(SS注意)映画

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:10:06

    「────映画館に来るの、久しぶりだなあ」

     映画のタイトルと上映開始時刻が並ぶディスプレイを見ながら、ふと呟く。
     すると、隣にいた少女がぴょんと耳を反応させて、こちらを向いた。
     華やかな赤色の髪、左目の目元にはハートマークのラメ、左耳にはハート型の耳飾り。
     担当ウマ娘のラヴズオンリーユーは、意外そうな表情で首を傾げる。

    「そうなの? 映画の話には良く反応をくれるから、通ってるんだと思っていたわ」
    「サブスクとか使って見てるだけだよ、ラヴズは今でもたまに行くんだよね?」
    「ええ、家で気軽に見るのも良いけれど、迫力ある大画面で見るのはまた格別だもの♪」

     そう言って、ラヴズはぱちりとウインクを飛ばした。
     確かに、幼い頃、初めて映画館で映画を見た時の衝撃は、頭の中にまだ残っている。
     大画面、大音量、そして特有の雰囲気。
     最近は忙しさもあって足を運ぶことはなかったが、せっかくの機会、童心に帰るのも良いかもしれない。
     ふと、ラヴズは映画のタイトルと上映開始時間の並ぶディスプレイをちらりと見やった。
     そして尻尾をぱたぱたと振りながら、言葉を続ける。

    「それに、この映画だけは絶対に公開初日に見ようって決めてたの……あっ、付き合わせちゃって、ごめんね?」

     申し訳なさそうに言うラヴズ。
     一緒に観に行ってくれる友人の都合が付かず、俺にお鉢が回って来た形だった。
     別に仕事が溜まっていたわけでもなかったため、特段、気にしていなかったのだけれど。

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:11:13

    「むしろ誘ってくれてありがとう、かな、俺もこの映画気になっていたから」
    「……そうなの?」
    「キミが配信で事あるごとに話してたからね、タイトルも覚えちゃった」
    「えっ、わっ、私、そんなに話してた?」
    「……自覚なかったんだ」
    「全然……ちょっと気を付けないとダメね、あはは」

     恥ずかしげに頬を抑えながら、困ったように笑うラヴズ。
     楽しみにしていることが伝わって来て微笑ましかったから、気にしなくても良いとは思うけれど。
     俺はその時の配信の内容と、コミュメンの補足を思い出しながら、彼女へと問いかける。

    「確か、この監督の前の作品がすごくお気に入りなんだよね?」
    「そうなの! すごいロマンティックで、とってもドキドキで、とにかくラヴ~い作品なのよ♡」
    「へえ、事前に見ておこうと思ったんだけど、配信されてなかったんだよなあ」
    「……! 私、ブルーレイ持ってるから、今度一緒見よっ! ね? ね?」
    「あ、ああ、そうだね」

     ラヴズは目をぎらりと輝かせ、鼻息を荒くしながら迫って来た。
     彼女にしては少し珍しい姿、それだけこの監督の作品が好きなのだろう。
     そっちも楽しみになってきたな、と思った矢先、アナウンスが鳴り響く。
     それは俺達が見る予定の回の入場が開始したことを示すものだった。

    「あっ、いよいよね……この日のために、SNSの利用は最低限にしてきたんだから」

     アナウンスを聞いて、耳をぴこぴこさせながらラヴズは気合を入れた。
     この映画は海外で制作されているものであり、本国で少し前から上映されている。
     それ故にネット上ではネタバレが流れていため、彼女は数日前からSNSを制限していた。
     配信においてトレンドを把握しづらいのはかなりのマイナスだが、それ以上に楽しみなのだろう。

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:12:20

    「さ、行くわよ、トレーナーくん」
    「うん、えっと、このシアターは」
    「そこは突き当りまで進んで右側奥の方ね……そうだ、はい♪」
    「わっ!?」

     突然、右手がぎゅっと柔らかくて暖かな感触に包まれる。
     ラヴズは俺の手を握りしめると、悪戯っぽい笑みを浮かべながら目を細めた。

    「今日は私が、君をエスコートしてあげるわね♪」

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:13:28

     照明が落ちて、スクリーンに光が灯り、いよいよ上映開始。
     序盤は、王道的なティーンエイジャーのボーイミーツガール。
     ありきたりな展開でありながら、甘酸っぱい雰囲気や丁寧な演技、そして美しい演出。
     それらは見るものを作品の世界観に引き込んで、釘付けにしてしまう。
     なるほど、これはラヴズが夢中になるのもわかるかもしれない、と思いながら隣の席をちらりと見る。

    「……♪」

     ラヴズは熱っぽく、そして、食い入るように画面を見つめていた。
     キラキラと目を煌めかせて、時々もどかしそうに口元を引き締め、そして安堵に顔を緩める。
     結構、感情移入するタイプだったんだな、と思わず見惚れてしまう。
     ……いけない、今は映画の方に集中しなくっちゃな。
     俺は飲み物で喉を潤して、気を取り直してから画面に目を向けることにした。
     それでも、時折彼女の様子を見ることは、やめられなかったのだけれども。

     不穏な空気が流れ始めたのは、中盤以降。

     起承転結でいえば転に当たる段階なので、雰囲気が変わるのは不思議ではない。
     ただ、なんというか、こう、剣呑と言うか物騒と言うか、そんな感じなのである。
     消息を絶つ登場人物、明らかに尋常ではない現象、頻発する不可解な事件、なんか急に出て来た鮫。
     気味の悪い寒気が、背中にじっとりと張り付いている感覚がした。
     これもこの監督の味、というやつなのだろうかと思って隣を見てみると。

    「……?」

     ラヴズは、明らかに困惑の表情を浮かべている。
     どうやら監督特有の要素、というわけではなさそうだった。
     しかし、謎を解決すると更なる謎が生まれる展開は、見る者を決して飽きさせない。
     まあ、映像作品の評価を途中で決めつけるほど野暮なことはないだろう。
     とりあえず色々な感想は置いておいて、再び映画へと集中することにした。

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:14:41

     そして────惨劇が始まった。

     高音質で響き渡る悲鳴、大画面で鮮明に散らばる血糊、迫真の演技で伝えられる緊迫感。
     和製ホラー特有の薄気味悪い演出に、王道的ともいえるジャンプスケア、脈絡もなく空から襲ってくる鮫。
     高い映像技術と豪華出演陣の演技力を、視聴者をビビらせることに全て注ぎ込んだ、そんな時間であった。
     正直なところ、さっきからずっとビクビクしてる、ホラーはそこまで苦手じゃないはずなんだけど。
     ……ラヴズは大丈夫かな、と隣に視線を向けてみると。

    「……っ! …………!? ~~~~~~っ!!?」

     ラヴズは顔を青ざめさせながら、声なき悲鳴を上げ続けている。
     そういえば、彼女はホラーは大の苦手だった。
     上映前のCM中も、ホラー映画の宣伝となると、さりげなく目を閉じて見ないようにしていた。
     今もそうすればいいのに、そう思った時、以前一緒にトレーナー室で映画を見た時のことを思い出す。
     カレンチャンからオススメされた映画を一緒に観たい、という流れだっただろうか。
     パッケージなどは恋愛映画に見えたのだが、中身は案の定というか、かなりドギツイホラー映画。
     その時も、彼女はビクビクとしながらも、決して見るのを止めなかった。
     曰く、せっかくオススメしてもらったから、とのこと。
     真面目というか、なんというか。
     あの時、彼女からお願いされたことがあったな、確か────。

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:15:50

    「……!」

     そっと、ラヴズの手に、手のひらを重ねる。
     あの時、俺は彼女から手を握っていて欲しいと、お願いされたのだ。
     そうすることで、ちょっとだけ恐怖が紛れるから、そんな理由で。
     だから今も、こうすることよって彼女を少しだけ助けられれば、そう思った。
     ラヴズは一瞬だけ手をぴくんと跳ねさせた、けれど。

    「…………♡」

     やがて手のひらを合わせて、それぞれの指を絡ませると、にぎにぎと握ってきた。
     文字通り、手に汗を握っているような状態だったけど、それ故にしっとりと心地良い。
     お互いの温もりを感じながら、映画はクライマックスへと突入していくのだった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:16:57

    「……ネタバレ防止のために情報を入れてなかったのが、裏目に出たわね」
    「まあ、運が悪かった、と思うしかないんじゃないかな」

     映画終了後、俺達は近くのカフェにいた。
     ラヴズはスマホを眺めながら、少しだけ疲れたような顔でため息をつく。
     改めて公式サイトを覗いてみたのだが、公開直前にホラーであることを示唆する予告が出ていたようだ。
     とはいえポスター等からはそういう要素は読み取れない、いや、監督の新境地! みたいな触れ込みはあるけど。
     そして、何よりたちが悪いのは。

    「でも、映画そのものはすごい面白かったよね」
    「そうなのよね……ラスト、主人公とヒロインの宇宙ステーションでの再会シーンとか、とってもラヴかったわ」
    「話の構成もすごかったね、まさか中盤で助けた迷い子鮫が、巨大ゾンビを倒す鍵になるだなんて」
    「ええ、今思えば、主人公と融合する伏線は序盤から丁寧に張られていたのよね」
    「うん、まさか、行方不明の親友が戦国時代にタイムスリップしていたとは」
    「そうそう! あのジョギングバトルとラップバトルも、あんな風に繋がるなんて────!」

     気が付けば、俺達は映画の感想を語り始めていた。
     まあ色々と言いたいことはあったけれど、きっと後世に残るような名作ではあったのだろう。
     そんなわけで、頼んだコーヒーが冷めてしまうのを気にも留めずに、映画談義に花を咲かせるのであった。

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:18:15

    「あら、もうこんなに暗くなっていたのね」
    「ちょっとカフェで話し過ぎたね、寮まで送っていくよ」
    「ふふ、ありがと♡」

     外に出ると、すっかりと夜は更けていて、道行く人々も少なくなっていた。
     とはいえ、門限にはまだ余裕があるのでゆっくりと帰れば良いだろう、そう思いながら歩みを進めるのだが。

    「……ラヴズ?」

     何故か、ラヴズはその場から歩き出そうとしない。
     少し強張った表情で暗い街並みをじっと見つめていた。
     やがて、ハッとしたように我に返って、慌てた様子でこちらへと駆け寄って来る。

    「ご、ごめんなさい、ちょっとボーっとしていて」

     ラヴズはすぐに追いつくけれど、その瞳は微かに揺れているように見えた。
     本当なら、気づかない振りをするべきなのだろう。
     しかし、映画の熱に浮かされているせいなのか、俺はついつい、何も考えずに声をかけてしまった。

    「……怖いの?」
    「……っ!」

     刹那、ラヴズはかあっと顔を赤らめて、ジトっとした目で睨みつけて来る。
     やらかした、と思うけれど時すでに遅し。
     ホラーが大の苦手な彼女だ、直後の夜闇に少し怯えてしまうのも不思議ではない。
     デリカシーに欠けていたな、と発言に後悔しつつ、彼女の視線から逃れるように顔を逸らす。

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:19:18

    「……ええ、怖いわよ」

     ぽそりと漏れる、ラヴズの声。
     視線を戻せば、彼女は唇を尖らせながら、頬を微かに膨らませていた。
     やがて、意を決したように無理矢理の笑顔を作って、大きな声で言う。

    「だから────今日はトレーナーくんの家に泊まっちゃおうかしら♪」
    「……はい!?」
    「今日の映画はとーっても怖かったから、その分、いーっぱいトレーナーくんに慰めてもらうんだー♡」
    「いや、さすがに泊まるのは、外泊届も今から間に合わないし!?」
    「…………慰めるのはいいんだ?」

     ラヴズは呆れたように、そして少し嬉しそうに笑みを浮かべる。
     そして、ゆらりと尻尾を揺らめかせながら、肩が触れるくらいに、身体を寄せた。

    「冗談よ、寮にはクロノちゃんもいるし、ふふっ、今日は一緒のベッドで寝かせてもらおっかな?」
    「そ、そっか……あー、変なことを言ってごめん」
    「別に怒っていないわよ、怖いのは本当だし…………だから、その、ね?」

     急に、ラヴズはもじもじとした様子で言葉を詰まらせた。
     これまた珍しいな、と思いながらも、俺は彼女の言葉を待つ。
     そして、彼女は指を揉みながら、絞り出すような小さな声で言葉を紡いだ。

    「…………寮に着くまででいいから……また…………手を繋いでほしい、な」

     俺は、言葉を返さなかった。
     無言のまま、そっと優しく、ラヴズの手を握りしめる。
     暖かくて、柔らかくて、そして微かに震えている、彼女の小さな手。
     一本一本指を絡ませていくと、彼女の緊張が少しずつ解けていくような感じがした。

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:20:37

    「えへへ……ありがとう、トレーナーくん♡」

     そう言うラヴズは頬を赤く染めながら口元を緩めて、ぎゅっと握り返してきた。
     そのことが嬉しくて、嬉しく感じていることが気恥ずかしくて、俺は顔を逸らしながら誤魔化してしまう。

    「そ、そういえば、明日は重賞だったな! クロノジェネシスも予想に励んでいるんじゃないかな!?」
    「うん、どうも応援している子が出るらしくて、前から入念にカメラの準備もしているわよ?」
    「そうなんだ、でも、重賞があるのって」
    「ええ、北海道の方ね、だから前日の夜から現地に行って泊まるとか────」

     その瞬間、ラヴズの顔がぴしりと凍り付いた。
     前日の夜、というのはつまり、今日のこと。
     彼女の話を纏めるのならば────同室のクロノジェネシスは、今日は不在ということになる。
     ラヴズは突然立ち止まり、ぎゅっと手を握る力を強めた。
     そして泣きそうな表情になりながら、潤んだ瞳で、こちらへと訴えかけてくる。

    「……やっぱり、今日はトレーナーくんの家に泊まるっ!」
    「えっ!? いやいやいや、ダメだってば!」
    「い~や~! 泊まるの~! トレーナーくんにラヴを注入してもらうの~!」
    「言い方!?」

     手をぶんぶんと振りながら駄々をこねるラヴズ。
     その表情は必死なものでありながらも、どこか、楽しんでいるようにも見えた。
     ……なお、最終的には彼女が眠くなるまでLANEでお話をする、ということになった。

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:23:05

    お わ り
    ちなみに自分が最後に映画館で見たのは孤独のグルメでした

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 13:40:38

    SS乙です
    ラヴズとニシノに『お花が沢山出てくるラブストーリーだよ』って言ってミッドサマー見せてやりたい

  • 13二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 18:06:27

    泣き顔ラヴズもまた一興

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 18:48:46

    俺、今なら口から砂糖を吐き出せるぞ…

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 19:11:01

    【定期】なんでまだ付き合ってないんですか?

  • 16二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 19:13:34

    [¥30000]今日も惚気配信助かる

  • 17125/06/20(金) 00:03:20

    >>12

    悪魔の所業

    >>13

    いいよね……

    >>14

    ラヴズシナリオは大体そんなんだった

    >>15

    健全な関係だから……

    >>16

    やっぱあの世界もスパチャあるのかな……

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