【SS】リバーサイドハッピータイム

  • 1二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:04:37

    誕生日というものは人を少し傲慢にするものであり、そして友人は少しの傲慢を許してくれる。相手の誕生日に少し傲慢になることでフェアトレードと言えるのかもしれない。
    メジロマックイーンは先日、イクノディクタスにお願いをした。4月3日、マックイーンの誕生日の朝にジョギングをしようというものだ。

    「別にこれくらい良いですよマックイーンさん。なんなら日課にしましょうか?」
    「さすがにそれは気が引けますわ……ただでさえ私の寝言で安眠を脅かしてしまっているのに」
    「?寝言?マックイーンさん寝言を放ったことがあるのですか?」
    「えっ?」
    「えっ?」

    イクノディクタスの安眠力を思い知りつつ、寮の玄関へと向かう。まだ薄暗い空の下、恐らくほとんどのウマ娘は寝ているだろう。ほとんど埋まった靴箱を過ぎる。
    トレセンを出て直ぐにウマ娘専用レーンを持つ道路はあるが、今回はここは通らない。少し狭い道をしばらく進み、多摩川の方へと向かう。

    「それにしても、河岸でのランニング指定とは。粋、と言ったらいいのでしょうか?」
    「ふふ、ありがとうございます。いつものグラウンドや道路より、景色も良いと思ったのです」

    高速をくぐってしばらく歩き、2人は多摩の岸に辿り着いた。首都圏でも一二を争う規模の一級河川は、羽田の河口から何十キロと離れた府中においても壮大な幅を誇り、都会には珍しい見通しの良さを持つ。
    ウマ娘の走行も許可されている歩道に立ち、2人はジョギング──と言っても人とは比べ物にならない速さの併走──を始めた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:05:08

    メジロマックイーンにとってイクノディクタスは大切な友人の1人であり、同時に心を何処か不思議な感覚で包み込む唯一の存在だった。
    別にほかの友人が大切でない訳でもないし、イクノディクタス相手に抱かない感情が湧いてくる友人、例えばゴールドシップなどもいる。だがその中で、イクノディクタスはマックイーンにとって、重力のようなものが感じられた。何処か惹かれる、そんな感情。

    「マックイーンさん?どうしたのですか?」
    「…あっはい、すいません、少し考え事を」
    「何を?」
    「えーと、それは……」
    「教えて下さらないのですか?」
    「いっいえ、こう、イクノさんはなぜ素敵なのだろうか、と」
    「それは……ふふ、ありがとうございます。答え、13日に聞かせてください」
    「分かりましたわ……」

    マックイーンは、優位に出ようと思えばかなり多くの相手に優位に出ることが出来る。ゴールドシップの悪戯に反撃することも出来るし、メジロたる姿を表に出せばどのような相手でも崩れずにいることが出来る。
    だがイクノディクタスだけは難しかった。自分の中身を引きずり出される。会話する事に素の自分を曝け出してしまう。これもまた、彼女だけに浮かぶ感情のせいかもしれない。

    「それにしてもこの季節でこの2人……産経大阪杯を思い出しますね」
    「ああ、あれは4日でしたものね」
    「はい。あのレース、マックイーンさんは1年ぶりでありながら圧勝なさって、私は掲示板の外側……今思えば、あのレースが私を奮い立たせたという見方も出来ます」
    「そうだったんですの?」
    「ええ」

    今でも思い出す日々。イクノディクタスは、安田記念、宝塚記念と連続で2着だった。あの時現役最強であったマックイーンに、1と4分の3バ身差まで迫った。
    あの頃は特に感じていた。イクノディクタスに対する不思議な感覚を。

  • 3二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:05:36

    走り出して何本目かの橋を見た。

    「そろそろ帰りましょうか?」
    「ええ、結構走りましたし」
    「そうしましょうか」
    「そうだ、帰りは対岸で走ってみませんか?」

    そうする方が、景色も違って見えて飽きないだろうというマックイーンの提案。それはイクノディクタスに快く受け入れられた。

    多摩川にかかる長い長い橋を渡っているとき。ふと、マックイーンを妙な感覚が襲った。自分から自分が滲み出す、そうとしか言えない感覚。
    目の前をイクノディクタスが歩いている。麗しく美しく凛々しく強いイクノディクタスが歩いている。メジロマックイーンと共に歩いている。

    「──さん?マックイーンさん?」

    見蕩れていたせいか、その女性の声に気付くには少しかかった。

    「また考え事をしていたのですか?」
    「はい」
    「今度は何を?」
    「そうですわね……自分が今幸せだと、そう思っていましたわ」

  • 4二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:06:00

    マックイーンの誕生日を祝うパーティーも終わり、皆が各々の部屋へと帰った頃。

    「イクノさん、少しだけお話が」
    「はい?」

  • 5二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:06:35

    春と言っても、まだ4月も始まったばかりのこの日、まるでまだ冬であるとでも言っているかのごとく、関東平野は寒気に覆われていた。メジロマックイーンは1人コートを羽織り、夜の街、朝通った道をゆっくりと歩いてゆく。
    門限は過ぎている。メジロのウマ娘としてあるまじき行動であるとは、マックイーン自身が最も理解していた。しかし、それでも「なんとなく」の感性に従って夜道を進んで行ってしまうのは、今日故の気分からか、それともまた他の理由があるのか。

    冷えた風の吹き晒す是政の橋を渡り、コンビニでジュースを2本買う。これもなんとなくだった。自分の心が動いていく方向に体を動かしていくことは、マックイーンにとっても不快なものでは無かった。
    その「なんとなく」は、再び是政の橋の手前まで戻り、河岸の歩道を歩き始めた頃に形を持ち始めた。
    冷たい風が、何処か暖かく感じられた。いや、どちらかと言えば冷たくはないと感じるようになったと言うのが正しいだろうか。上着は欲しいが、まだマシな温度と言ったところだ。日高から吹き降ろす凍えるような風に比べたら、都心の冬など大したものでは無い、それに近い感覚。
    マックイーンは草むらに腰を下ろし、ジュースを2本とも開けた。

  • 6二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:06:59

    「居るのでしょう」

    小さな声は、静かな府中の空にあっても微かなものだった。だが、意味は充分あった。

    「とても騒がしい日曜日でしたわね。今日が4月3日で幸せでしたわ、もし明日から授業でしたら少し気が滅入る所でした」
    「……思ッテタヨリ不真面目ナンダナ」
    「どうでしょう?元からでは?」
    「ソレモソウカ」

    コーヒーの香りのする声が、耳ではなく頭に響くようだった。透き通った空と心、殻を破った魂がそれに触れていた。

    「何時カラ気付イテタ?」
    「さあ」
    「サアッテ…ソリャ無イダロ」
    「あまり構っても調子に乗る気がしまして」
    「否定ハ出来ナイ」
    「全く……」

    たわい無い話で1分1分が過ぎていく。今日が磨り減っていくと考えれば惜しいものだが、マックイーンにとって今のどうでもいい話をしている時間は浪費の類に入らなかった。まるで天上に広がる星空のように晴れやかな気持ちで居た。

  • 7二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:08:23

    「そう言えば」

    ふと、マックイーンにある考えが過った。

    「来ないのです?」

    そのままそれを口に出した。

    「分カラナイ」

    想定通りの答えが返ってきた。

    「やっぱり。私達にはどうしようも無いですし、気長に待つとしましょうか」
    「ソレデ良イト思ウ。……次ニ今日ガ日曜ナノ、イツ?」
    「えー……10年後だそうで」
    「ソウカー、ガンバルカー」
    「考えがコロコロ変わること。……そう言えば、2005年と2011年も日曜日だったそうですわね」
    「ソウナノカ。何カソノ、イイナ」
    「不思議な縁もあるのものですわね」

  • 8二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:08:34

    ちょいちょいと口にしていたジュースが、ボトルの底に数ミリしか残っていないことに気付いたのは何分後か。
    マックイーンは一息つき、知らぬ間に倒していた体を持ち上げた。

    「そろそろ帰りましょうか」
    「マダ早イ」
    「あんまり遅れても皆さんが困るでしょう?戻れるうちに戻るのです」
    「寮長ハ抑エテヤルカラ」
    「それはお願いします」

    2本の空のボトルを袋にしまい、立ち上がる。多摩川の水面は揺れながら、街の光のラインを描いていた。

    「ではまた今度。1週間後か1年後か10年後か、それともそれ以外か」
    「アア」

    マックイーンはトレセンに向けて歩き出した。

  • 9二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:10:01

    「お帰りなさいマックイーンさん」

    イクノディクタスが部屋でマックイーンを出迎えた。正座でちゃぶ台にケーキを乗せて待っていた。2人だけの2次会の準備をしてくれていたらしい。心から喜び飛び上がりたい気持ちを抑えつつ、コートをハンガーにかける。

    「フジキセキさんには怒られませんでしたか?」
    「いえ。特に」
    「そうでしたか。誕生日特権と言った所でしょうか……私も今度使ってみましょう」

    止めるか悩んだが、それも野暮だと思い止めなかった。彼女には彼女の縁があり、それが彼女を守ってくれるかもしれない。

    「それにしても、こんな夜中に何をしに?」
    「そうですわね──」

    疑問に思うのも不思議ではない。誕生日に、1人で、特にこれといったものもない街を歩く意味は普通は思いつかない。マックイーンにだって思いつかない。
    ただ、説明するとしたら。

    「──なんとなく、でしょうか」
    「いいと思います。なんとなく」
    「そうでしょう?」

    たまには気分屋になってもいい。そんな気がした。

  • 10二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:11:08

    おわり
    マク誕命なので久しぶりにSSを書いたら2つのSSがドッキングしてリオデガロンしました

  • 11二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:14:59

    絵と文章の両方で殴るな
    殴れ

  • 12二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:18:50

    素晴らしかったぞ
    誇れ

  • 13二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:21:01

    かいたな?!こいつ
    マックイーン誕生日おめでとう!!

  • 14二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:22:32

    多摩川を超えるとウマソウルが励起するのはみんな知ってるね

  • 15二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 00:25:55

    静かな空に騒がしい日曜日ですか......大したものですね

  • 16二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 08:32:46

    とても素敵なSSですわ!
    イラストもお描きになりましたのね!
    こんなのもう一等賞ですわ~!

  • 17二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 18:05:22

    うわぁー!書いてるし描いてる!

  • 18二次元好きの匿名さん22/04/03(日) 18:07:37

    ageあざです
    SSが来たらどんなキャラになるんでしょうね
    ウマ娘はストレートに馬の性格を反映しないとはいえ生き方がロックンロールなSSはまあトゲトゲしたキャラになりそうです

オススメ

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