- 1125/06/15(日) 00:20:51
マルクトと共に真理探究の旅を続ける話。
ミレニアムEXPOテロ事件編、完結。
なお、この物語はPart11前後で完結する予定です。
スレ画はPart5の181様に書いて頂いたもの。誰も抱かぬ孤高のピエタ、罪なき者の悪徳の始まり。
※独自設定&独自解釈多数、オリキャラも出てくるため要注意。前回までのPart>>2はにて。
- 2125/06/15(日) 00:21:53
■前回のあらすじ
陰謀渦巻くミレニアムEXPOで起きたテロ事件。
様々な組織が争う渦中に放り込まれた『特異現象捜査部』の一行は、自分たちにかけられた嫌疑を晴らすために事件を起こそうとしている『指示役』を探し出す。
ようやく判明した『指示役』の正体は音瀬コタマ――驚異的な聴覚を持つ異才であった。
何とか居場所を割り出し乗り込むと、ひとりでに動き出すマルクトの機体。
意識が無いはずの『本体』に攻撃されるも応戦し、無事に勝利を納めた。
コタマも捕まえて事件は解決。しかし、次なるセフィラ――ティファレトが目覚めるまであと三日。
セフィラ探索の旅路が再び始まろうとしていた。
▼Part5
【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part5|あにまん掲示板一年生のヒマリたちがミレニアムの謎に迫る話。ミレニアムEXPO開催中。スレ画はPart4の188様に書いて頂いたもの。相も変わらず美しい。※独自設定&独自解釈多数、端役でオリキャラも出てくるため要注意…bbs.animanch.com▼全話まとめ
【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」まとめ | Writening■前日譚:White-rabbit from Wandering Ways コユキが2年前のミレニアムサイエンススクールにタイムスリップする話 【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」 https://bbs.animanch.com/board…writening.net - 3125/06/15(日) 00:25:32
※埋めがてらの小話19
オリキャラに名前はなるべく付けたくない。
そう言ってはいたものの、書記の挨拶で「名乗らないの凄い引っかかるなぁ!!」となったため解禁しました。
一応ちゃんとモチーフはあったりしますのでホスト規制が掛からぬうちに紹介をば。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/15(日) 00:27:23
立て乙です。
前スレで残されているのは、会長の謎、正体不明の男「ミスター」の存在、ティファレト……ってとこかな?
(あと、忘れられたコタマ……) - 5125/06/15(日) 00:28:05
※埋めがてらの小話20
書記ちゃんもとい燐銅(りんどう)ハイマ。
オッペンハイマーですね。映画は多分明日見ます。 - 6125/06/15(日) 00:30:06
- 7125/06/15(日) 00:32:45
※埋めがてらの小話21
会計ちゃんこと久留野(くるの)メト。
こちらは確か電子顕微鏡あたりから色々捻って作ったものです。
とはいえ、本作のオリキャラの名前は忘れてしまって大丈夫です。
主役はあくまでチヒロたち。名前を出すにしても役職付けて出すのでなるべく混乱しないように書きます。 - 8二次元好きの匿名さん25/06/15(日) 00:33:58
【悲報】音瀬コタマ氏、スレ主さんにすら忘れられかける
コタマ「私が何をしたっていうんですか」
ヒマリ・リオ・ウタハ・チヒロ・ネル・マルクト・会長「「「「「「「ミレニアムEXPOの裏でテロを起こしてマルクト(我)を誘拐し、大惨事を引き起こした。」」」」」」」
コタマ「……仰る通りです……」
- 9125/06/15(日) 00:35:27
※埋めがてらの小話22
化学調理部部長こと仁近(にこん)エリ。
分子ガストロノミーからつけた覚えはありますが、どうやって付けたのかは調べ直さないと思い出せません。
伏線整理で片付いたので今後出てくるかは怪しいところ。 - 10125/06/15(日) 00:36:58
※埋めがてらの小話23
古代史研究部部長、神手(かみで)フジノ。
……まぁ、古代史で神の手なので、言わずもがなアレです。
この子は戦犯ではありませんよ!? - 11二次元好きの匿名さん25/06/15(日) 03:42:02
保守
- 12125/06/15(日) 09:12:08
その後の顛末は次のようなものだった。
チヒロ達のトレーラーを修復するべく地下空洞の壁を侵食して機材へと変換を行い、補填は完了。コタマのトレーラーは特に直す理由もなかったため放置。ここまでは少し壁を抉ってしまうにとどまったが、問題は次である。
トレーラーを地上に戻すためにはイェソドによる転移が必要だが、イェソドの質量より大きなものはイェソドも飛ばせない。そのために必要なのはネツァクがイェソドの質量を増やすことであり、トレーラーより大きくするためごっそりと壁を抉ってしまった。
その際に送電ケーブルや通信ケーブルが完全に露出してしまい自重で何本か切れてしまったが、『ハブ』が修復しに来るだろう。
大穴を開けた以上、ひとつを直そうとして下手に手を出し他のケーブルにまで影響が出る方が問題だということでこれは放置。
ホドに地上を観測してもらい、巨大化したイェソドでトレーラーごと運び出し、ネツァクがイェソドの巨大化を解き、ミレニアムへと帰還する。
そうして縛られたままのコタマを会長に引き渡すと、後の始末は会長が付けてくれるらしかった。
どうやら五日目の今日はひとまず檻に閉じ込めて、明日から奉仕作業をさせられるらしい。
チヒロはその時の会長が浮かべた、いつもと変わらぬニタニタ笑いを見てロクなことにならなさそうだと追求するのを辞めた。
そしてヒマリとネルのいる部室だが――
「アスナのやつ、結局来なかったな」
一切姿を見せることなく一之瀬アスナは姿を眩ませた。
「諦めたのでしょうか?」
「まさか」
ヒマリの問いにネルは鼻で笑った。
「あいつが望んでんのはあたしとの決着だろ? だったらあたしにとって一番最悪なときに来るってわけだ。ま、それでも負けるつもりはねぇけどよ」
いずれ訪れるアスナとネルの戦いは今日ではない。もっと相応しい戦場で出会うのだろう。 - 13125/06/15(日) 09:13:31
そうしたところでセミナーに寄っていたチヒロたちが部室へ戻って来た。
セフィラたちもマルクトに率いられながら部室の方へとやってきて、共有ペースは少々手狭な状況である。
「ほんっっっとうに疲れた!」
まず声を上げたのはチヒロであった。
「メイド服を着させられるわそのまま何日も着させられ続けるわ挙句の果てに大爆発。ほんと何だったのこれ……」
「まぁまぁいいじゃないか。なかなかに似合っていたよチヒロ」
「そうですチーちゃん。それか次はみんなで執事服でも着てみましょうか」
「私にコスプレの趣味は無いって……」
和気藹々と話す一同。その時、セフィラたちがびくりと身体を震わせた。
どうしたのかとリオがマルクトを見ると、やや青ざめた顔でマルクトが言った。
「会長が来ました。しっかり『起きて』ます」
「報酬の話かしら」
「まぁ、流石にここで嫌がらせしに来ることは……まさかないよね?」
チヒロが表情を強張らせながら呟いて、インターホンを押される前に部室のシャッターを開く。
すると普段と変わらず嫌らしい笑みを浮かべる会長が小包を持ってやってきた。
「やぁやぁご苦労様だねみんな。あ、マルクトは『精神感応』使っても大丈夫だから。こっちの方はとりあえず追い出せたからさ」
全力で会長から距離を取るセフィラたちに紛れてマルクトが頷いた。
本当に苦手らしいようで、見ているだけで憐れみを感じるほどだとチヒロは思い、声を上げる。
「それで、今度は何の用なんですか?」
「冷たいねぇ~? そこがチヒロちゃんの良いところでもあるけれど、今回は普通に労いに来たんだよ。プレゼントは忘れる前にね?」 - 14125/06/15(日) 09:15:07
会長は共有スペースのテーブルに小包を置いて開くとそこには様々なものが入っていた。
ジャスミンの香水、使い捨てられるラップトップPC、五枚のローリエの葉、それからミレニアムの刻印とバーコードが入った学生証。
それは全てセフィラたちが望んだもので、チヒロは眉を顰めてこう言った。
「……どうやって知ったんです? これを欲しがっていること、私たち以外知らないはずですが……」
「当ててみなよ。君たち、頭が良いんだからこれぐらいの謎は解いてくれないとねぇ~?」
「はぁ……当てたら何か貰えるんですか?」
「あげるよぉ~? 僕の作ったミレニアムバッジを贈呈しよう!」
「要りませんよそんなの……」
付き合ってられないと言わんばかりにチヒロが視線を逸らすと、がたがたと震えるセフィラたちが視界に入った。
「ありがとう皆。会長の相手は私たちでするからラボに戻ってて」
そう言った瞬間、イェソドたちは更に会長から距離を取って――ついでにプレゼントも取って――『瞬間移動』でラボへと逃げる。
それを見届けた後でチヒロは会長と目を合わせた。
「それで、私たちへの報酬は無いんですか?」
「もちろんあるさ! これでも色々考えたんだよ僕も。まぁ人にプレゼントなんて会長になるために色々やってきたから慣れてるけどさぁ~」
「煙に巻かないでさっさとください。私が喜ぶものでも用意でもしてくれたんですか?」
チヒロの言葉に会長はニンマリと笑った。
「もちろんだとも」
そう言って取り出したのはひとつのリムーブバルディスク。
ことりとテーブルの上に置いて会長は静かに口を開いた。 - 15125/06/15(日) 09:16:22
「僕の論文をあげよう。千年難題の問5は覚えているね?」
「っ――!?」
認知科学/問5:364の言語的解析法。
接頭に付くヒントのうち、最も限定的な千年難題の5番目。
チヒロが震える唇で会長に訊こうとして、それを制するように会長が口を挟んだ。
「きっと君が気に入るものだよ。答えじゃないけど答えに限りなく近い。残りは君たちで解くんだ」
それだけ言って、会長は部室から出て行った。
残された一同はしばらく身動きすら取れず、その中でヒマリが恐る恐る会長の置いていったリムーブバルディスクを手に取った。
「……読みましょう。何が書いてあるのかを」
会長は『何か』を知っている。抽象化するしかないほどの『何か』を。
もはや全員眠気なんて忘れ切って、それからディスクの中身を開いていった――
――その後、ひとり未明の夜を歩く会長はミレニアムタワーにある執務室直行のエレベーターへと向かいながら涼し気な笑みを口元に浮かべていた。
「チヒロちゃんたちの食いつきよう、凄かったねぇ」
「彼女たちにとって重要なものなのだから当然だろう」
気付けば会長の隣にはロボット市民が歩いていた。
どこにでもいるようなただの市民。しかし学園内を、しかも会長と旧知の仲のように話しているとなると異常以外の何物でもない。
誰も居ないタワーのエントランス。会長が直通エレベーターへ入ると男はさも当然のようにエレベーターへ乗り込んだ。 - 16125/06/15(日) 09:17:49
ミレニアムタワー、超高層建築たるそのタワーの最上階へと昇っていくエレベーターの中で会長が口を開いた。
「あの子たちの旅路のヒントになればと思って渡したんだけど、与え過ぎかな?」
「そんなことは無いんじゃないですかね?」
その声はロボット市民ではない。いつの間にか会長の隣には獣人が現れていた。
「七つもあるんでしょう? だったらあれぐらいはいいかと思いますぜ」
「なら良かった。みんなにはマルクトを導いてくれないと困るからね」
「あれしきで解いた気になるほどではないのだろう?」
「そうさ。僕の探していた『本物』の『天才たち』……。そもそもみんなセフィラの機能を大きく持ち上げ過ぎなんだよ」
エレベーターが最上階へとついて扉が開く。
ミレニアム生徒会長の執務室。会長が許可したものしか入れないその場所に足を踏み入れる頃には、獣人の姿は消えてロボット市民の姿も恰幅の良い『誰か』へと変わっていた。
会長は、それがさも『普通』のことだと言わんばかりに一切の興味を持たず、執務席にある自らの席に座る。
「セフィラの機能なんて、会計ちゃんやコユキちゃんの不可思議な異能と全部同じなのにさ。目的のために与えられたギフト。それで言ったらエンジニア部だってそうだよね」
「その通りだ。数百年に一度の『天才』が一同に会することこそ確率的に『有り得ない』。それこそが奇跡だろう」
「あの……この後のセフィラたちに彼女たちは勝てるの……?」
陰気な生徒が最初からそこに居たかのように現れて話し出す。
会長は驚くことすらせず、平然と言葉を交わした。
「僕は勝てると見込んでるよ。ただ……ケセド以降は分からないかな」
「ケセド……『慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者』か」
「あれは『殺すこと』に特化してるからね。ま、マルクトがいるから多分大丈夫だろうけど」 - 17125/06/15(日) 09:18:59
会長があくびをひとつすると途端に消える周囲の存在。役目を終えたと言わんばかりの退場。
酷い眠気に辟易とする。あの日からずっと眠れておらず、眠気醒ましすら手を変え品を変えて耐性が付かないようにしてきたものの、流石に限界が訪れて来た。
「早く解いてよね本当にさ。せめて僕が動けるうちに何とかして欲しいんだけど……」
そう独り言ちたその辺りで、執務室の扉がノックされる。
会長が許可を与えると、入って来たのは会計だった。
「き、来たよ会長……」
「うん、まぁ、座って。君の話でもしようか」
会長に促されて、会計は椅子に座る。
それを見届けてから、会長は口を開いた。
「君の処分だけど、正直難しいんだよね」
「うん……」
項垂れる会計。それにはあっけらかんとした表情を浮かべる会長。
そして、こう言った。
「君さ、何か悪いことでもしたの?」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか分からないと目を見開く会計。
そんな彼女を無視して会長は言葉を続けた。 - 18125/06/15(日) 09:20:05
「いやさ、ミレニアムの監視カメラのサーバーにハッキングを仕掛けたのはよそじゃ悪いことかも知れないけれど、僕のミレニアムじゃ『入られる方が悪い』んだよ? 現行の法にも引っかからないし、罰せられるのはみすみす侵入を許したセキュリティの方だ。君じゃない」
「で、でも、だって――」
「テロ計画のことかい? 計画するだけじゃキヴォトス全土を見たって罰する法は無いだろうに。まぁ、計画していることが露見して治安に影響を与えたんなら話は別だけど、君は隠しきった。じゃあ別に頭の中の妄想ってことだよねそれ」
「ちっ、ちが――」
「ああ、実行して、指示を飛ばしたとかそういうのかい? それは確かに犯罪だ。ミレニアムでも流石に裁く。で、君は『何かした』のかな?」
会長が浮かべるのは悪意に満ちた顔だった。
揉み消そうとしていると思った会計だったが、すぐに気が付く。揉み消す必要すら無いのだと。
「理解したかな? 君は何もしてない。というより『何も出来ていない』んだよ」
会長が続けたのは最悪のネタバラシだった。
「君さ、『エキストラ』を雇って『指示役』のコタマちゃんに指示を送ろうとしただろう? あれ、何一つコタマちゃんに届いてないよ。雇った『エキストラ』こそが最大の弱点なんだから」
「な、何を言っているの……?」
「君に一つ謎かけをしよう」
本当の悪が笑みを浮かべた。
「『エキストラ』の社長は僕の部下だ。『エキストラ』の会長は僕だ。『エキストラ』の創設者は僕だ。僕はこの中で二つ真実を語っている。……さぁ、どれが真実かな?」
「そ、それは……」
会計は一瞬視線を床へと落してぼそりと呟いた。
「ぜ、全部嘘。『二つ真実を語っている』が否定されれば全部嘘になる……」
「残念。それは本当」
会計が悲嘆にくれた顔を上げた。
目と目が合う。悪意に満ちた瞳が会計を貫く。そこに会計の語る『親友』なんて情は一切垣間見えない。 - 19125/06/15(日) 09:21:11
「君の指示はさ、僕が全部差し替えていたんだよ。だから君は何もしてないし出来ていない。テロ事件の指示を『指示役』に伝えたのは僕なんだから、君が及ぼした影響なんてブラックマーケットで『買い物』をしたぐらいかな?」
何も言えない会計に、会長は畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「ブラックマーケットで物を売るなら規制してるけど買うのは別に規制してないからね。君は何もしていないし何も出来なかった。だって、ミレニアムの生徒以外に被害が出たら流石に面倒だろう? 横からかっさらうぐらいは当然するさ」
「じゃ、じゃあなんで止めなかったの……?」
「知ってもらうためだよ」
会長は薄く笑った。
その瞳は怜悧そのもので、普段の笑みとは隔絶された何かである。
「この事件でエンジニア部……もとい特異現象捜査部は自らの慢心を『知った』。これからはきっと反省して万全を尽くしてくれるだろう。そして君もまた、いまこの場において自分の『悪意』がどれだけ脆いものかを『知った』。誰かに横取りされる程度の計画に意味は無いし、そもそも君に悪事を働く才能はない。チヒロちゃんの方がまだマシだね。あの子は悪意を知っているからこそ守る手段も知っている。そういう抗争に君はそもそも向いていない」
ネルとは違うアプローチでの勝利の方法。
純粋な勝利とは異なる戦略的勝利。それこそが会長の妙であった。
「君は正しく善人だ。悪党の真似事なんかに向いていない。君の才能はそんなことに使うものじゃない」
「し、シオンちゃ――」
「『僕は誰だ』?」
会長の言葉に口を噤む会計。恐る恐る吐き出されたそれは悲嘆を語る物であった。
「ミレニアムサイエンススクール、生徒会長……」
「そうとも。だから――僕と契約して手駒になってよ」
浮かべた笑みは狂気のそれである。
目的の為ならば情を踏みにじる悪の権化。誰も顧みず、ただ先へと進む狂乱の賢者。 - 20125/06/15(日) 09:22:12
「わ、私は……」
「君は負けた。あとはサインするだけだ。僕の邪魔は二度としない。あの子たちに協力する。それと、あの子たちが会長になれるよう教育する」
「う……あ……」
キヴォトスにおいて『契約』は『絶対』である。
会計は頬を強張らせながら、差し出された『契約書』に名前を書いた。
それでも、会計は会長へと視線を向ける。
「わ、私は、シオンちゃんの親友だから……」
「まだ言ってるのかいそれ? 僕は君のことなんて友達の『と』の字すら言った覚えはないんだけれど」
「私がそう思ってるだけだよ……。シオンちゃんがどう思ってるなんか関係ないもん……」
「へぇ? そう……」
会長は少しだけ考えて、それから言った。
「じゃあ……今度絵を書いてよ、デッサンってやつ。そうすれば君も満足するだろう?」
「絵……?」
「モデルは僕ね。書く日は後で連絡するから色使いぐらいは覚えておいて。あと10日ぐらいミレニアムを空けるからその間の対応もよろしくね」
「え、えぇ……?」
「それじゃあ帰った帰った。今日までの仕事は終わらせておくから頑張りなー?」 - 21125/06/15(日) 09:23:13
会計を追い出して再びひとりの空間に。
それから会長は穏やかに笑みを浮かべた。
「ほーんと、馬鹿だよねメトちゃんも。『会計』だって言っているのに全然役割に委ねてくれない。『親友』だってさ。悪意をズタズタにしたのにほんと、馬鹿みたい」
それから会長は仕事を片付けてエレベーターを降りた。
これからオデュッセイア海洋高等学校と打ち合わせがある。大事な打ち合わせだ。
「間違いは正されないといけないんだからさ……」
ぼやくように叫んだ会長はそのまま始発電車に乗るべく駅へと向かう。
そこからの行方は、杳として知れぬものであった。
----- - 22125/06/15(日) 18:07:29
ミレニアムEXPOも五日と続けば、大抵のミレニアム生は展示物を回り終えてしまう頃である。
この辺りから閉幕五日前辺りまでは校内の様子も徐々に落ち着いてくるだろう。
そんな昼下がりのこと。
エンジニア部の部室ではちょっとしたお祝いが開かれていた。
「それではマルクト。改めてですが……人体獲得、おめでとうございます!」
クラッカーが鳴らされて、共有スペースを色鮮やかに染め上げた。
ヒマリが前に出てマルクトの首に学生証が掛けられる。
ミレニアムサイエンススクールの生徒であることを示す身分証明証であり、各種支払いや金融機関で紐づけた口座への入出金などが行える。他にも交通機関を利用する際にも使われるため、学校外での活動には必須のアイテムである。
「大事なものなので絶対に無くしてはいけませんよ?」
「分かりました。ありがとうございますヒマリ」
続いて前に出て来たのはウタハ。手には変わった形のアサルトライフルを持っている。
「私からはこれを」
「銃……ですか?」
ウタハから受け取った銃は長方形にトリガーとスコープを付けたような見た目をしており、白を基調に黒と金の塗装がなされていた。
「『G11』をモデルに作った銃だよ。ケースレス弾薬を使うアサルトライフルで、薬莢を使わないから利き手も選ばず銃の手入れも簡単さ。射撃速度も早く命中精度も高いからマルクトにぴったりだと思うんだ。カラーリングもセフィラ仕様にしてみた。銘は『シークレットタイム』。受け取ってくれるかい?」
「ありがとうございます、ウタハ」
早速受け取ったマルクトはしげしげと銃を眺めて、それから早速ストラップを肩にかけて背中へと回す。
自衛においては銃を撃つよりセフィラの機能を使えばいいマルクトがその引き金を引くことは無いだろう。
しかしキヴォトスにおいて銃の不携帯はかなり目立つ。外に出るなら学生証と並んで必須と言っても過言ではなかった。 - 23125/06/15(日) 18:08:47
「次は私ね」
「それは?」
そう言って出て来たリオの手には黒いチョーカーが握られており、マルクトだけでなくヒマリも首を傾げた。
「リオがアクセサリーとは珍しいですね?」
「違うわ。サイコダイブ装置よ」
「サイコダ――え、完成したんですか!?」
それはセフィラ探索をすると決めたあの日のこと、存在命題を見つけたマルクトが世界を滅ぼすかも知れないと危惧していたリオに「何とかしろ」と無理難題を押し付けたときである。
上位権限からの命令を棄却するための装置。かつて机上の空論であったそれは、同じくセフィラたちの機能によって現実のものへと変わったのだ。
「まだ試作品なのだけれど、あくまで最終手段として聞いてちょうだい」
それから語られたのはサイコダイブの機能についてである。
「まず、これは直接命令を破棄させるものではないわ。精神感応にアストラル投射、ホドによる観測技術を元にした『夢を共有する装置』だと考えてちょうだい」
「夢の共有……?」
チヒロの呟きにリオが頷く。
「セフィラたちは半覚醒状態で顕現するでしょう? その半覚醒状態に戻すのがこの装置。ただし使用には誰かが接触する必要があるわ。正確には、接触者の意識を半覚醒に落としてマルクトに押し付けて自我を隔離。『説得』と『時間稼ぎ』を行うのが目的よ」
ただし、これはあくまで理論上の話でしかない。
チョーカー自体もネツァク製の古代由来。使っている技術もイェソドたちの機能に推測を立てながら無理やり小型化したもので、『こうしたら動く気がする』以上のことは何も言えないのが現実だ。
「臨床実験を行うにも、精神への干渉装置だから出来なかったのよ。もしかしたら動かないかも知れないし、中途半端に動いて夢の世界にマルクトも接触者も閉じ込められる危険性も充分あるわ。だから、これがいま備えられる最終手段」 - 24125/06/15(日) 18:10:02
裏を返せば中途半端にでも動いてくれれば世界の崩壊をひとりの犠牲で抑えられる。
そのひとりは自分であるべきだとリオは覚悟していた。
「これまでのセフィラの機能を見れば分かるわ。きっとケテルへと辿り着いたあなたは世界を滅ぼせる」
「リオ! なんてことを言うのですか!」
咎めるようにヒマリが声を上げたが、ネルがヒマリの肩に手を置いて首を振る。
リオと向き合うマルクト。リオは静かに言葉を続ける。
「マルクト。これを受け取るかどうかはあなたに任せるわ。けれど、私が用意できる手段は今のところこれだけよ」
「我は……」
マルクトはすぐに手を伸ばすことが出来なかった。
これは人間側から与えられた枷であり、マルクトに課せられた自己保存のルールを適用すれば『受け取ってはならないもの』に当てはまる。
製作に協力したであろうセフィラたちはきっとこれが何なのか知らない。でなければ作るはずが無い。
事実、マルクトもこうして説明されるまでこのチョーカーが何なのかは分からず、危険なものと認識すら出来なかった。
そのうえでリオはわざわざ説明をしたのだ。
言わずに受け取らせて付けさせるなんてさせず、マルクトに『選択』することを求めていた――その時だった。 - 25二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:31:02
保守
- 26125/06/16(月) 00:43:58
――ねぇ、マルクト。
――この世界は好き?
『声』が、聞こえた。
誰かの言葉。覚えのない誰かの記録。
振り返って『私』を見てあどけなく笑う誰かに答えた言葉を『私』は知っている。
――■■■、この世界が好きです。滅ぼしたくありません。もう誰にも傷ついて欲しくありません。
ノイズが走る。何処からか流入するのは全てが変わってしまった『あの日』の慟哭。
――大丈夫、仇は討つよ。大丈夫。大丈夫だから……。
気付けばマルクトはリオのチョーカーを手に取っていた。
これを付けなくてはいけないものなのだと、自己保存のルールすらも超える『何か』に突き動かされるように手に取って首に付ける。自らを縛る首輪を。
「我は……この世界を滅ぼしたくありません。もしも我が命題が世界の滅亡ならば……」
命題を、作られた目的を果たせない。それは人間でいう死に匹敵する根源的な恐怖である。
以前であればその目的が何であれ絶対に果たそうとしただろう。恐怖はある。けれども、皆がいる日々のためならその恐怖も踏み越えられるかも知れない。
「そのときは、一緒に死んであげるわ」
「リオ……」
「あの、辛気臭い話は終わりましたか? というかどうして二人ともそのように死地に向かう兵隊みたいな顔をしているのですか」
ヒマリが呆れたような顔をして肩を竦める。 - 27125/06/16(月) 00:45:03
「生きるだとか死ぬだとかいつまでそのようなつまらぬことを考えているのですか。そもそも世界を滅ぼすためだと言うならどうしてそんな非効率的な設計をしているのですか」
「非効率的……?」
「そうです」
ヒマリが続けたのは『セフィラ探索』というものの歪さについてであった。
そもそもこの『出現するセフィラを確保して接続を果たす』という流れ自体が奇妙であるのだ。
マルクトの命題が『ケテルまでの全てに接続して世界を滅ぼす』というのなら、滅ぼされる側の人間の協力無しに確保が行えないという構造は欠陥どころの話では無い。
人間に見つからないようこっそりと行わなければ妨害される。わざわざ人間対セフィラの戦争を起こす以外にそんな経路でセフィラ確保を行う必要なんて何処にも無いのだ。
加えてマルクトは感情を学習できるセフィラ。
人間と接することで人間側に寄ってしまえば全てが破綻する。
「そんな意味も無く不確定な要素を入れ込むなんて無いでしょう? だからマルクトに与えられている存在意義が世界滅亡なんてつまらないこととは考えられません」
ヒマリがキッパリと言い放つと、マルクトは少しだけ安心したように頬を緩めた。
「ありがとうございます、ヒマリ。それにリオも。何があっても後悔しないよう、我も先のことを考えてみます」
「ええ、それがいいわ」
その辺りでマルクトが一同を見渡すと、妙に居心地の悪そうなチヒロとネルが曖昧に笑っていた。
どうしたのかと思っていると、先に口を開いたのはネルの方である。
「あー、その、なんだ。プレゼント渡す流れになると思ってなくてよ……。今度何か用意するから待ってろ! な!」
「ごめん、私も特に用意してなかった……。というか先に言ってよみんな……」
「気持ちだけで充分です二人とも。ありがとうございます」
マルクトがそう言うもそれはそれで何か後ろめたく感じた二人は、後日に何か適当に用意しておくということでひとまずの決着が付いた。 - 28125/06/16(月) 00:46:10
「では我はラボに戻ってセフィラたちとも話してみます。先月と比べて我もこちらの言葉を覚えましたから、改めて当初の翻訳に間違いが無いか確かめて来ます」
「はい。何か新しいことが分かったら教えてくださいね」
部室を出ていくマルクトの背を見送る一同。
その姿が完全に見えなくなったところで「さて」とチヒロが重たい口を開いた。
「じゃあ、今のうちに話そっか」
マルクトの前では話せなかった議題が二つ。
地下空洞で勝手に動き出したマルクトの『機体』と、会長の置いていった『論文』についてであった。
----- - 29二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 01:19:58
(それっぽい言動をしてると思ったら本当にそれっぽい名前のアイテムが出てきた)
- 30二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 01:22:39
保健室での「ぴーす」、そして「シークレットタイム」……
いや……そんな……まさかな……