- 1二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:34:04
- 2二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:36:31
男もすなるオリキャラスレといふものを書いてみたくなったので、SSを投稿していきます
よろしくおねがいします。 - 3二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:38:19
キヴォトスの行政の中心であるD.U.は、夜になっても喧騒が絶えることはない。
ずらりと立ち並んだ大小のビル群の合間を、人々は忙しなく行き交っている
その一角に、街頭モニターが設置されたエリアがあった。ビルの壁面に設置された大型のモニターには、今は報道番組を映し出していた。
「クロノスチャンネル、今夜の特集はいよいよ今月末に迫ったスーパームーン!今回はミレニアムからゲストをお招きして──」
モニターから流れる明るい声が、夜の繁華街に響く。軽快なテーマソングが耳朶を打ち、大洲カノンは雑踏の中で立ち止まり顔をあげた。
モニターには、青を基調にした制服を着た生徒が、瓶底眼鏡をかけた白衣の生徒にマイクを突き付ける様が大写しにされている。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:39:40
「なんと、76年ぶり!?」
「ええ、今回のスーパームーンは月がキヴォトスに最接近するタイミングと満月のタイミングが一致していまして。どちらか片方というのは周期的に発生するのですが、重なるのは非常に珍しい現象なんです。そのため各所から注目を集めていて──」
二人のやりとりに合わせて、大げさなテロップが画面を彩る。その蛍光色の輝きが眩しくて、カノンは思わず目を細めた。
彼女は色褪せた紺色のジーンズに、袖口が解れた厚手のパーカーを着ていた。まだあどけなさの残る表情を隠すように、フードを目深に被っている。頭上に浮かぶヘイローは、ダークブルーのシンプルな円形。右の太腿と左腰に合皮のホルスターを付け、それぞれにハンドガンを一丁ずつ収めていた。
カノンは視線を滑らせ、モニターの端に表示されている時刻を見る。
午後7時。約束までそろそろだと、カノンは思った。
「邪魔……っ」
人通りのある歩道の只中で立ち止まるカノンに、トリニティの制服を着た少女がぶつかりかける。彼女は迷惑そうに鼻を鳴らすと、歩みを早めてカノンを追い越していった。そうして並んで歩いていた友人に追いつくと、二人は会話を再開した。
「どう?月、大きくなってる?」
「いや~、まだよくわからない」
彼女たちは空を見上げ、月を目で追っていた。 - 5二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:41:07
そうしているのは彼女達だけではない。同じように空を見上げる者が、行き交う人々の中にちらほらといた。
例えば、品の良い顔立ちをした犬型の獣人が。
例えば、スーツを着た恰幅の良いロボット市民が。
例えば、上等な仕立てのコートを羽織った赤髪の少女を中心にした4人組が。
年齢も所属もバラバラな人々が断続的に顔を上げ、月に目を凝らしている。
キヴォトスに76年ぶりのスーパームーンが訪れる。数日前に第一報が報じられて以来、こうした光景は毎夜よく見られた。
一生に一度見られるかどうかという、遠大な周期がもたらすプレミア感は、キヴォトスの住人たちの関心を空に向けるのに十分だった。
報道番組では連日特集が組まれ、SNSでは月齢を告げるbotのフォロワー数が急増した。トッピングを変えただけの“限定スイーツ”の屋台がにわかに街中に増え、そのうち何件かは無残にも爆破された。儲けることに勤勉な企業達は、スーパームーンにあやかったキャンペーンの告知に余念がない。
浮かれすぎだと、カノンは思った。
スーパームーンという大仰な名前の割に、実際は普段の満月より一回り程度大きく見えるだけだと彼女は知っている。
きっと、言われなければ殆ど誰も気づかない程度の細やかな変化だ。てんで名前負け。
けれど、それは珍しい事ではない。周囲の評価とその実態が釣り合う事なんて、滅多にないものだ。
だから、何事も期待は程々に。そうすれば、気持ちの落差は小さくすむ。それが15年と少しという短い人生でカノンが得た教訓だった。 - 6二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:44:37
「それでは続いて、先日発生した通り魔事件について川流シノンがお伝えします!クロノス報道部ではヴァルキューレ警備局長に直接インタビューを行い、この事件の進展について──」
いつの間にか報道番組の話題は変わっていた。
くたびれた顔のヴァルキューレ生がマイクを突き付けられ質問攻めにあっている。
カノンはそれに興味無さげに顔を反らすと、フードを引き下ろし俯きがちに歩き出した。
びゅう、と風が枯葉を巻き上げて吹き抜けていく。カノンは背中を震わせる。
「寒い……」
思わず漏れた言葉が、白む。
冬の真っ只中だった。これからどんどん気温も下がっていくという。近く雪も降るそうだ。そうなれば、バイトに行くのも億劫になる。
今のうちに稼いでおかないとな……
カノンはそう思い、再び足を止めた。そこにはビルとビルの合間に伸びる横道への入り口があった。彼女はいかにも誰かと待ち合わせをしているかのように、横道の傍のビルにもたれかかりスマホを取り出した。そして顔の高さまで端末を持ち上げ、画面を操作するふりをして周囲の様子をうかがう。
通行人たちはカノンを気に留める事もなく足早に通り過ぎていく。こちらに向けられた視線は一つもなかった。それを確かめたカノンは、するりと横道に入り込んだ。 - 7二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:47:23
道は薄暗く、湿った匂いがする。カノンは顔を顰め、足早に進む。
程なくして、路地でたむろしている5人組に行き会った。
皆一様にフルフェイスヘルメットをかぶっている。赤いヘルメットが一人。黒いヘルメットが4人。それぞれのヘルメットには思い思いのペイントが施されている。
「あ?」
グループの一人がカノンに気づき、威嚇するように声をあげた。
それを合図に他のメンバーもカノンに気づき、彼女の方へと顔を向ける。その中には、自身の銃へと手を伸ばす者もいた。
ぴり、と空気が張り詰める。
カノン小さく舌を覗かせ唇を湿らせると、口を開いた。
「こんにちは」
カノンの言葉を聞いて、グループの面々は顔を見合わせ、小さな声で話し合う。
ややあって、赤いヘルメットをかぶり、アサルトライフルを構えた少女がカノンの方に歩み出た。
「それから?」
警戒の滲んだ声で、赤ヘルメットが尋ねる。
こいつらで間違いない。カノンはそう確信して、
「また会う為に、ありがとう、さようなら、またいずれ」
と一息に言い切った。 - 8二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:49:04
カノンの言葉を聞いたグループがざわめいた。
「じゃ、アンタが今日のバイトって訳だ」
赤ヘルメットがカノンの顔をじろりと覗き込む。
「で、一個聞きたいんだけど……何あの変な合言葉」
赤ヘルメットの追及にカノンは肩を竦めた。
「何でもいいだろ。アタシが誰か分かるならそれで」
「それもそうか」
カノンの言葉に赤ヘルメットは頷いて「おい!」とグループに向かって声を張り上げる。
すると、ボールの様なものがカノンに向けて放り投げられた。
「ととっ……」
カノンは両手で受け止める。
それは、髑髏のペイントがされた、黒いフルフェイスのヘルメットだった。グループのメンバーが被っているものと同じタイプで、使い古されているのか所々傷がついている。
「アタシも被るの?これ」
ヘルメットを顔の高さに持ち上げて、嫌そうに尋ねるカノン。趣味が悪いと言いたげに、唇の端が歪む。
そんなカノンの背中を赤ヘルメットは軽く叩いた。
「当たり前だろ、うちらと仕事するんだからさ!」
バイザーで表情は伺えないが、笑った気配がした。 - 9二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 20:50:53
そのまま赤ヘルメットはグループの方へ戻っていく。
「爆薬は?」
「言われた通りありったけ持ってきた!」
カノンは赤ヘルメットとグループが盛り上がるのに耳を傾けながら、フードを下ろした。
押し込められていた金髪がふわりと広がる。その明るい輝きは、薄暗い裏路地をほんの少しだけ華やかにした。それからカノンは「はぁ…」と小さく溜息を吐いて、ヘルメットをかぶった。
「いいじゃん、似合ってるよ」
「どーも」
ヘルメットをかぶったカノンに赤ヘルメットに声をかける。
カノンは心底どうでも良さそうな口振りでそれに答えた
「さ、面子も揃った事だし……始めるよ!」
「おお!」
「やるぞー!」
赤ヘルメットが激を飛ばすと、グループのメンバーもそれに倣って思い思いに武器を突き上げる。
カノンはポケットに手を突っ込んで、それを遠巻きに眺めていた。 - 10125/06/08(日) 20:53:25
一先ず書き溜めはここまでです
ある程度分量が溜まり次第順々に投げていきます
一部見切り発車ですが、未来の私が何とかするでしょう - 11125/06/08(日) 22:14:52
「そこ!上を見て歩いていたら危ないですよ!」
通行人でごった返す交差点で、中務キリノは今日三度目となる注意を叫んだ。
鋭い声で射抜かれて、トリニティの制服を着た二人組が、そそくさと去っていく。
キリノはそれを見送り、再び周囲に目を凝らす。今夜の彼女の仕事は、交通整理だ。
「うーん……」
車の通行を手信号で止めながら、キリノは唇を尖らせる。目線が空に向いている人が、まだちらほら見受けられたからだ。
「やっぱり皆さん、空が気になるんでしょうか……」
キリノはちらと顔を上向ける。その視線の先には、薄い雲の掛かった月があった。 - 12125/06/08(日) 22:16:03
「気持ちは……分からなくもないのですが!」
かくいうキリノも、人並みにスーパームーンに興味がある。
毎朝の報道番組で流れる特集をチェックしているし、月齢を報告するbotも最近フォローした。パトロールの際に、月にあやかった限定スイーツの屋台を見て回ったりもする。
近頃のキヴォトスには、祭りを前にしたかのような浮ついた雰囲気が漂っている。キリノもまた、それを楽しんでいた。
「だからといって、危険な行動を見逃すわけにはいきません!」
歩行者の流れを止め、車を誘導しつつ、キリノは表情を引き締めた。
このスーパームーンが皆さんにとって良い思い出となる様、私が頑張らないと……!
そう一人使命感を燃やすキリノ。そして彼女はホイッスルを取り出し、ぴりりと吹き鳴らした。
「はい!前を見て歩いてくださーい!」
今日四度目となる注意を、キリノは叫ぶ。 - 13125/06/08(日) 22:43:16
その時、ビル街の一角で光が瞬いた。一拍遅れてどぉん……という音がして空気が震える。
周囲のざわめきが、冷凍されたかのようにぴたりと止む。
「……え?何、今の」
「爆発だよね?遠そうだったけど」
「えー、美食研でも来てるの?」
「……いや、今は自治区に居るっぽいよ。さっき公式アカにゲヘナの店のレビューを投稿してる」
通行人たちは突然の爆発にこそ驚きはしたものの、すぐに落ち着きを取り戻していった。交差点のざわめきが、ボリュームのつまみを捻るように返ってくる。
銃火器を用いた騒動が日常茶飯事のキヴォトスだ。それが目の前でおきたのならいざ知らず、遠くでおきた爆発を一々気に留める方が稀なのだ。
キリノはその例外だった。爆音を聞くや否や周囲から好奇の視線を向けられるのもお構いなしに、人込みを掻き分け、爆発の現場へと駆け出していた。 - 14125/06/08(日) 22:44:59
「中務キリノより警備部へ!ストリート37近辺にて爆発が発生しました!これより現場に向かいますどうぞ!」
携行していた無線機に向かってキリノは叫ぶ。
生活安全局所属のキリノにとって、こうした事件への対応は管轄外だ。
それでも彼女が走り出したのは、その場にいるであろう被害者を……恐怖に震えているであろう市民を、放置しておくことができなかったからだ。
──ここで目覚ましい成果を出せば、かねてより志望していた警備局への転科も通るかもしれません!……なんて下心も、ほんの少しあったりはするけれど。
「こちら警備局。キリノか?たった今市民からの通報があって出動準備を整えている所だ。生活安全局の君が動く必要は──」
無線機から聞こえる警備局からの返信は最早キリノの耳には届かず、彼女は夜の街をひた走る。
やがて彼女の目に、シャッターを吹き飛ばされた銀行の姿が飛び込んできた。 - 15二次元好きの匿名さん25/06/08(日) 23:42:12
──
──── - 16125/06/08(日) 23:43:18
まるで雷が目の前に落ちたかのような、激しい閃光と轟音。
空気がびりびりと揺れ、爆風の熱が肌を炙る。
一瞬の暴威が過ぎ去ると、銀行の出入口を守るシャッターは無残にも破壊されていた。
そこから瞬き一つ分の間を置いて、悲鳴を上がる。通行人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「すっげえな……」
ビルの陰から顔を出したカノンは、ぐわん……と鳴る耳を擦ろうとして、指先をヘルメットに阻まれた。
被ってるんだって。
頬が少し熱くなるのを感じながら、カノンは手を下ろした。
「なあ」
気恥ずかしさを誤魔化すように、カノンは手近に居た黒ヘルメットに声をかける。
「あんな量の爆薬、誰が用意したんだ?」
「リーダーだよ。温泉開発部がゲヘナの風紀委員とやりあってるどさくさに紛れてくすねてきたんだって」
「あー……なるほど」
ゲヘナの温泉開発部といえばビル群だろうとお構いなしに発破する問題児の集まりだ。爆薬の出所としてはこれ以上に適切な所は無いだろう。
噂の当人である赤ヘルメットは、ひしゃげたシャッターの前に立ちカノンたちに手を振っている。彼女が銀行の入口へと爆薬を投げ込んだのだ。
「行くぞ」
黒ヘルメットの内の誰かがそう言ったのを合図にカノンたちヘルメットの一団は物陰から飛び出した。逃げ去っていく通行人の流れに逆らって銀行にたどり着くと、彼女たちはシャッターを踏み越え中に侵入した。 - 17125/06/08(日) 23:53:29
「な、なんですか、あなたたち!」
閉店後も残って作業をしていたロボットの事務員は、なだれ込んできたヘルメットの集団を見て悲鳴を上げた。
赤ヘルメットは天井にアサルトライフルを向けると、躊躇することなくトリガーを引く。
空気を裂くような、鋭い銃声が響き、銀行が静まり返る。
「騒ぐな!金を出せ!あと金になりそうなものも!」
「ひ、ひぃい!!債券も御入用でしょうかぁ!?」
「何でもいいからありったけ出しな!」
赤ヘルメットの端的な要求。
腰を抜かした事務員はがくがくと激しく頭を上下させ、這いずるように金庫へ向かう。
「付いていって根こそぎ盗ってきな!」
赤ヘルメットが指示すると、ダッフルバッグを抱えた黒ヘルメットが事務員を追う。
それから赤ヘルメットはカノンの方に顔を向けた。
「バイト!あんたは見張り!」
赤ヘルメットは出入口を指差して言う。 - 18125/06/08(日) 23:54:54
「わかったよ」
カノンは腰のホルスターから自動拳銃を抜き、スライドを軽く引いて初弾が装填されている事を確かめて、シャッターの穴から外の様子を伺った。
一度は逃げた通行人が、ちらほらと戻ってきて好奇の目を向けてきているが、それだけだ。
サイレンの音は、まだ聞こえない。
このまま何事もなく終わればいいんだけど……
ここまで順調に進んでいる事に安堵したカノンは、そこで初めて自分の掌がじっとりと汗ばんでいる事に気がついた。
緊張していたのだ。なにしろ、これはカノンにとって初めての銀行強盗なのだから。 - 19二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 07:32:44
ええやん
- 20二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 09:57:28
このレスは削除されています
- 21125/06/09(月) 11:43:04
大洲カノンは不良学生である。様々な理由で学校に行かず、ブラックマーケットに入り浸る……キヴォトスで俗に“スケバン”と呼ばれる生徒たちの一人だ。
スケバンは基本的に貧乏だ。金を稼ぐ手段が限られるからだ。彼女たちはアルバイト……コンビニ店員を始めとした真っ当な仕事に就くのが難しい。学校に通っていないからだ。学生が社会の主体となるキヴォトスにおいて、学校に通わないというのはそれだけで社会的信用を失う行為だからだ。
スケバンが荒事や違法行為に手を出しがちなのは、それしか日銭を稼ぐ手段が無いという場合も少なからず存在する。
カノンも例外ではない。彼女もまた真っ当な仕事に就けず、盗品の運び屋の仕事やマフィアやPMCにやとわれ傭兵まがいの仕事をすることで細々と稼ぎ、日々を過ごしている。
彼女の最近の悩みは、家賃だった。彼女が住家としている安普請のアパート、その家賃の支払いが滞っているのだ。 - 22125/06/09(月) 11:45:08
このままではいずれ追い出され、路頭に迷うことになる。冬のこの時期にそれだけは避けなければならない。カノンにはまとまった金が必要だった。
そんな時に、ブラックマーケットの情報屋を介して見つけたのが、この仕事だった。
D.U.にある銀行を襲う。ついてはそれを手伝う人手を求む。経験不問。報酬は成果の頭割りとする。
要点をまとめると、こうだ。
まとまった額の金が、即座に手に入る。それは 求めていた仕事そのもので、カノンは飛びついた。
勿論、銀行を襲う事のリスクは考慮した。荒事へのハードルが低いキヴォトスでも、銀行強盗は“大それた犯罪“に分類される。失敗した時は、矯正局行きは免れないだろう。
だが結局、そうしたリスクも、大金の魅力には抗えなかったのだ。
──仮に失敗したとしても、矯正局で冬はしのげるからな。
そういう開き直りも、カノンの胸の中にはあった。
かくしてカノンは、今こうして銀行強盗に参加しているという訳だ。 - 23二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 12:19:34
地の文の中に便利屋が居たり、会話の中で美食研が話題に出ていたり
ストリート37が実際にブルアカのチャレンジで登場する場所だったり……
ここがブルアカの世界なんだなと感じさせる文章でめっちゃ好み
応援してるぜ - 24二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 17:29:54
雰囲気良いよね
細かいネタが丁寧に仕込まれてて - 25125/06/09(月) 18:09:38
「……ふー」
カノンは細く息を吐いて物思いを打ち切ると、銀行の構内へと目を向ける。
一人の黒ヘルメットが事務員に銃を突きつけ、もう一人の黒ヘルメットがダッフルバッグに札束をせっせと詰め込んでいる。残る二人は銀行の中をうろついて金目の物を物色し、赤ヘルメットは何事かをがなり立てていた。
(あれだけ詰め込んでるなら……取分50万は固いな)
重そうに膨らんだ鞄を見て、カノンは皮算用を始めた。
(それだけあれば家賃の支払いは十分だろ。冬着も買い足したいな。銃の整備もついでにやっておいて、あとはー……まあ、残った分は貯金だな)
もうすぐ手に入る大金を想像して、カノンの頬が緩む。 - 26125/06/09(月) 18:12:38
その時だった。
「ヴァルキューレです!全員両手を上げて、壁まで下がってください!」
銀行の外から、凛と声が響いた。カノンは弾かれたように顔をそちらに向ける。
銀行の前の大通り、爆発の影響で車が乗り捨てられた道に、ヴァルキューレの制服を着た少女が建っている。彼女の三つ編みにした長い銀髪が、風に吹かれて、しっぽの様に揺れていた。
キリノだ。息を荒げ、それでも青い瞳には強い決意を宿し、両手で握った拳銃をこちらに向けている。
「げ……」
その顔を見たカノンは顔をしかめ、それから、
「警察が来た!表にいる!」
とヘルメット団に向けて叫んだ。 - 27125/06/09(月) 20:10:06
「は!?ヴァルキューレだぞ、なんでこんなに動きが早いんだよ!」
赤ヘルメットが苛立たしげに舌打ちをすると、銀行の出入口……カノンの傍まで大股で歩み寄る。そしてキリノの姿を見るなりアサルトライフルを構えて躊躇することなく引金を引いた。
銃声。マズルフラッシュが瞬き、飛び散った薬莢が涼やかな金属音を奏でる。驟雨のように放たれた弾丸がアスファルトにあたり、派手に火花を散らした。
突然の銃撃に泡を食ったキリノが、あわあわと乗り捨てられた車の陰へと身を隠した。
少しずつ集まりかけていた野次馬たちが、また悲鳴を上げて逃げていく。
「いきなり撃つのかよ……!」
「馬鹿!ヴァルキューレに加減がいるかよ!」
目を丸くして食って掛かるカノンに、赤ヘルメットは弾倉を取り換えながら声を張り上げた。
「ずらかるよ!」
赤ヘルメットが振り返り、大きく手招きをした。
それを受けて黒ヘルメットたちは慌しく装備をまとめると、我先にと銀行から逃げていく。
カノンも壊れたシャッターを踏み越え外に出て、キリノの方を一瞥し、走り出した。 - 28125/06/09(月) 23:04:32
「……!待ちなさい!」
一拍遅れて、キリノも車の陰から飛び出して追跡を始めた。
「くそ、もう少し取れたハズなんだけどなぁ!」
「言っても仕方ないっしょ。ほら、走れ走れー」
「バイト!着いてきてる!?」
「付いていってる!あんたらの後ろ!」
カノンたち一同が、夜の街を走る。
自分達の足音に掻き消されない様に、会話は自然と大声になる。
「そこ!直ちに止まり投降しなさい!」
そんな一同を、キリノが追いかける。
両者の距離は、十メートル程。その差は、少しずつ開いていく。
キリノの脚が遅いという訳ではない。交通整理の現場からここまで走ってきた分、彼女の方が体力的に不利なのだ。万全ならば……とキリノは歯噛みした。 - 29125/06/09(月) 23:06:16
「かくなる上は……!」
キリノは立ち止まると、拳銃を抜き素早く連射した。
「撃って来たぞ……!」
「いや、あいつのは当たらない!無視して走れ!」
響いた銃声に、赤ヘルメットは振り返り応戦しようとする。それをカノンは窘めた。
果たしてカノンの言った通り、キリノの弾丸は街灯やビルの窓などてんで見当違いの場所を撃ちぬくだけに終わった。
「……待ちなさーい!!」
射撃の散々な結果を見たキリノは、束の間曖昧な表情を浮かべて沈黙し……気を取り直して追跡を再開した。カノンたちとの距離は更に開いていたが、キリノはあきらめない。 - 30125/06/09(月) 23:10:39
そういえば、1レス当たりの文量どうでしょうか
読みやすいと良いのですが - 31二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 23:15:41
問題ないと思います!
カノンがどんな出会いをするのか楽しみに見てます! - 32125/06/09(月) 23:20:49
「リーダー!どう逃げる!?」
ダッフルバッグを抱えた黒ヘルメットが、キリノの追跡に焦れて叫ぶ。
「路地に入る!そこで撒くよ!」
赤ヘルメットが、ビルとビルの間の路地を指した。一同はそこへ飛び込んだ。
狭い路地を、彼女たちは駆け抜けていく。ビルの谷間に、足音がこだまする。誰かが浅い水溜まりを蹴って、小さな水飛沫が上がる。
まだ走れ、まだ止まるな。背後から迫るキリノから逃れるために、カノンたちは走り続ける。
「なあ、バイト……!」
突然、赤ヘルメットが並走しているカノンの肩を叩いた
「最後の仕事、頼むよ!」
「は?なんのこと──」
含みのある言葉にカノンが疑問を発した、次の瞬間。
銃声が響いた。 - 33二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 23:27:39
このレスは削除されています
- 34125/06/09(月) 23:28:39
「あ、ぎ……!?」
カノンの左足を、焼けるような痛みが襲う。彼女はバランスを崩し、地面に転がった。
「な……は?何……!?」
今、何が起きた?走っていたんじゃないのか?それがなんで、倒れているんだ?足、なんでこんなに痛いんだ……?
状況の理解が追い付かないカノンが混乱した声をあげる。
「じゃあ、後よろしくな!」
赤ヘルメットはカノンの方に向き直ると、これ見よがしにこめかみを擦る敬礼をして、走り去っていく。
その背中が小さくなっていくにつれ、カノンの理解が追い付いてきた。 - 35125/06/09(月) 23:29:53
「……あいつら、初めからこのつもりかよ!」
強盗の手伝いをさせて、最後はヴァルキューレへの囮として置き去りにする。
バチバチヘルメット団が人手を募集していたのは、生贄の羊が欲しかったからだ。
“成果の頭割り“という破格の報酬にも納得がいく。初めから払うつもりが無いからこその設定だったのだ。
「ざ……っけんな!」
だまされたこと、そして今までそれに気付かなかった自分にむかっ腹がたつ。カノンは毒づき、壁を支えにして立ち上がった。
「痛……っ!」
撃たれた足に体重をかけると、じくりと痛む。立ったり歩いたりするだけならともかく、すぐには走れそうにない……! - 36125/06/09(月) 23:31:03
今夜はここまで
出来れば毎日投稿するようにします - 37二次元好きの匿名さん25/06/09(月) 23:57:31
乙乙
ここからどう転ぶのやら - 38二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 00:19:40
復讐の女神と化けるのかな?
- 39125/06/10(火) 08:56:01
「待ちなさーい!」
キリノの声が迫ってくる。足音が近づいてきている。もう今すぐにでも、角を曲がってこの路地に入ってくるだろう。
クソ!クソ!クソ!
切羽詰まったカノンは、なんとか逃れる手段は無いか辺りを見渡す。
壁のパイプを伝って屋上に逃げるか?いや無理!
窓を破ってビルの中に逃げ込むか?手の届かない所にしか窓が無い!
他に何か、何か、何か……
忙しなく動いていたカノンの瞳が、一点で止まった。
見つけた……!
カノンが足を引きずって向かったのは、ビルの壁に沿うようにひっそりと置かれていたダストボックスだった。おそらくビルの住人が使っているものであろうそれは……人間一人が中に隠れられそうな大きさがあった。
カノンは、ダストボックスの蓋を両手でつかむとそれを持ち上げた。途端、中から強烈な悪臭が立ち上る。 - 40125/06/10(火) 11:00:08
「う、げぇ……!」
当然というべきか、中にはゴミが放り込まれていた。しかも、可燃ごみだ。カノンは涙目になりながら、ダストボックスへ飛び込み、蓋を閉じる。
(あー、ほんと……最悪!)
ゴミから染み出た粘ついた汁が、服を濡らす。腐った食べ物のぶよぶよとした感触が指先に触れて、鳥肌が立った。ヘルメットのおかげで顔が守られている事だけは、マシといえるかもしれない。
「────!」
ダストボックスに身を投じたほんの数秒後、足音が聞こえて、カノンは息を詰める。どくん、どくんと、鼓動が五月蝿い。まるで心臓が耳元までせり上がってきたかのようだった。
このまま通り過ぎてくれますように……
カノンは都合のいい時だけ頼る天に向けて祈りつつ、耳をそばだてる。
「こちらキリノ!犯人一同はバイゼリア横の路地を曲がって逃亡中!追跡を継続します!」
荒い息と、無線に向かって話す声が、ダストボックスを隔てたすぐ外で聞こえる。
カノンは全身を固くし、僅かな身動ぎもしない様に全神経を集中した。 - 41二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 12:20:57
このレスは削除されています
- 42125/06/10(火) 18:12:48
「…………」
息をひそめた甲斐あってか、キリノの足音は徐々に遠ざかっていく。
やがてそれが聞こえなくなって……カノンはダストボックスから転がり出た。
「げほっ、ごほっ……おぇ……」
外に出るなり堪えていた吐き気が込み上げ、カノンは蹲り激しく咳き込む。
このまま地面に大の字になって一休みと行きたい気分だが、そうもいかない。
ビル街のいたるところからサイレンの音が聞こえてくる。
銀行強盗の通報を受けたヴァルキューレが集まってきているのだ。
「捕まって、たまるかよ……!」
カノンは起き上がり、足を引きずってその場から移動を始める。
逃げる先の当てはない。ただ、サイレンから遠ざかる事だけを指針にした闇雲な逃亡劇だった。 - 43125/06/10(火) 18:13:52
(コピペミスで一文抜けていたので修正です)
- 44二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 19:58:46
乙女が生ゴミに塗れる屈辱に耐える姿は涙を誘いますねぇ…
- 45125/06/10(火) 20:49:08
──
──── - 46125/06/10(火) 20:50:32
コンクリートの壁に、カノンの荒い吐息が響く。
床には厚く埃がつもり、割れた窓からは夜風が時折吹き込んでくる。
カノンが居るのはD.U郊外に位置する廃ビルだった。外の喧騒は殆ど届かず、時折サイレンの音だけが小さく聞こえてくる。カノンがいるのは、その廃ビルの一階だ。かつて、何かの企業が入っていたらしく、壁には日焼けして色褪せた啓発ポスターが貼られている。
「迷いなき労働」「歯車、歯車、働こう」「できぬできぬは努力がたりぬ」
……見ているだけで気が滅入る文字の羅列に、カノンは目を逸らした。彼女はもう一歩たりとも動くつもりは無いと告げるかのように、床に脚を投げ出して座り、コンクリートの壁に背中を預けている。
結果のみを語れば、カノンはヴァルキューレの非常線を潜り抜け、逃げ延びることに成功していた。
カノンに特別な才覚があった訳ではない。彼女がでたらめに選んだ逃走経路が、運よくヴァルキューレの非常線を迂回する形になったというだけのことだ。もう一度同じことをしろと言われても、不可能だろう。 - 47125/06/10(火) 20:54:48
「あー……」
深い溜息を吐いたカノンは、緩慢な動作でヘルメットを外し、投げ捨てた。
乾いた音を立ててヘルメットが転がっていき、壁にぶつかって止まる。
安全な場所に身を隠せたことで、バチバチヘルメット団への怒りがまた、ふつふつと湧いてくる。
「舐めた真似しやがってあいつら……」
ヘルメットの跡が付いた金髪を乱暴に手でかき上げて、カノンは唸るような声をあげる。
「いっそあいつらのアジトから、金盗んでくるか……?」
ガリガリと頭を掻きむしり、カノンは呟く。それが到底できない事を理解しているから、カノンの苛立ちは一層募る。
強盗に来ていたメンバーだけで5人。アジトともなれば、もっと他にもメンバーがいるかもしれない。SRTの様に戦闘訓練を積んでいるなら兎も角、一介の不良に過ぎないカノンに、それだけの人数差を埋め合わせるだけの強さは無い。囲まれて一方的に叩きのめされるのがオチだ。 - 48125/06/10(火) 20:56:22
そもそも、カノンは彼女たちの事を、バチバチヘルメット団というグループ名以外に何も知らない。顔を合わせたのも、今日が初めてだった。
カノンは今回の強盗に参加するに当たって、ヘルメット団とのやり取りはすべて情報屋を仲介したメールで行っていた。
こうした形態の仕事は、ブラックマーケットでは珍しくない。このやり方は、必要以上に素性を明かさなくて済む。それは、後ろ暗い物を抱えている同士が集まって仕事をする上で、何かと都合がいいのだ。
もっとも、それを利用して今回カノンがやられたように報酬を支払わず雲隠れする……なんて事態も往々にして起こりはする。あるいは、それを含めて“都合がいい”ということなのかもしれない。
やられる側としては、たまったものではないが。 - 49125/06/10(火) 20:58:02
「あー……クッソ!」
大きく舌打ちをしたカノンは、太腿のホルスターから拳銃を引き抜くと、先程投げ捨てた
ヘルメットに銃口を向けた。
「See you around, baby!……ばーん」
銃声の擬音と共にカノンは銃口を僅かに跳ね上げる。
銃口から飛び出た弾丸が、ヘルメットを撃ちぬく場面をカノンは想像した。
あれは……あいつは赤ヘルメットだ。みっともなく床に這いつくばり許しを請うが、アタシはそれに耳を貸さない。容赦なく銃を突き付けて……バン、バン、バン。頭と、それから足にも撃ち込んでやる。痛くて叫んで転げまわるだろうな。仕返しだ。ざまあみろ。
「鳴いてみろよ、ブタみたいに」
カノンはそう囁いて、くすりと笑う。
下らない妄想だが、それでも少しの慰めになった。 - 50125/06/10(火) 21:01:45
「……ん?」
物音が聞こえた気がして、カノンは口を噤んだ。ヘルメットに向けていた拳銃を体の傍に寄せて、セーフティーを外す。それからゆっくりと首を巡らせる。
右から左へ。ゆっくりと動いていたカノンの視線がある一点で止まり、彼女の喉がひゅう、と引き絞られた様な音を立てた。
誰かがいる。ビルを支える柱の傍に立って、カノンの事をじっと見つめている。 - 51125/06/10(火) 21:30:08
今日はここまで
週末まですこしペースダウンするかもしれません
次の展開を書くためにオールドファッションをたくさん買いました - 52二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 21:38:00
- 53二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 01:17:43
寝る前のほ。