童貞カヤ概念

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 19:57:41

    人を撃った事も、人に撃たれた事も、私にはありませんでした。
    銃を買えない程の貧民だったとか、銃撃戦から縁遠い富豪の娘だったとか、そういう訳ではありません。
    ただ、少しの偶然が他人より多くありました。

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 19:58:10

    続けてくれたまえ

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 19:58:56

    生まれは小さな学園でした。
    三大校とは比較すら出来ない程の小規模の地区ですが、キヴォトスを見渡せば幾らでもあるような数ある学校の一つ。
    銃に関する勉強や修練などは授業でもありましたけど、本格的な模擬戦はしない程度に緩い環境です。
    喧嘩の練習なんて、しない方が普通かもしれませんが。

    私が人から撃たれない様に動くキッカケになったのは、小学生の時のこと。
    好奇心旺盛な子どもが、わんぱくにも危ない場所へと行ったりして、当たり前の様に銃で撃たれて泣いていた。
    それを見た私は「ああはなりたくないな」と感じて、危ない真似を避ける様になりました。
    痛いのが怖いというよりは、その子が大人からたんと叱られていた事の方が怖かったのかもしれません。幼少の頃の思い出ですので、少し記憶が曖昧です。

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:00:18

    私が人を撃たない様に動くキッカケになったのは、それから暫くしてのこと。

    その日は珍しく給食のデザートにプリンが付いてきました。子ども達もみんな喜ぶ幸運な出来事ではあったのですが、これが生徒の人数よりいくらか多く発注されていて……。
    ええ、そうです。プリン争奪戦なのですよ。
    皆が待ち望んだプリンの、二つ目。子ども達の情熱は唯ならぬもので、普段は大人しかった子もこれには銃を持ち出す始末です。
    今にも銃撃戦が始まりそうな中で、私は話し合いを試みました。痛いのが怖いというのもあったのでしょうが、主な理由は銃撃戦になればクラスの中で非力な方の私はプリンを勝ち取れないという打算です。
    プリンを求めて事件が起きれば次にプリンが来る機会はずっと遠のくだろう、だから銃は一旦止めよう。なんてそれっぽい事を言って、うまく場をとりなしました。

    話し合いの結果ジャンケン大会にする事ができましたが、私は初戦敗退です。まあ、私が主導した話し合いの結果として私がプリンを手に入れていたら、それこそ他の人からの印象がよくありません。これはこれで、というものです。
    それに、教員の方々からはたくさん褒められました。決して怒らない事で有名な老犬のモフモフ爺や、厳しい事で有名な無骨な機械婆さんからも。
    小さな子どもだった私にとって、大人に認められるという事がどんなに衝撃的な出来事だったか。とても、とても言い表せない感動がありましたとも。
    それから私は、その思い出を小さな誇りとして、銃を使わない選択肢を取る様になりました。

    危ない場所には行かないとか、登下校の時は出来るだけ大勢で固まって動くとか。そんな可愛らしいことから始まって。
    不良相手に絡まれた時には即座に防犯ブザーを鳴らして逃げたり、追い詰められても何とか話し合いで済ませようとしたり。そんな立ち回りを続けたりして。
    酷い時には有り金全部奪われたりする事もありましたが、銃を使わず使われずに済んで良かった。なんて自分の中で納得させたりして。

    幸か不幸か、私はそうやって銃を避けられていました。

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:01:37

    違和感が強くなったのは、中学生になってからでしょうか。

    銃を避ける私に対して、他の生徒たちは銃を好んで扱います。
    まるでペットみたいに名前まで付けたりして、銃は日常の中にありました。

    気味が悪かった。
    銃を使って戦っても痛いだけでしょう。話し合いで解決できるならそれに越したことはないでしょう。
    私も綺麗事を言っている自覚はあります。衝動的に人を撃ちたくなる事だって私にもありました。
    けれど、お題目としてすら綺麗事を言えないのはおかしいのですよ。

    とはいえ、わざわざそれを口にはしませんでした。にこやかな笑みを浮かべて、周囲には愛想よく接します。
    私は大人に認められている生徒であり、他の生徒とは違う存在である。という自負がありましたから。

    ですから、私が連邦生徒会を志望するのも当然の帰結でしょう。
    優秀な私が上に立ち、キヴォトスを取りなす存在となる。これこそ私の目標でした。
    そのためにも勉学に励み続けて、優等生であり続けました。

    ………今にして思えば、期待していたのかもしれません。
    キヴォトスのトップである連邦生徒会ならば、同じ考えを持つ生徒もいるのではないかと。

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:02:39

    結果から言って、期待外れでした。
    連邦生徒会でも銃を忌避するのは私だけ、というのは想定していましたが………仕事にやる気のない方から、どうして連邦生徒会に居られるのか疑いたくなる方までいる始末。
    お給料を受け取っている仕事なのですよ……?

    閑話休題。
    連邦生徒会防衛室に配属された私は大忙しの日々でした。銃火器を使った犯罪は絶えず起こり、私達はそれを止める為に奔走する毎日。
    犯罪者相手に銃を持った生徒を向かわせ、犯罪阻止には足りなさ過ぎる武装を強化する為に奔走して。
    話し合いで解決、だなんて言っていたのが全く馬鹿らしくなります。
    銃を忌避していた筈の私が、ヴァルキューレを指揮する形で銃を扱うなんて。

    優秀な私は当然防衛室の長にまで登り詰めましたが、それも空虚なものです。
    既に連邦生徒会は過去からの負債で首が回らなくなっていたのですから。企業相手に賄賂を貰わねば武装も満足に整えられない、などと。

    唯一良い点を挙げるとすれば、それは連邦生徒会長の存在。
    私が防衛室長になったのと同時期に連邦生徒会長となった彼女は、キヴォトスを良くしようと張り切っていました。その熱意に見合う能力もあり、まさしく超人的な働きを持って見事に治安を改善していく彼女はキヴォトスの希望と言っても過言ではないでしょう。

    「実は私、銃持ってないんですよ」

    こんな風に、突拍子のない事を言い出す癖がなければ尚良かったのですが。

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:04:20

    「は?」

    思わず聞き返した私は悪くないでしょう。
    銃を忌避する私ですら、脅しの道具として一応の携帯はしています。ですが、彼女は。

    「持っていない? 銃を、ですか?」
    「はい。銃を、です」
    「……分かりました。紛失したのでしたら、私の銃を貸しましょう。後日返してもらえれば……」
    「いえ、その必要はありません。紛失したのではなく、元々持ち歩いていませんから」
    「……………は?」

    固まる私を見て、生徒会長はくすくすと笑っています。まるで、イタズラが成功した子どもみたいに。

    「ほら、私って流れ弾くらいならアレで防げるじゃないですか。それに大体の場合、護衛の方もいるから私が持つ必要もないかなって」
    「銃を?」
    「銃を」

    頭が痛くなってきました。
    防衛室長である私は連邦生徒会長の奇行も含めて守らなければならないのでしょうか。護衛の存在に関わらず、最低限の自衛手段くらいは持っていて欲しいのですが……。

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:05:49

    「……………いつから?」
    「五年前には、既に」
    「………よく連邦生徒会長になれましたね」
    「意外と何とかなるものですよ。銃なんて無くても」
    「……他に知っている方は?」
    「他人に話したのはこれが初めてです」
    「……私に話して良かったのですか?」
    「貴方だから、ですよ。防衛室長」

    重く溜息を吐く。
    「そんなに」と生徒会長は呟いていますが、当然です。とんでもない秘密を開示してきた上に、私の秘密も知られている。これで動揺しない訳がないでしょう。

    「………最後に一つ、聞かせてください」
    「なんでしょうか」

    息を整える。
    どんな答えが返ってきても、にこやかな笑みを浮かべたままでいられるように。

    「連邦生徒会長。
     貴方は、銃のない世界を作れると思いますか?」

    巫山戯る雰囲気ではないと察したのか、生徒会長が襟元を正す。
    そうして、口を開いて─────。

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:05:58

    無理に「のですよ」をねじ込まなくていいから

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:19:22

    (うまく言語化できないけど、ものすごくなんか好き)

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:20:59

    キヴォトスの治安を考えると銃を使わないことを褒めた大人はどうなのかと思わなくもない

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:21:35

    つ、続きは…?

  • 13二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:32:00

    普通とはかけ離れた「普通」で、武力を用いず「対話」で生きることができた、できてしまった。
    カヤがあのような行動をした理由として十分納豆できるなって思った。

    なので続きを書いてください頼みます後生の願いですお願いします。

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:37:54

    ───少し、良いことがありました。

    連邦生徒会長と遊ぶ約束を取り付けたのです。
    彼女は仕事熱心で、それが生き甲斐という方ですからフリーの時間を確保するのが難しかったのですが……今回は、やっと。

    約束した日時は三ヶ月後。
    オデュッセイア海洋高等学校への外遊に赴き、政治的外交の合間にある四十分間。
    その僅かな時間だけですが、生徒会長と一緒に何も気にせず遊ぶ事ができます。
    ここまで長い道のりでした。生徒会長と幼馴染らしきリン行政官はずっと隙あらば生徒会長との仲を見せつけてきますし……こほん。

    とはいえ、問題が一つ。
    生徒会長は無事に約束を取り付けてくれましたが、代わりのお願いとして頼まれた事があります。

    それは─────水着の選定。
    生徒会長はあろうことか、私に水着を選んで欲しいと言ってきました。時間が無いから、とか。オシャレに自信が無いから、とか。そんなこと言って。
    私だって時間も自信もないんですけど。

    しかし、遊ぶ約束の為ならば仕方なしと了承してしまった以上は選ぶしかありません。ご丁寧にサイズのデータはきっちり送られてきている事ですし。
    生徒会長のイメージカラーである白と水色の組み合わせからは変えずに、彼女に似合いそうな水着を探さなければ……。

    ………普段から露出度の低い彼女が、水着を着ている姿を想像すると……何か、背徳感がありますね……。

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:38:56

    流れ変わったな……

  • 16二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:51:16

    電話一本で武力を振るい、自分は室内で書類手続き。
    そんな作業にも慣れ切って、今日も今日とて私は書類仕事です。

    しかし、連邦生徒会長のサイズは……何とは言いませんが、大きくありませんか?
    普段から着込んでいる方ですが、あの中にあんなサイズが……?

    念の為確認のメールを送っていますが、返信どころか既読も付きません。あの女の事ですから、どうせまた世直しでもしているのでしょうけれど。

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:54:11

    (なんか思ってたのと違うな)

  • 18二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:02:02

    注文していた水着が届きました。
    私には着られないサイズの、白ビキニ。結局無難なものを選びましたが、生徒会長はどう言うでしょうか。

    さておき、リン行政官には困ったものです。
    生徒会長の音沙汰が無くなり、行政システムの中枢であるサンクトゥムタワーやSRT特殊学園などが停止する事態。インフラの停滞に、犯罪件数の増加。
    その解決のために捜索に力を入れるのは分かりますが、流石に往生際が悪いでしょう。見つからない物を追い求め続けるより、まずは目の前の問題に対処しなければいけないでしょうに。
    連邦生徒会長に頼り切りだったツケとも言えますが、全く。

    あの女はまたふらっと帰ってきます。
    そしてまた超人的な活躍で事態をあっという間に治めてしまうのでしょう。
    私はその活躍の場を少しでも減らし、帰ってきた時に文句を言える体制を作っておかねばなりません。
    遊ぶ時に、仕事のことを考えなくて良いように。

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:05:19

    開いて内容を読む前に予想してた方向に戻ってきたか

  • 20二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:36:22

    「シャーレ、ですか」

    手にした資料をパラパラと捲る。
    連邦生徒会長が指名した“大人”という事でしたが、なんとも判断に困る人物です。
    非力な大人であるのにも関わらず、来て早々に戦場に赴き戦果を上げる。銃が怖くないのでか、あるいは恐怖を知った上での行動なのか。
    話を聞くにリン行政官の指示らしく、全くもって勇敢なのか無謀なのか分かりません。

    最初はリン行政官が生徒会長のメモを捏造して作った組織なのかと疑いましたが、あんな奇天烈な組織を作るのは確かに生徒会長くらいでしょう。
    ………生徒会長の不在でリン行政官の頭がおかしくなった可能性もありますか?

    ともあれ、今は置いておきましょう。
    書類を鞄の中に仕舞い、代わりに水着を取り出します。
    今日は約束の日。結局あの女はずっと失踪したままでしたが、きっともう少しすれば慌てて現れてくる事でしょう。

    その後またふらっと消えてしまうかもしれませんが、私は黙認してあげます。
    仕事の話も、その時だけは無し。ただ純粋に遊んで、一緒に笑い合って、楽しい思い出を作りましょう。
    ほんのわずか、四十分だけ。

  • 21二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:39:03

    今の今まで、生徒会長は現れないまま約束の時間が訪れました。
    私は一人水着に着替えて、貸切のプールであの女を待ちます。先に入ろうかとも思いましたが、あまり気が乗りませんでした。

    5分、過ぎました。
    折角の遊びの時間が減っていきます。

    10分、過ぎました。
    遅刻してくるあの女には文句を言わねばなりません。

    20分、過ぎました。
    あの女が現れたら、有無を言わさず水着に着替えさせなければ。

    30分、過ぎました。

    35分、過ぎました。

    40分、過ぎました。

    水着から着替えて、制服を着用します。
    この後はオデュッセイア海洋高等学校との会議があります。私は、それに行かなければなりません。

  • 22二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:40:21

    その後の仕事を全部終えて、私は自室にいました。
    静かに、ベッドに座り込みます。自分の体を抱えて、ぎゅっと丸まるようにして。

    結局、連邦生徒会長は、現れませんでした。

    あの女のために買った水着は今も袋から取り出される事はなく、タンスの中に仕舞われました。
    約束が果たされる事はなく、ただただ時は過ぎるだけでした。

    ───貴方は、銃のない世界を作れると思いますか?

    かつて彼女に問うた事が脳裏に浮かぶ。
    銃を避ける私と、銃を手放した貴女。この二つは最初から違っていたのでしょうか。

    泥沼のように沈む思考の中で、少し察するものがありました。
    シャーレの先生。会った事もない大人。きっと貴方は、銃を避けるのではなく、銃を手放す者なのでしょう。

    私はただ怖がっていて、貴女はただ歩き出していた。
    だから、こうなった。

    「初めて、だったのに」

    初めて、共に夢を見られると思ったのに。

  • 23二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 21:41:51

    『童貞カヤ概念』─────終

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 22:01:35

    ほろ苦い青春、素敵でした。増える仕事に、それに対応できない同僚たち、腐り切った内部に狂ったとしか思えない計画、そして暴力的な世界。
    17年生きてきた中での唯一の理解者であり友人の失踪と反故された約束、そして自身との決定的な差に顔を俯ける姿に感動しました。

    とりまカヤイベは早く来なさい長い間待ってるんでs

  • 25二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 22:20:39

    カヤはこういった精神的に高潔かつ可哀想な目に会うのが似合う気がするのは俺だけだろうか

  • 26二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 22:26:54

    上手いことは言えないけど
    でも心がキュッとなるような、空虚になる感覚は凄いと思いました。
    書き上げてくれてありがとうございます。

  • 27二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 05:19:02

    >>24

    感想ありがとうございます

    書いてる最中は(これ本当に面白いのか…?)と自分の中で不安になっていたので、感動したとまで言ってもらえて大変嬉しく思います

    カヤイベは普通に来て欲しい


    >>25

    感想ありがとうございます

    理解できる。

    カヤは目指す理想が立派なものであるからこそ、という部分は大いにあります。良いよねカヤ


    >>26

    感想ありがとうございます

    私の書いたものが貴方の心を動かしたのなら、それは私にとってこれ以上ない幸せです


    全てに返信はできませんが、他の感想にも大きく助けられました

    改めてありがとうございます

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています