- 1二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:15:16
優しい風の吹き抜ける、学園近くの公園。
青々と生い茂る緑の絨毯の上に、やっぱり彼女は座っていた。
二つに結んだ鹿毛の長い髪、ふんわりとした前髪の流星、右耳には赤いリボン。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、俺が近づくと耳をぴくんと反応させて振り向いた。
「ああ、トレーナーさん────」
ゼファーは目を細めると、両手の指を軽く握って持ち上げる。
そして柔らかく微笑みながら、小首を傾げつつ呟いた。
「……待ち侘びたにゃーん」
「にゃーん? まあ、お待たせ、でも場所も書かずに一筆、待ってますだけはどうかと思うんだ」
「ふふ、申し訳ありません……でも、こうして風下に立ってくださるので、つい甘えてしまうんです」
そう言いつつ、ゼファーははにかんだ笑みを浮かべた。
まあ、情報がなくとも何となく彼女の居場所が分かるようになったこちらにも問題がある、とも言える。
俺は苦笑いをしながら、隣へと腰を下ろした。
瞬間、ぴゅうっという音が吹き抜けるとともに、さわさわと草木を揺らしていく。
汗ばんだ肌を撫でていくような涼しげな風。
それはほっと息をつくほどに心地良く、隣にいる彼女もまた、その表情を緩めていた。
「この場所、何だか気持ち良いね」
「はい、少し前に見つけて、今日あたりが良き時つ風だと思って、招待させてもらいました」
「そっか、ありがとう……俺だけだったらきっと見逃しちゃっていたな」
「この緑風を独り占めするのも勿体ないですから……ああ、みんみんさんの合唱が、今にも聞こえて来そう」
「最近暑くなってきたからなあ、ゼファーも水分補給には気を付けて」
「ええ、あなじとなってしまわぬように気を付けたいと思います」
「……」
「……にゃーん」
「…………えっと」 - 2二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:15:30
奇妙な沈黙が、俺達の間に流れる。
その間も、ゼファーは握った手を上下に動かしながら、上目遣いで謎のアピールをしていた。
……ツッコミを入れた方が良いのだろうか。
そう考えている内に、彼女は少しだけ残念そうな表情で、そっと腕を降ろした。
「やっぱり猫のよう花信風に、とはいきませんね」
「う、うん? そんなことをしなくてもキミは十分可愛らしいと思うけど」
「……」
「……ゼファー?」
無言のまま、きょとんとした顔で俺を見つめるゼファー。
やがてほんのりと頬を染めながら、少し慌てた様子で目を逸らしてしまう。
そして困ったように指を揉みながら、ぽそりぽそりと言った。
「そっ、言ってもらえるのは、嬉しい、です……ただ、可愛さを求めているわけじゃなくて、ですね」
「そうなの?」
「その、少し前に、風見したのですが」
「うん」
「トレーナーさんが、学園でつむじとなっていた猫と戯れていた時」
「……うん?」
「『どうしたのかにゃあ? 迷っちゃったのかにゃあ?』と柔風のように語りかけていて」
「まってまってまって」
「はい?」
「……見てたの?」
「ええ、ひかたを浴びているところ、弊風になるのも悪いと思い、声はかけませんでしたが」
「…………そっかあ」
「…………可愛らしかった、ですよ?」 - 3二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:15:42
悪戯っぽい笑みから繰り出される、ゼファーの追撃。
本人にそんな意図はないのだろうけど、ダメージを加速させるには十分過ぎた。
俺は熱くなった顔を両手で隠しながら、思わず俯いてしまう。
数日前、学園に猫が入り込んだ。
それを見つけた俺は、グラウンドなどに行ってしまう前に一人で近づき保護したのである。
その時、周囲に誰もいなかったのを良いことに、文字通りの猫撫で声でしばらく遊んでいた。
なお、幸い迷い猫に関してはすぐに飼い主がやって来て、たづなさん経由で引き渡している。
……とはいえ、まさか見られていたとは。
「その時ふと、突風が吹いたんです────あの猫のようになりたいな、と」
その言葉とともに、さあっと強めの風がすり抜けていった。
さらさらとたなびくゼファーの髪が鼻先を掠めて、ふわりと爽やかな甘い香りを残す。
そして俺は顔を上げ、再び彼女と向きあった。
「キミは、十分猫みたいだと思うけどね」
「そう、ですか?」
「あー、いや違うか、キミが猫みたいなんじゃなくて、猫が風みたい、なのかもしれないね」
「……風」
風は自由で気ままなもの、ゼファーは良くそう話してくれる。
猫もまあ、似たようなものだろう。
先日の件のように、人間の都合などお構いなしに吹き抜けては何事もなかったように去っていく。
場合によっては文字通りの爪痕を残したりしながら。
それは、彼女も同じだ。
少なくとも、俺の脳には一生消えることのない爪痕が刻まれているのだから。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:16:12
「貴方にそう言ってもらえると、光風に思います…………ですが」
ゼファーは尻尾を揺らしながらふわりと微笑んで、すぐに困ったように眉をハの字にした。
「おかしいですね、トレーナーさんの東風を浴びてもなお、浚いの風とまでは至ってくれません」
自分でもどうしてなのかがわからない、そんな想いをゼファーは瞳に宿している。
はてさて、どうしたものだろうか。
見た限り深刻な悩みというわけではなさそうだが、すっきり出来ることならそうしてあげたい。
俺は思考を巡らせながらも、まずはシンプルな問いかけをすることにした。
「どうしてゼファーが猫のようになりたいのか、ってところから考えようか?」
「それは」
「例えば、俺が猫と遊んでいた時に何が印象に残った、とか」
「……『ぽんぽんいっぱいかにゃあ』」
「その辺以外でお願いします」
「後はそうですね、トレーナーさんの膝で風待をしていたり、ひよりひよりと撫でていたり」
話しながら、ゼファーは急に目を大きく見開く。
やがて、表情を嬉しそうに緩ませながら、小さく肩を震わせた。
「ふふ、ふふふ……っ! そっか、そうだったんですね、私は他所へ吹く凱風に、焦がれていた……」
「……なんか、掴めた?」
「ばっちりです、難風が吹く方向も、それを鎮める方法も……トレーナーさん、いくつかの恵風を頂いても宜しいですか?」
「ああ、出来ることなら何でも」
「では、失礼して」
「えっ」 - 5二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:16:32
ゼファーはそう言うと、ころんと、俺の膝の上へと寝転がった。
突然の行動に固まっている中、彼女は位置を調整して、やがて満足気な微笑みを浮かべる。
そして耳をぴこぴこと誘うように動かしながら、少しだけ恥ずかしそうにぽそりと呟いた。
「……撫でて、欲しいです」
妙に明瞭に聞こえて来た、ゼファーのおねだり。
普段であれば躊躇していたかもしれないが、何でもすると言った手前、断ることが出来ない。
否、俺自身がそうしてあげたいと、思ったのだろう。
言われるがまま、自然に腕は彼女の頭へと伸びていき、宝物を触れるようにそっと手のひらを乗せた。
そして出来る限り慎重な手つきで、さらりさらりと、撫でていく。
「んん……♪」
気持ち良さそうに身動ぐゼファー。
彼女の髪はさらさらとしていて、滑らかで、とても触り心地が良かった。
しばらくすると彼女は催促するように尻尾で主張してきたので、触れる範囲を広げていく。
大きめの耳、大きな白い流星、もちもちとした頬、小さな顎の下、細い首筋。
そして、彼女の目がとろんと眠たそうに蕩けて来た頃、彼女はそっと零した。
「ああ、言葉にしてしまえば、こんなにも軽風なことだったんですね」
「……これで良かったの?」
「ええ、もちろんです、だって私は────」
ご満悦、といった顔を晒すゼファーに対して、俺はついつい問いかけてしまう。
何がどうなって此処に至ったのかが、いまいち理解出来ていなかったのだ。
彼女はそんな俺の質問に対してこくりと頷くと、囁くような声色で、言葉を紡ぐ。
「────あの猫のように、貴方に可愛がってもらいたかっただけなんです」 - 6二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:16:48
お わ り
まちわびたにゃーんいいよね - 7カルストンライトオ25/05/29(木) 00:18:44
ええいストレートに甘えろ
風ならば淀むな、焦らすな、待たせるな
乙
乙
乙
乙
乙 - 8二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 00:19:42
乙じゃ
ゼファーはやや風のようにふんわりしたキャラなので掴みづらいのをよく書けてる さすがなり - 9二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 01:00:58
目で音が聞こえる良い文章だった、読後感も爽やかだった
ゼファーのエミュレートも凄く非常に良かったです - 10二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 01:56:44
とてもよかった(小並感)
俺は猫が好きだが猫が風みたいって比喩には膝を打った
そして初めはたどたどしくもトレーナーの助けをもらいつつ自分の気持ちの正解に辿り着いていくゼファーが解釈一致で非常に助かった - 11二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 08:35:42
朝からいいものを読んだ
- 12二次元好きの匿名さん25/05/29(木) 08:37:58
良いねぇ~ 風を猫と評するのめっちゃ良い作りだなって感心しちゃう