- 1二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:23:45
──夜はあたしの時間だ。
かつてのオンパロスにはなかった夜。大量のインクで塗り潰したキャンパスの上に宝石を散りばめたような夜空の下、ちらほらと明かりが灯る家屋の隙間をするすると通り抜け、目的地へと疾走する。
1000年の時を経て世界に返還された闇夜に、オンパロスの連中はまだ慣れていないようで……まだ日付が変わるには随分早い時間なのに、人の気配はもほとんどなく、街は昼間の活気が嘘のように静まり返っていた。
あたしのような”人間”にとっては好都合な状況で、少しだけ面白くなる。あたしにいつも「盗んだものを返せ」と言っていたくせに、いざ返せばこの体たらくか、と。
「ふふん……おっと、そろそろかな」
目的地が見えてきたところで少しだけ脚を緩める。
目の前にあるのは、このオクヘイマでも随一の豪邸。豪華だけれど華美すぎない、正しく”瀟洒”と呼ぶのが相応しい、あたしから見てもセンスのいい装飾の施された邸宅だ。
あたしは厳重に施錠された正門を華麗にスルーして、外壁を飛び越えてするりと屋敷の敷地内に滑り込んだ。……きっと正門から尋ねたとしても普通に歓迎してくれるだろうけど、何だか少し癪だった。それに、かつて──前世であれだけ憎まれ口を叩き、顔を合わせることを避けていた相手に素直に接するのが少し気恥しいという思いも──……あっ。
「やばっ……」
脚に掠めた金色の糸に、思わず声を漏らす。いつもなら簡単に避けられたのに……考え事をしながら走っていたせいで、つい見逃してしまっていた。
かつてのように糸に触れた相手の何もかもを見透かすような力はなくとも、あの女の感覚の鋭さは健在で──
「……セファリアですか? 私はこちらですよ」
「……ちぇー、バレちゃったか」
ばつの悪さを感じながら、声が聞こえてきた窓の方に向かう。開け放たれた窓からそっと顔を出して中を覗き込んだあたしは……素っ頓狂な声を上げて飛び上がってしまった。
「んなっ!? にゃっ、にゃんで脱いでんの!?」
「声が大きいですよ、セファリア。何故と言われても、これからバニオを浴びるところでしたので」
「そ、そう……いや、ちょっとは隠すとかしなよ!? 誰かに見られたらどーすんのさ!?」
「私は別に構いませんが……そう思うのなら、早く入ってきて窓を閉めてください。これ以上騒ぐと近所迷惑になってしまいます」 - 2二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:24:37
一糸纏わぬ姿を晒しながら堂々と立つその女──アグライア。
……悔しいけど、本当に美しい女だ。蜂蜜のような黄金の髪にスッと整った鼻梁、そしてどれほどの名工でも再現できないであろう、神々しいほどに均整の取れた肢体。
同性であるあたしですら見惚れて固まってしまうような……って本当に動けなくなってる!?
「ちょっとアグライア!? なんであたし縛られてんの!?」
「あなたが一向に動こうとしないからですよ。まさかこうも簡単に捕まえてしまえるとは……それほど見惚れてくれるのは嬉しいですが、些か注意散漫ではないですか?」
「~~~っ!!」
もはや言葉もない。虚言と放言で人々を翻弄する詭術の半神だった者が何たる様だ。
金糸で縛り上げた私は抵抗空しくアグライアの目前に引っ立てられていき、
「随分汚れていますね……今日も子供たちと遊んでいたのですか?」
「別に何でもいいでしょ……それより早くこれ解いて、早くお風呂行ってきなよ。いつまでもそんな格好してたら風邪引くよ? 前みたいに頑丈なわけでもないんだしさ」
「そうですね。では行きましょうか」
「んぇっ!?」 - 3二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:25:45
「ぶくぶくぶく……」
「ふふ……可愛らしい膨れっ面ですね。バニオはお気に召しませんでしたか?」
「猫ちゃんはお風呂嫌いだって知らないの? 虐待だ虐待……」
いくら神速のセファリアとはいえ、金糸に自由を奪われた状況で抵抗できるわけもなく。あれよあれよと言う間に服を脱がされ、全身を洗い流され、湯船に叩き込まれ……。
睨むあたしを見て、アグライアは愉快そうに笑っている。
──そう、笑っているのだ。かつて権能の代償として人間性を捧げ、精巧な人形のような有様になっていた彼女が。視力すら失い、真っ直ぐ見てくれることもなくなっていた彼女が。今はこうして、あたしの目をしっかりと見て、柔らかく微笑んでいる。
「あなたとこうして一緒にバニオを浴びるのは、実に数百年ぶりですか……ごめんなさい、セファリア。少しはしゃぎすぎてしまいましたね」
「ほんとだよ。オクヘイマの指導者、金織のアグライア様ともあろう者が、子供みたいにはしゃいじゃってさ。…………まぁ、でも」
お風呂が好きじゃないのは本当だし、まだ前みたいに……1000年前みたいに振舞えないけど。
「……たまになら、いいよ。一緒に入っても。……ごめん、ライア。あたしずっと、あんたのこと避けてた」
「謝らないでください、セファリア。事情があったことは理解しています。……貴女を怒らせてしまったのではないか、嫌われてしまったのではないかと、不安だったのですが……そうではなかったと知って、心底安心しました」
「ぅ……」
アグライアの細い指が、そっとあたしの髪を梳き、頬を撫でる。
その優しい感触に、懐かしさを感じて……思わず目を細めてしまう。そうだ、あの頃のあたしは……こうやって触れてもらうのが大好きで──
「ねぇ、セファリア。あなたにいつか着てもらおうと思って、繕った服がたくさんあるんです。着てくれますか?」
「……しょーがないな。報酬はきっちりもらうからね。もちろん今回のお風呂の分も!」
「ふふっ。えぇ、もちろんです。差し当たって、欲しいものはありますか? 私に用立てられるものあれば、用意しましょう」
「んー……そうだな」
お金や宝石、貴重な物品とか……そういうものが頭に浮かんで、けれどその全部が、あたしの髪を撫ぜる手に押し流されるみたいにお湯に溶けて消えていく。
「なんか、考えとくからさ……今は、これでいいや」 - 4二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:26:35
- 5二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:27:58
ありがとう……ありがとう……っ
- 6二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:30:03
スレ主アナアグで書いてた人だな!?
感謝…圧倒的感謝…!! - 7二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:32:07
アグライア様無限に味がする女なんだが
- 8二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:34:09
- 9二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:39:05
- 10二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 00:40:45
- 11125/05/22(木) 00:42:06
- 12125/05/22(木) 01:36:29
「痛ッ」
「どうしたのですか、セファリア? ……あぁ、ネイルが割れてしまったのですね」
「今日は仕事が忙しかったからなぁ、油断してたや。まぁ爪の方は問題ないみたいだし、後で直しとくよ……って何してんの?」
「私が直してあげますから、手を出してください。私が愛用しているものですが、長時間の作業に耐えうる優れものですよ「いいっていいって! そのぐらい自分で出来るし、この1000年間自分でやってきたんだし!」」
「……何故逃げるのです? 自分でやるよりやってもらった方が迅速ですし、正確でしょう。これから仕事があるのでしょう? コンディションはできるだけ整えておくべきでは?」
「うぅ~~……わかったよ……。ほらどーぞ! 早く済ませてよね!」
「私の腕前は知っているでしょう? 言われるまでもなく……あら、このネイルは……」
「……べ、別に、ネイルとか興味なかったから、そのまま同じ種類を使ってただけだし……」
「このネイルはオクヘイマでもそれなりの高級品だったはずですし、盗賊を生業とするあなたであれば……ふふ、そう睨まないでください。これでも嬉しいんですよ?」
「……見りゃわかるよ。嬉しそうに笑顔なんか浮かべちゃってさ。……ずっと好きだったんだ、この色。一人ぼっちの夜に手を翳してみると、あんたの金糸を思い出して……遠くに居ても、繋がれてるみたいで」
「……セファリア」
「それに、この時間も好きだった。化粧とかめんどくさかったけど、あんたが楽しそうにしてるとこ見てたら、あたしも楽しくなっちゃってさ……わぷっ!? ちょ、アグラむぐぐぅ……っ!!」
「ごめんなさい、セファリア……人間性を取り戻してからというもの、私も感情の抑えが利かないみたいで……あぁ、セファリア。なんていじらしい子なのでしょう」
「あーもう暑苦しい!! そういうのいいから!! 早くしてよもー!!」
書いてたら寝落ちしてたわ 今度こそ寝ます
- 13二次元好きの匿名さん25/05/22(木) 02:12:03
筆が速すぎる 神速かな?