茄子【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:31:33

    「トレーナーさん、セイちゃんって、おナスに似てると思いませんか?」

     長めの梅雨が明け、青空と陽射しに夏の気配を感じ始めた頃。トレーナー室でセイウンスカイがふとこんな事を言い出した。
     思わず首を傾げて振り返ると、スカイはいつも通り揺蕩う雲のようにのんびり笑みを浮かべていた。

    「ナスって……お野菜のナスのことか?」
    「そうそう。これからいよいよ旬を迎える訳ですけども」

     そう言って、青雲はゆったりと形を変え、それまで横になっていたソファに背中を預けた。のんびりと脚を揺らし、その瞳には窓の向こうにある光を映している。

    「おナスって、色んな料理に登場しますでしょ? 煮て良し、焼いて良し、お漬物にしても良しの万能食材。けど、おナスは結構クセがあるとこもあって、人によって好みが分かれる食材じゃないですか」

     恐らくはニシノフラワーから聞いたであろう知識の一端を披露しつつ、スカイは変わらずのんびりと笑みを浮かべる。
     しかし、次の瞬間スカイはニッとイタズラっぽく笑うと、のんびりと揺らしていた脚を組み、手を頭の後ろに組みながらこちらへ振り向いた。

    「セイちゃんにそっくりじゃありません? 沢山の愛すべきライバル兼親友達に囲まれたセイちゃんは、まるで彩り豊かな夏野菜の一員。お味はちょっと好みの分かれる、サボり癖のある独特なウマ娘……しかしてその正体は、常に主役の座を虎視眈々と狙う策略家系ウマ娘でもある、と」

     スカイが言い終わると同時に、スカイの"愛すべきライバル達"の姿が次々と脳裏に浮かぶ。グラスワンダー、エルコンドルパサー、ツルマルツヨシ、キングヘイロー、そして、スペシャルウィーク。
     誰もが強烈な個性を持っていて、だがそれでいて集まればいつでも楽し気に纏まっている。不思議な関係性だと思ったが、食堂や外で談笑している姿を見ているとそんな事はすぐ気にならなくなった。

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:32:37

     けれど、スカイが今話したい事は、きっとそういう何気ない話ではない。新人トレーナーとその初めての担当ウマ娘ではあるが、それでも一緒にトゥインクル・シリーズに歩み出して既に1年以上経っている。彼女の夢見る景色を目指して、未熟なりに研鑽を積んできた。
     それに、セイウンスカイと言うウマ娘がどんなウマ娘なのかという事についても、出会った日から積み重ねてきた日々の中で理解してきたつもりだ。
     だから、先程と変わらずイタズラっぽく笑みを浮かべ、しかし真っすぐにこちらを見つめる空色の瞳にこちらも真っ直ぐに向き合った。

    「それじゃあ……次の献立は、何を作って驚かせようか?」

     その言葉に、スカイはふふ、と口元を綻ばせる。だが次の瞬間、スカイの笑みはどこか鋭い覇気を纏ったものに変わった。
     空色を映した瞳の奥にも、火花が散ったような気がした。

     クラシック級に挑むウマ娘達が頂点を競う舞台、日本ダービー。皐月賞を制し、一つ目の冠を戴いたセイウンスカイもまた、その大舞台に立った。
     皐月賞の二番人気に続いて三番人気ではあったが、それでも迫る発走時刻に向け、スカイは不敵に笑みを浮かべていた。彼女の例えを引っ張るなら、もう一度その下バ評をひっくり返して主役の座に躍り出る。無論、今度もそのつもりだった。
     けれど、日本ダービーの舞台、東京レース場芝2400mの最終直線で、スカイは────。

    『スペシャルウィークとそしてセイウンスカイだ! あっという間に、並ばない! 並ばない!! あっという間に躱した! 後続との差も縮まらない! 夢を掴んだスペシャルウィーク!!』

     スパートを掛けたウマ娘達の集団を割るように飛び出してきたスペシャルウィークは、キングヘイローを躱して先頭に立ったスカイを並ぶ間もなく抜き去って、そのままゴール板の先へと駆け抜けていった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:33:49

     持てる力と策を八方つくして挑んでも尚、立ちはだかる大きな壁がそこにあった。そしてそれは、今も尚大きくなり続けている。
     そして、その壁を越えた先にある景色を、スカイはあの日東京レース場で見上げた空の向こうに見つめていた。目指すは、最後に残った菊の冠ただ一つ。
     で、あれば。親友の勝利を祝いつつ歌い上げたWinning The Soulの後、帰り道で握りこぶしを震わせていたスカイは、どうするのか。答えは、とっくに知っていた。

    「メインディッシュの座を狙うからには、こないだみたく煮崩れしちゃうわけにはいきませんよね」
    「そうだな、その為には……まずは立派な実になろう。ちょっと触られた程度じゃ揺るがないような、立派な実に」

     ダービーが終わり、灼熱の季節はすぐそこまで迫っている。ウマ娘達の実力底上げを目指して開催される夏合宿だ。燦燦と照り付ける日差し、どこまでも青い海、柔らかく脚を踏み込める砂浜。合宿場のトレーニングコースと、サポートスタッフの拵える栄養満点の料理まで。
     その全てが、セイウンスカイという立派な実を育む土壌となるだろう。多少の事ではビクともしない皮を纏い、隅々まで中身の詰まった立派な実となれる。

    「そう"なれる"事は、もう証明したと思う。それなら、今度はもっと、もっと大きな実になって見せよう」
    「ほほう。さしずめトレーナーさんはセイちゃんを育てる農家のおじさんと言った所でしょうか」
    「何をいまさら。後おじさんは余計だ」

     にひ、とイタズラっぽく笑ったスカイに、こちらもふっと笑みを浮かべて応える。しかしてその笑顔の奥には、既に滾るものが渦巻きつつあった。
     スカイは頭の後ろに組んでいた手を解き、勢いよく太腿に叩き付けた。そうして立ち上がったスカイとこちらの距離が、一歩縮まる。

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:37:04

    「さて、大きく立派な実になったら、どうしましょう。収穫したこの私めを、どうやって菊の冠で飾って見せましょうか? さあさ、腕の見せ所ですよ、トレーナーさん」

     両の手を広げ、こちらの反応を待つ。そこに居るのは、雲のように自由でちょっとサボり癖のあるウマ娘ではなかった。
     ただ只管に、本能のままに、勝利への渇望を湛えた一人のウマ娘・セイウンスカイ。彼女の視線の先に、並ぶまでもなく自身を躱してずっと先へ走っていったライバルが居たならば? その輝きの影に自身が隠れていると言われてしまったら? 
     上等、願ったり叶ったりだ。その評価、全て丸ごとひっくり返してあっと驚かせて見せようじゃないか。
     さあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。菊の冠を頂いて檜舞台の真ん中に立つウマ娘の名は、セイウンスカイ。そんな晴天の霹靂を、京都レース場に響かせに行こう。皐月賞を先頭で駆け抜けた、あの日のように。
     さて、その為には────。

    「下拵えは十分に、煮崩れは厳禁。ただ……」
    「ただ?」

     下拵えの段階で、隠し味を仕込むのも悪くないかもしれない。例えば形を崩してしまったように見えても、それがより深い味わいの決め手となるように。
     その事に周囲が気付くのはラストスパート、仕上げの一手で完成させた時だ。そうすれば、今度は並ばせるどころか遥か彼方へ置き去りにして見せることさえ出来るハズ。
     相手が強大な壁であるからこそ、策の仕込み甲斐もあるというものだ。

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:39:08

    「煮崩れた、と相手に思わせるのも、アリかもしれないな」
    「……ははぁ」

     何かを察したのか、スカイが目を細め、口角を上げる。健全なコトを考えているとはとても思えないその笑顔が、今はとても頼もしく感じる。
     スカイは脚をゆっくりと動かし、もう一歩距離を詰めた。

    「企みましたね? トレーナーさん。そのレシピ、聞かせて頂いても?」

     初めて見た時は少し圧倒されたスカイの悪い笑顔に対し、今度はこちらも自信たっぷりに頷いて見せた。
     それから一緒に見つめた窓の向こうには、深みを増していく青空と白い雲が広がっている。迫る夏の気配と共に、菊の冠に向けてスカイと新たな一歩を踏み出そうとしていた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:39:45

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  • 7二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:07

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  • 8二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:17

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  • 9二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:27

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  • 10二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:37

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  • 11二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:47

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  • 12二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:55

    以上です、ありがとうございました。
    どこに行ったか分からなくなってしまったのですが、「セイちゃんナスになりますね……」から始まるスレを見てティンと来たのでお話にしてみました。悔しさをバネにあの京都レース場の青空に向かうセイちゃんはカッコいいと思います。

  • 13二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:40:58

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  • 14二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:41:09

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  • 15二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:41:19

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  • 16二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:41:29

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  • 17二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:41:40

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  • 18二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:41:50

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  • 19二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:42:01

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  • 20二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:42:11

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  • 22二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:42:31

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  • 24二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:42:52

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  • 25二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:43:02

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  • 26二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:43:13

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  • 30二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:43:53

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  • 31二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:45:14

    正直連投スクリプトの制限くらい管理人対策してくれよと思うわ

  • 32二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:48:03

    貴重な闘魂要素が採れるSSに夏野菜も添えてとても栄養バランスが良い

  • 33二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 22:48:22

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  • 34二次元好きの匿名さん25/06/06(金) 23:43:20

    よわよわのイメージが先行しがちだけど実は結構スポ根してるセイちゃん好き

  • 35二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 08:35:23

    セイトレも結構な策士を発揮してるのでこういう一幕もあるかもと思える
    朝から良きセイちゃんをありがとうございました

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