- 1主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/16(月) 23:54:48
- 2主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/16(月) 23:57:23
『レースは好き?』
────そう聞かれたら、一も二もなくこう言ってやった。
「大嫌いだ」って。
レースをやるのなんて、スクールに通っている……見栄えばっかりいい子ちゃんの、いいお家のユートーセーばっかりなんだから。
俺を見てみなよ、家は手狭で風が吹きゃ壁に穴でも空いちまいそう、地割れでも起きたらそのまま棺桶、そんな家。
【生まれも育ちも悪いクセに、特待上がりか】
【中途半端な根性してんな、"カフェオレちゃん"】
でも下のガキの為に金は欲しかった、金の無い人間には何も決定できやしないからな。
蹄鉄がぶっ壊されて、換えのウェアも無くなって、テキストを燃やされたって、アイツらのことを思えばレースには気持ちが向いた……
けど、限界だった。
元々限界なところで、俺をどうにかスクールに行かせてたような家の金回りだ。
学校が認めてくれたのは、授業に係ることだけだ。
なら、俺の家は?
弟や妹の為の金は?
レースに行くためのシューズや備品だって、買えるだけの金はない。
俺が……『僕』は、このままなら通うだけしかない。どこかのスポーツ企業に拾われるんならいい、良いけど……
……僕はこのまま、三年も四年も待ってられない。明後日のシリアルだって、あるか分からないんだから…… - 3主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 00:05:59
スクールを辞めるのに、それほど悩むことは無かった。
……とにかく、バスで赴く時間すら働かなきゃならない程、日銭が惜しい。弟や妹に、いいドリンクと食べ物を買って食わせてやらなきゃならない。
だって、母親の一バリキじゃ家のことで手一杯だろ。
だから僕は、とにかく動いた。働いた。
ペンキ屋、プレス工場、ポスティング、工事現場、港湾、板金……
それらの空いた時間に、配達の仕事までやった。
腐っても、貧者でも、ウマ娘の身なんだから……そのくらいしか『できなかった』。
やがて少しづつ、ロウソクのロウが垂れて溶けて行くように……出ずっぱりの『カフェオレ』のまま、ズルズルと、ただ金を稼ぐだけの生活に慣れていってしまった。
同じような逆境から、世界に名を売った『あの人』の話を、ポケットラジオで聴くことだけを心の支えに……
レースに向いていた情熱を掻き消すような、労役の日々にあった。
あった、はずだった。 - 4◆ikWtfmXqSQ25/06/17(火) 00:13:46
(期待の待機)
(めっちゃワクワクしながら見てる) - 5二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 00:15:00
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- 6主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 00:18:37
僕の住んでいた街は、かつては大きなレース場があったらしい。
今じゃ跡形も無くなって、貧乏な人間だらけの荒れたような街になってしまっているけれど、元がそのレース興業で成された区画なものだから……
……こういう事もあった。
「【優勝賞金アリの野良レース】……」
読んで字の如く。
U.S.URAの手中から外れた、私設のレース。
勝ったところで、栄誉には預からない。章典も、記録にも特に大きくは残らない。
この街に根付いたものらしい、単なる行事のひとつ。
賞金は1着のウマ娘にのみ与えられる、街全体から出し合われた1000ドル。
「(Grade 3にも届きやしない)」
それでも……
「(手に入れれば、ふた月は安心出来る……)」
レースがしたいわけじゃない、金が必要なだけだ。
なければどうせ、死ぬだけだ。
エントリーシートに、おもむろにペンを走らせる。
もう何度見たかも分からない、名前負けした自分の名前だ。 - 7主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 00:43:10
雷管が弾ける音が耳を震わす。
「フッ……!」
聞こえたその瞬間に、自然と足が地を蹴って前へ前へと動き始めた。
パラパラと細やかに芝の欠片が散るのを、破れ掛けのソックス越しに確かに感じる。
この行事の為だけに整備がなされた、無駄によく色の着いた緑のトラック。
1周1400mの、かつての場所がどういう様であったかを言い表すようなトラック。
周りに観客は大勢、顔見知りだったりそうじゃなかったり、ちらほら工場や現場のヤツらもいるかもな。
こんな寂れた街じゃあ、ボンボンお嬢ちゃん達は来てやしないな。
俺は逃げの手、見れば後続は5バ身は付けてるか。
幾分気楽だ……ペースも問題ない。
足は全然使える、半周に差し掛かってほんの少しだけ息を入れる。……セーフティリード、まだまだ余力で抜ける。
「(この足音なら、もう3バ身は大丈夫だろう)」
ふぅっ、と、登山家がそうするような深い息を入れた。
"借り物"の蹄鉄だって、案外履き心地はいいじゃないか。
他の7人がどれだけ鍛えて走ってるか知らないが、どうやらスクール分の苦汁は無駄じゃなかったらしいな。
(休憩はお終いだ。
行ける、この脚のまま先行策で押し切って────)
「────?」 - 8二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 00:53:05
引き込まれる文章
- 9主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 00:55:01
動かない。いや、違う。
(動けない……?)
後ろから、蹄鉄が地を踏み迫る音が響く。風が切られる音も、段々と変わってきて……
一人、また一人。僕を抜いていく。
なのにまるで、脚はその場に留まる……いや、ずるずる下がっていくように、回らなくなっていく。
「(どうしてだ……おい、動け!ここで仕掛けなかったら────)」
──不意に頭を突く、頭痛のような気持ち悪さ。
【どうした、脚が止まってるぞ】
【ハハハッ……まさか、もうスタミナ切れか?】
【終わりだ────帰んな】
「…………ッ!!」
黙れ、黙れっ……!!
あんなヘマはしねぇ……絶対、もう……二度と『してやらねぇ』ッ……!!
「Don’t …… diss …… me …… ッ!!」 - 10主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 00:56:14
ガリッ、と奥歯が擦れる音が、聞こえるか聞こえないか、その位の瞬時。脚が途端に軽くなった。
外れたマウンテンバイクのチェーンに空振ってたペダルが、瞬時に噛み合ったような感覚。
或いは、歯車同士が噛み合って、どデカい蒸気機関でも作動し始めたような感覚……
ああ、でも……どっちでもいいな。
僕が臨むレースは、これが最初で────────
「First,No.5 Lose Yourself!!」
…………きっと、最後なんだ。 - 11主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:07:08
いつ振り込まれるか分からない、そもそも自分に口座があるかどうかなんて知らないから、束になった1000ドルをポケットの内側にねじ込んで、落ちないように詰め物の小細工なんかしておいた。
……久しぶりに走った感覚、そこそこだったな。
てっきり足を挫いたりするものかと思ったけど、そんなことは特になく。
ペットボトルの水を、帽子を外した頭と額に軽くばしゃり、と掛けてクールダウンさせる。
勿体無いなんて言わないでくれよ、いつものことなんだ。
バスを待とうとして場内を出ようとすると、スーツ姿の男が一人僕の前に塞がった。
『やあ。さっきのレースを見せてもらったよ。良い走りをするね』
『あぁ、うん……それはありがとう』
日本人だろうか、顔立ちとアクセントと……掛けているカバンに、日本のメーカーのロゴがあった。
顔立ちは……若干若い、幼い……成人ではあるだろうが。
不格好な愛想笑いをして去ろうとしたが、僕の目がそいつのスーツの襟にある蹄鉄をあしらったバッジに行くと同時。
『スカウトだ、君にオファーしに来た』
そんな事を言ってきた。
もちろん答えは決まっている。
『帰ってくれ。走る気なんてない』 - 12主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:13:35
『話はまだ半分だ』
日本人は聞き分けがいいとどこかで聞いたが、この男は例外なのだろうか。
しかし、半分と言われて切り上げて無視するのも宜しくない。
何故って、あの"いい子ちゃん達"なら無視して帰っちまうだろうからさ。
『デビューするのは日本だ。URAに所属し、日本のトレセン学園に留学し……そこから日本のレースで走る』
……この男はどこか変な電波でも仕込まれてるんじゃないのか?
走る気のないウマ娘に、デビューさせると。
おまけに本国じゃなく、異郷の地で。
『あー……言っちゃ悪いんだが、君はあれか?ナンパとか下手くそなタイプか?』
『ジョークに聞こえるのなら心外だよ、本気だ』
ダメだ、こいつ。
トレーナーってのは賢くないとなれないんじゃないのか。
『アンタ、そうやって笛吹いてばっかじゃねえだろうな?』
『日本のトレセンに来ると言うなら、
留学の助成が降りる』
『…………何だって?』 - 13主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:19:35
『そのままの意味だよ。だが、アメリカと同じように、家族にまでの補助はできない』
その代わり、とソイツは続ける。まるでこっちが聞いているのを前提としたように、つらつらと。
『君が暮らし、トレーニングを行い、レースに打ち込むための一切は総て援助がなされる……分かるか』
『少なくとも君一人は不自由せず「稼ぐ」ことに注力できる』
情けない話、僕には知識が、"学"がなかった。
ニホンのトレセンがどういうシステムで、レースの形態がどうで、どうやってウマ娘が過ごしているのかすら……
仕方がないだろう?目にする機会なんてほとんど無い貧乏暮らし、おまけにこの年でハードなブルーワークの従事者と来たんだ。
『…世間知らずを釣るエサじゃないだろうな、詐欺でもするなら蹴倒すぜ』
『なら、このままスクラップと機械油に埋もれた生活を続けるのか?
それとも、走って全てを明かしてやるのか?』
最前から握っていた瓶の炭酸飲料をキュパンッ、と開栓して、その飲み口をこちらに向けてくる。 - 14主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:21:08
『君は高等部中頃の年齢、ここを逃せばまず次は無いだろう。
一発だ、一瞬だ。それに賭けるのなら』
『俺が君の家族のことだって、掛け合ってやる』
見事なまでに真っ直ぐで、なんの迷いもない言い切り方だった。
この年頃でそんな腹の据え方してるなんて、まるで僕が上手く成長した未来みたいじゃないか。
────言ってくれるじゃないか、野郎。
"走り" は、ウマ娘の本能。ジーンズの目よりずっと深く遺伝子に刻まれた宿命だ。
抑え込んでたその本能が、可能性を前にした心拍の鼓動のまま、巨大な発動機が動くように加速していくのを自分自身の体から感じる。
『…………俺は、いや』
『僕は、ルーズユアセルフ、です』
喧しく泡音を立てる冷ややかな瓶を、ぐっと握る。
『決まりだな、頼むよ。セルフ』 - 15主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:27:22
【Prolog】
了
保守ついでの感想ほんとにありがとうございます - 16二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 01:32:41
続きが読みたくなる文章だった
乙 - 17主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 01:32:58
改めて…
ルーズユアセルフ/Lose Yourself
毛色…月毛(あだ名:カフェオレ)
身長…167cm
体重…キープ中
学年…高等部(トレセン学園時。アメリカのトレーニングスクールを高等部一年に当たる時期に中退)
貧しい環境の生まれ育ち。上記の通り嫌がらせを受けながらもデビューを目指していたが、家庭の経済状況を鑑みて中退。以降はブルーカラー職をかけ持ちするほどだったという。
弟妹がくれた黒キャップが本当に気に入ってるよう
し - 18二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 07:06:16
頑張れって言いたくなる子だ
- 19主◆AWQOO0L.Ntvz25/06/17(火) 07:13:41
めっっっっちゃ寝ぼけてた『し』ってなんだよ
- 20二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 09:27:49
やっと来たわね
前スレでもう来ないかとビビってた - 21二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 10:24:44
お疲れ様です
『し』で芝 - 22二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 12:27:20
- 23二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 15:50:11
変換できなかった上に改行して眠りに落ちたと予想
- 24二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 16:35:00
そういえば脚質って決めてなかったよね
そっちも全部B? - 25二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 16:53:23
言われてみれば書かれてない
ゲームの方でそこも適性の一カテゴリなので全部Bと思ってたが実際どうなのか - 26二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 17:10:32
野良レースは地力とトレーニングの貯金で勝ちきってるから逃げ先行型にこだわる必要も別になさそうではある、派手な勝ち方はできるけども…
- 27二次元好きの匿名さん25/06/17(火) 18:02:37
脚質の他には決めることなんかあるかな