- 1二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:34:08
- 2二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:34:35
六つ、丸を描くように並んだ彼の目が瞬きもなくこちらを見据えている。鉄のカバーを覆ったような頭部は彼が何を考えているか、私に感情を見透かさせない。これがあるからロボットの相手は苦手なのだ。どうにも彼が何を考えているのか知りたくなって、一度喋り始めるとつい饒舌になってしまう。
- 3二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:35:09
彼の鋼鉄の身体をシャンデリアの光が照らしている。私は一度、天井を見上げた。この店のシャンデリアは一般的に思いつく宮殿や城の広間に吊るされている豪華絢爛なシャンデリアとは違い、鉄製で田舎の屋敷にでも吊るされてそうな穏やかで素朴なシャンデリアだ。
店内におそらく一定の間隔で規則的に吊るされているそれらはここから少し離れた席の人々をシルエットにしてぼやけさせてしまう。彼は周りをわずかばかり気にしている。この店を決めたのは私で、彼は個室を望んだが一般の客と変わらない席がいいと私が言って彼は折れてくれた。視界を天井からテーブルに戻すと、丁度カプセル錠剤に似た頭をしたロボットのウェイターが赤子を抱くような丁寧さで、緑色にワインボトルを抱えてテーブルの側にたった。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:35:33
ロボットは四角い形をした黒い板に水色の縦に長い楕円の瞳を表示させてそれをへの字に表示し直してどこからか声を響かせ始めた。ロボットが最初に言った言葉は、これは。だった。そこから続く言葉はきっとワインの名前だとか、産地だとか、そういったのを語るものだったのだろうが私はそのどれかを全て聞き逃している。
私が今考えていることは、なぜワインボトルは緑色なのだろうかというくだらないことだ - 5二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:35:54
それは、ワインが紫外線や光に弱いから、保護するためだ。
- 6二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:36:18
最初に食事をした時、目の前の彼がそう教えてくれた。食事前に気になることがあったらなんでも聞いてくれたまえ、と彼がそう言っていたので私は疑問に感じたことを思い切って直接彼に聞いてみたのだ。その時の彼は少し固まって、そこから哄笑して先の知識を、君は無学だな、そう嘲けてに私に教えてくれた。
- 7二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:36:46
私の横で産地は、製法は、と錠剤頭のロボットはどこにあるかもしれない舌で喋くっているが私はその言葉を聞いてすらいない。耳に入ってくる誰かと誰かの、近くのテーブルからの喋り声と同列の雑音だと思った。彼の教えてくれた、ワインボトルの色についての知識は彼に合わない時でもその声調さえ鮮明に思い出せると言うのに今ウェイターの喋っている知識は熱湯に入れた氷のように溶け出していく。
一頻り説明し終えたウェイターは一度礼を入れて、そこから専用の栓抜きを見せてコルク色の栓に差し込む。あまり類を見ない特有の音が私と老齢に思える彼の座っているテーブルを包み込んだ。白い煙が開いたばかりの口から昇っている。私はその煙の正体を彼に聞こうか逡巡する。 - 8二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:37:14
ウェイターはワインボトルをもう一度丁寧に抱え直して、まず私の向かいに座った彼のワイングラスに静かに注ぎ出した。
グラスに溜まっていく紫色に赤色が縁取られたワインレッドはグラスの3分の1に満たない位置で止まった。次にウェイターがこちらに静かに歩み寄り、そしてボトルを傾ける。私のグラスにも先ほどと同じ量を注いで、ボトルをテーブルに置く。最後に会釈して厨房かどこかへ歩き出した。 - 9二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:37:46
目の前に置かれたワイングラスの中で波を揺らしている液体をじっと見つめると、私は彼の赤色のシャツは朱色と表現する方が正しいにではないかと思い始めた。
四つに角ばった指がワイングラスの細い支柱を摘んで器用に持ち上げている。私も彼に倣って支柱を掴み持ち上げる。 - 10二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:38:12
「乾杯」
独り言を呟くように言ったその言葉に私も乾杯とつぶやいた。グラスが触れ合う高い音は私の耳には届かなかった。 - 11二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:38:36
乾杯をした後、私はどこまでも彼に倣ってその動作を真似る。彼がテイスティングをするなら私もそれを真似る。匂いなんて何もわからない、わからないが何か特別なものが鼻腔から流れてくる。私がわかるのは名前も知らない目の前のワインが非常に高価だと言うことだ。
私は少し恐れを抱きながらグラスを傾けてワインを口に含む。含んでまず出た感情はなんて官能的なんだ。そう思った。思わず身体の奥からふるえてくる。口は自然と彼にこの感情を伝えるために動いていた。 - 12二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:38:55
”こんなの飲んだことない“
「それはそうだろう」
気分の上がった私を宥めるように彼は笑ってそう言った。 - 13二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:39:15
「私は君より倍は生きている。君の想像もつかない権力の醜い争いを制してきた、だからこのワインでさえ湯水のように飲める、そして飲む相手も選べる。
ただ、君には勘違いしてほしくないことが一つだけある、それはこのワインを飲む瞬間が人生で最も恵まれていると思わないことだ。外の世界から仕入れたこのワインは貴重な一本だ。
だがそれを何かに比べたりはできない。音楽、映画、絵画、本でも良い。君が思う最高の物はこのワインと比べることができるか?」 - 14二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:39:40
私は首を横に振る。彼は息を吐きながら頷き、一口ワインを飲む。私はこのワイン自体に特別な価値を見出してはいなかった。確かに美味しいし、震えるほどのワインは今までの人生で飲んだことがなかった。しかしこのワインが人生最高の瞬間に関われるとは微塵も思えなかった。
きっとそこら辺のスーパーで売ってるアルコールの出来損ないのウイスキーでも、味のない焼酎でも充分に満足できるだろう。 - 15二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:39:59
「だが、この学園都市は、社会は、このワインと同じ価値を示せてはいない、示そうともしていない。このワインボトル一本が社会そのもの、いやそれ以上の価値かもしれない。
だからこのようなワインを飲む瞬間が人生の決定的な瞬間だと感じるのを否定はできない。それ自体は事実であり、そしてこのワインと比べれるものはこの都市には存在しないからだ」 - 16二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:40:16
“私は、貴方と一緒にいられるならそれがずっと最上の瞬間だと思えるな”
- 17二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:40:35
彼は突如動きを止めた。面食らったようにまっすぐこちらを見て、彼の持っていた杖が床に倒れた。私は焦って席を立ち倒れた杖を彼の手に握らせた。どうにも話が難しく私にはよくわからなかったから自分の思ったことを素直に伝えた。私は先生と皆から呼ばれるがあまり頭のいい人間ではなかったから、自分の言いたかったことを伝えた。
私が席に戻ると彼は苦笑か、ため息かわからない声を出して、それはある意味正解だ。と私を肯定した。 - 18二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:40:56
「このワインボトルよりも価値の無くなった社会はいずれ大きな悲劇を多く起こす。それを個人で避けたいのならこのワインと同じくらい力のあるものを探さなければならない。
私が、カイザーコーポレーションがこのキヴォトスを支配したならこのワインボトル一本よりも余程価値のある世界を示して見せよう。それにはやはり君が必要だ、シャーレの先生。我がカイザーコーポレーションと手を組まないか?」 - 19二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:41:26
“ごめんね、プレジデント。私は生徒の味方だから、それはできないよ”
彼の提案を断ると彼は驚きもせずに、だろうなと一度言った。 - 20二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:41:48
「やはり君はそう言うと思ったよ」
”私も、プレジデントがそんな反応すると思ったよ“ - 21二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:42:08
私たちはお互い一口ワインを流し込む。やはりこのワインは美味しいと思った。私は早く、ここに来る前に一緒に見た古い映画の感想を語りたいなと、運ばれてくる料理を流し見しながら考える。彼はどうだろうか? 鉄仮面は相変わらず表情を見透かさせてはくれない。
ワインの味をすでに忘れていた。 - 22プレジデントに抱かれたい25/06/06(金) 18:43:05
おしまい。閲覧ありがとうございました。よろしければ感想の方もお願いします。
- 23二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:52:13
プレジデント×先生!?いや夢小説?ともかくこんなの僕にデータにないぞ!?
- 24二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 18:55:06
プレジデントがどうして今の地位に到ったのか…みたいな部分とかを想像してしまういい雰囲気だわ
何に価値を見出だすかとか青春モノにはない大人の空気は新鮮 - 25二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 21:21:18
時系列的にはいつ頃だろうか
- 26プレジデントに抱かれたい25/06/06(金) 22:20:26
- 27二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 08:22:01
ほしゅ
- 28プレジデントに抱かれたい25/06/07(土) 11:06:13
保守されたのでもうひとつ投下します。しばらくお待ちください
- 29二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:45:50
暑い日差しに灼かれながら道路を歩く生徒や、市民と私は隔絶されている。ガラス一枚で隔てられてどこか落ち着いている。運転席と空間が区切られたここには私と、プレジデントとあとはよく冷やされたペトリュスしかないから安心できているのは、それが原因かもしれない。
私はずっと身体を捻って、窓の外を見ている。自分の行動に、電車で座った席の後ろにある窓を膝立ちで見ている小学生を思い出した。 - 30二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:48:16
通り過ぎる街並みでは工事現場が多いと感じた。色彩の騒動で壊れた街を皆で建て直していて、その中にはカイザーの会社も含まれていた。晴れ晴れした空で肉体労働は大変だろうなと空を見た。
空はすっかり青くなっていて、先週まで赤くなっていたことが嘘のようだ。プレジデントはタブレット端末で何かを睨みつけて時々呻る声をあげている。私は外を見るのをやめてプレジデントの隣に座る。 - 31二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:48:45
彼がこちらを見下ろしてすぐに視線をタブレット端末に向けた。中身を覗くのは憚かれたので、きっとキヴォトス掌握まであと一歩というところで失敗したのが悔しいのだろうと、憶測で喋ってみることにした。
“やっぱここ一番で失敗すると堪えるの?”
「アレは災害だった。君にならともかく、カイザーの力でどうにかできる問題ではなかった。意思のない厄災に見舞われることなんて珍しくはあるまい」
“折角サンクトゥムタワーを制圧できたのにね”
「戦艦さえ失い、もう手立てはない。しばらく、今まで以上の時間をかけて根回しをする必要がある」
私はわざとらしく彼を煽ってみる、彼が怒らないことをしっているから。よほど腹に据えかねることが起こらない限りは基本冷静沈着に事を流す、大人としての生き方が身に染みている。 - 32二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:49:05
しかし彼と違って私は怒っている。キヴォトスが色彩で滅びそうだったから必死で働いて、なんなら命を賭けて一時は死を覚悟した程だ。それほど頑張ったというのにプレジデントは労いの言葉ひとつくれない。彼はタブレット端末に視線を落としたまま話題を変えた。
「なぜ君は私の隣に座れる」
“言わせるの?恥ずかしいな”
「私は部下に命令して君を監禁したそれに、私は君の大事な生徒に危害を加えた。わかりやすく言えば君の敵になったのだ」
“そうだね、それで?”
「たとえばこのリムジンがもし人気のない山奥を目指していて、私が君を殺そうと考えていたらどうする」
“抵抗して、きっと死ぬね”
私の返答に彼は心底呆れていた。とんでもない馬鹿に惚れられたと愚痴を呟いたのも私は聞き逃さなかった。私は棚からグラスを取り出して勝手にペトリュスを注ぐが、彼はそれに対しては何も文句を言わない。私からしてみればこんな高いワインを勝手に飲まれる方が嫌なのだが、やはり企業を統べるトップは感覚が違うのだろうか。 - 33二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:49:19
“手立てがないって言ったけど、それ嘘でしょ”
「本当にないんだがな」
“でもどっちにしろ……うぅん、やっぱいいや”
私は言いかけた言葉をかき消すためにペトリュスを流し込む。ペトリュスは不思議なお酒だった。飲むたびに今のはなんだったのだろうと思う。味や香りがよくわからない。特定できないのだ。なめらかで滑り落ちていく、飲んでるんじゃなくて流れている、そんなお酒なのだ。 - 34二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:49:50
「昼間から、いいのか?私は飲まないが」
”いいよ一杯くらい。みんなお酒なんてわからないだろうしさ“
プレジデントがタブレット端末の電源を落とした。きっと今の一言で私が不貞腐れてるのがバレたのだ。私は耳の端が熱くなるのを感じた。彼の手が私の髪を撫でた。気恥ずかしくなってさっきより多めにペトリュスを体に入れる。耳の端から伝うように顔全体も熱くなってくる、私はそれをアルコールのせいにした。酔っていると催眠をかける。 - 35二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:50:06
「空が青くなった後、あの夜の流星はやはり、君だったのだな先生」
髪を撫でていた手はいつの間にか頬を撫でていた。ロボット特有の生命を感じさせない冷たさが、茹だる顔にはちょうど良い涼しさをくれる。手は顎に動いていて、私の顔をプレジデントの方に向けて、そのまま引き寄せた。
私の唇と、プレジデントの唇らしき平たいパーツに掘られた溝が触れ合う。気道いっぱいに金属の匂いが広がる。硬い殻に守られているようでとても安心できる匂いがアルコールと一緒に体に落ちていく。ほんの一瞬触れ合って、私たちはすぐに離れた。誤魔化すように私は口を開く
“臭くなかった……?“
「問題ない。私の身体には臭いを遮断する機能があるからな」 - 36二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:50:20
らしくないジョークを飛ばした姿に私は思わず吹き出した。静かに笑って彼の指に触れた。やはり温かさなんて感じない。でも、私が触れてる時は、私の温かさが彼の指に伝わっているはずだ。
- 37二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:50:31
ずっと走っていたような気がするリムジンが停車した。窓を見るとちょうどシャーレのビルが正面に捉えれた。何も頼んでないのに、わざわざ送ってくれたのだろうか。
席を立ち扉の前に立つと外から運転手が扉を開けてくれた。私はお礼をしながらリムジンから降り、シャーレの入り口に向かっていくその途中、言い忘れていた。彼の声が耳に届く。
「君の働きには感謝している。ありがとう」
彼の感謝の言葉に反応するよりも早く扉は閉まってリムジンは走りだし、すぐに小さくなっていった。私の体の中で嬉しいのか不満なのかわからない感情が血液と一緒に体を巡り始めている。 - 38二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 11:50:46
”遅いなぁ“
アルコールが広がったせいで熱くなってるはずの自分の頬を掻いた。 - 39プレジデントに抱かれたい25/06/07(土) 11:53:52
最終編後にこんな会話したいなという妄想です。40分程で書き上げたので少々雑かもしれませんがご容赦ください
- 40二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 19:33:19
良い物読ませてくれてありがとう
たまには大人のラブロマンスいいよね… - 41プレジデントに抱かれたい25/06/07(土) 21:01:54
感想ありがとうございます。大人同士と言うのもまた魅力的ですよね
- 42二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 21:09:24
そうなんだよな、プレジデントってかっこいいんだよな
ありがとう。めちゃくちゃよかったです - 43プレジデントに抱かれたい25/06/07(土) 21:47:38
感想ありがとうございます。やはり彼には風格みたいのがありますよねこれから汚名返上の機会があれば嬉しいです