【SS】予報は雨

  • 1フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:28:45

    『――線状降水帯が発生する影響で、D.U区は今週末より雨が降る予報です。また天気も不安定になるため、傘を持って――』
    『ヴァルキューレ本局より交通機動隊各車両』

    警察無線が一本の連絡を寄越した。

    『現在、7番環状道多磨川橋梁にて、不審車両が停車中との通報あり。対応可能な車両は直ちに現場に急行されたし』

    パトロールと称し仕事をサボろうと車を走らせていた所に飛び込んできた面倒事。不幸なことに、ここから現場まではかなり近い。
    警備局や公安局が出るべき案件なのだろうが、もしその車両が爆薬の類なのであれば、野次馬達を抑える役回りとして生活安全局も出向くことになる。
    …どのみち行くなら、近いうちに行っておいたほうが良いだろう。

    「…交機23より本局、対応に行くね」

    …ま、ぱっぱと終わらせて、マスタードーナツの新作でも買いに行こうかな。


    かっこいいフブキが見たかったので書きました。
    キャラが少し違うかもしれませんが、ご容赦の上ご拝読下さい。

  • 2フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:30:29

    現場に到着した時、もうすでに公安局の覆面パトカーが何台か到着していた。橋は完全に封鎖されている。

    「交機23、現着」

    銃を手にとって降車する。公安局の人間が集まって話をしている。その中には公安局長や同僚の姿があった。

    「あ、フブキ!」
    「誰かと思えばキリノじゃん。来てたんだね」
    「まさかお前も来るとはな、意外だ」
    「近かったからね~。…状況は?」
    「橋の中腹に車が1台、危険物の有無は不明。警備局の到着待ちだ」

    なかなか一筋縄ではいかなそうな案件であるため、内心頭を抱える。

    「そこで本官たちの任務は、この橋に市民の皆様を近づけさせないようにすることです!」
    「要するにいつも通りね、りょーかい」
    「頼むぞ、民間人に被害を出すわけにはいかん」

  • 3フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:33:02

    「何が起こってるんだ!説明してくれ!」
    「遠方に仕事だってのに、交通規制だなんて…」

    予想通り、交通規制で足止めを食らった市民達が押しかけてきた。うひゃあ、かなり多いぞ…

    「はーい、下がって下がってー。こっち来ても何も面白いものなんてないよー」
    「皆さん下がってください!橋に近づかないで…!」
    『フブキ、キリノ、危険物処理班が到着した。道を開けてやってくれ』

    そうこうしているうちに処理班が来た。あとはその人たちに危険物を取り除いてもらって、交通渋滞を解消すれば仕事は終わりだ。

    「ちょーっと道開けてねー。緊急車両が通るよー」

    市民たちが道を開ける。そうしてできた道を、装甲車が通過する。

    「ありがとうございます、フブキさん」
    「んーまあ、仕事だからね」

    私の横を通る時、窓を開けて声を掛けてきた。空が赤く染まったあの日に共闘した警備局の人だった。

    「あとはあの人たちに任せれば安心ですね!」
    「そうだね。あー、早く帰りたい…」
    『確認しました。取りかかります』

    処理班が仕事を始めたようだ。この感じなら、1時間もかからず終わるだろう。

    「…ん?」

    その時だった。現場を近くで見ようとする人混みの流れに逆らうように、遠ざかっていく背中を遠目に見つけた。
    おかしいな。この状況で車に戻るのか?野次馬に来るような人なら、事態が収束するまで成り行きを見届けようとするはずだが…

  • 4フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:34:06

    『うわっびっくりした』
    『どうした?』

    無線から聞こえた声が、私を思考の海から引き揚げる。

    『ドアを開けたら天井から水が――』

    …水?
    その瞬間。轟音が鳴り響いて、物凄い衝撃波が背中側から伝わった。
    振り返ると、橋の真ん中あたりから黄色い爆炎と黒煙が立ち込めている。

    「…ごめんキリノ、ここ宜しく…!」

    橋の方へ向かう。無線機から聞こえてくる声は混迷を極めていた。

    『何が起こったんだ、状況は!』
    『橋が落ちてるぞ!』
    『処理班が巻き込まれたんじゃ…!』

    様子をみる限り、警備局員が爆発に巻き込まれたようだ。橋が落ちているとなれば、川に落ちたと見るのが妥当だろう。
    焦る脳をどうにか落ち着かせて、止めてあるパトカーの警察無線で本局と連絡を取る。

    「交機23より本局、多磨川橋梁にて爆発事故発生。警備局員数名が巻き込まれた模様、直ちに応援を要請する。交機23以上」

  • 5フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:37:25

    「事故の原因は、橋の下にあった爆薬が誘爆したことにあると、鑑識は決定づけた」

    発生から2日後。わざわざ別室に私とキリノを呼び出したカンナ局長が言った。

    「…橋の下?」
    「救助された隊員曰く、車の中に爆薬らしき物は無かったらしい。それに橋の破損具合から、下から衝撃が加わったものだと見て良いそうだ」

    橋が崩落した直接的な原因は車ではなく、元々仕掛けられていた爆薬だった。

    「じゃあ誘爆っていうのは?着火した原因が他にあったっていうこと?」
    「そうだ。しかしな…」

    そう言うと局長は急に歯切れが悪くなった。

    「…なにか、あったんですか?」
    「…逆だ、キリノ。何もなかったんだ。着火の原因になった物証は挙がらなかった」

    物証が挙がらなかった。
    通常、一般的なプラスチック爆薬ならば、現場からその破片などが見つかる場合が多い。しかし、それが見つからないときた。

    「そんなこと、可能なの?」
    「従来の爆薬であればまず不可能だというのが、現在の鑑識の見解だ」

    …従来の爆薬なら。
    ならば、従来のものでなければ良いのではないか。例えば――

    『ドアを開けたら天井から水が――』
    「水、とか」

  • 6フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:39:39

    「…?フブキ、今何か言いました?」
    「ちょっと気になってたんだよね、警備局員の無線。水がどうとか言ってなかったっけ」
    「水と爆発って、何か関係あるんでしょうか?」
    「…確かに気にはなってる。が、水と爆発はどうにも繋がりそうに無いが…」

    正直、あり得ない話であることは理解している。しかしどうしても、水と爆発の関係性を捨て切れずにいる。現に、警備局員の発言の直後に橋は吹き飛んだ。
    水で炸裂する爆薬。もしくは、それに準ずる物質でもいい。
    捜そう。
    化学の分野だ。ここは――

    「…ミレニアムに協力を仰ごうかな」
    「ミレニアムに?」
    「もしかしたら、水で着火する物質があってもおかしくないし。やれることはやっておきたくない?」
    「…お前本当にフブキか?」
    「なんか失礼な言い方…当事者意識があるだけだよ」

    …それに、現場で見たあの後ろ姿。キリノが気づいて無ければ、あれに気づいたのは私だけだ。

    「しかし、警察内部の情報を民間に漏らすというのは――」
    「…分かった。思う存分やってきてくれ」
    「カンナ局長!?」
    「しかし、伝手はあるのか?」
    「あるにはあるよ」

    まだ記憶に新しい、あの夏の日の思い出。
    あの時現場に来ていたあの人達なら、もしかすると頼れるかもしれない。

    「…局長も覚えてるでしょ。プールに居た、機械仕掛けのワニのことをさ」

  • 7フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:42:00

    ミレニアムサイエンススクール。
    近年、キヴォトス三大校に名を連ねた新興学園である。
    理系分野の叡智が結集し、「千年問題」の解決に向け、日々研究が重ねられている。
    合歓垣フブキは今、ある研究室の前に来ていた。

    「エンジニア部開発用第一ハンガー…ここだね」

    今回、先生からの要請に快く応えてくれたのは、エンジニア部という部活であった。
    何でも、ミレニアムプライスという賞レースに於いて複数回の受賞経験がある、腕の立つ部活なのだそう。

    「失礼しまーす…」
    「お、来た」

    中に入ると、恐らくエンジニア部に所属しているであろう3人と、車椅子に乗った白髪の人が居た。

    「先生から話は聞いているよ。エンジニア部三年の白石ウタハだ。こっちは一年の猫塚ヒビキと豊見コトリ」
    「ヴァルキューレ生活安全局所属、一年の合歓垣フブキです。よろしくね〜…こっちの人は?」
    「ああ、いや、なんだ。私達はどちらかというと物理工学の担当でね、化学の分野には疎いんだ。だから助っ人としてミレニアムの「全知」と呼ばれる人物に来てもらったのさ」

  • 8フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:43:54

    車椅子の人に目を向ける。お淑やかで、何処か理知的な雰囲気を感じさせる人物だ。

    「こんにちは。お話は伺っております。私はヴェリタス及び特異現象捜査部部長――」

    特異現象捜査部。何だか物々しい部活だな…

    「―であり、ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である明星ヒマリです」
    「うんごめん何て?」
    「ミレニアムが誇る超天才清楚系―」
    「あーもうわかった、うんヒマリさんね、おっけーおっけー」

    何だこの人。本当に頼りになるのか…?
    いや、現状警察内部で手がかりが掴めていない以上、この人達を頼る他無い。

    「まあ、立ち話も何だし、早速始めようか」
    「あ、うん。よろしくね」
    「確か依頼内容は『水で炸裂する爆薬、若しくは物質』との事でしたね?」

    さっきまで調子良く喋っていたヒマリさんが、急に真面目に話し始める。

    「それでしたら、恐らくこちらかと」

    そういいながら、ヒマリさんは何やら金属の塊を取り出した。凡そ筆箱位の大きさである。

    「それは?」
    「ナトリウムの塊です」

  • 9フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:45:39

    ナトリウム。中学の授業か何かで聞いたきり、馴染みのない物質だった。これが爆発とどう関係するのだろうか。

    「…まあ、説明するよりも目で見た方が分かりやすいだろうね。さ、実証実験といこうか。ヒビキ、コトリ、始めよう」
    「はい!フブキさん、こちらです!」
    「一応、ゴーグルだけ付けておいて」

    ヒビキさんに言われるがまま、渡されたゴーグルを装着する。
    そのまま四人に付いていくと、何やら巨大な箱のようなものがあった。ウタハさんはその中にナトリウムを放り込んだ。

    「この中で水とナトリウムを接触させます。あとは…見てからのお楽しみ、です」

    ヒマリさんがいたずらっぽく笑う。何が起こるというのか。

    「注入開始。全員離れておいてくれ」

    水が箱の中に流し込まれる。それがナトリウム塊と接触した瞬間――
    黄色い爆炎をあげ、爆ぜた。

  • 10フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:47:49

    「…爆発した…?」
    「予想通りだね」
    「…どういうこと?」
    「ナトリウムは水と激しく反応し、水素ガスを発生させます。この反応で発生する熱によって爆発が起こる、ということです。それにナトリウムのみで構成されているなら塊の全てが反応しますから、証拠も残りません」

    成程。つまり火薬と炎ではなく、水素爆発のような原理と同じということだ。
    …本当に存在したのか、水で炸裂する物質。

    「さらに言えば、ナトリウムはこの様な現象が起こった際、炎色反応として黄色い炎が観測されます。貴方が現場で見た炎も、この様な黄色い炎だったのではないでしょうか?」
    「…あ、そうか…!」

    そうだ。あの時私が見た爆炎は、間違いなく黄色い炎だった。
    もしあの時、車にナトリウム塊が仕掛けられていて、まんまと警備局員が引っかかったとしたら―

    「―辻褄が合う、かも」

  • 11フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:49:20

    「どうやら満足していただけたみたいですね」
    「お役に立てたようだね」

    となれば、まず報告だ。まだ犯人の尻尾すら掴めていない。早くカンナ局長に報告して――

    「ああそうだ、これはセミナーからの依頼なんだが…」
    「何?」
    「保管庫からナトリウム塊が5つ、盗まれたそうだ。保安部とC&Cが追撃したが、取り逃がしたらしい」
    「…そういうのは公安に頼んだほうがいいと思うよ。でも了解、局長に言っとくね」

    その時だった。携帯に一本の着信。件のカンナ局長からだった。

    「ちょっと失礼。…はいもしもし?」
    『フブキか!?』

    電話の向こう側はやけに騒がしく、局長も何処か焦った声色だ。
    何か起こったな。

    『そっちはどうだったんだ!?』
    「収穫おおあり。着火原因を突き止めた。ナトリウムだったよ。ミレニアムからの盗品で、5つやられちゃったみたい」
    『ナトリウム…ああわかった、ところで今すぐ本局へ帰ってこれるか!?』
    「どうかしたの?」
    『状況が動いたんだ。アオバ区線路橋で同様の爆破事件があった!それと一緒に、ホシから予告状が…!』

  • 12フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:50:52

    『塔を讃えよ
    涙落ちるとき 黒き海へ 鋼鉄の翼へ 熱狂の渦へ
    そして全ての導き手のもとへ』

    犯人から届いた手紙には、気味悪いフォントでそう書かれていた。

    「…フブキの言った通り、目撃情報では黄色の炎を見たと言う者が多かった。今回の事件のタネはナトリウムで間違いないだろう。…今回の一件で、警備局はD.U区内全域で緊急配備を実施するそうだ」

    緊急配備。かつてサンクトゥムタワーが機能不全に陥って以来の決定だ。
    本来キヴォトスに於いて、爆弾による事件はそう珍しいことではない。
    しかし、環状道、鉄道橋などの交通インフラを的確に狙った犯行であること、そしてこの予告状によって、異例の決定が下されたのである。

    「…で、今度は堂々と警察に宣戦布告とはねぇ…面倒なことになったね」
    「何かの暗号…でしょうか」
    「おそらくそうだろうな。というより、そうであって欲しいが…」

    暗号、ね。定石通りなら、次のターゲットってところかな。
    そんなことを考えていると、カンナ局長がこちらを向いた。

  • 13フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:51:55

    「…フブキ。お前確か、よくクロスワードとかやってたよな」
    「…まさか、私に頼む気なの?」
    「…頼む」
    「えー…だったら、そっちの副局長とか、公安の切れ者達にやらせたらいいじゃん」
    「コノカは総監部に緊急配備の許可を取りに行ってるよ。それにお前も当事者なんだ。分かってくれ」

    クロスワードと暗号系って、少し形態が違う気がする。恐らくリミットがある中で、間に合わせる事ができるか…
    …まあ、一度関わった身だ。退く訳にはいかないか。

    「…マスタードーナツの新作。それで手を打つよ」
    「…すまない、助かる。キリノはアオバ区周辺の防犯カメラを洗ってくれ」
    「了解です!」
    「あ、キリノ。あとで映像こっちに回しといてくれない?」
    「えっ?何でです」
    「…多分見たんだ。最初の現場で、犯人を」

  • 14フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:53:38

    『――今日の午後にはD.U区全域で雨模様となる予報です。傘を持ってお出掛けください』
    「んー…」

    3人での会議の後。キリノに私が見た被疑者の特徴を伝えたあと、すぐに暗号解読に取り掛かった。
    しかしながら、すでに丸一日署にカンヅメになって考えているのにも関わらず、一向に解読が進まない。

    「…塔を讃えよ…塔って言われて思い付くの、サンクトゥムタワーぐらいだしなぁ…」

    おもむろに地図を机に広げてみる。赤ペンでサンクトゥムタワーをマーキングする。

    「黒き海…黒って何さ。鋼鉄の翼?熱狂の渦って…スポーツ?ライブ?分かんないよ…」

    完全に手詰まり。リミットだってあるというのに。

    「先生に相談してみようかな…」

    そう思い、シャーレに電話を掛けようとスマホを操作し――
    そこで手を止めた。

    「…先生?」

  • 15フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 22:54:48

    先生。教職。先を生きるもの。先導する者。
    …全ての導き手。
    地図を見る。サンクトゥムタワーの真西にシャーレが位置している。
    定規を探して、距離を測る。

    「…真西にジャスト40kmだ。中層階にはテラスもある。そこを爆破すれば、ビルの解体も容易…」

    刹那。フブキの脳に、さらなる閃きが降った。
    南側に定規を合わせる。そこには、D.U新第三空港が位置している。ちょうど、40km地点だ。

    「鋼鉄の翼…」

    東側に定規を合わせる。またしても40km地点に、鐘崎港石油コンビナートがある。

    「海岸線の石油…黒い海…!」

    心臓が早鐘を打つ。変な汗が出る。
    最後に、北側に定規を合わせた。そこには――
    サッカースタジアムがあった。
    しかし、ほか三つの場所と違う点が一つ。

    「…少し、ズレる?」

    方角が真北ではなかった。少しずれている。

  • 16フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:00:32

    「…こっちのドーム球場の方がぴったり合うような…」

    胸騒ぎがする。何かを見落としている気がする。

    「…現状整理して落ち着こう。ちょっと疲れちゃってるかもだし」

    発生した事案は2つ。多磨川橋梁とアオバ区鉄道橋だ。
    犯人の手がかりは多磨川で見た後ろ姿のみ。
    起爆剤はナトリウム。ミレニアムから5つ盗まれている。
    水と反応し、起爆する。

    「…水…水?」

  • 17フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:01:39

    窓の外を見た。空にはどんよりとした灰色の雲が広がっている。今にも泣き出しそうだ。
    ――脳裏を過る、最悪のケース。

    「…いやいや、まさか、ね…」

    2日前のアオバ区の天気を見る。
    爆発が起こった時間帯の雨雲レーダーを見た。
    …真っ赤。ゲリラ豪雨に見舞われていたようだ。

    「…やばい」

    なぜ気が付かなかったのか。

    「フブキ、カメラの映像にそれっぽいのがいました。確認して――」
    「キリノ、今すぐカンナ局長を呼んで」
    「…どうしました?まさか暗号が?」
    「急いで。解けたから、早く」
    「何か変ですよ、大丈夫――」
    「急いで!!雨が降る前に!!早く…!」

  • 18フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:03:56

    『本当に合ってるんだろうな!?』
    「合ってなかったら吹っ飛ぶだけだよ!!」

    大通りをいくつもの赤色灯が通過していく。
    信号も、民間車も、いつもは邪魔ばかりする不良達も、その異様な光景に道を開ける。

    「フブキ!飛ばし過ぎじゃ――」
    「雨が降ったらおしまいなんだから、飛ばさないと話になんないよ!!」
    『見えたぞ!スタジアムだ!』
    『交機17はすでに現着、待機中!』
    『交機22現着、南口から捜索開始!』

    私達の担当は北側のターゲット。
    最後までドームとスタジアムで迷ったが、雨で起爆するなら屋根のないスタジアムだろう、という結論で賭けに出た。
    続々と交通機動隊が到着し、危険物処理班でない者たちも捜索に加わっている。

    「フブキ、私達も急ぎましょう!」

  • 19フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:05:14

    …しかし、どうしても引っかかる。
    どうして真北に位置するドームではないのか。
    どうしてここだけずらしたのか。
    ミスリードを誘ったか、位置の都合か――
    それとも、本当にドームにあるのか。
    ブレーキペダルを踏み込む。タイヤとコンクリートが擦れる音がして、交差点内でパトカーは止まった。

    「フブキ、何して…!本官たちも早く行かないと!」

    ―確か、ナトリウムは5つ。内2つは前回と前々回で使用した、とすると…

    「…キリノ、爆薬の解除は?」
    「はい?…訓練で一度だけ…」
    「なら大丈夫だね」

    アクセルを踏み込んで、ハンドルを思い切り左に切る。

    「交機23、ちょっと寄り道。以降、こちらからの発信以外通信は無し。交機23以上」

    向かう先はドーム球場だ。

  • 20二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:05:59

    真面目なネムガキ良い

  • 21フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:08:03

    「本官は裏の方を」
    「私は客席か…間に合うかな」
    「お互いベストを尽くしましょう」
    「…うん」

    キリノが裏方へ入っていくのを見送って、私も行動を始める。
    コンコースから三塁側内野席に出た。それと同時に、客席から歓声が上がる。

    「こんなに居るの…?」

    当然だ。警備員に聞いた情報通りなら、今日はキヴォトスでトップクラスの知名度を持つアーティストのライブの日だ。それを観るため、五万人を超える観衆が集まっている。
    無理だ。こんなところで爆薬なんか見つかる訳が無い。

    「…やるしかない、よね」

    それでも。
    珍しくここまで自分の意志で来たのだ。今更、諦めきれない。
    僅かに空いている通路を縫うように歩いて行く。観客達が跳ねたり揺れたりするたび、何かしらが身体に当たる。
    レフトポール際まで何とか確認を終えた。しかし、収穫ゼロ。
    そのままセンター方向へ確認に入ろうとした時だった。

  • 22フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:09:50

    「いてっ」
    「うわっと…あー、ごめんね」

    反対側から移動してきていた人影とぶつかってしまった。その人影はぶつかった衝撃でしりもちをついた。
    起き上がらせようと、手を差し出したとき。

    「…っ!」

    こいつ。こいつだ。
    多磨川橋梁で見た。防犯カメラの映像と一致した。
    ついに見つけた。

    『フブキ!見つけました!!ステージの裏側に爆薬を確認!!恐らくこれが起点になって、ドーム全体を――』
    「…あんた、生活安全局か」
    「…そうかもね」

    瞬間、被疑者は走り出した。これだけの人混みだというのに、うまくすり抜けていく。

    「どいて…!」

    人混みを強引に掻き分けながら追いかける。被疑者は通路を通ってコンコースへ抜けた。

    「至急至急、北地区担当全捜査員!!」
    『フブキ!お前一体どこにいるんだ!!』
    「D.Uセントラルドーム!被疑者を確認した!!爆薬はキリノが対応中、応援送って!!」

  • 23フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:12:01

    被疑者は職員用のドアを体当たりでぶち破って、通路へ入っていった。
    まずい。そっちはステージ裏の方だ。今キリノが対応している。

    「キリノ、そっちに被疑者が向かってる!」
    『えっ!?…あっはい、了解!』
    「ちっくしょ…しつこいんだよ…!」

    被疑者が棚を倒して、簡易的なバリケードを作る。その上を飛び越えて、追いかけていく。
    次いで着弾音。サプレッサー付きの銃で撃たれたらしく、銃声はほぼ聞こえなかった。
    ステージ裏に出た。それと同時に、視界の端からキリノが被疑者に体当たり。地面に押し倒した。

    「キリノ!」
    「犯人を抑えます!!フブキは爆薬を――」

    その時だった。被疑者の右手が太腿に伸び、刃物を引き抜いた。それがキリノの脇腹に突き刺さる。キリノは苦悶の声をあげ、地面に倒れ伏した。そのキリノに対して、被疑者が数発発砲。キリノのヘイローが消えた。

    「キリノ…!!」

  • 24フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:13:35

    刺した。撃った。同期を、仲間を、相棒を撃った。
    ふつふつと何かが腹の底からこみ上げてくる。それは此奴に対する怒りか、この状況を作ってしまった私に対しての怒りか。
    向かってきた被疑者の手を掴んで背負い投げ。地面に叩きつける。

    「何発撃ったの…何発撃った!!キリノに!!」

    馬乗りになって胸ぐらを掴み、拳を固めて被疑者の顔を殴る。何回も、何回も。
    しばらくすると、被疑者のヘイローも消えていた。どうやら伸びたようだ。
    ポケットから手錠を取り出して、被疑者の手と近くの柱に掛ける。

    「…公務執行妨害、暴行傷害、ならびに火薬類取締法違反で逮捕だよ…!」

    被疑者は片付いた。あとは――

    「…爆薬」

  • 25フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:14:41

    キリノが途中まで行なっていた、爆薬の解除に取り掛かる。
    タイマーを見る。あと2分と少し。

    「…覚えてないや。教本で1回やったっきり…」

    何とか思い出しながら、コードを切っていく。
    赤の次に緑。その次が青。もう一度緑。
    1分半。
    1分。
    30秒。
    最後に残ったのは、2本とも黒色のコード。確か、どちらかを切れば終わる。

    「…あれ」

  • 26フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:15:51

    どっちだったっけ。

    おぼえてない。

    やばい。

    どうしよう。

    どうしよう。



    20秒。



    10秒。



    5――
    「右です、フブキ…」

  • 27フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:17:49

    考えるより先に手が動いた。切断した瞬間、タイマーの光が消え、爆薬は機能を停止した。
    声がした方を見る。気絶したはずのキリノが、這う形で私のそばに居た。

    「…やりましたね…大手柄、ですよ…」

    そう言いながら、キリノは笑った。
    私は何も言えないまま、彼女を抱き締めた。

    『捜査本部より全捜査員、全ての爆薬の無力化に成功。またナトリウム塊3つの回収を確認した。尾刃局長、現状どうか』
    『こちら尾刃。現在――』

    客席から、大きなアンコールの声が聞こえていた。

  • 28フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:20:03

    「…何でわかったんだ」

    パトカーの後部座席に放り込んだ被疑者が、唐突に言った。

    「…言わなきゃだめ?」
    「是非とも」

    別に説明する義務はない。が、分からないとこいつも気が済まないだろう。

    「…ナトリウムが着火原因だってことは、ミレニアムに行けばすぐ突き止められたよ」
    「そこもそうだが、最後、ドームが標的だということは何故。ナトリウムと水が原因なら、スタジアムの方に向かうと思ったが」
    「…最初はそのつもりだったよ。でもね、よく考えたら分かったんだよね」
    「というと?」
    「…予告状には4カ所のターゲットが書いてあった。そしてその場所は、全部サンクトゥムタワーから四方40kmの地点にあった」

    東に位置する鐘崎港石油コンビナート。
    西に位置するシャーレビル。
    南に位置するD.U新第三空港。
    そして、北に位置するD.Uセントラルドーム。

    「雨で起爆するって気づいたから、焦ってスタジアムだと決めつけちゃったけど…ミレニアムから持ち出されたナトリウムは5つ。内2つはすでに使っている、そうすると」
    「一つ足りなかった」
    「そう。で、通常の爆薬なら、ドームでも起爆できると思ってさ。…焦ったよ、正直」

    地図を見た時、真北にあったのがスタジアムではなく、ドームだったことも大きかった。あの時点で違和感を感じていなければ、ドームは吹っ飛んでいた。

  • 29二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:20:06

    おお

  • 30フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:22:44

    「…お見事だな。あんた公安の方が向いてるんじゃないか?」
    「冗談よしてよ。あんな所行ったら潰れちゃうよ」
    「同感だな」
    「…あれ、警察関係の人?」
    「…まあ、な」

    被疑者は元警察の人間だった。彼女は続ける。

    「…私は生活安全局志望だった。が、なまじ頭が良かったのが祟って、公安配属になった」

    理由は違えど、現公安局長と同じ境遇にあったようだ。

    「しかし私には公安でやっていく才覚が無かった。それで…」
    「…辞めちゃった?」
    「…ああ」
    「そして警察を恨んだ?」
    「逆恨みもいいところだろ?…目に物見せてやりたかったんだ。私をこんな目に遭わせたから、って」

    声が弱々しくなっていく。
    車内のミラーで彼女を見た。とても警察相手に大立ち回りしたとは思えない、繊細な顔立ちをしている。その目には後悔と、少しの安堵が浮かんでいた。

    「…同情はしないよ。事情がどうあれ、そっちはうちのキリノを刺して撃って…爆破予告までした犯罪者なんだから」
    「…やっぱあんた、公安向いてるよ」

    窓に土砂降りの雨が叩きつけて、それを押し退けようとワイパーが忙しなく動いている。

    「…私はそういう風に割り切れなかった」


    探偵フブキ 予報は雨、これにて終わりです。

  • 31二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:26:08

    おつ、面白かったよ

  • 32フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:28:16

    >>31

    ご拝読ありがとうございます。励みになります

  • 33二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:33:38

    とても面白かった。おつ。

  • 34二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:34:52

    面白かった

  • 35二次元好きの匿名さん25/06/10(火) 23:39:16

    おつ とても良かった

  • 36フブキ◆OV4nJbGkO625/06/10(火) 23:41:53

    >>33

    >>34

    >>35

    ありがとうございます。

  • 37二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:15:35

    乙です、面白かったです
    次回作待ちまくります

  • 38二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:20:40

    とても良かった
    渋か笛があれば教えて欲しいです

  • 39二次元好きの匿名さん25/06/11(水) 00:58:36

    このレスは削除されています

  • 40フブキ◆OV4nJbGkO625/06/11(水) 00:59:53

オススメ

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