【ホラー・SS・🎲】さいて、ながれる

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 14:25:19

    ※自作CoCシナリオがもと
    ※CoC知らん人でもわかるホラーSS風味にリライト
    ※潔、カイザー、士道、凛の4人のみ登場
    ※時間軸謎
    ※行動はダイスで決める部分、安価で決める部分有り

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 14:47:40

     ブルーロックメンバー、および海外選手たちは今、山の中にいた。
     帝襟アンリにより施設の欠陥が発見され、それに伴う大規模改修により、選手たちは急遽代替合宿地へ向かう事になったのだ。
     場所は東京郊外の山間部。移動は青い監獄のマークが輝くバスで。
     休憩でSAに寄ることはあったものの、トイレ以外でうだるような熱気が渦巻く外になど到底出たいとも思えず、多くの選手は冷房の効いたバスの中で思い思いの時間を過ごしていた。
    いっとう深い山道を登る途中、バスが突如として停止する。

    「……は? 止まった?」

     誰かが言った。エアコンも消え、沈黙した車内にざわめきが走る。運転手が外に飛び出してどこかに電話をしたりなど、懸命に再始動を試みるが、車はうんともすんとも言わない。
     イングランド・スペイン・イタリア組のバスは先に進んでいっていた。賢明な判断である。
     つまり、ここに残されたのは、まさにエンジントラブルに見舞われたドイツ・フランス組のバスだけだ。
     車外には深い山の空気が立ち込め、遠くでセミが鳴いている。時刻は昼過ぎ、陽はまだ高いが、雲の流れが早く、時おり薄暗くもなる。そして……暑い。

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 14:52:58

    「退屈すぎて死ぬ。探検してくるわ!」
     誰よりも早く車を降りたのは士道だった。スマートフォンだけを手にして、舗装されていない脇道へと分け入っていく。
    「えっ!? おい、待てよ士道! 一人で行くな!」
     フランスのメンバーは「いつものが始まったよ」と言わんばかりに静観し、ドイツのメンバーも我関せずの顔でいたが、潔だけは別だった。士道の爆発を三次選考でもU-20戦でも浴びていた潔だからこそ、彼が「何をやらかすか」を一番に考えられたのかもしれない。
     脇道に分け入っていく二人の背中が消える前に、凛が立ち上がった。
    「あれれ? 気になっちゃう?」
    「フン」
     シャルルの茶化すようなセリフに鼻を鳴らして、凛はそのまま降車口に向かった。遠くからでも主張が激しい士道の髪色を追いかけて、木立の間をすり抜けるように歩いていく。
     こうして、士道、潔、凛が消えた車内は、各々が「どうする?」と顔を見合わせて、微妙な空気になっていたものの、最後に立ち上がってバスを降りたカイザーがそれを打ち破った。
    「カイザー! クソ世一なんて追う必要ねぇです! 行くなら僕も一緒に……」
    「黙っていい子にしてろ、ネス」
     はねつけるようにして言われたネスは、首を振るノアに押されてバスの降車口で固まった。瞳は揺れており、ついていきたいと顔に書いてあるようだが、カイザーがとりあうことはない。
     木立の中に迷うことなく歩いていくカイザーの視界に、既に彼らの姿はなかった。だが、踏み倒された草木から、彼らが進んでいった道は理解できる。
     カイザーがふと呟く。
    「あいつ、呼ばれてたみたいだったな……」
     カイザーは肩を抑え、顔をしかめたが、すぐに足を進めた。
     こうして、四人は"余土村"へと足を踏み入れることになるのだった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 15:23:56

     士道に追いついて戻るよう説得していた潔であったが、士道はそんなことも聞かないでずいずい前に進んでいってしまう。そのうち凛も合流して潔が叫び、更にぬるっと湧いて出て来たカイザーに頭を抱える羽目になった。
     よりによって、ドイツとフランスの主役級が揃い踏みである。このメンバーが遭難したらコトだ。なんとしても無事に帰らなければと意気込む潔をあざ笑うようにでたらめに木立の中をしばらく進むうち、士道が「お」と声を出して足を止めた。
     潔たちも士道の視線の先を覗き見てみると、そこには木々の合間にひっそりとした集落が存在していたのだ。まるで崖のようにも思える急な坂を下ると、踏み固められた道が現れ、茅葺き屋根の家々が並ぶ光景がより鮮やかに映る。
    「……村?」
     思わず声に出す潔。凛は目を細めてあたりを見渡しながら、マップアプリを立ち上げた。
    「地図にはなかったはずだ。……今は圏外だな」
    「今は圏外……なら、わざわざ見てたのかよ」
    「こんなところに入っていくのに見ない方がどうかしてる」
     潔の口元が引き攣ったところで、カイザーが潔の肩を叩く。
    「何?」
    「あれは何と読む? ようこそ、は読めた」
     カイザーは言語こそ御影イヤホンによって翻訳されて聞こえはするものの、日本語を読み解くのは難しいらしい。といっても、ひらがなを読めているだけでも彼の学習意欲の高さがうかがえるが。
     潔は珍しく皮肉も敵意も篭っていないカイザーの言葉に従い、舗装のされていない小道の脇にある看板を読み上げた。
    「ようこそ、……あまり、つち……村へ?」
    「あまりつち? ヨドじゃねぇのか」
     木彫りの看板は比較的最近作られたもののようだった。その新しさに、どこかわざとらしさも感じる。まるで、迷い込んだ者に「ここは実在する村です」と主張しているような――。

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 15:25:38

    「おーおー、いいじゃんこういうの。ザ・田舎! って感じ」
     士道が看板と一緒に自撮りし始めたので、そろそろ彼の好奇心も満たされたのでは? と見計らった潔が道を戻るよう促しかけた時、民家の一つの戸がガラリと開いた。
     現れたのは、着物に身を包んだ白髪の老婆だった。
    「よう来なさった、旅のお方。ちょうどええ、支度が済んだとこじゃ」
    「え、支度って……? あの、すみません、俺達、ここに通りすがっただけで、もう戻るんです。道まで戻らないと」
    「じきに雨が降る、足場の悪い中、ここを歩きまわるのは感心せんね」
     老婆がそう言って微笑んだ瞬間、ぽつりと潔の鼻先で水滴が跳ねた。しとしとと糸のように降り注ぐ雨が、四人の服を濡らしていく。
     カイザーが濡れた髪を振り、水滴を飛ばした。それが凛にかかり、キレた凛がカイザーの胸倉をつかむ。面白そうに笑う士道が、自分のスマホを確認してからポケットに両手を突っ込んだ。
    「いんじゃね? 雨宿りくらい。村の中にならなんか連絡手段くらいあんじゃん?」
    「話はまとまったかえ?」
     老婆は、四人が来るのがまるで当然だと言わんばかりの態度であった。士道はくるりと踵を返した彼女に続いて、民家の中に入っていってしまう。三人は思わず顔を見合わせてから、降る雨の勢いが徐々に増していくことを鑑みて、その背中に続いたのであった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 15:46:18

    ホラーSSの波がマガジンカテに来ている気がする
    楽しみに読んでます!

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:22:42

     老婆に案内された家は、外観こそ古いが中は丁寧に手入れされていた。居間のような広間に通され、火鉢に火が入り、ぬるい茶が出される。誰も言葉にはしないが、四人ともどこか落ち着かない様子なのは明らかだった。
    「妙な村だな……」
     凛が小さく漏らした。士道はどこでも腹を出す猫のように既に我が物顔で畳に寝転んでスマホをいじっていたが、電波はずっと圏外のままだ。
    「Wi-Fiもなし、テレビもなし。なのに茶と火鉢は出る」
    「逆にすげーな、この生活……」
     カイザーは肩や脚の付け根、首のあたりを気にしている様子であちこち触っていたが、潔に「かゆいのか?」と聞かれてからは拳を一発潔に繰り出してその素振りをやめた。純粋な心配からであった潔は憤慨したものの、拳が空ぶったことから「怒ってますよ」のポーズであるらしいと察し、それ以上は話も振らずに老婆に質問をした。
    「あの、固定電話……電話線がひかれた電話とかはありますか?」
    「あるが、この雨の中で出歩くのはオススメせん。村長の家にあるから、わしが伝えてやろう」
    「ありがとうございます。えっと、ここに電話して、士道龍聖、潔世一、糸師凛、ミヒャエル・カイザーの四人がこの村……ここってヨド村であってますか?」
    「合うとるよ」
    「ヨド村に滞在していて、もし場所がわかりそうなら迎えに来て欲しいことを伝えて欲しいです」
     老婆はこくりと頷いて、潔に見せられた番号を紙によたよたメモした。そのうち、ばらら、と大きな雨粒が窓を叩く。茅葺屋根なのに窓が現代みを感じる網入りガラスで、どこかちぐはぐに感じられる。
    「つか腹減った」
    「同意してやる」
     士道とカイザーが声をそろえる。老婆がのそりと立ち上がった。
    「飯はこれを伝えたら炊いてやろ、魚は出んが許してくれんかね」
    「ばあさんバター醤油ある?」
    「バターは無いが醤油はあるのう」
     意外にもなつっこいらしい士道は土間に脱ぎっぱなしだった靴を履きながら、何故か二本あったうちの傘の一つをもって老婆についていった。雨の中に消えていく士道を見ながら、取り残された三人は、雨垂れの音を聞く。

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:24:54

    「……晩飯、何かな。手伝わないとだよな。あと風呂どうなってるんだろ……」
    「さっき確認したが、五右衛門風呂っぽかったぞ」
    「げっ、マジ!? どうやって入んの!?」
    「ゴエモンブロとはなんだ」
    「あー、なんか、こう、でっかい桶の下で直接火を……だよな?」
    「俺らが入ってる間婆さんに火を焚かせ続けないと風呂がぬりぃコトになる」
    「お婆さんに任せるの申し訳ないな……全員交代制で火焚く?」
    「年俸順でどうだ?」
    「お前それはずるいだろ」
     意外にも回る会話は穏やかだった。凛が補足し、カイザーが知らない知識を吸い上げようと質問を繰り返したり。その中で、カイザーがふとジャージを着たままの腕に触れる。
    「それにしても、ここは涼しいんだな。日本の夏に絶望していたんだが、涼しいようで良き。空調があるようだ」
    「は? ここ電気があるのかすら怪しいのに、空調があるわけ……」
    「違う。空調があるかのように涼しいトコだと言いたい」
     アンダスタン? と煽られ、潔は思わず眉間に皺を寄せたものの、何かに気が付いたらしい凛が急に立ち上がって窓を開ける。
    「……涼しい」
    「あ、うん、だな?」
    「思い出せ、クソ潔。俺達はバスの中で蒸し焼きになる所だったんだぞ」

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:27:08

     凛に言われ、潔は目を瞬いた。今は八月ど真ん中、暑くないわけがない。いくら山間部といえど、この涼しさはおかしい。体感で大体20度くらいだろう。だからこそ、ジャージに身を包んでいることが出来ている。
    「なんだ、これはやはり、日本ですら異常なコトなのか?」
     カイザーの言葉に二人が答えようとしたその時、がらりとガラス戸が開いた。傘を持ちながら袋を持った士道が興奮した様子で笑みを浮かべており、老婆も手に何か荷物を持ちながら家の中に入る。
    「なぁ聞けよ、夕飯ジビエだってジビエ! 野生感じてめっちゃイイ! 俺クマ食う。リンリンたちは?」
    「お前はいつでもバカみたいに元気だな」
     凛が吐き捨てながら窓を閉め、それ以上の対話を拒んだことで、先ほどまでの会話もどこかに消えた。だが、潔はこのひんやりとした空気や、それでも感じる高い湿度がどこか恐ろしく感じられ、思わず身震いした。
    「冷えるかえ」
    「えっ……いや、大丈夫です」
     いつの間にか近くにきていた老婆が、潔の顔を覗き込んでいた。潔はびくついて後退り、カイザーにぶつかってしまう。何か言われるかと思ったが、カイザーは口を噤んだまま、息を飲んだだけだった。
    「飯の用意しとる間、風呂入って来たらええ。水はもう張っとる。あとは火つけるだけじゃ」
    「火?! つけたいつけたい!」
     士道が放り出した荷物の中から、野菜が何個か溢れた。溜息を吐いた凛がそれらを拾ったところで、再度眉根を寄せる。また何かに気が付いたのかもしれないと察した潔は問いかける準備をしていたものの、凛は何も言わずに着席しただけだった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:28:29

     その後戻って来た老婆は必要最低限のことしか話さず、風呂に促され、それぞれ交代で風呂に入ることになった。潔は火の番を申し出たものの、不要と断られ、全員老婆に着替えを貰って戻ってくる。高身長の男に対応できる男物の浴衣がこれだけ揃っているのは何故なのか、潔は問うのも怖くなっていた。
     そのあとは野菜と肉と白米が並んだ十分すぎる夕飯を勧められ、士道が遠慮なくおかわりする脇で、カイザーもまたおかわりを一度したものの、何かを飲み込むたびに喉を気にしている様子なのが気にかかる。凛はといえば、何かを考えているようで、ずっとうわの空だ。
     そうこうしているうちに、簡素な客間に布団が四つ敷かれ、老婆はどこかに行ってしまった。灯りは燭台に乗せられた蝋燭のみで、互いの顔すら満足に見えない。スマホの充電は半分ほどで、無駄に使うのもはばかられる。
    「じゃ、明日になったら、迎えが来てることを祈って」
    「来てるといいがな」
    「そもそもお前が探検とかしなきゃこんなコトには……!」
    「でもおかげでおもしろいコトに出会えたんだからよくない? しかも涼しいし♪」
    「気付いてたのかよ……」
     会話の裏で、凛は既に寝入ってしまったようだった。寝息すら聞こえないので、寝ているかどうかも怪しいが、潔は取りあえず異変はないものとして目を外す。
     騒がしくああだこうだと言っていた士道は、喋り付かれたのか飽きたのか、パタっと撃ち抜かれたように沈黙し、そのまま寝た。潔とカイザーの間に会話が生まれるはずもなく、自然と二人もそのまま眠ることになる。
    ——翌朝。
    雨は上がっていた。

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:49:53

    CoC民向けと自分で忘れないようにかいておく
    HO1:潔世一
    HO2:士道龍聖
    HO3:糸師凛
    HO4:ミヒャエル・カイザー

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 16:50:05

    面白いです、続きが気になる

  • 13二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 17:51:19

     潔は、ぼんやりとした意識のまま目を覚ました。灯りは夜のうちに燃え尽きたようで、空が明るくなってきたことだけが、夜の終わりを告げている。
     寝入るまでの出来事はまるで夢だったようにも思えたが、すぐ隣で寝返りを打つ気配に、現実に引き戻された。士道の寝息が、どこか楽しげに聞こえる。
     ふと、床が冷たいことに気がついた。夏の盛りのはずなのに、朝露の気配が濡れた畳の上に漂っている。その冷たさは、肌の奥まで染み込むようだった。
     ――静かだ。
     小鳥のさえずりも、木々のざわめきも、どこにもなかった。まるで世界そのものが一度息を止めたような、そんな朝だ。
     立ち上がった潔は、静かに襖を開けて縁側に出た。すると、深い霧が村を包んでいた。木々の輪郭はぼやけ、視界は五メートルも先が見えないほどに深い。白く濃い霧の中に、木造の家々が浮かび上がるように並んでいる。
    「起きたか」
    声を掛けてきたのは凛だった。まだ寝ているのはカイザーと士道なのだろう。慣れない環境でもぐっすり眠れるのはいいことなのか、悪いことなのか。
    「うん……てか、まだ全然朝って感じじゃないな」
    「霧が濃い。あと……音がない」
     凛が口にして初めて、潔はそれに気付いた。昨日バスで散々聞いた蝉の声が、ここでは一切聞こえない。風の音すらない。まるで、どこかに閉じ込められてしまったかのような、音のない空間。
     潔は小さく息を吸い込んだが、その息がやけにひんやりとしていて、肺の奥に落ちる感覚が重い。凛と見つめ合うこと、しばし。お互い何か答えを探すように瞳の奥を探っていたが、それを打ち切るように着物姿の老婆が音もなく現れた。
    「よう寝られたかえ。朝餉の支度はできとる。よう食べて、咲祀の準備をせにゃならん」
    「さきまつり?」
     凛の疑問に答えることなく、老婆は優しく微笑みながら家の奥へと戻っていく。

  • 14二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 17:52:29

    「……さきまつりって言ったよな?」
    「言った。……昨日、"支度が済んだ"とかも言ってたな。流してたが、何の支度なのか分からねえ、もしかしてこれのか?」
     凛は思案するように唇を噛んだ。真夏の筈なのに、足元から冷えがのぼるようで、潔は思わず身震いし、寝乱れた浴衣を掻き合わせる。凛の呟きが静かに落ちた。
    「まつり……か。夏にするまつり……騒がしいのじゃなさそうだな。供養か? 何をするつもりだ?」
     ぶつぶつ呟きながら昨夜食事をとった囲炉裏の方に向かってしまう凛を、潔は慌てて追いかけた。老婆に促されるまま水場で洗顔しているうちに、遅起き二人組がやってきた。寝ぼけ眼の士道と、やたらと言葉が少ないカイザーも合流し、四人と老婆で朝餉の膳を囲む。
     昨夜とは違い肉がなく、野菜と味噌汁、白米、そして漬物だけの素朴な食事だったが、不思議と胃にはすっと収まった。いや、士道は相変わらずおかわりしていたが。
    「んで? 朝っぱらから祭りって?」
    「村の伝統行事で、一日かけて行うんじゃ」
    「一日かけて? っていうか、俺達の迎えは?」
    「まだ電話がかかってきとらん」
     昨日ついていった士道に確認するべく目線を送ると、きょとんと眼を瞬いていた。危機感というものが欠如しているらしい。
    「山道の歩き方も知らん子供を放り出しても夢見が悪いさけ、霧が収まるまでいると良いじゃろ。迎えもこの霧じゃあ来るのに難儀しとるのかもしらん」
    「そういう……うーん、確かにこの霧だともう捜索隊レベルになるよな。うわーごめんなさい絵心さん……」
     朝に見た霧の様子では、戻るだなんて自殺行為のように思えた。雨のせいで足元はぬかるんでおり、足を滑らせて転ぶことも懸念される。村に来るまでにあった崖のような坂を思い出すと、なおさらだ。

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 17:54:05

    「その伝統行事とやらは何をする?」
     誰よりものろのろと食事をとっているカイザーが問いかけた。涼しいと本人も言っていたようなのに、どこか息が上がっているように思える。潔は不思議におもって見ていたが、カイザーの肌が汗ばんでいる事に気付いて驚いた。
    「咲社を巡り、花を供える。唄も忘れずにな」
    「唄……?」
     潔の声に応じるように、老婆が腰を上げた。昨日老婆が持ち帰った袋の中にあったのか、茎を濡れた紙で包まれた花がたくさんある。一つ一つ丁寧に分けてゆき、五種類四本ずつに分けたそれを潔たちそれぞれの前に差し出した。
    「村のもんが唄っとるのを真似すればええ」
    「へぇ……歌詞カードみたいなのってあったりしますか?」
    「この手のだと口伝だろ」
     凛が突っ込んだ言葉に、老婆が軽くうなずいた。ぶっつけ本番ということである。やっと食事を終えたらしいカイザーが花を受け取りながら、鼻先で笑った。
    「伝統って言葉、クソだな。ロクなことがねぇだろ」
     呟くように言ったその言葉が、妙に重く、場を冷やした。
     老婆は気を悪くするでもなくただ笑い、すりガラスの外を指差す。
    「もう始まる。鐘が鳴ったら、最初の咲社へ案内するさかい」
     霧の中、微かにカン――、と金属を叩く音が響く。
     音はどこか遠く、だが確かに、村のどこかで「何か」が始まったことを告げていた。

  • 16二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 18:19:46

     潔は昨日のうちに洗って貰ったジャージたちが干してあるのを横目にみながら、新しく与えてもらった着物姿で外に出た。霧は相変わらず濃く、そのうち霧中に溶けて、距離の感覚すら曖昧になるのではと不安になる。
    「行くぞえ。最初はこっちじゃ」
     老婆がそう言って、花を入れた籠を抱えて立ち上がる。潔たちはそれぞれの手に花束を持ち、互いに顔を見合わせてから無言で頷いた。
     霧の中、老婆を先頭にしてぬかるんだ細道を進んでいく。道の端には昔ながらの石灯籠が等間隔で並んでいたが、どれも今は火が入っていない。ただ、うっすらと苔に覆われ、時間の蓄積だけが静かにその存在を語っていた。
    「……なあ、音、するよな?」
     士道がぽつりと呟いた。霧が音を吸い込んでいるかのように、潔が注意しなければ聞き取れないほどの声だった。
    「……足音。俺たち以外に」
     士道が目線を合わせ、妙に確信めいて発した言葉に、潔の背筋がぞわりと震えた。咄嗟に振り返ると、いつのまにか後ろには着物に身を包んだ老若男女が潔たちに続いて歩いている。
     カイザーも凛も、人の気配に敏感なほうだ。カイザーとはドイツ棟で、凛とは三次選考前の期間で一緒になったため、潔はそれを知っている。だが、このメンバーの中で一番最初に気付いたのは士道だ。
     ――二人とも、何かおかしい?
     潔が凛とカイザーに目線を向ける。
     カイザーは歩きながらも、言葉は少ない。時折眉をひそめては、霧の中で何かを探すように目線を巡らせ、左足の付け根に触れていた。微かにだが、その顔色は朝よりも悪い気がする。息を殺すように歩くその姿は、彼の持つ派手さとは裏腹に、妙に静かで影のようだった。
     凛はといえば、歩きながら何度か足を止めては、祠に続く小道の周囲を見回していた。何かに気づいたような鋭い視線を時折横に走らせるが、特に何も言わない。その目の奥に、薄氷を踏むような警戒があった。
     声を掛けようとしたその時、老婆が足を止めた。

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 18:23:02

    「……ここじゃ」
     古びた鳥居のような木の門が、ぽつんと道の脇に立っていた。その先に、小さな祠がある。周囲に柵などはなく、ぽっかりと森の中に咲いた野花のように佇んでいた。
     老婆が祠の前に進み、静かに口を開く。
    「この咲社には、ひめしゃらの花を供えるんじゃ」
     潔が手元の花束を見る。ヒメシャラは、いくつか咲いたものを枝木ごと切って来たようだった。老婆は籠の中に入れていたヒメシャラを手にし、祠の前に進み出る。後ろから突き刺さる視線に押されるようにして潔がよろめきながら前に出ると、三人とも黙ってついてきた。
    「唄うのじゃよ。唄いながら、花を供えるんじゃ」
    「えっと……その……」
     戸惑う潔の背後から、かすれた声が聞こえてきた。老爺の声だ。彼に合わせるように後ろから、もうひとつ、ふたつと、声が重なってくる。霧に隠れた見えない場所で、皆が同じ旋律を口ずさんでいる。
    「……マジで始まった……」
     士道がひそひそとつぶやき、一番に花を供えた。
     潔もそれに続く。歌詞も旋律もよくわからない。ただ、響く声に合わせるように、喉を震わせた。
     凛は一拍遅れて前に出た。目を伏せ、音の流れに耳を澄ませるように一息吸ってから、あえて誰とも合わないタイミングで唇を開く――その声は最小限だったが、逆に異質な静けさを孕んでいた。
    「はなはらり るるはらり
    よどの りゅうせき のぞけきは
    るかのあせびが めぶきしよるに
    かのひだりあし さくはなのやしろ
    はなはらり るるはらり」
    「……えっ?」
     潔は思わず目を瞬いた。初めて聞く唄をそこまで完璧に歌えるのは、凛の能力だけでは説明がつかない。しかし、潔のことなどまるで気にせず、凛はさっさと下がってしまった。
     残るカイザーはというと、花を供えるその瞬間ふと手を止めた。そして祠の奥を一瞥し、かすかに顔をしかめる。
    「……臭うな」
     誰に言うでもなく、そう呟いたその声は霧に沈んでいった。潔にはその言葉が、ただ匂いの話だけではないように聞こえてしまい、指先が震える。
     祠の中からふわりと――花の香りとは違う、湿った嫌な匂いが立ち上ったような気がした。
    「……次は、向こうじゃ」
     老婆は何事もなかったように振り返り、再び歩き出す。
     後に残った祠の中で、何かが微かにきしむ音がしたような気がして、潔は思わず足を早めた。

  • 18二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 19:00:52

     二つ目の咲社は、先ほどの咲社から北東に進んだ沢沿いにぽっかりと開けた小さな空間にあった。足元はぬかるみ、ところどころに踏み石が浮かんでいる。老婆は迷いなく進み、濡れた石を器用に渡っていく。
     道中、カイザーは右足を少し引きずるように歩いていた。さきほどより表情は険しく、何度か足を止めては眉をひそめていたが、何も言わない。潔はちらりと視線を送ったが、声は掛けられなかった。
    「……着いたぞえ」
     老婆が振り返った先に、小さな祠が佇んでいた。先程と殆ど外観は変わらない、こちらは祠の屋根が濡れており、腐食が進んでいるようだった。
    「この咲社には、樒を供えるんじゃ」
     潔は目を落とした。自分が持っているのは、樒の枝花だ。
    「樒には毒性があるだろ」
    「だから、ここは水がある。ほれ」
     老婆が示したのは手水舎のような場所であり、その中に色とりどりの花々が浮いている。その中に樒はない、当たり前だが、潔は安堵に息を吐いた。だが、毒物を持っていると思うと落ち着かないので、とっとと供えてしまいたいと視線を巡らせるが、老婆は穏やかに微笑むだけだった。
    「唄うのじゃよ」
     老婆の声が、また静かに響く。だが、今回は後ろの村人たちが唄い出すより早く、凛が前に出ていった。
     凛は足元の石に一度足をかけてから、一気に祠の前に出る。それから息を吸い込むと、村人たちには聞こえないほど小さい声で歌い出した。
    「はなはらり るるはらり
    よどの りゅうせき のぞけきは
    るかのひめしゃら さきしよるに
    かのみぎあしは さくはなのやしろ
    はなはらり るるはらり」
     その旋律を聞いて、潔は違和感に首を傾げた。大体あっているのだが、皆が歌う歌詞とは違うのだ。
    「ヒメシャラって、さっきの花じゃんな。凛ちゃんズレてら」
     士道が小さく呟く。だが、士道が指摘したその「ズレ」が、なぜか肌にまとわりつくような感覚を残す。
     カイザーは、最後に花を供えたあと、祠の木板を見つめていた。潔が気にかけて覗いてみると、そこには、ヒメシャラによく似た紋様が彫り込まれている。カイザーの視線がその紋から自分の右足へと移った。
    「次は?」
     老婆は返事をしない。花手水で手を洗った後、森の奥へと足を踏み出した。その一連の動作を倣い、四人は無言で老婆に続く。
     潔達の後ろに、行列が続いていた。

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 19:37:03

     老婆が「次はこっちじゃ」と短く告げるたび、潔たちはその背に続いて歩き出した。
     次に進んだのは、竹林の細道だった。足元には湿った落ち葉が散らばり、時折ぬかるみに足を取られそうになる。木々の隙間からは、わずかに陽の光が差している。だが、霧がまだ濃く漂っており、その光すら白んで見えた。
     しばらく歩いた先で、ぽっかりと開けた小さな平地に出た。そこは、低い土塀にぐるりと囲まれている。中央にぽつんと佇む祠は、今までの咲社と比べて苔むしており、どこか落ち着いた空気を纏っていた。いや、落ち着きすぎている。虫の羽音すらないこの空間に、潔は逆に肌を粟立たせた。
     凛はここで「るかのしきみが かおりしよるに かのひだりうで さくはなのやしろ」とうたった。
     その唄が終わるころ、祠に寄って紋を確認したカイザーが、ごく小さく鼻を鳴らした。やはりあった――ここにも、村人が供える花とは違う、樒の紋が刻まれていた。
     言われるがままに歌い、花を供えながら、祠の紋と凛の唄の合致を確かめる。誰も言葉にはしない。だが、それぞれの表情に、わずかに緊張と疑念が走っていた。
     村人は供える花と同じ唄を歌っている。凛が歌うのは、それと一致しない唄だ。
     凛は何も言わない。士道も、そしてカイザーも――祠に供えながら、何かを読み取るように目線を走らせる。もう、潔だけが疑問を持っているわけではなかった。

  • 20二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 19:38:23

     さらに道を進み、四つ目の咲社で凛が「るかのやまぶき しおれしよるに かのみぎうでは さくはなのやしろ」と歌い、そこにヤマブキの紋があるのを確認し、全員が険しい顔で老婆についていくうち、やがて霧が薄れ始めた。
     その向こう、小高い丘の上に最後の咲社があった。木々の切れ間にぽっかりと空いた空の下、黒ずんだ祠がひとつ。前にはさびた鏡が置かれていた。
     凛はそこで「るかのくちなし ちりしよるに かのずがいは さくはなのやしろ」とうたった。
     唄い終えると、老婆は脇に身を引き、代わるように村人たちが祠へ進む。まるで決められた順番のように、誰もが迷いなく花を供えていく。
     この人数からして、村はそう大きくないのだろう。それでも、供えられていく花の数は圧巻だった。次第に、祠の足元は花で見えなくなっていく。
     潔は、そこでようやくカイザーの異変に気づいた。
    「おい、カイザー! 大丈夫かよ?」
     カイザーは喉を押さえていた。顔にはびっしりと冷や汗が浮かび、まるで自分で喉を締めているような有様である。
    「……クソ余計なお世話……」
     かすれるような声でそれだけ言い残し、カイザーは目を逸らすように背を向けた。
     どこかで休ませてやれないだろうかと、潔が老婆の方を振り返ろうとした、そのときだった。
     カン――……。
     霧の奥から、金属を叩く音が微かに響いた。
     朝にも聞いた、あの鐘の音。だが今回はどこか、耳の奥を打つように重たかった。

  • 21二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 21:59:37

    続きが楽しみ

  • 22二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 22:10:58

    「……なあ」
     沈黙を破ったのは、士道の声だった。
    「この鐘ってさ、どこで鳴ってんの?」
     誰にというわけでもない問いだったが、老婆が振り返り、わずかに口元を緩めた。
    「よう気づいたの。鐘守は、鐘楼におる。……案内してやろう」
     そう言うなり、老婆はゆっくりと歩き出した。
     誰も口を開かない。ただ、無言のまま、列はその後をついていく。
     木々の合間を縫うようにして傾斜を登っていくうち、夕日が霧の合間から全員を照らしていた。しかし、声を出せば何かに届いてしまいそうな静寂が森の奥に満ちており、声を出すのも憚られる。
     しばらく歩いていると、不意に視界が開けた。
     高台のようになっている小高い丘の上、木々の切れ間に、異様な存在感を放つ岩が一つ。
    「あれが……おさえの鐘じゃ」
     老婆の指す先、白い紙が無数に張られた社。その中央に、青銅の鐘――梵鐘があった。巨大なそれの脇には巨大な撞木が存在感を放っている。
     鐘の周囲には、すでに幾人かの村人がいた。誰もが、無言でその鐘を見つめている。
     やがて、顔を隠すように布を被った男が歩み出てきて、撞木を思い切り引いた。
     カン――……。
     その音は、空気を割るようにして広がっていった。
     潔は無意識に息を詰める。近くで聞くと、まるで耳が麻痺して迷子になってしまうように思えたからだ。鐘が再び鳴らされてから、老婆は何も言わずに歩き出した。周囲にいた村人たちも、まるで合図を待っていたかのように、その後を無言でついていく。
     潔達も置いて行かれないように、老婆のまがった背中を追いかけていくと、しばらく歩いた先、森の中にぽつん、ぽつんと緑の光が灯っていた。
     霧の中で灯るそれは、提灯――だが、普通の灯火とは違う。一定の間隔で、その灯りが付いていたり消えていたりするのだ。

  • 23二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 22:13:46

    「……消えてるのがあるが、点けなくていいのか」
    「これでいいんです。全部ついちゃいるんですがね、どうしてもこうなっちまうんですよ」
     老婆の要領を得ない説明に、凛はかすかに眉根を寄せた。カイザーはその提灯の配列を辿るように、指先で手の甲を叩いている。
     提灯はまるで迎え火のように、霧の中で進むべき道を示していた。潔たちは、ただその光の列を辿るように歩くより他ない。
     やがて開けた空間に出た。そこには、神社の本殿に似た建造物があり、それの前に、賽銭箱よろしくまるで何かを「乗せる」ために造られた台座があった。
     その上には、まるで新品のような輝きを放つ、金色の神楽鈴が置かれている。
     潔は、なぜかそれが重要なものだと直感した。
     そこで、空がわずかに茜に染まり、霧をオレンジ色に染め上げる。
     緑色と混ざって、セピア色が村を包んだ。お互いの顔ですらまるで幽霊のように見えるのだから、光の効果とは不思議である。
    「さきまつりとやらは終わったのか?」
     カイザーの問い掛けに、老婆はこくりと頷いた。
    「終わって、火が落ちる前に家に戻る。そこでようやくおしまいになるんじゃよ」
    「じゃあ……俺達って、また泊まらせて貰うんですか……?」
     老婆がこくりと頷いたので、潔は不気味さに唇を引き結んだ。昨晩はまだよかったものの、一日かけてこんな祭りに参加させられて、その上でまた泊まりだなんて。監獄からの迎えはまだなのかと思うものの、夜もさしかかろう時間帯に来てくれる望みは薄い。
    「じゃあ案内しろよ、婆さん。霧がまた出て来たじゃん」
     傲岸に言う士道は何も気にしていない様子だった。確かに、霧がまた深くなってきている。早く戻らないと日も暮れそうだ。老婆はこっくり頷いて、四人を案内するべく歩を進める。
     潔はもう一度緑色の提灯を見て、金色の神楽鈴を見てから、冷や汗が幾分か引いた様子のカイザーについて老婆の家に向かうのだった。

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 23:10:39

     潔たちは再び老婆の家に戻っていた。
     長い巡礼の道のりに疲れた身体を座敷に預けながら、誰もが沈黙を選び、夕暮れの空気に耳を澄ませている。
     囲炉裏にくべられた薪の火が、ぱち、ぱちと静かに音を立てていた。あの咲社の異様な静寂とは違う、生活の音が、なぜか今はやけにありがたく感じられた。
    「よう歩いたじゃろ。ちぃと、休んでおき」
     老婆が、鉄瓶で沸かした茶を湯呑に注ぎ、潔たちに順に差し出す。湯気は緩やかに昇り、白く濁った夕靄に紛れて消えていった。さらに老婆は風呂の支度もするようで、咳を外す。潔はもう手伝いを申し出なかった。
     士道は黙って湯呑を持ち上げ、一口飲むとふうと息をついた。
    「……なあ、お前らも感じてんだろ」
     誰とはなく、ぼそりと士道が呟く。その言葉に、潔も、凛も、カイザーも、言葉にはせずとも顔を曇らせた。
     なにかが、ひとつずつズレている。
     花と唄、唄と祠、凛の旋律と村人の声、そして――咲社の紋と花の違い。
     それはただの偶然なのか、あるいは「意図されたもの」なのか。
    「……お着替えも出しとくよって」
     老婆が押入れから取り出したのは、昼に身に着けたものとはまた違う、夜用の浴衣だった。暗い藍色の地に、わずかに絣(かすり)のような模様が浮かんでいる。
    「ありがとうございます」
     潔がお礼を言うと、老婆は厨へ行ってしまった。脱力する潔だが、ずっと囲炉裏の近くで干してあったジャージの存在に気が付くと、自分の分から回収に向かう。まだ仄かに暖かいそれは完全に乾いたようで、遠くなってしまった日常を感じさせた。
     凛、カイザー、士道もジャージを各々回収する中で、一番最初に口を開いたのはカイザーだった。

  • 25二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 23:13:06

    「モールス信号」
    「え?」
    「モールス信号になってた。提灯」
     老婆が昨晩使った紙の束から何枚か紙を拝借した後、持ってきていたカバンの中からボールペンを引っ張り出し、カイザーが記号を描く。
    『・-・・ -・--- ・---・』
    「ついてる、きえてる、ついてる、ついてる……これで、カ」
    「……空白的に三文字か?」
     凛が二文字目に当たるであろう場所を指さし、カイザーの言葉を待つ。カイザーは首をゆっくりさすったあと、短くその言葉を吐き出す。
    「カエセ」
    「……何を?」
    「分からん。だが、提灯はそれを訴えてるようだな」
     カイザーはそう言ってから、片膝を立てて座り込んでしまった。静観していた士道が頭を掻きながらカイザーに目線を向ける。
    「お前さあ、リンリンの歌ってた唄通りの箇所が痛んでたんじゃね? 今痛んでんのはどこ?」
    「……何を」
    「リンリーン、先に唄教えて。つかなんでリンリンは歌えてたワケ? しかもなんかズレてるやつ」
     士道の容赦ない気り込みに、凛は深々と溜息を吐いた。
    「実家の方で聞いたことがあるんだよ、花の巫女の話。父方の祖母から聞いた話は、こうだ。とある美しい巫女が春になると村の家々を回り、花を配って人々を祝福し、山の方に帰っていく。巫女は村々で起きる問題を解決してくれると評判で、彼女の唄は柔らかく、やさしく、春の風のような音だった。だが、ある時を境に、巫女の姿は見えなくなった。彼女の存在は、その旋律で残していくことにしたのだ――」
     凛が鼻歌で歌い出した旋律は、昼に聞いた唄にそっくりだ。静まり返ったメンバーの顔を見渡してから、凛はカイザーに目を向けて言う。
    「巫女は、美しい金の髪と、流水のように青い瞳をしていたという」

  • 26二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 23:33:44

    次回投稿昼すぎになるかも
    考察とか落としてくれると助かる
    安価・ダイス行動はもうちょっと先

スレッドは6/26 09:33頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。