- 1ピヨリ25/06/08(日) 19:35:50
- 2ピヨリ25/06/08(日) 19:36:54
その日のキヴォトスは嫌に騒がしかった。
ゲヘナ自治区外に居を構える便利屋68の社長、陸八魔アルは窓の外から鳴り響く銃撃戦を横目にそんなことを思っていた。
何かのイベントでもあったのだろうか?
しかしご近所からその様な話は聞いた覚えはない。
だからアルは、また別のトラブルが起きているのだろう。ここキヴォトスではよくある話だと切り捨て、視線をホワイトボードに戻した。
ホワイトボードの端に可愛らしい絵が矢印と合わせて描かれているが、恐らく絵しりとりでもしていたのだろう。
問題はそこではない。
肝心の依頼が、沢山の依頼の予定が書かれている筈のホワイトボードの真ん中が、完全に真っ白な事であること。
ここ一週間以上は依頼が来ない毎日を過ごす羽目になっていた。
「ねえ社長……ちょっと、これ見て……」
「……どうしたの? そんなに眉間に皺寄せちゃって」
「いいからっ」
このままではまた野宿生活だ、と。不本意にも慣れ始めたテントが脳裏を横切っていると便利屋68の課長である鬼方カヨコが険しい表情のままスマホの画面をアルに見せた。
カヨコに促されるままスマホに目を向けると、そこにはクロノススクールが運営しているニュースサイトのトップ画面が映し出されていた。
見切れてはいるが、号外と銘打たれた記事が開かれているようだった。
「クロノスの号外……? この前盛大に誤った記事上げてたじゃない。信用できるの?」
「それは社長が騙されただけでしょ。今回はそんなレベルの話じゃないから」
だけとはなんだだけとはと、カヨコを睨もうとするアルだったが更に険しくなった表情を見て渋々とスマホをスクロールする。
そこには、『ゲヘナ風紀委員壊滅!? 空崎氏は意識不明の重体』と――。
一度、事務所にかけられているカレンダーを見る。
今は十月、四月ではない。
今一度カヨコの方を向き、心からの言葉を吐きだす。 - 3ピヨリ25/06/08(日) 19:38:05
「……なにこれ?」
「社長。信じられないと思うけど、本当のことだよ」
「いや、だってあのヒナよ? それに、風紀委員会が壊滅って……エイプリルフールにしたってもっとマシな嘘をつくべきだわ。今日エイプリルフールじゃないけど」
「確かに酔狂で、変な記事も上げたりするけど……これはちゃんとソース付き。信用すべき――信用しないといけない情報」
そう言うと、カヨコは一気にスクロールし添付されている動画を開いた。
『――んちょう!!』
青髪の行政官の悲痛な叫びから始まった動画は、荒い呼吸をしながら「終幕:デストロイヤー」を何とか敵に向ける空崎ヒナの背中を映し出していた。
通信機器に備わっているカメラから撮っているのか、硝煙と砂塵が舞う戦場で相手の姿は見えない。
けれども確かに、そこに居る。
次の瞬間、大袈裟にその場から飛び退くヒナに追従し、画面が大きくブレる。
先ほどまでにヒナが立っていた地面が吹き飛び、飛んだ欠片がパラパラとヒナに降り注ぐ。
『アコ……周囲の風紀委員は……?』
『……ッ!! て、撤退は完了しました! ヒナ委員長も早く!!』
『――、――わけ?』
『っ!』
『委員――!!』
砂塵に影が映ると同時に、マズルフラッシュが瞬く。
そこで動画は止まる。通信機器を壊したであろう弾丸を先んじて喰らったヒナを映して。
アルの銃撃を頭に受けても微動だにしなかったヒナが、弾丸の衝撃に吹き飛ばされる。そんな最後を映して。 - 4ピヨリ25/06/08(日) 19:39:19
「……これ、どこかのジョーク映像よね?」
「残念だけど、違うよ」
カヨコに否定され、思わず頭を抱える。
アルが側頭部に弾丸を当てた時は痛がる素振りすら見せずに此方を睨み返してきたあのヒナが。
ボロボロの満身創痍の状態で、更に吹き飛ばされる映像も添えられてはジョークだ何だと言い返す気力も失せると言うものだ。
だが悩んでいる暇もない。
襲撃犯の目的や現在位置を把握しておかなくてはならない。
便利屋の仕事にも影響を及ぼすだろうし、何よりこの場に居ない二人の社員にも連絡しなければならない。
「……それで、襲撃した犯人は?」
「今はゲヘナの万魔殿に居るみたい。ほら」
カヨコがスイスイとスマホを操作すると、万魔殿も襲撃され責任者の立場を奪われたという記事が上がっていた。
だがゲヘナ自治区から出たというニュース記事は上がっていない。
「目的はゲヘナの掌握……?」
「どうだろうね……ゲヘナを拠点にしてるスケバンたちが逃げるようにブラックマーケットやDU地区に入って来てるみたいだけど……証言によると、手当たり次第に襲い掛かって来てるみたいだし」
「ゲヘナを空っぽにする気なのかしら」
空の玉座にどれほどの意味があるのだろうか。
アルは犯人の思惑を考えるが、いまいち要領を得ない。
風紀を壊し、ゲヘナに覇を唱えるのであれば、スケバンたちも襲う意味が分からない。
私怨だとするならば、何故一番初めに風紀を狙ったのかも分からない。
なのに万魔殿を襲い一応のトップの座を奪い取った理由も計り知れない。 - 5ピヨリ25/06/08(日) 19:40:22
こんがらがっていく頭をリセットするように頭を振り、カヨコに問うた。
「では、課長としての意見を聞かせて欲しいわ」
「当分、ゲヘナ近辺での依頼は断って。……まあ、依頼を選べる状況じゃなかったとは思うけど」
「なっ! そ、そんなわけない……とは……」
聞き捨てならないとカヨコに向けた視線は、背後にある真っ白のボードに吸われて言葉を濁す。
事実、依頼を選り好み出来る状況ではないのはアル自身がよく分かっている。
縮んでいくアルを見下ろしながら、カヨコはため息を一つ吐く。
「恐らくだけど依頼自体は来るとは思うから……その中から、ゲヘナ行の依頼を弾いて貰うだけで大丈夫だよ」
「へっ?」
――ジリリリリリリッ
カヨコの言葉に疑問を唱える前に、電話が高らかに鳴り響く。
こほんっ、と息を整えてからアルは受話器を取った。
「こちら便利屋68、どういったご依頼でしょうか?」
『”アル?”』
「って、先生? いったいどうしたのよ。電話で連絡してくるなんて……」
『”依頼の窓口はここからであってるよね?”』 - 6ピヨリ25/06/08(日) 19:41:28
依頼。先生から、否。連邦捜査部シャーレからの直接の依頼とは何だろうか。
シャーレは所属や学籍に関わらず協力を仰ぐことの出来る特異的な部活だ。
そのシャーレが態々依頼の体裁を取ってこちらに仕事を振るとは何事だろうか。
浮ついた気持ちを引き締め、社長として再び口を開く。
「ええ、他にもネットからも受け付けてはいるけれど……直通はこれよ」
『”そっか……急で申し訳ないんだけど、今日の予定は空いているかな?”』
「……少し、待って頂戴」
今日は、というか一週間以上閑古鳥が鳴きまくっている。とは言い出しにくかった。
先ほど固めた社長としての仮面が剥がれ落ちそうなほどに汗が垂れるが、何とか威厳を持ったまま通話を保留にすることができた。
今日はまだネットからの依頼を確認していない。
先にパソコンを弄っていたカヨコの後ろから画面を覗き込むが、どうやら情報収集をしてくれていたようだった。
「カヨコ課長、ネットからは何か依頼は来ているかしら?」
「えっと……ミレニアムと山海経……後はDU地区だね……。依頼はどれも警備任務」
「そう! ありがとうっ」
カヨコが確認しているのを後ろから眺めていて気付いたが、ゲヘナからの依頼もあった。……のだが、意図的に省いているようだった。
しかし、依頼。依頼である。
一週間閑古鳥が鳴いていたとは考えられない程の大盛況っぷりである。
僅かに弾みそうになる足取りを抑えながら、置いた受話器を取る。 - 7ピヨリ25/06/08(日) 19:42:43
「待たせたわね。他にも依頼は有ったのだけど……他ならぬ経営顧問からの依頼だものね。謹んで受けさて貰うわ」
『”……因みに、その他の依頼って?”』
「えっ? 警備任務と……あっ、ゲームのテストプレイってのもあるわよ!」
社長守秘義務……と自信満々に答えるアルに視線を向けるカヨコが居たのだが、鼻高々なアル社長には届かなかった。
先生は他の依頼内容を聞き、少し唸りながら答えた。
『”分かった。DU地区東側にあるウミウシ像の前に来て欲しい”』
「? 了解したわ。万全を期すには一時間程度待ってほしいのだけれど、それとも急行した方が良いかしら?」
『”いや、ちゃんと臨戦態勢で来て欲しい”』
先生から電話を切り、アルはすぐに準備を始める。
仕事に遅刻は厳禁。失態を重ねれば信用などすぐに崩れ去ってしまうものだ。
「社長、仕事先は何処?」
「DU地区よ。ハルカとムツキに連絡をしてちょうだい」
「現地集合ってことにしたから待ち合わせ場所を決めないとね」
「あら、それならちょうどいいわ。先生とウミウシ像の前に集まることになってるから、二人にも一時間後に来るように伝えておいて」
「ウミウシ像……」 - 8ピヨリ25/06/08(日) 19:43:51
途端に険しくなるカヨコの眉間。
何かおかしかっただろうかとアルはカヨコに聞いた。
ハァ……と溜め息一つ溢して、DU地区の地図を開いた。
「見て、ウミウシ像の位置」
「言われなくとも場所は把握してるわよ。それでこれがどうかしたの?」
「……隣接してる別の地区は?」
すいと、カヨコの指が地図の端を指す。
釣られて動いた視線は『ゲヘナ地区』と書かれた文字が映し出されていた。
ようやく理解出来たアルはカヨコに言われた、「依頼は来る」の意味を知り、同じ様に眉間に皺を寄せる。
「多分、他地区も似たような混乱が起きてる」
「……当分、依頼には困らなさそうね」
窓から見下ろす街並みはいつものように銃撃音や炸裂音に満ち足りていた。
ただ、どこか。いつも以上に騒がしいような、そんな雰囲気をアルは感じ取っていた。 - 9ピヨリ25/06/08(日) 19:45:13
い、一旦ここまでです……えへへ、二話目書く前にエタる辺りダメダメですね……
今度はスレ落ちないで最後まで書けるといいですね……ってことで飯行ってきます…… - 10二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:03:25
がんばえー
- 11二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:18:44
素晴らしい、続け給え
- 12二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:27:15
待ってたぜぇ!
この"瞬間"をよぉ!! - 13二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:33:04
おもれぇ……期待してる
- 14ピヨリ25/06/08(日) 23:07:01
ウミウシ像前。
アルは集合時間十分前にそこに着いていた。
しかし、既に依頼者である先生と便利屋68の室長である浅黄ムツキ、平社員である伊草ハルカも到着していた。
先生に絡んでいるムツキを窘めるように社長は一つ咳払いをして声をかけた。
「少しばかり、遅れてしまったかしら?」
「”アル……! いやあちょうどいい所だったよ”」
小さな声で助かった……と呟いている辺り、相当答えにくい質問をされていたらしい。
ジロリとムツキの方に視線を向けるが素知らぬ風に口笛を吹き明後日の方向を見ていた。
「ムツキ、先生だからと言っても今回は依頼主なんだから。もっとビシッ!っと、カッコイイところを見せないと駄目でしょ!」
「……くふふぅ〜♪ アルちゃんちゃんってば、全くアウトローらしくない物言いだよ? もしかして、この前のオペラハウスでのお仕事が上手くいかなかったから?」
「な、なななななにを言ってるの!? あ、あれは今関係ないでしょ!」
わーきゃーと恥ずかしげもなく騒ぐ二人。
ムツキに若干の違和感を覚えながら、カヨコは先生から依頼内容の確認をする。
「ごめんね、相変わらずうるさくて……それで、依頼の方なんだけど」
「”うん、私と一緒にDU地区の見回りをしてほしいんだ”」
「一応聞いておくけど、ヴァルキューレの人達は? 私達指名手配されてるから、不味いんだけど」
「え〜?本当に関係ないかなあ?あのとき先生を巻き込んじゃって大慌てしてたくせにぃ♪」
「た、確かに巻き込んじゃって、見せたくもない醜態をさらしたのは事実よ……でも!便利屋68は過去にとらわれないのがモットーなのよ!」
- 15ピヨリ25/06/08(日) 23:08:09
問題が起きたのはゲヘナだ。
ゲヘナ外にいた便利屋は直接的な影響を受けてはいないが、ヴァルキューレの生徒たちからしてみれば関係のない話だろう。
『ゲヘナの便利屋が混乱に乗じて襲撃を仕掛けている』……なんて話になったら色々と大変だ。
主に社長のメンタル面だが。
「”そこは大丈夫。シャーレから直接の依頼で行動してもらうって事前に伝えておいたから”」
「……なるほどね、だから依頼なんだ」
「……はー? この前はさんざん後悔してたのにそんなこと言っちゃうんだあ?」
「ぬぐっ……! け、けれどそれこそが過去に囚われないこと、ということなのよ! 後悔なんてしている暇はないの。私達は輝かしい未来に向かって前に進み続けるのよ!」
先生が真っ先に便利屋を頼るとも思えない。
他自治区は各々の対応に追われ、DU地区管轄のヴァルキューレは東側を完全にシャーレに任せている形になる。
業腹だが市民の安全の為だと割り切り、こちらの行動に関与しないとやり取りしたのだろうと推測が建てられた。
(シャーレならそんなやり取りせずとも行動できる筈なんだけど……相変わらず、生徒思いなんだね)
「”なんだか今日はやけに長いね”」
「えっ……? あっ」
「その輝かしい未来のためなら先生だって巻き込んじゃうんだあ、さっすがアルちゃん! 極悪非道のアウトローを目指してるだけはあるね!」
「いやいやいやそれは単なる屑じゃないのよぉ!?」
先生に言われアル達の方を見ると、まだ言い争っていた。
ハルカですら異常事態だと気が付いているようで、二人の間でおろおろと視線を彷徨わせていた。 - 16ピヨリ25/06/08(日) 23:09:14
「でも実際先生をオペラハウスで巻き込んだよねえ?」
「そ、それは……」
「最後なんて近くでオペラハウスもぶっ壊すほどの爆発起こしてたし」
「む、ムツキ……?」
やけに煽り続けるムツキに強い違和感を感じさせられる。
アルもムツキの様子に違和感を覚えているのか、返答の歯切れが悪く、余計にムツキがから回っているように見えた。
カヨコはアルにアイコンタクトで仕事の時間だと伝えようと目を細めようとした。
「わ、私があんな所に爆弾を捨てたせいで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」
「全くさあ、柴石の時みたいに考えなしに動くことがある――」
「あれは私が命じたのだから私に責任があるわ。だからこの話はここで終わりよ」
二人を止めようと試みたカヨコが動く前に、ムツキの標的がハルカに移りかけた時点で終わった。
アルからの視線を受けたムツキはばつが悪そうに視線を逸らし、小さな声で謝った。
その様子にアルは引き締まった顔を僅かに綻ばせ、先生たちに顔を向けた。 - 17ピヨリ25/06/08(日) 23:10:17
「ごめんなさい、依頼の詳細についてなのだけど……もう一回聞かせて貰ってもいいかしら?」
「大丈夫だよ、社長。まだ概要しか聞いてないから」
「あ、あら、そうなのね」
あからさまにほっとした顔を見せるアル社長。
自分のせいで仕事の開始が遅れると思ったのだろう。
「“ここで立ち話もなんだし、見回りながら話そっか”」
「それもそうね。一分一秒も無駄には出来ないわ」
先導する先生の後を追うアルは一歩踏み出し、そのままチラリと後ろを向いた。
「……ムツキ、後で面談しましょうか」
「……はぁ~い」
若干、固い雰囲気は残ったままだったが、それでも元の便利屋68の空気が戻ってきたのも確かだった。
アルは返事を聞くと不敵に笑い、今度は堂々と先生の後を追い始めた。
(気になるところだけど……まずは、依頼の完遂からかな……)
アルについて行く二人を見送りながら、最後尾からカヨコはついて行く。
何にしても時間が解決してくれるだろう。
自分たちの社長がこんなことで折れたりしないことを知ってるが故に問題の先送りをしたのだった。 - 18ピヨリ25/06/08(日) 23:11:31
シャーレの先生から依頼は至極単純だ。
問題を発見したら解決していく。
既に発砲騒ぎになっていれば此方も武力行使をして鎮圧を計る。
ただそれだけだった。
「……それにしても」
アルは愛銃である『ワインレッド・アドマイアー』を撃ちながら困惑するように呟く。
「やけにあっさりと片が付くわね……? 本当にゲヘナに居た生徒たちなのかしら……」
物陰に隠れ、戦場を俯瞰できる立ち位置だからこそすぐに分かる事実だった。
大体数発で降伏するし、倒れた振りをして奇襲攻撃などの奇策も弄さず、余裕綽々で鎮圧することが出来ていた。
だからこその違和感。
好きな時に好きなだけ暴れ回るゲヘナの不良生徒たち。
彼女たちが止まる時は目的を達成した時か、戦闘不能になった時くらいだ。
そんな彼女たちが不本意ながらゲヘナを追い出されたとして、他自治区で問題を起こしすぐに降伏するだろうか?
いや無い。
『こちら、カヨコ。暴動を起こしてた生徒たちの捕縛を終了したよ』
「そう、よくやったわ……ところで、捕まえた生徒たちは暴れずに捕まってるのかしら?」
『……信じられないことに大人しく捕まってるよ。というか、この数相手に真面にやってたら私たちの方が倒れてたかもしれない』
「や、やっぱりそうよね……?」 - 19ピヨリ25/06/08(日) 23:13:46
通信機越しに聞こえてきたカヨコの真剣な声にアルは冷や汗を流す。
捕らえてきた生徒たちの中には、小粒だが賞金首も混じっていた。
だが、報奨金の総額は軽く計算しても便利屋が月に稼ぐ金額に匹敵していた。
本来であればそこそこの接戦を繰り広げ、何とか撃破に成功するレベルの賞金首たちを殆ど無傷で捕縛に成功したのだ。
まさに濡れ手で粟であろう。
しかし、アルは素直に喜ぶことは出来なかった。
「……カヨコ課長の言った通りみたいね」
ライフル一発で恐慌状態に陥り、その場で捕縛される生徒たちはキヴォトス全域で見ても類を見ない異常さだった。
確かに銃を使いDU地区内で暴れたのは事実だが、それは何かから逃げる為に死に物狂いで行動していたからなのでは無いだろうか?
だからこそ、【降伏すれば安全が保障されている】という考えで無抵抗に捕縛されているのではないだろうか?
「……当分はゲヘナに近づかないようにしましょうか」
『“みんなお疲れ様。とりあえずここまでで良いよ、ありがとう”』
『あははっ! と言うか、これ以上の成果が増えても連れ歩けないもんね~?』
『あ、あの、す、すみません……。私がもっとロープを持ってきていればよかったんですが……』
『そんなに思い詰めなくていいよ。元々そんなに捕縛出来るなんて考えてなかったんだから』
アルの独白は通信機には乗らず、代わりに先生が任務終了の連絡を流した。
大量に捕縛された生徒たちを目印に集まる仲間を見つめて、ゲヘナ地区の方向を見る。
「……」
別に未練や郷愁がある訳ではない。
ただ、言いも知れない胸騒ぎだけがアルの中で渦巻いていた。 - 20ピヨリ25/06/08(日) 23:15:18
捕縛した生徒たちと何とか対話を試みようとしている先生、先程から少し様子のおかしいムツキは今回出番の無かった爆弾の詰まったバックを持ちながら明後日の方を向き、カヨコはそんなムツキを訝し気に見ていた。
突出して前に出ていたハルカはまだ戻っていないようだったが、アルは社長として悪戦苦闘している先生に話しかけた。
「先生、約束通り依頼は完遂したわ。そ、それで……依頼料の事なんだけど……」
「“ああ、うん。緊急の案件だしその分増しで請求して貰って構わないよ。……それより”」
流石は便利屋経営顧問だと、思わず破顔してしまうアルだが後ろのカヨコは「便利屋の経営が上手く行っていないことがバレてるのはいいの?」と、呆れた視線を投げていたのだがアルが気が付く前に捕縛された生徒たちに視線が向かった。
先生は険しい顔つきのまま捕縛されている生徒の手を握ったり、脈を図ったりしているが碌な反応が返って来ない。
「“……見ての通り、驚く位反応が無いんだ”」
「……ほんとに無反応ね」
アルは生徒の目の前で手を振ったり、頬を突いたり引っ張ったりしたが生気の無い呻き声が漏れる位しか反応が見られなかった。
ますますゲヘナ行の依頼を断る気持ちを高めながら、カヨコ課長の慧眼ぶりに心の中で鼻を高くしていると、そのカヨコ課長がアルの肩を叩いた。
「どうしたの、カヨコ課長?」
「ねえ、ハルカ……少し遅くない?」 - 21ピヨリ25/06/08(日) 23:16:56
言われてみればそうだ。
そろそろ姿を見せてもいい頃間と言うのに全く現れない。
少しの間辺りを見渡していると、ムツキがバツの悪そうな顔をして手を挙げた。
「あ~、アルちゃん、カヨコっち。ごめん、ハルカちゃんなんか急いでたみたいだから先に解散させちゃったんだけど……もしかして、まだお仕事終わってなかった?」
「あら、そうだったの……って、それならそうともっと早く教えなさいよ!」
「は~い、ごめんなさ~い……」
「それで、ハルカは何処に行ったのかまで聞いといてくれた?」
「えっとねー……確か水やりを今日まだやって無いって言ってたけど……」
「“――それ、本当?”」
腑抜けた生徒たちに掛かりっきりになっていた先生は、ムツキの言葉に反射的に答えていた。
目を見開き数回瞬きした後、ムツキがゆるゆると頷くと先生は分かりやすく眉間に皺を寄せながらタブレットを起動した。
その時、連邦生徒会やトリニティから連絡が来ているのをアルは横目で見てしまった。
「“……恐らく、ハルカが向かった場所はここだ”」
「ギリギリ……ゲヘナ自治区の中だね」
「えっ!? ハルカちゃんゲヘナ行っちゃったの!?」
「“恐らくね……今のゲヘナは何が起こるか分からないし危険だ。だから――”」
「態々、先生が手を煩わせる必要は無いわよ。これは私たちの問題なんだから」
「“……アル”」
先生の手助けがあれば、問題なくハルカを回収することは可能だろう。
だが、このゲヘナの未曽有の危機――否、キヴォトス全体に波及を始めている危機を置いてその手を借りる事は憚られた。
愛銃の点検を軽く済まし、ムツキとカヨコを呼んで宣誓するように先生を突き放した。 - 22ピヨリ25/06/08(日) 23:27:42
「先生、私たちなら大丈夫よ。それよりも最後まで依頼を熟せない事を謝らせて頂戴……ムツキ、カヨコ! 行くわよ!!」
「うーん、ハルカちゃん、何か問題に巻き込まれてないと良いんだけど……」
「それじゃあ、先生。気を付けてね」
「“皆もね! ……あ、カヨコ! マップデータ一応送っておくからね!”」
平時とは少しずれたままの便利屋だが、一糸乱れぬ動きで駆け出した。
そこから僅かに進み、先生の姿が見えなくなった頃、アルは躊躇いがちにカヨコに話しかけた。
「……その、カヨコ。ごめんなさい」
「うん? ああ、ゲヘナに行く事になったから? それに関しては事前にハルカに伝えてなかった私たちも悪いし、そう社長が思わなくても」
「え~? 私も悪いの~?」
「いえ、そうじゃなくて……」
アルは空を見上げながらぼそぼそと答え始めた。
「先生の手を借りられたのに、こっちから切っちゃって……その……」
「あれ~? アルちゃんあんなに啖呵切ってたのに、そんなに心配なの~?」
「うっ、うるさいわね! 仕方ないでしょう!? 連邦生徒会やらトリニティやらが先生を呼んでるって言うのにこっちのミスで動かすなんて先生の信用の問題になるじゃないのよ!」
「はあ……そう言う事ね……」
何時ものような空気に少し戻ったことに、内心安堵の溜息を漏らしながらカヨコは気を引き締め直した。
「でも、実際問題今のゲヘナはどうなってるか分からない……社長も気を抜かないでね?」
「わかってるわよ……!!」
ほんのちょっぴり泣き言を漏らしながら、便利屋は走る。
だが、空は晴天とは程遠く、暗雲が徐々にキヴォトス全域を覆って行った。
午後はきっと降り出すのだろうと、アルはどこか冷静な部分でそう思った。 - 23ピヨリ25/06/08(日) 23:29:19
ふへへ……今日はここまでです……
いや難しいですね沢山キャラ動かすのは……
これでも書き溜めが残ってたのでこのくらい更新出来たんですよ……?
多分毎日更新してもこれの半分以下です……書くのが遅くて辛いですね……苦しいですね……
それでは私は明日の飯の為に寝ますね……へへへっ……おやすみなさい…… - 24二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 01:04:28
乙
先の気になる面白いSSだから楽しませてもらってるよ
美味しいご飯食べてしっかり寝て、ゆっくりどんどんSSを投下してくだせぇ… - 25二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 08:04:44
おはようございます
SS待機