- 1先生25/06/03(火) 23:59:16
- 2二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 00:01:00
いいぞ、やれ。
- 3先生25/06/04(水) 00:01:54
うわーん!やります!
- 4先生25/06/04(水) 00:02:05
キヴォトスは今、未曽有の大混乱に陥っていた。
その原因が自分の小隊員であるという事実が、私の焦りを加速させる。
私はまるで自分の心象を現わしているかのような、豪雨に見舞われるキヴォトスの路地裏を駆けながら、あの時の光景を思い出していた。
(……どうしてこんなことになってしまったのでしょう)
いつもと変わらぬ日常、私たちラビット小隊はシャーレの護衛任務に従事していた。
子ウサギ公園での生活とは異なり、文明の利器に囲まれた生活は、キャンプ生活で染みついた泥を洗い流してくれるようで、充実した毎日だった。
ただ一つを除いては――。
先生は、ある日を境に少し不安定になってしまっている。
そんな先生を心配した連邦生徒会の秘密裏な要請で、私たちSRT特殊学園のRABBIT小隊が先生の護衛兼身の回りのお世話をして、早一か月が経っていた。
――色彩。
キヴォトスのほとんどの生徒には存在すら開示されていない、超極秘存在との接触、先生はその事件を機に今までの明るく人当たりの良い性格は鳴りを潜め、別人のように――そう、まるで廃人一歩手前のような状態になってしまっている。
シャーレの業務も満足に出来ず、自室に引きこもる日々。
私やサキ、モエが自室に入ろうとすると拒絶されてしまうが、唯一ミユだけはその影の薄さが幸いしてか、先生の自室に待機し、一番近くで先生の護衛ができている。
狙撃手を護衛対象の一番近くに配置するなんて、隊長としてその判断が正しいとは思えないが、それしか手がないのもまた事実。 - 5先生25/06/04(水) 00:02:35
(本当は、私が先生の一番近くに……)
そんなことを考えながら、私は机の上に溜まった書類と、各学園の生徒からの手紙やお見舞いの品を分別していく。
「先生、貴方はこんなにも愛されているのです、だからどうか……」
そう呟いた瞬間――。
パン。
と乾いた銃声がシャーレの室内に響いた。
私は弾かれたように音の元へ駆ける、脳裏によぎるのは最悪の事態。
(そんな、先生! 嘘ですよね……!?)
先生の自室まで駆ける途中、同じく慌てた様子のサキと合流する。
「ミヤコ、今の銃声は!?」
「分かりません……RABBIT3! RABBIT4から通信は!?」
私の問いかけに対し、ノイズ交じりの声が通信機から届いた。
『何もわからない! RABBIT4は応答しないし、先生の安否も不明!! ねぇ、大丈夫なんだよね!?』
「――ッ」
今の先生の精神状態では、自殺を選択することは充分に考えられた、だからこそミユをそばに置いていた。
故に、信じることしかできない……どうか、どうかミユが先生を引き留めてくれていることを! - 6先生25/06/04(水) 00:02:48
(次の角を曲がれば先生の部屋っ!)
私とサキは角を曲がり、互いにアイコンタクトをして扉を蹴破った。
「「せんせ――」」
「……い?」
眼前の惨劇から目をそらしたくなったのか、現実を受け入れたくなかったのか。
絶句した私の横で、持っていた銃を落としたサキに視線を送ると、見たことのない絶望した表情を浮かべていた。
私は再び現実と向き合う。
部屋の中に立ち込めるのは、ほのかに香る火薬の匂いと、咽返るような血潮の香り。
そして、ベッドに脳漿をまき散らして絶命した先生と、そんな先生に銃を向けている――ミユの姿だった。
「ミユ?」
絞りだしたような私の声に反応して、ミユがゆっくりとこちらへ振り向く。
その瞬間、私は逆流する胃液を必死に抑え、なんとか彼女に向き合った。
理解してしまったのだ。
私たちが彼女に任せていた……いや、押し付けてしまっていた役割の重さを。
見ていたようで見ていなかった、理解していたようで理解していなかった。
私たちにとって恩人とも呼べる先生の、その面影も無くなってしまった彼の傍に一人で寄り添うことが、どれだけミユの重荷になっていて、どれだけミユの精神を蝕んでいたのか。 - 7先生25/06/04(水) 00:03:07
「あ、ミヤコちゃん。私ね、先生が辛そうだったから、助けてあげたんだ……私たちにしてくれたみたいに、だって、私たちが今度は先生を助けないとでしょ?」
普段の弱々しい笑みを浮かべるミユが、まるで当たり前のように、朝食で交わす会話のように、そう言った。
嗚呼、彼女は――ミユはもう、壊れてしまっていたのだ。
「おえぇぇっ!」
耐えられなくなったのか、隣に立っていたサキが蹲って吐き出す。
私は、何をすればいいのか、何から対処すればいいのか、それすら導き出すこともできず、ただその場に立ち尽くすしか無かった。
「あ、先生外に出たいって言ってたから、その……連れていくね。だからここでお別れ、ミヤコちゃん、サキちゃん、モエちゃん。SRT学園の復興、最後まで一緒にいられなくてごめんなさい」
ミユはそう告げると同時に、腰に差していたナイフを取り出し、先生の首元へ近付ける。
「まっ――!」
私の静止は届かず、ミユのナイフは先生の頭部を刈り取る。
キヴォトスの外から来た先生の肉体はあまりに脆い、私たちの中では膂力がそんなに強くないミユでも、先生の骨肉を断つのは容易だった。
鮮血が舞い、その鮮血を纏って先生の頭部を抱えたミユが走り去っていく。
その姿はまるで、かの物語に出てくる首狩り兎――カルバノグの兎のようだった。
――私は未だ駆けていた。
心の罪過を洗い流すのではなく、その重みを増すような篠突く雨を一心に背負い、また足を動かす。
あの時の光景を思い返しながら、一歩一歩進む度に自責の念に囚われるのが分かった。 - 8先生25/06/04(水) 00:03:22
何故、ミユの変化に気付けなかったのか。
何故、ミユだけに先生を任せてしまったのか。
何故、何故、何故、何故――。
「私は、隊長なのにッ……!」
そんな呻きが漏れる、先生が死んでしまった絶望には蓋をした。
私は責任を取らなくてはならない、怪物になってしまったミユを――。
「ミユを、どうするんだ?」
ふと、ミユを追ってシャーレを飛び出す前にサキから投げかけられた言葉を思い返す。
その双眸からは光が消え、常に元気だったサキの姿は跡形もない。
涙と鼻水、そして吐しゃ物でグチャグチャになった顔はそのままに、サキは虚ろな瞳を私に向けていた。
「どう……って」
私は言葉に詰まる。
ミユを追って、どうすればいいのだろうか。
壊れてしまった彼女を元に戻す方法は果たしてあるのだろうか。
元に戻したとして、それはミユを苦しめるだけなのではないのか。
「殺すのか」
「――ッ」
サキの言葉がナイフのように、私の臓物を掻き分け、ズブズブと突き刺してくるような感覚。 - 9先生25/06/04(水) 00:03:34
「先生は、もう戻らないんだぞ。ミユも……SRTも終わりだ、私たちは、生きてて意味があるのか?」
「それ、はっ」
何も、言えなかった。
廃人のようになってしまった、サキを見据えながら、無線機からはモエのすすり泣く声が響くのを感じ、血が出るほどに唇を噛み締める。
私の思考は、現状を解決する術を見つけられなかった。
「隊長のお前の采配が、悪かったんだ」
無言のまま押し黙る私を見かねたのか、虚ろな瞳をそのままに少し怒気のこもった声でサキがそう告げる。
「ミユを一人で先生の傍に置いて、辛いことは全部ミユに任せて、私たちは……私は先生の傍に居たかったッ! なのに、なのにお前が!!!」
そう叫んで私の首元を掴んで持ち上げるサキの瞳は、まるですべてを吸い込む廃棄孔のように、深遠な闇が広がっていた。
「全部お前のせいだ! 先生が死んだのもミユがああなったのも! 全部お前が……!」
そこまで言って、サキは押し黙る。
きっと私は酷い顔をしていたのだろう、私を掴み上げるサキの両腕が小刻みに震えだし、パッと手放す。
「悪い……でも、私はもう駄目だ……もう、生きていける自信がない」
サキはそう言って、その場にへたり込んだまま一言も発することなく、ただ項垂れて嗚咽とともに泣くだけだった。
そんな彼女の姿を見て、私の中にどす黒い感情が巻き起こる。 - 10先生25/06/04(水) 00:03:53
私だって、泣き叫びたい。
私だって、誰かのせいにしたい。
私だって――。
一言、何かを発してしまえば、きっと何かが、いや全てが壊れてしまう。
そう感じた私は、何も言えずにただモエのすすり泣く声の聞こえる無線機を放り投げてシャーレから飛び出した。
――私は、未だに駆けていた。
今はもう、なにも考えたくなかった。
ただミユに会いに行く、それだけを原動力に、ただ駆けた。
今後のことは何もわからない、何かを考えて、何かを決めてしまえば、今駆けるこの脚が動かなくなってしまうような気がして、私は駆けた。
もしかしたらこれは夢で、走り続ければいつか夢の終わりにたどり着いて、また先生が暖かい笑顔で私を撫でてくれるかもしれない。
そんな現実逃避をしてしまう私は、きっともう正気じゃないのだろう。
(あれは……)
ふと上空を飛ぶ飛行船が視界に映る。
大きなモニターには、子ウサギ公園で犯罪者が暴れていて、ヴァルキューレと交戦中と書かれていた。
私はまた、駆ける。 - 11先生25/06/04(水) 00:04:11
「あれ、ミヤコちゃん」
子ウサギ公園についた私が見たのは、この世の地獄が顕現したかのような、凄惨な光景だった。
私たちが暮らした公園には血の海が出来、その真ん中で先生の頭を抱えたミユが立っている。
「先生がね、外に出たいって言ってたんだけど、私はここ以外あんまり知らないから……そしたらまたヴァルキューレが来て……でも先生の指揮のおかげで勝てたんだよ?」
「ミ、ユ……」 - 12先生25/06/04(水) 00:04:26
血塗れになったヴォーパルバニー。
――私の罪過の現身。
どんな言葉をかければいいのか、もはや私には分からなかった。
「ねぇミヤコちゃん、先生ね、ずっと謝ってた。あの部屋で、私と先生しかいないあの部屋で、ずっとずっとずっと、ずぅーっと」
そう言ってミユがこちらへ近づいてくる。
「生きててごめんなさいって、寝てるときも殺してくれって、ずっとうなされてた」
やがて、ミユの顔が私の目と鼻に近づく。
思わず視線をそらせて俯けば、視界にミユの抱える先生の顔が映った。
「……ぁ」
もう、耐えられなかった。
私の中に何かが、いや、全てが崩れ去る。
「せんせいッ! せんせいせんせいせんせい!!!」
耐えてきたすべてが決壊した、涙と鼻水と、内臓の中身が全てひっくり返ったようだった。 - 13先生25/06/04(水) 00:04:39
「私、考えたの。ミヤコちゃん、先生をこんなにした世界に未練なんてないよね? だってSRTよりも、子ウサギタウンよりも、先生の方が大事でしょ?」
未だに嗚咽を続ける私の顎を、ミユが持ち上げる。
深紅の中に確かな闇を抱えた、光の無い双眸が、私を吸い込んでいく。
「だから、ね。もうみんなで行こう? 大丈夫、サキちゃんもモエちゃんも、私が送るから、ミヤコちゃんは隊長だから、先に先生と待ててね」
その言葉が耳を打ち、私はサキとのやりとりで自身の中に渦巻いていた感情を思い出す。
私だって、泣き叫びたい。
私だって、誰かのせいにしたい。
私だって――。
死にたい。
そこで、私の意識は途切れた。
ーーー - 14先生25/06/04(水) 00:04:49
キヴォトスの郊外、廃墟同然のビルの中の一室で黒服は大きなため息を吐く。
「こんな結末、私は期待していなかったのですがね……先生」
先生の訃報、SRT特殊学園RABBIT小隊の顛末、それが世に出回るのにそう時間はかからなかった。
「ベアトリーチェと地下生活者の置き土産……本当に、やってくれましたねっ!」
私は怒りの感情に任せ、机を蹴り上げる。
机の破片と書類が宙を舞い、ガラガラと大きな音を立てて空虚な室内に響いた。
先生は、色彩と接触したことにより別世界での出来事を強制的に知覚させられてしまった。
数千、数万――いや、数億にも上るのだろうか、愛する生徒たちが時には事故で、時には事件で、時には……自分のせいで、様々な方法、様々な原因で死んでいく。
それを一瞬のうちに凝縮され、脳内に直接送られる。
それは、果てしない絶望を感じるにはあまりにも充分だったであろう、むしろその場でショックのあまり絶命しなかったのが奇跡とさえ言える。 - 15先生25/06/04(水) 00:05:16
「まぁ、シッテムの箱のおかげでしょうか」
しかし、そのシッテムの箱も色彩からの攻撃を凌ぐのに精いっぱいで、今回の生徒による先生〇害を防げなかったのであろうと思えば、手放しで称賛することも出来ない。
「カルバノグの兎、ブリテンに住まう彼の円卓の騎士をも屠った首狩りの兎――。神性を内包する暁のホルスや死の神アビドスといった神秘とはまた違う、獣性を内包する神秘の顕現」
私はこれからキヴォトスに降り注ぐであろう暴力と、悲しみと、そして恐怖の連鎖に思いを馳せながら再びため息を吐く。
「願わくば、ただの人間である先生と、少女たちが健やかに暮らせる――そんな青春が送れる世界がありますように」 - 16先生25/06/04(水) 00:05:27
おわり
- 17二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 00:09:04
いいセンスだ
- 18二次元好きの匿名さん25/06/04(水) 00:26:43
ぽわ〜すんごぉい……