と用件を切り出す。

    「いきなり不躾なお願いではあるんですが……納骨の時に、一緒にお墓に収めて頂きたいものがあるんです」

    俺は男性の前にひとつのお守りを差し出した。セントライトからの預かりものだ。
    お守りの中に、クリフジの遺髪が入っているらしい。
    男性はお守りを受け取ると、優しく微笑んで頷いた。

    「伯父もきっと喜ぶと思います」

    そう言って何通かの手紙を見せてくれる。

    「伯父は大陸から家族に手紙を送ってくれていたんです――内容はクリフジさんに関する事ばかりでした」

    体調は大丈夫か、戦時中ゆえに大好きな甘い物を食べられないが大丈夫だろうか、サカエとは仲良くしているか……
    全ての手紙には「可能ならクリフジに渡してほしい」と書き添えてあった。

    「何分戦時中の事で、渡す事もままならず……遺骨が帰って来るというので家を整理した時に出て来たんです」

    良ければこれをセントライトさんに渡して下さいという男性から丁重に手紙を受け取る。
    俺は目的を達成できた安堵に一息吐いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:18:14

    「ご苦労でした」

    手紙を受け取ったセントライトは俺に向かって深々と頭を下げ、受け取った手紙を読み始める。
    じっと無言で読み進めていた彼女は、ポツリと俺に向かって言った。

    「卿よ、少し外していただけますか」

    頷いた俺は部屋の入口へと向かう。
    扉を開いた時に背後から聞こえたすすり泣きは聞こえないフリをした。


    「トレーナー、何処行ってたんだよ!」
    「んー、ちょっとツーリングに東北まで」
    「あ、ずっりー! 俺も連れてけよー!」

    騒ぐ担当バの頭をワシャワシャと撫でまわしながら俺はトレーナー室へと向かった。

    「んで、メイクデビューの準備は出来てるのか?」
    「ったりめーだろー!」


    ――翌年この担当バ、ウオッカはこう呼ばれる。

    「64年ぶり、クリフジ以来のティアラ路線ダービーウマ娘」と。

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:18:59

    終わり。
    ベタなネタだけど、セントライトさんが感情的になる話が書きたかったんや

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 01:02:01

    ここの前田トレーナーは帰ってこれなかったのか……

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています