ここだけノエル先生が『一周目の記憶』を引き継いだ世界 11.5

  • 1スレ主25/06/07(土) 23:29:48
  • 2二次元好きの匿名さん25/06/07(土) 23:30:51

    おかえり

  • 3スレ主25/06/07(土) 23:30:54
  • 4スレ主25/06/07(土) 23:31:22

    このスレのノエル先生
    ・フランス事変後に修道院に隔離されて間もなく『一周目の記憶』を自覚する
    ・隔離後すぐに代行者として就任。この時点でエレイシアに対する報復を決意し復讐者として生きる
    ・エレイシアが目覚めて代行者になるまでの六年半でひたすらに自己研鑽&限界を超えるための代償を払い続ける。その甲斐あって原作とは非にならない強さを得る
    ・人間以上の耐久を得るための一環で左足を聖別化した義足に改造してもらってる
    ・偶然にも手に入れた十四の石を用いて人外と化す。外見の変化は肌が白くなったくらい。完全に適応してからは恐らく瞳孔も十字になってると思われる
    ・幻想種の中で神獣に区分される『白鯨』モビーディックの遺骸を直接的な経口摂取で取り込み、更に肉体の存在規模を拡張させる事に成功している
    ・現時点での強さは少なくともシエルとの連携でなら後継者をも斃せるまでになっている
    ・というよりシエルとの連携の末に二十七祖のクロムクレイに引導を渡すという大快挙を成しえてしまった
    ・↑の功績もあって教会から『焔(ほむら)のノエル』という異名をつけられる
    ・着実に強くなっていってる事と『一周目の記憶』の自分を反面教師にしてる事もあって大分精神が安定している
    ・ただし完全な復讐者として生きているので高い身分だの裕福な生活だのと言った人並みの幸せには全く固執していない。もはや彼女が望んでいるのはロアやシエルに対する復讐のみとなっている
    ・そんなんだからマーリオゥからは『手を焼かせる制御不能の猪』と厄介に思われてる
    ・ここまで復讐鬼に振り切っているものの、無辜の人々が死徒に虐殺されるのを何よりも許せない代行者としての正義感もちゃんとあったりする
    ・実はシエルを誰よりも憎み蔑んでいる一方で、憎んでいる故に誰よりも彼女を気にかけていたりする。シエルの理解者

  • 5スレ主25/06/07(土) 23:32:34
  • 6スレ主25/06/07(土) 23:36:54

    現在の状況
    ・ノエル先生、精神的な拷問と称してシエル先輩をかつての故郷を再現した幻惑の精神世界に閉じ込める
    ・その世界でも嫌がらせのように死徒としての特性が反映されているのでシエル先輩の吸血衝動はじわじわと深刻化している

  • 7スレ主25/06/07(土) 23:40:52

    どうもスレ主です
    何度落ちようとも(少なくとも現在の√が書き終わるまでは)諦めずに書ききるつもりなのでよろしくです
    今度こそはちゃんと完走を目指したい……

  • 8スレ主25/06/07(土) 23:48:07

    それは、そうだ。
    自分でない第三者の記憶を否応無しに植え付けられ、汚染され、侵食され、塗り潰される。
    そんな口にするのも思い出すのも悍ましく思う感覚は、永遠に忘れられないだろう。
    いや、それもまた己の罪として忘れてはならない。我が身可愛さで自分を殺せる内に殺しきれなかった結果が、あの地獄なのだから。
    その罪を自覚し、戒める事を忘れれば、その瞬間に今度こそわたしは真にヒトでなくなってしまう。
    それは死徒に堕ちようが何度も殺されようが、文字通りどんな目に合おうとも決してあってはならない。

    ………けれど、彼女の場合はわたしとは違うらしい。

    「確かに、それは否定のしようがありません。ですが、説明を聞くにあなたは『自分とは全く異なるノエルの記憶』という情報に上書きされるような事もなく、あなたという元来の人格を今もこうして保っている。
    それは、わたしとは違う。わたしもロアという魂と一心同体になってはいましたが、間もなく人格も肉体もロアのそれに上書きされた。結果は言うまでもありません。
    それに対してあなたは………わたしから見れば、少なくとも七年半前に再会したあの時からずっと変わっていない。
    わたしへの憎しみも、吸血鬼そのものへの怒りも、代行者として人々を魔性から守ろうとする意思も、揺らいでなんかいない。
    記憶―――それも誰かの人生ともなれば、その情報量は膨大です。仮にその総量が30年分未満しか無かったとしても、そんなのが短期間で一気になだれ込めば与える影響も少なくないワケがないんです」

    わたしはどこまでも弱かったから、そういった膨大な情報量による変質の影響を受けてしまった。
    言い訳が赦されるのであれば、それは800年以上もの途方もない情報量を蓄えていたロアの記憶と、彼の魂が死徒としてのカタチだった故に身も心も汚染されて然るべしだったのだが。
    彼女の言う『別のノエルの記憶』。これは、その最期がわたしの手で殺されていて終わっているとも口にした。

    ………恐らくだが、わたしの手で殺されているのであれば、そのノエルも今のわたしのように死徒と化していたに違いない。
    あまり断定はしたくないが、それ以外でわたしが彼女を手にかけるような状況が思いつかない。

  • 9スレ主25/06/07(土) 23:50:45

    であるのなら、そのノエルの魂も汚染されていた筈。しかし目の前の彼女は人間を辞めてはいるものの、死徒でも吸血種でもない。
    あくまで記憶だけが、何らかの因果で彼女というノエルに引き込まれたのだろう。

    「――――――ふ。ふ、ふふふふ、うふふふうふうふふふひひっひひひ。
    なるほど、なるほど。何の影響もないワケがないと。私は、私としての人格を保てていると。おまえには、そう見えているの?」
    「…………ええ。わたしは、そう思っています。
    どれほど道を踏み外そうと、代行者として人々を害する吸血鬼を排除するという守護の姿勢は変わっていない。それだけじゃなく、かつての自分を今でもそうして憶えている。
    何より、手段やリスクを選ばずに力を求める一方で、死徒の力に身を委ねる事だけは決してしなかった。それはわたしにはできなかった事です。
    それが……あなたというノエルは今もわたしの知っているノエルだと言える、確かな根拠です」


    「――――――は。はは!あはははははは!!ははっはははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!
    ひゃはは、アッハハハハハハハハハヒャヒャヒャヒャひゃははははははははっ!!!!!ひィ、いっひひひひひぃははははっっ!!!」


    「え…………?」

    唐突に金切り声に近い勢いで、狂ったように笑い声を響かせる。
    何がそんなにおかしいのか。わたしの答えに、彼女はどうしてそんなにも笑うのか。

    「んぅふふふ、ふふふっふふふ。ちょっと、ちょっと待ってよ。アンタ……あー、おまえさ、わざと言ってんのソレ!?私を笑い殺す気ぃ!?」
    「わざとって……何を、言ってるんですか。そんな筈がないでしょう」
    「へえ、マジで言ってるんだ!まあそれも致し方ない事なのかしら?
    おまえは私に愛しの志貴クン共々に生殺与奪の権利を握られちゃってるからね。私のご機嫌取りに必死になって、そういうクッサイ事をおべっかのようにべらべらと並べたくもなっちゃうか!」
    「――――――違います。ご機嫌取りでも、おべっかでもありません。今の言葉は、わたしの本心です……!」
    「あっそ。じゃあ容赦なく言わせてもらうけどさ。
    本当に私が私のままだと思ってんのなら――――――それは大きな大きなおまえの勝手な思い違いなのよっ!!!」
    「っ!?」

  • 10スレ主25/06/07(土) 23:52:45

    勝手な、思い違い。彼女は怒号を上げてそう吐き捨てる。まるで何も分かっていないわたしに、事実を叩きつけるように。

    「あのさ、私最初にこう言ったわよね?自分に流れ込んできた記憶を観続けた事が切っ掛けで復讐する事を決意したって。
    そもそも、この時点で記憶の中のノエルが抱いていた憎しみや怒りの影響を諸に受けているとは思わないワケ?
    私が私のまま?吸血鬼憎しで動く一方で人々を守護する代行者?なら、どうして私は遠野志貴という一般人を自分の復讐に巻き込んでるのかしら?」
    「……!」
    「それだけじゃない。いくらおまえが憎いからって、裏切られた分も含めての仕返しだからって、わざわざ救いようのない死徒として蘇生させただけに飽き足らずにこうして身も心もずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと甚振って詰って尊厳を徹底して破壊してる始末。
    おまえに復讐する為なら人間から人外にだって躊躇いなくなるし、何年経とうがどれだけ死と隣り合わせだろうが耐えて乗り越えてやるし、考えつく限りのあらゆる方法でおまえを殺し続ける。
    邪魔立てする奴は吸血鬼だろうが人間だろうが真祖だろうが関係なく排除する。私の復讐に立ちはだかるという事は、私の人生を否定するという事なんだから。
    そして、遠野志貴はロアから解放されても私の復讐の道からどいてくれる事はなかった。おまえの味方をするって事は、それだけで私の道を阻むに等しいからね。だから彼を捕らえた。だから私の復讐に巻き込んだ。
    ねぇ、分かるでしょ?私にとって復讐は生き甲斐であって、生きる意味そのもの。その価値観は、その思想は、教会に隔離されて一人寂しく死に果てるしかなかった私の虚無と絶望を上書きしてくれたの。流れ込んできた記憶が一体誰の人生(もの)なのかを自覚した時点で、ハッキリと構築されたのよ。
    要するに、ロアと化して殺戮を愉しんでたおまえと同じように、私もまた頭のネジが外れて狂っちゃったの。ま、別に主導権を握られたりなんかはしてないし、私の復讐は私だけのモノなのはこれまでもこれからも変わらないわ。
    けれどね、とうの昔に正気は消え去ってるしヒトとしての倫理観も悉くが欠け落ちてる。根本的な精神構造自体が変わり果ててるから人間らしさなんてモノは残ってない」

  • 11スレ主25/06/07(土) 23:55:12

    「だって――――――――――――人間らしさが残っていれば、記憶の影響を何も受けていなければ、そもそもとしておまえを死徒にしてまで復讐に拘泥するワケがないでしょう?」

    「…………それ、は」

    何も、反論できない。彼女は、彼女のままであり、わたしの知っているノエル―――それは、真実だ。
    ただそれは、あくまで人格を上書きされてはいないという話であって。
    その心は、完全に復讐の憎悪に染まり上がってしまっている事を失念していた。
    常軌を逸した力の渇望、膨れ上がった報復への妄執と狂気。
    今の彼女は、さっきまでわたしと話していたカフェ店の一人娘なんかじゃない。何処にでもいる普通の人間だった少女は、もうこの世のどこにもいないんだ。

    「第一、本当にマトモだったのならまず憎しみよりも恐怖の方が遥かに上回るでしょ?
    あんな地獄をたった一人生き残ってしまったのなら尚更にそうなるし、記憶が流れ込んできたところで関係なくそのまま死ぬまで籠り続けたでしょうね。
    でも、そうはならなかった。私は、隅でガクガク震えて己の運命を呪いながら死んでいくのを良しとせずに、この命と身体がどうなろうと構わない覚悟で復讐する道を選んだ。
    その決意が、その憎しみが、その葛藤が、その苦しみが、そのどうしようもなさが、おまえに分かる?」
    「……それは…………」
    「答えられない?はは、それもそっか。
    だってそもそもの元凶だもんねおまえは!そんなおまえが私の中で燻るこの感情を分かったような口でベラベラと言えるハズがないもんね!
    まあ、理解を示そうが示せまいがどうでもいいわ。何れにしろ、これまで私を軽視していて中途半端にしか理解できてなかった事実には変わりないんだし。違うかしら?」
    「……そんなコトは、ありませんよ。わたしがあなたを理解できていなかったというのも、否定しようのない事実です」

    もし、本当に理解できていたら。相棒として、同郷の好みとして寄り添えていれば。こんなコトにはなってなかった筈だ。
    ノエルは、代行者でありながらヒト死徒を堕とすという罪を犯した。けれど彼女をそんな非道に走らせたのも、偏にわたしが無自覚に彼女を軽視していたからだろう。
    故にあの日の夜に、裏切った。そうしないと彼を救えなかったとはいえ、彼よりもずっと一緒にいた筈の彼女との誓いを反故にしてしまった。

  • 12スレ主25/06/07(土) 23:55:53

    わたしだって、裏切りたくなんかなかった。可能であるのなら、双方を尊重したかった。
    けど、そんな都合のいい選択肢は存在しない。どちらかの手を取って、どちらかの手を払うしかなかった。彼を救うには、彼女を裏切るしかなかった。
    その果てがここだ。彼女は禁忌を犯し、わたしは彼女の手を払った事のツケを支払わされ、救いたかった彼もまた一方的に彼女の復讐に巻き込まれた。
    …………なんて、愚かしい事をしてしまったのか。なんて、救いようがないんだろう。

    「けれど、それでも。
    あなたが代行者として、弱き人々を力の限り護り抜くというその強い意志は……今もある筈です。
    あるからこそ、あなたは今でも代行者の務めを果し続けている。その意志の根底にあるのは、吸血鬼への憎悪だけではありません。もう二度と自分たちの故郷のような惨劇は引き起こさせないという、揺るぎない使命感(いかり)も含まれています。
    6年間過ごした中で、その思いは憎しみ以上に伝わってきた。
    だから――――――それだけは。それだけは、わたしもハッキリと理解を示せます。あなたのその正義感は、決して偽りなんかじゃない」
    「よく言うわ。その正義感もまた、記憶を観続けた事の影響ありきで生じたものに過ぎないのよ?」
    「でも、同時にそれもあなた自身の意志でしょう?
    あなたも知っての通り、わたしは彼と出逢うまではロアを始めとした吸血鬼を殲滅する事だけを考えて生きていました。そこに正義感など挟める余地はなく、ただどこまでも冷徹に吸血鬼を滅ぼすという殺意しか無かった。それが贖罪にもなると信じて、吸血鬼だけでなく己の感情をも殺し続けた。
    そんなわたしからすれば、正直に言って………あなたのその意志を、羨ましいとさえ思っていたんです」

    無論、彼女を含んだ多くの人間の人生を踏みにじったわたしが誰かを羨む資格などない。だから、今までは決して口にはしなかった。
    ………そういう態度を取っていた事も、彼女を理解しきれていなかった要因の一つになってしまっていたのだろうけど。

  • 13スレ主25/06/07(土) 23:57:22

    とりあえず書き溜めてた分はこれで終わりです
    ここからまたちょくちょく更新していきます

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 00:10:27

    たて乙
    また帰ってきてくれて嬉しい
    完走頑張ってください!

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 09:10:03

  • 16二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 18:06:42

    保守

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 22:46:03

    完走してくれい

  • 18二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 01:31:05

    ほしゅ

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 11:06:48

    保守

  • 20二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 11:10:27

    「……そう。本当に殺意しかなかったなら、志貴クンがどれほど優しい人間だったとしても関係なく殺せてると思うんだけど。
    羨ましいと思っていた?私を?随分とまあ機械らしからぬ感情を抱いてたのね。そんなんだから巡り巡って志貴クンの前で人間に戻ってしまったんじゃないのかしら?」
    「………はい、全く以ってその通りです。わたしは結局、機械としても人間としても半端でした。
    自分のそういった感情を殺意で誤魔化し続けて、けれど彼に対してだけはそれすらも出来ずに処刑人ではいられなくなってしまって。
    でも、あなたはそうじゃない。確かにかつての人間だった頃のあなたは、もういないのでしょう。
    しかし、何度も言いますが代行者として人々を護る意志は今も変わらない筈。いえ、変わっていない。
    そうでなければ、代行者の活動など放ってわたしへの復讐に耽っている筈です」
    「ふぅん。なんでそう言い切れるの?」

    「だって、あなたは――――――吸血鬼によってこれから失われていく命より、ロア(わたし)によって失われた命に固執しているように見えるから。
    本当に復讐する為だけに生きているのなら、人々の安寧よりも報復を選択し続けるようにしか見えないからです」

    そうだ。復讐の憎悪に狂っているのは、事実なんだろう。事実だからこそ、いずれ自分の道を阻むからという理由で遠野くんを一方的に巻き込んだ。
    けど、本当に目障りでしかないのなら何処かでとっくに殺していても不思議じゃない。
    でも彼女は彼にはその刃を振り下ろさないどころか、今のところは何も直接的な危害を加えていない。彼を傷つけないでほしいというわたしのお願いを、ちゃんと聞き入れてくれている。
    同じ代行者だったわたしを死徒にしてまで蘇らせたのも、それほどわたしというロアの手で失われた命に報いる事に執着しているからだろう。
    つまり、わたしと彼が例外なだけで、弱き人々の為に刃を向ける事は変わりないし変わっていない。
    例えそれすらも『記憶』の影響によるものだったとしても、事実としてそこにあるのは紛れもない彼女というノエルの感情だ。

    「…………私が、おまえの手で失われた命に固執しているように見える、ね。
    ふぅ――――、そっか。確かにそうよね。おまえというたった一人に責め苦を与える為だけにわざわざこんな幻まで用意してるんですもの。そこは否定のしようが……というよりする必要もないか」

  • 21二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 20:20:16

    保守

  • 22二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 20:46:15

    「もういいわ。なんか面倒になっちゃった。
    これ以上問答しても平行線になりそうな気がするし、この辺りで切り上げておくとしましょうか」

    ノエルがそう言い終えると、辺りの雰囲気が一変して元に戻り始める。
    止まっている時間の中にいるような静寂が、先ほどまでの賑やかな喧騒に切り替わっていく。

    「……こう言うのも何ですが、妙にあっさりしてますね。もっと言い返してくると思って身構えていましたが」
    「ええ、意地でも意見を変えないだろうなと思ったからね。おまえはとても意地固いから、自分が心から信じている事を一度でも主張し出したらテコでも動かないでしょう?
    動かないからこそ教会での半年に渡る拷問を耐えきり、動かないからこそ多くの吸血鬼共を殲滅し、動かないからこそ私を裏切ってでも遠野志貴を救おうとした。
    そんなおまえに今更『私は狂ってるんだー!人々よりも復讐を優先するんだー!』とか言っても、同じ答えしか返ってこないと判断した。それだけよ」
    「拷問されていた時は違いますよ。死 ねなかったから結果的にしぶとく生き延びてしまっただけです」
    「死 ねなくとも“あんな目”に延々と晒されてたら普通はとっくに壊れて廃人になってるんだっつの。未だにまともな精神を保ててる時点で異常者だって自覚しなさいよ」

    それは、その通りかもしれない。でも狂いたくても狂えなかったから、拷問に限らずこれまでも死にながら生きてきた。彼はそれを『貴女は最初から心が善(つよ)かった』とも言ったけど、そんな事は決してない。
    ただ死 ねなかったから、死 ねない以上は少しでも頑張ってから死ななければと思ったから、生きていただけに過ぎない。

    「……わたしが拷問されているところも見ていたんですか」
    「そうよ。いやぁあの時は文字通り喉が張り裂けんばかりに泣き喚いて絶叫しまくってたわよね。
    もっともそれを見てた当時の私は全くいい気持ちにならなかったけど!だってさ、おまえを徹底的に甚振っていいのは本当なら私だけが許される権利じゃないの!」
    「…………わたしは、多くの人間から石を投げられても何も言えません。無論、殺されたとしてもです」
    「そうね、それはそうよ!でもね、それとこれとは別なの。この世の誰よりもおまえという化け物の被害者であるこの私だからこそ、おまえに対してどこまでもどこまでも然るべき報復を与えるべきと思うのよ!」

  • 23二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 23:48:28

    「だから――――――これからもせいぜい私の与える責め苦に、拷問に、復讐に苦しんでちょうだい?
    私を、故郷の皆を、一人残らず散々苦しめてくれやがった分だけ……いいえ、それ以上にね?」
    「ええ。覚悟は、できています。
    ……ですが、先も言ったようにわたしはもう、人間の血を絶対に吸いたくない。自分を啜り食らってでも、この衝動に抗い続けます。なので、そこは容赦してくれると幸いです」
    「うんうん、それだけなら別に構わないわよ。寧ろその分、より長くおまえの苦しむ姿を観続けていられるってものよ!
    私としても良い気分を味わえるし、どうぞあの手この手でその悍ましい吸血衝動を抑えようと試みるがいいわ」

    よかった。これすらも否定されてしまったらどうするかと思っていたけど、それは杞憂だったみたいだ。
    もっとも、これからは食事を楽しめないだけでなく吸血衝動の苦痛もじわじわと増大していくだろうが。
    こうしている今でも喉が、身体が小さくない渇きを覚えているのだ。今はまだ精神で我慢できる範囲ではあるけれど。

    「せいぜい、やれるだけやってみますよ。ヒトの血を吸わない為ならどれだけ時間が過ぎようと耐えてみせます。
    それで……今度こそ話は終わりですか?」
    「ええ、まあ、今はここらでいいでしょう。さっさとパン屋の配達員“ごっこ”に戻るといいわ。私も今まで通りにごっこ遊びに興じるから。
    んじゃ、是非私を愉しませてね!エレイシア!」

    屈託のない作り笑顔を向けながら、ノエルは店内のカウンターへと戻っていった。
    今の彼女はわたしを苦しませる事しか考えていない。これからわたしが加速度的に吸血衝動の渇きに蝕まれて、理性を擦り減らしていくのを想像しているのだろう。

    悪趣味にも程がある、だなんて言えた立場じゃないなと自嘲する。彼女をそうさせたのは元を辿ればわたしが元凶であるに加えて、かつてのわたしが仕出かした事と比べればこの程度なんて悪趣味の内にさえ入らない。
    なら、わたしがこれに抗う理由も意味も資格もない。わたしは、彼女に何をされても仕方のない悪魔なのだから。
    彼女の人生も、人柄も、何もかもを狂わせた悪魔への報復としては、これ以上ないぐらいにお誂え向きだろう。

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 23:56:08

    「それに……14年前のコトを除いたとしても、わたしは同じ代行者のコンビとして6年以上も共に付き合っていた彼女を一身上の都合で一方的に裏切った。
    それまで何だかんだで一緒に切磋琢磨できていたにも関わらず、結果としてそうした日々で培った筈の相棒(バディ)としての信頼を自分から足蹴にしてしまった。
    それだけでも、このような罰を与えられるにはあまりに十分でしょうね」

    自身の罪、そして彼女への贖罪を信条としてやってきたにも関わらず、最終的には裏切っただけに飽き足らずに一方的に置いていってしまった。
    なんて、哀れで無様なんだろう。何度思い返しても恥知らずにも程がある。そう皮肉に思いながら、わたしは今日も笑顔という仮面を貼り付けて仕事に勤しんだ。














    「フゥ―――、フゥ――――、フゥ――――………っっ!!
    あ、アアアあぁ、ァア――――――ァが、ぐぅ、アア、ァァあああ………っ、っ……!!!!」



    ――――――そして、更に二ヶ月の時が過ぎた。

    鉄の意志で固めていた筈だった理性(こころ)は、こんなにも早く、こんなにもあっさりと溶け始めていた。

  • 25二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 08:39:03

    保守

  • 26二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 18:03:12

    このレスは削除されています

  • 27二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 21:36:22

    いたい、いたい、くるしい。
    のどが、異様に乾いて渇いて仕方がない。カラダの節々が痛い。
    元より何を口にしても味がしなかったけど、今は一口ごとに吐き気さえ感じてしまっている。
    ほしい。あ、あんなモノよりも、■が、ほしい。■さえ飲めば、この苦しみは消えてくれるハズだ。

    「ぐっう、うぅぅァ……ぎ、ぃぃ………!!」

    いや、違う。それは駄目だ。それだけは絶対にしちゃいけない。
    でも苦しい。痛い。身も心もどうにかなってしまいそうだ。
    今まで色んな痛みと苦しみを味わってきたけど、こんなのは体験した事がない。ロアの意識に蝕まれていた時ですら、こんな言い表しようのない痛みは受けた記憶がない。
    内側から崩壊するような、この世のものとは思えない激痛。止まらないどころかじわじわと増していく渇きと欲求。それらに侵され、少しでも意識を緩めたら理性が崩れるという確信。

    これが――――――これが、吸血衝動なのか。

    「―――、―――、―――。
    ………たべ、ないと。食べないと、わたしは……ま、た……!」

    眩暈に苛まれ、まともな呼吸も疎かになる。
    視線を己の腕に向ける。ヒトの■は吸いたくないけど、だからと言ってこのままでは短い内に確実に決壊する。
    なら、代わりになるモノを口にして啜ればいい。少し前まで散々口にしてきたんだ。今更躊躇う事もない。

    「ハァ――――――あぐ、っむ……ん……んっ…………」

    牙を伸ばして手首に齧り付く。少しでも渇きと痛みを潤す為に飲み下していく。
    口から微かに漏れ出る■がベッドを汚していくが、そんなのは今はどうでもよかった。

    だって、久しぶりにハッキリとした『味』を感じる事ができている。これまで三ヶ月以上もずっとガマンしていただけに、悪くはないが微妙と思っていた自分の■ですら上等なワインのように思える。
    ああ。■って、こんなに美味しいんだ。飲み下すほどに、今にも崩れそうだった肉体の痛みが徐々に消えていくのを感じる。今の今まで鬱陶しくて仕方がなかった悍ましい渇きがゆっくりと収まっていくのを感じる。

    「―――っぷは、ぁ………は、はは、は………はぁ……」

  • 28二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:00:43

    数ヶ月ぶりに口に広がる■の味に、口の中が得も知れない快楽に包まれる。
    すぐにまた喰らいつき、ごくごくと喉を鳴らして吸い上げる。
    たったそれだけで、弱っていた身体に活力が湧いてくるのを感じた。

    「もっと、もっと………もっと――――――!」

    勢いのままに、欲求のままにもう片方の腕にも牙を突き刺す。
    同じ味が口内に広がっていき、渇きが満たされていく。
    ベッドの赤いシミが段々と大きくなっていく事も、もはや気にも留めなかった。
    やがて吸い上げるだけでは満足できず、そのまま肉を喰いちぎる。
    口の中でゆっくりと、丹念に、噛み締めながら味わう。甘い果実のような食感だ。香味が落ちているのは仕方がないが、やはりこれはこれで悪くはない。
    なんで、あんなものをずっと無理して食べていたんだろう。味がしないなら口にしなければいいのに。暗示が使えるんだから都合のいいように意識操作して食事を断ればいい。
    パンも、スープも、サラダも、紅茶も、カレーも、何もかもが今口にしているモノと比べて不味い。粗悪にも程がある。人間の食事なんだから吐き気を催すのも当然だろう。思い出すだけでも食欲が萎えて仕方がない。

    「むぐっ………ん、ん……はむ…………はぁ、はぁ――――――」

    齧る。啜る。ちぎる。咀嚼する。味わう。飲み下す。
    皮膚も、血管も、筋も、爪も、指も、骨も、ただ喰らう。

    ……ふと気づけば、両腕とも二の腕の先が殆ど無くなっていた。
    どろりとした■が滴る肉の断面がとても美味しそうに見える。見えてしまう。
    真っ赤な黒いシミは、ベッドどころか床にまで広がっている。
    半ば無我夢中で食べていたせいか、小さな肉片も幾つか転がっていた。



    「…………………ぁ。
    あ―――ぁ、ああ――――あ、あ」

  • 29二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:35:57

    おかえりなさい!
    ありがとうございます!
    保守

  • 30二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:43:54

    ベッドや床に散らばる肉片を見て、“もったいない”と思った。
    同時に、ある程度安定した理性が目の前の惨状を目に写す。

    ちょっと齧るだけのつもりだった。それで理性を繋いでやり過ごすつもりだった。
    でも、美味しいと思ってはいけないモノを美味しいと思ってしまった。もっとほしいと思って、貪ってしまった。

    「わたし、わたし――――――笑いながら、自分の腕を食べちゃってた!お母さんが作ってくれた料理を、お父さんが作ったパンを、不味いとか、粗悪だとか思っちゃった!」

    殺したい。今すぐに自分を殺したい。
    かつての自分を思い出す。汚染していく衝動に抗って、でも結局そんな抵抗も虚しく両親の血を吸って、街の人たちを笑いながら殺し尽くしたロアという悪魔(じぶん)を。

    もう、それと何も変わらないんだ。違うのは、わたしがわたしとしてちゃんと動いているというだけで。
    心もとっくに吸血鬼と化していた。それに目を向けず、自覚しきれずにわたしは愚かにも見て見ぬふりをしていた。
    笑えてくる。滑稽にも程がある。ほんの数ヶ月の我慢の反動で、こんなにも醜くなるのか。

    「………うん。でも、だからこそ、人間の血は尚更に絶対に吸いたくないな」

    本当に、それだけは駄目だと改めて理解する。
    死徒である自分の血肉でこんなにも変わり果てるというのなら、ヒトの血なんて吸ってしまったらどうなるか分からない。
    間違いなく、ヒトの血はこれよりももっともっと美味しいのだろう。故にこそ、それに関心を向けること自体がとても恐ろしくて仕方がない。
    思考するな。興味を持つな。越えてはならない最後の一線を越えようとするな。死んでも踏み止まれ。
    その一線を越えてしまったら、本当に戻れなくなる。
    多分、血を浴びるだけに留まらず、悲鳴もスパイスとして愉しむようになってしまう。
    14年前の自分が、そうしたように。

    「…………この身も心も、死徒に堕ちたとしても。どれほど醜く悍ましい怪物に堕ちようと。
    それでも、ロアにだけは成りたくない。何があっても、あの男には、絶対に………!!」

    わたしは今度こそ、二度と人間を名乗れない。けれど、だからこそ同じ惨劇は何が何でも繰り返さない。
    もうこの世には存在しない一人の吸血鬼を忌まわしく思いながら、尚更にそう強く決意した。

  • 31二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:57:24

    シエル先輩強いな……
    血を味わう事の快楽を知ってしまって尚もそう決意できるのは並大抵の事じゃないよ
    ノエル先生が同じ立場だったらそれこそ原作と同じように躊躇いなく人間を手をかけまくるだろうし……

  • 32二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:07:30

    >>31

    なお前回の√だと人間の肉を食わされて(表面上は)吸血鬼っぽく振る舞うようになってしまったけどそれでも最終的には代行者として再スタートした模様

    というか吸血鬼らしい振る舞いもあくまでノエルに合わせてやってただけだし本質はシエルのままだったんだよね

    マジでロアさえいなけりゃ色々と聖人すぎる

  • 33二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:28:03

    ロア化による汚染って言っちゃえば当人の悪性や破壊衝動を全開になってて魔が差したレベル100みたいな状態に等しいけど根が善良すぎるシエル先輩がロアとは全く関係ない死徒化をしたところで恐らくそこまで変わらないよな
    ロアシエルが悪性レベル100とするならシエル先輩はどれだけ吸血衝動に汚染されようがレベル20~30辺りにしかならないと思う
    何なら10行くかも怪しい

  • 34二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:33:09

    シエル先輩マジで精神強いからな…………

  • 35二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 08:46:21

    保守

  • 36二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 17:02:04

    保守

  • 37二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 17:44:09

    しばらくして腕が再生しきったところで、わたしは肉片や血痕の処理にかかる。
    といっても手元に処理用の器具などある筈もないので、肉片は直接食べて血痕は魔術で隠した。
    少なくとも、つい先ほどまでのような苦しみは無くなった……というより収まったというべきか。
    しばらくはまた安定はするだろう。

    「もっとも……彼女が満足してくれない限りは、この幻惑の中で延々と苦しみ続ける事に変わりないでしょうけど」

    実を言うと、まだ欲しがっている。滴る朱い血を、果実のように芳醇な生の肉を、もっと味わいたい。
    でも、抑えが利く範囲で常に節制しておかないと、取り返しのつかないコトになってしまうだろう。
    両腕を喰らった“程度”じゃとても足りない。肉体の健常な維持にはそれこそ最低でも人間の一人二人の命を吸い上げないといけない。死徒となっているせいで、そういうのは本能的に分かってしまう。
    だけどそれを犯してしまえば、わたしがわたしでなくなってしまう。されども、死徒に堕ちた時点で人間だったわたしは死んでいるも同然と言えるが。

    「あと……一体、どれだけ続くのでしょうか」

    彼女が満足すれば、この拷問から解放される。そしてわたしの心が限界を迎えた時が、彼女の満足する時だろう。
    それまでにわたしは何回この苦しみに喘ぐんだろう。どれほど自分の肉を喰らうのだろう。
    何が起こってもそれを潔く受け入れる。その覚悟は今も変わらない。
    だからこそ、その覚悟が揺らいで崩れてしまうんじゃないかという恐怖が拭えない。
    わたしは吸血鬼として、血を味わう快楽を知ってしまった。思い出してしまった。
    その快楽をこれから何度も何度も味わう度に、最後の一線を越えないという決意すらもどうでもよくなってしまうんじゃないか―――そんな懸念が胸中に巣くっている。

    「かと言って、そうなる前に自らを殺したくてもできない。彼女はわたしがそれをすれば遠野くんを殺すと言った。彼を人質に取られている以上、わたしは自分の意思で死ぬ事も許されない」

    思えば、ロアと化した自分に乗っ取られた時も似たような状況だった。
    親しかった、優しかった人たちを次から次へと手にかけて、必死に自分を殺そうとした。だけどそんな抵抗は無意味で、結局アルクェイドに殺されるまで止められなかった。

  • 38二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 19:02:08

    そして今、自分は死徒と化して、血の味と快楽を思い出して、死にたくても死 ねない現状にある。
    似たような、というよりは殆ど変わらない。自分の体を自分の意思で制御できているというのが、唯一の救いと言える。

    「その制御さえも、この衝動に蝕まれている限りはほぼ利いていない。本当、自分の意思の弱さには反吐が出ますね」

    死徒の吸血衝動は、言わば人間で言うところの中毒的な禁断症状に近い。
    生物としての本能的欲求。生きる為の捕食衝動であり、それは精神力で我慢できるようなものではない。
    深刻化すればするほど増大し、我慢するという思考さえできなくなる。そうしてヒトの血を啜り喰らって、躊躇いなくそれを必要以上に繰り返すようになる。

    抗える限りは徹底して抗うつもりではあるけど、わたしの意思とは関係なく、その内わたしの肉体が人間の血を本能で求め出すだろう。
    死徒にとって人間の血液は主食であり、同時に肉体を正常に保つ上で最も理想的で効率的な必要食だ。
    他の死徒の血液や動物の血液でも代替はできるものの、人間のそれと比べれば肉体維持の安定性はずっと低い。
    長く生きすぎた一部の死徒には、人間の血液では維持が間に合わないので優れた動物の血で補っている個体もいるらしいが、わたしには関係のない事だ。

    死徒の肉体で感じる価値観は、快楽は、凶暴性は、人間のそれとは全く異なる次元にある。
    人間だった時に培ってきた価値観や道徳など、死徒に変生してしまえばそう間を置かずに死徒のモノへと塗り替わってしまう。
    文字通り、身も心も違うイキモノに成り果ててしまう。だから『ロアと同じに成りたくない』というわたしのヒトとしての決意も、いつ崩れ去っても可笑しくない。
    元々わたしは自分の欲望(こころ)に逆らえない女だ。
    今は自制心がまだまともに機能しているけれど、このままではそう遠くない内に一線を越えてしまうかもしれない。
    とはいえ、できる事は何もない。ただ、彼女が満足してくれるのを祈りながら抗い続けるしかない。

    「もし、このまま耐え続けて……“その時”が来たら、どうすればいいんだろう」

    自分の体を食べ尽くす?それとも犬や猫、家畜や鼠などの動物の血で潤す?
    或いは―――いっそ幻惑だからと割り切って、人間を手にかける?
    分からない。どうすればいいのか分からないが、三つ目が手段として論外だと言うのは理解できる。

  • 39二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 19:53:42

    >>27から>>30までの文章が凄く月姫らしい伝奇ホラーっぽさを感じて好きなんだけど分かる人いる??

  • 40二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 20:25:20

    「……考えがまとまりませんね。今日はもう、寝ましょう」

    寝たら少しは思考がスッキリするかもしれない。そう思って血に染まったベッドの上に横になる。
    魔術で見てくれは隠せてはいるものの、染みついた匂いまでは誤魔化しようがない。
    そして、その匂いを芳香なものとして心地よく感じている自分の鼻を潰したくなってくる。
    ……潰したところでどうせ再生するから意味がないし、余計にベッドを汚してしまうけれど。

    思えば、こうして意識を落とす形で寝るのは何時ぶりだろうか。
    夜間は自分の部屋でぼんやりと過ごして、日中は店の手伝いや学校に通ったりの繰り返しだったから寝た覚えがない。
    死徒だからとは関係なく不眠には耐性があるけど、そもそもこの空間に引き込まれてからは初めてかもしれない。

    「……いえ、そんなコトはどうでもいいですね。
    今はただ、何も考えずにこのまま静かに寝よう」

    瞼を閉じて、思考する事をやめる。
    頭が少しだけ澄んでいくのを感じる。
    同時に、そう間をおかずに眠気に苛まれる。
    ……死徒に睡眠欲はない筈なので、これは精神的な疲労によるものだろう。
    それほどまでに堪えていたのか、などと思いつつわたしは意識をゆっくりと闇に落とした。






    ――――――そこからは、これまで以上に苦しみに喘ぐ毎日を送る事になった。

    吸血衝動が強まる度に、激痛と渇きが増大する度に、自分の血と肉を喰らって理性を食い繋ぐ日々を繰り返した。

  • 41二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 20:44:29

    >>39

    わかる

    吸血鬼の思考に侵食されつつも必死になって人間のとしての理性を引き戻すシエル先輩の苦悩と恐怖の描写が良いよね……

  • 42二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 21:55:53

    「自分の意思の弱さ」って言うけどここまで耐えられてる時点でとんでもなく強いんだよなシエル先輩は
    その清廉さは美しく見えるけど、このスレのノエルからしたらその卑屈さお綺麗さこそがムカつくんだろうなって……

  • 43二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 00:51:50

    ほしゅ

  • 44二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 07:47:30

    保守

  • 45二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 16:17:42

    衝動は大体一週間前後の間隔で強まっていた。その度にヒトとしての思考がグラついて不安定になる。
    例えばトモダチと遊んでいる時に、そのか細い首に牙を突き立てたくなる。
    道で蹲っている物乞いを見た時に、その栄養失調気味のお腹を見て“内臓も不味そうだ”と当たり前のように不快感を示している。
    いつものようにお父さんとお母さんと一緒に食事をしている時も、目の前に差し出された料理が相も変わらず不味すぎて、2人を“使って”『味付け』したくなる。
    そういう思考になる度にわたしは悲鳴を漏らしたくなって、逃げるように自分の部屋に籠って一心不乱に自分を食べた。
    それを繰り返していく内に自室がじわじわと血で汚れて、最初はベッドと床に大きなシミができただけだったけど、次第に机や壁、ドアや棚と部屋中に広がっていった。

    「……あれから、三週間ですか」

    クローゼットの中の私服も、今は全部が赤いシミに染まっている。
    店の手伝いをする時の仕事着や学生服も、わざわざ魔術で隠さないといけないぐらいに血痕が染みついている。
    洗濯しようかとも考えたが、血痕塗れの服なんて下手に出したら両親に見られるのでそれは出来なかった。

    何より、それ以上に。
    そんな血塗れの服を目にして『綺麗』だと、感じてしまっている自分がいる。
    “こんなにも鮮やかな赤い柄を、煌びやかなアクセサリーを、洗い流すなんて勿体なさすぎる。”
    どこをどう見ても悍ましさと恐怖しかないのに、そんな風に思っている自分がたまらなく恐ろしい。

    「………誰か……わたしを、殺してくれないかな」

    ふと、そんな弱音が漏れ出る。
    勿論、それに応えてくれる者はいない。彼女も、愉しむ為にここに閉じ込めているのであってわたしを殺す為ではない。
    最近、食べても食べても衝動が収まらない。
    否、正確に言えば収まってはくれるが再び強くなるまでの間隔が短くなっている。気のせいなどではない。本能的に理解できる。
    原因は…………分かっている。それを解決する一番手っ取り早い方法が何なのかが、誰に言われずとも察せる。
    けれどそれをやってしまえばこれまでの決意と抵抗が全部無駄になる。
    絶対に、しない。してたまるか。

  • 46二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 17:03:21

    もう壊れてるのに無理やりなんとか頑張って無理して人間であろうとしてるのが苦しいよね悲しいよね辛いよね
    キッツイよねしんどいよね…………と思ってしまう
    どう頑張ってもどんなに頑張ってもシエル先輩は苦しいしそれをずっーと観てるノエル先生からしたら自分の血とか身体で人間であろうとしてる姿は気に入らないだろうし…………どっちも思い通りになってないよね……
    この二人はお互いがお互いを苦しめてる関係性すぎるのては?

  • 47二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 17:15:20

    シエル先輩は加害者(ロアになって自意識あるのに皆殺し)で被害者(ロアになって自意識あるのに皆殺しな上生き返って異端審問されて代行者になって色々あってノエルに拷問される)
    ノエル先生も被害者(ロアになったエレイシアにすべて壊される)で加害者(ロアの憎しみ先輩の憎しみ人生壊されてめちゃくちゃな上二週目記憶ぶっこまれてに現在暴走中(復讐しても良い理由ではある))
    二人とも被害者で加害者でこの関係性でしか取ることのできない栄養ってやばくね?凄くね?
    この関係性ヤバいわなんか上手く言い表せないけど凄い良い意味で素晴らしい設定だと思う
    もう誉めるくらいしか出来ないレベルでなんか好き

  • 48二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 21:11:08

    「………………あ」

    ふと、窓から月が覗いている事に気付く。
    暗い夜空の中天に、たった一つだけ浮かんでいる大きな光。人類という種の誕生より遥か昔から、この星の夜を照らし続けてきた輝ける白の天体。

    「少し、外に出ようかな」

    何も考えず、ただぼうっとそれを観ている内に、何となくもっと近くで目にしたいと思った。
    弱った身体を動かして、部屋を出る。
    ……吸血鬼なんだから夜は寧ろ活性化してる筈だが、これも無理して自分しか食べてこなかったが故だろう。

    「………………?」

    部屋を出て間もなく、妙な違和感を覚える。
    お父さんの気配が、お母さんの気配が、どこにも感じ取れない。
    本来ならこの時間は2人ともとっくに就寝している。パン屋の朝は早いから、こんな夜中に2人してどこかに出かけるなんて考えられない。

    「どういう、こと……? お父さん、お母さん?」

    念の為、死徒としての感覚を更に集中させて2人の部屋を始めとした家中を探し回る。しかし、やはりどこにもいない。
    突然の両親の失踪に、少なくない戸惑いを覚える。
    幻覚なんだから唐突に消える事もあるかもしれない。でもほんの二時間ぐらい前まで確かにいたし、寝室に向かうのもこの目で直接確認した。
    明らかに、何かおかしい。これもまた幻惑の世界の異常―――つまり彼女が仕掛けてきた事なのだろうが、何の意図があってこんな事をしたのだろうか。

    「……外に、出てみよう。彼女のいるカフェ店に行けば、いるかもしれない」

    そう判断して、静まり返った家を歩きながら外へ出る。
    そこから近くのカフェ店を目指して跳躍する。その中で軽く見渡すと、街は今日も夜の明かりに包まれていた。
    ………人間が、至るところで無防備に各々の生活を過ごしていた。

  • 49二次元好きの匿名さん25/06/12(木) 23:57:59

    なんで、どうしてこうも危機感というものが無いのだろう。
    自分の身には危険が及ばない、及んでも冷静に対処できるという無意識下の傲慢がそうさせるのだろうか。
    実際はそんなコトはあり得ないのに。何もできずに喰われて死ぬのが現実だ。
    現にわたしという吸血鬼が何ヶ月も当たり前のように身近にいるというのに疑いの一つも抱いていない。この生き物は無害なのだと、自分たちにとって友好的な存在だと信じ切っている。
    愚かしい、本当に単純すぎる。しかしわたしにとっては好都合だ。
    何しろ疑ってもいなければ危機感も抱いていない、無抵抗で無防備な食糧がこんなにもそこかしこにいるのだから。
    幻惑の世界というのもあるだろうが、どちらにせよ限界を迎えたら好きに貪ればいい。
    どうせ現実ではないんだから、いくら吸おうが喰らおうが殺そうがこの空間の中だけで完結する事象に過ぎない。だから一人一人ゆっくりと、丹念に味わっていけば愉しむ時間もそれだけ延ばせるというもの。
    これだけいるんだ。全員を平らげるまで一ヶ月は堪能できるだろう。
    そうだ。今もまた渇いて仕方がないから、店に向かうついでにそこいらの人間(えもの)を一人ぐらい適当に見繕って――――。
    見繕って、食べ、て――――――。

    ――――――――――――。

    「――――――あ、ああ。ああああああっ!!!」

    違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違うちがうちがうチガウチガウ!!
    何を考えていた。何を、何を考えてるんだ!

    「考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな。考えるな――――――!」

    今、立っている建物の屋根に何度も何度も頭を打ち付ける。
    皮膚が抉れて血がどろどろと流れてしまっているけど関係ない。今はこの思考を頭から消すのが優先だ。
    というより、他人の家の屋根を血で汚してしまったとか、そんなのを気にする余裕がない。
    今すぐに抑えないと、わたしは、本当にすぐにでも、■■を殺してしまうに違いない。

    「ふ――――、ぅ――――、ふっ――――。

    ……………………さっさと、彼女のところへ、いきます、か」

  • 50二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 00:23:35

    ロアはもういないのに結局は二重人格に近い感じで死徒としての本能と人間としての理性の板挟みで苦しんでる……

  • 51二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 00:48:34

    >>50

    本来は死徒の本能って抗いようがないものだからな

    それを4ヶ月近くに渡って呑まれずに抑えつけられてる時点で異常

    でもそれはそれとして人の血を摂取しないと肉体を保てないから今の先輩は幻惑の方も現実の方も文字通りガワだけ綺麗なボロボロ状態なんじゃないか?

  • 52二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 00:56:37

    もう限界越えてるのに…………でも本当に血をすすって肉を食べ快楽に溺れたら終わりだから耐えてる訳で…
    もう一度同じことしたら本当に終わりで壊れちゃうからシエル先輩は耐えるのか…………

  • 53二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 02:05:22

    いやぁ、破滅破滅

  • 54二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 07:40:24

    このレスは削除されています

  • 55二次元好きの匿名さん25/06/13(金) 08:19:59

    霞んでいた意識を強引に繋ぎ止め、改めてカフェ店の方へと向かう。
    至るところで人間の気配が感じられるが、それらを意識するだけでまた理性がグラつきそうなので関心を持つ事を頭から排除する。
    今、優先すべきはヒトを殺してその生き血を啜る事ではなくノエルと会う事だ。
    それ以外は全て余計な些事だと思え。彼女のいるところへ向かう事だけに集中しろ。
    それだけを目的として動く人形として自身を意識し、肉体を駆動させる。

    「―――着きましたね」

    やがてカフェの前に到着し、目の前の位置に降りる。
    目的以外の思考は全て排除していた事もあって、体感的な時間はほとんどない。しかしそんな事はどうだっていい。
    入り口に手を掛けると、すんなりと開いた。察するに、どうやら誘っているらしい。
    そのまま店内に入る。辺りを見渡すと、そこは不気味なほどに静寂だった。いつもならこの時間でも営業している筈だが、人の気配は全く感じられない。
    ――――――彼女を除いて。

    「そこに、いるんでしょう?………ノエル」
    「あら、こんばんはエレイシア。こんな時間に何の用かしら?
    見ての通り、今日はもう営業してないわ。にも関わらず勝手に不法侵入してくるとか、悪い女ねぇ」

    わざとらしくそう言って、ノエルがカウンターの奥からその姿を曝す。
    正直なところ、彼女がここにいるという確信はこうして店内に入るまで無かったが、結果的には予想が外れる事もなく的中した。

    「白々しいですよ。わたしがこうして来るのも分かっていた筈です。
    わたしの両親が唐突に消えたのも、あなたの意図によるものでしょう?」
    「ええ、そうね。何かしら異常を起こせば、アンタはすぐに私のもとへとやってくる。そう見越してアンタのお母さんとお父さんを家から消したわ。
    ところで、その額はどうしたの?まるで壁か何かに何度もぶつけたように赤くなっているけれど」
    「………ちょっとしたひと悶着があっただけですよ。もう治りますし、気にする事ではありません。
    それより、なぜこんな事を?」

    そう言いつつ、額を触る。今日の月齢は満月だからすぐに自然治癒すると思っていたが、これも自分自身の血肉しか摂取してこなかった故だろうか。

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