(SS注意)ハウス

  • 1二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:23:28

    「ここが、トレちゃんのハウスね」

     目の前には真新しい一軒家。
     俺の隣に立っている彼女は、それを険しい表情でじっと見つめていた。
     やがて、かけている赤いフレームの眼鏡を煌めかせながら、再び言葉を紡ぐ。

    「────ここが、トレちゃんの、ハウス、ね」
    「何で溜めながら二回言うのさ」
    「いやあ、ちょっと言ってみたい台詞だったからさあ」

     俺が声をかけた瞬間、彼女はふにゃりと表情を緩めた。
     鹿毛の切り揃えられたボブカット、垂れ目がちの眉、右耳には黒い布と赤いリボン。
     トランセンドは興味深そうに立ち位置を変えながら、楽しそうに家を眺めている。
     やがて彼女は悪戯っぽい顔で、両頬を手で押さえながら身体をくねらせた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:23:41

    「いやん、トレちゃんってばウチの身体で稼いだお金でこんな立派なお家を建てちゃって♡」
    「言い方……まあ、トランのおかげなのは否定しないけども」
    「……またまたぁ、ウチが引退してからも頑張ってたからこそっしょ? このこのー、敏腕トレーナーめぇ♪」
    「そんなんじゃないってば」

     にやにやとした笑みを浮かべながら肘で小突いて来るトラン。
     実際のところ、俺がこの家を建てることが出来たのは彼女によるものが大きい。
     本人による実績は言うまでもなく、彼女が引退した後もその実績によってすぐに契約をすることが出来た。
     また彼女が作り上げたシネマガンなどは他の子の指導にも寄与し、俺は結果を出し続けられたのである。
     ……そう考えると本当に彼女のおかげだな。

    「ん? どしたのトレちゃん?」
    「いや、キミを祭る神棚でも作った方が良かったかなって」
    「えっ、やめてよ」

     真顔で渋い顔をするトランに、俺は苦笑を浮かべる他なかった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:24:08

    「それにしても丁度良い場所だよね、トレセン学園もほどほどに近いし」
    「キミも色々と調べてくれたからね、助かったよ」
    「個人的には世田谷区のあそこもオススメだったんだけど、フリオがどういう反応するか見たいしー」
    「さすがにちょっと距離とか色々とね……はいどうぞ」
    「おっじゃましまーす♪」

     鍵を外して扉を開けると、トランは軽快な足取りで玄関へと進む。
     待ち遠しくて堪らなかったのか、ぽーんと靴を脱ぎ捨てて、そのまま家の中へと入っていった。
     俺は彼女の靴を揃えてあげてから、その背中をゆっくりと追いかけていく。

    「おおー、きれいにしてんじゃーん」
    「そりゃまあ入居したばっかりだからね……荷解きもまだ終わってないし」
    「その手伝い込みでウチも来たわけだからねー、ふふん、パソコン周りはばっちり任せてよん♪」
    「頼りにしてるよ」
    「ついでに、トレちゃん秘蔵のコレクションもばっちり調べてちゃおっと」
    「ないよ? 本当にないからね?」

     トランはそんな風に冗談を飛ばしながら、きょろきょろと家の中を歩き回っていく。
     とはいえ、今はまだ最低限の荷解きをしたばかりで珍しいものなどは何もない。
     にも関わらず、彼女はとても興味深そうな様子で部屋を一つ一つ見ていた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:24:31

    「ここが寝室で……ここがパソコンスペース……こっちにガジェット置き場でー、ん、おやおやー?」
    「どうかした?」
    「この部屋……何か変……?」
    「……そんなおかしいところあったっけ、窓はちゃんとあるし」
    「ほら、この部屋だけまだ何にも入ってない手付かずじゃん?」

     そう言いながら、トランはとある部屋の中を指差した。
     彼女の言う通りその部屋には、何の荷物も存在していない。
     他の部屋には家具や荷物の入ったダンボール箱が置かれているのにも関わらず。
     とはいえ、その理由は彼女も把握しているはず。
     何故そんなことを聞くのだろうかと思いながらも、俺は問いかけた。

    「そりゃあ、この部屋を使う予定の人がいるからね────トランも知ってるでしょ?」

     この家は、俺が一人で住むための家ではない。
     一人暮らしを続けるのならば、学園から近いトレーナー寮を出る意味はないからだ。
     俺の言葉を聞いて、トランは少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、ぽそりと呟いた。

    「……そうだったね、うん、そうだった」

  • 5二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:24:46

    「いやあ、あのお店、超大当たりだったね~!」
    「本当に美味しかったな……他のメニューも気になったし、行きつけになりそうだよ」
    「にひひ♪ それじゃあメニューコンプしようぜぃ、それに良さげなケーキ屋さんも見つけちゃったし」

     そう言いながら、トランはテーブルの上に買って来たデザートを並べていく。
     荷解きをある程度進めた後、俺達は外へと食事に行った。
     まだこの辺りに詳しくない俺のために、近くの飲食店を彼女が調べてくれたのである。
     そこから選んだお店は、値段も味もボリュームもまさしく大当たり。
     更には帰る途中で寄り道した先で美味しそうなケーキ屋も見つけて、まさしく一石二鳥な外出であった。
     テンションが上がってついつい買い過ぎた感はあるが……まあ、トランが食べるかな。

    「それじゃあいっただっきまーす……んんーっ! このモンブランやっばぁ♡ ゾクゾクするくらい美味しい~♡」

     一口食べた途端、目をきらきらと輝かせて顔を蕩けさせるトラン。
     その表情は、見るだけでケーキが絶品なのだと理解できるほどだった。
     これは期待しちゃうな、と思いながら自分で選んだケーキを一つ寄せて、早速食べる。
     口に入れた瞬間、いっぱいに広がるカカオの風味、濃厚な甘さ、そして微かな酸味がそれを引き立てていた。

    「ん……? 確かに美味しい、んだけど」

     思わず、俺は首を傾げてしまう。
     俺が選んだのはオペラであり、もう少しビターな味わいを期待していたのだけれど。
     やがて、トランは不思議そうに俺の方を見て────直後、両目を大きく見開いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:25:00

    「ああー! それウチが選んだザッハトルテ! トレちゃんのはこっちだってば!」
    「えっ!? ああっ、ごめん!」

     どうやら、取るケーキを間違えてしまったらしい。
     慌てて謝罪を告げるも、トランは不満そうに眉を吊り上がらせて、俺の肩を掴んでブンブン揺らす。

    「ケーキを返して~、ケーキを返して~、ケーキを返して~、ザッハトルテをかえし~て~♪」
    「ちょ、揺らさないで……! ごめんって、今度また買っておくからさ」
    「いやいやいや、ウチも鬼じゃないし、今返してくれればいいよん♪」
    「……どうやって?」
    「もー、トレちゃんってばすっとぼけないでよ……あーん♡」

     にっこりと目を細めてから、口を開けるトラン。
     てらてらと艶めかしく照り返す真っ赤な咥内と、少しだけ長い綺麗な舌が晒されて、少しドキリとしてしまう。
     とはいえ、悪いのは俺の方で、従わない理由がない。
     ザッハトルテをスプーンで一口サイズに切り分けて、それをゆっくりと慎重に彼女の口の中へ運んだ。
     やがて、ぱくりと柔らかそうな唇が閉ざされて、しっくりと咀嚼していく。
     そしてトランは先ほどよりも蕩け切った、とろんとした顔つきで呟いた。

    「あっまぁい……♡」
    「それはなにより、ああ、“あの子”にも用意しておけば良かったな」
    「…………うん、そだね」

     あの子────俺がそう言った瞬間、トランは表情を消す。
     そして、やはり寂しそうな顔で、ぽそりと零すのであった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:25:19

     ケーキを食べ終えて、しばらくまったりと過ごして。
     気が付いたら、もうそれなりに遅い時間になってしまっていた。
     寮の門限を考えると、トランはそろそろ帰らせないといけない。
     俺は上着を持って立ち上がり、ソファーに我が物顔で寝転がっている彼女へと声をかける。

    「送るから、そろそろ帰ろう」
    「……」

     トランは、言葉を返さない。
     無言のままむくりと起き上がって、ソファーの上で体育座りになった。
     膝で口元を隠し、微かに頬を染めながら、上目遣いでじっと俺を見つめてくる。

    「……トレちゃん」
    「ん?」
    「…………今日、ここに泊まって行っちゃ、ダメ?」

     甘えるような口調で、トランはそうおねだりをする。
     もじもじとした様子で、耳や尻尾を忙しなく動かし、その目を熱っぽく潤ませながら。
     そんな彼女に対して、俺は小さく首を横に振りながら、答えた。

    「ダメだよトラン、帰りなさい」
    「……なんで」
    「その理由はキミが一番良くわかっているでしょ?」
    「…………っ」
    「外泊届だって出してないだろうし、それに、彼女を不安にさせたくないから」

     トランをこの家に泊まらせることによって、不安を覚える女性がいる。
     それが、拒否をした一番の理由だった。
     そしてそのことは、他のだれよりも、トラン自身が一番良く知っていることのはず。
     けれど彼女は、顔を膝の中に埋めるように丸まってしまう。

  • 8二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:25:36

    「トラン」

     俺はそんな彼女に対して、微笑みながら近づいて視線を合わせる。
     そして拗ねたような表情を浮かべる彼女の頭にぽんと手を乗せて、声をかけた。

    「後少し経てば────キミも、この家に住むんだから」

     そう、トランはもう少しで卒業であり、その後はこの家で一緒に住むこととなっていた。
     空いている部屋は彼女のために用意している部屋であり、荷物がないのもまだ寮を引き払っていないから。
     彼女は俺の言葉を聞いて耳をぴくりと動かし、小さくため息をついた。

    「はあ、トレちゃんのいけず」
    「でも、キミだってワンダーアキュートに心配かけたくないでしょ?」
    「……まーね」

     そう言いながら、少し寂しそうに微笑むトラン。
     “あの子”、ワンダーアキュートはトランの同室相手、長い時間を彼女と過ごしていた。
     そんな相手ともうすぐ別れるのだから、残された時間は大切に過ごすべきだと思う。
     ……ちなみに彼女はまだ現役でトゥインクルシリーズを走っていたりする、どうなってるんだ。

    「しょーがない、大人しく帰りますよーっと……トレちゃん、私を帰して―♪」
    「了解、ってうわ!?」
    「あと、腕をかしーて♪」

     同時に立ち上がった途端、むぎゅと俺の腕に抱き着くように密着するトラン。
     包み込んでくる柔らかな感触とぽかぽかとした温もり、そしてケーキより甘い匂い。
     まだ上着も着ていないし、一旦離れてもらおうと思ったのだが。

  • 9二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:25:50

    「……えへへ」

     幸せそうに顔をすり寄せるトランを見れば、何かを言う気持ちも失せてしまった。
     まあ、今日はそこまで寒くはないし、彼女とくっついている限りは問題ないだろう。
     そのまま玄関へ向かおうとするのだが、何故か、動かない。
     後ろを振り向けば、恥ずかしそうな様子で足を止めているトランの姿。

    「どうかした?」
    「えっと、その、あのね、トレちゃん」

     しばらくの間、トランは視線を彷徨わせてから、意を決したように俺を見つめる。
     そして照れくさそうに微笑むと、一際ぎゅっと力強く身体を寄せて、耳元で囁いた。

    「不束者ですが、よろしくお願いします…………てへり」

  • 10二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 01:26:25

    お わ り
    実は今日改めて調べるまで諸田誠をホワイトアルバムの主人公だと思ってました

  • 11二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 02:28:02

    同棲準備はいいものだ
    あとアキュートばあばすげえ

  • 12二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 02:33:25

    途中や不穏な空気でトランが失恋した話かと思ったがよかったハッピーエンドだった

  • 13二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 02:37:58

    あのな、良いSSはな、ちゃんと脳内でボイスが再生されるんだ。
    それはこれだ。

  • 14二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 04:22:59

    こいつらうまぴょいしたんだ!

  • 15二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 05:32:48

    まだしてねーよ!

  • 16二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 09:04:15

    「まだ」!?

  • 17125/05/30(金) 18:32:54

    >>11

    まあ育成シナリオでも長く現役してるから…

    >>12

    元ネタがアレなので味付け程度に

    >>13

    トランちゃんのボイスは素早く脳に届く

    >>14

    準備段階だからセーフ

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