ここだけノエル先生が『一周目の記憶』を引き継いだ世界 11

  • 1スレ主25/05/24(土) 22:46:07
  • 2スレ主25/05/24(土) 22:47:40
  • 3スレ主25/05/24(土) 22:48:34

    このスレのノエル先生
    ・フランス事変後に修道院に隔離されて間もなく『一周目の記憶』を自覚する
    ・隔離後すぐに代行者として就任。この時点でエレイシアに対する報復を決意し復讐者として生きる
    ・エレイシアが目覚めて代行者になるまでの六年半でひたすらに自己研鑽&限界を超えるための代償を払い続ける。その甲斐あって原作とは非にならない強さを得る
    ・人間以上の耐久を得るための一環で左足を聖別化した義足に改造してもらってる
    ・偶然にも手に入れた十四の石を用いて人外と化す。外見の変化は肌が白くなったくらい。完全に適応してからは恐らく瞳孔も十字になってると思われる
    ・幻想種の中で神獣に区分される『白鯨』モビーディックの遺骸を直接的な経口摂取で取り込み、更に肉体の存在規模を拡張させる事に成功している
    ・現時点での強さは少なくともシエルとの連携でなら後継者をも斃せるまでになっている
    ・というよりシエルとの連携の末に二十七祖のクロムクレイに引導を渡すという大快挙を成しえてしまった
    ・↑の功績もあって教会から『焔(ほむら)のノエル』という異名をつけられる
    ・着実に強くなっていってる事と『一周目の記憶』の自分を反面教師にしてる事もあって大分精神が安定している
    ・ただし完全な復讐者として生きているので高い身分だの裕福な生活だのと言った人並みの幸せには全く固執していない。もはや彼女が望んでいるのはロアやシエルに対する復讐のみとなっている
    ・そんなんだからマーリオゥからは『手を焼かせる制御不能の猪』と厄介に思われてる
    ・ここまで復讐鬼に振り切っているものの、無辜の人々が死徒に虐殺されるのを何よりも許せない代行者としての正義感もちゃんとあったりする
    ・実はシエルを誰よりも憎み蔑んでいる一方で、憎んでいる故に誰よりも彼女を気にかけていたりする。シエルの理解者

  • 4スレ主25/05/24(土) 22:50:30
  • 5スレ主25/05/24(土) 22:59:03

    現在の状況
    ・代行者ノエル、度重なるシエル先輩の裏切りにより元々狂ってたブレーキのタガが完全に壊れる
    ・自作した死徒化の薬及びロズィーアンとパラノダリアの原理血戒二つを用いてシエル先輩を死徒として生き返らせる
    ・ついでに遠野志貴も誘き出して拉致監禁。かつての故郷跡地の廃教会でシエル先輩を拷問し、その様を目の前で志貴に見せつけるという狂気の毎日に耽っている

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 22:59:54

    おかえり

  • 7スレ主25/05/24(土) 23:06:31

    というわけでどうもスレ主です
    ほんの少し前に建てた10.5スレ目がいつの間にか落ちてたのでまた少し時間を置いて立ち上げました
    あまりにも中途半端に落ちたのでどうせならと前回の本文レスを今から全部コピペしようかなと考えてるので、保守も兼ねてさっそく丸写ししていきますね

    10時間で落ちるようになったのは地味ながらスレ管理が辛いなあ…

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:07:46

    「………やけに、あっさりと要求を聞き入れてくれますね。本当、なんですか?」
    「なに、嘘つきの分際で疑ってるの?まあ、つっても無理もないか。
    でも、この言葉に嘘は無いわ。なんならもう一回言ってあげましょうか?
    私は志貴クンに今後一切手出しはしない。ただこうして椅子に縛り付けて、私がアンタを拷問してるところを見せつけるだけ。
    重ねて言うけどこれに二言は無い。聞き入れてあげる範囲はちゃんと聞き入れた上で有言実行してやるわ。嘘に塗れてるアンタと違ってね!」

    私が厭にお願いを快諾した事に、エレイシアは怪訝そうに顔を顰める。
    ふふふ、そんなに心配しなくたっておまえの志貴クンにはなーんにもしないわよ。
    だって、たった今、もっと“面白いコト”を思いついたんだから!

    「……本当に、お願いしますよ。わたしはどんな事でも受け入れますから、遠野くんには、手を出さないで」
    「ねぇそれさっきも聞いた。わざわざ二度も言わなくたって私はちゃんとそこは自重するわよ。
    それとも、“元”バディの口にする事はそんなに信じられない?」
    「……いえ……そんな、ことは。
    わかりました。ノエル―――あなたの言葉を、信じます」

    それでいい。今のおまえは一方的に私に詰られて嬲られるだけの立場に過ぎないんだから、そうやって私の言葉に大人しく頷いてりゃいいのよ。ったく、愛しい愛しい彼氏を庇う為っつっても何でそれが分からないのかな。

    「うんうん、信じてくれて何よりだわ。腐っても私たちは同じ苦楽を共にした仲だからね。今となっては過去の関係だろうが、一応は互いを信用し合ってこそのバディよ!
    ――――――あー、そういうワケで志貴クン!ごめんね?私の拷問(ふくしゅう)にキミを道具として利用しちゃって。
    許してほしいだなんて厚かましい事はほざかないけど、それはそれとしてこんなヒドい事はもう今回きりにするからさ。
    よぉし、そういうワケで一先ずこれで一件落着かな!じゃ、今日も今日とておまえを好きに甚振るね、エレイシアっ!
    うーんそうだなぁ、今日は全身の骨を適当に砕いてから雑巾みたいに捩り搾ってみよっか!体中の至る所から血が噴水のようにぶしゃぶしゃ飛び散るでしょうねぇぇぇぇぇ?」

    そうして私は、今日も張り切ってエレイシアを存分に弄びにかかる。
    さぁて、これからちょっとだけ色々と準備しておかないとねぇ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:08:20

    それから一週間後。

    私は入念に下準備を拵えつつ、任務先で適当にひっ捕らえた死徒たちを使って『試験』を何度か繰り返し、再び故郷の廃教会へと戻った。
    それなりに手間のかかるモノではあったけど、これで十分な筈だ。期待以上の結果になってくれると嬉しいな。

    「ただいまー!大人しくしてた?してたわね?うんうん、ちゃんと大人しくしてくれてるようで何よりだわ!アンタたちがこうしてこの場にいるのがその証左だもの!
    いやぁ、それはそうと一週間も戻れなくてごめんなさいね。ちょっとばかし面白い拷問を行う為の用意に色々と手間取ってたの!」
    「………………」
    「………今度は、何なんですか」

    うん、志貴クンは相も変わらずだんまりね。というよりもう喋る気力も残ってないって感じかしら。
    だからってこの悪魔が死ぬまでは解放してやらないし、それは絶対的な決定事項なのだけど。
    ああ!可哀想に。キミが下手に私たちの関係に深入りして来なければ、こんな目に合わずに済んだってのにさ。
    とまあ、今はそんなことよりも。

    「ええ、よくぞ聞いてくれたわエレイシア!今日は……というより今回は、って言った方が適切かしら?
    まあ、何なのかというと……ほら、これまではアンタの肉体を果てしなく甚振って殺しに殺しまくってたじゃない?
    でも、私としてはちょ~~~~っとだけマンネリを感じてたのよ。いや、アンタの絶叫を聞く分には心地よかったけどそれはそれとしてね?
    だから今度は趣向を変えて、身体じゃなくて精神的に追い詰めて凌辱してみよっかなって考えたの。つっても今までの拷問でも精神的にも甚振っちゃいたけど。
    しかしながらそれは私にとっちゃあくまでついで。今からアンタに与えるのは、アンタの精神を極限まで追い詰める為の責め苦よ。
    つまりどういうコトか。それを口にする前に、まずはコレを見てちょうだい♡」

    「……………っ!!?」

    私は、それまで手元にぶら下げていた革袋の中身を取り出し、エレイシアに見せつける。

    取り出したそれは、中に“大量の死徒の眼球”が詰まっている丸いビーカーだ。

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:08:58

    「見ての通り、この中にあるのは死徒の目玉。そうね、数えてないけどざっと20個ぐらいはあるかしら?
    いやあ本当に大変だったのよ?アンタならそうして見ただけで解るでしょうけど、この眼球の一個一個がⅥからⅦ階梯の奴らのモノなの。
    だから集めるのにも一苦労しちゃってね。低い階梯のゾンビ共ならともかく、そんな高い階梯の死徒なんてそうそうエンカウントしないからマジで虱潰しだったわ。
    おまけに集めなきゃいけない以上は必然的に眼球を一切傷つけずに仕留めなきゃいけなかったし、この一週間はかなりシビアな日々が続いたのよ。
    でも、そんな私の頑張りを主は見てくださっていたのか、こうして十分なぐらいに蒐集する事ができたわ」

    まさに幸運と言えるでしょう。一週間なんて短い期間の中で10体以上も都合よく遭遇し、そして仕留めうるに至れたのは本当に僥倖という他ない。
    これだけあれば、これからやるコトにあたって十二分に役立ってくれるだろう。

    「それで……そんなのを、わたしに見せて……どうするんですか。
    何を考えて、死徒の眼球なんてモノを……?」
    「ふふ、ふふふふふふふふ。そりゃあ、これからアンタに与える拷問に必要だからよ。
    正確には、その拷問を拷問としてより確実に成立させる為の補助具……というべきかしら。
    ほら、死徒の眼球―――言い換えると魔眼は、その名の通りに強力な魔力を秘めてるじゃない?そして、それらは基本的に総じて魅惑で対象を洗脳・催眠する類のモノ。
    あくまで私の推論だけど、ロズィーアンの薔薇の魔眼もこれがより強力かつ歪に変異して、高次元な幻惑を見せる域にまで発現したものだと思うのよ。つまり吸血鬼の魔眼である以上、原理としては元々は同じモノだったんじゃないかなあって」
    「………何が、言いたいんですか……?」
    「まあそう急かさないでよ。うん、要するにね。
    …………いや。アンタは私よりずっと地頭良いんだし、口でわざわざ説明するより目の前で実際にやった方が理解してくれるわよね!
    つまり――――――こういう事っ!!」

    「は――――――?」

    瞬間、ビーカーを思いきり床へと叩き割る。当然、眼球がほんの一瞬宙に飛び散る。
    その一瞬で、宙に舞う眼球たちの向きを秘蹟によって『全て』エレイシアの方へと固定し――――――いつかの礼拝堂で発動させた幻惑の魔術を、再び行使した。

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:09:26

    「なっ――――これ、は」
    「うん、覚えがあるでしょ?あの時にアンタと志貴クンに仕掛けた幻惑の魔術よ。
    あの時は私自身が覚えたてなのもあってほんの一瞬しか持たなかったけど、今度は全く違う。
    あれから私は魔術の研鑽を積む中で、これもまた試行錯誤を重ねて精度を上げていったの。
    けど、アンタも知っての通り私は魔術の素養自体が全くのドが付く素人。そんなド素人が幾ら頑張ったところで所詮はたかが知れている」

    まして、魔力に対する耐性も異様に高いおまえに二度も都合よく効くとは思えなかった。
    加えて今のコイツは死徒だ。例えコイツ自身に抵抗する意思がなくとも、コイツの肉体が私の魔術を弾くだろう。

    「ならどうするか?答えは簡単。死徒の魔力も利用して、術の影響力をアンタにも効くぐらいに底上げしてしまえばいいだけの事。
    ほら、吸血鬼の魔眼ってさ、対象がそれを見る事で初めて魅惑の異能を掛けられるじゃない?で、アンタは今の一瞬でこの魔眼たちを“視て”しまった。
    下級、況してや上級死徒ともなるとたった一つでも魔眼としては強力なのに、それが20と来れば如何にアンタでも弾ききれないわよね?」

    私がいきなりビーカーを床に叩き付けて破壊したのも、そういう突拍子もない行動を不意にする事で、コイツが宙に飛び散る魔眼たちに反射的に意識を向けるように視線誘導させる―――という意図があった。

    「ま、要するに文字通りの『目には目を』って事よ。単純ではあるけど合理的でしょう?
    じゃ、そういう事でアンタには今からそのどこまでもしぶとい鉄の精神をズタズタにされてもらうわ!
    せいぜい人間らしく苦しんで、そして“死徒らしく”愉しみなさい!エレイシア!」
    「ノエル……?あなた、何を、見せようとしてるんですか…………?」

    エレイシアの声が段々とか細くなっていく。うんうん、ちゃんと意識が沈みかかってるようね。

    「ふふふふふ、心配する必要はないわよ。何もあの時みたいに14年前の惨劇をもう一度見せようってワケじゃないわ。
    ただ、そう――――――アンタはこれから、決壊するその時まで只管に堪え続ければいいだけなのよ」

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:10:01

    「それ、は……どういう……」
    「大丈夫大丈夫、実際に体験すれば嫌でも私の言ってる事が理解できるから!
    じゃ、そろそろいい加減にいってらっしゃい!」

    「あ――――――ぁ、あァ――――――あ――――――」

    意識が揺らめき朦朧とするエレイシアの頬に両手を添えて、目と鼻の先まで顔を近付ける。
    ……こうして改めて見ると本当にムカつくほど顔が良いわね。ああでも、だからこそ!この顔がどれだけ苦悶に歪むのかが愉しみでならないわ!

    『―――それでは、あの時のようにもう一度、雰囲気を飾り立てる為の言葉でも告げておきましょうか』

    『これよりアナタが味わうのは、かつての暖かな記憶そのもの。悲鳴と痛み、苦しみと恐怖、夥しい死と終わらぬ絶望が入り乱れる阿鼻叫喚の地獄とは無縁の日常です』

    『多くの人々から優しく、手厚く、普遍的な好意をもって可愛がられる事でしょう。温和で柔和で、実に平和な時間を長く、それはもう長く体験するでしょう』

    『どうぞ、心ゆくまで楽しんでいってください。どこまでも尊い親愛に包まれながら、懐かしい青春を満喫してください』




    『そして――――――時が終わるその瞬間まで、自らの手を自らの意思で血に染めるまで、じっくりと堪えろ。じわじわと苦しめ。想像を絶するだろう痛みと恐怖に延々と悶え続けるがいい。

    どうぞ、存分に狂い果てなさい』




    ――――――送るべき言葉は口にした。術中に陥れる事も成功した。

    あとは、この悪魔の心が摩耗していく様をゆっくりと観ながら愉しむだけだ。

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:10:38

    「ふふ。さぁーて、これでひとまず上手くいったわ!
    ―――ねえ、これからこの女がどんな目に合うか気にならない?志貴クン」

    「…………………」

    彼の方を向きつつ、目の前まで近寄って顔を覗き込む。
    依然として生気を感じられない顔ではあるけど、視線は私の方を向いている。

    「くふ、ふふふふふふ。今からアイツはね、幸せな日々を送るの。
    ああ、変な意味じゃなくて文字通りよ?家族に囲まれて、友達や知り合いとも交流しながら普通の日々を過ごす。ただそれだけの、何の異常もないごくごく平和的な日常を過ごしてもらうの」
    「……………?」

    ああ、怪訝そうな顔しちゃってる。自覚できてるのかは知らないけど、まだそんな風に表情筋を動かせる程度の余裕はあるみたいね。もっともそれぐらいは残ってないと、こっちとしても反応を楽しめないけど。

    「別に嘘なんかじゃないわよ?ほら、これまでアイツはずっとずっと苦しんでばっかだったじゃない、色々とさ。
    だから一度ぐらいはなーんのしがらみもない暖かい時間を体験させてやってもいいかなって。
    拷問ばかりの毎日じゃ、すぐに心が持たなくなるでしょう?長く愉しむ以上、こうして偶には適度なケアもしてあげないとねぇ?」
    「………………………さっき、精神的な………拷問とか、言ってた、だろ」

    あら、口も訊けないほど衰弱してるのかと思ってたけどそうでもないのね。嬉しいわあ。

    「さて何の事やら。私って地頭の悪い愚図だからさ、そんなコトいちいち覚えていないのよね。
    ああ、でもある意味ではこれまでの中で一番の拷問になるかもしれないかしら。ふふふ、まあそこでじっくりと見ていればその内わかるんじゃないの?」
    「……っ!」

    ふざけるな、とでも言いたそうな目で睨んでくる志貴クンを一哲する。そしてエレイシアのもとまで歩き、周りの魔眼を介してコイツの脳へと接続した。

    「それじゃあ、おまえの虚しく足掻く様を『特等席』でたっぷりと眺めようじゃないの。せいぜい、今回も愉しませなさい」

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:11:33

    ――――――。
    ―――――――――。
    ―――――――――――。



    ………深い、微睡みの中に浮かんでいる。
    浮かんでいるような、という言い方が適切だろうか。

    光の届かない、冷たく真っ暗な海の底。身体の感覚は無く、今にも霧散しそうで、ゆったりと揺蕩っている。
    このままいつ果てる事もなく彷徨って、無意味に消えてしまうかもしれない。或いは、もっと深く沈んで、二度と戻って来れなくなるかもしれない。

    「………ああ、でも」

    そうなっても、いいかもしれない。わたしが消えれば、わたしが死 ねば、彼は自由の身になる。彼女の手から逃れられる。あの地獄から、解放される。
    だから、もういっそこのまま、ありのままを受け入れようか。

    「…………?」

    なんて潔く決意していたら、不意に遠くから光が差し込んできた。
    なんだろう。そう疑問に思っている間に光はどんどん強くなっていって、視界を白く照らしていく。

    まぶしい。なにも見えない。なにも感じない。思わず反射的に瞼を閉じる。

    ………しばらくそうしていると、微かに光が収まったような気がした。今のは何だったの、か――――――?

    「………………………………え?」

    晴れた視界に入ってきたのは、信じられない世界(けしき)だった。

  • 15二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:12:29

    周りで賑わっている人々の喧噪。
    頬に当たる涼しくて爽やかな風の感触に、澄み渡る蒼の空模様。
    規則正しく並ぶ、中世の雰囲気を醸し出している建物群。

    そして――――――『BOULANGERIE FARINE NOIX』と書かれている、三階建ての、パン屋。


    「――――――――――――」


    忘れられない。忘れられる筈がない。記憶の底に染みついた、二度と取り戻せない幻想。
    他ならない自分が、跡形もなく穢して壊し尽くしてしまった故郷の家。

    そして、そのパン屋の手前に、

    「おーい、どうしたんだエレイシア?そんなところでボーっとしてないで、早く配達の手伝いをしておくれ。今日もウチは忙しいからな!」

    「あ――――――ぁ…………!!」

    狂った自分が、一番最初に殺した人が。

    誰よりも大切で、大好きだった筈の父が、あの時と変わらない優しい声で、わたしを呼んでいた。

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:13:09

    「おとう、さん」

    足が、身体が動かない。今すぐにでも駆け寄りたい衝動とは反対に、それを良しとしない心もある。
    これは、十中八九ノエルの幻惑の魔術だ。まるで現実のような実感があるものの、これは心象風景を元に構築した一種の仮想空間だろう。
    何より。何よりこの目に写る父は、パン屋の店は、人々の活気は、街並みは、美しい空模様は、もうこの世のどこにも存在しない。

    だって、それらは全部………ぜんぶ、わたしが、奪ったんだから。壊して、穢して、踏み躙って、食い物に、した。

    そんなわたしが、どうして自分から家族に近づけようか。
    例え幻惑だったとしても、そこにいるのは本物ではないとしても、何もかもを奪い尽くした化け物が今更家族面して、さも当然のように接触していいワケがない。
    そんな厚顔無恥な蛮勇はないし、資格もない。わたしは裏切り者とか恩知らずとか、そんな言葉で済まされない。

    文字通りの、狂った悪魔そのものだ。そんな畜生にも劣る悪魔に、親しかった人の姿を見ることも、優しくて暖かい声を聞く事も赦されない。家族として意識する事さえ、鉄面皮に等しい。

    「エレイシアー?お父さんが呼んでるよ?ほら、早く行ってあげないと!」
    「でも、何か顔色悪くない?もしかして体調が優れないの?」
    「具合でも悪いなら無理せずにお父さんに言いなよ。元気な貴女が一番いいんだからさ!」

    「あ、あ…………」

    けれど、その場を後退ろうにも。立ち去ろうにも。逃げ出したくなりたくても。
    ジャンが、アルーが、ファビが、ポドが、おじさんがおばさんが、街の人たちが。
    殺した皆が、わたしの周りに寄ってきて、かつてと何ら変わらない笑顔で話しかけてくる。

    優しい顔で、優しい声で親しく接してきて、わたしの逃避(それ)を許してくれない。

  • 17二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:13:42

    やめてほしい。そんな朗らかに話しかけられても、わたしにはそれに応じる権利なんてない。
    わたしは、貴方たちを殺した。それはもう愉しみながら、嘲笑いながら殺し尽くした。

    ……そうだ。近寄られたところでそれがどうした。柔和な笑顔で声をかけられたから何だというのか。
    こんなもの、やんわりと退かすなりしてさっさと強引に立ち去ればいい。吸血鬼らしく、悪魔(ばけもの)らしく、皆の優しい声なんか無視すればいい。
    所詮は幻惑なんだ。本物じゃないんだから、多少手荒く突き飛ばそうとも何ら問題ないんだ。逃げたいなら、勝手に逃げればいいんだ。

    「―――おい、本当にどうしたんだエレイシア?呼び掛けても来ないから心配になって来たが、周りのお友達の言うように具合でも悪くしたのか?」

    だから、こうして父が目の前まで駆け寄ってきたとしても無感情に払えばいい。悪魔(ばけもの)ならそんなの造作もない。息をするように消してしまえばいい。

    「あ―――ぅ……う"ぅ………!!」

    なのにどうして、どうしてそんな簡単なコトが出来ない。どうしてただ近寄られただけで、話しかけられただけで、こんなにも心が張り裂けそうになる。

    わたしは貴方たちに、一生を懸けて贖っても絶対に許されないコトをした。
    幻だろうと貴方たちとは関われない。話したくても、接したくても、それは赦されない。誰よりもわたし自身が、それを赦したくない。

    「えっと、すごく苦しそうだけど大丈夫?今にも泣きそうになってるけど……」
    「……何か、辛い事でもあったのか?まさかとは思うが、学校で虐められたとかないだろうな」
    「いやー、エレイシアに限ってそれは無いんじゃないかなおじさん。だって彼女は誰に対しても明るい笑顔で接してくれる、この街なら誰もが知ってる人気者なんだからさ!」
    「そうそう!わたしたちはみんなエレイシアの友達なんだし、悩みとかあったら出来うる限り聞いてあげたいし何とかして助けてあげたいしね!」

    …………ああ、本当にやめてほしい。違うんです。そうでは、そんなのじゃないんです。
    わたしは、貴方たちから永遠に石と罵倒と恨みをぶつけられるべき醜悪な人でなしであって。
    そんな言葉を、そんな心配を、そんな善意を、慈しみを、向けられるべきじゃ、なくて。

  • 18二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:14:14

    「―――っ………あ、うああっ、ぁ、ぅぐ……ああっ、あ…………!」

    鉄の意思で抑えていた筈のものが、音を立てながらあっけなく溢れ出す。
    今までどんな苦痛に晒されても涙なんて流さなかったのに、ほんの少し暖かい言葉を投げかけられただけで感情の蛇口が壊れてしまう。

    いつかもそうだった。わたしは彼を本気で殺すつもりだったのに、彼は命乞いも恨む事も決してせずに、引き金を弾く寸前までわたしを先輩として見ていた。

    『ありがとう。たとえ嘘でも―――先輩が先輩でいてくれて、良かった』

    そんな愚直なまでの暖かい感謝一つで、わたしの中にあった決意とか覚悟とかは跡形もなく崩れて、殺していた筈の感情をみっともなくぶち撒けていた。

    今もまた同じだ。目の前から早々に消えてしまえば、或いは消してしまえばそれで済んだのに、ただ優しく心配されただけでこの始末だ。

    「………泣くほど辛かったんだな?とりあえず、今は気持ちが落ち着くまで自分の部屋で休んでおきなさい。その後で、何があったのかを父さんと母さんに話しておくれ」
    「もし、おじさんたちに言いづらかったりしたら何時でもボクたちに言って。友達が泣いてるのを助けるのは当然だからね!」

    「ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………っっ!!!」

    本当に、どうして自分はこんなに弱くなったのか。いつからこんな、人間みたいな脆さを抱えてしまったのか。
    もはや、目の前の幻を払い除けるだけの気力は無かった。ただされるがままに肩をさすられて、手を繋がれて、自分が壊したかつての実家へと引き込まれる。

    殺した人たちへの罪の意識と、どこまで行っても人間らしさを捨てきれない自分自身への憐れみと嫌悪。
    それらに板挟みにされて心が圧し潰されそうになったわたしは、壊れた機械のように謝罪を繰り返す事しかできなかった。

  • 19二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:15:46

    ―――それからわたしは自室に籠り、気持ちのほとぼりが冷めてから冷静にこれまでの情報をまとめてみた。

    まず、この世界はほぼ確実にノエルの用意した幻惑の空間(せかい)だろう。
    さっきは心象風景を元に構築しているのだろうと推察したが、それがノエルのものかわたしのものかは分からない。双方の共通する記憶(じょうほう)から作り上げてる可能性だって十分にあり得る。

    次に再現性の高さ。この空間にわたしという意識が浮上した時点からずっと思っているけど、精度(クオリティ)が異常すぎる。
    身体を預けているこのベッドの感触も、部屋の中の空気や雰囲気も、家族を始めとした人々の言動・感情も、街の様相も、全てが現実と錯覚しかねないほどに生々しい。
    一年半前に地下の礼拝堂でも幻惑の魔術を受けたものの、その時は劇場(シアター)のような場所でノエルの語りと共にダイジェストで映像が流れるだけだった。
    結果的にわたしはそれで無様にも一時再起不能に陥ったが、それでも言ってしまえば幻惑の魔術としては御世辞にもそこまでのレベルでは無かった。

    しかしこれは何だ。魔眼の力だけでなく、ノエル自身の研鑽による賜物もあるのだろうけど、何もかもが違いすぎる。
    例えるならそれこそ、『ただの演劇の会場』から『演劇の中の世界そのもの』になっているに等しい。

    加えて、あの時と違って今回はコレが何時終わるのかも全く分からない。
    あの時は体感にして2時間程度で終わってくれた記憶があるが、今回はどれだけ時間が過ぎる?一日?二日?三日?それとも一週間、一ヶ月?或いはそれ以上?
    分からない。死徒の魔眼も併用しているのを考慮するとかなりの長期間を維持できると見たけど、そこにノエル自身の魔力も含めて推測すると………少なく見積もっても一ヶ月前後は続くような気がする。
    とはいえこれはあくまで希望的観測による根拠の弱い推測だ。どこまで続くか未知数である以上、それよりずっと長くなる事も覚悟しておかねばならない。

    「そして……今のわたしがどうなってるか」

    これ見よがしと言わんばかりに、部屋の隅に置かれてある姿見に歩み寄る。吸血鬼は鏡に写らない、なんて話もあるが鏡自体は普通にわたしを写している。
    現実にいた時は思い出したくもない死徒(ロア)としての姿そのものだったが、今の自分はこの世にもういないパン屋の少女の姿だった。

  • 20二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:20:31

    この世の理不尽さ、残酷さ、惨たらしさに虚しさ。そういった闇を一切知らずに生きていた、純粋無垢な一人娘。
    その子が着ていた配達の仕事着を、今は着ている。一瞬、昔の自分に戻ったような感覚を覚えたものの、そんな気分は味わうべきではない。自分に、そういう風にかつてを懐かしむ資格など欠片もない。

    ほら。だって、それを嫌でも意識させるかのように、こんなにも―――

    「はは………瞳(め)は、血に染まっているままなんですか。牙も見え隠れしていますね。
    例え夢幻の中だろうと、あくまでおまえは化け物だ―――そういうコトなんでしょうか」

    真っ赤に彩られている悍ましい瞳と、人間(えもの)の皮膚を食い破る為の尖った犬歯。
    それらはどう見ても人間の特徴ではなく、まさしく吸血鬼のそれだ。
    首元は白い肌色を写しているが、よく見ると指先の爪も黒いままだ。靴下を脱いで足の方も確認してみたら、そこも同じだった。

    「けれど、お父さんや街の人たちにもこの姿は見えていただろうに、忌避するどころか寧ろ心配してくれた。外見に対する認識のフィルターでもかかっているのでしょうか?」

    もしかしたら単に涙で充血していただけ、なんて都合よく解釈してくれてた可能性もあるかもしれない。
    爪は……どうなんだろう。考えにくいけど、偶々目に入らなかったのか、或いはネイルを塗っているとでも思ったのかな。

    でも、仮に何らかの認識改変が働いているのならともかく、本当にそうして勘違いしていただけとすれば。
    次にこの姿を誰かに曝すのは酷く抵抗を覚える。この姿を見られたくない。隠したところで無意味な事だと理解してても、大好きだった両親や町の人たちに見られるのが凄く怖ろしい。

    だから、何れどこかで露見されてしまうその時までは、この姿を魔術で隠しておこう。そう考えたわたしは、愛用していた髪留めのスカーフに認識変化の魔術を施した。

    「これで、血に染まった瞳も、鋭利な牙も、壊死しているように真っ黒な爪も見えなくなった筈。
    こんなコトしても何の意味もないでしょうけど、承知の上です」

    幻惑の世界とはいえ、化け物である事実をよりによって被害者たちを前にして隠そうとしている。
    恥知らず、臆病者。彼女なら今頃そうして嘲笑っているかもしれない。
    ………わたしは、それを否定できない。わたしもまた、そう思っているのだから。

  • 21二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:21:40

    その後、父と母に先ほど泣き崩れた件について問われたが、これについては適当に『うたた寝していたらとても怖い夢を見た』とでも言っておいた。
    雑に捏造した嘘で両親の顔を心配に歪ませたのは罪悪感があったものの、幻相手とはいえありのままの事実を言うのは怖いので口にするのは控えた。

    「えっと……心配をかけてごめんなさい。もう大丈夫だから、今からでも配達の仕事を手伝うよ。お父さん」
    「わかった。だが、無理だけはしないように心がけなさい。いいな?」
    「うん、ありがとう。さっそく取り掛かるね」

    次に、この幻惑の世界がどこまで精工なのか。記憶の中と何かしらの差異はないのか。
    それを実際にこの目で確かめる為に、配達の仕事を手伝うという名目で早速動く事にした。

    一応、念の為に時計を確認する。時刻は午前11時。秒針は……普通に動いている。自室に置いてあったのを見た時も思ったけど、こんなところまではっきりと機能しているのか。
    他はどうだろう。そう思い、配達用のパンが入っているカゴを手に取って外へと繰り出す。

    そこから色々と見て回った。建物の位置、行き交う人々の様子、街の外に広がる景色。結論を言うとそれら全て、わたしの憶えている故郷の記憶と遜色ないものだった。
    その中でもう一つ気づいたが、案の定というか身体能力の方も吸血鬼のままらしい。ほんの少し足に血液を集中させて蹴るだけで、軽々と建物を飛び越えて宙を舞った。
    おかげで調査が迅速に進んだのは良かったが、それはそれとして複雑な気持ちにもなる。もし自分で取捨選択できるのであれば、こんな力はとっくに捨て去っているだろう。無論、それができればあんな地獄は味わっていない。

    そしてわたしは今、それまで敢えて意図して避けていた場所に立っている。
    僅かに緊張を走らせながらも、かつてそうしていた様に“その店”の裏にある配達口へと進む。
    その店は、とあるカフェだった。こうしてそれなりの頻度で配達していたからよく憶えている。
    何より、ここは。

    「すぅ――――――おはようございます!ご注文の品の配達に来ました!」
    「あー?はいはーい、今行きまーす!」

    奥から返答の声が帰ってくる。間もなくやって来たその子は、当時の姿そのままだった。

    「……どうも。今日もお店は賑やかですね」
    「―――ああ、うん。おかげさまで、わたしも忙しいったらないわよ。エレイシア」

  • 22二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:24:29

    ああ。本当に、本当に懐かしい。
    あんまりにも色々とありすぎて、時間も過ぎ去ったものだから忘れかかってしまっていた。いや、とうに忘れていたと言い切っていいかもしれない。
    だけど今。こうして目の当たりにして、声を聞いて、立ち振る舞いと雰囲気を直に感じて、霞んでいた記憶が蘇る。

    「あはは……まあ、お仕事をする以上は多少の苦労は付き物ですよ」
    「多少、ねえ。人一倍働き者のアナタにしてみれば仕事の苦労なんてそんなものか。はいコレ、受け取りの判子」
    「ええ、ありがとうございます。自分で言うのも何ですが、わたしは人より丈夫で体力がある方ですからね。この程度はへっちゃらです」
    「うーわ、堂々と言うじゃない。実際そうなんでしょうけど」

    ……少し会話をした限り、この子にも特にこれと言った異常は見受けられない。わたしが記憶している、この店でせっせと平和に働いていた頃のあの子そのものだ。
    とはいえ、あくまで今のところでの判断だ。これから先、ここでの時間が経過していくにつれて何かしらの異常が全く起きないなんて保証などどこにもない。
    もっともそれはこの子に限った事じゃないし、そもそも何時になったら異常が起きるかも分からない以上は座して待つ事しかできないが。

    「じゃあ、わたしは次の配達があるので。そちらも仕事の手伝いを頑張ってくださいね!」
    「はいはい、応援ありがとさん。アナタこそせいぜいドジを踏んだりしないようにねー」

    お互いに軽く挨拶を交わして、わたしは裏口を去る。
    結果としてはここも普通だった。会話の中で店内の方を覗き見たが、そこも特に目に留まるものは何もなく、紅茶やコーヒーをパンと一緒に嗜む人々の様相が広がっていただけ。
    血の海で朱く染まっていたとか、そんな言葉を失う地獄なんてなかった。直前まで身構えていただけに、ただの杞憂に終わったと分かった時からの安堵感が凄い。

    「…………そういえば、あの子ってどんな名前だったっけ」

    人目に付かないように街中を疾駆しつつも、そんな疑問がふとして浮かぶ。
    ノエル―――なのは間違いないが、それは代行者としての洗礼名だ。とはいえ、代行者の中には洗礼名ではなく本名を名乗っている者もいるにはいる。

  • 23二次元好きの匿名さん25/05/24(土) 23:59:52

    じゃあ、ノエルというのは洗礼名ではあるが、同時に本名だろうか。
    そんな筈は……と言いたいが、本当の名前を思い出せない以上はそうとも断言しきれない。

    「……はは。本当にわたしは、薄情者ですね」

    思わず自嘲の言葉が漏れる。あれだけ長く一緒にいた癖に、かつての名前の一つも憶えてあげられていない。
    そんな自分のなんと浅ましく、なんと冷酷な事か。自分自身に嫌悪を覚えるのは今に始まった事じゃないけれど、口から溢さずにはいられない。
    多分、胸を掻き毟りたくなるようなこの不快感は死ぬまで―――あの子に殺されるまで、消えてはくれないのだろう。

    「うん。でも、それでいい。それを忘れない限り、わたしは人間らしくいられるんだから」

    人目を考慮して、付近の路地裏辺りで跳躍移動を止める。そのまま徒歩で自宅へと向かう。
    自身への嫌悪や不快感、罪を犯した事への罪悪感。復讐を、報いを、然るべき当然のものとして受け入れる贖罪の覚悟。例えこの身が再び醜悪な怪物に堕ちようと、それらさえ忘却に棄てなければ心までは吸血鬼に堕落しきらない。
    わたしは、シエル(わたし)としての自我を保てる。

    「…………などと考えていながら、ノエルを裏切って、彼女を心から失望させた事実は変わらない。
    本当に、わたしはどうしてこんなに配慮ができないんだろう。どうして使命とか誓いより自分の都合を優先してしまったんだろう」

    憂鬱の溜息が止まらない。あまり悲観的になってもいけないのに、そう意識するだけ感情がどんよりと暗く沈んでいく。
    今のわたしの顔は、文字通りの死人のそれに見えるだろう。

    そんなネガティブな思考に支配されながら、店に着いた。

  • 24二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 08:04:50

  • 25二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 17:38:16

    保守

  • 26二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 19:27:02

    店に戻ってからは両親に適当な言い訳をしてから自室に籠る事にした。
    言い訳と表現したが、実際には自室に入って来ないようにと暗示をかけたのが正確である。
    あくまで幻で構築された存在にそんなものがどこまで効くかは分からないけど、先の外出で姿を誤魔化す魔術がちゃんと機能してる……っぽい感じに見受けられたので、恐らくは現実と大差ない程度には大丈夫な筈だ。

    「さて、と。街の様相は大体把握しましたが、これからどうしましょうか」

    時間は午後の2時。こんな時は机の上で紅茶を啜りながらカレーパンをいただくのが丁度いいけど、死徒に堕ちた今はそんな何気ない食事も遠い昔のように感じてしまう。
    死徒に味覚は無い。正確には、人間を主として生物の血肉以外に味の良し悪しを感じられない。それでも“例外”はいるにはいるが、そんなものはごく一握りの特異な偏食家に限った事だ。
    そしてわたしは、あの子の拷問によって自分の手足や内蔵、動物や死徒の血と肉を食べさせられた。それまで口にしていた人間の食事の味を忘れてしまうぐらい、それはもう沢山食べた。


    ――――――14年前に堪能したヒトの血肉に比べれば粗雑だけど、これはこれで悪くはない味だと思った。そして、無意識にそう思ってしまえる今の自分に心から嫌悪と軽蔑と恐怖を感じている。


    理性は拒絶し、心は不快の絶頂にいる。だけど本能的に血を欲している自分も確かに存在している。
    血を啜る度に、肉を貪る度に、肉体はゾッとするほどすんなりと受け入れるのだ。どんなに心が嫌がっても、目の前に差し出されれば手と口が止まらなくなる。

    「まるで、麻薬による中毒症状そのものですね。
    …………いえ、ただ中毒になってるだけなら、どんなにマシだったでしょうか」

    かつてのロア(わたし)の残滓が未だ残っている、とかだったならそれを自分自身への見苦しい言い訳にも出来た。
    けれどわたしの中にあるのは17代に渡って紡いできた彼の記憶(ちしき)だけで、残滓なんてものはとうに消えている。
    だから、この衝動はロアの悪意によるものなんかじゃない。この渇きは、この悍ましい欲求は、他ならないわたし自身の死徒としての吸血衝動(せいぞんほんのう)だ。

  • 27二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 20:23:40

    故にわたしには、見苦しい言い訳も赦されない。これまで半年間以上に渡る拷問の中で啜り食らってきたのはわたしの意思だし、これから先もそうして自分自身の意思で血と肉を食らわざるを得ないだろう。

    何より、もう人間だった時に口にしていた食事の味が、ハッキリと思い出せない。
    大好きだったカレーも、パンも、ケーキも、サラダも、ライスも、和食も、洋食も。
    ――――――茶道部の部室で味わったお茶やお菓子の味も、校内の食堂で楽しんだランチの味も。何もかもが、曖昧になっていっている。
    食べた事は憶えているものの、それを舌の上で再現(シミュレート)する事ができない。どう頑張っても、舌が“不味いモノ”として認識してしまう。

    「―――ぁむ……んぐっ………ああ、やっぱり。やっぱり、美味しく、ないな」

    配達している時に一つだけくすねたパンを口にする。ほら、思った通りに不味い。
    腐っていたり痛んだりもしていない、出来立ての新鮮なパン。お父さんが街の人たちの為に真心をこめて作ったのに、その味を不味いとしか評価できない。
    幻惑だから、もしかしたら味覚も人間のそれになっているかもしれない。美味しい物を美味しいと感じられるようになっているかもしれない。
    そんな淡い希望と期待は、こうもあっさりと打ち砕かれた。何の味もしない。何の楽しみも湧いてこない。

    「……………あれ。なんか、滲んできちゃった、な。
    おかしいです、ね。単に、この世界でも………人間の食事は、心から、楽しめない、味わえないって………分かった、だけ、なの、に。
    なんで、こんな………こんな………」

    たかがパン一つを口にしたというだけで、どうしてこんなにぐしゃぐしゃにされるのか。
    分からない。分からない。分かれない。分かるけど、分かりたくない。
    それでも震える手で、震える口で、噛みしめるようにパンを齧り続ける。不味いならさっさと粗末に捨ててしまえばいいのに、どうしてもそれができない。
    二口、三口と食べていく内に、何故か塩っぽさの感じられる味になっていった。

  • 28二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 20:39:52

    ここまで読んで思ったけどやっぱロアってクソすぎない??

  • 29二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 21:07:45

    >>28

    これまでの所業や人格とか諸々含めて紛うことなきクソオブクソ野郎

    そもそもコイツが転生魔術さえ生み出さなければ巡り巡ってフランス事変の惨劇も起きなかっただろうしシエルはともかく少なくともノエルは普通の人生を送れていたからマジで最悪の元凶すぎるんだよね

    シエルは「自分は生まれてきてはいけなかったイキモノ」と自責に思ってるけどそんなコト言い出したらロアの方こそ生まれてはいけなかったんだ

  • 30二次元好きの匿名さん25/05/25(日) 23:33:33

    この死徒化シエル先輩がメルブラでのノエル先生や死徒ノエルとどんなやり取りするのか気になる……
    前者は自分から無防備になって潔く引導を渡されに動くかもしれないけど後者は逆に速攻で仕留めにかかるだろうな
    或いはお互いに死徒である以上は最終的に心中するかもしれない

  • 31二次元好きの匿名さん25/05/26(月) 07:58:13

    食べ終わってからしばらくして、ようやく視界の滲みが収まった。
    その時点で気づいたが、頬を伝ってポロポロと零れていたそれは、穢れた血の色ではない透明な色だった。
    久しぶり……というより、この身体に堕ちてからは今までずっと血涙しか流れなかった。少なくともわたしが憶えている限りでは、だけど。

    「………“人間の涙”なんて、それこそ半年ぶりですね。まあ、ただの偶然か幻惑が見せる幻なんでしょうけど」

    それ以上は考えないようにした。考えたところで意味が生まれるなんて事はないし、自分が化け物である事実には変わりないのだから。

    それよりも今はこれからどうするかだ。ここの構造については大方理解したものの、ここから如何にすれば脱せるかはまるで何ひとつ分かっていない。
    礼拝堂の時のように時間経過で勝手に消えてくれるのか、或いはこちらが何かしらの特定のアクションを起こす事で解放されるのか。
    わたしが脱け出せるかどうかは完全にノエルの気分次第、という可能性もある。あまり考えたくはないけれど、ここが彼女の手によって構築された空間である以上はそれが可能性として最も想定できる。

    「とはいえ、この世界に文字通り永遠に閉じ込められる事だけは無いでしょう。それはノエルとて望んではいない……筈、です」

    彼女は、この幻惑の世界にわたしを引き摺り込んで隔離したのは精神を追い詰める為の拷問だと言った。拷問であるのなら、きっとこの先、わたしが叫びたくなるような凄絶な地獄が用意されているに違いない。
    それに晒されて苦しみに喘ぐわたしを見届けて満足すれば、ノエルは幻惑の魔術を解いてくれるかもしれない。その可能性は大いにある。
    そもそも今の彼女は遠野くんの目の前でわたしを殺す事を復讐の終着点に据えている筈。それも考慮すると尚更に最終的には解放してくれるだろう。
    なら、少なくとも現状でわたしが手に取れる選択肢は。

    「―――何もせず、ただ普通にここでの日々を過ごして様子見に徹する。何らかの変化が起きれば、わたしは抗わずにそれを甘んじて受け入れる……ですかね」

    結局、これもまた拷問であるのならどんなに能動的に動いたところで解放される希望は極めて薄い。
    今しばらくは、大人しく『パン屋の少女』として過ごす事にしよう。

  • 32二次元好きの匿名さん25/05/26(月) 17:18:37

    このレスは削除されています

  • 33二次元好きの匿名さん25/05/26(月) 18:56:45

    そう結論付けたわたしは、仕事着から普段着に着替えて夜になるまで部屋に籠り続けた。
    時計がしっかりと動いていた時点で大体分かってはいたけど、どうやら昼夜の概念もちゃんとあるらしい。
    おかげで……と思うには抵抗があるが、日中の時と比べて身体が活性化しているのが実感できる。

    「エレイシア、起きているかい?晩の用意が出来たからおまえも来なさい。先に食卓に着いておくからな」
    「あ……うん。すぐに行くよ、お父さん」

    間もなくドア越しに父からの晩御飯の報せが来たので、多少の遠慮を覚えながらもそそくさと居間に向かう。
    14年ぶりの家族三人での食事は、とても暖かかった。暖かかったと、思い込みたかった。

    やはりというか、案の定というか。何を口にしても味がしなかった。舌が、心が、それを美味しいと認識しなかった。
    ほんの一瞬でも、口にした瞬間に反射的に“不味い”と思ってしまった自分をその場で殺してやりたかった。でも、両親の目の前でそんな狂った事はできる筈もない。ないから、必死になって完食するまで美味しいと口にするしかなかった。
    例え食事自体は味を感じられなくとも、家族との食事なら充実した一時になるかもしれないと直前まで考えていた。
    そんな都合よく楽しめる筈もなく、家族が作ってくれた料理を不味いと思いながら笑顔を張り付けてオイシイと口にする、見るに堪えない虚しい自分を晒すだけに終わった。

    「わたし(おまえ)は!わたし(おまえ)は!わたし(おまえ)は!わたし(おまえ)は……っ!!!」

    食事を終えて自室に戻ってからは、姿見に写る自分に向かって拳を振るった。
    殴り続けてる内に手がガラス片でズタズタになっていったが、そんなの気にせずに躊躇いなく破壊し尽くした。
    なるほど。確かにこれは拷問だ。わたしの心を揺さぶり、悪意を以って追い詰めるにはこれ以上ないほど適している。
    幸せな日々を過ごしながらも、周りを暖かな善意に囲まれながらも、自らの手でそれらを徹底的に踏み潰した悪魔にはお似合いの報いだろう。

    「――――――は」

    不意に、笑いがこみ上げてくる。けれど、何とかして抑えるべく抗う。
    それを許してしまえば、あっさりと狂ってしまいそうだと思った。狂いに狂った果てがどうなるかなど、14年前の時点でとうに思い知っているからこそ、わたしはこの笑いが鎮まるまで必死に堪え続けた。

  • 34二次元好きの匿名さん25/05/26(月) 23:54:40

  • 35二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 07:59:21

  • 36二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 17:53:58

    このレスは削除されています

  • 37二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 18:09:03

    人間としての味覚も死んでいる故に家族との食事も心から楽しむことができない
    それでいて(自分を責める形でとはいえ)物に八つ当たりするような死徒らしい暴力性もある
    なまじ精神性自体は人間の頃とほとんど変わってないからその苦しみは一体どれほどのものなのか
    そして狂気に逃げようにもそんな事したら本当の意味でロアだった頃と何も変わらなくなるからそれすらもできない

    当人も地の文で述べてるけどまさに拷問と言う他ない……
    というかこのスレのシエル先輩といい原作のノエル先生といい本人の望まない形での死徒化自体がある種の究極的な拷問そのものと言える

  • 38二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 23:52:00

    >>37

    そもそも死徒化に限らず無理矢理に人外化させられる時点で地獄よね

    その中でも死徒化は特に酷い方であるってだけでさ

    何の因果かここのノエル先生は自分から進んで人外になってるのが今のシエル先輩との皮肉的な対比になってしまってるけど

    環境や因縁といった色んな要因に雁字搦めにされた果てに生まれた悲劇と狂気の怪物たちという意味ではやっぱりその負のスパイラルを作り出したロアが一番の元凶なんだ

  • 39二次元好きの匿名さん25/05/28(水) 08:12:15

  • 40二次元好きの匿名さん25/05/28(水) 17:43:00

  • 41二次元好きの匿名さん25/05/28(水) 23:59:40

    ここからどうするシエル先輩……
    あとノエル先生はどう動くのか

  • 42二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 07:48:14

    また建ててくれたんですか⁉やったー!

  • 43二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 15:37:53

    戻ってきてくれてありがとう主さん!!!!!!!!!!!!

  • 44二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 23:25:29

    保守

  • 45二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 07:34:33

  • 46二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 15:52:08

  • 47二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 20:31:02

    保守しゅ

  • 48二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 23:05:35

    完結まで全裸待機

  • 49二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 00:24:06

    やがて、狂いそうになりかけた感情をようやく落ち着かせる。
    それから間もなくして騒ぎを聞き取ったお父さんがドアの前まで駆けつけてきたけど、そこは暗示も駆使しながらどうにかして誤魔化した。
    ほどなくしてわたしを心配しつつも去ってくれたが、それはそれとしてこんなところを見られるワケにはいかないので、床に散らばるガラス片等を早々に片付けて処理した。

    ……所詮は幻惑、記憶を基に再現されただけのニセモノ相手なんだから見られたところで何も問題ないじゃないか。そんな事を嘯く自分もいたが、すぐに頭の中から振り払う。これは、そんな風にあっさりと割り切れるモノじゃないんだ。

    そんなつまらない囁きを無視しつつ、ベッドに身を投げる。
    口にするまでもないが死徒は夜に生きるモノだ。だからこうしてベッドに横になったところで寝付こうにも寝付けない。人間で言うならハッキリとした覚醒状態になっているのと同義なのだから無理もない。
    無論、わたしはその気になれば一切睡眠を取らずに長期間稼働し続けられる。だから寝る必要性はないと言えばない。
    日中に襲い来る倦怠感も然程脅威じゃないし、特に支障が出たりはしない。肉体が崩れたりなんて話でない以上、時間帯に合わせて行動を制限したりなどとしなくてもいいだろう。

    「とはいえ、今日は色々とありすぎたな。
    肉体的な疲労は感じないけど……ちょっとだけ、こうして横になったままでいよう」

    無理やり寝るワケではないけど、瞼を閉じる。柩に身を潜めるのも吸血鬼の常識だが、わたしにとっては少なくとも今はこの部屋が棺桶そのものだ。
    暗い瞼の裏を見ながら、これまでの事を振り返る。仮にも無感情に命を奪っていた戦闘マシーンだった過去を鼻で嗤ってやりたくなるぐらい、我ながら情けない醜態を晒しまくっていた。
    初日でこんな有様なら、この先どうなってしまうのやら。多分、死にはしないだけで死んだ方がマシなぐらいにのたうち回っているんじゃないだろうか。

    「まあ……そうなったとしても。
    それもまた、わたしの自業自得。払うべき因果応報のツケです」

    ここでどれだけ時間が過ぎようと、何がこの身に降り懸かろうと、わたしは抗えずに――――――否、抗わずに受け止めるだけだ。

  • 50二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 00:50:13

    ノエル氏は魔眼の記憶?に閉じ込めてどうしたいんだろうなぁ????いまいち何がしたいのか分からない…!
    前回ルートからシエル先輩をロアッソの姿にしてからの拷問して愛憎入り交じった感情でぐちゃぐちゃで…!なのは分かるけど今回も拷問!で追い詰めてるけどこの魔眼はシエル先輩には昔ででも今の現実でそれでいて吸血鬼にはなっていて…………
    これからの展開でやはり精神的な拷問にしていくんだろうか?
    うーむ続きが気になってめちゃめちゃ感想書きまくっちゃった…!

  • 51二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 08:29:14

  • 52二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 12:23:05

    自分もこのノエル先生スレシリーズでノエル先生書いてる人に感化されたのでノエル先生書いてみました~
    ボールペンで書いちゃったので結構雑ですみません…!
    修道服と死徒の姿を融合させた…つもりなんですがへたっぴなのであんまり融合出来てないかもしれない…
    とりあえず大事なリボンとシュシュと十字架は書けたので分かるはず…だと信じます
    修道服の境目と死徒のパンツは書けなかった…!

  • 53二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 13:20:53

    シエル先輩、腹括ってるな
    そりゃノエル先生は被害者でそうしても仕方ないよねっねスタンスだからそう思っちゃうのかな
    ふたりは絶対的に相容れないなんてことないと思うんだけどなぁ
    リメイクってシエル先輩のヒロイン度が上がり被害者であり加害者である度数が上がりノエル先生の被害者であり吸血鬼になり加害者になっても報われない…つらいね
    やっぱりノエル先生がサブヒロインじゃなくてメインヒロインだったならもう少し報われたのでは…?

  • 54二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 14:17:03

    どこかで見たんだけどノエル先生が死徒になっててロアと対峙してるシーンのメルブラで
    本当はノエル先生はロアやシエル先輩に対して憎しみも憎悪も嫌悪も悪意も執着も執念も無いんだろう?とロアに言われてるシーンがあってそれ見てそれが本当ならノエル先生って……って思ってしまった
    本当にその憎しみも怒りもないのなら悲しすぎるじゃないかと……

  • 55二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 15:29:35

    この二週目めちゃめちゃ努力して人間越えしたノエル先生がアルクルートもシエル先輩ルートも遠野邸ルートもさっちんルートも活躍してくれたらめちゃくちゃ嬉しいなぁ…!と思いつつこれからの展開ぎ楽しみです!!!!!!

  • 56二次元好きの匿名さん25/05/31(土) 23:14:49

    もうすぐ日付変わるんで保守!!!
    今改めて月姫リメイクやってるけどフローチャートが完全には埋まってないんだよね(バッドエンドいかない選択肢と展開ぎ一個抜けてる)…一応バッドエンド全部埋めて次回予告見れるけどね
    あと明らかに人為的に選択肢だろうなと思われる黒い部分があって多分月姫裏側の選択肢だろうけど……

  • 57二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 08:49:01

  • 58二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 16:20:19

    保守

  • 59二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 18:03:33

    保守
    ついでに
    藍染ノエル先生にどうか…幸せを
    エレイシア(シエル先輩(INロア身体だけ))にもどうか幸せを
    遠野志貴にもどうか幸せを

  • 60二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 20:46:04

    そう決意を固めてからは、ただ流れに身を任せていった。
    一日、二日、一週間、二週間、一ヶ月――――――時間が風のように過ぎ去っていった。

    「エレイシア、今日も配達の手伝いをお願いするよ」
    「うん。それじゃあ頑張ってくるね、お父さん」

    具体的な配達件数等の書かれたチェックリストを渡されてから、慣れた手付きで準備して外出する。
    ここでの仕事の日々にも、もうすっかりと習慣として身に馴染んでしまった。元々故郷の記憶を再現しているのだから当たり前と言えば当たり前だが、それだけに気がかりな事もあった。

    「………おかしい。どうして未だに、何も異常が起きないんです?」

    『平和』。そう、『平和』なのだ。
    ここでの時間も随分と過ぎたが、何も起きない。あまりにも起きなさすぎる。非日常と言えるようなモノは、今のところわたししかいないのだ。
    確かにわたしは、今もなお家族や学校での食事を味わう度にそれらを楽しめない事に苦しんでいる。
    しかし、あの子がこの程度の拷問で済ますワケがない。この程度の苦しみで、このまま平和に終わらせてくれる筈がない。
    確実に、どこかで仕掛けてくる。そう覚悟しているのに、未だに何も変化がない。その現状そのものが、今のわたしからすれば不気味で仕方がなかった。

    「―――おはようございます、アルルカンです。配達に来ました!」

    ただ、そう思ったところでわたしから能動的に起こせる事は何もない。だからこうして、ひたすらに流れに身を任せるしかないのも事実だ。

    「はいはーい。いま行くわよー!
    ……おはよ。今日も相変わらず頑張って仕事してるわね。ん、じゃあ確認のハンコ押すわよ」
    「はい、ありがとうございます。まあ、この仕事もいつかお父さんの店を継ぐ上で大事なコトですから。
    だから今は、多少辛くても頑張って下積みをしていくつもりですよ」
    「はは、ほんとどこまでも真面目さんね。でもアナタならそう言うか。親の店を継ぐのは文字通りの人生の目標だと言ってたし。

    ――――――ああ、本当に滑稽で哀れね。その夢を、その目標をブチ壊したのは果たして誰だったのかしら?」

  • 61二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 21:08:13

    更新ありがたい!!!
    『平和!』それはとても素晴らしいことだけど…?
    ノエルさんは平和でどうしたいのか、それとも壊したいのか?展開がきになります!!!!

  • 62二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 00:51:38

    保守

  • 63二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 02:19:15

    「――――――」

    ひゅ、と呼吸が漏れる。あまりにも不意に発されたその言葉に、思考が真っ白になる。

    「何よ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してさ。別にそこまで動揺するほどの事でもないでしょう?」
    「―――いつ、から。いつから、入れ替わっていたんですか」
    「いつからって、そりゃそんなの最初からに決まってるじゃないの。
    アンタがこの空間に取り込まれた時点で『わたし』は『私』だったわ。いやぁ、とはいえ当時の自分を一ヶ月以上も演じてると流石にちょっと“今の自分”を見失いそうで混乱しちゃうわね!きゃははは!」

    最初から。つまり、この豹変は単に地に戻っただけというのか。
    じゃあ、わたしが今まで幻惑と思って接していたあの子は、カフェで働いていたあの少女は。

    「そう、最初から存在しなかったワケ。当たり前でしょ?そんな奴は14年前からとっくに死んでるんだからさ。
    ふふふふふ、こういう時のアンタは顔に出やすいからねぇ。何を考えてるかなんて大体察せるわよ」
    「……一体、何を企てているんです?
    この一ヶ月間で、あなたはずっとカフェで働く少女として振る舞っていた。どうして今、素に戻ったのですか。
    どうしてこの一ヶ月の間、わたしに何もせずにいたのですか」

    突然の事でまとまらない思考を無理やり整理し、いの一番に思っていた疑問を投げる。
    彼女はどういう意図でこの『平和』な時間をこうも長く許しているのか。どうして拷問と言いながらわたしに苦痛らしい苦痛の一つも直接的に与えてこないのか。

    「んー?何よアンタ、わたしがこの空間に引き摺り込む直前にアンタにこう言ったのを忘れたの?」
    「こう言った、って……何を」
    「『多くの人々から優しく、手厚く、普遍的な好意をもって可愛がられる事でしょう。温和で柔和で、実に平和な時間を長く、それはもう長く体験するでしょう』
    『そして――――――時が終わるその瞬間まで、自らの手を自らの意思で血に染めるまで、じっくりと堪えろ。じわじわと苦しめ。想像を絶するだろう痛みと恐怖に延々と悶え続けるがいい。どうぞ、存分に狂い果てなさい』
    ―――私は確かに、アンタにこう告げた筈よ。エレイシア?」
    「………!!」

  • 64二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 03:01:29

    言われてみれば、そんな事も告げられた覚えがある。ハッキリと思い出せる。
    なら、それが意味するところは。つまり―――、

    「ええ、そうよ。アンタが終わらせるまで、私はこれと言って何もしない。アンタの、おまえの手でこの時間を終わらせるの。私はただただその時をじっくりと眺めて待つだけ。
    おまえの精神が耐えられなくなるまで、ここでずぅーーーっとおまえの苦しむ姿を見続けるのよ。
    かつての平和な時間を過ごす事は、それを自らの手で潰したおまえにとってはある意味でどんな拷問よりも堪えるでしょう?」

    ………それは、そうだ。
    本来ならばわたしにこんな暖かい日々を過ごす資格はない。決して許される筈がない時間を結果として過ごしているのは、言いようのない罪悪感となってわたしの心を締め上げている。

    「14年ぶりの家族との懐かしの食事はどうだった?クラスメイトとの学校生活はどうだった?パン屋の娘として忙しなく仕事を手伝う日々はどうだった?殺し尽くした街の皆から笑顔を向けられる毎日はどうだった?
    楽しんでくれているのならケッコー。楽しめていないのであればご愁傷様。私としては是非とも後者であってほしいけどね。
    ま、そのツラ見れば答えは問い質すまでもないようだけど!」

    彼女は愉しそうに笑みを浮かべて嘲る。いや、実際にわたしの本音を分かっている上で愉しんでいるのだろう。
    わたしはそれに非難を飛ばせない。それすらも赦されない立場にいる。わたしは、彼女と同じ境界になど立てていないのだから。

    「ええ、あなたの望んでいる通りです。
    わたしはもう、この日々を楽しむ事はできない。楽しみたくても、わたし自身がそれを決して赦さない。
    況してや、今のわたしは死徒。人間とはどうあっても相容れないイキモノです。人の作る食事も、人の感情も、わたしにはもう分かりません。
    ですが、それでも自分からこの平和を“二度も”終わらせるような事はしたくない。そんな事をするぐらいなら、わたしは―――」

    言いながら、自らのこめかみに数秘紋の術式を構える。あれはもう再びと起こしてはならない、最も忌むべき大罪だ。
    親が子を殺し、子が親を殺す。街中の人たちが苦悶と絶望に喘いで死んでいく。わたしが自身の手を血に染める事でそんな地獄を繰り返す結果に繋がるのであれば、その前にこうするしかない。

  • 65二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 03:30:51

    「へえ、そうするんだ。ま、おまえならそういう行動に出ても判断としては当たり前か。
    でもさ、それっておかしくない?矛盾してない?おまえ、私に対してもしっかりと罪悪感と責任は感じているんでしょ?
    だったら、そうして自害しようとする事自体が『何をされようと然るべき罰として受け入れる』というおまえ自身の決意表明を否定してるわよね?
    なに。おまえはまた、この私に堂々とウソを付きやがるのかしら?」
    「――――――、それは」
    「それに、アンタは『自分には何をしてもいいから遠野くんには何もしないでほしい』とも言ったじゃない。
    いいのかしらね、それやっちゃっても。確かに自害する事で意識が霧散すれば、この幻惑の空間から解放されるかもね。
    でもそれをするという事は私からの拷問、もとい復讐を否定するというコト。復讐を否定するという事はつまり、私が志貴クンに何をしようがおまえは口を挟めないし、そもそもとして私がおまえの懇願を聞き入れてやる必要も慈悲も向けなくていいというコト。
    要するに、私がおまえの大好きな志貴クンをおまえの目の前で惨たらしく殺してもおまえは何も言えないし一切庇えない。
    それを理解している上でそうしているのなら私は止めないわ。どうぞ、あの時の夜みたいに私の目の前で勝手に死 ね」

    「ぁ――――――あ」

    彼女の発言にまたも何も返せなくなる。
    そうだ。わたしがこのまま自分を手にかけて拷問を拒絶すれば、彼をノエルの暴力から庇う為の説得が無意味になってしまう。
    それならわたしは、結局このまま自分の手でこの時間を終わらせないといけないのか。あの地獄を、今度はわたし自身の意思で。

    「いえ………いえ。だとしても。
    わたしは、あの地獄を繰り返さない。繰り返したくなんてない。
    だから、せめて耐え抜かなきゃいけない。例え永遠に、ずっと、この幻惑(せかい)に囚われていようと」
    「あ、うん。覚悟してるところ悪いんだけどね。永遠に耐え抜けるワケないじゃん。
    この際だからもったいぶらずにハッキリと言ってやるけど、おまえ自身もうとっくに気づいてるわよね?
    自らの内を蝕む吸血衝動が、日に日に少しずつ増していってるのがさ」
    「!」

    密かに、されど見て見ぬふりは出来なかったそれを告げられる。一番言われたくなかったその事実を、ノエルは容赦なく突き付けてくる。

  • 66二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 07:29:23

  • 67二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 10:55:09

    「あはっ図星みたいね?そりゃそうか、死徒である以上は血を吸わないと存在を維持できないんだしね。
    況してや死徒としての階梯が高いほど維持に必要な血液も相応の量になってくるし、摂取しない期間が長くなるほど加速度的に吸血衝動も増大する。
    そして、今のおまえは幾つもの原理血戒を内包した特異点中の特異点。幻惑の世界にこうして浮上しているだけの意識体であったとしても、その痛みと渇きはさぞ計り知れないでしょう。
    ―――さて、一体あとどれぐらい保(も)つのかしらねぇ?」
    「っ………、確かに、この悍ましい衝動は日増しに膨れ上がってはいます。
    それは……隠しようがありませんし、誤魔化しが利くようなモノでもありません。
    けれど、それでもわたしは、」
    「ヒトの血は吸いたくない。さりとて自害して私の復讐を拒絶するワケにもいかない。
    だから限界を迎える直前まで抗って、その上で堪えきれなければその時は“自分を少しずつ食べる”。そうする事でヒトから血を吸う事も復讐を拒絶する事も避け続ける。とでも考えているの?」
    「……! ええ、そうです。無論、死徒(じぶん)の肉体を摂食したところでどこまで持ってくれるかは、分かりません。
    それでも、吸血衝動を一時的にでも抑える分には十分です」

    そして、抑えたところでわたしが苦しみに喘ぐ事に変わりはない。彼女にとってもそれは望ましい事ではあるし、復讐を拒絶されたなどという考えにはならない筈。
    例え自分自身のそれであれ、『ヒトの形をした血肉を食べる』事そのものが、わたしにとって悲鳴を上げたくなる拷問なのだから。

    「ふーん、そっか。それがおまえの主張なのね。あくまでヒトの血は絶対に吸わない、かつてと同じ過ちは繰り返さないと。どれだけ苦しもうとも、例え自分を食らってでもそれだけは何としても避けてみせると。
    それは何とも、涙ぐましい覚悟の表れね。……ま、“今は”それでいいんじゃない?ここで平和に過ごしつつも延々と苦しむおまえを眺めるのもやぶさかではないし」

    ………もっと発言の穴を点いて詰ってくるかと身構えていたが、意外にも引き下がってくれた。
    いや、引き下がってくれたというよりは、今のところはそれで一応は許してくれたと考えるべきか。

  • 68二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 13:43:43

    そうか、平和だとばかり勝手に思い込んでいたけれど吸血鬼になってしまってノエルさんが求めてるロアではないけど完全に『あの時』のロアではないけど目は赤いしご飯は美味しくないし吸血衝動はあるしで幸せな訳ないんだ…………
    それでいて死ぬのは許さない許されない人を食べるのも許さない許されない現実に戻るのも許さない許されないのか…………きっっっっっっいなぁ………………

  • 69二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 15:22:08

    「…………話は、終わりですか。わたしは考えても分からなかったあなたの意図が知れて納得してはいますが」
    「ふふふふふ、そうね。ここで一旦話を切り上げてもいいけど……まあ、折角だからもう一つ聞いていきなさい。
    本当は喋るつもりなんてなかったけど、どうせ幻惑の中だから共有するのはおまえだけだし、少しだけ興が乗ったから特別に話してあげる。

    ――――――これまでただの一度も口にしなかった、おまえを含めてだぁーれも知らない私だけの真実(ひみつ)をさ」

    「―――ひみ、つ?」

    わたしを含めて誰も知らない?どういう事だろう。彼女は一体、何を話そうとしている?

    「“それ”が私の身に起きたのは、14年前の惨劇が収束して間もなく。つまり、私が教会に汚染物として身柄を回収・管理された時よ。
    ……突然、何の前触れも予兆もなく、不意に頭の中に何かが入ってきたの。
    この何かというのは、誰かの記憶のようなモノだった。勿論、最初は何でそんなものが唐突になだれ込んで来たのかは分からないし、何なら今でもその明確な原因は把握しきれてないわ。
    でも、重要なのはそこじゃない。私は、その記憶を流れのままに観ている内にとある確信を得た。
    そして、その確信を胸に私は自分から代行者に――――――復讐鬼になる事を決起したの。
    さて、それじゃあここで訪ねるわ。どうして凡夫以下の私が、人外になる覚悟を固めて実行に移せたと思う?
    どうして一緒に訓練を重ねる中でおまえの超人的な動きの型をトレースできたと思う?どうして私が総耶に赴くまでにあれほどまでに生き急いで己を死に物狂いで鍛えていたと思う?
    ……どうして、おまえよりも先にロアの死体が入った柩の場所をこっそりと先回りしていたと思う?どうしておまえも当初は把握してなかったヴローヴの存在をいち早くに察知できたと思う?何で私が、おまえが志貴クンを殺しきれずに私との誓いを裏切った事を、まるで予知していたかのような口ぶりで非難していたと思う?」

    「…………なにを……言っているん、です?」

    分からない。彼女が何を訪ねているのか、わたしにどういう返答を求めているのか分からない。
    気がつけば、いつの間にか周囲が物音一つ鳴っていない静寂に包まれていた。文字通り、時間が止まったようだった。

    「いやいや、おまえの頭なら察せるでしょ。ん、それとも察したくないってのが正確な本音かしら?」

  • 70二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 15:47:15

    マジか?マジか!マジか!?嘘でしょ…!え、マジで喋っちゃうの今の今までずーっとひた隠しにしてたこのスレッドの根幹の核を喋っちゃうの!?
    え、良いの?良いのそれって話しても大丈夫なの??
    話したら死んだりしないよねノエルさん??????
    死に戻りしてるんだよってループ系の話で良くある大事な所なんだけど…………話していいの??

  • 71二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 23:49:30

    「まあ、おまえの気持ちとかどうでもいいけど。ねぇ、今まで一緒に活動してきた7年半で本当に一度もおかしいと思わなかったの?」
    「おかしい、って………何が、どうおかしいと?」
    「それを聞いてんのこっちだからね?質問を疑問で返さないでほしいんだけど?
    チッ……例えばさ。私が代行者として就任したおまえと初めて顔を合わせた時、特に動揺する事もなく嬉々として挨拶したのを覚えている?」
    「……ええ。無論、覚えていますよ。わたしの方は、寧ろ信じられない気持ちでいっぱいでしたけど」
    「ハッ、そりゃそうよね!偶々食い残しただけの肉塊が野垂れ死んでいないどころか代行者に、しかも人間を辞めてさえいたと来れば動じない筈がないわよ!
    いやぁ、あの時のおまえの表情は今でもハッキリと記憶してるわ!亡霊でも見たかのように目を丸くしちゃってさぁ!亡霊なのは一度完全に死んだにも関わらず独りでに蘇生したおまえの方だっての!」
    「……………………」
    「ああ、ごめんなさい。話が脱線しかけたわ。でね、私が強調したいのはそこじゃない。
    なんで生き返ったおまえを見ても何も動じてなかったと思う?普通さ、おまえがそうだったように死んだ者と思い込んでたヤツが目の前にいたら動じずにはいられないじゃない?
    それだけじゃない。おまえが生き返るまでにどうして私は人間を辞めてまで、それまでをたった一人で何度も何度も死にかけながら強さに固執していたと思う?
    それってさ。まるでおまえが生き返ってくるのを予知していたから、みたいよねぇ?そうは思わないかしらぁ?」
    「……!」

    そう言われて、わたしは妙に納得してしまう。
    もし、彼女が隔離されてからすぐに代行者になったのも、血反吐を吐きながら吸血鬼を狩り尽くしていたのも、人間を自分から進んで辞めてでも復讐しようとしたのも――――――全部、わたしが蘇生して代行者になるのを想定しての事だったとしたら。
    想定していたからこそ、顔を合わせても特に動じる事もなく普通に接触してきたのだとしたら。
    彼女は、ノエルは………わたしが6年後に蘇生する事実を、ずっと前から既に予知していたって、言うの?

    「…………あなたは……どこまで知っているん、ですか?」
    「――――――文字通り、全てよ。6年後におまえが蘇生するのも、13年後に総耶に赴く事も。遠野家の長男、並びに遠野志貴がロアの転生体として選ばれる事もね?」

  • 72二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:28:19

    保守

  • 73二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 10:34:50

    話した…………話した…………話した…………ついに全部話しちゃった…………どうなる?どうなる?どうなる??

  • 74二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 11:58:05

    「――――――」

    すべて。すべてと、彼女は言う。
    なら、わたしが遠野くんをアルクェイドから守る為に公園でノエルと共に戦った時も、遠野くんと下水道のロアの遺体を確認しに行った事も、ロアと化しつつあった彼を殺せずに彼女を裏切ってしまったのも。
    わたしが、自分勝手にも遠野くんに命と想いを託して彼女を置いていった事も。
    全部が、分かっていた事なのか。その上で、これまで共に行動していたというのか。

    「……あ、でも全てと言っても礼拝堂でおまえに膝を付けられてからの時間は予知の範疇になかったわ。
    だからおまえが自分の命を犠牲に志貴クンを蘇生させた事も完全に予想外だった。まさかあんな強引な暴挙に出るとは全く思わなかったし。ただ、それも今となっては過去の事だけど。
    で、他にも違和感を感じるところはあった筈よ。例えばヴローヴとの戦いで話した事も憶えてる?
    当初は教会もおまえも把握してなかったアイツの名前を、私はハッキリと言い当てていたわよね。あれもそう。その時点で私はヴローヴ・アルハンゲリという名前を知っていたの。
    おまえは『少なくとも自分がこれまで調べてきた範囲ではそのような名前の死徒は記されていなかった気がする』とも言ってたけど、それは当然よ。だってその時点じゃソイツの名前はどこにも記されていなかったんだからさ」

    ………確かに、思い返せばあの時は違和感を覚えた事もあった。
    けど、今の彼女の発言が本当であるのならこれ以上に納得できるものはない。要は少し先の未来の情報を知っていた。知っていたが故にヴローヴの事も妙に詳しかったのだ。
    彼が二十七祖であった事も、炎を消費しすぎると原理血戒の力を解放してくる事も。
    自分にそういう経験が全くないというのもあるけど、俄かには信じられない。超常の異能者の中には未来視の力を持つ者もいると聞くが、話を聞く限りではこれはそんな範疇の域ではない。

    「この世には、未来を見通す力を持つ人間もいます。ですが、あくまで断片的な情報しか観測できない場合が殆どの未来視と違って、あなたのそれは何時、何が、どう起こるかまでを自由に読み取れるのですか?」
    「ええ。あくまで代行者になってから総耶での一件が終わるまでの13年分だけどね。より正確に言うとおまえに裏切られるまで、というべきだけど……そこに至るまでの記憶は手に取るように閲覧と把握ができるわ」

  • 75二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 20:09:43

    保守

  • 76二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 00:16:04

    「おかげで予想外の事態に見舞われつつも、巡り巡ってこうしておまえに直接復讐する事ができている。全く以って感謝の他にないわよ!あっはははは!」

    記憶。彼女は先ほどもそう言った。これは誰かの記憶のようなモノだと。
    仮にその言葉通りだとして、その記憶というのは、一体“誰”の記憶なのか。なぜ彼女に入ってきたのか。なぜ記憶の範囲が総耶でわたしに裏切られるまでの13年間なのか。
    なぜ彼女は、その記憶の事を、あたかも自分自身の事のように嬉々として話しているのか。

    「……その記憶というのは、一体、何なのですか」
    「あら、まだそんなコト訪ねるの?もう言うまでもないでしょう?
    どうしてその記憶はおまえに裏切られた時点で終わっているのか。それはね、最期は他ならぬ“おまえ自身の手で殺された”からよ。
    下水道の件も、ヴローヴの事も、ロアの転生体の事も。代行者として活動する中で対峙してきたあらゆる物事におまえが深く関わっていたからなの。
    だからこそ、おまえのどういう行動を取るのか。何を口にするのか。どんな目に合うのか。その殆どを把握できた。
    さて、では改めて答え合わせと行きましょう!それほどまでおまえという存在と密接に関わっている記憶というのは、果たして誰の人生(もの)なのでしょうか?」
    「――――――う、そ」

    あり得ない。今度こそ信じられない。だって、それが本当ならば、今こうしてここにいる彼女は、なに?
    死んでいなければ矛盾―――――いや、違う。そうじゃない。おかしいのはその記憶だ。その記憶は、どこから来たの?
    それって、それって、つまり。

    「わたしの知らない………全く別の、ノエルの記憶、と?」
    「はい正解!正確には“誰も”知らないけどね。でもさぁ、別にそこまで荒唐無稽なコトでもなくない?
    だって、おまえこそ『自分じゃない他人の記憶(じんせい)を有無を言わさず植え付けられた』経験があるじゃないのよ!くっふふふふふふ!」

  • 77二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 00:38:59

    >おまえこそ『自分じゃない他人の記憶(じんせい)を有無を言わさず植え付けられた』経験があるじゃないのよ!


    それはそうだけどシエル先輩がロアという存在が積み上げてきた『過去』の集積に対してノエル先生の場合は別世界線の自分が辿った(その時点での自分にとっての)『未来』の記憶だからこういうところでも対比になってるな

  • 78二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 09:45:48

    保守

  • 79二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 12:06:49

    そういえば少し前のスレでもしも復讐者ノエルがカルデアに召喚されたらって話もあったけどこの死徒シエルもノエルとの縁に引っ張られる形で同時召喚されたりしないかな
    ノエルというサーヴァントを構成する情報の一部って感じでなら例外的にこっちも召喚できそうじゃね?

  • 80二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 12:23:04

    >>79

    一口に同時召喚といってもアンメアのような2人で一人のパターンもあればザビやイアソンのように攻撃時に一瞬だけ出てくるパターンもあるし或いはそれこそアルクやCIELみたいにサーヴァントの一側面としてあるだけで同時に出る事はできないパターンもある

    この場合は果たしてどれになるだろうか

  • 81二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 19:51:51

    このレスは削除されています

  • 82二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 22:11:56

  • 83二次元好きの匿名さん25/06/05(木) 06:00:48

    >>54

    もっともこの√のノエル先生は真の意味でシエルもといエレイシアへの憎悪一辺倒になってるけどね

    色んな意味で中途半端だった一周目の自分と比べて一方向に突き抜けてるからこそ結果的にここまで都合よく転んでいるとも言える

    文字通り復讐のためなら自らの死徒化以外の手段は選ばないし何の躊躇いもないからな

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