- 1二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:09:01
- 2二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:10:03
なるほど己から見れば鈍(なまくら)の鉄屑でも地上のものと比べればその威力は比較になるまい。
少しばかり強い武器を持っただけで自分までが強くなった気になって暴れる愚か者共、武器に使われるとはどいつもこいつもつまらぬ使い手ばかり。
槍を放り捨て、盾を放り捨て──そのうち鋳潰してくれる──そして最後に唯一目を惹いた剣を手に取る。
古い剣だが、他の武器とは輝きが違った。
「やはりベルクか」
魔界にしかない鉱石で造られ、そして打ち方に独特の特徴を宿した剣。
手入れをされた様子も無いのにその刃は完全な状態で鏡のように己の仏頂面を映していた。 - 3二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:11:36
紛れもなくベルク一門の作に違いない。
だが見るべきところなどない、丁寧な造りではあったがそこに使われている技法は古く、その全てを己は体得していた。
やはり数ある鈍(なまくら)の一振りに違いない、己の理想には程遠い──そう思って同じく放り捨てようとした瞬間、己しかいないはずの庵に別の誰かの声が響いた。
「やはりベルクか」
剣が、声を発していた。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:12:43
◇
「今さらになってベルクの手に戻ろうとは思わなかった。
ましてあの名高い名工にまみえようとは」
「なるほど、魂を宿していたのか。そのくらいの出来なら考えられる話だ。
……他のクズ共のように人間を操ったりしないだけ分別はわきまえていたようだな」
「ずっと息を殺していたのだ。あの者達は相応しい主ではなかったが故に」
魔族の男が再度鞘から引き抜くと、やはりそこには淀んだ目をした魔族が映っていた。 - 5二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:13:47
「随一の名工と称えられるあなたの眼鏡に私の如き鈍が適わぬのは当然の事、鋳潰すというなら好きにするがいい。
だがその前に、我が創造主と同じベルクであるあなたに、私はどうしても問いたい事があるのだ」
「ほう」
思えば、己は武器に問われた事など無かった。
剣の問いとやらに興味が湧いた。
「言ってみろ」
剣の問いとやらに興味が湧いた。
主に注文を付ける武器は数多かったが、鍛冶に問いをかける武器は未だ見た事が無かった。 - 6二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:14:47
◇
「かつて私は、たった一度だけ、魔界で素晴らしい剣士の手に取られた事があった」
使っていなかった木箱を即興の演説台に与えられ、剣は喋り始めた。
「いや、最初から素晴らしい剣士であったわけではない。
非力で未熟な魔族の少年だったが、戦乱の最中、前の使い手の屍から私を取り上げたのだ。
私はというと、ベルクの名剣とうたわれそれまでに多くの魔族の手を渡っていた。
どれもそれなりの技の持ち主ではあったが、その誰もが私を手にした途端その威力に溺れ、己を無敵になったのだと過信し、その慢心故に死んでいった。
そんな事を何十回と繰り返していた。
皆つまらぬ使い手だった。うんざりしていた」
魔族の男は息を吐き、何も言わずグラスを傾けた。
「新たに主人(あるじ)となった少年は弱かったが、それ故に向上心が、克己心が強かった。
彼はただ名剣を手にしただけでは非力な己が他の剣士に勝てはしないと知っていた。
強くなるために魔族とは思われぬ地道な修練を重ねた」 - 7二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:15:59
「少年には学が無く、師もなかった。それ故、我流の剣術で戦うよりなく、それがまた少年を強さから遠ざけていた。
私は初めて持ち主のために己の力を傾けてやりたいと思った。
少年に語り掛け、それまでにこの身で振るわれた技を教えた」
「少年は見る見るうちに成長した。
非力はいかんともしがたかったが、それを補う工夫を重ね、優れた使い手となった。
竜を斬り、名高い剣士を倒し、主人の名は轟いた」
魔族はグラスを傾け、そしてそれがとうに空である事に気づいてテーブルに置いた。
話の結末を察しながらも、今や魔族は身を乗り出していた。
「主人はいつも言っていた。次は何を教えてくれるのかと。
そうすればまた俺は強くなれると。そうしたら次は何と戦おうかと。
私は嬉しかった。
地獄のような魔界にあって、自分はこのために武器として生まれたのだと思った。
我々はついに魔界のある地方で随一の使い手と知られるまでになった」 - 8二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:17:03
「主人は結局、戦いに倒れた。
あまりにも名を上げ過ぎたがために、強力すぎる魔族の目に留まってしまったのだ。
その魔族は地上に攻め入る配下になれと主人に迫り、それを拒むと力で従えるまでと襲い掛かった。
……我々の持つどんな技を用いても、あの者には通用しなかった。
戦いの末、この身は打ち砕かれ、主人の身は引き裂かれた。
その魔族が去った後、ベルクの打ったこの身は修復したが、主人の命は直らなかった」
「鍛冶よ、我ら刀剣の創造主よ、私はどうすればよかったのだ?
つまらぬ主人の手にあって倦み、素晴らしい主人の手に渡っても失って嘆くだけの運命なら、どうして我らに心など宿るのだ?
結局は主人を死に導くだけなら、私のした事は間違いだったのか?
戦いを性とする武器に生まれた事がそもそも誤りだったのか?」
剣に映る魔族の顔は、剣の想いが乗り移ったかのように悲痛だった。
「……間違いなどではない」
僅かな間目を伏せ、魔族は呟いた。 - 9二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:18:14
間違いなどではない。
この剣で名を馳せたというなら、使い手も剣も互いに最善を尽くしていた事は明らかだった。
それでも及ばない程に敵の力が強かったに過ぎない。
「お前は……いや、お前達は正しかったのだ。
お前は武器として為すべき事をし、お前の主人は剣士として為すべき事をした。
お前がそうであったようにお前の主人も幸せだったに違いない。
お前達は、為すべき事をしたのだ……」
剣を見ると、やはり沈痛な面持ちをした魔族が映っていた。
「もしもお前が新たな命を、力を欲するならお前を打ち直してやろう。
今よりも遥かに強く生まれ変わらせてやる。
だがお前があくまでその主人のための武器だというなら、俺の倉に場所を開けてやろう。
そこで眠りに就くがいい。
何にも煩わされず、主人の思い出を抱いて──お前にはその資格がある」 - 10二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:19:20
おしまい。
- 11二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:21:28
- 12二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:23:08
また何も悪い事をしていないロンが曇らされている…
- 13二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:25:58
武器なのに心があるって難儀だな……
良きSSでした - 14二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:27:07
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:28:13
- 16二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:30:59
ははーん?無粋にも手刀でボコって悦に浸りやがったなあの野郎?
的な? - 17二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:31:28
武器なんて大体不幸な終わり方をするものだと考えると鎧の魔剣とかは大往生だったんだろうな…
- 18二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:32:08
- 19二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:34:50
具体的には魔王ハドラー…
- 20二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:37:56
すっごい昔の話ならバーン様の手刀でボコられている
わりと最近の話ならハドラーにへし折られて…
……主人の遺骸は……バルトスの一部に…… - 21二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:38:18
見知らぬ魔族剣士とベルク剣のささやかな幸せの日々(?)を聞いてちょっとウキウキしてるロンさん可愛いね
まあ魔王とデスエンカして殺されたのだが… - 22二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:39:52
ブラッディスクライド原型の突きを放つバルトスの上右腕って…
- 23二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:40:33
昔…武器と使い手は一つだった…
武器は日々進化し使い手もそれに恥じぬよう努力した…
そういう者ほど勇敢に戦い死んで行った… - 24二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:43:02
まともな精神性の武器は最終的には使い手を失って曇る事になるし
曲がった精神性の武器はベルクスになって世に仇なすし
まあやってられないよな… - 25二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 08:44:14
そう考えるとダイの剣はいい子過ぎる
気位は高いけど… - 26二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 09:25:50
へェ…ベルクの武器は自己修復するって設定こういう風にも使えるんだぁ…
一緒に死ぬ事もできないんだね… - 27二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 09:27:50
ブラックロッドとか短い生だけど満足してそう
使い手の一瞬だけど閃光のように……!を聞く前に砕けたの勿体ない