(SS)雨降れば、杖が有り

  • 1◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 05:53:44

    梅雨———
    それは一年の中で最も雨が降る季節。
    パラパラと溢れる様な小雨の時もあれば滝の様な大雨の時もある。
    そして今、その滝の様な大雨を窓越しに見つめながら私は生徒会の仕事を行なっていた。
    雨だからといって仕事に滞りは起こさせはしない。絡みついてくる湿気が鬱陶しいぐらいである。
    しかし仕事をこなしつつも私の脳裏には一つの懸念があったのである。

    (この大雨…花壇は大丈夫だろうか………)

    普段から手入れをし大切に育てている学園の花壇。
    確かに花を育てるのに水は必要不可欠なものではある……が、逆にやり過ぎると根腐れしてしまう。それにこの大雨が続けば土が湿り続けるだけではなく花びらも散ってしまうかもしれない。
    私とて何も対策をしていなかった訳ではない。だが普段の生徒会の仕事やトレーニングが重なり後手に回ってしまった上、予報よりも大雨が降り始めるのが早過ぎたのである。

    (今日はもうどうしようもない……明日以降小降りのタイミングを見計らうしかないか………)

    そんなことを考えつつ今日の生徒会の仕事を片付け、様子を見るために走らずかつ急ぎ足で花壇の方へと向かう。

  • 2◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 05:55:38

    「これは………!?」

    向かった先で私の目の前に広がっていたのは水浸しの花壇……ではなく、事前に用意していた雨よけが設置されている光景であった。
    倒れる事がないようにしっかりと地面に固定されており、一部の小さい鉢植えやプランターは雨が降り込まない場所へと適切に移動されている。

    (流石だと言う他ないな……誰がやってくれたのかを確認して後日礼を言わなければ……)

    その光景を見ながらそう感心していると突然鳴り響いた轟音に思わず私の尻尾と耳が大きく跳ね上がる。
    鳴り響いた轟音の正体は雷、それと同時に雨音が強くなる。
    突然の事ではあったが私は深呼吸をして自身を落ち着かせ、すぐさま近くにある花壇の備品がある小屋の中へと入る。
    距離は近いため走って学園内に戻っても良かったのだがそこまでの間は平地であり途中でもしもの事が起こりうる事も否定はできない。

    (驚いたがよくある一時的な雷雨だろう)

    そう考えた上での判断であった。

  • 3◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 05:56:52

    ………が、私の想定に反して雨は降り止むどころかますますその勢いを増していった。それどころか風も強く吹き始め、雷も光と音の間隔が狭くなっていく。

    (まさか……ここまでとはな………)

    私がいる小屋は新しく建て直された小屋で雨風には強くその点においては心配はない。
    それにこの小屋は作業する際の安全面から電気が通っており、そのため部屋の中も電灯が備わっている。
    それでも鳴り響く轟音と叩きつけてくる様な雨風の音は私を不安にさせてくるのだが、明かりがある分多少心に余裕は持てている。

    (花壇は大丈夫だろうか……それに今日はミーティングだったな……遅れると連絡を———)

    心に余裕がある私は窓越しから花壇を眺めつつ、鞄の中にある端末を取り出してトレーナーに遅れる旨の連絡をしようとする。

    その時であった———

  • 4◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 05:57:54

    ピシャァァァン!!!

    「——————ッ!?」

    雲に覆われた空がまばゆく光ったと同時に鳴り響く轟音。どうやらすぐ近くに雷が落ちたようだ……
    が、不意打ちに近い形で訪れた轟音と光によってそれを理解するより先に全身の力が抜け、私はへなへなと地面に座り込む。

    「……………あ」

    そして………部屋の電気が消えた。
    心に余裕が持てていた要因の部屋の明かりが消えた今、部屋は薄暗い闇に包まれる。そして明かりが消えるということは自分の心に余裕が無くなる事を意味していて……

    (多少無理をしてでも走って学園内に………)

    そんな私の決断を嘲笑うかのように再び雷が轟き始め、雨風もそれに呼応するかの如くその勢いを増していく。
    静寂な空間に叩きつけられる雨風と雷の音、そして予測できない稲光が余裕の無い私の心を砕いていく。
    外にも出れない私はうずくまり耳を押さえながらただじっと雷雨が収まるのを耐えているしかなかった……

    (いつまで…この雷雨は続くんだ………)
    (たすけて……お母様…トレーナー………)

    私の心がいよいよ限界を迎えようとする……
    その時であった。

  • 5◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 05:59:02

    「グルーヴ?ここにいるか?」

    倉庫の扉が開いたと同時に聞こえてきた声。そして懐中電灯の光が点き、急に私を照らさないように上からゆっくりとその光が降りてくる。

    「良かった…やっぱりここに———!?」

    目があったその瞬間、私は声の主……私のトレーナーに抱きついていた。恐怖から解放され、張り詰めていたものが切れた瞬間、押さえ込んでいた感情が一気に溢れ出る。
    泣き続ける私を優しく抱きしめながらその頭を撫でるトレーナー。その間にも雷は鳴り響いていたが今はもう、私の中からは恐怖心は消え去っていた。

    雷雨も若干その勢いを弱めてきた頃、落ち着いた私はトレーナーのそばに座りながら一緒に外の様子を眺めていた。
    勢いが弱くなったとはいえ未だ雨風は強く、私が小屋の中から花壇の様子を心配そうに眺めていると……

    「ちょっと設置に慌てすぎたかな………」
    「え………?」

    実は花壇の雨よけを見てある疑問……一体誰が設置してくれたのかという疑問が浮かんでいた。
    私を含む生徒は基本授業等で作業をするには難しい。それに用意はしていたとはいえ他の者に設置の依頼をしていた訳ではない。故に知っているのは私と話を聞いていたトレーナーのみ。
    だが彼のその一言で全ての疑問が晴れた。
    トレーナーが…彼が一人で全てやってくれていたのだ。

  • 6◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:00:06

    「あれを全て…貴様が……?」
    「まぁ……ね」
    「そうだったのか…すまない………」
    「いいっていいって」

    言葉や心というのは不思議なものだ。何気ないやり取りなのに今はただ、嬉しくてたまらない。
    …だがそこで終わらせはしない。レース以外でもこうして私を支えてくれる彼を今度は……

    「一人で大変だったろう?」
    「あ…あぁ、少しは」
    「……今度は、私も手伝うからな」
    「君が手伝ってくれるのなら心強いな」
    「たわけ……それはこっちのセリフだ」

    そう約束を交わした私達は改めて外の方を向く。相変わらず雨は降り続け、風の勢いも衰えていない。

    「止まないなぁ……」
    「……ところで貴様は何故私がここにいるのが分かったのだ?」
    「確証は無かった。でもいつも君が大事に育てているこの花壇、君なら多少無理をしても様子を見にいくかなって。それに………」
    「……それに?」
    「雷が落ちた時、君の呼ぶ声が聞こえた気がしてね。居ても立っても居られなくてさ」
    「…………!?」

  • 7◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:01:23

    あの雷が落ちた時、私のあの声がトレーナーに届いていた……
    普段の私ならば冗談かギザな言葉だと聞き流していただろう。
    だが今の私はその事を信じられる…と、傘も持たずに飛び出してずぶ濡れになっている彼を見つめながらそう確信していた。

    「まぁ急ぎすぎて傘を忘れてきたんだけどね」
    「ふふっ…全く、貴様という奴は………ありがとう」
    「へへっ、そう面と言われると恥ずかしいな………それじゃこのまま雨宿りするのもあれだからさ、ここでミーティングでもしようか」
    「そうだな、貴様ならそう言うと思っていたぞ」

    そうして私達は今後の目標に向けてのミーティングを行い始める。
    端末もホワイトボードもメモ帳も何も無かったが、その分互いが理解できるように言葉を交わし合う事でメモを取る時と違いより鮮明に、より正確に覚えられたような気がした。
    その間も電気は復旧せず、雷雨も風も依然としたままであった。
    ……が、もう私は怖くなかった。
    ……いや、トレーナーと一緒だから怖くなかった。

  • 8◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:02:39

    今後に向けてのミーティングを一通り終えた後、私達は窓の方に目線を向けると揃って目を丸くする。
    当然だろう…何せ先程までの雷雨が嘘のように雲一つない空が広がっていたのだから。…夕焼け空に掛かった虹のおまけ付きで。

    「これなら傘もささずに戻れるな」
    「ああ……今日は見苦しい所を見せてすまなかった」
    「気にしない。それにもっとそういう所を自分に見せてくれ。俺は君を支えていく"杖"だからね」
    「………ッ」

    いつも私の事を支えようとしてくれるトレーナー。今回もきっといろんな仕事をしていたのだろう…それでも危険を顧みず私の所に来てくれた……
    そんな彼を私は………今度は私が…………

    「さて、俺はこれを片付けてから戻るから君は……」
    「私も手伝おう。一人だと大変だろう?」

    そうして私達は設置された雨よけを片付けていく。片付けてみるとこの作業を一人で全部行うのは大変だと改めて実感した……が、二人一緒に作業をするとそんな大変さも吹き飛んでしまうことも実感できた。
    そんな事を考えながら作業をしているとあっという間に全ての片付けが完了したのであった。

  • 9◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:04:24

    「二人でやればあっという間だな……」
    「さて、全部片付いたし帰りますか」

    先程の叩きつける風とは打って変わって爽やかに駆け抜ける風を受けながら私は傘を、トレーナーは懐中電灯を持ちながら学園へと歩いていく。
    曇一つない夕空、そこに掛かる虹の橋、それらを眺めていると私達がそれぞれの場所に戻る別れ道に辿り着く。

    「また明日ね、グルーヴ」
    「明日からもよろしく頼むぞ。それと……」

    向こうに行こうとするトレーナーを呼び止め、私はもう一度空を眺めた後に目を瞑り深呼吸をする。
    今日、私は彼の…トレーナーの私に対する献身のありがたさを改めて知った。
    それを知って今この瞬間に一大決心をする訳ではない。
    それはただ一言を改めて伝えるための深呼吸。
    日常生活でありふれた一言……だけどとても大切なその一言に私の想いを込める。

    (これからもずっと、二人で支え合って互いにこの言葉を伝えていきたい………)

    そう心の中で決意をし閉じていた目を開き、その開いた目でしっかりとトレーナーの顔を見て私は———

  • 10◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:05:24

    「今日はありがとう、トレーナー」



    そう一言、彼に伝えたのであった。

  • 11◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 06:06:24

    以上雨の日のお話でした

    皆さんも雨の日はお気をつけて………

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/15(日) 10:00:35

    気丈な人の意外な弱点からしか採れない栄養がある……

  • 13◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 10:32:04

    >>12

    いいぞ…もっと摂取していけ………

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/15(日) 19:09:09

    たわけがめちゃくちゃ気配りできて、しかもたわけポイントもあっていいね

  • 15◆2pZL0mrcAM25/06/15(日) 19:46:52

    >>14

    そりゃもうたわけポイントと杖ポイントの両方がカンストっすわ

オススメ

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