(SS注意)椅子

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:47:24

    「うん、これでミーティングは終わり、お疲れ様」

     茜色に照らされたトレーナー室。
     部屋の主たるトレーナーは資料を片付けながら、目の前の少女にそう告げる。
     艶やかな長髪のサイドテール、綺麗に切り揃えられた前髪、ツリ目がちの薄紫の瞳。
     彼の担当ウマ娘であるラッキーライラックは気品に満ちた表情のまま、小さく頭を下げた。

    「お疲れさまでした、明日もよろしゅうお願いします」

     ラッキーライラックはそう告げると、テキパキと自らの荷物を片付け始める。
     たおやかな雰囲気、それでいて凛とした姿勢、落ち着いた振る舞い。
     その姿はまさしく京美人を絵に描いたかのようだった。
     そして片付けの物音だけが響く中、ふと、思い出したようにトレーナーが声をかける。

    「そうだ、この間話していたレース雑誌、もう届いているよ」

     瞬間、ラッキーライラックの耳と尻尾がぴこんと立ち上がる。
     少し慌てた様子で顔を上げると、目をきらきらと輝かせながらトレーナーに迫った。

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:47:35

    「……ほんまっ!?」
    「あっ、ああ、ホントホント、ちょっと待っててね」

     ────この急変っぷりはなかなか慣れないなあ。
     トレーナーは心の中で苦笑しながらも、件の雑誌を仕舞ってあるデスクへと向かった。
     ラッキーライラックという少女は、“二つ”の“一面”を持っている。
     一つはレース界の花形として相応しくあろうとする、上品でお淑やかな女性としての一面。
     もう一つは負けず嫌いで感情豊か、心の声が少しだけ騒がしい、歳相応の少女としての一面。
     表裏、というわけではない。
     あくまで重ねているだけで、どちらの彼女も“表”なのだと、彼は考えている。
     最近は内面を良く見せてくれるようになって嬉しいな、と思いつつ引き出しから雑誌を取り出した。
     本日発売のレース雑誌、表には彼女が憧れている金色の暴君、オルフェーヴルの姿。
     この号は、オルフェーヴルメインの特集号となっていた。
     
    「はい、どうぞ」
    「助かりますわあ、トレーナー経由やとほぼ確実で発売当日に届くさかい」
    「まあ、ちょっとした役得だよね」

     トレセン学園には、取材を受ける関係もあって各社レース雑誌における独自の購入ルートが存在する。
     購入範囲を生徒まで広げてしまうと量が膨大になるので、あくまでトレーナーなどの職員限定ではあるが。
     ラッキーライラックは雑誌を受け取ると、ぱあっと花が開くような笑顔を見せる。

    「はー、オルフェさんやっぱかっこええなあ、うちもいつか……!」

     表紙に映るオルフェーヴルをじっと見つめて、ラッキーライラックは小さく決意を呟く。
     オルフェーヴルのように、誰もを釘付けにするような走りがしたい。
     その想いは、今の彼女を形成する要因の一つであった。
     レースの時だけではない、普段の立ち振る舞いにも及んでいる。
     焼き尽くさんばかりの輝きに目を眩ませることなく、ひたむきに近づこうとするその姿。
     それこそが────トレーナーが彼女にほれ込んだ理由でもあった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:47:49

    「……トレーナーさん、これ、ちょっとここで見てもええ?」

     気恥ずかしそうに、上目遣いでお願いをするラッキーライラック。
     門限まではまだまだ時間があり断る理由もない、そう考えたトレーナーは笑顔で頷いた。

    「もちろん、ゆっくりしていってよ」
    「ふふっ、おおきにな、ほな遠慮なく……あっ、このレースえらい懐かしいなあ、うちも見に行ったんよ」
    「俺もレース場で直接見たよ、度肝を抜かれるってこういうことなんだなって思ったな」
    「せやろせやろ? こっちのレースは現地には行かれへんかったけど、映像は何度も見返しとるわ……!」

     尻尾を揺らめかせながら、楽しそうな表情でページを捲っていくラッキーライラック。
     気づいたらトレーナーも隣に腰かけて、一緒にそれを眺めていた。
     特集はこれまでのオルフェーヴルの道程をなぞっていくような形で構成されている。
     デビュー戦から始まって皐月賞、ダービーと来て、菊花賞のページに辿り着いた時、彼女の手がぴたりと止まった。
     
    「えっと、これは」
    「……この写真を使うのか、いやまあ、彼女といえば外せない部分ではあるけど」

     デカデカと映っていたのは、担当トレーナーを椅子にして君臨するオルフェーヴルの姿。
     こんな三冠ウマ娘は見たことない、と言わしめた暴挙。
     しかし、それは暴君たる彼女らしい振る舞いでもあり、このシーンはグッズ等にも使われていた。

    「……」
    「……ララ?」

     何故か進まないページ。
     不思議に思ったトレーナーは、ラッキーライラックの顔を覗き込むように様子を窺う。
     彼女は────微かに頬を赤らめながら、まじまじとオルフェーヴルの姿を見つめていた。
     やがて、ぽそりと呟く。

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:48:02

    「トレーナーさんにって……どんな感じなんやろ…………?」

     ラッキーライラックはちらりとトレーナーを見て、慌てた様子ですぐに視線を戻す。
     このシーンは有名なシーンであり、彼女自身もすでに何度も見たことがあった。
     しかし、トレーナーと一緒に見るという状況は初めてであり、ついつい、意識してしまったのである。
     
    (ララは、次のレースで勝った時に同じパフォーマンスをするつもりなのかもしれない)

     そして、彼はそう考えた。
     憧れた人物と同じように皆を釘付けにしたい、という彼女の願い。
     彼女の願いを支えて可能な限り叶えてあげたい、という彼の願い。
     お互いの想いが重なった時、トレーナーの中で、一つの結論が生まれた。

    「ララ」
    「……ひゃ、ひゃい!?」

     トレーナーはそっとラッキーライラックの肩に触れて、その名前を呼ぶ。
     物思いに耽っていた彼女はびくりと身体を震わせて、奇妙な返事をしてしまった。
     しかし彼はそれを気にも留めず、優しく微笑みを浮かべながら、大きく両手を広げる。
     彼は考えた、色々考えた、うんと考えた。
     そして、彼女へと告げる。

    「俺が、椅子になるよ」
    「………………は?」

     ラッキーライラックは眉をひそめながら、少し低い声を漏らすのであった。 

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:48:17

    「トレーナーさん、うちの考えていることを汲み取って、気ぃ利かせてくれたんはわかるんよ」
    「……はい」
    「ただな? あんなん言うて許されるのはスイミーだけなんやで?」
    「…………いやそれはどうだろう」
    「とっ、とにかく! 花の女学生相手なんやから物言いはもっと考えること! ええな!?」
    「…………うん、本当にそうだね、変なことを言って悪かった」

     深々と頭を下げるトレーナー。
     それに対してラッキーライラックは、そっぽを向くように顔を逸らす。
     そして視線だけをちらりと向けながら、彼女は小さな声で問いかけた。

    「……うち、そんなわかりやすい態度だったん?」
    「……割と」
    「…………そか」

     ラッキーライラックは再び視線を背ける。
     肩をぷるぷると震わせて、赤くなった顔をトレーナーに見せないようにしながら。

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:48:29

     ラッキーライラックは再び視線を背ける。
     肩をぷるぷると震わせて、赤くなった顔をトレーナーに見せないようにしながら。

    (ああーっ! 考えてることめっちゃ筒抜けやんか!? そらまあ同じページでずっと止まりながらチラチラチラチラとトレーナーさんのことを見てればそうやろうけども! たっ、ただ! あくまでオルフェさんのパフォーマンスに興味を持っただけで、トレーナーさんに座ってみたいとか考えとったわけじゃ……わけ…………じゃ……)

     そんな心の声を響かせながら、ラッキーライラックはもう一度視線を戻す。
     申し訳なさそうな表情を浮かべながら、少しばかり落ち込んでいるトレーナーへ向けて。

    (座るとすれば何処に座るんやろ、四つん這いになってもろて背中とか? いやいやいや、それは何か別の趣味やろ、さすがに絵面がアカンわ…………そんなら、持ち上げてもらうとか? ん-、ちょっとトレーナーさんへの負担が大きいなあ、それに持ち上げられないとか言われたら乙女心がパッカーン行きそうやわ…………とすれば……脚の上に座る、とか……?)

     思えば、椅子の形とはしゃがんだヒトの形に似ている。
     故に座ってみれば、案外心地良かったりするのではないか────そう彼女は考えた。
     一度湧きだした興味は、心の奥底から絶え間なく湧きだして、彼女の頭の中を満たして溢れ出していく。
     気が付いたら、ラッキーライラックはゆらりと立ち上がって、トレーナーの前へと立っていた。

    「ラ、ラ?」

     影に気づいて顔を上げて、トレーナーは困惑の表情を浮かべた。
     怒っていると思った相手がどこか熱っぽい瞳で見つめているのだ、そんな顔にもなろう。
     しばらくの間、二人は無言のまま見つめ合い、やがてラッキーライラックの方が動きを見せた。
     その場でくるりと彼へ背中を向けて、ふりふりと尻尾を揺らめかせる。
     そして、小さな声で言葉を紡いだ。

    「…………そこまでトレーナーさんが言うなら、うちが座ってあげてもええ、よ?」

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:48:44

     ドクンドクンと、トレーナーの心臓は大きく鳴り響いていた。
     目の前には、徐々に近づいてくるラッキーライラックの背中、もといスカートに包まれた彼女の尻。
     座るべく、腰を少し突き出すような体勢をとっているため、その輪郭が布越しにうっすらではあるが浮き出している。
     ふっくらと柔らかそうな丸みを帯びていながらも、大きすぎず小さすぎず、きゅっと引き締まった理想的な形。
     それが今、彼の脚の上へ、ゆっくりと近づきつつある。
     彼女の椅子になる、その言葉に嘘はなく、その覚悟も出来ていった。
     しかし────彼女の尻を脚の上に乗せる覚悟は、出来ていなかったのである。

    「……」

     己が不明を恥じるととも、トレーナーはぴんと背筋を伸ばし大きく深呼吸をする。
     覚悟ならば、今、出来た。
     彼女の全てを受け止める、そもそも、それは彼女と契約した時から心に誓っていたことなのだから。
     まさか、こんな物理的な話になるとは思ってもいなかっただろうけれど。
     時を刻む音が鳴り響く中、二人の距離は少しずつ短くなっていき、やがてついに、ゼロとなった。

    「んん……っ」

     ラッキーライラックの小さな吐息とともに、トレーナーの脚をもっちりとした肉感が包み込んだ
     女性らしいぷにぷにとした柔らかさ、その奥から感じ取れる確かな筋肉、密着したことによって伝わってくる身体のライン。
     鼻先を掠めるさらさらとした髪、胸の辺りでぱたぱたと騒めく尻尾、ふんわりと漂う甘く爽やかで清々しい香り。
     あまりにも艶めかしく生々しい感触に、彼の息は詰まり、どくんと一際大きく心臓が跳ねる。
     そして、そんな背後の動揺を他所に、彼女はもじもじと身動ぎながら問いかけた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:49:00

    「…………どう、なん?」

     それを聞くのはこちらではないのか、とトレーナーは思ったものの声には出さない。
     どう思うのか、とは彼にとってラッキーライラックの問いかけでは難しいものであった。
     重い、なんて言うのは論外。
     かといって柔らかいとか暖かいとか、そのような答えも良くはないだろう。
     当たり障りのない回答を、と思うのだが、小さな動きで感触へ変化を入れて来る彼女の尻が絶妙に思考を遮る。
     焦り、緊張、動揺、様々な感情に振り回されながらも、彼は脳漿を絞り出すかのように言葉を紡いだ。

    「……いい感じ、だと思う」
    「…………ぷっ」

     あまりの素っ頓狂な回答に、ラッキーライラックは思わず吹き出してしまった。
     そしてぷるぷると肩を震わせながら、緩み切った口元を隠すように彼女は手を口に当てる。
     
    「ぷ、ふふ、あは、あははは! なっ、なんや、ええ感じって! おべんちゃらにしても、もうちょいなんかあるやろ?」
    「……上手く言葉が思いつかなくて、それに、キミに嘘やごまかしはしたくないからさ」
    「せやかてそんな────って、わわっ!?」
    「……ララ!」

     慣れないところに座り、身体が震えるほどに笑ったせいだろうか。
     ラッキーライラックはぐらりとバランスを崩して、トレーナーの脚の上から滑り落ちそうになった。
     大した高さではないといえ、おかしな体勢で落ちてしまえば怪我をする可能性は十分ありえる。
     彼はそう判断し、自らの担当ウマ娘を支えるべく反射的に動いていた。

     ────後ろから彼女の細い腰へ両腕を回す、という形で。

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:49:22

    「……っ!」
    「危なかったな……あっ、ごめん、すぐに手を離すね」

     安堵し、そして我に返ったトレーナーは手を離そうとするが、それは出来なかった。
     離そうとするその手の上に、小さな手のひらを重ねられていたから。
     ラッキーライラックは彼の手をきゅっと優しく握りしめながら、口を開く。

    「ありがとうな……後これ、安心するから、このままでかまへんよ」
    「……いやまあ、安定はするかもしれないけどさ」
    「ほな、トレーナーさんもその方が安心するやろ? ああ、そういや、うちの感想を伝えとらんかったな」

     彼女は柔らかく微笑むと、ゆっくりと脱力をして背中からもたれた。
     そしてしゅるりと尻尾を彼の腰へと巻き付けながら、心地良さそうに目を細めて、言葉を紡いだ。

    「…………めっちゃ、ええ感じやで♪」

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 22:49:38

    お わ り
    今スイミーって教科書乗ってるんですかね

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 23:03:44

    こいつら背面◯位したんだ!
    濃厚なトレララありがとうございます

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/01(日) 23:07:24

    谷崎潤一郎とか田山花袋の系譜ですね

  • 13125/06/02(月) 07:54:47

    >>11

    こちらこそ読んでいただきありがとうございます

    >>12

    そうなんでしょうか……?

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 11:10:26

    脚に座るシチュめっちゃ好きだから助かる

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/02(月) 18:04:55

    誰かに見られたら、誤認されそうな体勢

  • 16125/06/03(火) 03:23:59

    >>14

    本当にいいよね・・・

    >>15

    安心してください 座ってますよ

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:08:08

    「ララ、準備出来たよ」

     放課後のトレーナー室。
     トレーニングの準備を終えた俺は、今日の授業の復習をしていた彼女に声をかける。
     サイドテールに纏めた長い髪、凛々しさを感じさせる薄紫の瞳、左耳にはライラックを模した髪飾り。
     担当ウマ娘のラッキーライラックは顔を上げると、はんなりと微笑みを浮かべた。

    「おおきにま、トレーナーさん……さて、そんならレース研究の方を始めましょか」
    「うん、参考になりそうなレースをいくつか見繕ったから、オルフェーヴルのもあるよ」
    「……もう、そんな気ぃ遣わんでもええのに」

     困ったようにそう言うララは、教科書を片付けるとこちらへ歩み寄って来た。
     今日のメニューはレース映像の研究。
     実際のレース映像を見てお互いに意見を出し合うことによって、見識を深めていく。
     最近はトレーニングの負荷を上げていることもあり、ちょっとした息抜きの目的もあった。
     近づいて来る彼女に対して、俺は自身が座る長椅子の隣を少しだけ空ける────のだが。

    「ほな、ごめんやす」
    「……っ」

     すぐ隣までやってきたララは、そこで突然、背中を向けて来る。
     そしてこなれた動きで、ぴょんと俺の脚の上へと飛び乗るように腰かけた。
     むにっ、と太腿を包み込んでくる、ふっくらとした丸い尻肉。
     ゴム毬のようなハリ、湯たんぽのような温もり、そして甘く爽やかな香り。
     妙に生々しく、それでいて背徳的な感触は俺の首の下辺りをそわそわとさせるには十分過ぎた。

    「ん、どうしたん?」

     固まっている俺に対して、ララはきょとんした表情で振り向く。
     その瞳には何の疑問の色の存在しておらず、この状況をただただ当然のものとして認識していた。

  • 18二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:08:24

     切っ掛けは────先日の出来事。

     彼女を脚の上に座らせる機会があって、それ以来、事ある毎にこうしていた。
     最初の頃は躊躇したり恥じらいもあったのだが、今や我が物顔で平然と座っている。
     気に入ってくれているのは良いのだけれど、この感触はなかなか慣れるものではなかった。

    「……いや、何でもないよ、それじゃあ再生するね」
    「うん、よろしゅう」

     ぱたぱたと催促するように尻尾を振るララ。
     顎の下を掠める毛先に翻弄されつつも、俺は手を動かしてタブレットを操作した。
     途端、彼女は背筋を正す。
     ただ脚に伝わってくる肉感は未だに柔らかく、程良くリラックス出来ていることがわかった。
     ……案外、座るという行為自体は色々と考えるべきなのかもしれないな。

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:08:39

     数日後の、トレセン学園のグラウンド。
     練習用のコースの傍に立つ俺の前を、二つの影が風のように通り過ぎて行った。
     一つは、俺の担当ウマ娘たるラッキーライラック。
     そして、僅かではあるがその先を行く、鹿毛のウマ娘。
     ふわりと広がる長い髪、星のような輝きを放つ青い瞳、大きなリボンのついた白いカチューシャ。

    「くっ、相変わらずえげつない走りやな、アイさんは……!」

     ララは肩で息をしつつ、悔しそうに表情を歪めて────アーモンドアイの背中へと、視線を向けていた。
     この日、彼女達は合同トレーニングを行っていた。
     アーモンドアイのトレーナーが出張で不在のため、俺が一緒に面倒を見ているのである。
     ……まあ、彼女自身はトレーニングに対する知識も深く、一人でも十分そうだったが。
     やがて、アーモンドアイはくるりと振り向いて、ララを真剣な表情で見つめる。

    「仕掛けや息を入れるタイミングの精度が、更に向上していた」
    「……そこは研究の成果ってやつやな」
    「正直、もっと離すつもりだったのだけど…………ふふ、わたしもうかうかしてられないわ」
    「…………うかうかするつもりなんて一切ないのに、よー言うわ」

     楽しげな笑みを浮かべるアーモンドアイ。
     そんな彼女を見て、ララは少し困ったような表情で口角を少し上げた。
     それでこそ、と言わんばかりに。
     やはりアーモンドアイは強く、未だその背中は遠いが、彼方ではない。
     ララは確かにそこに届き得る逸材なのだと改めて確信しながら、俺はぱんぱんと手を叩いた。

    「お疲れ様! 見てて気づいたことを伝えるから、二人ともこっちに来てくれる?」

     俺の言葉を聞いた瞬間、二人の耳がぴんと立ち上がる。
     そして足を揃えてこちらに近づいて、やがてアーモンドアイは興味深そうに目を丸くした。

  • 20二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:08:57

    「……椅子、ですか?」
    「ん、ああ、ちょっとした合間でも座ってれば、足の消耗も違うかと思って」
    「道理ではありますけど、わざわざ折り畳み椅子まで用意するのは珍しいですね」
    「まあ、ちょっとね」

     ララの椅子になってて思いつきました、なんて言えるわけがない。
     誤魔化すように笑う俺に対して、アーモンドアイは特に気にも留めずに空いている椅子にへと腰かけた。
     用意した椅子は全部で三つ。
     一つは俺が座っている椅子で、一つは先ほどアーモンドアイが座った椅子。
     そして残った椅子には当然ララが座る、と考えていたのだけれど。

    「トレーナーさんには重かったやろ? 言うてくれれば、うちが運ぶの手伝ったのに」
    「それには及ばないよ、って、あの、えっと、ララ?」
    「…………ララ?」

     何故か、ララは俺の目の前へとやってくる。
     困惑の表情を浮かべるアーモンドアイ、それは俺も同じ感情であった。
     空いている椅子があるのに、何でこちらへやってくるのか。
     そんな疑問が浮かんできた矢先、くるりと身を翻して背中を向ける彼女を見て、答えがわかってしまった。
     まさか、とも思うが、それ以外は考えられない。

     彼女は────自分の椅子に座ろうとしているのだ。

  • 21二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:09:15

    「ほっと……あー、しんどいわあ」

     ララはそう呟くと、何の躊躇もなく俺の上へとぴょんと座った。
     今の彼女は模擬レースの直後のため、当然、運動用のシャツとブルマを身に纏っている。
     それ故に、伝わってくる感触は俺にとって全くの未知。
     ブルマによってきゅっと引き締まった尻はハリの良さを強調し、溢れんばかりの肉感を躍動させる。
     そこから、伸びた白い肌は汗ばんでいてしっとりと吸い付き、その滑らかさを強調した。
     走ってすぐ後の体温は火傷しそうなほどに熱く、とくんとくんと響く小さな鼓動も彼女から伝わってくる。
     そして、汗の匂いが混じったことにより、彼女から発せられる香りは甘酸っぱくて、芳しいものへと変わった。
     五感と理性を激しく揺さぶる、濃厚なララの感触。
     そのあまりの刺激は、俺の神経をぴりぴりと痺れさせて、思考を停止させるには十分過ぎた。
     そしてその衝撃は、見るものにも影響を与える。

    「…………」

     ぽかんと、口を開けて呆然としているアーモンドアイ。
     そんな彼女の視線に対して、ララは心底不思議そうに首を傾げながら、言葉を紡いだ。

    「アイさん、どうかしたん? 鳩が豆鉄砲を食った顔しとるけど────」

     刹那、ララの息が詰まった。
     気づいてしまったのだろう、自分が今何をしているのかに。
     みるみるうちに彼女の顔が真っ赤に染まっていき、慌てた様子でわたわたと動き始めた。

    「ああああ……! こっ、これは、ちゃう! ちゃうんよ、アイさん! ほんまにちゃうんやって!」

     ララは弁明をするものの、その光景はあまりにも雄弁過ぎた。
     意味のない言い訳が口から滑り落ちていく中、アーモンドアイは、くすりと笑みを零した。

  • 22二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:09:29

    「ふふ、さすがねララ」
    「アッ、アイさん?」
    「トレーナーとの親密な様子を見せつけて、わたしに対して精神的優位を取ろうという作戦、見事だわ」
    「なにそれしらん」
    「けれど残念ね────どっ、どんな、イチャイチャを見せつけられようとも、わわわわたしが、どうよ、動揺する、こっ、ことなんて、ここ、これっぽっちも、絶対に、一切、全くもって、あ、ありえないん、だからぁ……っ!」
    「いやいやいやちょっと動揺しすぎやろ!? めっちゃプルプル震えとるで!?」
    「…………アイ! 寂しくも羨ましくも! ないんだからああああああっ!?」
    「ちょ、まっ、アイさん!?」

     アーモンドアイは悲痛な叫びを青空へ響かせながら、何処かへと走り去っていった。
     まあ、トレーニング自体はこれで終わりだから、良いっちゃ良いのだけれど。
     ……とりあえず、彼女のトレーナーには早く帰ってくるように伝えておこうと、心に決める。
     それよりも、少し気になることがあった。

    「……ララ、追わなくても良いのか?」

     去り行くアーモンドアイに手を伸ばしながら、ララは俺の脚の上から動こうとしなかった。
     実は怪我をしていて追いかけることが出来ない、という最悪な予感が頭を過ぎる。
     しかし、それは俺へと向けられる彼女のジトっとした視線とぽそりと呟かれた言葉によって晴らされた。

  • 23二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:09:50

    「……腕」
    「えっ?」
    「…………トレーナーさんの、腕で、動かれへんのや」
    「あ」

     ララの指摘によって、ようやく俺は気付く。
     彼女の細い腰を、両腕でぎゅっと抱き締めてしまっていることに。
     それは彼女が座る際、姿勢を安定させるために取った方策。
     いつの間にかすっかりと俺の中で定着してしまっていて、今も無意識のうちにやってしまっていたのだ。

    「ごっ、ごめん! すぐに離す────」
    「もうええよ、どうせ今からじゃ追いつかんし、後日でうちの方でちゃんと話すわ」
    「でも」
    「……それに、その、追う気があんま起きんかったのも、ほんまやから」

     ララは俯きながらも、背中を押し付けるように密着させてきた。
     そもそもウマ娘の力であれば、俺の腕を振り解くことなどは容易なのである。
     にも関わらず、彼女は俺の脚の上で座り続けていた。

    「それにもう色んな人から見られとるからな、ぜーんぶ今更や」

     ハッとして周囲を見回す。
     今の時間はまだまだトレーニング中のウマ娘も多く、色んな人達が好奇の視線を向けていた。
     ……なるほど、ここまでがっつり見られていると恥ずかしいを通り越して、もはや何も感じなくなる。

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:10:04

    「こうなったらヤケやな、開き直ったる」
     
     顔を上げて、無理矢理な笑顔を浮かべたララは小さく息をつき眉尻を少し下げた。
     途端、触れ合っている彼女の身体の感触が、柔らかく変化していく。
     それは元より悩ましかった触り心地が、さらに艶めかしく、魅惑的なものとなったことを示していた。
     脚を包み込むような尻肉、ぴったりとくっ付いた太腿、贅肉は感じさせないが健康的な弾力のあるお腹。
     目の前にはうっすらとインナーの透けた背中、火照って赤みを残すうなじ、鼻腔をくすぐる蠱惑的な香り。
     官能的とすらいえる彼女の魅力が一気に襲い掛かって来て、思わず、息を呑んでしまう。

    「────うちはトレーナーさんの座り心地を堪能するさかい、せやから」

     その瞬間、ふぁさふぁさとゆっくり、ララの尻尾が揺れ動いた。
     胸元を撫でて、顎の下をくすぐり、時折大きく動いてしゅるりと巻き付く。
     それは心地良さを伝えるようであり、悪戯をするようでもあり、そして誘うようでもあった。
     彼女はにやりとした笑みを浮かべて、小さな声で囁くように言う。

    「………………トレーナーさんも、うちの触り心地を堪能して、ええんやで?」

  • 25二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:10:35

    お わ り
    やっぱ一人称視点が書きやすいですねえ・・・

  • 26二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 09:23:09

    アイ、対抗します!(ぐるぐる目)

  • 27二次元好きの匿名さん25/06/03(火) 16:39:50

    このあとアイトレが急襲されるわけですね

スレッドは6/4 02:39頃に落ちます

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