- 1◆Vsb1IJhbMs25/06/08(日) 22:36:05
「明けましておめでとう、トレーナー」
「え、ステイがちゃんと新年に帰ってきてる……!?」
トレセン学園は今年も新年を迎えた。
時節など関係無しに冬の寒さに容赦なく晒される校内に、新年早々に東西の金杯を見据えるウマ娘が思い思いにトレーニングしている最中であった。
たった今俺が出迎えたウマ娘はステイゴールドと言う。よく旅に出て、よくレースにも出てくれる、そんなウマ娘だ。
そんな彼女はいつも旅から帰って来れば、こちらに挨拶をしてくる。ここまでは普通だ、恐らく彼女でなくても学園に来たならばそうするだろう。
異変のように思えたのは、彼女に対する新年の挨拶を新年ムードのこの時期に出来たことだ。
「なんだあんた、あたしはちゃんと帰って来るぞ」
「いや、てっきり二月とかに明けましておめでとうと言う羽目になるかと思って……」
「年末に次は日経新春杯出るつったのはあんただろうが」
そういえばそうだった。
もちろん覚えてはいたし、今更ステイがそんなことを放って旅を続ける訳がないとは思っているが。
「で、あんたからの言葉を聞いてねえぞ?」
「ああごめん、明けましておめでとう、ステイ」
「おう」 - 2◆Vsb1IJhbMs25/06/08(日) 22:38:06
「つっても、今日はトレーニングしねえだろ?」
見慣れた赤いジャージに着替えたステイだが、やはり新年早々動いてやろうという感じではなく、完全にソファに体を預け切ってる様子であった。
「単走坂路とか平地一杯とか考えてたけど」
「また旅に出てやろうか?」
「冗談だよ」
そのうちトレーニングはしてもらうつもりだが、帰って来て早々に追い切りなんて流石に厳しい話だ。今日くらいは緩くしてもいいだろう。レースは近いので、その辺りについては程よく考えなきゃいけないが。
「いいこと思いついた、ちょっと離れるわ」
「? ああ、分かった」
止めようとしても聞かないくらいの足取りで、ステイはさっさとトレーナー室を後にする。
廊下から走る音が聞こえる。そこまで急ぐことだろうか、その足音もやがて聞こえなくなり、部屋には静寂が訪れる。 - 33/4 ◆Vsb1IJhbMs25/06/08(日) 22:40:06
「戻ったぞ」
「ああ、おかえ……り……?」
戸が開くと同時に、ステイの声が飛び込んでくる。
そこには金ピカが見えた、これが第一印象。
冷静に見れば、そんな自己主張の激しい装いをしているわけでもなく、しかし明らかにこの学園内では浮いた服装であった。
「わざわざ振袖着てきてやったんだ、やることはもう決まってるだろ?」
「……ははっ、君には敵わないな」
黄色い着物、白いファー。髪型は普通のままだが、完全に初詣に行ってやろうという格好。
彼女がここまでしたとなれば、有無を言わさない体制とみてもいいだろう。
そうと決まれば待たせるわけにもいかない、俺も軽く準備をして、そんなに時間は経ってないはずなのに既に待ちくたびれたと言わんばかりのステイと共に部屋を後にした。 - 44/4 ◆Vsb1IJhbMs25/06/08(日) 22:42:06
「やっぱり人多かったな」
「全く、こう言う時だけは自分の身体が恨めしくなるね」
「怪我とかはしてない?」
「人波に揉まれただけだ、問題はない」
学園近くの神社は大きな神社だ、規模があれば知名度も高く、その分だけ同じ考えの人間も増える。
なんとか参道まで抜けた俺たちは、今度は立ち並ぶ屋台を前にしていた。
「なんか食べる?」
「歩きながら考える」
人波をかき分けて、それでも互いに離れることはなく、そしてどこに向かうでもなく、何かを語らうために歩く。
時には目についた屋台に立ち寄って、何かを食べてみたり。
「思えば、あんたとは長い付き合いだな」
「もう五年になるかな、そろそろ色んなことも考えなきゃいけない」
「まあ、あたしも長く走った。だけどまだ走らせろ」
「もちろん、君が最後まで走れるように俺もできる限りのことはする」
そろそろ頭に過るのは、『ラストラン』の文字だった。
今年一杯でケリをつけると言うことになるか、衰えがなさそうならばもう少しだけ旅を続けられそうだ。
「トレーナー」
ステイが歩みを止める。
「あんたとの旅は楽しかった。旅路の果てに、でけェ勝鬨見せてやるよ」
そうして再び歩き出す。
ステイゴールドは、相変わらず前を見ていた。 - 5◆Vsb1IJhbMs25/06/08(日) 22:47:54
以上です。
個人的に初詣によく行くところは定まっていません。
新年の川崎競馬的中を祈って川崎大師に行くべきかなと思いつつ、そもそも川崎大師自体行ったことがないまま今に至ります。今度こそ、機会があれば。
お付き合いありがとうございました。
過去作
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好き、面白かった
- 7◆Vsb1IJhbMs25/06/09(月) 07:28:19
ありがとうございます。