- 1テルテルボウズ25/06/27(金) 18:45:43
- 2テルテルボウズ25/06/27(金) 18:47:23
これ困るなぁ、と内心で思った言葉が、気持ちが、うっかり表情に出そうになる。その直前の所で気付いて、藤田ことねはその一歩手前で何とか踏みとどまった。
とはいえその一瞬がどうしても違和感として出てしまったようで、向かい合った相手がきょとんとした顔で首をかしげる。
「……あれ、どうかしたんですかぁ?」
「いやいや、どうもしないですよ! 新聞のインタビューって、こういう感じなんだなぁーってお話しながら思って……ちょっと余所見しちゃいましたねっ」
「あはは、そんなに注目されるとこっちも照れちゃいますね。そうは言っても精々学園内の部活程度の規模ですから、そこまで本格的でもないです。ゆるーい感じで大丈夫なんで」
場所は、初星学園の空き教室の一つ。といっても、ことねとそのプロデューサーが使っている事務所代わりの場所ではない。
書類棚があるわけでも打ち合わせに使うテーブルがあるわけでもない、基本的には誰も使っていない本当の意味での空き教室だが、その真ん中に椅子を置いて、ことねともう一人の相手とが向かい合って座っていた。
相手はことねと同じ初星学園の生徒で、ただし一般科の女子生徒だ。
なんでも一般科には新聞部があって、校内新聞なんかも時々出しているのだという。今回出す新聞に特集として「期待の新人揃いな今年の一年生」というものがあって、その取材相手の一人としてことねに御指名が入った、というのが今の状況だった。
そういえば時々、学内掲示板にそれっぽい新聞みたいなのが張り出されてることあったなと、ことねのほうはそのくらいの認識だったのだが、周りに聞いてみると案外周知されていて驚いたのはつい昨日のことである。
ことねのプロデューサーも話を聞いたときに「学内での評判アップも狙えるし将来的に本当にインタビューを受けるときの経験になる」と嬉しそうにしていたので、まあそういう事ならと取材を受けることにしたのだった。 - 3テルテルボウズ25/06/27(金) 18:48:43
「さて、改めて。ここまで大活躍だった話や、その秘訣なんかを聞いてきたわけですけど。ちょっとだけ聞きにくいことも質問させてください。もちろん悪意のある話とかじゃないですし、話しづらかったら無理にとはいいませんけど……」
「今のあたしに聞きにくいことっていうと……NIAのことですよね」
「お察しの通りです、ごめんなさい……行けますか?」
――この流れで嫌ですってめちゃくちゃ言いづらいだろ。内心ではそう思うけど、今度は顔にも出さず完璧に隠しきった。
話の流れと、少し前にフィナーレを迎えたNIAでのことねの順位。そのあたりを踏まえてこの特集に呼ばれたのだから、まあその話になるのは最初から予想できないほうがおかしい。
それが聞きづらい内容だと思われることも、そのものずばり「困る」と思った理由のひとつがそれであることも。
なにせ、
「NIAの最終結果、順位は二位ということで。優勝まであと一歩だったのは、きっと藤田さん的にも悔しかったと思います。かくいう私も応援しに行ってて、あと一歩だったのにって思ってました」
「そうなんですよねぇ。まあほら、相手は海外で活躍してる真っ最中ってことですし、しっかり実力差が出ちゃったカナって、思うしかないですけどね」
「いやいや、そんなことありませんよ! そもそも『ネクストアイドル』って銘打ってるのに現役活躍中の人引っ張ってきたのがおかしいし、それ差し引いても私は藤田さんのほうが可愛いと思ってましたからね!」
「お、おう……いきなり圧すごいな……でもそう思ってもらえて嬉しいですね」
「そういうわけで、あの白草月花との対決前にどんな心境だったのかとか、次があるならっていう抱負なんかをですね――」 - 4テルテルボウズ25/06/27(金) 18:50:16
そのあとの質問については上手く無難な答えを返して、踏み込まれ過ぎない程度に、それでいて突き放す印象にならないようにと気を配りながら。
そうしながらことねの視線はずっと、インタビュアーの手に握られたスマートフォンに向けられていた。
質問もそうだけど、今一番困るのって「こっち」なんだよなぁ。
校内とはいえやっているのは新聞の取材だ。インタビューの依頼を受けてから自分でその新聞に目を通すくらいのことは当然やっている。
張り出されている新聞の形式はインタビュアーが「そこまで本格的でもない」なんて言っていたのがただの謙遜だとわかるくらいには本格的で、当然写真なんかも記事についていて。
――最近のスマホって普通に画質いいしデータの管理も楽だから、ジャーナリストさんとかでも写真はスマホで撮りますって人が時々いるとかいう話、どこで聞いたんだっけ。そんな風に頭の片隅で思いながらいくつかの質問に受け答えをして、
「ありがとうございます、いい記事書けそうです! 最後に写真を何枚か撮らせてもらいたいんですけど、いいですか? もちろん藤田さんのプロデューサーさんにも許可はもらっていますし、用途は新聞記事に載せるためです。まあぶっちゃけ私藤田さんめっちゃ応援してて、もし許してくれるなら一枚だけ、ツーショットなんかも撮らせてもらえると嬉しいですけど……」
――だよなあ、こうなるよなあ。だから困ってたんだけど、これ嫌ですなんて言えないし。
なんで許可出しちゃったんだよプロデューサー、なんて一瞬思いそうになって、そう言いかけた脳内の自分をひっ叩く。
写真を撮るのが嫌になった理由は、誰にも話していない。プロデューサーにだって、むしろことねの事となるといっそ気持ち悪いくらいに全て見通してくるプロデューサーにこそ、絶対に気付かれまいと気を張っていたのだから、これで察して写真お断りと伝えていたらむしろ怖い。それなのに許可出したことを内心だけとはいえ怒るなんて自分勝手もいいところだ。
――よし、これがその罰だと思うことにしよう。
自分勝手なことでプロデューサーを悪く言いかけたおしおきとして、この写真は誰が見てもあたしの問題に気付かれない、完璧な写りと対応にしてやろう。もちろん仕方なしにじゃない、もしかすると、今回は大丈夫かもしれないという期待を込めて。 - 5テルテルボウズ25/06/27(金) 18:52:05
「じゃあ、返事の前に一個だけ確認しますねっ。……ファンの目から見て、今日のあたし、可愛いですか?」
「はいっ! めっちゃくちゃ可愛いです! 世界一、いや宇宙一!」
「ありがとうございまーす。じゃあ、オッケーですよ。ツーショットのほうも一枚だけなら」
インタビュアーが泣くほど喜びながら、それではと記事用の写真を撮って。
そのあと震える手を抑えながらのツーショットもしっかり撮って。
みてください、これ家宝にします、なんて大げさなことを言いながら撮った写真を見せてくれる。
それを見て、ファン向け営業スマイルの裏側で、ああやっぱり、とため息をついた。
やっぱり駄目だった。全然大丈夫じゃなかった。
多分このインタビュアーには、自分とその隣に映る可愛い笑顔の藤田ことねが見えているんだろう。それが正しはずだ。
ことね自身の目には、インタビュアーの隣にいる自分の顔が、とてもじゃないが可愛いなどと思えない。
焼け爛れている、黒ずんでいる、腫れあがっている。おぞましい顔をした何か。
そこに映っている自分が、自分にだけ「そう」見えることを、ことねはまだ誰にも話したことがなかった。 - 6テルテルボウズ25/06/27(金) 18:53:43
***
「NEXT IDOL AUDITION」その栄えあるランキング一位は、961プロダクション所属、白草月花。
そのアナウンスを聞いた瞬間のことを、ことねは今でも夢に見る。もちろん悪夢だ。
全身の力が抜けたのを覚えている。周囲が真っ暗になったような絶望を覚えている。
あれだけの啖呵を切って、自分がずっと追いかけてきた星の目を覚まさせてやろう、星南会長のライバルとして君臨してやろう、と珍しく勝負に燃えて、プロデューサーが全ての懸念を取り除いてくれて、正真正銘、全力の自分でFINALEに臨んで負けた。その「取り返しのつかない失敗をしてしまった」という気持ちをよく覚えている。
――よく立ち向かった、雛鳥。だが惜しいな。あと一歩だ。お前にはあと一歩が足りない。
そう言ってこちらを見下ろす相手の言葉も。
――あなたが足りなかったわけじゃないわ。十分に輝いていた。でもやっぱり、わたしはあなたの輝きを支えてあげたい。その気持ちは変わらないの。
もはや何も言えなくなった自分に、それでも優しい言葉をかけて、けれど結局その足を止めることができなかった星南の言葉も。
何度も何度も夢に見た。
他の誰も責めない分だけ自分の声が責めてきた。どうしてあそこで勝てなかったの、絶対に勝たなきゃいけなかっただろ、そんなふうに詰ってくる自分の声の中の一つが、やけに耳に残った。
――結果出たじゃん。こんな大事なところで負けて、こんなあたしは本当に可愛いか? - 7テルテルボウズ25/06/27(金) 18:54:55
答えられなかった。可愛いに決まってんだろと、口が裂けても言えなった。
そうしてその声が耳に届いた次の日から、それが見えるようになった。
朝起きて鏡に映る自分の顔で、まず肝を潰した。
何か薬品でも浴びたのかと思うほどに頬の一部がドロドロになった顔がそこに映っていて悲鳴を上げてしまい、同室どころか隣室のクラスメイトまで様子を見に来る事態になったのだ。
あたしの顔が、と伝えたのに誰もその意味を理解しないあの状況は今思い出しても恐怖と混乱でどうにかなりそうになる。
なによ、いつも通りじゃない。
ことねっちの顔が可愛いのはわかってるからもうちょっと寝かせて。
寝ぼけて虫でも見たんじゃないの。
そんな言葉ばかりが返ってきて、ようやくその違和感が自分にしか見えていないんだと気づいた。目を閉じたまま、頬に触れてみて、その感触が昨日までと変わらないこともその証拠の一つになった。
そこから意を決して、今度は悲鳴を上げないようにおそるおそる鏡を覗く。映る顔はやっぱりおぞましい惨状だったけれど、さっきとはその状態が違っていた。今度は全面火にあぶられたみたいに大やけどを負っているように見えたのだ。自分だけの顔が醜く見えて、見直すたびにその状態が違うとなればおかしいのは顔でも周りでもない。
――あたし、あんなに大事な場面で負けたショックで頭おかしくなっちゃったのかな。
ただ茫然とそんなことを思って、同時にこれは誰にも知られたくないなと強く思った。 - 8テルテルボウズ25/06/27(金) 18:56:12
それからとにかく振る舞いには気を付けて、誰にも違和感を悟らせないことを念頭に置いて、それは今のところ上手くいっている、とことね自身は思っている。
少なくとも寮生活において周りから変な目で見られることも、最近あの子様子がおかしい、なんて噂が流れることもなかった。
特に、その症状が出たタイミングとお休みが偶然重なっていたのが、ことねにとっては功を奏していたように思う。
その日一日プロデューサーと顔を合わせる予定もなくて、だから寮の中で周囲と接しながら妙に思われない立ち回りを、不審に思われない態度を徹底的に練習できたのだ。そこまでしないと、他の誰でもなくプロデューサーだけは誤魔化せる自信がなかったとも言う。
そこから、もう一か月が経とうとしている。
周りに心配はかけず、時折何か言いたげなプロデューサーもどうやら確信を持っているわけではないからか無理に突っ込んで来ようとはせず、自分の準プロデューサーのような立ち位置がすっかり馴染んできた星南とは忙しさを理由にほとんど顔を合わせず。
どうしても心の準備無しに見てしまうと体が強張ってしまうので鏡や写真、自分の顔をこの目で見てしまいかねない状況は仕事以外で避けつつ、それ以外はNIAより前と変わらずアイドル活動に精を出している。
気になることがあるとするなら、それは二つだけ。
時折見る自分の顔が、日に日に輪をかけて酷い様子になっていくことと。
あの十王星南が、いよいよアイドルを引退してプロデューサー業に注力するらしいという噂が学内で広まり始めていることだった。 - 9テルテルボウズ25/06/27(金) 18:58:14
***
「ことね。ちょっといいかしら?」
自主レッスンに向かおうと廊下を歩いていて背後からそう声をかけられたのは、星南の噂がもはやひそひそと話されるものではなく、公然のものとなった頃。
とうとう「進路希望で星南がプロデューサー科への編入を表明した」という話まで囁かれるようになった頃だった。
振り返った先にいたのは、まさにその噂の渦中にいる相手。
「どしたんですか、星南先輩。なんかすごい顔してますけど、あたし何かやらかしましたっけ」
あたし何日ぶりにこの人と話したんだっけ、なんて思いながら応じる。立ち話もなんだからといって少し離れた空き教室まで連れてこられて、ことねはようやくその表情が今までに見たどんな時より険しいことに気付いた。
同時に、今すぐにでも泣き出しそうになるのを懸命にこらえているように見えることにも。
「誤解させてしまってごめんなさい、そういう意味での呼び出しじゃないの。どちらかというと、やらかしたのは私のほうだし……今日はね、報告と謝罪をしたいと思ったの」
「報告……はともかく、謝罪ですか。別にあたし、会長に謝られるようなこと、なにも」
「ねえことね。本当に何も気付かないと思う?」
どきり、と心臓が跳ね上がる。まさか、でも誰にも話してない。話さずに誰かがあたしの見てるものに気付けるはずがない。こんなもの言ったって誰も信じようがない。それなのに何に気付いたっていうんだ。 - 10テルテルボウズ25/06/27(金) 18:59:21
緊張で固まったことねのそんな様子を見て、しかし星南が続けて紡いだ言葉は「やっぱり」だった。
「様子がおかしい、明らかに普段と違う。それ自体は分かっていても、何かあるのかどうかまで確信は持てなかった。だからこうやって聞くことにしたのだけれど、やっぱり何か隠しているのね」
「……カマかけですか。そーいうの、将来プロデューサーになるんだとして、担当アイドルの信用なくすんであんまりやらないほうがいいと思いますよ」
「そうね。でも多分、自分の担当アイドルが明らかに様子がおかしい、何とかしないとって思ったなら私は自分の信用を損なってでも同じことをやると思うわ。多分あなたのプロデューサーもそうなんじゃないかしら」
そりゃそうかもしれないけど、と尚も不服なまま、沈黙を貫く。多分それが「話せません」の意味だと、日に日に自分のプロデューサーと似てくるこの人ならまあ気付くだろうと考えて。
そして見込み通り、星南は小さなため息をついて少しだけ表情を和らげた。
「いいわ。でもせめて、どこかのタイミングであなたのプロデューサーには話しなさい。どれだけ話しづらくても、どんなに些細だとしても。それはアイドルとプロデューサーの関係で絶対避けてはいけないことよ」
「……はい。約束します」
「じゃあ話を進めるけれど、あなたのその話せない何か、少なくとも理由だけははっきりしているでしょう? 私が謝りたいのはそのことよ」
「別に、会長のせいじゃありませんケド」
「様子がおかしいことそのものは私にもバレているのよ? そのタイミングを考えれば、NIAの、あの日の結果と、それが誰のためだったのか。理由はそこにしかないじゃない」 - 11テルテルボウズ25/06/27(金) 19:01:45
責めるでもなく、怒るでもなく、もちろんヒステリックに叫ぶのでもなく。
ただ、疲れたように、諦めたように、力なく微笑みながら淡々と言い当てていく。星南のそんな様子が、ことねには見ていて怒鳴りたくなる気持ちを抑えねばならないほどに苛立つものだった。
見ていると我慢できなくなりそうで、ふいと視線を横に逸らす。そうすると今度は視線の先に窓があって、うっすらと映る自分の顔が見えそうになるので反射的にそのまま目を伏せた。
そんな動きが、はたして星南の目にはどういう意図に映っただろう。
「私が不甲斐ないせいで、あなたに無理な挑戦をさせてしまった。前にプロデューサーが言っていたでしょう? あなたは勝負事を意識してはいけないの。持ちうる魅力を全部引き出すときに、勝ち負けを意識させてしまったせいでそのコンディションを落としてしまったのは私の責任よ。あの後プロデューサーが用意してくれていた最後の仕上げで、あなたの憂いを全部なくしたその最後に、邪魔なものをたった一つだけ残してしまった。だから、あのNIAのランキングの責任は私にあるのよ」
「そんなわけないじゃないですか! あたしが負けたのはあたしの責任です! 変に力んじゃって、せっかく家族の前なのに、あんたの目を覚まさせてやらなきゃって思ってたのに上手く踊れなかったのはあたしでしょ!」
「その、変に力んでしまう理由を作ったのは、私よ。違う? あの日彼女に勝ってやるって啖呵を切ったその理由は、本当に私と無関係だった?」
「……それは、えっと」 - 12テルテルボウズ25/06/27(金) 19:03:27
――お前にはあと一歩が足りない。
無関係だったかと問われて、あの日言われたその言葉を思い出してしまう。それが答えだ。
「それに今、責任の所在はもういいの。あなたがどう思おうと、私にとってあれは全部私が招いた敗北。私があなたに押し付けた絶望。あの日から様子がおかしいなら、それは私に非がある。そうとしか思えなくて、そのことで頭を下げもせずにいるのは耐えられないの」
ぐっ、と握りしめられる拳。全身を斬られる痛みに耐えているような表情。
そうして、深々と自分に向かって下げられた、自分の憧れの人の頭を。
「本当に。……本当にっ、ごめんな、さい……!」
こらえきれずに震える声の謝罪を、一滴だけ床に落ちた雫を、その雫に一瞬映った――目で追えるはずのないほんの一瞬の雫に、自分の心が見せた自分の姿がより醜く崩れていくのを、ことねは止めることができなかった。 - 13テルテルボウズ25/06/27(金) 19:05:31
***
藤田ことねのプロデューサーは、ふうと息を吐いて天井を見上げた。
事務所として割り当てられた空き教室には今彼一人しかいない。
……ここ最近、どうにも仕事に集中できていない。雑念が多すぎる。
時間はあっという間に過ぎるのに、担当アイドルがNIAであげた成果は最高ではなくとも十分に世間から注目されるほどのもので、だから次から次へと仕事が舞い込んでくるはずなのに、それらを自分がイメージしている量の半分も捌けていない。
万全の状態なら目の前に積まれた書類の束は、とっくの昔に作業済みで姿を消しているはずだった。
少し前は担当アイドルと、彼女にいたくご執心なこの学園の生徒会長がこの部屋に頻繁に入り浸っていたのだが、それらはNIAの終了とほとんど同時に幻だったように消えている。
星南に関していえばまあ、もともと自分が担当しているのではなく、NIAの期間だけことねのために協力してもらっていたのだから、顔を出さなくなるのは仕方がないといえる。問題はことねのほうだ。
「そろそろ、待たずに踏み込むべきか」
ことねの様子がおかしいことには、とっくの昔に気付いている。その様子がおかしくなる直前、寮でことねが朝から悲鳴を上げたという話やその後の不審な言動についても周囲の人々に確かめてあった。
それでも本人に声をかけなかったのは、これが精神的な何かであるなら無理に問い詰めるとむしろ追い込んでしまうだろうという配慮や、そろそろ彼女には自分からこちらを頼るということに慣れてみてほしいという気持ちもあったが、それ以上に「もうどうすればいいのか自分にもわからなかった」からだ。 - 14テルテルボウズ25/06/27(金) 19:06:49
担当アイドルの前ではプロデューサーはどんな困難でも魔法のように解決できる、頼れる「魔法使い」であれ。
恩師からの言葉で特に感銘を受けているそれに従うなら、自分は踏み込んだその時点でそれを解決するプランを差し出さねばならない。
けれど今回はどこを刺激するとどんな影響がことねに出るかもわからない。手元の情報が足りなさ過ぎて、彼にしては珍しく弱気になっていた。
仕事の手も遅くしている大きな原因もその悩みのせいだ。
「まずはカウンセリングだろうか、それとも心理学……いや、こういうのは迂闊に手を出すのもな……」
さてどこから手を付けるべきか、と考え始めたその時、事務所の扉が静かに開いた。藤田さんだろうか、とプロデューサーが立ち上がって出迎えようとして、しかし相手の目を見て足を止めた。
咳ばらいを一つ。捌いていた仕事に苦戦しているうちに少し乱れていた髪を整え、背筋を伸ばし。
さっきまで眉間に寄せていた皺を一瞬だけ指でもみほぐして、深呼吸。
業務に埋もれる雑念だらけの男ではなく、頼れる魔法使いの振る舞いに。
どうすればいいかわからないなんて、そんな弱音を吐いていられる状況ではなくなった。
「……まず、座りましょうか。それから落ち着いて、話を聞かせてください」
「やっぱり、待ってたカンジですか?」
「今日話してくれなければ、しびれを切らして、嫌われる覚悟を持って踏み込むところでした。その前に話してくれる気になってよかったと思っています」
「そんなことであたし、プロデューサーの事嫌いになんてなりません。でも」
待っててくれて、ありがとうございます。
扉を開けたままの場所で静かにそう呟いた担当アイドルが、まるで泣き疲れた幼児のような、迷子のまま延々と歩いてきた子供のような、途方に暮れた顔をしていたからだ。 - 15テルテルボウズ25/06/27(金) 19:08:10
***
なるほど、とうなずく自分のプロデューサーを見て、ことねは静かに息を吐いた。長く話したからというのもある。それ以上に、話し終えた瞬間に驚くほど肩が軽くなった気がした。肩の荷が下りるってこういうときに使うんだな、なんてどうでもいいことをふと思う。
「話を続ける前に一つ良いですか藤田さん」
「はい?」
「……次からはですね、こういった問題はもう、抱え込まずに即日言ってください。あなたが言う事なら俺はどんな突拍子もないことでも疑ったりしませんから。お願いですから遠慮せずに、言ってください」
「やっぱ、黙ってたのマズかったです?」
「違和感を覚えたその日に無理やりにでも聞き出さなかった過去の俺を殴り倒して、教皇の座を剥奪してやりたいくらいには」
「ごめんなさい、想像してたよりショック受けてるっぽいですね、そりゃ」
結局プロデューサーにどこまで話したかといえば、それはもう「洗いざらい全部」ということになる。
あの日のNIAで負けて以降そのショックを引きずっていること。それ以降は鏡や写真を避けていることと、その理由。
ついさっき星南と交わした会話と、彼女の涙。それからもうひとつ。
星南にまつわる、例の噂と関係することだ。 - 16テルテルボウズ25/06/27(金) 19:10:20
進路希望で星南がプロデューサー科への編入を表明した、という噂。噂と呼ぶには妙に具体性のあるその話。
「噂については耳にしていましたし、本人からも聞いていましたが、その……進路希望というのは、まだ未提出なんですね」
「はい。本当はあたしに謝ってけじめつけたら学校に提出するつもりだったらしいんですけど、それだけは止めなきゃって思って。一週間だけ待ってくださいって言って、その進路希望票を受け取ってきちゃいました」
「……よく渡してくれましたね」
「まあ、かなり強引なことしたと思います。悪いと思ってるならその話待ってください、って、別に会長が何か悪いなんてあたし微塵も思ってないのに、一度謝ってきたことに付け込んだりしましたし」
「そこまでして一週間の猶予は作ったものの、そこからどうすればいいのかは思いつかない……と、そういう話で間違いないですね?」
確認されて、小さくうなずく。結局呼び止められた星南がしようとしていた二つの話のうち、謝罪ではないほうは今まさに噂されていることについての報告だった。
この謝罪の後で、その意思を表明するつもりだと、噂ではもう提出したことになっているならむしろちょうどいいわ、などと弱々しく笑う星南を見て、もうすっかり折れてしまったと思っていた心の芯がずきりと痛んだのだ。
――あ、このまま見送ったらだめだ。本当に終わっちゃう。何もかも取り返しがつかなくなる。それは予感と呼ぶのも生ぬるい。確信だった。
そう思ったその一瞬だけ、胸がかあっと熱くなった。あの感覚は少し前に一度だけ覚えがあるものだ。 - 17テルテルボウズ25/06/27(金) 19:12:18
あの時も同じように、弱々しい笑顔を見せた星南を見て似たように胸が痛んだ。怒りで熱くなった。気が付いたら啖呵を切って、とんでもない勝負を挑むことになって、そうして負けてしまったあの時と同じ。
もう一回だけ、立ち向かえ。
胸の奥で叫ぶ自分の声を聞いた気がして、気が付けば無茶苦茶な理屈でその進路希望票を奪い取っていた。奪い取ってどうすんだ、とかそういう考えは全部後に置いて、とにかく今この瞬間に終わることだけは避けなければと、もうそのことで頭がいっぱいだったのだ。
そこまで全てを話して、かなり気分が楽になったことを自覚して、プロデューサーの目を見る。
そうしてもう、何日ぶりかわからないくらい久々に、取り繕うためではなく素の笑顔が出た。
「あはは、どうしましょっか、プロデューサー」
「………………とりあえず、あなたが少しでも気が楽になったことを喜ぶべきか頭痛薬を飲むべきか迷いますが、それはさておき」
言いながら、先ほどまで自身のこめかみをほぐしていた指を、プロデューサーがぴんと立てて見せる。立っている指の数は二本。
「やるべきことは決まってます。まず藤田さんのその幻覚をまずは解決すること。こちらは現状すぐにどうにかできる特効薬のようなものはないので、俺のほうで手がないか探してみます。それからもう一つですが、その前にはっきりさせましょう」
「何をですか?」
「藤田さんが、星南会長をどうしたいのか、です。個人的な見解を述べれば、彼女はプロデューサー科に入っても実際上手くやっていける人だと思います。その進路を応援して見送るというのもまあ、決して不幸になるものではありませんし間違いではありませんが」
「でも、それはなんていうか」
「嫌、なんですよね。じゃあ、代わりにどうしたいか。はっきりさせたいのはそこです」
「どう、したいか……」 - 18二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 19:14:47
きたか……。髪……神SS製造人間
- 19テルテルボウズ25/06/27(金) 19:15:06
改めて意識してみると、なるほど。そこがすっぽり抜けていたなと今更ながらことねは気付く。
一番星をアイドルの頂点の称号にする目標を、できないからって自分に押し付けられるのが嫌だ。
あたしの推しを、他ならぬ推し本人に低く見積もられるのが嫌だ。
自分では届かないものにあたしなら届くみたいな、期待を通り越してただの他人任せな目を向けられるのが嫌だ。
あたしのことをライバルと認識もせずに、二度と競えないところへ逃げられるのが嫌だ。
――じゃあ、あたしはどうしたい?
「たぶん、ですけど」
「はい」
「すっごい、自分勝手です、けど」
「構いません。それを聞きたいんです」
「……諦めないでほしい、んだと思います」
口にして、そのとたんに自分の中で何かずっとぐらぐらしていたものが、すとんと音を立てて落ち着いたような気がした。それが何かのスイッチだったみたいに、何かの引っ掛かりが取れたみたいに、言葉が口をついて出てくる。
「星南会長に、諦めないでほしい。あたしの推しをあたしの手でアイドルの世界に引き戻したい。あたしに託そうとしてるもの全部、自分じゃできないからって思ってる星南会長に、できるよって、あなたが応援してくれてるあたしが、もうずっと推してる『星南ちゃん』ならできるって信じてるよって知ってほしい、です」 - 20テルテルボウズ25/06/27(金) 19:17:17
言いながら、視界がにじむ。気が付いたら涙がひとつ、ふたつと零れて、言葉と同じようにあとはもう洪水だ。
そうだ、こっちはこんなに信じてるのに、何勝手に諦めてるんだあの人。逃げんな馬鹿。そんな気持ちでいっぱいになって、もうそれ以上言葉が続かなくなって。うつむいて肩を震わせて。
そっと、頭を撫でられる感覚があった。
驚いてことねが顔を上げると、プロデューサーが優しい目をしていた。
基本的に無表情で、真剣な時もとんでもないことを言うときも真面目そのものみたいなプロデューサーの、ほとんど今まで見たことないような。あんまりの驚きに涙も引っ込む、言葉も吹っ飛ぶ、頭の中は真っ白で、
「プロデューサー、これやばいです」
ぽろっと出てきたその言葉に驚いたように、プロデューサーが素早く手を引っ込めた。
「すみません、つい無意識で。セクハラとかになりますねこれ、本当に申し訳ありません」
「あ、いえ、そこは別によくて、いや良くないけどそうじゃなくて」
「でも今『やばい』って」
「はい、別に『うわセクハラやばーい引くわー』的なやつじゃないです。でもどういう意味か絶対言いたくないです」
「気になるんですが……」
「気にしないでください。話次に進めてください。あたしの理性があるうちに。今すぐ早く」
あたしが引退するまで彼女作らないでください、というのはかなり記憶に新しいことね自身の爆弾発言なわけだが。
――そのお願いを普通に今自分から破りそうになってて、やばい。
それでは、と戸惑いを隠せていないままのプロデューサーが咳ばらいをして、どうにかそこで空気が元に戻った。
「……今の言葉を聞けて安心しました。それなら、今考えているプランでどうにかできると思います」
「え、いけるんですか!? あたし今結構無茶なこと言ったと思いますけど!」
「まあ、幻覚の話よりはよほど俺の得意分野ですので。とりあえず準備は俺に任せてください。その間にひとつ、藤田さんには頼みたいことがあります」 - 21テルテルボウズ25/06/27(金) 19:19:37
***
――預かってた進路希望票、返します。だから指定する時間にこの場所に来てください。
あの日の謝罪から三日空けて、ことねから届いた果たし状のようなメッセージを改めて見て、十王星南は首を傾げた。
指定の時間は放課後で、場所は学校の屋上。
学内定期公演の「初」で、最終オーディションの順位がある程度良かった生徒のための小さなライブステージ前である。
そんな場所に呼び出された時点で何をする気なのかはある程度察していた。おおかたミニライブでもやるのだろう、くらいのつもりで出向いたそこには確かにライブステージが用意されていて、ことねがステージ衣装で待ち構えていて。
そしてステージ前には座席が二つ。
「二つ? たくさんとか、一つだけとかではなくて?」
別に自分を特別扱いして欲しいと自惚れているとかではなく、でもこういう時の演出としてはいわゆる『たった一人に向けたライブ』みたいなのがこう、一番刺さるやり方ではないだろうか。
そうでないなら、今度は普通に観客を集めているとか。二席となると、自分の他に誰が来るのか星南には見当がつかない。
「はい、二つですよ。会長だけじゃなくてもう一組、あたしのライブ見る人がいるので。とりあえず、席にどーぞ」
促されるまま席につこうとして、そこでようやく星南はことねの言っていた意味を正しく理解する。手で促されていないほうの席にはよく見ると先客がいたのだ。クッションの上で倒れないよう器用に固定されたスマホスタンドと、そこに立てかけられたスマホ。
ビデオ通話中のようで、画面にはことねによく似た小さな子が三人と、その両親がそこに映っていた。なるほど、ことねの家族がそこにいたのねと内心納得し、画面に見えるように一度だけ覗き込んで小さく手を振ってから座る。
うわーいまの人凄く綺麗。俺知ってるよあの人。ねーちゃんの……オシ? とかいう人だよね。
なんて会話が聞こえてきて、つい笑ってしまう。いい家族ね、とステージ上のことねを見て言おうとして、そこでようやく気が付いた。 - 22テルテルボウズ25/06/27(金) 19:20:59
「ずいぶん、調子が復活しているのね、ことね」
「そりゃもう。プロデューサーの指示で実家に戻りましたからね! 今のあたしは家族パワーと! 推しへの愛で満ち溢れてますよ!」
言いながら、ちらりとことねの視線が舞台袖へ。機材に隠れていたけれど、そこに彼女のプロデューサーがいたのだろう。
プロデュース業務だけにとどまらず機材の扱いやらなにやら裏方スタッフの技能まで持っているのかあの人は、といずれ目指す相手に驚きつつ、けれどそもそもそちらを見ることはできない。
自信満々に、びしりと人差し指をこちらに向けることねの、もう久しく見ていなかった、本人は作り物の笑顔で誤魔化せていると思っていたらしい、けれど作り物とは明らかに別のエネルギーにあふれた眩しい笑顔。その瞳に真正面から射貫かれて、目が離せない。その状態からウインクを一つするだけで、星南の心臓が明らかに一度、おかしな跳ね方をした。
初星学園でアイドル科のレッスンをしていれば必ず習う。知っている。あれはいわゆる『特別な』ファンサというやつだ。自分だってできるちゃんとした「技術」だ。でもこんな完璧にぶつけてくるなんて。
「……私の目で見えているよりもずっと、成長しているのね」
ライブが始まって、だからもうことねから直接の返答はないけれど、その挙動全てが星南の呟きを肯定していて。
――このライブが終わったら、もう全部託していいわよね。
そんな風に思いながら、そのライブは幕を開けた。 - 23テルテルボウズ25/06/27(金) 19:22:14
***
――いやしかしこれ、きっついな。
曲と曲の合間で一瞬そんな言葉が出そうになる。何せ三曲ぶっ通しなのだ。
いくらダンスが得意でスタミナもついてきて、心身共に万全とはいえ普通に苦しい。けれどちゃんとやれている。
NIAのあの日に上手くできなかった「特別なファンサ」も合間合間でちゃんと当てられている。もちろん条件付きではあるけれど。
実家に戻って、家族としっかり触れ合って身も心も癒されて、さらに突発ワンマンライブの時間にビデオ通話で参加してほしいと頼む。もともとNIAでことねが特別なファンサを出しやすいようにするために用意された「補助輪」作戦の再現である。
こちらをじっと見つめる星南の表情を見つめ返す。すっかり夢中になっていて、頬を上気させて、嬉しそうで。でも、その笑顔は期待しているものと違う。
やっぱりあなたは見込んだ通りの逸材だわ、あなたなら私にできなかったこともできる。そう思っている目。
「……あたしは、その顔をぶっ飛ばしたくてこのライブに呼んだんだ」
小さく、マイクが拾わないようにつぶやく。
そしてステージ横のプロデューサーに目で合図。頷きが返ってくるのを見て、ことねは一曲目の前のように、びしっと星南を指さした。 - 24テルテルボウズ25/06/27(金) 19:23:26
「次に歌うのが、今日の最後の曲! あたしが伝えたいこと全部ここに乗っかってるんで! あたしに託そうとすんなって、あんた自分でやれよって! できないわけないだろって! あんた自身が諦めてても、あたしはあたしの推しならできるって信じてるってことを思い知れっ!!!」
こんなの本当にライブでやったらものすごい勢いで場がしらける。今回だけ特別の、今回しかやっちゃダメなMCだ。
それを承知で、目を丸くしている星南をことねはまっすぐにらみつける。
小さなステージだ。アイドルと客席も近い。照明も明るくて、だからこんなふうに一人に絞ってその目を見つめて、向こうもこっちを見つめていて。そうするとその瞳にことね自身が写っているのがわかる。
――星南会長の大きな瞳に映るあたしの顔は、ここ最近見たどの顔よりちゃんと本当の顔に近くて、ちゃんと可愛い。
「それじゃ、聞いてくださいね。世界一可愛い私」
曲が始まって、もう既に半分ばてている喉に内心で「あと少しだけ頑張れ」と必死で頼み込んで歌い出す。
歌いながら、この曲ばかりはスマホ越しの家族の余波とかではなく星南の顔だけをまっすぐ見ながら。 - 25テルテルボウズ25/06/27(金) 19:25:32
託すな、逃げるな、あたしの推しを低く見るな。まるで自分にはできないみたいに言うな。
あたしはそんな情けないことを言う奴を見て、自分もアイドルになりたいなんて思ったわけじゃない。
あんたの後を継ぐために、あんたを見つけたわけじゃない。
――『一番星』をトップアイドルの称号に。
できる。
――今よりさらに先の高みへと登り詰めることも。
できる。
――特別な目で見えたという限界を超えることだって。
できる。
――あたしがじゃない、あたしの憧れる星なら。
できる。そうだ。
「あんたを信じてる人が! ここに! いるんだよ!」
突き刺すように叫ぶ。本当ならこの歌はそんな歌い方をするものでも、こんな力いっぱいメッセージをぶつけるものでもないけれど。
それでもそう叫ばずにいられなかった。
全身全霊の叫びは多分、NIAのあの日に届けなければいけなかったことで、それをずっと抱え込んで伝えきれずにいたのが、今日まで悩まされていたものの大元で。
ようやく吐き出したからだろうか。それが伝わったと、表情を見れば一目瞭然だからだろうか。
胸のつかえが取れたような感覚が心地よくて、歌いきるまでに体の力が抜けてしまわないかだけが、残ることねの不安だった。 - 26テルテルボウズ25/06/27(金) 19:27:16
***
「お疲れ様、ことね」
完全燃焼という言葉がこれほど似合うこともない。そんな様子で、かろうじて倒れこまずにいることねに、曲が終わったあとしばらくして、星南のほうから声をかけてきた。手にはビデオ通話していたスマホとペットボトルが握られており、どうやら曲の後で通話を切るのは星南がやってくれたようだった。
どうぞ、と差し出されたペットボトルはスポーツドリンクで、いつもレッスンの後などにことねがよく飲んでいるお気に入りの味のものだ。
飲めそうならゆっくりね、と背を撫でられて、ことねはステージの上でそのまま崩れるようにして座り込んだ。
「本当は、ステージの上にまだいるアイドルに、ファンがこうやって話しかけるのはよくないのだけど」
「いや……もう……今日そこまで……本格的じゃない、んで」
「そうね。でも本格的なものに負けないくらい、熱があったんじゃない?」
「そりゃあ……まあ……はい……あの」
「何かしら?」
「今、まぁじでキツイんで……相槌打たせないで……もらえます……?」
渡されたドリンクだってとてもじゃないが飲める状態ではないのだ。やっとの思いでそう告げたことねに、あらごめんなさい、と笑う星南が手を差し出した。
何事か、と見つめ返すと、
「私の進路希望票、もともとそれを返してもらいに来たんだもの……大丈夫、もうそのまま提出するつもりはないから、そんな『全部無駄だったのかな』みたいな顔しないでちょうだい」 - 27テルテルボウズ25/06/27(金) 19:28:18
付け加えられた言葉にほっと胸をなでおろして、それならとステージ衣装のポケットにしまい込んでいた、小さく折りたたんだ紙を渡す。ようやく呼吸の落ち着いてきたことねから、紙を受け取った星南がそれを懐に入れて。
「直近だと、もう次はHIFかしら」
「……何がですか」
「あなたと競うのがよ。当たり前でしょう?」
「じゃあ、アイドルは」
「そこまで期待されてるって聞いちゃったら、もう引けないじゃない。私のライバルになってくれるんでしょう?」
――ああ、報われた。
返ってきた言葉で、それを実感して、ふと思いつく。
「星南会長。ちょっと寄ってくれます? あとそのスマホあたしのなんで返してください」
「ええ、いいけど、どうしたの?」
「いやあ、せっかくなんで推しとツーショット写真でも撮っちゃおうかなって。多分今なら大丈夫だと思うんで」
言いながら、顔を寄せてくれた星南の方に自分も少し距離を詰めて、写真を一枚。
撮影したものをスマホの画面で確かめて、ことねは満面の笑みでそれを星南の方にも差し出して、言うのだった。
「ほら見てください。あたし今こんな汗だくなのに、それでもめちゃくちゃ可愛いの凄くないですか?」 - 28テルテルボウズ25/06/27(金) 19:32:15
以上になります。
今回はちょっと書きたいように書きすぎたと思います。
それでも読んでくださった皆様のお口に合えば幸いですが、今回はいつも以上にその自信がないので、お目汚しでしたら大変申し訳ありません。
あと最初に過去作貼るのを完全に忘れておりましたので、こちらに記載させていただきます。普段はどっちかというと過去作寄りなものを書かせていただきますので、もしまた見かけたら見捨てずに読んでやってください。
【SS】だからこの場所を【月村手毬】|あにまん掲示板SSスレです。スレ1つ立てるくらいに書くのはこれが初めてのため、不出来なところもあるかと思いますがご容赦ください。稚拙かもしれませんが、どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。bbs.animanch.com【SS】想いを言葉にして【紫雲清夏】|あにまん掲示板SSスレです。過去に一作だけ書かせていただきましたがまだまだ経験浅いので、拙い文ですがご容赦ください。一応こちらが過去作です。これで貼れるんですかね。https://bbs.animanch.com/…bbs.animanch.com - 29二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 19:34:27
お口にジャストフィットです。
新作待ってます。 - 30二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 19:34:32
乙
ハゲのSSは大変趣味に合う - 31二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 19:45:42
SS乙です。
またハゲ言われとるこいつ……これもうずっと言われ続ける奴やな - 32二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 20:14:01
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