Re:見つけましたよ、杏山カズサ 2

  • 11825/06/28(土) 02:40:33

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/06/28(土) 02:42:59
  • 31825/06/28(土) 03:02:42

    ■1スレ目のあらすじ

    15年間、キヴォトスから消えていた杏山カズサ。
    再会した宇沢をはじめ、スイーツ部の面々は全員が30才を超えていた。

    『一緒に卒業したかったから』という理由だけで、留年しつづけ、1年生のまま、15年間も探し続けてくれていたスイーツ部。SUGAR RUSH。
    テロ染みたゲリラライブで”杏山カズサ”という名前をキヴォトスに転がし続けていたみんなは、いまや各自治区で指名手配を食らう過激派バンドに。

    SUGAR RUSHの活動は、杏山カズサが見つかったことを機に、終わりにすると言う。
    最後の仕上げとして、今までの楽曲を詰めたアルバムを、物理媒体。CDで出すためにレコーディング作業に追われていたが。
    杏山カズサをどうアルバムに参加させるかで、ヨシミとナツの間で意見の食い違いによる喧嘩が始まった。

    自分が見つかったことが喧嘩の原因になっているのだからとスタジオから逃げ出そうとしたところ。
    現れたのは、宇沢と。栗浜アケミだった。

  • 41825/06/28(土) 03:07:09











    (保守がてら、今晩はもう少し投下します)

  • 51825/06/28(土) 03:25:47

    https://bbs.animanch.com/board/5174164/?res=192



    「姐さん。D.Uセントラル空港の近くで地上げ屋が住人に暴力を振るっていると連絡が」


    「『キヴォトス総合運輸局』の連中の仕業でしょう。盛大に邪魔して差し上げて。どうせそこにいるのは下請けですし、多少怪我をさせてもかまいません」


    「姐さん。『バーバラ・アレン』が夜逃げしたそうです。いま全力で捜索していますが……」


    「ヴァルキューレにKNVCを使わせていただきましょう。あとハイランダーの生徒会長に監視カメラの映像を共有してもらって。見つけ次第『お仕置き』を許可します」


    「姐さん、アビドスでテキ屋グループによる学生へのアルコール飲料提供が確認されたと……」


    「叩き潰しなさい。提供した方々には公共交通機関がタダで乗れる『サービス』を。学生たちは酔いが覚めるまで『保護』と『お説教』かしらね」

     

     ひっきりなしのスケバンからの報告を秒で裁いていくアケミは、紅茶を一口すすって「あとは副総裁に任せます」と片手を振った。


     それだけで十数人のスケバンが頭を下げて、スタジオから退出する。ひしめく人の圧迫感が減り、呼吸がしやすくなる。


    「すみません。急いで出て来たものですから仕事の途中でしたの。キャスパリーグ、姿勢が崩れています。膝はつま先より先に出さない。お尻をもっと突き出す。腰が壊れますわ」


    「――!! そ、のぉ……呼び方ァ……やめろォ……! ふン――!!」

  • 61825/06/28(土) 03:29:56

    「いやいや、いらしてくれて嬉しいわ、アケミさん」

     すっかり片付けられた部屋。脱ぎ散らかした服も、散らかしっぱなしだった機材もいったん防音室に詰め込み。

     ソーサーとカップを軽く掲げて、ヨシミが笑顔を見せた。

     深夜二時のお茶会。

     そして、深夜二時の。

    「ら、ラス――!!」

    「あと一回」

    「ガぁあああア”ア!!」

     気合で太腿に力を入れる。入れる! 入れる!!!
     
     最後の一回、きっかり膝を伸ばし切り。わたしの首にそのぶっとい足を絡みつかせて肩に乗っていたアケミがようやく。降りてくれた。

     熱い。熱い! 太ももが熱い! 身体も熱い! 

     Tシャツを脱ぎ捨て、カックカクの足で窓の方へ。外の空気を。冷たくて新鮮な空気を吸って吐く。

     吸って吐く。

     吸って吐く。

    「ぜェっ……ぜぇっ……」

  • 71825/06/28(土) 03:34:12

     ああ! なにしてもどんな体勢とっても足が辛い! あああ!!

     ひんやりとした、畑の土の香りがする秋の夜風。汗でびっしょびしょの体。痙攣してる太腿。頭の中は真っ白からっぽ。私の口の中に虫が入ってくる。

     ぺっ! 呼吸の邪魔すんな!

    「それで、なんで喧嘩なんかしてたんです?」

    「ちょっと、はぁ……。私の心、配してく、んない……?」

    「してますよ。だから聞いてるんじゃないですか。『なんで杏山カズサを泣かせたんですか』って」

    「……泣、いてな、いしぃ」

    「泣いてましたよねぇ?」

    「ええ。泣いてましたわ」

    「泣いてないし!! ――っぶはぁ。はぁっ。はぁっ。オーバーワーク! 完ッ全にオーバーワークだよばーーか!! げほっ。えほっ」

     アケミ。栗浜アケミ。

     私の首に足を巻き付け、強制肩車状態からのスクワット100回×3セット。「偶数セットは気持ち悪いですわ」とか言ってんじゃねーマジで。本気で壊されるかと思った。延々、ビクビクと大腿筋が”悦んで”いる。

  • 81825/06/28(土) 03:43:09

     変わってない。前とおんなじ。

     スケバンのまとめ役。はぐれ者たちの母。

     本物の、伝説のスケバン。

    「SUGAR RUSHもお久しぶりです。ご無沙汰して申し訳ありません」

    「いやいや、アケミさんがお忙しいのは知ってますし!」

    「タミコもよくやってくれている……。文句ひとつ言わずにね」

    「あはは……顔合わせるたびに中指立てられてる気がするけど」
     
     三人掛けのソファはどっしり沈み。私の太ももよりも太い腕のせいで、両脇に座れるようなスペースは……いや、座れなくはないけど、ひどく窮屈な思いをするに違いない。

     みんなと同じ三十代だとして。それでも、若い私の方が有利などと微塵も思わない。あの頃よりもさらに磨きがかかった肉体。無駄な脂肪はなく。みじろぎするだけで盛り上がる薄い皮膚の下では、筋繊維の一本一本が見えると錯覚する。

     手に持ったカップがおもちゃみたい。ブーツなんて、私の頭ぐらいなら入るんじゃなかろうか。
     
     ……やってんなー。相変わらず。伝説のスケバンを。

    「まさか総裁直々にお越しになるなんて思ってなかったわけだけど。今日はどうしたの?」

     ヨシミがソーサーを置いてアケミに言った。
     
     酸欠でくらくらする頭。何をどうやったって辛い足。カックカクの足で部屋の中をぐるぐると歩き回る。じっとしてると辛さが増す。

    「もう、水臭いですわ。私の大事な舎弟”だった”子が15年ぶりに帰って来たと聞いたものですから、なにもかもを放り出して会いにきたんですのよ。ほんと、お元気そうでなによりです。長い家出でしたわね」

  • 91825/06/28(土) 03:57:23

    「一回、も……。舎弟になったつもりは……ない……っ!」

     世話をされたのは事実だけど。

     頼んだわけじゃない。縋ったわけでもない。勝手に絡んできて、勝手に世話を焼かれただけ。

     喧嘩の仕方、大人との渡り合い方。サツに見つからないたまり場。中学生でもできるバイトの紹介、とか。私はやったことないけど、ツレはやってたな。いっつも『金がねぇ』って言ってたから。

     新しい靴買ったんだ、って照れ臭そうに笑ったアイツ。……元気してるかな。

     ……まあ。忘れたい過去。消したい過去ではあるけれど。

     歩きながら宇沢を見た。

    「あんまウロチョロしないでくださいよ杏山カズサ。埃が立つので」

    「動かないとっ……やってらん、ないのっ……! げほっ。あ”ー!! 足痛ってー!」

    「なまっているんです。わたくしの体重は120キロしかありませんのに」
     
    「わたしの二倍以上だっつーの!」

    「ありゃ、ずいぶんお痩せになられましたねぇ」

    「寄る年波には、などと言い訳するつもりはありませんが、近ごろ食が細くなってしまいまして。――キャスパリーグ」

     アケミが私を呼ぶ。「これをお飲みなさい」と投げ渡されたのは、シェーカー。中身入り。

  • 101825/06/28(土) 04:03:29

    「なにこれ……あー、プロテイン?」受け取ったシェーカーをじゃこじゃこ振る。

    「特注品です。BCAAとEAAも入っているので疲労にもよく効きます」

     受け取ったシェーカーの蓋を開けて嗅いでみると甘いキャラメルの匂い。

     一口飲んでみる。

     ……。

     一気飲み。

    「クレアチンも入っていますから筋肥大にももってこいです。あなたのそのやせっぽちな体もあっという間に大きくなるでしょう」

    「んくっ――。ぷはぁ。……なにそれ。太るってこと?」

    「効率的に肉を付けるためのプロテインですから」

     やっちまった。

     空になり、シェーカーを呆然と見つめる私に、アケミはしみじみとした顔で言った。「大きくなりましたね」って。

    「いつと比べてんの。当たり前じゃん。あんただってさらにでっかくなっちゃってさ」

    「ふふ。誉め言葉と受け取っておきます。しかし、あの頃は思い出すのも恥ずかしいほど、いろいろと未熟でした。なんせ、まだ十代でしたもの……」

  • 111825/06/28(土) 04:11:45

     そう言って。アケミは目を瞑った。

     好き勝手やってた時代。

     わたしからすれば、ちょっと前。

     路地裏で、その日のいきなり現れて「面倒を見てさしあげます」とか言われたあの日。

     確かに。私はコイツに、世話になった。消したい過去ではあるけれど、過去は過去。過去があるから、まあ、今があるわけだし? そこは、例の一件以降、アレルギー的に”消したい”とかは思わなくなったけど。

     今になって、俯瞰して思うのならば。アケミの存在は必要だった。束ねるやつがいたからこそ一線を超すような話は聞かなかったし。事実、アケミが矯正局に入ってからのスケバン界隈はひどいもんだった。日々の生活すら危うくなって。学校に通ってないのを逆手に取られて……ひどいことさせられてるヤツも出て来て。もちろん、ひどいことをするヤツも。

     無秩序な秩序すらなくなって、刹那的な生活に影が差してきた頃。

     私は、光を見たから。そこから、一抜けした。

     だから。世話になっといて矯正局に面会すらいかなかった私は。私が、アケミの前から姿を消したのは。二回目。

     私はただのハンパ者。伝説のスケバンはこのキヴォトスに一人だけ。この、栗浜アケミだけ。
      
    「……」

     それはそれとしてげっぷ出そう。

    「で」とアケミは紅茶を一口すすり、テーブルに置いてみんなを見た。「なぜ、キャスパリーグが涙を流していたのです? とてもとても、温かい涙とは思えませんでしたが」

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 04:14:45

    このレスは削除されています

  • 131825/06/28(土) 04:16:09

     みんなは顔を伏せた。ヨシミとナツはバツが悪そうに唸り、アイリはぽりぽりと頬を掻き、気まずそうに笑う。

     ため息一つ。

     口を開く。

    「なんでもない。あくびしただけだから」

    「ふふ。そうやってツッパるところ。貴女にまだスケバンの精神が宿っているようで、安心しました」

     飲み終えたシェーカーをアケミに差し出して、言ってやる。

    「そういうのはもう辞めたんだよ、ばーか」

  • 141825/06/28(土) 04:18:57








    (キリがいいので今晩はこの辺で)

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 11:43:06

    アケミ登場で落ち着いたけど問題は山積みだなか

  • 1618(よるまでほ)25/06/28(土) 16:41:32








    (ちょっと保守替わりの投下が出来ませぬ)
    (夜にまた更新します)

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 23:52:28

    ちょっとの間覗けてなかったので最新まで一気見した結果、アビドス関連盛られてて爆アガりしたテンションのまま書き殴ってみました。支援SSもどきです。ホントに突貫工事なので設定とか解釈とか脇の甘い所だらけだとは思います。温かい目で見守って♡

    設定としては本編の前日譚的な。本編が秋スタートなので、カズサが居なくなって15年目の夏に行われたアビドス砂祭りの様子。のつもり。砂祭り年一ってしちゃったけど「夏と冬に...」って言われてた。そういう事だったらごめんなさい。

    アビドス卒業生のその後とかも、自分にはそこまで作り込める引き出しが無かったのでほぼほぼぼかして誤魔化してます。解釈違いあったらゴメンネ。


    第十三回・新生アビドス砂祭り | Writening「いやぁ~……壮観だねぇ。おじさん、夢を見てるみたいだよ」  本日はお日柄も良く。ちょーっと暑いくらいで、風も無く過ごしやすい気候。 予報通り、絶好のコンディションの下、晴天の下に広がるアビドス砂…writening.net
  • 181825/06/29(日) 00:37:18

    >>17

    (えっあっわ……ワァ……!(泣))

    (なんだこの野生の文豪!)

    (27才シロコのアイドル衣装とかぶちこんでくるあたりただ者じゃねえ!!)


    (そうよ、そうなの)

    (この辺りになると、『出てこい杏山カズサ』はもう煽りでしかないというか、お決まり文句の意味合いが強くなっちゃってるの解釈一致)

    (で、フェスと砂祭りは別物っていうのも、ほんとその通り)


    (ホシノの、もういない人を想い続けるのと。いるかもわからない人を探し続けてるシュガラは)

    (……めちゃくちゃ相性いいですね)


    (いやなんというか、ちいかわになりそう)

    (ブチ上げ具合ハンパないし油断してるとうるうるさせられてヤバイし、見事に前日譚になってる……)

    (なんだこの文豪(二回目))


    (アビドス卒業生編はこれでいい)

    (これがいい)

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 01:06:27

    うへへ。ファンレターぶりです。「この後ライブ映像見るくだりあったよな...」って思ってたらすげぇアニオリ改変あってアガったままに筆を取りました。半年前と同じ気持ちで書けて楽しかったです。自分の事はさておき、世界観の造詣がより深まる感じがして改変後もとても好き。前のアイスケーキのくだりもナツのらしさが際立ってて大好きなシーンだったけど、「15年」の現実を色んな方向から叩き込んでくるの胸が苦しくて好き。この先も期待しちゃっていいんですかね。


    >>(アビドス卒業生編はこれでいい)

    だめよ。あなたが書いて。


    あと飯テロ。ざけんな。(いいがかり)

  • 201825/06/29(日) 02:06:05

    (出たな化け物文豪……)


    (大胆に変えたシーンの一つなので、がっかりされてしまわないか心配でしたが……)

    (案の定いろいろ反応ありましたし。うぅ、申し訳ない)

    (ただ、あそこでナツが語ったことは、ちょっと描写する位置がズレただけと言っておきます……)

    (セリフそのままじゃないので、ナツらしさという意味ではアレかもしれませんが……スミマセン)


    (いろいろ返事を書いたり消したりしています(現在進行形))

    (ですが、説明しすぎるのが苦手って思っちゃうタイプでゴメンナサイ)

    (流れは変わりませんが、追加シーン(というか改変シーン?)はこの後も結構出てきます。懐かしさと新鮮さ両方をお楽しみ下さいましたら幸いです)


    >>だめよ。あなたが書いて。

    (だって出来が半端ないもん……! これはこれで一つの作品だよ……)


    (飯テロは……飯テロSSで調子整えてた節があるので、その後遺症です)


    ------------


    (アケミみたいな人が出ると場が締まる。回る)

    (伝説のスケバンはやっぱすごい)


    では。今夜の投下準備しまーす。








  • 211825/06/29(日) 02:30:48



    「カズサをどうやってアルバムに参加させるか、ねえ」

     全員シャワーを浴びて来なさいとアケミに言われた。煮詰まって腐った脳みそを熱いシャワーで一度流しなさいと。その間に部屋はスケバンたちによって整理されてたし、ゴミは無くなってるし、いつでも眠れるようにか、私たちが座るソファには毛布やクッションが準備されている。もちろん、持って来たオードブルなどの準備も抜かりなく。

     ……なんか。アケミ様様って感じ。よどんだ空気はこうもあっさり換気される。大昔の哲人のように寝っ転がりながら食べ物を摘まめる体勢で。私たちは改めて、向き合った。

    「今から楽曲憶えてもらうのは難しいというか無理。アイリがやってたベースラインを、カズサが読めるTAB譜に起こすだけでも時間かかるわ。ボーカルだけって言う手もあるけど」

    「それはダメー。『SUGAR RUSHのボーカル』はベースボーカル。絶対譲らないからね。そこは」

    「……てな感じ」

     ヨシミはクッションを膝に乗せ、グラスに入った液体を舐める。氷の入った綺麗な琥珀色。ウイスキー、らしい。お菓子にも使うから初めて聞くってわけじゃないけど。原液を見たのは初めて。ビールとは違う、香しい、煙みたいな香り。

     腿の上の宇沢の髪を梳きながらさっきの話に。存在を無視されていたみたいな話に、強制的に参加させられていた。「なんでもいいから発言なさい」と。アケミに上からとやかく言われるのは癪に障るけど、それがまた。アケミらしいというか。……実際、気分は。さっきと比べ物にならないぐらい、いい。

    「私がやりやすいように作っちゃってるから、弦楽器用に作り直すとかなり無理出るし。一曲だけなら、って話にもなったんだけど」

    「パンチがよわーい」

    「てな感じ! あんたもいい加減にしなさいよ。ちょっとは妥協ってもんを考えて!」

  • 221825/06/29(日) 02:54:31

    「声を荒げてはいけません。議論ではなくなってしまいます。それでは、出てくるはずの解決策も消し飛びますわ」

    「むぅ」

     アケミの言葉でヨシミが黙る。

     キッチンによけた食べ残しのパスタを一気食いした宇沢は、私の方をにっこりと見て、座面を叩いた。「なに?」と横に座れば、さっさと私の太ももを枕にして、あっという間に寝息を立て始めてしまった。

     シェーズロングソファだから宇沢が寝っ転がったって全員が座るに支障はないけど。早くも筋肉痛がある足を自由に動かせないという弊害が発生している。そして。この場から逃げられなくもされた。

    「一度話を変えましょう。あなた方のラストライブの件だけど、場所は決まったのかしら? 候補は聞いていたけれど、決定ではなかったですわよね」

    「ええ。世話になったハコとかステージもあるけど……。やっぱり、あそこしかないかなって。そしたらカズサが見つかるんだもん! こりゃ神の采配だわ!」

    「では」

     ヨシミはアイリを見た。結論は、アイリの口から。

    「トリニティの部活会館屋上。『SUGAR RUSH』始まりの場所で終わりにしようって、決めました」

     笑顔。けど……。有無を言わせない、衝動を実行するときみたいなあの顔で。アイリは言った。

    「――そう」アケミはグラスを傾ける。カロン、と氷が鳴る。

     みんなとアケミが知り合いだという話。考えてみれば、納得できる。宇沢がスケバンに屋敷の管理だのを依頼している時点で、コイツのことを思いつくべきだった。

  • 231825/06/29(日) 03:14:23

     協力者。

     私の捜索と、みんなの活動の。

     今やスケバンはキヴォトス全土に遍くほどの大勢力。本当なら人探しにはもってこいだ。

     みんなのライブのセッティングも。駆けつけるヴァルキューレとか自治区の治安維持やってるような部活とかを引き付けたりするのも。プロモーションとかグッズの製作販売とか、レコード会社との渉外とかも全部。アケミに手伝ってもらってたって。

     風のウワサに脱獄したと聞いた、あの時から。コイツのおせっかいが、そこらに居る跳ねっ返りだとか、行き場のないヤツとか。そんなのを片っ端から引き込んで行ってたなら、その規模感は納得。

     どうやって養ってるのかとか、詳しくは知らないけど。さっきのやり取りを聞いてた感じ、ロクでもないことで生計を立てているのは、なんとなくわかった。

    「で、あるならば。案があります」

    「ほんと!?」

    「あれがだめ、これがだめ。二元論で考えるのはまったく建設的ではありません。会議は弁証法によってなされるべききだと、わたくしは部下たちに口酸っぱく言っておりますの」

    「……何言ってるかさっぱり。誰かわかる?」

    「やーいばーか」

    「はぁ!? じゃああんたは分かんの、って言ってんだけど!」

    「バカになに言ってもムダだから教えな―い」

    「どうせわかんないんでしょあんたも!!」

    「もー。アケミさんが案があるって言うんだからちゃんと聞こうよ!」

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 03:23:05

    このレスは削除されています

  • 251825/06/29(日) 03:30:49

     みんなの騒がしさに宇沢が身じろぎした。髪がさらりと私の膝を撫ぜる。

     宇沢は言った。あのとき。再会したときに、確かに。

    『スケバンの方たちとコネクションを築いたのは正解でした。思い付きから始まったお付き合いでしたが――』

     ……。

     ほんとコイツは。

     寝ながらもしわが寄っているその眉間を、親指でぐりぐりとほぐすように揉んでやった。

     自警団とか言って、不良だのなんだのぶちのめしてたクセに。悪の象徴「キャスパリーグ」をやっつけるために、ずっと追いかけて来てたくせに。スケバンを統べるようなヤツと手を組んで。

     自分の正義を曲げてまで、私を探してくれたってことだ。

    「……」

    「で、案ってのは?」

    「それを言う前に」アケミはカップにだっぷだっぷとウイスキーを注ぎながらため息を吐いた。「ナッちゃんのやり方はあまり好きではありません。こうして無駄に話を長引かせるのは、今に至ってよろしくないことでしょうに」

    「……だってさー」

    「一応、わたくしの舎弟だったのですから。悲しませるようなことはしないでいただきたいものです」

    「誰が舎弟だ、誰が。言っとくけど、私がどう逆立ちしたって今のあんた達には追い付けない。それだけは言っとく。努力がどうとかいう話じゃない」

  • 261825/06/29(日) 03:54:02

     ナツは唇をツンと突き出したあと、グラスを一気に呷った。「ぶふぅ。チョコ―」と甘いアルコール臭をまき散らすナツに、チョコプレッツェルを一本渡す。

     ……別に飲みたいとか、そんなんじゃないけど。宇沢のグラスが、さっきから視界に入っている。一舐めして放置されている、氷が融けたウイスキーが入ったグラス。

     スイーツ部として。その原料の味を知るのは立派な活動の一環――。

    「コラ」残念ながら、伸ばした手はアケミのでかい手によって摑まえられたとさ。ケチ。

    「で、便所法? とかっていうのは、結局なんなの?」

    「弁証法です。お下品ですよ。そうですね……。まず。今回の議題は、カズサをどうアルバムに参加させるか、ですわよね」

    「ええ、そうね」

    「問題となるのはその技術不足。これは、カズサがいくら努力しようが覆しようがない、あなた方の長年の研鑽が裏目に出てしまった結果です」

    「……そう言われると、なんかモヤっとするけど」

     ちびり。グラスを舐めて、ヨシミが渋い顔をした。

     15年の研鑽。裏目に出た。想像するしかできない。あの、動画で見たようなパフォーマンスを発揮するのに、みんながどれだけ努力したかなんて。たった二週間の活動であれだけ地獄を見たんだから。その経験は持っているからこそ、アケミの言い方に不満を覚えるのも、わかってあげられる。
     
     助け船、というわけでもないだろうけど。ヨシミの代わりに、アイリが言った。
     
    「でも、必要なことだったんです」

    「ええ。だからこそ、あなた方は15年を杏山カズサにつなげることができた。これは疑いようもない事実。私は神など信じませんが、目に見えぬものを唾棄するような愚か者ではありません」

  • 271825/06/29(日) 04:15:48

    「えへへ……」

    「そして、ラストライブ。あなた方は件の。始まりの場所で行うとおっしゃいました」

     ごくり。アケミは喉を鳴らすぐらいのウイスキーを一気に飲み下し、鼻からゆっくりと息を吐き出した。

    「始まりの場所。あなた方の始まりの曲は、なんでしたか?」

    「『彩りキャンパス』……。けど、それだと」

    「私は一度も『彩りキャンパス』はやらない、なんて言ってないよ」

     は、とヨシミが口を開けた。

     腕を組み、足を組み。睨みつけるような目つきで、ナツが続ける。

    「ヨシミさぁ。一回でも『彩りキャンパス』を候補に出した? 出さなかったよね。あーあ。自分で気づいてほしかったのに、結局アケミさんに言われなきゃわかんなかったんだ」

    「だからあんたが言ったんでしょ!? 技術が追い付かないのに一曲だけはダメ、ボーカルだけもダメ、コーラスもダメ! その上で全曲録音して、かつカズサを参加させなきゃダメって! 『彩りキャンパス』だってもちろん再録するつもりだったけど、それ一曲だけじゃ――」

    「それが二元論だっての。ばーか」

    「表でろコラァ!」

     また始まった。胸倉を掴むヨシミと頬っぺたを潰すナツの、醜い争いが。

     アケミはかぶりを振り、寿司を。箸で一つ、上品に口に入れる。「召し上がってください」と示されたので、私も一つ。イクラを貰う。

     あ。宇沢に米粒落としちゃった。起こさないように静かに。ほっぺにくっついた米を取り除く。こんだけ騒がしいんだから今更な感じもするけど。ぷちぷちと新鮮ないくらの塩味が口の中で弾けている。

  • 281825/06/29(日) 04:52:46

     服を捲ったり、髪を引っ掴んだり。大暴れする二人を見ていても先ほどまでの疎外感はないとはいえ。やっぱり、私が居ることで口論になるのには変わりはない。

     さっきから口数少ないアイリは、顎に手を当てて、ぶつぶつと何かを言っている。

     アケミが、きちんと咀嚼し終えた口で、言った。

    「弁証法とは相反する矛盾を統合し、新たな意見を作り出す手法です」

    「……わかったかも!」

     アイリの声に、意地汚い女同士の取っ組み合いをしていた二人の動きが止まった。

    「ナッちゃんが言いたかったのって『SUGAR RUSH』と『SUGAR RUSH』は違うってことだよね?」

    「は? ごめん、わけわかんないわ」

     生乾きでぐちゃぐちゃになった髪のまま言うヨシミに対し、ナツは「さっすが。我らがリーダー」と。こちらもぐちゃぐちゃの髪で、唇を吊り上げた。

     私はサーモンを頬張る。脂がのりのりで、つるんとこりこりのコラボレーション。なんでもいいから発言しろと言われているから「これ美味しいね」と発言しておく。

     私の感想に、同じくサーモンとイクラを手づかみで、一気に二巻を頬張ってウイスキーで流し込んだアイリは、目を輝かせて言った。

    「――ぷはっ。『一曲だけがダメ』なら『一曲しかなければ』いいんだよ! 『ベースボーカルじゃなきゃダメ』なら『ボーカルだけ』にして『ベースボーカル』もやってもらえばいい! これなら参加できるし、『カズサちゃんが見つかった』ことでコンセプトもひっくり返せる! もちろん、ファンの子たちに向けた、最高のアンサーにもっ!!」

     まるでナツみたいなことを言い始めたアイリの袖を引いて「だから、私が入ったらみんなの邪魔になっちゃうんだって。ほんとに」と自嘲気味に言った。厭らしく聞こえてないかな、って気になったけど、実際。他に言いようがない。

     けど、アイリは私の手を取って。ぐい、と顔を近づけて、言った。

    「大丈夫! だって『SUGAR RUSH』だもん!」

  • 291825/06/29(日) 05:07:40

     ……いや、そんな。漫画みたいな感動的なセリフ言われても、私の理解は追い付いてないから。

     けど、「わかったぁーー!!」と。ヨシミが高らかに叫んだ。ソウルフルなシャウトで。宇沢が唸り、目を擦る。

    「ああー! あー! なるほどね! あーっはっは! わかるとめっちゃスッキリするわね! 気持ちいいー! てかこのぐらい、さっさと言いなさいよ!」

     自分の尻を蹴とばして言ったヨシミに「そもそも、一曲だけじゃダメって言ったのヨシミじゃん」と。ナツは不満げに。ヨシミの尻をひっぱたいた。

     もちろん。私の頭はクエスチョンで埋め尽くされている。サラミをかじる。「うまい」。

    「……さいです。くぁあ」私の腹に顔を押し付け、宇沢があくびをした。

    「ああごめんごめん。ヨシミ、宇沢がうるさいって」

     そんなことはお構いなしに、私をビシッと指を差したヨシミは、勝気な笑顔で言う。

    「一曲。カズサ。あんた、一曲だけ死ぬ気で練習してもらうわ。そんで、ボーカル含めて全曲やってもらう」

    「だからさ。無理だって。何曲あるのさ。あの一曲のベース練習でどんだけ血反吐吐いたか憶えてないの?」

    「違う違う」

     ヨシミは私の肩を掴み、逆光の中にぎらぎらと瞳を光らせて、言った。「へっきしッ」膝の上で、ヨシミのカーディガンに鼻をくすぐられたのか。宇沢がくしゃみしていた。

    「『わたしたち』のSUGAR RUSHと、『初代』SUGAR RUSH! カズサがベースボーカルをするのは初代の一曲だけ。それ以外はボーカルのみ! これなら全部の曲が『カズサを探す曲』から『なにかを探す』曲に改変される! カズサがボーカルに立つ事でわたしたちの『SUGAR RUSH』の結論は出るから、ダブルミーニング的に全曲が新曲になるのよ!! そんで現実的な案としては……。うん。」

     ぐるりと。私の肩を離して、今度はみんなに向けて、高らかに言い放つ。

    「現行のレコーディング作業は全部中止! 私たちの最初で最後のアルバムは――ライブ盤! 全曲、ラストライブのライブ音源に決定! フルアルバムノーカットで、その日のモン全部ぶっこんでやりましょう!」

  • 301825/06/29(日) 05:40:18

    「……決まったんですかぁ?」

     宇沢が身体を起こした。頬っぺたに赤い跡をつけて。まだし足りないのか、もう一発あくび。

     起きたばかりの宇沢にアイリが言う。

    「うん! レイサちゃん……! 録るよ。私たちの始まりを。私たちの今までを。――カズサちゃんと一緒に!」

     意味が分かんないんですけど、と言う宇沢に、私は今ヨシミが言ったことをそのまま伝えた。むにゃむにゃと眠そうにしていた宇沢も、だんだんと頭が追い付いてきたんだろう。

     笑いもせず。何を今さら、といった風に。呆れた調子で言った。

    「それしかないでしょうに。なにをそんなに話し合う必要があったんです?」

     もう時刻は四時を回っているというのに、すっかりテンションが上がり切ったヨシミを見て「ではそろそろ、お暇いたしましょうか」と。アケミは薄く笑い、立ち上がった。

    「えっと、それならカズサの特訓と、私たちも封印曲の練習しなきゃ。『彩りキャンパス』なんてあれ以降やってないんだし……! 演出も考えて……告知も! カズサ! あんた運指は憶えてる? ああもう、あと、全曲聞きこんで曲ごとのボーカルとしての表現考えなさい! アイリ、あんたの作詞イメージも全部叩き込んで! 私もみっちり叩き込むから!」

     帰ろうとするアケミにまるで気付かないみんなは、すべきことの案を次々と出していく。ぞんざいな扱いを受けても、アイツは私を見て。唇に人差し指を当て、ウインクを投げて来た。

     あーもう。キザ野郎が。まあでも。あいつのおかげで、場は変わった。前に進んだ。”私の意味”を作ってくれた。それは、事実、だから。

     「あんがと」と。声に出さずに、見送った。

     寝起きで喉が渇いていたんだろう。テーブルに置かれたまま汗を掻いた、氷がすっかり融け切ったウイスキーに、宇沢が手を伸ばす。

     そのまま並々残っているウイスキーを一気に呷る。みんなの飲み方からずいぶん飲みにくいものであるんだろうと思っていたけど。

     ではさっさとトリニティに許可を取りに行きますか、と。ケロっとした顔で、三回目のあくびをしながら、言うのだった。

  • 311825/06/29(日) 05:42:22















    (キリがいいので今晩(今朝)はこの辺で)

  • 32二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 09:37:25

    改変シーンもおぉと思いながら楽しませてもらってます
    前あった便利屋外伝も良かったから今回も書きたいもの書いてもらえれば

  • 33二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 16:32:34

    次も楽しみ…

  • 34二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 18:08:01

    このレスは削除されています

  • 3518(よるまでほ)25/06/29(日) 18:10:32

    ■D-Day -21

     言葉に出さずにいることがある。

     それは、言葉に出さなければそのまま流れていってしまうんじゃないかと思えるぐらいのもの。少なくとも。私があの時、宇沢と会ったあの夜のような”何か”がじわりじわりと背後から近寄ってくるような。そんな寒気は感じていないし気配も感じない。

     でも、なんだろ。胸の奥に、小石が一個つまってるみたいな。

     ……私が見つかったから、ラストライブ。

     なんだよね?
     
     ともかく、猛特訓が始まった。

     みんなの苦悩もその日から始まった。

     幸い、私視点ならば、あの屋上の出来事は数か月前の出来事だし。練習はもちろんしなくちゃいけないけど、『彩りキャンパス』の運指を一から覚えるようなことはしなくてもよさそうだった。合わせたらとりあえずは。リズム感とか、ミスとか考えなければ、最後まで通せたし。ボロクソ言われたとはいえだ。

     他の曲はボーカルをやればいい。と言っても。みんなの演奏に乗せるのならカラオケではダメ。負けるし、釣り合わない。せっかくのみんなの演奏をチープにして、壊してしまう。

     ネットで拾ったボイトレの動画や、サイトの解説を見ながら自己流でトレーニングをし、最低限の表現力を身に着けるために、声の強弱、感情の込め方。私の声がどう聞こえるのか、私がどう見えるのか。どう発音すれば耳馴染みがいいのか。

     等々のために、姿見の前で楽曲の詩を詠みあげていた。その後ろでは、パート練中のみんなの、無秩序な楽器が鳴っている。やかましくて音が取れないので、イヤホンを突っ込んだ。

     開いたページに書かれているのは『ヴァンデミエールに消えたキミ~太腿ニ刻ンダ貴女ノ名前』。何度見てもダサい。けど、これもみんなの歴史の一部……と自分を奮い立たせる。

     渡されたノートに並ぶアイリの丸っこい字。コレには、詩を書いていた時の考え、意図、「13:00 トイレ」みたいなよくわかんないメモや、「うざ」みたいに愚痴までも書いてあって。私にとっては15年を一気に駆けのぼるための、魔法のノートだ。

  • 36二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 00:44:34

    夜というより深夜…

  • 37二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 01:17:29

    保守

  • 381825/06/30(月) 02:08:46

    【嗄れた喉で空虚(エデン)に刻む 】
    【二人の名前とワタシの嬌声(オモイ)】
    【ヴァンデミエールの風に攫われた 】
    【戻らぬキミへの蜃気楼葬(ミラコルテージュ)】

     消したり、付け足されたり。塗りつぶしたり。ノートの一ページには”その時”が沢山詰まってる。

     私は……これをどう捉えていいのか分かっていない。歌詞の意味を。衝動を理解しないボーカルなんてボーカル失格だ。
     
    「ねえ」イヤホンを外して、無表情、というより、感情を殺したようにキーボードを弾くアイリの正面に立つ。「この曲名にもなってるヴァンデミエールってどういう意味? ていうかフリガナ多くてちょっと読みづらいっていうか、みらこるてーじゅ……って造語?」

     ガーン、とキーボードが叩かれる。ひっどい不協和音。アイリは腰が抜けたような、変な体勢になる。そのまま全身を捩らせ変な形に変わった。

     しょーもない前衛芸術の銅像みたい。人気のない公園とかに置いてあるようなやつ。決して目立つところには置かれてないような。

     そんなにイヤか。自分で書いた詩のクセに。

     あの頃使っていたものじゃない。屋敷に置いてあったキーボードではない。ベースを兼任していたアイリは、一つのキーボードだけじゃなくて。鍵盤の短いものや、ボタンやつまみが並んでるだけの機械や。とにかくいろんな機材をドラムのように配置して、全身を使い、いろんな音を出す。

     みんなもそう。初代SUGAR RUSHで使っていたのとは違う楽器。そのすべてが傷だらけで。今までどんな場所でどのようにで演奏してきたのかを物語っている。

     ぎゅっと自分を抱きしめるタコみたいなカタチで固まったアイリに。私は、私の役割を全うするための質問を、さらに投げかける。

     逃がすつもりはない。必要なことだから。

  • 39二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 02:35:31

    このレスは削除されています

  • 401825/06/30(月) 02:38:51

     メモから情報を拾うには限界があって、せっかく目の前にこれを書いた”本物”がいるんだから、教えてもらわない手はない。私はボーカル。理解する義務がある。


    <太腿に刻んだ名前(ノロイ)が疼くたび>

    <キミの愛戯(ユビ)痕 なぞるだけの孤哭遊戯(ひとりあそび)>

    <達することすら赦されない **血の涙(ルージュ)**が垂れ堕ちる――宵(よる)>

     

    「ねえ、愛戯ってなに? これで『ひとりあそび』って読むの? なんで普通に『一人遊び』じゃダメだったの? 涙を『流す』じゃなくて『垂れる』っていうのはどういう意図?」


    「んん”! んんん”んん”ん! ”んん”んんん”ぅー!! はっ、はっ、はっ、はっ……。げほっ。えほっ。おえっ。おええっ!」


     本気で嘔吐くように体を蠕動させながら、折を見るように頭をぶんぶん振り回してソファの背もたれの、ちょっと固い部分に自分の頭を叩きつけ始める。


     おもろ。


     調べればわかることは自分で調べる。スマホで検索してみた。『愛戯』って。


     ……アイリさんよ。あんたこういうキャラだっけ?

     

    「セクシーってよりエロじゃん。ここまでいくと」


    「あ”あ”あ”あああああ”あ”-っ!!」


     ソウルフルなシャウトが響く。ぶぁあーっと響く、腹に響く低音。へえ、そのペダルとベース音が連動してるんだ。なんか秘密基地みたい。おもろ。


     いやはや。これ、私を探す歌ってより、失恋ソング……しかもエロい方面の。と思って他の歌詞を見て見ると。まあ、確かに直接的に私の名前が書かれているわけじゃないけど。どれもテイストは同じ感じ。


     で、新しくなればなるほど”文章みたいな詩”は写真のように。切り取った単語から”想像する”歌詞に変わっていく。


     こなれて来た、というより。曰く『単語を印象的にぶち込んでった方が、歌詞は染みて行き易い』からだそうだ。音楽性も関係あるみたい。V系時代につくられた『ヴァンデ』は、物語調で書かれた、おそらく最後の曲。

  • 411825/06/30(月) 02:59:25

    『出てこい、杏山カズサ』。


     行間に、余韻に。この言葉が自然と浮かんでくるように調整されていく。伝える詩じゃなくて、叩きつける詩に変わって行く。この変遷を見てるだけで。――みんなの。苛立ちと焦りのようなものが、見えてくる。

     

     ソファにダイブしてクッションを被り尻を振り始めたアイリに「教えてくんなきゃわかんないって。私バカだし」と追撃すると、肩が叩かれた。振り向くとギターを下げたまま。「やめて……私にも効くから、それ」と、真っ青な顔をして、遠い目をしたヨシミがいた。


     たぶんヨシミも関わってるんだな。この作詞には。


    「あ、でも<真実(まぼろし)>って当て字は好きだったよ。……てかこれ、私が歌うの? マジで?」


    「わたしもうムリ、キーボードは音源流して! 鼓膜破っとくからぁ!!」


    「『全曲生演奏』がノルマよ……。諦めなさい」


    「やだ! やぁだぁ!! ぜぇーったいやぁーだ!!」


    「セリフもそれっぽくやんなきゃだめ? さすがにキツ――いや、恥ずかしいというか……あそこまでセクシーに出来る気が……」


    「アイリー。教えてあげなよ。やっぱり本人の指導が一番表現力を高められるからさぁ?」


     ドラムも叩かず、ソファに座ってがぶがぶコーヒーを飲んでいたナツが、アイリの尻をドラムスティックで叩いた。


     自分の尻を叩いたナツに振りかぶったグーパンを返して。涙目で私を睨み、叫ぶ。


    「『キャスパリーグ』なら歌えるでしょ!! わたしなんかよりよっぽど! うまく歌えるよ!! 中二病とかわかんなかったんだもん!!」  


    「お? なんだ、やるなら相手になるよ。苦離夢羅」 

  • 421825/06/30(月) 03:17:02

    「ああああああーーっ!! 消える! わたしもう死ぬぅー!!」

     アイリはポケットに入っていた手りゅう弾のピンを抜いて抱え込む。

    「ばかばか! こんなとこで自爆すんなマジで! 機材の弁償とかできないから!」。

     みんなで羽交い絞めにして、レバーが握られたままの手りゅう弾にもう一回ピンを差し込む。じたばた暴れるアイリを私は笑い。ヨシミは同情し。ナツは「だからあの時『ほんとにこの方向でいいの?』って聞いたのに」と、殴られた頬をさすっていた。

     その日は一日中。

     次の日も。

     その次の日も。

     その次の次の日も。

     私たちは起きている時間のすべてを使い、音楽に沈んでいた。

     一緒に。

     みんなと。一緒に。

     私は聞けていない。口に出せていない。

     小石みたいな違和感の正体を。

     ノートに書いてあった最後の曲。『あの曲をカズサちゃんが歌うの?』とアイリが拒否感を示した曲。そのページを読んでいたら、『それはやらないことになったから』と破り取られた、あの曲。

    『伝言』という曲の、歌詞の意味も。

  • 43二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 03:44:25

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  • 44二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 03:53:04

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  • 45二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 04:00:44

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  • 46二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 04:06:17

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  • 47二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 04:20:32

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  • 481825/06/30(月) 04:21:39

    >>42

    ■D-DAY -???


    『先生はこの学園都市が構築されたのはいつ頃だと思います?』


     勝手に給湯室で淹れたインスタント・コーヒーを楽しみながら、黒服は何気なく話題を振って来た。


    『我々――いえ、私は、先生。貴方よりも先にこの世界へ入りました。記憶もございます。物的証拠も。もはや懐かしいですが、たとえば先生よりも先に、私は先代のホルスとは接触を済ませていました。かつての失踪事件も、キヴォトスの中で。キヴォトスの住人として認知いたしました』


     先代。


     小鳥遊ホシノは存命だ。


     外の世界に旅立った彼女を見送ったのはもう遥か昔。けれど、空港のゲートで、前に向かって足を踏み出した彼女の背中を私は憶えている。決して振り返らず。ひらひらと手を振って搭乗口の角を曲がった、グローブを外したあの小さな手のひらを、私は憶えている。


     そう。一緒に泣いた彼女たちのことも憶えている。私は、その時一緒に泣いた全員の背中も、見送ったから。


     ……セリカとアヤネが卒業し、廃校対策委員会全員がいなくなった寂しさが思い出に変わっていく頃。ホシノは全員に、引っ張られるようにして帰って来た。というかまさに。腰に縄を括りつけられて、それでも笑顔で帰って来た。


     彼女の抱えるものを知る身からすれば、今年一番うれしかった出来事だった。


    『記憶がある。モノもある。例えばこの腕時計は、今は失きカイザーと契約した際に購入ものです。しかし、証明ができません』


    『”証明?”』


     私が聞き返すと、黒服は腕時計を外して、ぷらぷらと振りながら『ええ。証明です』と言葉を繋げた。


    『これを買ったという記憶。これを今、わたしが持っているという事実。しかし、過去に買ったという証明が、先生。貴方にできません。領収書や保証書を見せたところで、偽造だと言われてしまえば。店舗と口裏を合わせていると言われてしまえば、私はそれ以上の証明ができない』


     言葉遊びかなにかだろうか。証明を保証するものを信じなかったら、なにが保証であるのだろう。

  • 491825/06/30(月) 04:22:42

     黒服が淹れたコーヒーの湯気をじいっと見つめ、黙っていた。

     いつもの、週に一度の定期連絡。事務的会話のみに留めるという約束なのに、ワカモが外の世界に旅立ってから。黒服は我が世の春とばかりに事務所でくつろぎ、雑談などを交わそうとしている。

     一方的に聞かされるのは、彼の研究結果ともいうべき話。

     決して信じることは出来ないが、一笑に付すにはあまりに壮大すぎるおとぎ話。

     この世界で目を覚まし、たった一年の間に起きた事件ですら。その後に続く、自治区の存続に関わるような根深い問題すら。それはすべて歴史の切羽。そこに至るまでには、掘られた道筋が必ず存在してしかるべき。歴史とは、そういうものなのだから。

     けれど、黒服の話はそんな掘削された道がないのだと。唐突に、地中の切羽に放り出されたのだと、そんな突拍子もない話。
     
    『この世界に学園のテクスチャが張られ。あまたの神秘が違和のない皮を被り、適応し、成長している。ホルスとセトの一件――他者は第三者が認識して初めて存在するものです。”我思う故に我在り”などという屁理屈は嫌いです。私のような研究者は実験と出力結果から見える、事実のみを求める』

    『”黒服の話はいつだって回りくどいね。友だちいないでしょ”』

     クックック、と肩を震わせ、割れ目みたいな口でコーヒーをすすった黒服は。

     小気味のいい音をさせて、テーブルにソーサーを置いた。

    『第三者の観測。生まれ出でた神秘たち。そして私。我々。歴史の切羽。其処へ至る隧道。家族。過去の虚実。新入生。子供。結婚。生物としての営み。動物としての繁殖行為。サルからヒトへは進化しないが、ヒトはサルから進化した。そして貴方です、先生。すべては、認識して初めて定義される。そのようにあり、そのように動く。私は、これを研究することが至上の悦楽。識ることこそが、存在をぼやかす神への供物だと妄信しています』

    『”そろそろ、私も眠いから――”』

    『この世界は第三者の観測によって存在を許されている』

     うっとおしい。
     

  • 501825/06/30(月) 04:24:04

     こっちはいい加減帰ってくれという態度を隠しもせずぶつけているのに。黒服は舞台の役者かのように動き、うぬぼれた脚本家のような点を穿つ。

    『今となっては観測者はそこかしこに存在している。ですが、ルーシーとなるべき存在は誰でしょう。初めての人類は孤独でした。なにせ、この世界に独りぼっちだったのですから。独りぼっちで世界を見て。感じ、生きた。自分が人間だと理解しないまま。サルとして生きたヒトの孤独を感じたのは、一体だれ? どのように生まれ出でた? 一人で生き、星々を見ていたのは、だれであり、なんなのでしょう?』

     いつの間にか。

     いつの間にか黒服は、私の目の前に立っていた。さして驚くこともない。仕立ての良いスーツから香る香水の匂いを不快に思いながら、ずい、と寄って来た崩れた顔の、目に当たりそうな部分を、見つめさせられる。

    『決して否定できない思考実験。知性の欠片もない子供の駄々のような理論。単純であるがゆえ反論を許さない真理の一つ』

    『”……だから、なにがいいたいの?”』

     黒服は大仰に背筋を逸らして、さもおかしそうに言った。

     本当に可笑しそうに。そうでもしなければやってられないとでも表明するかのように。
      
    『世界は貴方が認識したと同時に定義された』

     黒服はそう言って、いつもと同じように。

     目の前から消失した。

     コーヒーをすする。

     反吐が出るほど美味かった。

  • 511825/06/30(月) 04:25:22

     ■













    (キリがいいので今晩はこの辺で)
    (厨二病作詞能力が足りない)

    (ミスってたので焼け野原もどきになりました、ゴメンナサイ)

  • 52二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 11:21:26

    苦離夢羅の反応いちいち可愛いな

  • 5318(よるまでほ)25/06/30(月) 16:39:38

    ■D-DAY -19
     
    「ではこちらが、書類の写しですね〜」

     学生証明書類一式とS.C.H.A.L.Eの立会証明書。現ティーパーティー首席三人への面会申請書。署名済み。

     提出してもらった書類と交換で、用意しておいた木箱をレイサに渡す。

    「"じゃあ、これね。後はそのままそっちで保管してくれてかまわないから。どう? みんなは楽しくやってる?"」

    「ありがとうございます。――ええ。楽しそうですよ。そりゃもう。侃侃諤諤の大盛り上がりです。もう、全員夜型なので付き合ってると身がもちませんったら」

     レイサは渡した木箱の表面を愛おしそうに撫ぜ、一瞬、温かい目をした。けれど、すぐに。いつもの勝気な笑顔に戻る。

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 00:56:03

    保守

  • 5518(保守助かりました@寝落)25/07/01(火) 02:55:58

     ――あのことはもう伝えたの?

    「……」

     カレンダーを見る。カズサが見つかってまだ一週間と少し。なのに。もう、時間がない。

     急かさなければいけないとわかりつつも、交わした約束を破った罰を。その責任を押し付けてしまったうしろめたさに。私はレイサの顔をまともに見られず。何も、言えなかった。

     コツン、とヒールを響かせて。レイサはデスクから、一歩下がる。
     
    「何度でも言います、先生。本当にありがとうございました」

     深く頭を下げられた。まるで退職の挨拶かのように。受け取った木箱を、花束のように抱えて。

     解いた長い髪を垂らすレイサに私は、奥歯を噛み締めた。あくまで顔は笑顔のままで。いつものように。仮面を被るのは、もはや職人芸の域だと自負している。

     コツ、コツ、とヒールを響かせ、事務所を去ろうとするレイサの背中を目が追う。陸に打ち付けられた魚のように口をぱくぱくとさせる。声は出ない。言葉が形を持たない。『もう伝えたの』。それが聞けない。聞く勇気が、私にはない。

     結局、私の言葉が届く前に。レイサはまたお辞儀をして。業者が『仮ですが付けときます』と設えた、ベニヤ板の向こうに行ってしまった。

  • 561825/07/01(火) 03:30:24

     オフィスに残ったレイサの残り香が消えるくらいの時間を。めまいがするような気分で消費していた。

     息を大きく吸って。

     細く吐き。

     デスクの引き出しから書類を取り出しつつ、彼女を呼ぶ。

    「お呼びでしょうか、あなた様」

     背後から腕が回され、しなだれてくる、柔らかい重み。薫る香。頬をくすぐる長い髪。

     苦笑いしかできない。声を掛ければこんなに近くに現れるのに、その気配はおろか。誰もワカモが居るなんて思わないのだから。まあ、私も。”たぶんいるだろう”の気持ちで声を掛けているのだから人のことは言えない。返事がなくて、恥ずかしい思いをしたことだって、まま、あった。

     私の動きを一切妨げない絶妙な力加減に感心しながら、包帯を巻いたままの右手で、書類にサインをする。一瞬だけペン先が止まってインク溜まりが出来た。しかし。最後まで、私の名前を書く。ここに来た頃にリンちゃんから渡されたS.C.H.A.L.Eの判も押し。封筒に入れて、しっかり糊付けをして。

     これで、この書類は、正式に私が依頼したものだという、証拠になった。

     出来上がったものを。しなだれたワカモの顔の前に持っていく。

    "これをティーパーティーに渡してきて。遅い時間だけど、ワカモが行けば大丈夫でしょ"

     いつもならすぐに『かしこまりました』と言ってくれるワカモは、封筒を受け取ってくれなかった。

    「あの、あなた様……? この書類を、ですか」

    "そうだよ。それから、今から言うものを回収してきて欲しい”と、指定するものが保管されているであろう場所と、特徴を伝えると。

     ワカモは「あ、あ、あの。お言葉ですが」なんて。長い付き合いの中で初めてとも言うべき、拒絶の意思を、私に見せる。

  • 571825/07/01(火) 03:36:55

     首元が涼しくなる。彼女の重みがなくなる。

    「お言葉ですが……。それは、あなた様らしくないと、その。ワカモは思うのです、が……」

    "私らしくない?"

     私は、椅子を回して彼女に向き直った。

    ”私らしくないって、どういうことかな”

     私が見つめるとワカモは目を逸らす。素顔のワカモの肌はみずみずしさを失っていない。驚異的な若さであると思う。

     その瞳が、所在なさげに揺れていても。それすら美しいと――そう思う。長いまつ毛。しとやかな黒髪。どんな時でも薫る厭らしくない百鬼夜行の香。彼女は『狐坂ワカモ』を保つのにどれだけ努力をしているのか。なんのために保っているのか。私は、それを分かっている。理解している。

     その上で。いま私はワカモを見つめている。彼女が卒業と、一度キヴォトスを離れる際に持ち出された条件。それを飲んだ私は、彼女に。

     強要している。

     月明りを背負い、デスクライトの明かりにぼんやりと照らされたワカモは、固く目を瞑り。潤んだ瞳で、引き絞っていた口を、開いた。

    「よろしいのですね」

     封筒をワカモに渡す。

     ワカモが受け取る。

  • 581825/07/01(火) 04:01:33

    ”よろしく頼みます。終わったらしばらく潜伏してて。また連絡するから”

     わかりましたと。つぶやくような、小さな返事。

     ベニヤに取り付けられた仮扉の前で立ち止まったワカモは。未だ戸惑いがそのまま浮かんだ表情で見返った。止めて欲しそうに。私が動く結果をあなた様はご理解しているはず、と。言葉にはせず、目で訴えかけてくる。

     けれど私が何も言わず、ただほほ笑んでいるだけなのを見て、そっと扉を押して、出て行った。

    ”……”

    『あなたは失わなければならない』

     黒服の言葉が脳内に響く。鼓膜を通さない音は、かつてこの部屋に飛び回った音。鐘の音みたいに、何度も何度も繰り返され、倍音とともに私の内側を振動させる。

    『世界は貴方が認識したと同時に定義された』
     
     デスクに広がった書類一枚一枚に深く謝罪する。心が壊れそうだ。壊れてればいい。このまま進んでくれ。壊れたまま。一切の後腐れなく。体が震える。吐き気がする。私は今から私を壊す。

     最後の事件を。

     キヴォトスに蔓延る最大の災厄を解決するために。

    ”アロナ、プラナ”

     パッとタブレットの画面が明るくなる。「んにゅ……お呼びですかぁ?」「なん、でしょおか……」。二人が、目を擦りながら、私に応えてくれる。

    ”ちょっとお話がしたくってさ。眠いところごめんね”

     ヒビが入った右手で。二人おそろいのナイトキャップを優しく撫でた。

  • 591825/07/01(火) 04:08:12













    (いつもに比べたら短いですが)
    (キリがいいので今晩はこの辺で)

  • 60二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 05:07:13

    楽しんで読んでる
    更新ありがとう

  • 61二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 10:40:57

    この概念面白いね

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:17:55

    このレスは削除されています

  • 6318(よるまでほ)25/07/01(火) 16:19:03

    ■D-DAY -17

    「だー!! ッんなのよアイツら!!」

    「モノに当たったってしょーがない。いいから落ち着きなって」

    「落ち着いてられるかってのよ!! 舐めやがって! 宇沢、今すぐアケミさんに行って兵隊貸してもらって! トリニティぶっ潰すわよこうなったらぁ!!」

    「なんっ、なんで――。ごめ、ほんと、わたしが……っ……すぃませ……」

    「違う。レイサちゃんなんにも悪くないよ。大丈夫、気にしてないから。ね? 泣かないで」

     いい加減慣れた運転。信号待ち。

     昼間のトリニティ自治区には生徒が多い。カフェでのんびりとBDで授業を受ける子や、ショッピングに歩く子。駅の方へ歩く子に、たぶん、バイト中の子。ついこないだまで、私はあの中の一人だった。自分の見ているものが全てで、あんな風に風景の一部だった。午後の日差しの下を歩くただの生徒だった。

     ゴツいエンジン音と、ヨシミの怒声と、宇沢のぐちゃぐちゃな鳴き声。なぐさめるアイリに、いつになく話が通じるナツ。

     私たちは世界のどこにいるんだろう。少なくとも車窓の向こうの世界ではない。同じ日の下にいるけれど、違う空間に押し込められている。

     信号が変わった。ゆっくりアクセルを踏み込む。
     
     私たちは歓迎されなかった。

     宇沢に立ち会ってもらってトリニティへ赴いた私たちは、そういう扱いだった。10月31日。トリニティ・ハロウィーン・デイ。朝から深夜までぶっ通しで行われる盛大なお祭り。仮装をして街を練り歩く昼間に、町中で炎が焚かれる幻想的で情熱的な夜。一日中が非日常になるその日、たくさんある校舎のたった一棟の、ほぼ使われない屋上だけを数時間だけ貸してくれという交渉は、二言目には決裂した。

    『とっても魅力的な催しだとは思うんだけど……。あいにく”踏み外した子たち”に貸し出せる施設を用意できるほど、ウチも余裕なくってさぁ』

     今期のホスト、パテル分派首長はにこやかに言い放ってくれた。サラッサラなブロンドの髪を靡かせ、頬杖をつきながら。接見というにはあまりな態度で。私たちに出してきた同じお茶を「なにこれ。ペットボトルの方がマシじゃない?」なんてこそこそ笑いながら。

  • 64二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 00:04:31

    更新乙

  • 651825/07/02(水) 01:04:39

     宇沢が粘っても、ヨシミが吠えても。ナツが睨んでも、アイリが必死に頭を下げても。

     ティーパーティーの三人は決して首を縦には振らなかった。

     どこでもいい。いいから。トリニティの校舎ならどこでもいいから。屋根でもいいからと縋ってもだめだった。

     それだけではなく。

     ……。

     宇沢がここまで乱れて泣いている原因は、おそらくこっち。

    『この証書なのですが!』

     今朝迎えに行ったときから、宇沢はやけに大荷物だった。年下のティーパーティ相手に冷や汗だらだらの、切羽詰まった顔で差し出した木箱。

     私から見ても見苦しい手つきで宇沢が取り出したのは、ロールされた羊皮紙二本。

    『往代ティーパーティ首長の私署証書と往代各自治区生徒会長の認証文です! 『栗村アイリ』『杏山カズサ』『伊原木ヨシミ』『柚鳥ナツ』四名は無条件でトリニティへの学籍に復帰できます! これは当代ティーパーティ首長の権限では撤回することはできません! 正式にトリニティの生徒であるならば部活動の一環として校舎の一部を使用する権利があります!』

     そんなんあったんだ、とテーブルに広げられた書類の片方を見て見ると、三人分の。もはや芸術の域に達している署名が書かれていた。文字というより図形に成りかけていて読みづらいけど、「S」「N」「M」の頭文字は見て取れる。

     往代。私たちの先輩。

     セイア。ナギサ。ミカ。

     あれだけのことをしておいて。

     ――復帰、したんだ。ミカ様は。

  • 661825/07/02(水) 01:39:31

     もう一枚には簡潔な文章が三行。その下に図形と名前がずらりと並んでいる。この間見たアビドスの校章。ワイルドハントの校章。ミレニアムの校章。レッドウィンターの校章。他にもたくさん。よく見ればゲヘナのものもある。
     
     たかが書類。たかがよく知らない先輩たちの揉め事。

     そんな言葉で片付けてしまえるような情緒のない人間にはなりたくない。

     この羊皮紙には途方もない、壮大な物語が詰まっている。蚊屋の外で一般トリニティ生の私ですら価値がわかるような。

     政治的なことなんかわかんないし、興味もないけれど。それでも、トリニティ生としてエデン条約とやらが締結される日にとんでもない事件が起きたのは、身をもって体験した出来事だし。校庭のすみっこで草むしりしてたミカ様のジャージの背中に足跡が付いていたのも見たことがある。

     残りの二人がどれだけ苦心してミカ様を引き上げたんだろうかとか。どれだけ辛い思いをしてミカ様はそこへ戻ったんだろうかとか。

     たくさんある各学園の署名もそうだけど。

     セイア様とナギサ様の署名に並ぶミカ様の名前が、どれだけ途方もない物語の結果なのだろうかって。勝手に一人で胸を打たれていた。

     だって。これは。私たちへの慈愛だけじゃなくて。

     友だち同士が、必死に手を伸ばしあって、ようやくお互いに繋がり合えた証明書みたいだったから。

    『これは往代自治区生徒会長立ち合いの元、連邦生徒会とトリニティ総合学園の間に交わされた特別措置の――』

     事実を見て来たであろう宇沢は私の感動などよそに、バン、と書類に手のひらを叩きつけ。現ティーパーティ首席三人に詰め寄った。相変わらずの、セーブが効いていない声で。

     そんな宇沢に眉をしかめながら。サンクトゥス派首長が静かに言った。

    『割り印が押されているようですが、もう一枚は何処に?』

    『それはもちろん、トリニ……』

  • 671825/07/02(水) 02:39:05

     宇沢は思い至ったんだと思う。

     やられたって。

     あのクソ腹立つ首席どもが考え付く最大限の嫌がらせ。代々頭を悩ませてきた『SUGAR RUSH』へのピンポイント攻撃。
     
    『あいにくですが、その件に関する引き継ぎは一切受けておりません。宇沢先生から事前のお話は頂いておりましたけれど、うちの資料庫には、そちらの対になる書類は見当たりませんでした。他の書庫も当たったのですが――あ、シュレッダーや焼却炉も、もちろんですよ? しかし、こちらがここまでして見つからない以上、紛失というよりも、そもそもの存在を疑わざるを得なくて』

    『まあ、そういう演出なのはわかるよー? なんてったって天下のSUGAR RUSHだもん。でもさ。ハロウィーンの届け出って今月の一日で締めきってるわけ。こんなちゃっちぃ小道具でなにしようとしてたのか知らないけど、トリニティ生だって言うなら規則は守ってもらわないと。あ、規則って知ってる? SUGAR RUSHにはあんまり聞き慣れない言葉かもしれないねっ』

     そう言いながらピンと羊皮紙が弾かれたのを見て。

     大きく深呼吸をしたあと。

     私はテーブルを蹴っ飛ばした。椅子をぶん投げた。

     並べられたコンビニに売ってるお菓子に紅茶をぶっかけた。取り押さえようとしてきた正義実現委員会をぶん殴った。撃たれてひっくり返ってもあのクソ腹立つ女の顔に一発ぶち込むことだけをひたすら考えてた。

     ……。

    「ま、あの場でカズサがキレてなかったら、本気で戦争してやろうかと思ったわ。あんがとね」

     ヘッドレストの向こうからヨシミが言った。

    「ひひっ。久々だったねー。『キャスパリーグ』」

    「ん」

  • 681825/07/02(水) 02:50:57

     ハンドルを切る。


     ここ数日の自己流ボイトレと溜まったフラストレーションで。私の喉は音を出したくてうずうずしている。「なんかかけてよ」と言ってしばらくすると、バスドラとハイハットがドンシャンリズムを刻み始め、クリーンなギターサウンドとにこやかに切ない男声ボーカルが、宇沢の鳴き声を覆い隠す。


     片側二車線の道路。落ち着いた色合いに差し込まれるテナントのくすみ色の看板。鮮やかで目を細めるほど美しいトリニティの街中を、私たちの車が走って行く。


     ……いや、知らん曲流されても。練習ついでにシュガラの曲流してくれればよかったのに。


    「みんなさ。みんなは、ティーパーティ首席の人たちって憶えてる?」


     目の前を走るトラックの「お先にどうぞ」の煽り文句を目の前にぶら下げられながら、ふと口を衝いた言葉に、ヨシミは「二度と忘れないっつーの!」とがうがう吠えた。


    「いや、そうじゃなくてさ。昔の、って言えばわかる……かな」


     力なくうなだれる宇沢の姿がバックミラー映っている。


     その隣でふんぞり返り、腕を組んだヨシミが言った。


    「ナギサ様たちのこと? あったりまえよ。私たちがこうして活動できてんの、あの人たちが土台を作ってくれたからなんだから」


    「テロリストへの教唆を受けてね。我々はあくまであの三人お抱えの私掠者に過ぎなかったのだよ」


     んなわけないだろ、という突っ込みはとりあえず飲み込んでおく。


    <吐き気のするその顔を俺の前に晒してくれるな>。


     スピーカーはまさに、いまの私の気分にぴったりの言葉を歌ってくれてる。

  • 691825/07/02(水) 03:01:50

     宇沢の脇の、肩掛けバッグに入れられた木箱。なんの効力も発揮することがなかったその中身。


     お互いに手を伸ばし続け、再び手を繋いだ証。


     ……。


     お互いに、かぁ。我ながら。自分をえぐるような言葉だよ。


     だって……。


     けほん、と咳払い。


    「あの、すみません、杏山カズサ。次の次の信号を左に曲がっていただけますか?」


    「んあ? いいけど、どした? スタジオ帰るんじゃないの?」


    「トリニティ支部までお願いします。仕事、しなきゃなので」


    「……いいじゃん。一日ぐらいサボっちゃいなよ」 


     私がささやいた悪魔の誘いに「えへへ……そうもいかないんですよ」と鼻声で、無理に笑う宇沢に、胸がぎゅうっと握りつぶされた。そう。大人なんだ。宇沢は、もう。私とは違う。感情のままに大暴れするような私とは。


    <愛が全てだと言えますか 綺麗な顔のままで死.ねるなんて思いますか>


     ああもう、なんでこうこの歌は私の気持ちを代弁するかな!


     次の信号を右。3つ目の信号を右、あのお店を左。宇沢の案内で進む道は大通りから逸れて、それでも運転にそこまで慣れていない私に配慮しているかのような、広い道を進んでいく。まあ、図体がでかい車だから、そもそも狭い道は通れないんだけど。


    「ありがとうございました。ではまた連絡しますね」

  • 701825/07/02(水) 03:30:02

     レンガ造りのおしゃれな外観の建物には真鍮の切文字看板。シンプルでアーバンチックな書体で「S.C.H.A.L.E branch of TRINITY」と著されいる。私はハンドルにもたれかかって、目を拭いながら建物の中に入っていく宇沢の背中を見ていた。

    『15年前のトリニティ生って、やっぱりシャーレの、宇沢のとこで働いてたりするの?』

     雑談がてら聞いてみたことがある。知ってる人がいるなら挨拶しとこうかなって思って。

     けど、いま職員として一緒に働いているのは、後輩にあたる方々ですよ、と言われてしまった。

     宇沢の先輩も。スズミさんも、卒業後は会っていないと。

     そもそも宇沢がきっかけでS.C.H.A.L.Eの職員を募集し始めたらしいし。しかもかなり強引な形で。だから「先輩たちが職員として居るのはあんまりないですね。少なくともトリニティでは」と、宇沢は言った。

     そっか、って。その時は話を流したけど。

     後輩。私たち、一年生だったのにさ。そりゃ、中学の後輩がいなかったわけじゃない。でも、宇沢が言うのは、高校の後輩たちの話で。

     あーあ。差、付けられたなー。

     スピーカーからは揺れるエフェクトが掛かったギターが、さわやかな四コードを奏でている。同じバンドの違う曲。センチメンタリズムを刺激する歌詞。ドッドッドッド、とエンジンの響きを感じながら、ぱた、と耳を動かす。

     エンジンを踏み込んだ。

     これからどうすんだろ。校舎が使えないなら、どっかの野外で、とか。箱って言ってたし、ライブハウスを使うのかもしれない。一回だけ入ったけど……。まあ、今となってはこいつらも似たようなことしてるから今更か。

    「カズサちゃん。そこ左入ってくれる?」

    「んおっと。りょーかい。どっか行くの? 紫関?」

  • 711825/07/02(水) 03:47:22

     緑色の看板。高速環状線の入口。


     ゲートで体を伸ばし、通行券を受け取りながら「右? 左?」と聞く。今みたいに急に言われても困るから。


     はいこれ、と。アイリに渡されたスマホの画面にはマップアプリ。行先は設定済み。


    「……時期じゃなくない?」


    「いいの。そういう気分だから! 思いっきり叫びたい。叫びたくない!?」


    「なになに、どこ行くって?」


    「地獄さ!」


    「違う違う。地獄はいま見てきたから――海! 海行こう! カズサちゃんと行ったことないし!」


    <輝く渚舞い上がる砂の向こうに いつも憧れを夢に描いて>

     

     スピーカーはまさに、そんなアイリの心を見透かしたような歌詞を最後に、畳みに入った。


     ナツ。あんたDJの才能あるよ。もしくは未来予知。


    「いいじゃん。叫びたいの、私も同意!」


     ナビに従い、分岐を左にハンドルを切る。


     冬に向かいつつあるこの時期に。バカ四人を乗せた車は、気の早い叫び声を窓の外に放り投げながら。


     ぐぉおんと、エンジンを唸らせた。

  • 721825/07/02(水) 03:51:27











    (キリがいいので今晩はこの辺で)

    >>61うへへ……私が脳を焼かれた概念ですよ。何をトチ狂ったかこんなお話になってしまいましたがね!)

    (でも15年後のキャラを想像するだけで楽しい。楽しくない?)

  • 73二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 11:12:25

    ティーパーティーさんよぉ……

    あなたのその行動は各校の顔に泥を塗ってるってこと分からんか?
    アビドスにOGがいるように、約束を交わしたほかの学校にもOGがいるかもしれないし、そいつらが今のティーパーティーの所業聞いたら多分ブチ切れるぞ

    なんなら先生もいやな顔するぞ

    悪いこと言わんからさっさと認めなさい
    でないと最悪キヴォトスを一校で相手することになるよ

  • 741825/07/02(水) 16:36:03











    (よるまでほ)
    (スミマセン、保守替わりの投稿がちょっとできませぬ)

  • 75二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 00:31:21

    完結期待保守

  • 761825/07/03(木) 01:27:28

    >>71


    「宇沢先輩。当時の資料はこれで全部だと思います」


     S.C.H.A.L.Eトリニティ支部。資料室の一角。


     指先が真っ黒になるぐらい埃をかぶった段ボールを三箱積み、議事録の一枚一枚に目を通す。大量の付随資料。当時発行された自治区内新聞や、クロノスの切り抜き、該当ニュースの概要や問い合わせ番号なども同時検索。掲載された写真に刺激される頭の中の回顧回路を閉じながら、ただ、情報を情報として処理していく。


     先生にはもう連絡を済ませてある。明日にはこっちに直接来てくれると言ってくれた。せっかく。せっかく任された支部なのに。結局頼りっぱなしなのは、恥ずかしいことかもしれないけれど。


     なりふり構っていられない。頼れるものはなんでも頼り、思いつくことはすべて実行する。


     あんな重要な証書を紛失したなどありえない。絶対に。厳重に保管してあるはずだ。各校のS.C.H.A.L.E支部。この認証文に署名を入れた各校の生徒会長たちにも連絡を入れてもらい、トリニティに対して糾弾を恃む。証拠と証人を。この書類に対し責任を持つ者たち全員を巻き込み、たとえ本当に紛失していたとしても。


     偽造をさせてでも、首を縦に振らせてやる。

     

     時間がない。 


     もうちょっと。もうちょっとなんですから。


    「あの、ではミレニアムの支部へ行けばいいのですか? そのぉ……こちらで何かお手伝い、とか」


    「すみません、お願いします。――っと。えと、エイミさんに言ってエンジニア部に繋いでもらってください。話は通してありますので――もしもし、お疲れさまです宇沢です。お忙しいところすみません!」


    『ごめんねー。ちょおーっと取り込んでてさ。あ、こないだセリカちゃんとこにシュガラのみんなが来たって聞いたよー。おめでと。カズサちゃん、見つかったんだって?』


    「ありがとうございます、ホシノさん。まさにその杏山カズサをはじめSUGAR RUSHの件でちょっとトラブルがありまして――」


     通話口を手で塞ぎ、こちらにお辞儀をして去ろうとした後輩に「よろしくお願いします!」と体を伸ばしたら。積み上げたファイルの一山を崩してしまった。埃が舞う。戻ってこようとしたのを手のひらで止めて。”大丈夫ですので”と口を動かす。

  • 77二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 02:01:30

    このレスは削除されています

  • 781825/07/03(木) 02:02:37

    帰って来るや否や、いきなり「ミレニアムまで飛んでください」と言う私の無茶振りにため息を吐きつつも、文句を投げつつも。泊まり込みの仕事を嫌な顔満点で、それでもやってくれるあの子は、七つ下。元シスターフッド。アリウス学区出身。

     あの子のことはよく知っている。中学生の頃から。世話を焼かされたし。何度頭を抱えさせられたことか。

     何度助けられてきたことか。

     頼れるものはすべて。

     すべてを頼り、道をこじ開けてやる。

    「実は、例の認証文に署名いただいた証書を、トリニティ側に隠匿されまして。両者の合意があれば強制的に措置を発動できる取り決めが今回裏目に――」

     もう時間がない。

     その日は近づいている。

     なんのためにS.C.H.A.L.Eに入れてもらったんだ。

     世界の正義なんかどうでもいい。そんなもの、なんの意味もなかった。あの人たちが最高のエンディングを迎えられるのならば私はなんだってする。それが、私にとっての大正義なのだから。

     だめだ。この物語は観客全員のスタンディングオベーションで終わらせなきゃいけない。全員が総立ちしてブーイングし、あの人たちがざまあみろと笑顔で舞台を下りる。そういう、最高のハッピーエンドじゃなきゃ、絶対にだめなんだ!

    『ああ、えっと、なんだっけ? なにぶんもうずいぶん昔のことだからさあ。いやあ、今年も盛大にやってくれたよね、シュガラは。おかげで大盛り上がりだったよー。冬はどう? またやってくれるんでしょ?』

    「あはは。その節はどうも。冬の件は――また後ほど。で、例の、SUGAR RUSH四人の復学の件で、ナギサ様たちが定めて下さった特別措置のです。ほら、ティーパーティのテラスに各校代表に集まってもらって、署名いただいた」

    【まさに神隠しか!? 消えたトリニティ総合学園一年生に連邦生徒会 異例の声明】

     保存状態が完璧なタブロイド誌を脇に除けておく。あとで中身を改めよう。なにか使える文言があるかもしれない。

  • 791825/07/03(木) 02:48:54

     大丈夫。今はまだ起承転結で言うなら、承。転を作らなきゃいけない。そして、転は作れる。無理矢理にでも作ってやる。

     皆さんが、皆さんのままで。

     全部振り切って、このまま走り抜けてもらうために。あなたたちは青春のまま終わっていくことを覚悟して、実行してきたんだから。思うがままのあの時代のまま、終わってくれなきゃ、許しません。許しませんったら。じゃなきゃ、何のために胃薬飲み飲みここまでやって来たのか。何のためにここまで、あの人たちのわがままに付き合ってきたのか。

     ……今後の人生をずっと。矯正局で過ごしたっていい。

     私は十分すぎるほど杏山カズサから奪ってしまった。杏山カズサが本来享受すべきものを、奪ってきたから。

     あとの責任は全部わたしが持つんです。そう決めてるんです。

     奪ってしまったものは返すって! 決めたんです!!

    『そんなことあったっけー? あー、なんかミカちゃんとマコトちゃんが仲良くおしゃべりしてたやつだっけ?』

    「……お二人は最後までバッチバチでしたよ。まあ、あれを仲が良いと皮肉りたくなる気持ちも、わからないでもありませんが。ではなくてですねぇ! もう、たまには真面目に話聞いてくださいよぉ!」

    『あはは! ごめんごめん』

    【ティーパーティ/シスターフッド(歌住サクラコ)/救護騎士団(蒼森ミネ)/図書委員会(古関ウイ)/S.C.H.A.L.E 02/07 16:00 覚書】

     項目に目を通す。脳みそが四つに割れている気分。右と左。前と後ろ。それぞれが独立し、別々に動いてる。

    ・放課後スイーツ部からの要求→杏山カズサ無期限停学(決定)
    ・スイーツ部→ヴァルキューレ→強制執行?(未決)→手続きの順番考慮。学籍復帰の上で投獄?(未決)
    ●【他自治区に協力要請→スイーツ部訴訟?ヘイト声明有→未決(最重要)】→トリニティから助成金?←ミカ反対←ロールケーキ

     ――使える!

  • 801825/07/03(木) 03:14:46

    「まあとにかくその時のです。ホシノさんも”生徒会長”として参加いただいたときのですよ! 皆さん一緒に参加されたじゃないですか。その時の署名の効力が今問われているので、頭トリニティなウチの生徒会長たちにちょっとガツンと言って欲しいんです!」

     今この書類があった辺りを漁る。02/05。戻った。12/24。遠くなった。

    【ティーパーティ/シスターフッド(歌住サクラコ・伊落マリー)/救護騎士団(蒼森ミネ)/図書委員会(円堂シミコ)/S.C.H.A.L.E 02/15 16:00 覚書】

     項目の一つに。私の手は。目は。留まる。

    ・自治区代表招集(S.C.H.A.L.E立ち合い、代理交渉)→公証依頼(決定)

     見つけました。見つけましたよ。

     ふふふ。あとは明日、これを書いた先生に直接突きつけてもらって、各自治区から糾弾の公式声明を出してもらえば、さすがのトリニティも折れざるを得ないでしょう! 今のうちにその三枚舌引っこ抜いとけって話です!

    『あー……ねえ、シロコちゃん、憶えてる?』

     弾む胸に差し水のような問いかけ。

     私にじゃない。ホシノさんは、電話口の向こうにいるであろう。シロコさんに問いかけた。どちらのシロコさんだかはわからないけど。確かに、問いかけた。

     声は聞こえない。けど、確かにホシノさんはこう言葉を続けた。『あー、だよねえ。その時はお茶しただけだったよねー?』。

    「……なに言ってるんですか? いま、私の手元には、アビドスの校章とホシノさんのサインが入った証書が確かにありますよ。よしんば忘れても効力が消えるわけ……」

     ばくん。ばくん。

     心臓が鳴っている。いつもの倍以上の血液を送り出している。なのに、頭から血の気が引いていく。

     探さなきゃ。探さなきゃ。証拠。しょうこを。えと、日時は……。三月。さんがつの、その日の記録……。

  • 811825/07/03(木) 03:33:35

    『んー、ごめんねぇ。たぶんそれ、ウチ絡んでないんじゃない? まあ気持ちはわかるよ。まあ、やっちゃったことはやっちゃったことだし、ね? その証書? とやらは、目を瞑るからさ。先生が動いてくれるだろうし、まあ一年ぐらいはガマンだね~』

    「いや……いやいや……。だめです」

     コツ、コツ。

     足音。

     皆さんがクズノハさんから宣告されたというタイムリミット。頑張らなきゃ。あの人たちは充分苦しんだ。頑張った。だから、私が頑張らなきゃ。万が一があっちゃだめ。絶対、そうならなきゃだめ。

    「だめです……。それじゃ、間に合わないんで……」『んえ? 間に合わないってな――』

     通話が切れる。震える手。震える画面。

     電波。圏外。

     コツ、コツ。コツ、コツ。

     足音。

     忘れ物だろうか。それとも誰か相談に来たとか。

     えと。電話。ちが、証拠、証拠を集めなきゃ。

     あれ? どうすればいいんだ?

     え? この証書、もしかして。

     ……使えない?

  • 821825/07/03(木) 03:43:26

     コンコン。

     ノック。

    「失礼いたします」

     私の返事を待たず。引き戸が開けられる。

     その姿を見て、高鳴っていた胸が一気に静まるのを感じた。腰が抜けそうだ。安心した。良かった。来てくれた。寄越してくれた。

    「わ、ワカモさん。あの、ちょっと今、大変なことが起きてる気がして……!」

     ナギサ様と。セイア様と。ミカ様の。

     アイリさんと。杏山カズサと。ナツさんと。ヨシミさんが。

    「あの、私署証書……。こういう文書って、効力失わないですよね? えっと、つかえますよね? ワカモさん。トリニティの屋上、借りなきゃいけなくて……。さいあく、それだけでよく、て……あの、申し訳ないんですけど、先生に今すぐ……」

     固い音がした。
     
    「……あの?」

     ライフルの銃口が私に向いている。当然。装着された銃剣の切っ先も。まっすぐ私に向いている。

     仮面を着けた華美な着物姿。この人は知り合い。ずっと一緒に、先生を支えて来た、ある意味戦友と言っても差し支えない人。

     それでいて一切誰にも靡かず。その身その心すべて、先生の”武器”である人。

    「お疲れさまです。レイサさん。申し訳ありませんが事務仕事は苦手でして」

  • 831825/07/03(木) 03:48:27

     衝撃。

     衝撃。衝撃。衝撃。衝撃。

     紙が散る。段ボールが崩れる。掴んだラックが騒音とともにひっくり返る。私は散った”いろいろの中”に溺れる。

     なんで。

     なんで?

     コツ、コツ、とブーツの足音が響く。床にひっくり返った私には振動も感じられる。

    「な……なん…で……」

     衝撃。

     衝撃。衝撃。

     ……。



     あ し
    痛――
     

        ひきず られ て

      ひ きずら  れ――……

  • 841825/07/03(木) 03:50:41



     あああ

         におい

        燃え

              だめ

       だめ だめ だめだめだめだめだめだめ――


      だめ だめ    だめ
     


    だめ。
    衝撃。

  • 851825/07/03(木) 03:56:41













    (キリがいいので今晩はこの辺で)

  • 86二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 12:31:25

    あーあ

  • 87二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 12:36:23

    先生はわざと悪者になろうとしているのか?

  • 8818(よるまでほ)25/07/03(木) 16:26:57


     ぽちぽち、文を打つ。


    <小鳥遊ホシノ:『間に合わない』って言ってたけど、私は聞いてな>


     ……。


     消す。


     ぽちぽち、文を打つ。


    <小鳥遊ホシノ:なんか隠して>


     ……。


     消して。ため息。


     メッセージ履歴をスクロール……するまでもなく。先生とのやりとりの一つ下の。ノノミちゃんの履歴から通話アイコンをタップしようとして。


     声を掛けられる。


    「ホシノさぁん。魑魅一座とサンドフライヤー研究部があっちでケンカしてるんですけどぉ……」


    「それほんとに研究部の子ー?」


     今さっき気付いたのでよく知らないですぅ、とその子は言う。私はぽりぽり頬を掻く。

  • 8918(よるまでほ)25/07/03(木) 16:37:28

     自主的に見回りしてくれるっていうから魑魅一座に屋台の監査頼んでるけど、血の気が多いんだよなぁ。シロコちゃんの管轄だし、こっちに回されても。


     ……。


    「とりあえずシロコちゃんには連絡しとくから、銃撃戦になったら両成敗しといて~。とりあえず屋台側の営業許可証確認ね。持ってなかったら魑魅に任せればいいよ」


     「両成敗はムリですけど監視しときます!」と駆け足で去っていくアビドスの後輩に手を振った。胸ポケットから煙草を取り出して咥える。


     ぽちぽち、文を打つ。


    <小鳥遊ホシノ:21:00にセリカちゃんのお店集合ね。ひさびさに一緒にご飯たべよー。あ、ノノミちゃんは通話参加! 強制です、うへへ。>


     グループ名は『旧廃校対策委員会+1』。確認。


     送信。 


     既読が三つ、すぐにつく。アヤネちゃんとノノミちゃんとセリカちゃんだろうな、きっと。シロコちゃん二人は……まあいいや。いやよくないよ。個別で連絡しなきゃ。揉め事担当なんだから。


    『やっちゃったことは反省してもらわなきゃだからさ。じゃないといろんなところからの突き上げから守ってあげられなくて……』。


     先生に言われた通り。レイサちゃんの話はいったんカットした。……でもなーんか気になる。SUGAR RUSHにはイベントでだいぶお世話になってきたし、ちょっとぐらい手助けしてあげたい気持ちがある。でも、犯罪者っていうのはその通りだしなー。


     夕日が砂漠に沈んでいく。画面が見辛い。


     太陽に背を向けて。私はライターのフリントを擦る。


     うへぇ。一服はいいねぇ。一生一服してたいよ、私は。

  • 90二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 00:30:57

    保守

  • 9118(ひるまでほ)25/07/04(金) 02:18:45







    (もう一週間経っていましたね……)
    (というわけで、今日は投稿お休みさせていただこうと思います)
    (読んでくださっている方々。いつもありがとうございます)

    (なんもないのもあれなので、別にいらないかと思いますが)
    (彼女たちが車の中などで聞いていたのはこの曲のことイメージしてました的なのざっくり書いておきます)

    ■前スレ
    124.Elphin Knight/Scotish Folk-Ballad
     ┗スペルミスってます。正しくは『Elfin Knight』。
    130.To Be With You / MR.BIG
    132.Rape Me / NIRVANA
    133.Come Out Ye' Black and Tan / Dominic Behen(Irish Folk)
    148.Don't Stop Me Now / QUEEN
    165.エイリアンズ / キリンジ

    ■2スレ目
    5.Barbara Allen (バーバラ・アレン)/ Scotish Folk
    68.69.Teen's / andymori
    70.71. 夢見るバンドワゴン / andymori

    (自己満足です)

  • 92二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 10:35:27

    保守

  • 93二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 12:09:12

    へぇ、聞いてみる

  • 941825/07/04(金) 17:05:35









    (所用で保守投下できませぬ)
    (よるまでほ)

  • 95二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 01:26:31

    >>94

    お疲れさん

  • 961825/07/05(土) 03:23:02

    >>89


     夜の海。風強し。月は輝き。海、冥く。

     

     久々に制服なぞに袖を通したがゆえに。夏服のままなのが仇となった。


     車の中では口汚い暴言が飛び交うわ、カラオケ大会は始まるわ。ガンガンと座席は蹴られるわ、あやうく事故りかけるわ。ホットスナック臭が充満した車内。かき鳴らされるミニギター。バックミラーにはだいたい爆炎。


     目的地に着くまで騒ぎ通した私たちは。いざ駐車場に到着すると『なんで海来たんだっけ』に落ち着いた。気持ちは落ち着いてしまったけれど。まあ来たならせっかくだし。砂に埋もれたアスファルトへ踏み出した。


     真っ黒の海の向こうに光る何かの船の灯りや、どこかの灯台のうっすらした光線を。階段に座ってぼんやり眺めるみんなとの自撮りをこっそり撮って、宇沢と先生に送っちゃろうと、インカメラを起動させたら。


     おもむろにナツが立ち上がり。


     三人が狂った。


    「アタマおかしいんじゃないの……!?」


     あたりは真っ暗、ではない。月明りがある。色すら判別できるほどくっきり明るいその砂浜に、色とりどりの布が落ちていた。


     厳かで冷たく、詩に詠われるような光の下。女三人、下着一丁で迫ってくる。がちがち歯を鳴らしながら。風にぶわっと髪を靡かせつつ。どうしようもないB級ゾンビ映画のごとく。


     私は哀れな市民。助かるはずがないのに必死に抵抗をする、尺稼ぎのためだけに存在する市民の一人。


     すでにパーカーは剥ぎ取られた。お気に入りの服はその辺に打ち捨てられて。強い風に、ぱたん、ぱたんと。小さく畳まれていく。みんなの服と一緒に。

  • 971825/07/05(土) 03:37:29

    「脱げ……脱ぐのよカズサァ……。私たちだって脱いだんだし……!」

    「勝手に脱いだんじゃん! ほんとアッタマおかしいんじゃないのバカじゃないの!? いい加減に、ちょ、それ以上こっち来んな!!」

    「ふっふっふ。だいじょぶだよ。こんな時期だしだれもこないって!」

    「アイリだけはマトモだって信じさせて! お願いだから! お願いだから服着て! 震えてるんだから!」

    「はいスカートどーん」

    「ぎゃああああああっ!」

     月に向かって突き上げられた私のスカートは、ナツに手に掴まれてたなびき。パッと離され。ちょっとだけ風に乗って。

     落ちた。

    「やるなら最後までよ!」

    「おおー!」

    「――マジ!? 引っ張んなさむいさむいさむい! さすがに海ん中はムリだって――!!」

    「はいすとーっぷ」

     ブチブチっと音がして、急に両脇の二人が消えた。掴まれていた手が、二人が下に居ることを教えてくれる。

  • 981825/07/05(土) 03:46:30

    「真っ暗な海に飛び込んだところで探し求めた”青”には辿り着けまいさ。二日酔いの翌日の後悔を思い出すのだ」

    「……」

     尻丸出しで顔面から砂に突っ伏した二人。足首まで下がったパンツ。それを掴んでいるナツ。するりと抜き取られるパンツ。砂に刺さる足。落とされるパンツ。丸出しの尻。

    「あんたが始めたんでしょうが……!」というヨシミの恨み言は、海風に飛ばされて、消えた。

     醜い。あまりに醜すぎる。ほんとにひどい。最悪。目が腐る。

     何もなかったことにし、さっさと服を着て。その辺にあった流木や、海の家に立てかけられた廃材などを勝手に拝借し。穴を掘って作った焚火に、生命の灯を見た。

     あったかい。あたたかい。洟をすする。

     ゴムが千切れてノーパンで過ごさざるを得なくなったアイリとヨシミも、小刻みに震えながら焚火に当たっていた。入りゃいいのに車の中に。てか入ろうよ。暴れるだけ暴れたし、どっか24のレストランでポテトでもつまもうよ。寒いから。

     だれも動こうとしない。黙って火を見つめている。煙がまとわりつく、服に匂いがうつる。

     木が弾ける。

     燃える。適当に集めた木が。

     燃えている。

  • 99二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 04:11:12

    このレスは削除されています

  • 1001825/07/05(土) 04:12:12

     ※

     燃える。

     燃えてしまう。

     ゴミも。服も。部屋も。家具も。食い物も。

     ……楽器も。
     
    「セーフハウスの対応、完了いたしました」

     ウチの背中に足を乗せたままそうほざく女がいる。急に入って来たと思ったら、急に襲ってきた。急に撃たれて、急に殴られた。急に投げられて。――急に、燃やされた。

     ある程度は慣れているつもりだ。”急”に関しては。姉さんたちはいっつもそうだったから。

     急に帰ってきて洗濯物ぶちまけて、飯をたかり、ある程度グータラ甘えたら、また出かけていく。嵐のような一瞬を耐えればよかった。そうすれば、この屋敷を自由に使えた。メシだって好き勝手食えた。衣食住揃う分、金はもらえない部署だったけど。

     やっと。やっと片付けが終わる光明が見えたというのに。

     こんな派手な光明はいらない。 

    「わかりました。では再び潜伏いたします。どうぞお気をつけて」

     背中から足がどけられる。足音が去っていく。

     気を失ったフリをしてあの女が屋敷を壊すのを、音で聞いていた。目を瞑って。これが夢でありますようにって祈りながら。夢なんじゃないかって。またあのきったない客間の饐えた匂いのするソファで目覚めたいなって思いながら。

     ほっぺたは土が散らかるレンガの上にある。修理にすらバカみたいな金がかかるソファの感触ではない。冷たい冷たいレンガと、熱い空気。上は大火事下は冷や水、これなーんだ、ってか?

  • 1011825/07/05(土) 04:15:13

     耳に全神経を集中させる。気配を全身で掴め。そんな能力なくても。今はあると思いこめ。

     ……。

     まだ。

     ――コツ、コツ。

     すぐそばで二回足音を響かせ。

     今度こそ、たぶん。消えた。

    「……なんなんだよアイツ。うぐっ」

     全身が痛ぇ。痛くねぇ場所がねぇ。

     なんとか立ち上がり、びっこを引きながら。庭仕事に使っている蛇口を目指す。

     ……そうだ。

     ポケットからスマホを取り出す。2タップで電話を掛ける。

    「――おつかれ様ッス。屋敷管理のにーまるよんごー、タミコッス」

     直接の上役は電話口の向こうをひどくにぎやかにさせながらも、すぐに電話に出た。夜はだいたい遊び惚けていて、無視されることが多いのに。

  • 1021825/07/05(土) 04:35:42

    『どうした? 今こっちはちっとバタついてっから急ぎじゃなけりゃあとで――』

     アケミさんに直接お電話するなんて、ウチら下っ端にゃできねぇから。番号も知らねーし。この惨状を伝えるのに、どれぐらいのタイムロスがあるのだろう。

     まあ、その下っ端だからこそ、ってのも。今まであったわけだし。ウチの”今まで”は下っ端だったから、だけど。

    「やられました。ケツ爆4が燃えてます」

    『そっちもか! わかった、今すぐ応援を送る。お前もどっかに隠れてろ!』

     どっちもか知らねーけど、どうやら”あっち”でになんか起きてるっぽい。そっちはどうでもいいや。目が焼けそうなほど明るい、目の前の光景が私にとってのすべてだから。

    「もう遅いッス。燃えちまってるんで」

     いいから隠れてろ、と切られたスマホを元のポケットにしまうのすら苦痛で。その辺に放り投げておく。音はしなかったから、たぶん。どっかの花壇の中に落ちたかも。

     熱を受けつつ、蛇口をひねって頭から水を被り。ぼっこぼこにへこんだブリキのバケツに水を溜め、それも頭から被る。また溜める。耳障りな音がする。髪が重い。背中がびちゃびちゃ。吸え。吸え。水、たくさん吸え。

     洗うのがだるいほど伸ばした髪。二年前。ここへ配属が決まってからロクに切ってない。風呂上りにあんだけ時間取ってやったんだから、ちっとぐらい役に立ってくれなきゃ困る。ここまで育ててやったんだから、報いてくれ。頼む。

     苦手だ。姉さんたちは。

     寝て起きたら芸術的なまでに編みこまれてたこともあった。だっさいピンがアホほど付けられていたこともあった。「もっと伸ばしてサイドポニーにしなよー。……モテるよ?」って言われた通り伸ばしたけど。そもそもそう言ったナツ姉さんがモテているところを見たことがない。そういうウワサも……なかったわけではないけど。そん時は違う髪型だったはず。

     言われた通りにしたら左右で重さが変わって首痛くなるし。似合わなかったし。「あんたそれ、昔のナツと同じじゃない」とかいって指さされて笑われるし。「意地でやってたってナッちゃん言ってたけど、大丈夫? 大変じゃない?」ってネタばらし食らうし。

     何がシュガラだ。何がバンドだ。くだらねぇ。ゴミ袋に詰め込んだ秋桜も。崩れた花壇も。油差そうとしたら門ごと変えるハメになったのも。

     ぜんぶ姉さんたちのせい。

  • 1031825/07/05(土) 04:55:27

     だらしねーし、わがままだし、破滅的だし、うるせーし。

    『タミコさんですか。はい、こちらこそよろしくお願いします!』

     ……。

    『ご迷惑おかけするかも……というか、確実にかけますね。ですがタミコさんの生活費はすべてこちらで賄いますので、足りないものや欲しいものがあればなんでも言ってください! ぜんぶSUGAR RUSHに請求しますから!』

     ……。

    『まあ、住み込みですし、歴代のスケバンさんたちも家族みたいになってたんで。――そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。”先輩”さん』

     ……。

     苦手っつーか。もはや嫌いの域だけど。

     ……あんたらの青春に付き合わされる身にもなってくださいって。

     はあ、うらやま。ウチだってあんたらみたいなトモダチがいたら。そんなのとつるめてたら。

     もしかしたら。

     自分が世界の主人公とか、自惚れられたんスかね。

     追い打ちにもう一発バケツで水を被り。全身の痛みをとりあえず頭の片隅に追いやって。

     屋敷の中に飛び込んだ。

  • 1041825/07/05(土) 05:21:19


     
     火の粉が上がった。折れた木が”ゴン”と重い音を立てる。
     
    「で。どうする?」

     カチカチ歯を鳴らしながらヨシミが言った。

    「トリニティが使えないのならって? ……そうだねえ」

    「行ったハコはぜんぶ出禁だし……アスレチックスタジアムは半壊させて以来、戦車とドローンで狙い撃ちしてくるし……」

    「アビドスのステージは?」

    「んー……。まあ、いいっちゃいいけど」

    「けど?」

    「アイスケーキを熱々のホットプレートに乗せて食べてもいいってんなら、何も言わない。我慢して、でろでろに溶け切ったのをすくって食べるよ。嫌な顔は我慢できないかもしれないけどね」

     唸り声。というより、返事にもならない返事。

     火。揺れる影。ぼんやりと照らされる三人の顔。

     膝を抱えて丸まるヨシミにアイリが寄りかかる。

  • 10518(お風呂わず)25/07/05(土) 07:04:56

     言葉はもう無く。火を見つめている。

     火。

     気体か個体か液体か。そんなのわかんないけど。

     昇っては消え、消えては上って。不定形の、ゆらゆらちろちろを見ていると。焦点がぼやけていく。

     ……火って。

     見てると切なくなる。

     そして。

     味を感じないように誤魔化してくれるオブラードを、燃やしちゃう。

     すっきりしたからかな。とりあえずの鬱憤が引っ込んだから。昼間。泣いてた宇沢の顔が。声が。押し込められてたものが、また。表に出てきた。

     ずっと胸の奥につっかえてた小石はもう。小石って大きさじゃなくなっちゃって。

  • 1061825/07/05(土) 07:23:41

     ヨシミとおんなじに膝を抱えた。口元を膝で隠して。きゅっと体を縮めて。光に視界を焼かれても、火をずっと見てた。タイツをカリカリ爪で引っ掻く。

     決して早くなっているわけじゃないのに、体が膨らんだりしぼんだりしてるって錯覚するぐらい、大きい鼓動。揺れてるのは世界? それとも私?

     パチパチと火が燃える。海風がごおごおと耳元を過ぎていく。

     ……。

     ラストライブって、変、じゃない、とは思う。『私が見つかったから』って。言われたことは理解できるから。

     でも、よくよく思い返すと変なんだ。

     だって、私が見つかる前から決まってたんでしょ? なんかいい感じにごまかされちゃったけど……変じゃない?

     私を探すのを諦めようとしたってのは、それに関して私がどうこう言えるもんじゃないってのは解ってるよ。

     ――違うよね?

     言ったから。アイリは。『カズサちゃんを探し続けてくれるアルバム』って。

     それがなんかさ。なんか。

     居なくなる人みたいな言い方っぽくて。

     気になり始めるとだめなんだって。靴の中の小石とおんなじ。

     別にさ。一ヵ月でも、二か月でも。時間かけてトリニティと交渉したっていいじゃん。ヴァルキューレに入るんだったら一年ぐらい待つよ。ていうか、一緒にぶち込まれるでしょ、どうせ。なら、それでよくない? なんでそんなに急いでるの? 私がまたいなくなっちゃいそうだから? そんなのわかんない。ていうか、そんなことが起きることが本来ありえないじゃん。気にしたって仕方ないのに。

     今日の宇沢だってそう。そんなに悲しむこと? いいじゃん、時間かければ。まるで他に選択肢がないみたいに絶望してた。ずっと謝ってた。なんで?

  • 1071825/07/05(土) 07:45:56

     アイリから渡されたノートの最後の曲。『あの曲をカズサちゃんが歌うの?』とアイリが拒否感を示した曲。そのページを読んでいたら、『それはやらないことになったから』と破り取られた、あの曲。

     そうだよ。『伝言』って曲。その歌詞。

     誰かを、私を探すニュアンスの歌詞ばかりだったのに。その曲だけ。筆跡が一人分じゃなくてさ。三人分の筆跡で。探す歌じゃなくて。メッセージ調。音符一つに何文字乗せるんだ、ってぐらい詰め込まれた歌詞。

     私を探す歌じゃなくて。私に宛てた言葉。

     あれじゃ。

     ……。

     遺言、みたいだったんだけど。

     ピリリリ。

     着信音。

    「あ、アケミさんだ」

     火とは違う色気のない光に顔を照らして、アイリは「もしもし?」と。作った声で電話を取る。

     私はもっと。膝に口を押し付けて。

     どくん、どくん。世界が揺れるぐらいの鼓動を感じながら。

     ……。

    「みんなさ。なんか、隠してる……よね」

  • 1081825/07/05(土) 07:57:50

     海風と混じるアイリの声。返事はない。でもさ。二人が私を一瞬だけ見たのは見逃さなかったよ。すぐ目、逸らしやがって。二人で目配せなんかして。

     風。髪が顔をくすぐって痒いから耳に掛ける。火を見る。

     沈黙って、答えだよ。

     ……。

     あー。めんどくさい女。ちゃんと言いなよ。ビビってないで。

     バカズサ。

    「本当なんですね? みんなにも共有しますからね!?」と、スマホの向こうのアケミに、アイリが詰め寄っている。

    「なに、どうしたの? もしかしてトリニティ取れた?」

    「アケミさんが動けばありえるかもねー。理屈の世界に中指立ててる人だし。ひひひ」
     
     ふっと場の空気が柔らかくなった。火を見て感じていたセンチメンタリズムも海風に攫われて飛んでったみたい。膨大な砂粒の表面が攫われるように、新たな面が顔を出す。

     アイリもスマホを耳から離さず。通話口も離さず、言った。

     波の音。

    「S.C.H.A.L.Eのトリニティ支部が燃えてるって……。レイサちゃん送ってった場所……!」

     風の音。火の音。木が爆ぜる音。

     波の音。

  • 1091825/07/05(土) 07:59:06










    (キリがいいのでこの辺で)

  • 110二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 15:35:52

    気付いちゃった

  • 11118(よるまでほ)25/07/05(土) 16:42:09

    ■D-DAY -16

     スケバンは唇に人差し指を当てた。私たちは声を発さず、足音も極力立てず。深夜のコインパーキングから、静かに。人通りのない路地を移動する。

     辿り着いたのはただの建物。存在感が全くない、目に入るのに意識しない、ただの建物。落書きだらけのシャッター。

     辺りを見渡してから、扉にカードキーをかざすと。モーターが唸るような小さな音と、鍵が開く音。

     重そうに開かれた鉄扉。中は真っ暗。一階には窓はなく、先頭を歩くスケバンのスマホの灯りを頼りに、一列になって進む。

     並ぶ木箱。私の背ほどの高さまで積まれている。

    「これって……お酒?」

     勝手に蓋を開ける傍若無人っぷりで、中を覗いたアイリが言った。目を凝らして見てみると、木箱の中の仕切りにぴったりと収められた瓶。

    「ウイスキー。こっちはブランデー、だね。キルシュもある。そっちはリキュール類かな? パティシエさんが住む夢のお家みたーい」

     ナツが軽口をたたきたくなる意味も、少しわかる。どう考えてもロクな建物じゃない。カタギとは到底思えない。見てはいけないものを見ている。いちゃいけない場所にいる。

     ここに居るだけで、洒落にならない人数のヴァルキューレに追われることは確定の、呪われた建物。
     
     そんな建物に案内してきたのはスケバン。スケバンを束ねるのは、アイツだ。

  • 112二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 00:50:00

    保守

  • 113二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 00:50:17

    良質なSSが再び摂取できるのは嬉しい

  • 114二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 02:20:01

    >>111


     少し体を斜にしなければ通れない、人ひとり分の隙間しか廊下。それぞれの木箱には、アビドス、ゲヘナ、ブラックマーケット、百鬼夜行、レッドウィンター等々の伝票が、雑に張り付けられている。


     潜るって。電話を切ったアイリはそう言った。


     報復だ戦争だと騒ぐヨシミを押さえつけながら、あの浜辺で一時間ほど待っていると、一台の車が乱暴な運転でやってきた。乗っていたのは知らないスケバンたち。私たちの車を街中に走らせることは出来ないので、いったん預かると言われ。


     数時間。


     数時間、スモークが張られた車の中で、じっとりと無言のまま、辿り着いたのは。


     ここがトリニティ自治区内なのか。それともまだD.Uに居るのか。それすらもわからない。


     二階の窓にも段ボールが張り付けられていて、目隠しバッチリ。


     スケバンが点けているスマホの灯りを辿る、アイリの服の裾を掴む。


     音が響く薄い板張りの廊下。階段から一番近い部屋の、とって付けたような安っちい扉の前で、スケバンは立ち止まった。


    「SUGAR RUSHを回収してきました」


    『ご苦労さま。入ってください』


     開かれた扉。もちろんここも同じように窓は塞がれていた。徹底的。暗い。アナログランプを明かりにしているような、そんな、電気が通っているのかいないのかわからない、埃っぽい部屋の中で。


     椅子に座って足を組んでいたのは、アケミその人。

  • 115二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 02:44:41

    「みなさんもお疲れさまです。疲れてはいませんか? わたくしとしては、話はあとでも――」

     話を遮って前に出た。

     気ぃ立ってんだよね。いろいろあったから。今日は。

    「宇沢は?」

    「隣の部屋に」

     すぐに踵を返した。押しのけたみんなもそれについて来ようとしたけど。

     立ち止まる。

     またみんなを押しのけて、改めて。ランプのぼんやりした灯りに照らされるアケミの前に立つ。

    「ここにあるお酒ってあんたの持ち物? よくわかんないけど許可とか、取ってるやつ?」

    「……」

     沈黙。

    「これ、宇沢知ってる?」

    「……」
      
     沈黙。

  • 116二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 02:59:38

    「そ。――じゃあ抵抗しないでね」

    「待っ」

     声がしたけど無視。

     思い切り振りかぶって、思い切りぶん殴った。

     さしものアケミももんどりうって椅子ごと吹っ飛ぶ。くそったれが。沈黙は答えなんだよ。あー、手、痛って。

     突っかかってくるスケバンを蹴り飛ばして、掴まれたパーカー脱ぎ捨てて。

     隣。扉を開けると。

    「あ」

    「起きてたんだ。だいじょぶ?」

     私の顔を見た途端に泣きそうな顔をしたことには触れない。

     一年間外に置いてあったみたいな汚いベッドの上。汚い布団をすっぽりかぶされ寝かされていた宇沢は。身を捩って体を起こそうとするのを「いいよ寝たままで」と制し、その足元に腰掛ける。

    「――すみません」

     布団の中で。顔を隠すこともせずに。笑顔を作っちゃいるけど……鼻声。

     だから。なんで?

  • 11718(コテ忘れてた)25/07/06(日) 03:13:04

     宇沢が襲われたのは宇沢のせいなの?

     みんながこっちの部屋に移動してくる。ぶんなぐったアケミも。まるでなんのダメージも受けてないみたいに、平然と壁にもたれた。ミシリ、と壁が鳴る。
     
     ……。

    「誰にやられたの?」

    「……すみませ」

    「レイサ」ヨシミがそのキツい目で、宇沢を見下ろした。「あんたがなにも言わなかったら、私たちこのままトリニティに殴り込むわ。勘違いだとしてもね」

    「というわけだからアケミさーん、兵隊貸してくんない?」

    「ナッちゃん待って。レイサちゃん。教えて。事故だったらそれでいいの。『なーんだ、気をつけなきゃダメだよ』って言うだけだから。誰も怒らない。レイサちゃんを責めない。誰も。誰も、責めたりしないから」

     かび臭い部屋に、床が抜けそうなほどの人数が揃って、けが人が一人。

     むかーし、友だちが他のチームにボコされたときもこんな感じだったなあ。即日報復に向かって、見事完遂して。自販機の灯りの前で、冷たい炭酸で乾杯したなあ。

    「冗談じゃないよ宇沢。本当にトリニティなら、あのクソムカつく女たちをここまで引っ張ってきて、泣こうがわめこうが、あんたに土下座させるまで。私は諦めない」

  • 1181825/07/06(日) 03:25:17

    「ち……がいます」

     身じろぎするたびに小さくうめく宇沢に私の心はざわつく。私は冷静じゃない。そんなことはわかっているけど、冷静でいる方がバカってもんだと思う。冷静でいられるわけがない。冷静でいられるとするなら、そいつは。

     ……そいつは、私にとって。友だちじゃなかったってこと。

     段ボールで塞がれた窓。月光が外から溢れて、舞い上がった埃を道筋にしている。照らすのは床。汚い、床。

     じゃあ誰、と詰問しようとした私に、アケミの言葉が覆いかぶさった。

    「セーフハウスの方にも襲撃があったと報告を受けています。同じように、炎上していると」

    「タミコちゃんは無事なんですか!?」

     誰のものだろう。しんとした部屋の中。秒針の音すら聞き分けられるほど、私の神経は昂っている。
     
    「ヴァルキューレにちょっと『お願い』をしまして、私どもが懇意にしている病院に運びました。意識はハッキリしていたそうですが、なにぶん、火傷がありまして」
      
    「襲ったやつは同じ?」

    「狐の面。百鬼夜行の装束」

     アケミはいつもの澄ました顔で言った。

     狐の面。百鬼夜行の装束。

     ちょっと前までなら。私があの時あの夜、コンビニに行く前ならば。そんな人は知らなかった。けど今は知っている。

     そういう服装をしていて、私に敵意を向けた人を。

  • 1191825/07/06(日) 03:34:07

    「――キャスパリーグ。これはそう簡単な話ではありません」

     私の肩を、その分厚い手でつかんで。アケミはまっすぐに私を見た。

     バチバチのまつ毛。固そうなほっぺ。無駄にきめ細かい肌。アケミの顔を見ている私の顔はきっと、ヨシミ以上に吊り上がった目をしているに違いない。

    「簡単な話ではないのです」アケミは繰り返して言った。

    「ワカモが動いたということはどういうことかわかっていますか?」

    「理由とかどうでもよくない? あの狐にやらかしたことを反省させて、落とし前をつけさせればそれでいいんだよ。ふざけた仮面叩き割って裸で土下座させりゃ納まる。納まるから。離してくんない?」

    「S.C.H.A.L.Eが動いたということです」

    「ああ、やっぱあの人も職員なんだ? じゃあなに、宇沢が先生の前ですっぽんぽんになってたの見られたとか。それなら納得。宇沢が悪かった。宇沢。あんたが悪い」

    「なりませんよ……なに言ってるんですか」

    「ここにはノーパンのバカが二人いるからね。やりかねないと思って」

     深く大きいため息をついたアケミは「着替えは用意させます。理由は聞きません」と片手を挙げると、廊下の向こうに足音が遠ざかって行った。

     そして。

     言う。

    「先生が動いた、と言い換えたほうがよろしくて?」

  • 1201825/07/06(日) 03:46:37

     気付けばアケミの胸倉を掴んでいた。

    「あんたがロクデナシを続けてんのは知ってる。でも、先生を悪く言うのは許さない」

     背伸びして掴んだ胸倉。まるで身長が足りていないし、小人が巨人に挑むようなもんだけど。我慢が出来なかった。

     だからアケミは余裕しゃくしゃくに。表情一つ変えず、わずかに端が赤くなったおちょぼ口で、言う。

    「わたくしたちも裏は取れていません。……あくまで想像の話です。起きた現象に一番あり得る理由をつけただけ。その上でキャスパリーグ。あなたに向かって『今の状況』を伝えるのならば。――ワカモは先生の武器です。先生の指示なしに暴力を行使しません」

    「じゃあなに。先生が宇沢を襲わせたって? タミコ襲わせたって? なにそれなんで。なんでよ!!」

    「だから。理由は解りません。しかし私は若い頃のワカモをよく知っています。そしてここには。今のワカモをよく知る人たちだって、おりますわ」

     ね、とアケミは、私の頭の上から。宇沢に。みんなに。声を掛けた。

     私の心はこの場でどんどんと孤立していく。私だけが走って、隣にはだれもいない。

     一人で先頭に立ち。無限に広がる草原を先頭で走っている。

     アイリも。ヨシミも。ナツも。宇沢も。

     だれも、私に賛同しない。誰も。ワカモさんが一人で動いたなんて、言わない。

    「なんでよ……」

     私の足は立ち止まる。立ち止まって、振り返る。

     遥か遠い場所にみんなが突っ立っている。スタートから一歩も進まず。豆粒みたいになったみんなを、私は振り返っている。

  • 1211825/07/06(日) 04:18:08

    「時間をください」
     
     アケミが寄りかかった体を起こすと、その後ろの壁が頼りない音を鳴らした。薄っぺらいベニヤを張り付けただけみたいな。湿気で膨らんだ、安っちい壁。

     胸倉を掴んでいた手はあっさりと離れる。叩かれた肩。
     
     いらない。あんたのそのやさしさは。

     私をみじめにする。

    「しばらくここに滞在していただきます。数人残しますので、不便を申し付けていただければ、出来る限りの対応はさせていただきます。――三日以内に、方向性を定めるぐらいの情報は集めてみせますわ。それまで、どうか辛抱なさってください」

     そう言って、ドア枠をくぐり、窮屈そうに廊下に消えていった。数人のスケバンがその後を追う。残ったスケバンも、頭を下げて、アケミを送った。

     私たちは孤立する。

     ……いや、もうさ。

     15年消えてて。見つかって。大人になったみんなと再会して。スマホ買ってもらって。ライブするってなって。またボーカルやらされて。場所取れなくて。

     今度は先生が宇沢に暴力を振るった?

     なにそれ。もう頭の中、キャパオーバーなんだけど。

  • 1221825/07/06(日) 04:19:24

    「カズサちゃん」

     床にへたり込んだ私の肩をアイリが撫ぜる。

    「もうわかんないや」

     ほのかなハンドクリームの匂い。肩を撫ぜる手。細くて、長くて。綺麗な指。

     アイリの手に重ねようとした自分の手は。

     ――孤立したのが私”たち”ではないことに気付いてしまって。

     自分の前髪を、ぐしゃぐしゃに。握りしめた。

  • 1231825/07/06(日) 04:23:19










    (キリがいいのでこの辺で)
    (……聞くのが怖いですが、読みづらかったりしませんか? だいじょうぶですか?)

  • 124二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 09:22:37

    読みやすいですよ

  • 1251825/07/06(日) 11:14:34

    (ああ、良かった)
    (ありがとうごさいます)

  • 126二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 17:39:28

    問題ないですよー!

  • 1271825/07/06(日) 18:12:00

    (ありがとうごさいます)
    (本末転倒だったらどうしようかと)

    (保守用投稿はナシですゴメンナサイ)
    (あっづいですね)
    (蝉)

  • 128二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 01:32:27

    >>122


    ■D-DAY -15


    「……」


     擦り傷や打ちつけたような痕がある背中。傷のないところは真っ白な背中に、湯気が上がるタオルを当てる。「熱くない?」と、自分でもびっくりするぐらい陰鬱な声で聞けば。咳払いのあとに「大丈夫です」と、返って来た。


     薄い皮膚の下の体の動き。ひくり、と一部動かすだけで、背中のいろいろな場所に動きが出る。足元にはタオルと同じく湯気を上げる洗面器。濁った水は石鹸の香り。こういうやり方が正しいか知らないけど、さっぱりしそうだしと思って。

     

     私たちがここにくるまでに一応の治療を受けたと宇沢は言った。なんでタミコと同じ病院に行かなかったの、って聞いたら「のんびり入院してる余裕なんかないじゃないですか」と、何言ってんだコイツみたいな表情しながら。


     自分の体をそんな客観的に見るなって。「死ななきゃ安いもんです!」とか言ってって。笑うなって。


     タオルで擦る。背中。腰。傷の近くは肌が敏感になっているのだろう。体が緊張した。


     汚い掛布団の下の宇沢は、下着だけしか身に着けていない。上はなにも付けてなかった。だからこそ、体を拭いてあげるのも、引き起こすだけでOK。ああ効率的。効率的だ。けが人だもんね。なんでけが人になったのか、理由なんかどうでもいいや。私の中には今、どす黒いものが渦巻いてる。


     両肩。両腕。両股関節。両膝。見事に左右対称に。宇沢は身じろぎするたびに唸っている。おおよそ生活に支障が出る、曲がる場所。唸りながら「さっすがワカモさんですねぇ」とへらへらしたときは、何を言ってんだとキレそうになったけど。


     関節をやられたみたいです、と。宇沢は言った。


     まともに動けるまで三ヶ月。


     銃撃戦なんか日常茶飯事でも、当たり所が悪けりゃこういうことにもなる。「さっすがワカモさん」に同意してしまう。


     だって。『当たり所が悪い』ところにしか、当ててないから。


     的確に一発。宇沢の体を壊すその場所に、ピンポイントに残る弾痕。青あざを通り越した、私の持ち得る語彙じゃ表現できない色。骨を折られてたほうが幾分かマシ、とも感じてしまうぐらいの、ねちっこい壊し方。

  • 12918(また忘れてた)25/07/07(月) 01:53:48

     宇沢とワカモは知り合いだったのに。壊し方を知ってるということは、壊したことがあるってこと。何ヶ月もロクに動けなくするやり方だとわかってて、知り合いに叩き込むなんて。信じらんない。

     ……ああ。そもそも。先生が、やったような。もん、なんだっけ。

    「あの?」

    「あ、ごめん」

     手が止まってた。背中を擦る。熱いタオルで擦られた皮膚が、ちょっと遅れて。赤くなる。

     ハンガーに吊るされた汚れた宇沢の服。ベッド脇の空木箱の上の小さくてかわいい宇沢のハンドガン。弾。スマホ。ペットボトルの水。

     洗面器のお湯にタオルを浸して絞る。腕をなるべく動かさないように脇腹と脇も拭く。くすぐったいんだろう。たまに吐息が漏れる。

    「……宇沢さ。やっぱり知ってたの?」

    「なにをです?」

    「セリカさんが言ってた。前とは違うって。それでもお酒って、簡単に扱えるもんじゃないでしょ?」

    「……」

     先に殴っといてなんだけど、宇沢が知らなかった可能性もあるんだから。だって、私の知ってる宇沢は、こういうの絶対に許さないタイプだし。

     でも、やっぱり。15年っていう時の流れは、人が変わるには充分な時間。

     たっぷり。時間を空けて漏らすように。宇沢がつぶやいた。

    「……いろいろあったので」

  • 1301825/07/07(月) 02:16:37

     小さい、とても小さい声。

     宇沢がこういうことを黙認するぐらい。いろいろあった。

     もちろん。原因は。

     私のせい。

    「ちょ、前は良いですいいです前は良いです自分でやります!」

    「動けないくせになに言ってんの。いいよ。私は気にしないから」

    「私が気にすうひぇあっ!」 

     うなじから首元へ手を回し、そのままごしごしと擦りながら手を下に下ろしていく。包帯を外した宇沢の体。うっすい肩。そのくせ油断した二の腕。腹。身を縮こませるみたいにガッチガチに固まった宇沢の、撃たれた箇所はさっと触れる程度に。タオルがかするぐらいでも痛がるのは、もう知ってる。

     そう。私のせい。

     みんなが頑張ってくれたのも私のせい。

     15年も。私のせいで、みんなの人生を。

     変えて、しまった。

    「……」 

     ほんとめんどくさい女。みんながいないかも、ってコイツのせいで信じたときは、みんなに置いてかれたって絶望したくせに。みんなが探しててくれたっていう嬉しさを超えたら、今度は勝手に申し訳なく思って沈んで。ほんと。めんどくさい女。

  • 1311825/07/07(月) 02:31:15

     冷えて来たタオルをまたお湯に浸す。絞る。拭く。

     宇沢の唸り声と拒絶の声。無視。無心。

     ……みんなの、人生。

    「宇沢。教えて欲しい。ウソとかなしに」

    「な、なんですかぁ……?」

     私は宇沢のみぞおちから横方向に、タオルを擦り当てながら、言った。

    「みんなって……なんか隠してるよね?」

    「……」

     お腹に温かいタオルを当て。手を止めて。

     首筋に向かってつぶやく。くすぐったそうに肩をすくめ、唸る。ぽこっと出た首の骨。

     沈黙。

     力を込める。

    「ふグっ」

    「あんたも。知ってんでしょ?」

    「……あぅ」

  • 1321825/07/07(月) 02:37:22

    「宇沢」

    「……」

    「……」

    「……」

    「お願い」

    「……」

    「……」

    「……」

    「宇沢。お願い」

    「……」

    「……」

    「――私が言うわけには、いかないんです」

     ……。

    「隠してることがあるのは、ほんとなんだ?」

    「……はい」

  • 1331825/07/07(月) 02:54:07

    「ん。ありがと」

     それがわかればいい。そう思っていることと、そうであることはぜんぜん違うから。私の心の中のもやが少しだけ晴れた、気がした。

     何を隠しているのかもわからない。なんで隠してんのかは知らない。けど、良いことじゃないのはわかる。私の中で、一つの、ぼんやりした推測みたいなのがある。それがなにかは。思考の中ですら。形にしたくないものであるにしても。

     隠しているなら。隠される私の立場も考えて欲しいのは、ほんとそう。

     でも。

    「いつかは話してくれるんでしょ」
     
     首筋に額をこすり付けて言った。びくん、と宇沢の体が跳ねる。石鹸の匂い。私が拭いた匂い。

    「あの、きょうやま……」おどおどしたような声。しょーがないじゃん。今、メンタルぶっ壊れてるんだからさ。

     誰かに寄りかかってないと。ちょっと、だめだから。ごめん。

     ふるふると震えながら大きく息を吸ったのがわかる。吐き出すときに。額が。頭に直接、宇沢の声を拾う。

    「今は――。……ご本人たちもどう説明していいのか、そのタイミングすら、わからないんだと思います。今まで『そのように』してきましたから。ちょっと。突然、すぎて」
     
     『そのように』ね。
     
     まあいいよ。あいつらとずっと一緒にいた宇沢がそう言うなら、信じてあげる。

     胸のつかえが一つ軽くなったことに少しだけ安心。ワカモさんをブチ転がして土下座させたいってのは変わんないけど。そのあとは……。先生も、だけど。

     あとは、自分の仕事を全うしよう。隣室でずっと。当てのないライブの計画を練り続ける、アイツらのように。

  • 1341825/07/07(月) 03:05:29

    「……?! いや、いいですほんとそっちはいいですいででででっ! 杏山カズサっ! いいですってばぁ!!」

    「だから動けないんだからしょーがないでしょ。ほんと気にしないよ私は」

    「動けます動きます死ぬ気でやります! やめっ――だれかぁー!! 助けてください!!」

    「うるさい。大声出すなって言われたでしょ。ほら脱がすよ。せー……のっ」
     
     テーブルクロスを引く要領で。昔、お遊びでやったことのあるやり方で。私わりかし得意だったんだ。

     宇沢の下の方の下着を、完璧に、一切苦痛を与えずに脱がした。

    「――!!」

     私、才能あるかも。介護の。剥ぎ取った下着はとりあえず、ベッドの上に投げておく。

    「スケバンの子があんま騒ぐなって言ってるわよ。なに、大声なんか出して」

     ギィ、と軋みを立てて部屋の扉が開き、ヨシミが顔を覗かせた。手にはノート。私が使わせてもらってる、歌詞が書いてあるアイリのノート。

    「ん。身体拭いてあげてるだけ」

    「たったすけっ」

     ヨシミは私を見て、宇沢を見て、視線をちょっと下に落として。

     また私を見て、別段、いつもと変わらない口調で言った。

  • 1351825/07/07(月) 03:26:54

    「洗濯物はまとめとけば洗濯してくれるって。あと今、ライブの演出について話し合ってるんだけど、あんたたちも参加しなさい」

    「場所決まってないのに?」

    「場所は何が何でも確保する。私たちのやり方で。だから先に決められることは決めとくのよ」

     私たちのやり方、ね。
     
     あはは。いいじゃん。そういう話は、頭の中がカラっとしそうで、好きだよ。

    「もうちょっとかかるから、みんなこっち呼べば?」

    「ちょおっ! だめ、私いま――だめです! 終わったら声掛けま」「はいよー。アイリ―、ナツー。ちょっとこっち来て―」

    『んおー』

    『はーい』

    「うわああああっ! 来ないでぇえええ!!」

    「布団邪魔。下拭けない」

    「あ”あああっ!!」

     宇沢の身体の状況は、全員に共有され。茹でたエビみたいな色になった宇沢の体を、隅々まで、磨き上げた。

     常駐してくれているスケバンに怒られながら。その小言を聞き流しつつ。せっかくなので、二本のおさげを作ってみる。

     うん。服さえフォーマルじゃなければ。まだまだイケんじゃん。

  • 1361825/07/07(月) 03:33:58










    (キリがいいのでこの辺で)

  • 137二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 05:13:25

    じゃれ合い、ちょっとでも気が楽になってたら良いな

  • 138二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 12:30:16

    SS投稿お疲れ様です。元気っ子が顔真っ赤にしてグルーミングされる姿でしか手に入らない栄養はあると思います。

  • 139二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 16:32:45










    (よるまでほ)
    (グルーミング……なるほど)

  • 140二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 00:03:26

    保守

  • 141二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 01:39:05

    このレスは削除されています

  • 1421825/07/08(火) 01:45:00

    >>135

     ■D-DAY -14


     憂鬱。諦め。祈り。


     どうしようもない思いが、埃まみれの部屋に充満していた。


     ノートのページが真っ黒になるぐらい書き重ねられた当て無きライブの計画。毎日欠かさず行う『彩りキャンパス』の運指練習。歌詞の暗唱と、空歌。紙に書いた音符をだるそうに叩くナツと、スマホの音源に合わせながら指を動かすアイリとヨシミ。


     ときおり身じろぎする宇沢の唸り声。その度「なんかしたい?」と声を掛ける。その度「いえ、大丈夫です」と返される。


     何度目かわからないやりとり。それ以外、私たちはすることがない。やることはたくさんあるのに。


     ベースのネック代わりにしていた角材を立てかけてスマホを開いた。モモトークを開く。先生とのトークを開く。


    <杏山カズサ_:どういうこと?>


     苛立ちを目いっぱい込めて送った私の履歴に返事はない。既読も付いてない。放置。話す気がないのは明白。どんな忙しくたって、送ったその日には、最低一回は返事をしてくる人だから。先生は。


     ガタつくテーブルにスマホを置く。傷一つない液晶。私の指紋がべっとり。


     こんなことをしている意味はあるのか。なんでこんなことになっているのか。どうすればいいのか。答えはもちろんヒントすらも与えられない生活を二夜明かし、私は『やる』と言った宇沢の世話と『やるかもしれない』ライブに向けた練習で自分を繋ぐ。やらなければならないことを作って、なんとか誤魔化している。


    「寒くない?」


     ぺらっぺらのシーツみたいな掛布団の上にかぶせた私のパーカー。


    「おかげで暑いぐらいです」

  • 1431825/07/08(火) 02:27:38

     私の上着だけじゃなく。みんなのも、色とりどり。重ねられていた。

    「そ」

     立てかけた角材にはネットで調べたフレットの寸法通りに線を引いてある。マジックペンで。フリーハンドで書かれた、歪んだフレット。なんで。こんな情けないことさせられてるんだろうなって。

     ふつふつとまた、もやもやが湧いてくる。追撃トーク送ってやろうと思って。もう一度スマホを手に取った。

     そんな折、建物の扉が開く音がした。

     全員が神経をとがらせ、部屋の中が一気にヒリつく。静かに角材、いや、足元に転がしたマビノギオンに手を伸ばす。不規則な足音が、階段をゆっくりゆっくり上って来る。

     扉が。開いた。

    「へへ……おひさーッス」

    「! タミコちゃ……ん」飛びつこうとしたアイリが足を止める。

     憂鬱。諦め。祈り。

     もやもやした感情は再び。煮えたぎるような怒りに塗りつぶされていく。

     ゆっくり。ゆっくりした動きで転がっていた木箱に座ったタミコは「あ”ー……。全身がいてぇ」と、かすれた声で言った。

     顔にまで巻かれた包帯。肌が出ている指や、腕。足。衣服は極力手足が出るようなもので。じんわり体液が滲んでいるのからわかるのは。

    「そ……それ……治る、の……?」

     愕然としたように言ったヨシミは、言ってしまったことを後悔するように口を手で塞いだ。

  • 1441825/07/08(火) 02:39:51

     いや。分かる。言ってしまうことも。謝りたくなったことも。

     中指を立てて見送ってくれたタミコは、あの長いポニーテールすら。暗さの中でもわかるぐらい傷んだ、ショートカットに変わっていた。ムリヤリ切り揃えたみたいないびつな長さ。ベリーショートと言って差し支えないところまで。

     そんな子の包帯の下を。想像なんか、したくない。

    「……”先生”のせい?」

     聞いたこともないような声がした。

     ぞっとしてそっちを振り返れば、足を組み、腕を組んだナツが。ぎらぎらと目を光らせながら、タミコを見ている。睨みつけるように。泣きそうなぐらい研ぎ澄まされた顔で。

     けれどタミコは「いや心配しなくてもほぼほぼ治るらしーんで! 気にしないでください」と力なく笑った。

    「気にするに決まってんでしょ! なんっ……こんな……ひどい……!」

    「……見損なったな」

     ごつん、と重い足音。

     タイミングを見計らうかのようにアケミがドア枠をくぐる。目の下にできたクマが、ここ数日に必死になって動いていたんだろうな、というのを。表していた。

    「ですがこの通り。スケバンの意地と誇りを見せてくれましたわ。この子は。ええ。わたくしと同じかそれ以上の。本物の”スケバン”です」

     ごつん。

     足音とは違う重さ。そして固さ。手に持っていたものを床に立てたアケミは、そのヘッドを。柔らかく、優しく。
    手のひらで包み、支えた。

  • 1451825/07/08(火) 03:49:24

     くすんだピンクのボディ。多少煤けて泥も付いているけれど、塗装は剥がれも燃えもしていない。ステッカーもそのまま。ちょっとサビたペグも、そのまま。

     ヨシミがなにかつぶやいて――触れるか触れないかぐらいの力加減で、タミコを抱きしめた。

    「ありがと」

    「すんません。ケースはちょっと……。あと、二階にゃ上がれなくて、みなさんの私物は」

    「いいって。ありがと。ほんとに、ありがと。タミコ」

    「旧SUGAR RUSHの楽器はすべて……ドラムセットまでも全部運び出したと。私は詳しくないのでわかりませんが――タミコがそう言いましたので、わたくしは一切信頼します。車に積んで来ましたので、整備が必要なものはリストアップしてください。すぐに手配しますので。お使いになるでしょう?」

    「それよりタミコをどうにかしてあげてよ!」

    「貴女たちに会わせてくれというのは本人の強い強い希望でした。この後はもちろん病院に送り返して、必要があれば整形手術まですべて私が直接面倒を見ます。この栗浜アケミの名において。すべてを完璧に、元通り以上になるまで、治療の面倒を見るとお約束しますわ。ええ。道行く誰もが振り返るほどの、わたくしのような絶世の美女に」

     当たり前じゃない! と憤るヨシミに、タミコがくすぐったそうに笑った。

     私は。この光景を見て。涙を浮かべるヨシミの、情緒的なシーンを目の前に置いて。

    「先生って……こういうことする人になっちゃったの?」

     軽蔑、した。

     体が震える。私が憧れた大人。私が信頼した大人の先生は。こんな。

     こんなひどいことが出来るような人だったの?

     そんな気持ちを抱えているのはきっと私だけじゃない。アイリもナツも。ヨシミも言わずもがな。全員が今、共通の怒りを抱えている。同じ心持ちでいる。こんなことで。共通の想いを持ちたくなかったのに。

  • 1461825/07/08(火) 03:53:47

    「あんな人の下で働いてたって。宇沢はどうなの?」

     なっちゃったのか。元々そうだったのか。

     ああ。反吐が出る。私は。私は人を見る目がなかったってこと。

    「なにか」唸るように宇沢は言う。「なにか、理由があるはずなんです。そんな人じゃ……」

    「なんなの理由ってさ。宇沢を襲って、タミコをこんなにするほどの理由ってなに?」

     私は立ち上がり、マビノギオンを肩に掛ける。

    「アケミ。弾ちょうだい」

    「ですからキャスパリーグ。前も言いましたが落ち着いて下さい。今から、わたくしが集めた情報を共有いたしますので」

    「いいから弾ちょうだい。もういい。知らない。とりあえずぶっ飛ばしてくるから。理由とかどうでもいい。どうでもいいよ。もう、どうでもいいんだ」

     服が引かれる。体が重くなる。

     見返ると、歯を食いしばった宇沢が私のパーカーの裾を掴んでいる。縋るような目をして。まだ何か、希望を持つように。

    「きっと、きっとなにか理由が――」

    「……」

     私は。宇沢の必死の力を振りほどいた。簡単に。ただ、一歩前に進んだだけ。

     でも。腕を取られた。

  • 1471825/07/08(火) 03:58:05

     ナツはなにも言わない。何も言わないで、うつむいて、私の腕を掴んでいる。

     わかるよ。私が今ここでシャーレに突っ込んで行ったって、どうせボコボコにされる。先生にはきっと届かない。でも。

     でもさ、やられっぱなしって性に合わないんだよ。

     大きく息を吸い込んで。吐いて。

     ナツは言った。震える声で。湧き上がるものを必死に押し込めるような声で。

    「だめ」

    「……」

     私はナツの手を振りほどく。いいよ。別に、一人でも。

     だって元々一人だから。私は、この世界でね。言ったよね。『私たちのやり方で』って。そこに私は居る? ――『私のやり方』は、こうだから。邪魔すんな。

    「あの……これはウチが勝手に」

    「キャスパリーグ」

     タミコの言葉にかぶせられたアケミの声は私を咎めるようで。ほほえましく見守るようで。

    「弾は車にいくらでも用意があります。一応、皆さんのぶんも」

    「車どこ?」

  • 1481825/07/08(火) 04:47:15

    「あなたたちを送迎したパーキングに。ですが、話を聞いてからでも遅くはないですよ。なので、少しだけ時間を。わたくしにいただけませんでしょうか?」

     投げられたものを受け取ると、無骨なリモコンみたいな、車のキー。

     受け取ったものをスカートのポケットに突っ込み、目で「話すなら早くして」とアケミを睨む。もう。すべてが敵に見える。中学時代を思い出す。捨て去りたかった過去。遠く離れた過去。捨てられなかった過去から、必要なものだけを、吸い出していく。

     アイリに反対の腕を掴まれた。というより、抱きしめられた。「あ、アイリ。宇沢の銃取って。タミコ、あんたのも。仇、取ってきてあげるから」。

     ……いま、友だちに向けちゃいけない顔してる。私がスケバンなんかを辞めた理由の。憧れた、女の子らしい女の子相手に。

     私の情緒などお構いなしにアケミは、自己紹介を含むような、それでいて時間を掛けない、荒事に慣れた人間の説明を。

     私が見つかったからこそ動き出した現象を。話し始める。

    「端的に言えば今までのツケが回って来たということです。SUGAR RUSHの活動の。そして、わたくしのような者たちと連るんでしまったことの」

     目を伏せ、小さく。「申し訳ございません」と。アケミは言った。

    「昨日、レイサちゃんとよく会っていた建物の一件が爆破されました。おそらく。探しているのはこれ。私共が生業とするアルコールの流通事業。その拠点」

    「じゃあ、ここ引き渡せば、全部丸く収まるってこと?」

     銃の状態を確認しておく。向こうに着いて弾詰まりですなんて、笑えもしない。

    「いいえ」アケミは歯を食いしばりながら。被りを振る。「もう、わたくしもこの事業は手放そうと考えていました。フロント――不動産事業の方が上手くいってますから。この事業はあくまで資金集めの一時しのぎのつもりだったのです。しかし……。もう。わたくしたちはこの仕事を止めることができないのです」

    「もうキヴォトスは、アルコールの流通が当たり前になっちゃった、ってことかな」

     ナツが言った。低い声で。

  • 1491825/07/08(火) 05:48:42










    (すません寝落ちです)
    (キリがわるいですが、とりあえずここまでで……)

  • 150二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 13:50:42

    保守

  • 15118(よるまでほ)25/07/08(火) 16:23:38

     当たり前。

    『何年か前からね、お酒が手に入りやすくなったの』。セリカさんはそう言った。手に入りやすくなった。ならもちろん。欲しがる人は。今までダメって言われていたものが手に入りやすくなったなら。

     みんな欲しがるのは当たり前。

    「一時の爆発的な発注を必死に捌いていたら……それが当たり前となり。非正規の、さまざまな仕事が生まれました。わたくしどもがこの仕事を辞めれば、多くの人が路頭に迷います。飲食店は特に大打撃。酒類販売規制を課している連邦生徒会に、デモすらも起きるかもしれません。自治区にすら矛先は向かうでしょう。現状ヴァルキューレも『学生が飲んでいないのなら』という見逃しがあるぐらい、もはやお酒というものは日常のものとなっていますから」

    「あんたのせいじゃん。なんで宇沢やタミコがその責任追わなきゃいけなくなるわけ?」

     申し訳ありません、と。自分じゃ手に負えなくなったものを抱えるアケミが言う。

     巨大な怪物。ミカ様の時もそう。あの時のパテル派の連中みたいななにか。目に見えない大きな流れに人は逆らえないから。自分たちが作り出した流れに、流されるしかなくなる。

     まったくもって自業自得。

     だったらあんたがもっかい矯正局にでもなんでも入りなよ、と。口からまろび出そうになったところで、宇沢が。言った。

    「お酒を取り扱うことを提案したのは私です」

    「……は?」

  • 152二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 00:54:53

    保守

  • 1531825/07/09(水) 02:31:26

     宇沢の小さいハンドガンの、スライドを引いていた手を離す。やたら淡い色したショットガンじゃない。もっとなんというか。『一応持っとくか』ぐらいの、そんな銃。

     提案したのは私です。

     って。宇沢が言った。

     呆然とした顔をして見つめた私に。「私です」。宇沢は繰り返した。

    「たくさんの、その……。いえ、ええと。あの。……ともかく私は、S.C.H.A.L.Eに入ってから、”そういった”情報を手に入れやすくなったので……」

    「だからって――」言いかけて。飲み込んだ。飲み込んで。我慢できないげっぷのように、つい、出てしまう。「あんたの正義って、なんだったの?」。

     中学生の頃からずっと。そんなことしてきたくせに。悪いヤツに片っ端から喧嘩売って、ボコって、ボコされて。自警団に入ったのも変わんない理由で。そういうあんたの一本気が通ったところはさ。好きだった。私にはないものだったから。スケバン辞めて。普通の女の子に擬態した。わたしみたいなハンパ者には、眩しいぐらいだったのに。

     なんで。なんでさぁ。そういうことしちゃったわけ?

     ぐっと。唇をかみしめた宇沢に。私は。……言ってはいけないことだってわかっている。15年も。15年も、何をしてでも私を探してくれてた宇沢にこんなこと言っちゃいけないってわかってる。

     私のため。

     私のせい。

     自治区が動かなくなっても、S.C.H.A.L.Eが私ばかりに構っていられなくなっても。SUGAR RUSHとあんたと。『杏山カズサ』を探すために。それを第一に考える味方を増やすために。 

     わかってる。

  • 1541825/07/09(水) 02:48:10

     だから許せない。私は。私なんかのために。”そういうこと”をしてきてしまった宇沢が。

     させてしまった私が。

     ……いいや。もう。私にはわかんない。もう。わけわかんない。

    「わたくしが強請ったのです。スケバンを組織化するのに金が要ると。力づくです。ですからキャスパリーグ。レイサちゃんは」

     かばい合うぐらい。あのアケミが。アケミと宇沢が。一体どういうやり取りをしてきたのか。どんな言葉を交わしてきたのか。どんな。

     ……どんな時間を過ごしてきたのかなんて、私にはわかんないから。

     わかることを。しよう。

    「いいよ。もう。……とりあえず、ワカモと先生を」

     通知音。

     またぞろアプリの更新か、と舌打ちをすると。

     宇沢のスマホが、鳴った。

    「……なに、近くでテロでもあった?」

     ヨシミが自分のスマホを取り出す。ナツも取り出す。アイリのスマホも鳴っている。タミコのポケットからも。アケミのも。

     全員のスマホが、一斉に鳴りだした。

  • 1551825/07/09(水) 02:56:42

    「なにこれ」ヨシミがつぶやく。「……うそ」アイリがかすれた声で言う。「ガッデム」と呟いたナツが。廊下に置きっぱなしにしたサブマシンガンに走ろうとした。

     着信の。

     私はスマホを見た。

     モモトークの通知。差出人は――。

     アケミが叫ぶ。

    「ここは捨てます!! 急いで車に――」

     叫んだと同時。

     宇沢が寝ていた場所の上にある窓が、壁ごと吹き飛んだ。

     轟音。爆音。いろいろな、耳障りな音が建物そのものの悲鳴のように響き渡る。いろいろな破片が服を突き破る。ちくちく痛む。転びはせずとも。目を開けてられない。廊下に出たはずのナツが、部屋の中に吹っ飛んできたのが最後の視覚情報だった。

     コン。

     板張りの床に落ちた、小さく固い音。

     部屋になだれ込む陽の光に目を焼かれ。その、小さくも目立つ音の場所には。

     瞬間。

     すべてが――。

     白。

  • 1561825/07/09(水) 03:07:11

     ……。

     ……。

     ……。
     
     回る。世界が。どっちが床? どうやって立てばいい? 立ってる? あれ? 

     吐き気。頭の内側をフォークでガリガリと引っ掻かれているような頭痛。

     私の体と口は、勝手に起動した。頭はまだ、なにも理解していないけど。

    「宇ざ」

    「動かないでください」

    「――がッ」

     背骨が軋んだ。呼吸が止まる。後頭部に固いものが押し付けられ、私は土埃と木片の絨毯に顔面を押し付けられる。暴れようとすればするほど、ぎりぎりと背骨に重みが掛かり、そのたび、ミシミシと骨が軋む。刺すような痛み。

     回転する世界に焦点を合わせていくと、ひっくり返ったテーブルや椅子と。虫のようにうごめく、見慣れた服を着た、足や腕が見える。

    「ハアッ!!」

     顔を押し付けられた床の振動。いろいろなものが壊れる音がする。けたたましい、瓶の割れる音も。

     いい匂い。火薬と、埃と、カビと、むせかえるぐらいのお酒の匂いの中に。ふわりと舞った風の、いい匂い。

  • 1571825/07/09(水) 03:14:31

    「んもう。相変わらず暑苦しい。ですが」

     銃声。銃声。

    「うがッ。ああ”あ”っ!!」

     タミコの、絶叫。

    「ワカモォ……!!」

    「別にあなたを狙う必要はないでしょう? うふふ。さて、跪いてくださいませ」

     しばらくの沈黙のあと。

    「あなたたちも武器を捨てて」というアケミの声の後に、どすん、と床がたわんだ。

    「では少々、お眠りくださいませ」

     それからしばらく。

     延々と銃声だけが聞こえて来た。銃声の隙間に「姐さん! 姐さん!!」という、金切り声が聞こえて来たけれど。聞こえただけ。なにも、起きなかった。

     その金切り声も恨み言や暴言が二回の銃声で静まり。そうして訪れた沈黙に。

    「制圧完了ですね」

     私の背骨に膝を突き立てているヤツの声が、涼しく響く。

  • 1581825/07/09(水) 03:53:03

     ギリギリ視界に入る場所。ひっくり返ったベッドの脇で。シーツやら私たちの上着やらが散らばる場所で、半裸の宇沢が。

     傷みを忘れたかのように。それでもぶるぶると腕を震わせながら、体を起こしていた。しかし長くはもたず、べたん、と。床に顔を、自分で叩きつけたあとに。

    「あなたは……なんで。なんで、そのままのお姿で……」

     ぶつけた顎をものともせず。目線はずっと。私の”上”にある。

     その”上”の人は、宇沢に応えた。

    「お久しぶりです、と。言うべきなのでしょうか。ふふ。不思議な気分ですね」

    「誰ですか……。――あなたは誰なんですか!! 違う!! あなたは卒業されたはずです!! だって、だって私……は……あの日……」

     目を見開いたままで。必死に、私の”上”を見ている。尻すぼみに消える宇沢の声は、震えていた。

     この声は。私にも聞き覚えがある。記憶のそのままの声。

     この世界では、ありえない、こと。の、はずなのに。私が飛んできた、この15年後の世界では、ありえないはずなのに。

    「レイサさんに『誰だ』と言われる日がくるなんて。一応、思う通りの人間ですよ。守月スズミです」

     そう。

     この声は宇沢の先輩の声。スズミさんの声だ。

    「うそだっ、嘘だ!!」

  • 1591825/07/09(水) 04:18:13

     宇沢の声はもうひっくり返っていた。必死に頭を上げ。私の上の”守月スズミ”さんに。必死に。戸惑いをぶつけている。

     コツ、と音が。足音が。その方向に、「安全を確保したらワカモが連絡を差し上げるというお話でしたのに」という、拗ねたような声が投げられた。

     足音は瓶や砂利、木片などを踏みつけ。部屋に入ってくる。

     スーツと革靴。

     目の前の椅子を起こし「よっこいしょ」と腰を掛ける。

     聞き慣れた、低い。落ち着いた、私が好きだった、あの声。くすぐったくて、ちょっと抜けてて。聞いてるだけで心が軽くなる、大好きだった声。

    「”ごめんごめん。でもワカモたちなら、もう大丈夫だろうなって思って”」

    「ふん。一人でも問題ないと言いましたのに」

    「”演出の一つだからね。でも楽できたでしょ?”」

    「否定はいたしません」

     その横に立つすらりと細い足。ごっついブーツ。派手で、こっちの方ではほぼ見ない、百鬼夜行の服。

     細かい塵が陽の光を受けて、スノードームみたいにきらきらと輝く光の世界にその人はいる。その人たちはいる。私は、床に這いつくばって見上げている。見上げさせられている。

     その人たちに向かって。その人に向かって。心の底からの、精いっぱいの軽蔑を込めて。

     きらきらした想いを抱いた人に、吐き捨てた。

    「せんせぇ……!!」

  • 1601825/07/09(水) 04:33:52

    「”ここまで手荒にはしたくなかったんだよ、ほんとに”」

     足を組む。ぎぃ、と床が軋む。膝を抱えるように、指も組んだ。

     その顔を見るために。いろんな表情を知るために。声を聞くために。名前を呼んでもらうために。触れ合うために。ぽわぽわと暖かくなるために。満たされるために。ちょっとでも満たしてあげたくて。

     私はこの人に。

     ……。

     こんな、人に。

    「”ごめんね。突然来ちゃって。みんな調子はどう?”」

     先生はいつもと変わらない。みんながひっくり返ってるような光景を見ながら。

     ――私に『”おかえり”』って言ってくれたのと同じ調子で、問いかけてきた。

  • 1611825/07/09(水) 04:34:58










    (キリがいいのでこの辺で)

  • 162二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 10:45:06

    色々と動き出したな

  • 163二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 12:32:52

    ここら辺の絶望感とストレスヤバい、ぐぬぬぬ!
    スズミが従ってる時点で察せられるけど、先生とワカモもちゃんと痛い目見て欲しい
    皆で一発ずつ殴っても全然許される!

  • 164二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 13:31:16

    うーん、なかなかに……

  • 16518(よるまでほ)25/07/09(水) 16:35:19

    >>160


     見たくない。向けて欲しくない。聞きたくない。そんな顔。そんな表情。そんな声。


     私が好きだった先生じゃない。こんなの。違う。絶対。違う。


     「ふざけないでよ」


     感情を殺すので精いっぱい。我慢できないものが。押し出されたような涙が数粒頬をくすぐった。


     フラッシュバンで伸びてしまったのか。アイリ達は唸り、蠢くだけ。


     ――アケミも、だめだろうな。


    「ふざけないでください!!」


     私の言葉を繋いだのは宇沢だった。


    「ふざけないでください……。なんでスズミさんがここにいらっしゃるんですか! なぜ昔の恰好で――!!」


    「”レイサの前で使うのは初めてだよね。これが大人のカードの力だよ”」


    「意味がわかりません!!」


     叩きつけるような咆哮は先生と。部屋の壁を飛び回り。向かいのビルかなにかに反射して、わずかに金属味を帯びて返ってくる。鼓膜がびりびりと震える。宇沢の心からの焦燥と苛立ちが、直接脳みそに差し込まれている気分になる。


     宇沢って。こういう怒り方、するんだ。


    『挑戦状を受け取ってください!』とか。そんな声じゃない。『見つけましたよ、杏山カズサぁ!!』とか。そんな大声じゃない。がなりたてるような。猛犬みたいな、牙を見せながら吠える怒鳴り方。するんだ。

  • 166二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 00:41:55

    保守

  • 1671825/07/10(木) 01:20:19

     柔らかな風が吹く。秋の匂い。肌寒い風と、久々の暖かい陽の光。午後になればきっともっと暖かくなって、昼寝が捗るであろう、とてもいい天気のその中で。

     手足が動かず、半分裸の体を隠せないまま。けど気にすることなく。見たこともない、歯を食いしばった、悔しそうな。悔しそうな顔で、先生を睨んでいた。

    「”スズミを喚んだのは、ちょうど今はいないから、かな。それにレイサもよく知ってる子でしょ?”」

     挑発しているとか。見下しているとか。そういう厭らしさはない。感じない。

     だからこそ止めてほしかった。その顔で。その声で。”先生”じゃないことを、するのは。

    「そんなことで」小さく呟いた後に、宇沢は怒鳴る。叫ぶんじゃなくて。怒鳴った。

    「なぜ邪魔をするんです! 先生もご存じのはずです! もう半月もないんですよ、二週間もないんです!! なんで邪魔をするんですかっ! なんで、なんで!! 先生はそんな意地悪するような人じゃなかったのに!!」 

    「”生徒だからって――”」

     先生の横に立つブーツが天井を向いた。鈍い音。何かが吹っ飛び、廊下から耳をつんざくような瓶の割れる音と、じゃりじゃりとした、耳障りな、ガラスの擦れる音。

    「アイリさん!!」

    「ですからもうちょっとお待ち下さればよかったのです」

     無意識に体が動いた。動こうとしただけで、目の前に星が散るぐらいの衝撃を後頭部に食らう。クソ。クソ。クソ!!

     銃声が二つ。廊下の方向に銃口が向いていた。

    「”ワカモ”」

    「あなた様の安全のためです。平にご容赦を。まあ、もう動かないと思いますので」

  • 1681825/07/10(木) 02:29:27

     さっきよりも背骨に体重を掛けられた。呼吸するのに腹に力を入れなければいけないほど強く。到底。抵抗なんてさせてもらえない。ほんとクソ。宇沢の先輩。自警団。こういうのは慣れたものだろうな。こういう、ロクデナシを制圧するのなんか。

     目だけで見上げたワカモは未だ煙立ちのぼるライフルを肩に担ぎ、再び先生の横に立つ。陽の光の中で。”そのようにある”立ち位置を今までどれだけ重ねて来たのかを。見せつけるように。

     いや。そんなことなど考えてないぐらい、自然で。当たり前な、立ち位置。

    「”続きを話しても大丈夫?”」

     先生が言う。宇沢に向かって。私にその横顔を見せつけて。

     散らばった服は再び宇沢の上に被されていた。出てしまっていた肌は隠れている。下着ももちろん。隠されていた。

     アイリはただ宇沢の体を隠そうとしただけだった。それなのに今、私からは見えない位置まで蹴り飛ばされ、ライフル弾を撃ち込まれ。気配すら感じられない。

     床を舐めるようにうつむき何も言わない宇沢に「”生徒だからって”」。心情をまるで顧みず、言葉が叩きつけられる。

    「”生徒だからってなんでも赦されるわけじゃないよ。今までさんざやってきたSUGAR RUSHのテロ行為。トリニティへの政治的な犯罪示唆。いろんな自治区で建物や区画の破壊活動で出された被害届とかさ。ねえ、レイサ。ここにあるお酒。オデュッセイアと共謀して海上輸送の帳簿をごまかしてたの、私が気付かないとでも思った?”」

    「……っ!」

    「”アビドスや他自治区への密輸ルートをハイランダーの内部事情を握って作ったのだって、調べればすぐわかるんだよ。アケミ達は絶対に尻尾を掴ませてくれなかったけど……。『内部のことは内部から』調べれば、おのずとつながる道筋は見えてくる”」

     至極真っ当。正論でぶんなぐってくる先生に、この場で腑に落ちていないヤツなんているだろうか?

     聞けばわかる。納得する。「だよねぇ」と。口から零れ落ちそうになる。

    『キヴォトス史上、最強最悪のテロリストだぜ! ひゃっはー!』あの時ナツが言ったことが。三者三様の答えのなかで一番、正しかった。

  • 1691825/07/10(木) 02:54:27

     15年後の今、こいつらと一緒に居てそれは身に染みてわかっている。こんなのを続けてきたのだとしたら。もうとっくに。みんなは――先生の。仕事の相手でしかないんだって。

     指名手配まで食らっている犯罪者。

     S.C.H.A.L.Eは連邦捜査部。自治区が抱える、自治区では解決できない問題を解決する、連邦生徒会直属の部署。

     だから。先生は変わってない。これは身から出た錆。自業自得。

     変わってしまったのはみんなと。

     宇沢。

    「”罪には罰が必要で、私は残念ながらトリニティの教えみたいに、なんでも赦せる神さまじゃない。だからね、レイサ。そろそろ年貢の納め時ってやつだと思わない?”」

     優しく、諭すように。正面から暖かい光を浴びて、先生は宇沢を見降ろしていた。椅子に座り、足を組んだままで。

     じゃり、と音がする。まきびしみたいに散らかったガラス片。少しくたびれた先生の革靴が踏んだのか。それとも、誰かが身じろぎしたのか。いくら銃で撃たれたって平気と言ったって、切れるものは別だ。こんな鋭利なものが散らかってる場所で寝転がったら、体じゅう傷だらけ。

    「だったら」食いしばった歯から漏らすように宇沢が唸った。「だったら、私を矯正局にでもなんでも入れてください。そもそもアケミさんたちにお酒の事業を進めたのは私で、SUGAR RUSHの活動を支援したのも、私なんです」

    「”もうレイサ一人が責任を取れるような事態じゃないよ。どうするの。キヴォトスにはもう、お酒があるのが当たり前っていうぐらいになってる。誕生日プレゼントって言って、私にお酒を渡して来る子がいるぐらいになってるのに?”」

    「見せしめでもなんでもしてもらって構いませんから! もうキヴォトスで生きていけないようにしていただいたっていいです。私だけを。SUGAR RUSHにはもう少しだけ。もう少しだけ時間をあげてください。私をこのまま逮捕してください。すべて私がやったんです。石でもミサイルでもなんでもぶつけてもらって構いませんからどうか……!」

     宇沢の声はだんだんと涙声になっていく。しゃくりあげるような声に変わっていく。

     命乞いをするように。宇沢が。私たちを助けるために。すべての責任を負うからと。命乞いをしている。先生に。私たちの良く知る、そのままの。何も変わっていない、先生に向かって。

  • 1701825/07/10(木) 03:21:02

     S.C.H.A.L.E。連邦捜査部S.C.H.A.L.E。先生はただ仕事をしている。今。私たちを相手に。レイサを相手に。

     あー……。

     全身の力を抜いた。

     しょーがない。そりゃしょーがないよ。やっちゃったもんはしょーがない。みんなで仲良く矯正局入って、毎日体操やら慈善事業やらやって、罪償って。何年かかるか知らないけどそれで赦してもらえるなら、そうした方が良い。

     でも。

     なんで宇沢はこんなに必死になってるの。とか。なんでみんなはあんなに必死だったんだろう。とか。

     ラストライブ。私を探し続けるアルバム。『伝言』。隠されてること。犯罪。罪。罰。責任。

     ”大人”が大事にしてることなんか、私にはどうでもよくってさ。

     膝を突き立てているスズミさんの重心を探り。背骨の中心からわずかに、逸らす。

    「……」

     私にとって大事なのは、友だちだから。友だちがそうしようとしてるなら、私は。友だちを援けて、一緒にそれをやりたい。

     もう一度。高校の。制服に袖を通したあの日みたいに。入学式、爆発しそうな心臓を押さえながら話しかけたあの時みたいに。トリニティの生徒管理アプリから”せーの”で部活動の入部申請ボタンを押したときみたいに。

     世界がきらきらに変わっていく時間を過ごしたいから。

     もう一度。
     
     仲間に入れて欲しいから。

  • 1711825/07/10(木) 03:59:53

    「”――気持ちはわかるけど、SUGAR RUSHもここで捕まえるよ。だって”」

     まさに力を入れようとした瞬間。先生の声が。やたら大きく聞こえた。

     だって。

     先生は言った。宇沢が、涙に頬を光らせながら。先生に「待っ――」と、声を被せようとしたけど。

     でも、先生の声の方が、大きく聞こえてしまって。

    「”みんな、いなくなっちゃうんだから”」

    「――ぁ」

     私は動くのを、止めてしまった
     
    「え?」

     いなくなっちゃうって言った? いま。

     顎を上げた私と、顎を上げた宇沢。

     私たちは先生を見上げている。

     二人とも同じ顔で。呆然とした顔で。

     私たちの顔を見た先生は「”……もしかしてまだ言ってなかったの?”」と、眉根を寄せた。

  • 1721825/07/10(木) 04:38:54

     気の間隙。

     空白。

     余韻。

     私と宇沢と先生が。一瞬止まった。

     一拍もない一瞬に突っ込んでくるのが一人。廊下から、腹の底に響く声が、大砲のように轟く。

    「相変わらず詰めが甘いんですのよワカモォ!!」

     飛んでくる木箱。ワカモが舌打ちをしながらそのゴツいブーツで蹴り壊し、破片が爆散する。

     目を閉じる、顔を伏せる。

     降りかかる木っ端に、むせかえるほどのお酒の匂い。ごとんごとんと重い音を立てて落ちる割れていない瓶――いっで!! あ”-!! 当たった!! 瓶!! クソが!!

     服に染みていく酒。いい匂いと刺激臭の境目の液体がブラウスから下着へ染みて行く。割れていない、中身の入った瓶が当たった、身をよじりたくなる痛み。さすがにそれは赦されたのか、動いても、後頭部への痛みも。突き刺される膝の痛みも。変わらなかった。

     なら!

    「え、あっ!」

     体を捻って背中から膝を落とし、勢いのまま腕と足のバネで体を跳ね上げて、スズミさんに股間部ごと腰を叩きつける。

     ヒップアタックって意外に、びっくりして決まっちゃうんだよ。意識逸れてると、特にね!

  • 1731825/07/10(木) 04:51:06

     マウントを取った私は、私の頭に一撃を食らわしてくれた、濃い緑色の円筒の瓶の口を持ち、振りかぶる。

     同時に聞こえる連続した一本の発砲音。リズミカルで重い連射。

    「銃使いなさいよそこに落ちてんだから!」

    「とりあえずそっちはよろ。ヨシミ、レイサ回収。逃げるよ」

    「じゃあ死ぬ気で援護して、よ!!」

     建物がべりべりと壊れる音がする。木が折れる。揺れる。瓶が割れる。鉄が落ちる。轟音。背中側は銃声とアケミがぶん投げるいろいろなもので、埃が舞い、煙が舞い。背中を向けていても目がしょぼしょぼする。

     酒の匂いを火薬の匂いが覆っていく。木の匂いが覆っていく。ワカモの苛立った声がだんだんと悲鳴混じりになっていく。

     床に転がるマビノギオンを一瞬視界におさめて。スズミさんを見る。みぞおちをお尻で潰しているから苦しそうな顔。でもその顔は、私の良く知る顔。あの頃のまま。宇沢の先輩のままの顔。

     考えるな。『考える』は後でいい! スズミさんの顔に酒を垂らしながら、瓶で思い切りぶんなぐってやろうとして――。

  • 1741825/07/10(木) 05:03:55

    「ぁ――……」

        星。

          白。

         浮。

     くび。
     
      あたま いた

     ち。

    「――……」

     あわ せ  ろ。

     あー 。

     あわせろ。

     合え。焦点。

    「――も、う”抵抗しな、い”か、らゆる”、めて、死ん”。じゃ、う」

     ぺしぺしと絡みつくものを叩きながらふり絞って言うと、ふわりと呼吸が少しだけ楽になった。頭に血が巡っていく。潰されていた気道がくすぐったくて思い切りむせる。

     いつのまにかマウントを返された私は、スズミさんのスカートを顔にかぶせられていた。首には細い足がぎっちり絡みついて、股間を押し付けられている。左側からの圧迫。三角締め。トライアングルチョーク。しかもマウントでの。

  • 1751825/07/10(木) 05:16:06

     これはだめだ。逃げられない。カンペキにキメられた。この絡みついた足は、いつでも私をオトせる。ぷん、と鼻から頭じゅうの血が噴出するんじゃないかっていうぐらい、この足は私の気道と頸動脈を押さえていた。

     血が巡るほどぼやけた視界も戻っていく。私を覗き込む人影。突きつけられた銃。いつのまにか聞こえない、一瞬だった轟音も。

     暴れた結果。さっきより。よりひどい状況になっちゃった。やっぱ先生だよ。勝てるわけがない。

     ぼやけた視界が、突きつけられた銃口にピントが合っていく。

     ぱらぱらちゃりちゃりと、さらに汚れた床に落ちる、壊れかけた建物の破片。ワカモの獣みたいな唸り声と、荒い息遣い。

    「……なに、それ」

     静かになった部屋にヨシミの声が聞こえた。絞り出すような声で。私はそっちを見ることが出来ない。

    「”このまま大人しくしててくれないかな。――ヴァルキューレが来るまでさ”」

    「だれなのよ!! 誰! コイツ!!」

     視点が鮮明になっていく。私に銃を突きつけているヤツの姿が鮮明になっていく。

     白い制服。緑色の瞳。黒いセミロングの髪にチョコミント色の小さい髪飾り。

    「――ははっ」

     乾いた笑いが出た。ぎり、と。首を絞める力が強くなったような気がした。抵抗する気ないんだけどな。いや。全身の力、抜けちゃったからか。

     あー。私って。

     本当にビビったとき、笑うんだ。

  • 1761825/07/10(木) 05:21:39

     白いセーラー服。上下セパレートタイプで、お腹が冷えると不評のあの制服。白のハイソックスに、私が勝手におそろいの色の靴を買った、リボン。

     見つめている。見つめられている?

     わからない。焦点があってないようなぼうっとした顔。表情。目。

     私は。

     私に銃を突きつけている人と目を合わせているのに、合っていないような。うすら寒さを覚えた。

     よく知ってる顔。忘れもしない顔。でも、ここ最近は、こっちより。

     31才になった方をよく見てたから。なんだかちょっと、こうして実物を見るのは……。懐かしい。

    「趣味が悪いねぇ、先生」

     ナツが吐き捨てるように言った。

     たぶん。あっちも、そうなのかも。

     私に銃を突きつけているのは。

     アイリ。

     15歳の、アイリだ。

  • 1771825/07/10(木) 05:26:59










    (キリがいいのでこの辺で)
    (うぅ……この辺りは確かに……うつうつとしておる)

  • 178二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 09:17:56

    怒涛の展開だねぇ

  • 17918(よるまでほ)25/07/10(木) 16:30:49










    (おういえあ木曜日ですね)
    (一週間なので、本日の投下はお休みさせていただきまする)
    (なんにもないのはアレなので……すが、なんにもないですゴメンナサイ)
    (しいて言うなら、せっかくアビドスSS書いていただいたので、急遽アビドス組に出番が出来ました)
    (他。なにか質問等ありましたら。うつうつで止めちゃうのは申し訳ないです)

  • 180二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 18:13:59

    学生時代に破壊を繰り返してたワカモが「破壊活動を重ねてきたSUGAR RUSH」と反対側のシャーレにいるのも、代償がある大人のカードを演出のために使っちゃう"先生"らしさも、カズサが先生側の視点を聞いてあーってなっちゃうのも
    好きポイントです

  • 181二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 01:27:26

    テロリストというか半分政治犯だもんな

  • 182二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 01:49:34

    このタイミングに来たからには諸々はお題目で本心は別にあるんだろうけどね
    15年前にカズサを見つけられなかった時点で先生としては負けてるから…

  • 18318(ひるまでほ)25/07/11(金) 03:59:17


    (カズサから見たら自分を探すために大暴れしてくれてた良い友だちですけど)
    (他人からしたら唯のテロリストなんで……)

    (多くの学生たちの間ではそういうコンセプトのバンドとしか認識されていませんし)
    (SNSのシュガラ公式アカウントの、ピン留め投稿のカズサが、AI生成された画像だと信じてる人もいるかもしれません)
    (本当に人探ししてるってわかってるのは同世代の人と、スケバンと、先生と)
    (ディグるタイプのファンぐらいですかね。ネット上には初期シュガラの写真や動画、トリニティの広報のバックナンバーに、スイーツ部関連で名前残ってるでしょうし)
    (熱狂的なファンか、アンチか、名前は知ってるけど興味ない子。誰もが誰も、音楽が好きってわけじゃないです)

    (どんな理由があろうと、「カズサを見つける」っていう約束を破った先生は)
    (”15年の空白”っていう代償を、SUGAR RUSHとレイサに払わせてしまったので……)
    (毎年毎年、きっと、「今年も見つけられなかった」って年を越したんでしょうね)
    (ささやかなS.C.H.A.L.E全体の忘年会の場で)
    (毎年隅っこでレイサに謝っては、笑顔のレイサに「いえいえ、気になさらないでください。先生のせいではありませんので」って言われ続けたんでしょうねぇ)
    (心がジグジグしますね)

    (だめですね、おしゃべりクソ野郎の片鱗が出てきました……)
    (まいどまいど、長いお話を読んでくださり、ありがとうございます)

  • 184二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 12:12:04

    キヴォトスにおいての「酒」描写って、重いね

  • 18518(よるまでほ)25/07/11(金) 16:36:55


    (残りレス数も少なくなってきましたので)
    (投下分ちょっと調整します)
    (夜に新スレ→保守分投稿の流れになると思います)

  • 1861825/07/12(土) 01:29:18

    >>176

     ……。


     うすら寒さと。恐ろしさ。


     ヨシミが叫びたくなるのもわかる。あっちも同じ状況なら、わかる。


     誰だ。誰だよ。


     今、私の目の前にいるアイリは……誰だ?


    「ヴァルキューレ」


     不気味なくらい静まり返った部屋に呟かれた宇沢の言葉は、外で鳴く小鳥の声や、遠くの車の音よりは、良く聞こえた。


     目の前の状況よりも。宇沢にとって怖いのは、違うこと、なんだろう。


     私の目の前に確かに居るアイリには一切触れなかった。宇沢の表情を見ることはできなかったけど。


    「ヴァルキューレが、来るんですか」


    「”事前に打ち合わせていたんだ。レイサがスケバンに回収されたって情報は入って来たから――アケミ。申し訳ないけど、これ以上抵抗するなら”」


    「……わかっております」


     ごん、と重いものが床を震わせる。想像に難くない。バカみたいに頑丈なアケミを狙う必要なんてないんだから。さっきみたいに。『治療の面倒をすべて見る』と言った怪我人をどうにかするところを、アケミに見せつけさえすれば。それでいい。


     静寂。息遣い。


     ぎぃ、と椅子が軋んだ。椅子に座っているのは、この場に、一人。

  • 1871825/07/12(土) 01:51:06

    「”さて。ヴァルキューレが来るまでまだ時間があるし、ちょっとお話しない? スズミ。カズサを起こしてあげて”」

     首に回っていた足が解かれる。今更抵抗しようなんて思わない。後ろと前と。アイリとスズミさんに銃を突きつけられながらも、あえて。胡坐を掻いて、すこしでも。意味のない強がりを見せるけど。誰もかれもが、きっと詰みを見ていた。

     圧倒的に。完璧に。不意を衝いた抵抗すら無意味。

     部屋の中の狂った光景が全てを物語る。先生に『敵』と認識された結果を、突きつけられている。

     胸がざわつき、背筋に嫌な汗が流れ、顔がゆがむ。

     私は今。私たちは今、きっと。

     見てはいけないものを見ている。

     ナツとナツ。

     ヨシミとヨシミ。

     そして、アイリと私。

     三人が。三人の。

     ――私と同い年のみんなが、この場の制圧を手伝っているんだから。

  • 1881825/07/12(土) 02:47:23

     その部屋の真ん中で。一人椅子に座り、いつも通りをしている先生は「”思い出話なんかでももちろんいいけど”」と言いながら懐から一枚のカードを取り出した。

    「”みんなはさ、『神秘』って、知ってる?”」

     使い込まれて擦れた傷が目立つカードは、陽の光を、部屋のどこかに反射させている。別になんてことはないクレジットカード。けどそのカードがこの状況を作り出しているのだということは、こうしてわざわざ見せびらかされている今、むりやりにでも理解させられる。

     私と先生の間から逸れるよう、はす向かいに立つアイリは、未だ何も言わず。なにも見ず。ただぼんやりと、私に銃口を突きつけている。息はしてる。動きもする。けど、それだけ。

     到底。到底、まともな状態じゃ、ない。

     それはこんな状況で。

     わけのわからないスピリチュアルな話をし始める先生も、また同じ。

    「”ま、知らなくて当然。というか、本当の話なのか、私にもわからない。けど、現象には必ず因果がある。ものを食べればお皿から無くなる。アイスをほっとけば溶ける。そんな感じにね。私は、とある人とそういう話をずっとしてたんだ。カズサ。キミを探す副産物のようなものとして”」

    「なにが言いたいの……?」

    「”率直に、カズサ。キミの前に居るアイリを見て、どう思う?”」 

     言われて、思うことはただ一つ。

     未だ何も言わず。なにも見ず。ただぼんやりと、私に銃口を突きつけている。息はしてる。動きもする。けど、それだけのアイリは、まさに。

    「人形」

     私が言うと、先生は「さすがだね」と答えた。何がさすがだ。こんなの。バカにしてんの。

  • 1891825/07/12(土) 03:21:27

     こんな趣味の悪いものを見せつけられて。かつての。私が、この『かつてのみんな』を見て、何を思うかとか。そんなの、先生ならわかってくれてるはずなのに。しかも出してきたのは、みんなの姿の『人形』と来たもんだ。趣味が悪い。ナツが言った言葉がそのまま。喉元までせりあがってくる。

     せりあがって来たけど。……私は、その例外に、銃を突きつけられていることを思い出した。

    「”スズミを例に挙げてもいいんだけど、せっかくだからね。分かりやすく。ちゃんと見せてあげる”」

     そして。先生は「”本当なら”」と呟き。

     陽の光に頼らず。自らふわっと光った大人のカード。認識がズレたみたいな視界のぼやけ。今までは無かったモノが、先生の脇に現れる。

     目を擦って、私は見る。心臓が氷に変わってしまったみたい。体の。胸の内側が、ひどく冷たい。吐きそうなほどに。後ずさる。後ずさってしまう。真後ろに立っているスズミさんの足に体が当たる。銃口が後頭部にごつんと当たる。それでも。体は後ろに下がろうとする。近寄りたくない。見たくない。声も出せない。

     けど、目を逸らせない。
      
     黒髪のボブ。大きな猫耳。ちらりと見えるピンクのインナーカラー。オーバーサイズの黒いパーカーにチョコミント色のスニーカー。肩に担いだマシンガンに――チョーカー。
     
    「……先生。なに?」ソイツは部屋の惨状をぐるりと見渡してため息を吐く。そして銃をかつぎ直し「なーんか変な状況、ですね。まあいいですけど」と、のたまった。

    「”これが大人のカード。きみたちの『神秘』を分けてもらう、奇跡の前借。――それでね、カズサ。さっきも言ったでしょ? これが、みんなが消えちゃう理由”」

    「あのさぁ……! ほんっと趣味悪いよね!!」
     
     歯をむき出して、声を荒げて不快な感情を露わにするナツを。私は視界の隅に捉えるだけ。声は耳を通り過ぎるだけ。目を逸らせないから。助けも呼べない。きっと私より先に。みんなは私と同じ感情を持っているはずだから。

     この場から逃げたい。一刻も早く。ダメだから。これはきっと。見ちゃダメだし。知っちゃダメ。居たくない。怖い。何。これ、なに? なんなの。これ。え? は?

     私がいる。私が。目の前に。

    『杏山カズサ』がスカした顔をして。私を見ている。

  • 1901825/07/12(土) 03:51:23



    「ん……ちょっと風が強くなってきたね」

     横で双眼鏡を覗きながら「大丈夫そう?」と聞いて来たので「なにが?」と返事をしてやった。

     風は前髪を揺らすだけ。めくりあがらないなら問題ない。そよぐ程度なら、この距離で。私の弾が思い通りにならないはずがない。

    「最悪当てなくてもいいのよね?」

    「うん。まあ、できればあのクソ狐に全弾ぶち込んで欲しいけど」という言葉に笑ってしまった。気に障ったらしい。お尻をぺしっと叩かれる。
     
    「ハルカは……。駐車場に着いたね。タイミングはハルカが作るとして、どのぐらいにする? あそこからここまで、あの車なら……ちょっと遠回りになる。それでも5分はかからない」
     
    「あなたの移動時間もあるし……20分後で。というか状況が悪過ぎ。あなた達が相当引っ掻き回してくれないとどうにもなんないわよ、アレ」

    「あんなに大盤振る舞いしたのいつぶりだろうね。ほんと悪い癖だよ。やめてって言ってるのに」

    「見て見なさい。ワカモの顔も同じこと言ってるわ」

    「お面付けてるんだから表情なんて見えないって。――そっちはどう? あ、声出せなかったらいつも通りマイク叩いてくれればいいから。……ありがと。りょーかい」
     
    「どうせならあそこのお酒、5、6本くすねてきてちょうだいよ。瓶がかっこいいやつ。なんか丸くてトゲトゲしたのあったわよね」
     
    「飲めないくせに……」 
     
    「ああいうのは置いとくだけで箔が付くの! ……いやはやまさか、ボロい仕事かと思ってたのに。まさかこんなことになるとはね」
     
    「ふふ。私たちのアルバムに良曲が入ったって考えよう」

  • 1911825/07/12(土) 04:07:27

    「捨て曲にならないことを祈るわ……。にしてもあんなちまちました戦い方苦手でしょうに、よく我慢できてるわね
    ー」

    「そりゃ、この辺一帯更地にしていいなんて先生が言うはずないし。ていうか、経営顧問に弓引くことになるけど、社長的にはOKなの?」

    「はっ。便利屋68の経営顧問なのよ。これぐらい想定してもらわなきゃ顧問解任。それに。……こんなやり方、私は嫌い」
     
    「同感。じゃ、私もいくから。あとよろしくね、社長」
     
    「カヨコも気を付けて。私怨で戦っちゃだめよ」
     
    「……わかってるって」

  • 1921825/07/12(土) 04:20:08










    (キリがいいのでこのスレはここまで)
    (なんだかんだもちそうなので、様子見ながら夕方ないしは夜に次スレ作ります)
    (眠い……)

  • 193二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 11:43:14

    ゆっくりとお休みなされ

  • 1941825/07/12(土) 17:02:24


    (よるまでほ)

  • 195二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 01:03:50

    ほしゅがらっしゅ

  • 1961825/07/13(日) 01:04:40
  • 1971825/07/13(日) 01:07:20

    わお、ほぼ同タイミングでしたね

オススメ

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