- 1二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:24:59
「はあ……今日も素晴らしいレースでした」
レース場からの帰り道、一人ほうっとため息をつく。
伝説になり得るかもしれないメイクデビュー、ライバル同士の激突、凡走続きだったウマ娘の復活勝利。
まさしく充実した一日といったところで、未だに余韻が冷め止まない。
こんな日は真っ直ぐ帰るより、どこかの飲食店で感想を語り合いたいもの。
そう考えて、私は隣の、少し高い位置へと視線を向けた。
「トレーナーさん、もし宜しければ…………あっ」
そこには、誰もいない。
ただ見知らぬ人が、訝し気な表情で通り過ぎていくだけだった。
かあっと顔が熱くなって、思わずその場で俯いてしまう。
ああ、そうだった。
いつも週末になると隣に居てくれたから、つい、うっかりとしていた。
今日、トレーナーさんは来ていない。
お世話になっている人との飲み会がどうしても外せないから、と申し訳なさそうに話していた。
私は私、彼には彼の、人付き合いというものがある。
ましてやトレーナーさんは立派な社会人、そういった用事も当然あるだろう。
そもそも、今まではずっと一人でレース観戦をしていたのだ、元に戻っただけ。
それだけの、はずなのに。
「……おかしいな」
レース場の喧騒から離れると、ひどく静かで、寂しく感じるのだった。
こんなこと、前までなかったというのに。
ずしんと重くなる胸に手を当てて、その場で立ち止まる。
せっかくレースを楽しんだというのに、こんな気分で帰ったらラヴちゃんにも心配をかけてしまうだろう。
思考を巡らせて、一つ妙案を思いつく。 - 2二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:26:13
「そうだ、今日はあの焼肉屋さんに行きましょう」
ここからちょっと歩いた場所に、レース帰りのファンが集う焼肉屋さんがある。
そして、丁度このぐらいの時間に行くと、色んなお客さんの姿が見ることが出来るのだ。
満面の笑顔を浮かべたまま、特上カルビ等お高いお肉をドンドン頼んでいく人。
沈痛な表情で、キムチやサラダばかりを食べ続ける人。
そんな悲喜こもごもを眺めながら人参ジュースを飲むのが、私は好きだった。
「ふふ、久しぶりにホルモンでも頼んじゃいましょうか……♪」
沈んでいた気持ちが、少しだけ持ち直す。
そして私は行き先を変更し、飲食店の立ち並ぶ繁華街へと向かうのであった。 - 3二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:27:28
「あれ?」
焼肉屋さんへと向かう途中、私はとある人影を見つける。
少しだけ大きな背中、清潔感のある短い髪、大切に使い込まれているジャケット。
一目でわかった、それはトレーナーさんの後ろ姿だった。
飲み会、この辺りだったんだ。
ぱあっと胸の奥が明るくなる感覚。
今この場に立っているということは、飲み会はすでに終わっている可能性が高い。
それならば、一緒にお話したりすることくらいは、もしかしたら出来るかもしれない。
そう考えた私は、軽い足取りでトレーナーさんへと駆け寄ろうとして。
「トレーナーさぁ~ん! これからぁー私とー! うまぴょいしましょーよー!」
────トレーナーさんに後ろから抱き着く大人のウマ娘を見て、足を止めてしまった。
ウェーブのかかったセミロング、垂れがちな眉に赤い瞳、左耳には白い耳飾り。
話したことはないけれど、何度かトレセン学園で見かけた記憶がある気がした。
そういえば、ラヴちゃんと何か、話していたことがあったような。
その女性は酔っているのか真っ赤な顔で、むぎゅむぎゅと身体を押し付けるようにしながら、すりすりと顔を寄せていた。
「ちょ、まっ、カッ、カラオケですよね!? お供しますから! こんなくっつかなくても逃げませんから!」
「えへへ~、いい匂い……♪」
「だから……! ああもう、ハローさん、このまま行きますよ!?」
トレーナーさんは、顔を赤くしながら慌てた様子で対応をする。
それは、いつも穏やかで、落ち着いた振る舞いを見せる彼の────初めて見る姿。
私は、そんな二人に声をかけることが出来なかった。
トレーナーさんのプライベートを邪魔してはいけない、なんて殊勝なことを考えたわけじゃない。
ただただ、呆然として頭が真っ白になって、その場で立ち尽くしてしまっただけだった。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:28:31
「ハローさん? ああ、ライトハローさんよね、知っているわよ、ちょっと待って、以前一緒に写真を────」
あの後、私は結局焼肉屋へと寄らないで寮へ帰ってきてしまった。
そして丁度配信を終えていた同室の彼女に、先ほどトレーナーさんと一緒に居た女性のことを尋ねてみる。
明るい赤色の長い髪、ハートマークの耳飾り、首筋には小さなホクロ。
ラヴズオンリーユー、ラヴちゃんは私のあやふやな情報とトレーナーさんが口にした名前から、すぐにピンと来たようだった。
スマホを取り出して、しばらく操作をしてから画面をこちらへと向けてくれる。
その画面には片手でハートを作るラヴちゃんと、その手に合わせてハートを作る、先ほどの女性の姿があった。
べろんべろんに酔っぱらっていた姿とは打って変わって、照れながらも綺麗な、大人びた微笑みを浮かべる姿。
「私が配信している動画サイト主催のコラボイベントでお世話になってね、出来る女性って感じで、格好良かったなあ♡」
「……そう、なんですか?」
「うん、セットやカメラの配置なんかを一目見ただけ改善したりして、色々と参考にさせてもらったわ」
ラヴちゃんは憧れを見るように目を輝かせながら、その女性、ライトハローさんについて話してくれた。
若くしてイベントプロデューサーに抜擢されている人で、元トレセン学園生。
その繋がりもあって、学園やURA主催のイベントを良く担当する機会が多いとのこと。
仕事は丁寧で迅速、それでいて熱意を持って仕事には望み、どんなトラブルも冷静に対処する、のだそう。
…………どうにも、私の見かけた姿がノイズになってしまうような。
「それでクロノちゃん、ライトハローさんと何かあったのかしら?」
「……ええっ!?」
「もう、急に聞いてきたら誰だってわかるわよ、もし良かったら、お話を聞かせてくれる?」
優しげな微笑みを浮かべながら、そう問いかけるラヴちゃん。
ああ、こういう場面おいては、私は彼女に敵わないのだ。
私は苦笑いを浮かべながらも、素直に、今日あった出来事を話すこととした。 - 5二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:29:37
「────ということなんですけど」
話し終えてから、ふと思う。
そもそも、私は何を気にしているのか、と。
トレーナーさんが、お休みの日に、他の女性と会っていたことだろうか。
いや、別に彼は嘘をついていたわけではないし、そもそも交友関係に口出しする理由はない。
それでは、ライトハローさんが、トレーナーさんに抱き着いていたことだろうか。
酔った勢いならそういうこともあるのかもしれないし、私だって手を繋いだことくらいはある。
だったら、この心の奥に巣食っているモヤモヤとした感情は、一体なんなのだろうか。
首を傾げる私を他所に、話を聞いたラヴちゃんはうんうんと頷き、そしてにっこりと微笑んだ。
「ラヴ、ね」
「はい?」
「つまりクロノちゃんは、トレーナーさんが取られちゃうんじゃないか、不安なんでしょ?」
「……はいっ!?」
ラヴちゃんの発言に、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
取られるとか、取られないとか、そんなことは考えていない。
そもそもトレーナーさんは私のものなんかではなく、そんなことを言う資格なんて存在しない。
だから違いますよ、と伝えるだけで良い。
だけで、良いのに。
「えっと、その、そういうわけじゃ、ないと、思います、多分、きっと」
私は、はっきりと告げることが出来ない。
ラヴちゃんの言葉を否定したいのに、そんな私の気持ちを否定する、私がいる。
そんな私の心の奥底を見透かしたかのように、彼女は楽しそうに目を細めた。 - 6二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:30:37
「うんうん、わかるよ~♡ ライトハローさんはとっても綺麗で可愛らしい、大人の女性だものね?」
「……っ!」
それは、同意をせざるを得なかった。
愛嬌と美しさを両立したような顔立ち、女性らしい丸みを帯びた身体つき。
あの時はともかく、普段は頼りになる、落ち着いた立振舞い。
なによりも────大人の女性。
私みたいな子どもなんかではなく、彼女は自立した大人の女性だった。
今思えば、あの時何故声をかけられなかったか、良くわかる。
お似合いだと、思ってしまったのだ。
トレーナーさんとライトハローさんの間に、私の入る隙間なんてない、そう思ってしまったのだ。
それは、当然といえば当然のこと。
そのはずなのに、何故こんなにも、胸が痛むのだろうか。
「……そんな顔、しちゃダーメ」
ふわりと、頬に柔らかな温もりが触れる。
ハッとしてみれば、ラヴちゃんが少し困った笑みを浮かべながら、手を当ててくれていた。
「ごめんね、不安にさせてちゃって……でも、クロノちゃんはちょっと気にしすぎね」
「そう、ですか?」
「そうよ、だってクロノちゃんとトレーナーさん、とってーもラヴい関係じゃない♡」
「ら、ららら、らぶ!?」
「それに、あなただって、ライトハローさんに負けないくらい魅力的なんだから♪」
そう言いながら、ぱちりとラヴちゃんはウインクを飛ばす。
不思議なもので、さっきまであれだけ不安だった気持ちは、彼女の言葉だけぱあっと明るくなっていった。
やっぱり、ラヴちゃんはすごいな、改めてそう思ってしまう。 - 7二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:31:39
「────それはそれとして、クロノちゃんがもっと綺麗になりたいというなら、協力を惜しむ気はないわ」
「えっ」
刹那、ラヴちゃんの目がぎらりと輝く。
急に空気が変わった気がして、思わず身構えてしまう。
そして彼女はおもむろに手帳を取り出して、今月のスケジュールに目を通し始めた。
「確かクロノちゃん、この日にトレーナーさんとデートって言ってたわよね」
「はい、あっ、いや、デ、デートってわけじゃ!」
「だとすれば週末、はクロノちゃんが空いてないから…………この祝日に、予定はあるかしら?」
「えっ、ない、ですけど」
「だったら、この日は一日空けてもらえる? クロノちゃんにぴったりな大人デートコーデを考えるから」
「……おとなでーとこーで」
「今から腕がラヴラヴしてくるわ……! 一度、クロノちゃんの綺麗めに着飾りたいと思ってたのよね……!」
「あ、あの、ラッ、ラヴちゃん?」
「ちょっと前にトレンドになったあのお店……いえ、この間バズってたところの方が良いかしら……」
ラヴちゃんはぶつぶつと呟きながら、凄まじい指捌きでスマホを操作し始める。
私はわたわたとしながらも、予想している時の自分もあんな感じなのかな、と思ってしまっていた。 - 8二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:33:13
「お待たせしました、トレーナーさん」
「こんにちはクロノ、俺も今ばっかりだから────」
そしてデー、お出かけの日、昼過ぎの駅前。
私が待ち合わせの場所にやってくると、トレーナーさんは優しく微笑みながら出迎えてくれた。
そして、きょとんとした表情をしながら、目を丸くする。
ああ、気づいてくれたんだ、気づかれてしまったんだ。
嬉しいという気持ちと、不安な想いが混ぜこぜになって、心臓の音を大きく響かせる。
今日の私は、いつもと違う格好をしていた。
ラヴちゃん曰く、ラヴミー♡オトナ女子コーデ。
夜まで出かけるという情報を元に。彼女が選び抜いた服の組み合わせ。
そこに突然現れたジェンティルさんのアドバイスを取り入れて、完成したのが今の服だった。
うっすらと透けるシアーブラウスに、ふんわりとしたマーメイドスカート、ちょっと背伸びしたアクセサリ。
髪型も美容室で整えてもらって、今日という日に臨んだのであった。
「……あの、どうでしょう、か?」
早鐘を鳴らす胸に耐えられなくて、つい聞いてしまった。
トレーナーさんはしばらくじっとこちらを見つめた後、柔らかな笑顔を浮かべる。
「……すごく似合ってると思う、いつもより大人っぽい雰囲気で、綺麗に見えるというか」
「…………っ!」
「あっ、もっ、もちろんいつもクロノは綺麗なんだけど、普段は可愛いが強いというか、なんというか」
「ふふ、わかっていますよ、ありがとうございます」
慌てて弁明をするトレーナーさんを見て、私は口元を緩めてしまう。
嬉しかった。
大人っぽいと言ってくれて、綺麗と言ってくれて、可愛いと言ってくれて。
言って欲しかったことを全て、その口から、ちゃんとに伝えてくれて。
子どもっぽいとわかっていながらも、尻尾がぱたぱた、音を立てて揺らめいてしまう。 - 9二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:34:44
……だったら、掛かりついでに、もう一歩踏み出してしまおう。
私は静かにトレーナーさんの隣へと近づいて────身体を密着させるようにしながら腕を絡ませた。
「……クロノ?」
「……」
逞しいトレーナーさんの腕の感触、そして温もりを身体で感じる。
心臓のドキドキが伝わってしまうのではないかと不安になって、ふいっと顔を背けてしまった。
ライトハローさんは後ろから抱き着いていたのだ、これくらいは、大丈夫だろう。
出来れば、トレーナーさんもドキドキしてくれると、嬉しいな。
そう思いながら、ちらりと様子を窺った。
「…………大丈夫? 実は体調悪いとか?」
────トレーナーさんは心配そうな顔で、こちらを覗き込んでくれていた。
「……」
「クロノ? えっ、何で急に尻尾でシバいてくるの? いやまあ痛くはないけども」
「知りません、さあ、行きましょう」
まあ、わかってはいたけれども。
ちょっとした不満を押し隠すことが出来ず、私は頬を微かに膨らませたまま、トレーナーさんを促す。
彼は少し困惑の表情を浮かべたものの、気を取り直して先を見据えた。
「もうそろそろ開門時間だしね、それじゃあ行こうか、レース場へ」
「……はい」
…………お出かけ先は、ラヴちゃん達に伝えておけば良かったな。 - 10二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:35:51
「いいレースだったねクロノ……クロノ?」
「……このレース場の特徴はあの厳しいカーブ、それ故に基本的には内枠有利、その判断は間違っていない。けれど重要なのはそのウマ娘がスムーズに内枠を回れる走りが出来るのかということ、すなわちコーナリングの上手さとこの特殊なコースの経験が物を言う、なるほど、交流レースではこのことは頭に入れておかないと」
「あー、クロノ?」
「はっ、はい!? ……あっ、す、すいません、先ほどのレースのことを考えていたら、つい」
「気にしない気にしない、俺も色々と気になったことがあったし、それでこの後はどうする? すぐパドック?」
「いえ、見たいレースは少し先になるので、食事を摂ろうかと…………行きたかった中華料理屋さんは、なくなってしまいましたが」
「さっきのラーメン屋さんのところかな、残念だったね」
「ええ……やはり行きたいお店には、行ける時に行っておくべきですね」
「今度そういうお店があったら声をかけてよ、喜んで付き合わせてもらうからさ」
「ふふ、その時は甘えさせてもらいます」
「それで、どこで食べようか」
「そうですね、辛口焼きそばは締めで頂くとして、今日は煮込みライスかタンメンにしようかと」
「おお、いいね、どっちも気になっちゃうな」
「でしたら、お互い違うものを頼んで、食べ比べてみませんか? 後、煮込みライスにはワカメスープが────」
そんな風に、今日の晩御飯について話をしている時だった。
「────あら、もしかして、トレーナーさんですか?」
突然、背後から声をかけられた。
反射的に振り向いて、私はぴしりと固まってしまう。
そこにいたのは、一人の大人のウマ娘。
ウェーブのかかったセミロング、垂れがちな眉に赤い瞳、左耳には白い耳飾り。
ライトハローさんは、驚いた表情を浮かべたまま、その場に立っていた。
直後、さあっと顔を青ざめさせながら、わたわたとこちらに向かって駆け寄って来る。
「せ、先日はご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした……っ!」
「いやいやいや、大丈夫ですから、頭を上げてください!」
そして、トレーナーさんに対して深々と頭を下げるのであった。 - 11二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:37:37
流石に人が多い場所では目立ってしまう。
ということで一旦、比較的人の少ない内バ場の方へと移動することとなった。
レースは少し見づらいけれど、芝生が広がっていて、のんびりと過ごすには絶好のスポット。
私が持っていたシートを広げて、三人で座ることとなった。
「自己紹介がまだでしたね、私はライトハローと申します」
ライトハローさんは、私の方を向いて微笑みを浮かべた。
優しそうで、それでいて華やかさも感じられる、上品な笑顔。
私は思わず見惚れてしまいそうになりながらも、言葉を返す。
「はっ、はい、私は、クロノジェネシスと申します、よろしくお願いします」
「ふふ、一度お会いしたいと思っていたんです、レースの活躍はもちろん、トレーナーさんからも良く話を聞いていたので♪」
「……トレーナーさんからも、ですか?」
「ええ、トレーナーさんってば、酔うと貴方の話ばかりするんですよ?」
「ハ、ハローさん!」
「いいじゃないですか、その時のトレーナーさん、とってもイイ顔をしているんですから」
楽しげにそう話すライトハローさん。
私がトレーナーさんに視線を向けると、彼は頬を赤くしながらバツが悪そうに頬を掻いた。
いつも、私の話ばかりをしてるんだ、それも、すごくいい顔で。
……えへへ。 - 12二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:38:59
「そ、それはさておき、ハローさんも今日はレース観戦ですか?」
「それもあるんですけど、今度こちらのイベントを担当させていただくことになって、その下見も兼ねて、ですね」
「なるほど」
「そういえば、お二人はどちらへ行くつもりだったんですか? パドックやコースの方ではなかったですけど」
「ちょっと食事を摂ろうかと思ってて」
「あら、それは邪魔をしてしまって……そうだ!」
ぽんと、ライトハローさんは両手を合わせる。
そして、にっこりと、ちょっとだけ悪戯っぽく表情を緩めた。
綺麗な顔立ちなのに、こういう時は愛らしさに溢れていて、ちょっとズルイなと思ってしまう。
「この間のお詫びを兼ねて、私にご馳走させてください!」 - 13二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:40:06
「それでは、カンパーイ♪」
「かっ、かんぱい……!」
「乾杯……ハローさん、今日はクロノもいるので抑えてくださいね?」
「わ、わかってますよ? だから、そんな真剣な表情で言わないでください……っ!」
テーブルを囲んで、私達はかつんとグラスを合わせた。
人参ジュースを一口飲みながら、ついつい、きょろきょろ周囲を見回してしまう。
大人な雰囲気が漂う、お洒落なバーのような内装。
騒がしさはあるものの、その空気はスタンドやパドックのものとは明らかに違っていた。
「……クロノ、大丈夫?」
そんな私に、トレーナーさんは心配そうな表情で声をかけてくれた。
彼のグラスの中にはウーロン茶。
飲んでも良いですよ、と私は話したのだけれど、流石にそれは出来ないと固く断っていた。
……酔っぱらって、私の話ばかりをするトレーナーさんも、見てみたかったな。
「あの、やっぱりこういうお店は苦手だったでしょうか……?」
聞こえてきた声に、ハッとする。
見れば、申し訳なさそうな顔をしたライトハローさんが、俯きがちにしていた。
「い、いえ! そういうことではなく、むしろ、来ることが出来て嬉しい、というかですね」
「……そうなのか?」
「はい、流石に未成年が一人で入れる場所ではないので、きっと入れるのはずっと後だろうなって」
……それに、見たところフードメニューもなかなかに良いお値段をしていた。
実際のところ、各種レース場にはそういうお店がいくつか存在していて、未だに全ては把握し切れていない。
お酒が飲めるようになって、レース場グルメを全て網羅するのが、密かな目標の一つだったり。
そんな私の話を聞くと、トレーナーさんとライトハローさんは合わせたように、安堵のため息をついた。 - 14二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:41:14
「よ、よかったです~! あっ、ここのオススメはポークステーキで、魚介やピザも美味しいですよ!」
「そういうことなら、今日はいっぱい食べな……あっ、ハローさん、俺も出しますからね」
「大丈夫ですってば、こう見えても私、結構お偉いさんなんですよ?」
そう言ってライトハローさんが胸を張った瞬間、スマホの振動音が鳴り響いた。
二人の顔つきが一瞬にして変わり、素早い動きで胸ポケットへと手を伸ばす。
どうやら鳴っていたのはトレーナーさんのスマホだったようで、取り出して、目を見開いていた。
「学園から? こんな時間に、どうしたんだろ…………あー、えっと」
「トレーナーさん、私のことは気にせず、お電話をどうぞ」
「はい、クロノジェネシスさんのことは私がちゃんと見ていますので」
「……」
「うっ、疑わしげに見るのはひどくないですか?」
「冗談ですよ、それじゃあハローさんしばらくお願いします、クロノ、出来るだけすぐ戻るから」
そう言って、彼はお店から出て行った。
そして、その場に走る────若干、気まずい沈黙。
私達はお互い、いわゆる『友達の友達』の関係性であり、どうしてもそういう雰囲気になってしまう。
メニュー見ているだけにも限界がある、何とか話を繋がないといけない。
そうだ、ライトハローさんはラヴちゃんと面識があったはず、それならば。
「……あの、クロノさん、と呼んでも良いでしょうか?」
「ひゃっ、ひゃい!?」
「あっ、急にごめんなさい、ただ、トレーナーさんからいっぱいお話を聞いていて、何だか他人の気がしなくて」
はにかんだ笑みを浮かべるライトハローさん。
その笑い方は、何となくトレーナーさんに似ていて、緊張が少しだけ解ける。 - 15二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:42:31
「クロノ、で構いません、私もハローさんと呼んでも宜しいですか?」
「ええ、もちろん!」
「では、ハローさん……あの、早速一つ聞いても良いでしょうか?」
「どうぞ、何でも」
「……トレーナーさんって、本当に私の話ばかりするんですか?」
「はい、本当ですよ? 皆で飲んでる時も二人で飲んでいる時も、口を開けばクロノさんのことばかり」
「そ、そんなに?」
「でもその時の顔はとても楽しそうで……クロノさんはすごいなあ、って思っていたんです」
「……私が?」
いまいち私の中で話が繋がらず、聞き返してしまう。
するとハローさんは楽しそうに、そして少しだけ寂しそうに、くすりと微笑んだ。
「…………実は私、トレーナーさんにはいーっぱいお世話になっているんです」
「そう、なんですか?」
「ええ、URAのとあるイベント助けてもらったのが切っ掛けで、それからも色々と助けてもらってばかり」
「……意外です、ラヴちゃんから聞いた話じゃ、そんな」
「ラヴちゃん? もしかして、同期のラヴズオンリーユーさんですか? 彼女から、話を?」
「あっ」
「ふふ、聞かなかったことにしておきます……それで、恩返しをしようとするのですが、なかなか上手く行かなくて」
「……わかります、それどころか、どんどんお世話になってしまうんですよね」
「そうなんですっ! この間だって、酔った私をわざわざ家まで送ってくれて、せめておもてなしをと思ってもすぐ帰っちゃって!」 - 16二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:43:39
ハローさんは怒っているような、喜んでいるような、複雑な顔で話を続ける。
その気持ちは、とても良くわかった。
私も、トレーナーさんにお世話になっている一人だから。
彼がいなかったら、私はきっと、自分の歴史を刻んでいくことが出来なかっただろう。
歴史に沿うことばかりを考えて、表舞台に立つことすら、出来なかったかもしれない。
でも、その恩返しは、なかなか出来ていなかった。
頑張っても空回り、それどころか、むしろお世話になってしまうほど。
……そう、考えていたのだけれど。
「私のことはさておき……これは、トレーナーさんには内緒ですよ?」
「はっ、はい」
「彼はですね、ちょっと元気ないのかなって時でも、クロノさんのことを話している内にみるみる元気になるんです」
「……!」
「あんな風に元気づけることは、私には出来なくて……だから、すごいなって思ってたんです」
ハローさんは、ちょっとだけ羨ましそうな目で私のことを見つめる。
告げられた事実は、私にとって望外がことで、嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて、やっぱり嬉しくて。
両手を頬に当てると、火傷しそうなほどの熱と少しだけ吊り上がった口元。
それらを隠すようにしながら、私は言葉を返す。
「……私は、そんなトレーナーさんが見れて、ハローさんがちょっと羨ましいです」
するとハローさんはきょとんとした顔をしてから、柔らかく目を細めた。
そして、わざとらしい誇らしげな表情を作って、言葉を紡ぐ。
「これは、大人の特権、というやつですから」
「……大人って、するいんですね」
「ええ、大人はずるいんですよ?」
そう言って、私達は吹き出すように笑い出すのであった。 - 17二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:45:05
トレーナーさんは、なかなか戻ってこない。
私達はその間に料理を注文しながら、色んな会話に花を咲かせていた。
「そういえば、クロノさんはレースの歴史に強い興味をお持ちだとか」
「はい、生きがいと言っても過言ではありません」
「そんなに。では、資料なんかも集めてたりしますか?」
「素人で出来る範囲ではありますが、それなりには」
「そうですか……クロノさんは────というウマ娘のことはご存知ですか?」
ハローさんの口から出て来た名前に驚きながらも、私はこくりと頷いた。
それは昔の、ウイニングライブの前身であるグランドライブが行われていた時代の、ウマ娘の名前。
レースの歴史について少しでも調べているのなら、まず目にするほどに有名な名前だった。
「実は、私の祖母なんです」
「ええっ!?」
あの時代のウマ娘ともなると、その関係者を探すだけでも一苦労になる。
資料を集めようにも絶版してしまったものが殆どで、然るべき場所に通わなくてはいけない。
そんな相手の血縁者が、まさか目の前にいるだなんて。
聞きたい、色んな話を、聞いてみたい。
ハローさんは、私の心の内を見透かしたように、笑みを浮かべた。 - 18二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:46:28
「その関係で実家には当時の資料なんかが色々とありまして、もし良ければ」
「────みっ、見せてくださいッ! ……あっ」
つい立ち上がり、身を乗り出しようにして、大声を上げてしまった。
周囲の視線がこちらへと集中し、ハローさんがペコペコと頭を下げる。
我に返った私も頭を下げて、そのまましおしおと小さくなる。
……はっ、恥ずかしい。
「あはは、本当にトレーナーさんのお話の通りなんですね」
「……すいません」
「いえいえ、私も遊園地でキャロットクイーンを見た時にはそんな感じで、トレーナーさんに驚かれましたから」
「えっと、それで」
「見せるのは勿論構いませんよ、祖母も貴方みたいなウマ娘が来てくれたら喜ぶでしょうし、予定が合ったら」
そして、私はハローさんとLANEアカウントを交換した。
場合によっては外泊届が等も必要そうだけれど、その時はトレーナーさんも一緒に来るよう説得してくれるとのこと。
過去の資料を夢見ながらも、私の中で、一つの懸念が生じた。
少し、ハローさんから、お世話になりすぎではないだろうか。
「あの、ハローさん、私に何か出来ることはないでしょうか?」
「大丈夫ですよ、これはトレーナーさんへと恩返しの一環、ということにしてください」
「でも」
「といっても気になっちゃいますよね、では、クロノさんがどうしてもと言うなら────」 - 19二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:47:34
夜、寮の自室。
机で作業をしていると、聞き慣れた足音が近づいて来た。
私は一旦てを止めて部屋の扉へと視線を向けると、程なくしてノックの音が響く。
「どうぞ」
「ふぅ、ただいまクロノちゃん、コラボ配信の話し合いが長びいちゃったわ」
「おかえりなさい、あっ、お土産のまんまる焼きがあるので、一緒に食べませんか?」
「ありがとー♡ せっかくだから頂くわね?」
そうして、私達はいそいそとティータイムの準備する。
お互いが向かい合うように座って、紅茶を一口飲んだ直後、ラヴちゃんは早速問いかけて来た。
「それで、今日のデートはどうだったの? トレーナーさん、喜んでくれた?」
「はい……大人っぽくて綺麗だって、言ってくれました…………嬉しかったな」
「クロノちゃんラヴ~い! 良かったわね、大成功じゃない!」
「ありがとうございます、ラヴちゃん……後、今日はハローさんとも会ったんです」
「えっ」
ラヴちゃんは、困惑の表情を浮かべた。
まあ、昨日までの話の流れで、そういうことになったら誰でも驚くだろう。
私は苦笑しながらも、今日あったことを全て、ラヴちゃんへと説明する。
話を聞いたラヴちゃんは────何とも、複雑そうな表情を浮かべていた。 - 20二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:48:48
「ハローさんの言道の端々から良からぬ気配が…………でも本音は感じるし……私の考え過ぎ、かな?」
「ラヴちゃん?」
「あっ、ごめんなさい、何でもないわ! そういえば、さっきまで何か書いているようだったけど、レース情報のまとめかしら?」
「いえ、あれはトレーナーさんの情報のまとめです」
「……なんて?」
「今度資料を見せてもらう代わりに、トレーナーさんの好きなものとかを教えてあげることになったんですよ」
「…………はい?」
ハローさんへとお返し、それは私が知っているトレーナーさんの情報を伝えることだった。
こうすることによって、ハローさんもより上手く、トレーナーさんへの恩返しが出来ることになるだろう。
そう話すと、ラヴちゃんは何故か、こめかみに手を当てて渋い顔になっていた。
「意図したとは思えないけど……まさか、無意識でこの流れに…………?」
「えっと、どうかしましたか?」
「……クロノちゃん、将を射んと欲すればまずウマ娘を射よ、って言葉は知ってる?」
「古来、戦場における大将格の傍らには必ずウマ娘の近衛が居たため、大将を狙うにはまずウマ娘を攻撃して排除しなければいけない、という故事成語ですよね? それが何か?」
「…………うん」
ラヴちゃんは小さくため息をついて、困ったような表情で呟いた。
「…………やっぱりクロノちゃんは、もう少し気にした方が良いのかも」 - 21二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 04:50:20
お わ り
下記のスレの概念で書いたSSです
登場するキャラを増やした結果長くなりました 反省
ライトハローさんを警戒するウマ娘|あにまん掲示板トレーナーを取られないか警戒中dice1d115=@115 (115)@https://bbs.animanch.com/img/5161152/1bbs.animanch.com - 22二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 05:14:21
乙。出勤前にいいものを読ませてもらいました。
クロノだと掻っ攫れそう。 - 23二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 06:04:08
ブラーヴォ
- 24二次元好きの匿名さん25/06/18(水) 07:11:12
いやぁ良いもん読ませてもらったよ
…いや本当に良いな
続きの予定があるか無いか聞かせてくれないか