- 1二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:18:29
- 2二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:19:12
放課後の自習室で聞いたファンファーレに、よく似ていた。
だから、最初は吹奏楽部か何かだと思ったんだ。入学式直後に熱心なことだ、と。
でも、あぁ、違う。
これは、歌だ。
気づいた瞬間に足は動き出していた。
大切にメモを散りばめた入学者名簿は、風に煽られて飛んでいった。
歌の主を辿り、屋上の扉を前にしてやっと、俺は冷静になった。
やらかした。こんな所にアイドルなんているはずが無いのだ。
だって、俺があそこに居たのは目当ての新入生アイドルをスカウトするためで、つまりアイドル科の生徒は皆、まだ入学式会場に残っていたのだから。
あの名簿も、惜しい事をした。折角ここ数週間で調べられる限りのことを書き留めたのに。
俺でも調べられるような内容だったのだ。取り急ぎ今は、個人情報漏洩にはなっていないということを祈りたい。
所で、ここまで俺を運んだ件の歌だが、俺が階段に足をもつれさせているうちに止んでしまった。
きっと、幻聴だったんだ。新入生調査とか、プロデューサー科に入った高揚とか、ここ最近バタバタしていて疲れが溜まっていたのだ。
万一、ここに誰かが居たのだとしても、それはアイドルではあり得ないのだし。プロデューサー科の新入生である俺には用事など無い。
己の考え無しに嘲笑しつつ、踵を返す。
アドレナリンだけで駆け上がったこの階段を、今度は下まで降りなければと、ため息をついたときだった。
「あ」
屋上への道が開いた。
眩しさの中で少女が立っていた。
そのシルエットを包む逆光が真白な壁に反射して。
それが彼女の碧い瞳にまた反射して、俺を強く貫いた。
「貴女を、プロデュースさせて下さい。」
それが無鉄砲で未熟な俺と、終わりを待つだけだった夏原玲緒の、始まりになった。 - 3二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:19:48
「やめておいたほうが、良いですよ。」
口が動くままに啖呵を切った俺を屋上の側へ引きずり込んで、扉を閉めて二人きりになって、やっと彼女は口を開いた。
「私の事、知らないでしょう?ただの劣等生ですから。経歴を汚す事にしかならない。」
「あ、の……2年生、か、3年生の方、ですよね?恐らく、まだプロデューサーは居ない。NIAで、見かけ無かったので。」
少女は眉を歪めて首を振る。否定だが、どちらがだか分からない。
「…プロデューサーが、既にいらっしゃいますか?」
きっと失礼にあたったのは、未熟者の軽はずみな考察の方だろう、と質問を変える。
と、彼女はそれに苦笑で答えた。
「そうですよね…!今さら俺みたいな新米プロデューサーがついても」
「いえ。合っていたのはそちらの方ですよ。」
そう言って彼女は笑顔を作り直す。アイドルらしい隙のない微笑みに見える。
しかしそれは可笑しい。
優秀な自覚など決して無いが、そこまで記憶力が悪いつもりも無い。
新入生名簿に彼女の顔は無かったはずだ。
ではやはり、アイドル科の生徒ではない、ということだろうか。
混乱の中再度目を向けた彼女の笑みは、先ほどと比べ哀愁が漂う。
「すみません。混乱させてしまいました。お察しの通り、私は新入生でもありません。」
たちの悪いなぞなぞのような字面を並べた彼女は、そこで呼吸を1つ置く。 - 4二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:21:02
「夏原玲緒。留年生、です。」
「留年…」
「はい。先程申し上げました。ただの劣等生だ、と。」
信じられない。というのが本音だ。
先の歌声は、何があったら評価されないことがあるだろうか。
強く、響いて、俺の脳を揺らしたあの音が。
俺のプロデュースを断る口実だと言われたほうが自然だろう。彼女の笑みの哀愁を除いては。
「プロデューサーさんは、まだ1年生の方、ですよね?先ほどの言葉からの推察、ですが。」
「ッ、はい。」
続く彼女の言葉に、一拍、返答が遅れる。
先の自分よりも鋭い。聡明な少女なのだろう。
俺が分かりやすいだけ、という可能性は、叶うなら伏せていたい。格好がつかないので。
「なおさら、辞めておきましょう。あなたの時間と情熱を、私のような才能無しにかけて使い潰すのは、たちが悪過ぎる」 - 5二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:21:45
「貴女は決して、才能無しなんかじゃない。」
先ず体が、口が動く質で良かった。
「歌声、聞こえていました。下まで。響いていました。貴女の声が、俺をここまで連れてきたんだ。」
「…お恥ずかしい。……聞く人など、居ないと思っていましたから。こんなに音痴ですし。」
何故、こんなに自信が無いんだ。
「正直、確かに俺に音楽の素養はありません。でも、あの響きはそう簡単に出せないことくらい分かる。」
「この学園には、その上位互換がごまんと居ます。良い歌い手を探すなら、私でない方が、良い」 - 6二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:22:37
「貴女が良いんです!」
噛みしめるように言葉を発していた彼女は、本当に困った顔をして黙ってしまった。
「なつわら、さん。貴女がどんな人か、誰と、どんな日々を過ごしてきた人か、俺は知りません。でも、残念ならが、一度聴いただけの貴女の歌が俺の脳を焼いてしまった。もし今貴女に従って、別のアイドルと3年、4年を過ごしたって、俺は貴女を忘れられない。」
プロデューサーになるって事はさ、おにいちゃん、あれやるんでしょ?
実家を出る前、俺をアイドルの沼に落とした妹に言われたことが脳を過る。
あなたをプロデュースさせてください、って。プロポーズみたいでさ、夢だよねぇ〜!!
ああ。本当にそうかも知れない。告白さえしたことの無かった俺には、段階を吹っ飛ばしすぎた行為だな。
それでも。
「もう一度、言います。貴女をプロデュースさせて下さい。」 - 7二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:23:12
春風は、まだ涼しい。
しん…と沈黙の間に、入学式を終えた少年少女の明るい騒ぎ声を運んでいる。
「……1年、だけ。」
見知らぬ男にプロポーズまがいの言い草で迫られ、彼女が最初にこぼしたのは期間だった。
「1年。1年経ったら、捨てて下さい。そうすれば貴方は残りの3年間で、素敵なアイドルを、ちゃんと、プロデュース出来る。そして私は2年使って、生きられる道を探す。」
「それでは……!!」
「1年分、私の人生を手放します。だから、その間に満足なり幻滅なり、し終えて下さい。」
充分だ。いかに俺が未熟者でも、絶対、充分だ。
「分かりました。1年で、貴女に、貴女の才能を魅せて見せます。」
「プロデューサー…。さっきから本当に、あたしの話…聞いてました?」
そう言って彼女は苦笑した。
まだ苦味の残る笑みでも、さっきの顔よりずっと良いと、思った。
親愛度 0→1 UP! - 8二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:24:27
まだ親愛度3の途中までしか書き溜めが無いので書いています……
問題ないようでしたら続きを持ってきます…… - 9二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:30:44
こんまま毎秒投稿して♡
- 10二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:44:01
やらかした。と、思った。
あの後は、本当にバタバタしていて。なつわらさんは流石にホームルームに出なければと教室へ急いだし、俺も俺で撒き散らした名簿をかき集めるのに奔走していた。
だから失念していたのだ。ナツワラレオのクラスとか、漢字表記とか。
晩になって部屋へ戻った俺は途方に暮れた。
契約の書類が作れないどころか、彼女の所在も確認ができない。
俺は悩んだ。悩んで悩んで、無鉄砲な俺は思い付いた。 - 11二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:45:16
「だからって!!!!!これは!!!もっと色々あったでしょう!!!!!!」
アイドル科高等部棟、職員室前になつわらさんの怒声が響く。
昨日の歌のように良く通る。恐らく、腹から声が出ている、というやつなのだろう。
昨晩の思いつき、ナツワラレオを放送で呼び出す、という作戦を俺は実行した。どうやらそれが彼女の気に障ってしまったらしい。
「名簿を確認する、とか。」
「2,3年名簿にも新入生名簿にも、貴女の名前はありませんでした。」
「担任に、確認する、とか。」
「俺のおっちょこちょいを知られるなんて恥ずかしい。」
「せめてアイドルの面子の方を優先してくださいよ!!」
「ただでさえ書類吹っ飛ばしてたので、これ以上怒られるのは俺も嫌、というか……」
「昨日の啖呵切った勇気と覚悟はどこいったんですか!!!」 - 12二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:51:19
ふぅ、と、彼女が息をついた。まだまだ言い足りなさそうだが、注目されていることに気づいたらしい。
良く通る声だからな。自覚はないらしいけれど。
「そんなに嫌でしたか?放送。」
「…まず、場所が悪いですよね。」
「職員室前。分かりやすいでしょう!」
「自業自得って言っちゃ、そうですけど、あたし、昨日の式を無断欠席した不良生徒、なんで。」
「あ〜……」
流石に配慮が足らなかった、だろうか。
「幾らあたしにアイドルのやる気が無いからって、友達の一人や二人、要るんですけど。」
「去年のお友達は?」
「…それ、聞きます?」
彼女の目線が左下へと流れる。
おおっと、やっちまったか?BadCommunication。
「多分皆、退学したと思ってくれてた筈なんで。」
放送さえ無ければ。口にはしなかったが、そういう事だろう。
一瞬、睫毛を伏したなつわらさんは、ヒョイと俺の手から書類を奪い取る。
何も言えない俺と書類に目を落とすなつわらさん。
沈黙の中に、カツカツと、ボールペンの音だけが聞こえる。
気まずい。
いや、俺のせいだが気まず過ぎる。心臓が痛い。
血の気を引かす俺へと視線を上げたなつわらさんは、ふ、と噴き出すように息をこぼした。
「も、いいです。プロデューサー、顔が湿った大型犬過ぎる。」
プロデューサーとして情けなさ過ぎて、言葉とともに返ってきた書類に目を落とす。整った、流れるような字がさっきまでの空欄に並んでいた。
正直、綺麗すぎて俺の癖字の隣に並んで欲しくない。まるで小学生の親子の署名じゃあないか。大型犬、叶うならもう一度濡れ直してきたい。 - 13二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 21:51:47
そう、俺がしょもしょもと垂れたこうべが、目の前の少女の人差し指で弾き上げられる。所謂デコピンだ。痛い。あ、笑われた。何なら今までで一番いい笑顔かも知れない。なかなかいい性格をしているようだ。
「…アイドルが暴力は、駄目だと思います。」
「べ〜つに?もうアイドル目指してないですし。今日のプロデューサーの駄目さ加減とおあいこ。でしょ?」
「返す言葉もございません。」
「そ。じゃ、プロデューサー。もっかいちゃんと書類、見て。」
言われた通り、視線を落とす。
「2年連続、1年2組。夏原玲緒。もう、放送なんかで呼び出さないよう、忘れないでくださいね?」
「…心に留めます。」
情けなさで寄った俺の眉間のシワを見てか、夏原さんは声を上げて笑った。
親愛度 1→2 UP! - 14二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 22:32:49
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- 15二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 22:38:23
主です…
かなり見切り発車とアドレナリンでスレ立てしてしまったので、親愛度3がなかなか書き終わりません……
スレが残っているようなら続きは明日投稿します
スレ落ちしたようなら、また書き溜めて、気が向いた時にスレ立てするかpixivへ投稿します - 16二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 22:39:16
このレスは削除されています
- 17二次元好きの匿名さん25/05/30(金) 22:39:50
留年生とはあたらしい
期待
あまりにも期待