- 1先生25/05/27(火) 20:45:02
- 2先生25/05/27(火) 20:45:59
その報告を聞いたのは、執務室で先生を待っていた時だった。
ポキ。と持っていたペンが折れる音がした、いや、ペンの音では無く折れたのは私の心だったのかもしれない。
「委員長! しっかりしてください委員長!」
駆け寄ってきたアコが私の肩を揺するが、私は糸の切れた操り人形のようにただひたすらに揺らされるのみ。
段々とアコの声は途切れ途切れになり、視界が霞む。
そのまま電源の切れたテレビのように、私の意識は途切れた。 - 3先生25/05/27(火) 20:46:17
「……先生」
後日行われた先生のお葬式には出席できなかった。
訃報を聞いた翌日から、学校にも行っていない。
風紀委員のメンバーや、小鳥遊ホシノが家まで来てくれたが、私はずっと布団の中で縮こまっていた。
「私、もう無理よ。貴方が居ないと……もう――」
枯れる程流したはずの涙が、再び溢れ出す。
「――頑張れない」
その呟きは、独りぼっちの部屋に虚しく響くのみ。
エデン条約の時のように、私に会うために来てくれた先生はもう居ないのだ。
その事実を再認識するたび、真綿で直接心臓を締められるように胸がキュウと痛む。 - 4先生25/05/27(火) 20:46:38
泣き疲れたからか、いつの間にか眠ってしまっていた。
微睡の意識の中、インターホンの音が響く。
誰が来ても出るつもりは無い。
私はもう頑張れない、頑張りたくない。
そうして音を遮るように、ブランケットを頭まで被る。
「空崎ヒナさん、連邦生徒会の七神リンです」
とうとう連邦生徒会まで来た、私が学校に行かなくなったことでゲヘナの治安が悪くなっているのだろうか。
しかし、そんな私の考えは彼女が発した言葉によって、何処かへ吹き飛ばされた。
「――先生から、貴女への贈り物を預かっています」
「なっ」
被っていたブランケットを払いのけ、弾かれたようにベッドから起き上る。
ずっと横になっていたからか、力の入らない足にふらつきながらも、玄関のドアへと駆けた。 - 5先生25/05/27(火) 20:46:57
「お久しぶりです、空崎ヒナさん」
勢いよく開いたドアの先には、やつれた顔のリン行政官が立っていた。
「――それで、先生からの贈り物ってどういうことかしら」
散らかっていた部屋を少し片付け、リン行政官と向き合うように座る。
玄関で一目見た時にも感じたが、相当やつれているようだ。
肌は荒れ、頬はこけている。
目の下のクマも化粧では隠しきれていないほどだ。
そんな彼女を見て、改めて先生という存在の大きさと、そして私が居ない事で大変な苦労をしているであろう風紀委員会の後輩たちの顔が脳裏を過った。
無責任な自分に対しての嫌悪感と、まるで重石のように心にのしかかってくる罪悪感が私の中で大きくなる。
そんな事を考えていれば、リン行政官が口を開いた。 - 6先生25/05/27(火) 20:47:15
「あの日、先生がお亡くなりになられた日、先生とお会いになる予定でしたね?」
「……えぇ」
忘れもしない、忘れたくても忘れられない。
あの日、先生はゲヘナに来る予定だった。
……私の、誕生日だったから。
「先生は、貴女への贈り物とお手紙を持っていたのです」
「……」
心臓が跳ねる。
あの日、渡されるはずだったもの。
先生からの、誕生日プレゼント――。 - 7先生25/05/27(火) 20:47:40
「こちらです」
そう言って彼女は長方形の箱と、血の付いた封筒を机の上に置いた。
箱はひしゃげ、封筒に付いた血が先生の死と痛々しさを伝えてくる。
私は震える手で箱をそっと撫でた。
瞬間、ボロボロと大粒の涙が溢れ出す。
「うっ……ぐっ……せんせっ……!」
嗚咽が混じり、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
「先生の鞄から発見されたものですが、我々も中を見ていません。これは、貴女が持つべきものであり、貴女にしか見る権利は無いのですから」
私の涙に釣られたのか、リン行政官の声も震えていた。
「私はこれで失礼します、もしその手紙が今回の事件に関わるような内容であれば、ご一報ください……では」
そう言って立ち上がる彼女を見上げる。
「ありがとう……」
私の言葉に、彼女は肩を震わせながら「いえ……」と背中越しに告げ、部屋から出て行った。
決壊したダムのように止まることの無い涙を拭い、涙で霞む視界の中でそっと手紙へと手を伸ばす。 - 8先生25/05/27(火) 20:48:32
乾いた血によってザラザラとした手触りの封筒を、慎重に開いた。
キヴォトスでは防水加工された封筒が一般的な為、幸いにも手紙そのものは大きく汚れていない。
丁寧に三つ折りされた手紙を開き、目を通す。
"――ヒナへ。
お誕生日おめでとう。"
先生の筆跡に、再び溢れそうになる涙をグッと堪えた。
"もう少しでヒナも卒業だね、本当は卒業式の時に伝えようと思っていたのだけれど、誕生日だし良いタイミングかなと思って、今日伝えようと思い手紙を書いてみました。
本当は直接言うべきなんだろうけど、恥ずかしくて……"
「……先生」
心が、頭が、先生のことで一杯になる。
会いたい、会って話をしたい。
また抱きしめて欲しい、私のことを褒めて欲しい。
ギュッと瞑った目を開き、続きを読む。 - 9先生25/05/27(火) 20:48:48
"伝える前に、少しヒナと出会ってからの話をしようと思います。色々なことがあったよね、ヒナにはずっと助けられてきたよ、本当にありがとう"。
「でも、私は救えなかった……エデン条約の時も、先生が死んじゃった時も……私は何もッ!」
絞り出すように出た言葉は、空虚に消える。
そこから先は、出会った時のこと、海でのこと、先生の前で寝てしまったあの日の事、エデンでの出来事、アビドスで私を頼ってくれた時の事などが書かれていた。
本当に、私とこれまで過ごした日々のことを全て書いていた。
そのどれもが、昨日の事のように鮮明に思い出せる。
輝かしいはずだった青春の思い出は、今や呪いのように私に纏わりつき、強すぎる光によって生まれた濃い影が、私の心を蝕んでいく。
「もう……嫌……これ以上は……読めない」
絞り出した声が引き金となり、私はまるで濁流のようにグチャグチャになった自分の感情に押し流される。
嗚咽さえも形にならず、ただ涙が零れた。 - 10先生25/05/27(火) 20:49:20
手紙を握りしめたまま泣き続け、どれくらいの時間が経っただろう。
いつの間にか涙は止まっていた。
「読まなくちゃ……」
先生が自分に残してくれたものから逃げたくない、その一心で私は再び心を奮起させる。
顔を上げ、とうとう終盤に差し掛かった手紙に視線を戻した。
"――それじゃあ伝えたかったことを書こうと思います。ヒナは、あと少しで卒業しちゃうけれど、もしヒナさえ良ければ……"
続く言葉に、私は目を見開く。
"シャーレで一緒に働いてくれないかな"
「えっ……あっ……」
信じられない言葉に、私は鼓動が速くなるを感じた。
"私は、ヒナは凄い子だって良く知ってるよ。責任や周囲から寄せられる信頼、その重圧に押しつぶされそうになっても、ヒナはずっと頑張ってきた。そんなヒナが私はとても好きなんだ。"
「先生ッ……せんせぇー!」
求める叫びは、もはや届く事は無い。
それでも私の魂は彼を求め、溢れ出す涙と共に叫ぶことしかできなかった。 - 11先生25/05/27(火) 20:49:36
「うあぁ……会いたい、会いたいよ先生! どうして……」
私は流れる涙をそのままに、再び手紙を読み進める。
"卒業しても、大事な私の生徒であることに変わりはないんだけれど、もしヒナさえ良ければ卒業してからも私のことを助けて欲しいんだ。"
そして、最後の一文を視界に収めた瞬間、私は弾かれたように机上の箱に手を伸ばした。
ひしゃげた箱を頑張って開き、中にあるものを見て、声にならない叫びを上げる。
"――だからずっと、私の傍にいて欲しいと思ってるんだ"
てっきり、生徒へ向けられる『好き』という感情だと思っていた。
だけど、だけれど……。
箱の中に収められていたのは、S.C.H.A.L.Eと書かれた入館証。
そして――キラキラと輝く、ダイヤとアメジストで装飾された指輪だった。 - 12先生25/05/27(火) 20:49:58
***
「それでは、これにてゲヘナ学園卒業式を終わります」
あの手紙を読んだあの日を境に、私は学校へ通うようになった。
先生の死という大きすぎる事件の爪痕は、まだ完全に癒えていない。
急激な治安の悪化、それに伴ってこれまで以上の激務をこなしてきた。
最近になって、やっとみんなに笑顔が戻りつつある。
それはきっと、先生が守り、残したこの学園都市を守りたいという意思のおかげなんだと思う。
「アコちゃん、委員長、卒業おめでとう」
「ありがとう、イオリ」
涙ぐんだイオリが、花束を持って駆け寄ってくる。
「これからはあなたが風紀委員長なんですから、しっかり頑張るんですよ?」
「あはは、委員長とアコちゃんが居なくなっちゃったらもっと大変になるね……」
「イオリなら大丈夫、チナツと一緒に頑張ってね」
「……うん!」
そう告げるイオリに手を振り、しばらく歩いてからアコとも別れた。
と言っても今日の夜は風紀委員会全員で食事に行く予定なので、またすぐに会えるはずだ。 - 13先生25/05/27(火) 20:50:18
先生に送られた手紙を読んで、私は……先生が愛してくれた空崎ヒナで居続ける為に、頑張ってこれたと思う。
少なくとも、先生に褒めて? と言えるくらいには。
先生は、私たちみんなの心の中にずっといてくれている。
そして……。
私はそっと、左手の薬指にはめた指輪を撫でた。
「……ほんと、先生ったら、どうして指のサイズが分かったのかしら」
クスっと出た笑み。
きっと先生なら"ヒナの指のサイズくらいいつも見てるから分かってるよ!"などと言うのだろう。
そんな事を考えていれば、目的の場所へと到着する。
何度も来た、見覚えのあるビル。
今は誰も居ない、思い出の場所。
「ねぇ先生、私頑張るわ。だから――」
私はそう言って、普段肩に羽織っているロングコートを脱ぎ、髪を結った。
そして鞄の中から、純白の……先生と同じデザインの制服であるコートと、S.C.H.A.L.Eと書かれた腕章を取り出す。
「――だから見ていて頂戴」 - 14先生25/05/27(火) 20:50:35
あの日貰ったS.C.H.A.L.Eの入館証を翳すと、ピッという電子音と共に扉が開いた。
歩みを進める度、先生との思い出がまるでカメラのフィルムのように脳内に浮かぶ上がってくる。
涙はもう、流れなかった。
いつも見ていた先生のデスク、私はそっと天板を撫で、呟いた。
「私も、大好きよ。先生」
愛した人はもう居ない。
けれど、心の中にはずっといる。
褪せる事は無い、先生に教え、導かれた事は、記憶は、私の中で永遠に残り続ける。
嗚呼……。
私が、敬愛していた大人。
私が、大好きだった先生。
私が、愛した貴方。
どうか、どうか待っていて。
貴方に託されたものを、私が守るから。
だからいつか、また頭を撫でてね。 - 15先生25/05/27(火) 20:50:48
おわり
- 16二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:51:53
泣いた
こんな神SS久々に見たわ - 17二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:51:58
素晴らしい...
- 18先生25/05/27(火) 20:52:29
ありがとう、良かったらpixivも見に来てくれ
Y.2024.10.31からブルーアーカイブを始めました。ブルアカのssをメインに書いていこうと思います。
推しはユウカです。www.pixiv.net - 19先生25/05/27(火) 20:52:47
感想嬉しい
- 20二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:53:56
なんで先生死んだの?自殺?
- 21二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:54:27
すごい良かった
- 22先生25/05/27(火) 20:55:25
- 23二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:55:32
エミュ精度も描写力も一級品だわ
すげぇなこれ - 24先生25/05/27(火) 20:56:39
照れる、ありがとう。
- 25二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 20:57:37
- 26先生25/05/27(火) 20:58:55
過程は兎も角、この場面で生徒たちは先生の喪失を乗り越えたと信じてる。
”
あの手紙を読んだあの日を境に、私は学校へ通うようになった。
先生の死という大きすぎる事件の爪痕は、まだ完全に癒えていない。
急激な治安の悪化、それに伴ってこれまで以上の激務をこなしてきた。
最近になって、やっとみんなに笑顔が戻りつつある。
それはきっと、先生が守り、残したこの学園都市を守りたいという意思のおかげなんだと思う。
”
- 27先生25/05/27(火) 21:23:03
寝ようと思ったけど最後に、見てる人もう居ないと思うけど。
先生がヒナに送った指輪。
ダイヤモンドの石言葉は『永遠の絆』、まぁ結婚指輪としては普通ですね。
アメジストの石言葉は『真実の愛』、そしてヒナの誕生石(2月)でもあります。
ダブルミーニング的な、先生の茶目っ気ですね。
そしてヒナは賢いので一目でそれを理解しました。
それだけ。 - 28二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 21:36:43
文豪現る
- 29二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 21:49:50
自分の書いたSSが馬太作に思えるくらい神作品
先生とヒナなら幸せな未来を歩めていたはずなのに…
けど、ヒナの左手には指輪がある限り先生の温もりが消えることはないんだろうね - 30二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 22:00:11
このレスは削除されています
- 31二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 22:03:15
- 32二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 22:05:19
ミチルが首を括りかねないんですが…
- 33二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 23:27:15
ええやん……
- 34二次元好きの匿名さん25/05/27(火) 23:28:22
人の心isどこ