- 1二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:10:26
「こ、この新商品は……!?」
とあるウマ娘グッズショップの前を通りがかった時、その声は聞こえて来た。
隣に目を向ければ、一人のウマ娘が耳をぴこぴこと動かしながら、目を大きく見開いている。
さらさらとした芦毛のロングヘア、幼さを残すあどけない顔立ち、左耳にはムーブメントを模した髪飾り。
担当ウマ娘のクロノジェネシスは目をきらきらと輝かせながら、店頭に並んだ商品を見つめていた。
「これは、キーホルダーかな?」
「……!」
そこに並んでいたのはウマ娘の写真が入った皮革キーホルダー。
ゴールドシップ、ヒシミラクル、グラスワンダー、タマモクロス、タップダンスシチー等々と錚々たる面々。
どうやら限定品らしく、見ている間にも一つ、また一つとその数を減らしていった。
俺の問いかけが耳に入っていないのか、クロノはその場で屈んで、じっとキーホルダーを見比べる。
それにしてもこの面子、纏まりがないように見えるけど────と思った次の瞬間、ぴんと来た。
「ああ、宝塚記念か」
このキーホルダーにデザインされているウマ娘は、いずれも宝塚記念を勝利していた。
そして、ふと零れた俺の言葉を聞いた瞬間、クロノの大きめの耳がぴこんと立ち上がった。
彼女は顔をこちらへ向けると、熱のこもった笑顔を浮かべる。 - 2二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:11:34
「この時期になると販売される定番商品ではあるんですが……この写真は今まで見たことないものばかりで、恐らくは全員分新しく撮影したものを使っているのだと思います」
「ああ、そういえばこの間、撮影があったって話をしていた気が」
「それならこの売れ行きも納得ですね、これはぜひ、コンプリートをしなくては」
「でもクロノ、お小遣い大丈夫なの?」
「……あっ」
クロノは、自らの腕の中に視線を落とす。
そこにあったのは無骨なデザインの箱。
前々から欲しがっていたカメラの機材らしく、お小遣いを貯めて、今日ようやく手に入れることが出来たのである。
帰ったら早速色々と試してみるのだ、と先ほどまでルンルンと音が出そうなほどの足取りだったのだけれど。
興奮気味だった彼女の表情が、悲しそうに歪んでいく。
「くっ、今のお財布事情では買えて一つか二つ、次のお小遣い日までどれだけ残っているでしょうか……!?」
「うーん」
建て替えようか、と言いかけたがすんでのところで口を噤んだ。
可哀相ではあるものの、こういった部分で甘やかしてしまうのはあまり良くない気がする。
その辺りは、大人として節度をもった対応を取らなくてはいけないだろう。
…………まあ、あと一個一個がキーホルダーとしてはなかなか良いお値段のため、コンプリートは流石にキツい。
だからここは、心を鬼にして、彼女へと告げた。
「クロノ────俺も、いくつか買おうかな」
「……えっ?」
「ただ、どれも素敵で目移りしちゃうから、キミに選んでもらえると助かるんだけ……ど…………」
きょとん、とした表情で見つめてくるクロノ。
あまりに純粋で真っ直ぐな瞳を前に、俺は思わず、言葉を詰まらせてしまう。
そして彼女は、くすりとした笑みを浮かべて、見透かしたように目を細めた。 - 3二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:12:43
「ふふ……トレーナーさん、お心遣い感謝しますね」
「……はい」
「ですが、ちゃんと我慢できますから、その、とっても、心苦しくはありますけど」
クロノはちらりとキーホルダーを眺めながらも、苦笑いを浮かべる。
先ほどまでは微かに揺らんでいたものの、ちゃんとに意思を固めた、大人びた表情だった。
……これは、俺の方が我慢出来ていなかったな。
彼女がしっかり者で、そして出会ってからずっと成長し続けていることを、誰よりも知っているはずなのに。
俺は自嘲の笑みを浮かべながら、その場に屈んで、彼女と共にキーホルダーを眺める。
「そっか、でもせっかく良いデザインだし一個は選んでくれるかな……クロノ先生イチオシの一品をさ」
「……はい、それでは全力で、トレーナーさんの分も選ばせていただきますね?」
そう言って、クロノは嬉しそうに微笑んだ。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:13:50
「……まずはジェネシスメソッドから、過去のトレーナーさんとの会話において出て来た回数の多い宝塚記念ウマ娘をリストアップしてそこから好想率の高いウマ娘を抽出していく、となればやはり頭は、そしてジェネシスファクター、トレーナーさんの誕生年や出身地、学園における関係などからドラマ性を分析していく、トレーナーさんが欲しいであろうウマ娘だけではなく、トレーナーさんに身に付けて欲しいウマ娘を考えていけば、導き出せる結論はやはり────」
売り場の前でぶつぶつと呟きながら、クロノは異様なオーラを放っていた。
正直、営業妨害一歩手前くらいまで行っている気がするので、そろそろ止めようかと思った矢先。
「うん、決まりました」
オーラが消えて、すっとクロノは立ち上がった。
そして素早くキーホルダーを両手で一つずつ取ると、顔だけをこちらへと向けた。
「それでは買ってきますね?」
「えっ、あっ、うん、いや待って、お金……!」
俺が止める間もなく、クロノはレジへと向かってしまう。
まあ、お金は後から渡せば良いから、問題ないといえば問題ないけれども。
しかしながら、クロノはどれを選んだのだろう、後ろからでは手元を見ることが出来なかった。
期待に少しばかり胸を躍らせながら、俺は彼女が戻るのを待つ。
やがて、クロノは尻尾をぱたぱたと左右に揺らしながら、俺の下へと戻って来た。
「お待たせしました、では、こちらをどうぞ」
そう言いながら、クロノの右手から小さな袋が渡された。
しっかりとした造りを感じさせる重み、しかし外からでは中身を確認することは出来ない。
彼女は誰のキーホルダーを選んでくれたのだろうか。
ワクワクとした気持ちを抑えながらも、俺は彼女へと問いかけた。 - 5二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:15:05
「……中身、見ても良いかな?」
「ええ、もちろん」
「ところでクロノの分は誰のを選んだんだ?」
「私はゴールドシップさんのものを選ばせていただきました、ジェネシスファクターがピンと来たので」
「へえ」
どういう要素があったかはわからないが、きっとクロノにしかわからない何ががあるのだろう。
そして彼女は、今か今かと待ち詫びるかのように、俺の手元に視線を送っていた。
自身の選択が、予想が合っているのかどうかが気になって仕方がない、そんな様子である。
まあ、彼女が選んでくれたものだったら何でも嬉しいのだけれど、
そんな風に思いながらキーホルダーを取り出して────俺はぴしりと固まってしまう。
クロノはそんな俺を見て、何故か誇らしげな笑みを浮かべていた。
「様々な観点から、トレーナーさんが持つキーホルダーにぴったりなウマ娘は────」
俺の手元にあるキーホルダー、そこには一人のウマ娘の写真が使われている。
さらさらとした芦毛のロングヘア、幼さを残すあどけない顔立ち、左耳にはムーブメントを模した髪飾り。
恐らくは、俺はもっとも良く知る宝塚記念ウマ娘、すなわち。
「────私です! …………あれ?」
クロノは自信満々のドヤ顔で言い放って、直後にこてんと首を傾げた。
……多分、予想に熱中し過ぎて、自分が何を選んでいるのかが見えていなかったんだろうなあ。
とはいえ、彼女の予想は何一つ間違っていない。
“俺”がもっとも欲しいと感じる、大本命のウマ娘はたった一人しかいないのだから。
固まったままみるみるうちに赤面していく彼女に対して、俺は笑みを浮かべつつ声をかけた。 - 6二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:16:12
「クロノ」
「はっ、はひ!?」
「ありがとう、すごい気に入った、これは有難く使わせてもらうね」
「えっ、いや、あの、ちょ」
「トレーナー室の鍵、いやでもせっかくだし、鞄に着けてみるのもありかな」
「せっ、せめて、見えないところにしてください……っ!」
わたわたと慌てふためいているクロノ。
そんな彼女を微笑ましく見やりながら、俺はキーホルダーの使い方に思考を巡らせるのであった。 - 7二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:17:40
お わ り
宝塚は良かったですね - 8二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:18:19
良きすぎる…
- 9二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:20:41
…惚気か?(一般購入者並感)
- 10二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 00:38:22
- 11二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 01:31:27
なんて冷静で的確な判断力なんだ
- 12125/06/16(月) 07:48:41
- 13二次元好きの匿名さん25/06/16(月) 07:59:57
自分のものには名前を書きましょうって言うからね
誰のものなのか分かるようにしとかないとね - 14125/06/16(月) 16:14:14
アピールは大事