Re:見つけましたよ、杏山カズサ 2

  • 11825/06/28(土) 02:40:33

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/06/28(土) 02:42:59
  • 31825/06/28(土) 03:02:42

    ■1スレ目のあらすじ

    15年間、キヴォトスから消えていた杏山カズサ。
    再会した宇沢をはじめ、スイーツ部の面々は全員が30才を超えていた。

    『一緒に卒業したかったから』という理由だけで、留年しつづけ、1年生のまま、15年間も探し続けてくれていたスイーツ部。SUGAR RUSH。
    テロ染みたゲリラライブで”杏山カズサ”という名前をキヴォトスに転がし続けていたみんなは、いまや各自治区で指名手配を食らう過激派バンドに。

    SUGAR RUSHの活動は、杏山カズサが見つかったことを機に、終わりにすると言う。
    最後の仕上げとして、今までの楽曲を詰めたアルバムを、物理媒体。CDで出すためにレコーディング作業に追われていたが。
    杏山カズサをどうアルバムに参加させるかで、ヨシミとナツの間で意見の食い違いによる喧嘩が始まった。

    自分が見つかったことが喧嘩の原因になっているのだからとスタジオから逃げ出そうとしたところ。
    現れたのは、宇沢と。栗浜アケミだった。

  • 41825/06/28(土) 03:07:09











    (保守がてら、今晩はもう少し投下します)

  • 51825/06/28(土) 03:25:47

    https://bbs.animanch.com/board/5174164/?res=192



    「姐さん。D.Uセントラル空港の近くで地上げ屋が住人に暴力を振るっていると連絡が」


    「『キヴォトス総合運輸局』の連中の仕業でしょう。盛大に邪魔して差し上げて。どうせそこにいるのは下請けですし、多少怪我をさせてもかまいません」


    「姐さん。『バーバラ・アレン』が夜逃げしたそうです。いま全力で捜索していますが……」


    「ヴァルキューレにKNVCを使わせていただきましょう。あとハイランダーの生徒会長に監視カメラの映像を共有してもらって。見つけ次第『お仕置き』を許可します」


    「姐さん、アビドスでテキ屋グループによる学生へのアルコール飲料提供が確認されたと……」


    「叩き潰しなさい。提供した方々には公共交通機関がタダで乗れる『サービス』を。学生たちは酔いが覚めるまで『保護』と『お説教』かしらね」

     

     ひっきりなしのスケバンからの報告を秒で裁いていくアケミは、紅茶を一口すすって「あとは副総裁に任せます」と片手を振った。


     それだけで十数人のスケバンが頭を下げて、スタジオから退出する。ひしめく人の圧迫感が減り、呼吸がしやすくなる。


    「すみません。急いで出て来たものですから仕事の途中でしたの。キャスパリーグ、姿勢が崩れています。膝はつま先より先に出さない。お尻をもっと突き出す。腰が壊れますわ」


    「――!! そ、のぉ……呼び方ァ……やめろォ……! ふン――!!」

  • 61825/06/28(土) 03:29:56

    「いやいや、いらしてくれて嬉しいわ、アケミさん」

     すっかり片付けられた部屋。脱ぎ散らかした服も、散らかしっぱなしだった機材もいったん防音室に詰め込み。

     ソーサーとカップを軽く掲げて、ヨシミが笑顔を見せた。

     深夜二時のお茶会。

     そして、深夜二時の。

    「ら、ラス――!!」

    「あと一回」

    「ガぁあああア”ア!!」

     気合で太腿に力を入れる。入れる! 入れる!!!
     
     最後の一回、きっかり膝を伸ばし切り。わたしの首にそのぶっとい足を絡みつかせて肩に乗っていたアケミがようやく。降りてくれた。

     熱い。熱い! 太ももが熱い! 身体も熱い! 

     Tシャツを脱ぎ捨て、カックカクの足で窓の方へ。外の空気を。冷たくて新鮮な空気を吸って吐く。

     吸って吐く。

     吸って吐く。

    「ぜェっ……ぜぇっ……」

  • 71825/06/28(土) 03:34:12

     ああ! なにしてもどんな体勢とっても足が辛い! あああ!!

     ひんやりとした、畑の土の香りがする秋の夜風。汗でびっしょびしょの体。痙攣してる太腿。頭の中は真っ白からっぽ。私の口の中に虫が入ってくる。

     ぺっ! 呼吸の邪魔すんな!

    「それで、なんで喧嘩なんかしてたんです?」

    「ちょっと、はぁ……。私の心、配してく、んない……?」

    「してますよ。だから聞いてるんじゃないですか。『なんで杏山カズサを泣かせたんですか』って」

    「……泣、いてな、いしぃ」

    「泣いてましたよねぇ?」

    「ええ。泣いてましたわ」

    「泣いてないし!! ――っぶはぁ。はぁっ。はぁっ。オーバーワーク! 完ッ全にオーバーワークだよばーーか!! げほっ。えほっ」

     アケミ。栗浜アケミ。

     私の首に足を巻き付け、強制肩車状態からのスクワット100回×3セット。「偶数セットは気持ち悪いですわ」とか言ってんじゃねーマジで。本気で壊されるかと思った。延々、ビクビクと大腿筋が”悦んで”いる。

  • 81825/06/28(土) 03:43:09

     変わってない。前とおんなじ。

     スケバンのまとめ役。はぐれ者たちの母。

     本物の、伝説のスケバン。

    「SUGAR RUSHもお久しぶりです。ご無沙汰して申し訳ありません」

    「いやいや、アケミさんがお忙しいのは知ってますし!」

    「タミコもよくやってくれている……。文句ひとつ言わずにね」

    「あはは……顔合わせるたびに中指立てられてる気がするけど」
     
     三人掛けのソファはどっしり沈み。私の太ももよりも太い腕のせいで、両脇に座れるようなスペースは……いや、座れなくはないけど、ひどく窮屈な思いをするに違いない。

     みんなと同じ三十代だとして。それでも、若い私の方が有利などと微塵も思わない。あの頃よりもさらに磨きがかかった肉体。無駄な脂肪はなく。みじろぎするだけで盛り上がる薄い皮膚の下では、筋繊維の一本一本が見えると錯覚する。

     手に持ったカップがおもちゃみたい。ブーツなんて、私の頭ぐらいなら入るんじゃなかろうか。
     
     ……やってんなー。相変わらず。伝説のスケバンを。

    「まさか総裁直々にお越しになるなんて思ってなかったわけだけど。今日はどうしたの?」

     ヨシミがソーサーを置いてアケミに言った。
     
     酸欠でくらくらする頭。何をどうやったって辛い足。カックカクの足で部屋の中をぐるぐると歩き回る。じっとしてると辛さが増す。

    「もう、水臭いですわ。私の大事な舎弟”だった”子が15年ぶりに帰って来たと聞いたものですから、なにもかもを放り出して会いにきたんですのよ。ほんと、お元気そうでなによりです。長い家出でしたわね」

  • 91825/06/28(土) 03:57:23

    「一回、も……。舎弟になったつもりは……ない……っ!」

     世話をされたのは事実だけど。

     頼んだわけじゃない。縋ったわけでもない。勝手に絡んできて、勝手に世話を焼かれただけ。

     喧嘩の仕方、大人との渡り合い方。サツに見つからないたまり場。中学生でもできるバイトの紹介、とか。私はやったことないけど、ツレはやってたな。いっつも『金がねぇ』って言ってたから。

     新しい靴買ったんだ、って照れ臭そうに笑ったアイツ。……元気してるかな。

     ……まあ。忘れたい過去。消したい過去ではあるけれど。

     歩きながら宇沢を見た。

    「あんまウロチョロしないでくださいよ杏山カズサ。埃が立つので」

    「動かないとっ……やってらん、ないのっ……! げほっ。あ”ー!! 足痛ってー!」

    「なまっているんです。わたくしの体重は120キロしかありませんのに」
     
    「わたしの二倍以上だっつーの!」

    「ありゃ、ずいぶんお痩せになられましたねぇ」

    「寄る年波には、などと言い訳するつもりはありませんが、近ごろ食が細くなってしまいまして。――キャスパリーグ」

     アケミが私を呼ぶ。「これをお飲みなさい」と投げ渡されたのは、シェーカー。中身入り。

  • 101825/06/28(土) 04:03:29

    「なにこれ……あー、プロテイン?」受け取ったシェーカーをじゃこじゃこ振る。

    「特注品です。BCAAとEAAも入っているので疲労にもよく効きます」

     受け取ったシェーカーの蓋を開けて嗅いでみると甘いキャラメルの匂い。

     一口飲んでみる。

     ……。

     一気飲み。

    「クレアチンも入っていますから筋肥大にももってこいです。あなたのそのやせっぽちな体もあっという間に大きくなるでしょう」

    「んくっ――。ぷはぁ。……なにそれ。太るってこと?」

    「効率的に肉を付けるためのプロテインですから」

     やっちまった。

     空になり、シェーカーを呆然と見つめる私に、アケミはしみじみとした顔で言った。「大きくなりましたね」って。

    「いつと比べてんの。当たり前じゃん。あんただってさらにでっかくなっちゃってさ」

    「ふふ。誉め言葉と受け取っておきます。しかし、あの頃は思い出すのも恥ずかしいほど、いろいろと未熟でした。なんせ、まだ十代でしたもの……」

  • 111825/06/28(土) 04:11:45

     そう言って。アケミは目を瞑った。

     好き勝手やってた時代。

     わたしからすれば、ちょっと前。

     路地裏で、その日のいきなり現れて「面倒を見てさしあげます」とか言われたあの日。

     確かに。私はコイツに、世話になった。消したい過去ではあるけれど、過去は過去。過去があるから、まあ、今があるわけだし? そこは、例の一件以降、アレルギー的に”消したい”とかは思わなくなったけど。

     今になって、俯瞰して思うのならば。アケミの存在は必要だった。束ねるやつがいたからこそ一線を超すような話は聞かなかったし。事実、アケミが矯正局に入ってからのスケバン界隈はひどいもんだった。日々の生活すら危うくなって。学校に通ってないのを逆手に取られて……ひどいことさせられてるヤツも出て来て。もちろん、ひどいことをするヤツも。

     無秩序な秩序すらなくなって、刹那的な生活に影が差してきた頃。

     私は、光を見たから。そこから、一抜けした。

     だから。世話になっといて矯正局に面会すらいかなかった私は。私が、アケミの前から姿を消したのは。二回目。

     私はただのハンパ者。伝説のスケバンはこのキヴォトスに一人だけ。この、栗浜アケミだけ。
      
    「……」

     それはそれとしてげっぷ出そう。

    「で」とアケミは紅茶を一口すすり、テーブルに置いてみんなを見た。「なぜ、キャスパリーグが涙を流していたのです? とてもとても、温かい涙とは思えませんでしたが」

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 04:14:45

    このレスは削除されています

  • 131825/06/28(土) 04:16:09

     みんなは顔を伏せた。ヨシミとナツはバツが悪そうに唸り、アイリはぽりぽりと頬を掻き、気まずそうに笑う。

     ため息一つ。

     口を開く。

    「なんでもない。あくびしただけだから」

    「ふふ。そうやってツッパるところ。貴女にまだスケバンの精神が宿っているようで、安心しました」

     飲み終えたシェーカーをアケミに差し出して、言ってやる。

    「そういうのはもう辞めたんだよ、ばーか」

  • 141825/06/28(土) 04:18:57








    (キリがいいので今晩はこの辺で)

  • 15二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 11:43:06

    アケミ登場で落ち着いたけど問題は山積みだなか

  • 1618(よるまでほ)25/06/28(土) 16:41:32








    (ちょっと保守替わりの投下が出来ませぬ)
    (夜にまた更新します)

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 23:52:28

    ちょっとの間覗けてなかったので最新まで一気見した結果、アビドス関連盛られてて爆アガりしたテンションのまま書き殴ってみました。支援SSもどきです。ホントに突貫工事なので設定とか解釈とか脇の甘い所だらけだとは思います。温かい目で見守って♡

    設定としては本編の前日譚的な。本編が秋スタートなので、カズサが居なくなって15年目の夏に行われたアビドス砂祭りの様子。のつもり。砂祭り年一ってしちゃったけど「夏と冬に...」って言われてた。そういう事だったらごめんなさい。

    アビドス卒業生のその後とかも、自分にはそこまで作り込める引き出しが無かったのでほぼほぼぼかして誤魔化してます。解釈違いあったらゴメンネ。


    第十三回・新生アビドス砂祭り | Writening「いやぁ~……壮観だねぇ。おじさん、夢を見てるみたいだよ」  本日はお日柄も良く。ちょーっと暑いくらいで、風も無く過ごしやすい気候。 予報通り、絶好のコンディションの下、晴天の下に広がるアビドス砂…writening.net
  • 181825/06/29(日) 00:37:18

    >>17

    (えっあっわ……ワァ……!(泣))

    (なんだこの野生の文豪!)

    (27才シロコのアイドル衣装とかぶちこんでくるあたりただ者じゃねえ!!)


    (そうよ、そうなの)

    (この辺りになると、『出てこい杏山カズサ』はもう煽りでしかないというか、お決まり文句の意味合いが強くなっちゃってるの解釈一致)

    (で、フェスと砂祭りは別物っていうのも、ほんとその通り)


    (ホシノの、もういない人を想い続けるのと。いるかもわからない人を探し続けてるシュガラは)

    (……めちゃくちゃ相性いいですね)


    (いやなんというか、ちいかわになりそう)

    (ブチ上げ具合ハンパないし油断してるとうるうるさせられてヤバイし、見事に前日譚になってる……)

    (なんだこの文豪(二回目))


    (アビドス卒業生編はこれでいい)

    (これがいい)

  • 19二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 01:06:27

    うへへ。ファンレターぶりです。「この後ライブ映像見るくだりあったよな...」って思ってたらすげぇアニオリ改変あってアガったままに筆を取りました。半年前と同じ気持ちで書けて楽しかったです。自分の事はさておき、世界観の造詣がより深まる感じがして改変後もとても好き。前のアイスケーキのくだりもナツのらしさが際立ってて大好きなシーンだったけど、「15年」の現実を色んな方向から叩き込んでくるの胸が苦しくて好き。この先も期待しちゃっていいんですかね。


    >>(アビドス卒業生編はこれでいい)

    だめよ。あなたが書いて。


    あと飯テロ。ざけんな。(いいがかり)

  • 201825/06/29(日) 02:06:05

    (出たな化け物文豪……)


    (大胆に変えたシーンの一つなので、がっかりされてしまわないか心配でしたが……)

    (案の定いろいろ反応ありましたし。うぅ、申し訳ない)

    (ただ、あそこでナツが語ったことは、ちょっと描写する位置がズレただけと言っておきます……)

    (セリフそのままじゃないので、ナツらしさという意味ではアレかもしれませんが……スミマセン)


    (いろいろ返事を書いたり消したりしています(現在進行形))

    (ですが、説明しすぎるのが苦手って思っちゃうタイプでゴメンナサイ)

    (流れは変わりませんが、追加シーン(というか改変シーン?)はこの後も結構出てきます。懐かしさと新鮮さ両方をお楽しみ下さいましたら幸いです)


    >>だめよ。あなたが書いて。

    (だって出来が半端ないもん……! これはこれで一つの作品だよ……)


    (飯テロは……飯テロSSで調子整えてた節があるので、その後遺症です)


    ------------


    (アケミみたいな人が出ると場が締まる。回る)

    (伝説のスケバンはやっぱすごい)


    では。今夜の投下準備しまーす。








  • 211825/06/29(日) 02:30:48



    「カズサをどうやってアルバムに参加させるか、ねえ」

     全員シャワーを浴びて来なさいとアケミに言われた。煮詰まって腐った脳みそを熱いシャワーで一度流しなさいと。その間に部屋はスケバンたちによって整理されてたし、ゴミは無くなってるし、いつでも眠れるようにか、私たちが座るソファには毛布やクッションが準備されている。もちろん、持って来たオードブルなどの準備も抜かりなく。

     ……なんか。アケミ様様って感じ。よどんだ空気はこうもあっさり換気される。大昔の哲人のように寝っ転がりながら食べ物を摘まめる体勢で。私たちは改めて、向き合った。

    「今から楽曲憶えてもらうのは難しいというか無理。アイリがやってたベースラインを、カズサが読めるTAB譜に起こすだけでも時間かかるわ。ボーカルだけって言う手もあるけど」

    「それはダメー。『SUGAR RUSHのボーカル』はベースボーカル。絶対譲らないからね。そこは」

    「……てな感じ」

     ヨシミはクッションを膝に乗せ、グラスに入った液体を舐める。氷の入った綺麗な琥珀色。ウイスキー、らしい。お菓子にも使うから初めて聞くってわけじゃないけど。原液を見たのは初めて。ビールとは違う、香しい、煙みたいな香り。

     腿の上の宇沢の髪を梳きながらさっきの話に。存在を無視されていたみたいな話に、強制的に参加させられていた。「なんでもいいから発言なさい」と。アケミに上からとやかく言われるのは癪に障るけど、それがまた。アケミらしいというか。……実際、気分は。さっきと比べ物にならないぐらい、いい。

    「私がやりやすいように作っちゃってるから、弦楽器用に作り直すとかなり無理出るし。一曲だけなら、って話にもなったんだけど」

    「パンチがよわーい」

    「てな感じ! あんたもいい加減にしなさいよ。ちょっとは妥協ってもんを考えて!」

  • 221825/06/29(日) 02:54:31

    「声を荒げてはいけません。議論ではなくなってしまいます。それでは、出てくるはずの解決策も消し飛びますわ」

    「むぅ」

     アケミの言葉でヨシミが黙る。

     キッチンによけた食べ残しのパスタを一気食いした宇沢は、私の方をにっこりと見て、座面を叩いた。「なに?」と横に座れば、さっさと私の太ももを枕にして、あっという間に寝息を立て始めてしまった。

     シェーズロングソファだから宇沢が寝っ転がったって全員が座るに支障はないけど。早くも筋肉痛がある足を自由に動かせないという弊害が発生している。そして。この場から逃げられなくもされた。

    「一度話を変えましょう。あなた方のラストライブの件だけど、場所は決まったのかしら? 候補は聞いていたけれど、決定ではなかったですわよね」

    「ええ。世話になったハコとかステージもあるけど……。やっぱり、あそこしかないかなって。そしたらカズサが見つかるんだもん! こりゃ神の采配だわ!」

    「では」

     ヨシミはアイリを見た。結論は、アイリの口から。

    「トリニティの部活会館屋上。『SUGAR RUSH』始まりの場所で終わりにしようって、決めました」

     笑顔。けど……。有無を言わせない、衝動を実行するときみたいなあの顔で。アイリは言った。

    「――そう」アケミはグラスを傾ける。カロン、と氷が鳴る。

     みんなとアケミが知り合いだという話。考えてみれば、納得できる。宇沢がスケバンに屋敷の管理だのを依頼している時点で、コイツのことを思いつくべきだった。

  • 231825/06/29(日) 03:14:23

     協力者。

     私の捜索と、みんなの活動の。

     今やスケバンはキヴォトス全土に遍くほどの大勢力。本当なら人探しにはもってこいだ。

     みんなのライブのセッティングも。駆けつけるヴァルキューレとか自治区の治安維持やってるような部活とかを引き付けたりするのも。プロモーションとかグッズの製作販売とか、レコード会社との渉外とかも全部。アケミに手伝ってもらってたって。

     風のウワサに脱獄したと聞いた、あの時から。コイツのおせっかいが、そこらに居る跳ねっ返りだとか、行き場のないヤツとか。そんなのを片っ端から引き込んで行ってたなら、その規模感は納得。

     どうやって養ってるのかとか、詳しくは知らないけど。さっきのやり取りを聞いてた感じ、ロクでもないことで生計を立てているのは、なんとなくわかった。

    「で、あるならば。案があります」

    「ほんと!?」

    「あれがだめ、これがだめ。二元論で考えるのはまったく建設的ではありません。会議は弁証法によってなされるべききだと、わたくしは部下たちに口酸っぱく言っておりますの」

    「……何言ってるかさっぱり。誰かわかる?」

    「やーいばーか」

    「はぁ!? じゃああんたは分かんの、って言ってんだけど!」

    「バカになに言ってもムダだから教えな―い」

    「どうせわかんないんでしょあんたも!!」

    「もー。アケミさんが案があるって言うんだからちゃんと聞こうよ!」

  • 24二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 03:23:05

    このレスは削除されています

  • 251825/06/29(日) 03:30:49

     みんなの騒がしさに宇沢が身じろぎした。髪がさらりと私の膝を撫ぜる。

     宇沢は言った。あのとき。再会したときに、確かに。

    『スケバンの方たちとコネクションを築いたのは正解でした。思い付きから始まったお付き合いでしたが――』

     ……。

     ほんとコイツは。

     寝ながらもしわが寄っているその眉間を、親指でぐりぐりとほぐすように揉んでやった。

     自警団とか言って、不良だのなんだのぶちのめしてたクセに。悪の象徴「キャスパリーグ」をやっつけるために、ずっと追いかけて来てたくせに。スケバンを統べるようなヤツと手を組んで。

     自分の正義を曲げてまで、私を探してくれたってことだ。

    「……」

    「で、案ってのは?」

    「それを言う前に」アケミはカップにだっぷだっぷとウイスキーを注ぎながらため息を吐いた。「ナッちゃんのやり方はあまり好きではありません。こうして無駄に話を長引かせるのは、今に至ってよろしくないことでしょうに」

    「……だってさー」

    「一応、わたくしの舎弟だったのですから。悲しませるようなことはしないでいただきたいものです」

    「誰が舎弟だ、誰が。言っとくけど、私がどう逆立ちしたって今のあんた達には追い付けない。それだけは言っとく。努力がどうとかいう話じゃない」

  • 261825/06/29(日) 03:54:02

     ナツは唇をツンと突き出したあと、グラスを一気に呷った。「ぶふぅ。チョコ―」と甘いアルコール臭をまき散らすナツに、チョコプレッツェルを一本渡す。

     ……別に飲みたいとか、そんなんじゃないけど。宇沢のグラスが、さっきから視界に入っている。一舐めして放置されている、氷が融けたウイスキーが入ったグラス。

     スイーツ部として。その原料の味を知るのは立派な活動の一環――。

    「コラ」残念ながら、伸ばした手はアケミのでかい手によって摑まえられたとさ。ケチ。

    「で、便所法? とかっていうのは、結局なんなの?」

    「弁証法です。お下品ですよ。そうですね……。まず。今回の議題は、カズサをどうアルバムに参加させるか、ですわよね」

    「ええ、そうね」

    「問題となるのはその技術不足。これは、カズサがいくら努力しようが覆しようがない、あなた方の長年の研鑽が裏目に出てしまった結果です」

    「……そう言われると、なんかモヤっとするけど」

     ちびり。グラスを舐めて、ヨシミが渋い顔をした。

     15年の研鑽。裏目に出た。想像するしかできない。あの、動画で見たようなパフォーマンスを発揮するのに、みんながどれだけ努力したかなんて。たった二週間の活動であれだけ地獄を見たんだから。その経験は持っているからこそ、アケミの言い方に不満を覚えるのも、わかってあげられる。
     
     助け船、というわけでもないだろうけど。ヨシミの代わりに、アイリが言った。
     
    「でも、必要なことだったんです」

    「ええ。だからこそ、あなた方は15年を杏山カズサにつなげることができた。これは疑いようもない事実。私は神など信じませんが、目に見えぬものを唾棄するような愚か者ではありません」

  • 271825/06/29(日) 04:15:48

    「えへへ……」

    「そして、ラストライブ。あなた方は件の。始まりの場所で行うとおっしゃいました」

     ごくり。アケミは喉を鳴らすぐらいのウイスキーを一気に飲み下し、鼻からゆっくりと息を吐き出した。

    「始まりの場所。あなた方の始まりの曲は、なんでしたか?」

    「『彩りキャンパス』……。けど、それだと」

    「私は一度も『彩りキャンパス』はやらない、なんて言ってないよ」

     は、とヨシミが口を開けた。

     腕を組み、足を組み。睨みつけるような目つきで、ナツが続ける。

    「ヨシミさぁ。一回でも『彩りキャンパス』を候補に出した? 出さなかったよね。あーあ。自分で気づいてほしかったのに、結局アケミさんに言われなきゃわかんなかったんだ」

    「だからあんたが言ったんでしょ!? 技術が追い付かないのに一曲だけはダメ、ボーカルだけもダメ、コーラスもダメ! その上で全曲録音して、かつカズサを参加させなきゃダメって! 『彩りキャンパス』だってもちろん再録するつもりだったけど、それ一曲だけじゃ――」

    「それが二元論だっての。ばーか」

    「表でろコラァ!」

     また始まった。胸倉を掴むヨシミと頬っぺたを潰すナツの、醜い争いが。

     アケミはかぶりを振り、寿司を。箸で一つ、上品に口に入れる。「召し上がってください」と示されたので、私も一つ。イクラを貰う。

     あ。宇沢に米粒落としちゃった。起こさないように静かに。ほっぺにくっついた米を取り除く。こんだけ騒がしいんだから今更な感じもするけど。ぷちぷちと新鮮ないくらの塩味が口の中で弾けている。

  • 281825/06/29(日) 04:52:46

     服を捲ったり、髪を引っ掴んだり。大暴れする二人を見ていても先ほどまでの疎外感はないとはいえ。やっぱり、私が居ることで口論になるのには変わりはない。

     さっきから口数少ないアイリは、顎に手を当てて、ぶつぶつと何かを言っている。

     アケミが、きちんと咀嚼し終えた口で、言った。

    「弁証法とは相反する矛盾を統合し、新たな意見を作り出す手法です」

    「……わかったかも!」

     アイリの声に、意地汚い女同士の取っ組み合いをしていた二人の動きが止まった。

    「ナッちゃんが言いたかったのって『SUGAR RUSH』と『SUGAR RUSH』は違うってことだよね?」

    「は? ごめん、わけわかんないわ」

     生乾きでぐちゃぐちゃになった髪のまま言うヨシミに対し、ナツは「さっすが。我らがリーダー」と。こちらもぐちゃぐちゃの髪で、唇を吊り上げた。

     私はサーモンを頬張る。脂がのりのりで、つるんとこりこりのコラボレーション。なんでもいいから発言しろと言われているから「これ美味しいね」と発言しておく。

     私の感想に、同じくサーモンとイクラを手づかみで、一気に二巻を頬張ってウイスキーで流し込んだアイリは、目を輝かせて言った。

    「――ぷはっ。『一曲だけがダメ』なら『一曲しかなければ』いいんだよ! 『ベースボーカルじゃなきゃダメ』なら『ボーカルだけ』にして『ベースボーカル』もやってもらえばいい! これなら参加できるし、『カズサちゃんが見つかった』ことでコンセプトもひっくり返せる! もちろん、ファンの子たちに向けた、最高のアンサーにもっ!!」

     まるでナツみたいなことを言い始めたアイリの袖を引いて「だから、私が入ったらみんなの邪魔になっちゃうんだって。ほんとに」と自嘲気味に言った。厭らしく聞こえてないかな、って気になったけど、実際。他に言いようがない。

     けど、アイリは私の手を取って。ぐい、と顔を近づけて、言った。

    「大丈夫! だって『SUGAR RUSH』だもん!」

  • 291825/06/29(日) 05:07:40

     ……いや、そんな。漫画みたいな感動的なセリフ言われても、私の理解は追い付いてないから。

     けど、「わかったぁーー!!」と。ヨシミが高らかに叫んだ。ソウルフルなシャウトで。宇沢が唸り、目を擦る。

    「ああー! あー! なるほどね! あーっはっは! わかるとめっちゃスッキリするわね! 気持ちいいー! てかこのぐらい、さっさと言いなさいよ!」

     自分の尻を蹴とばして言ったヨシミに「そもそも、一曲だけじゃダメって言ったのヨシミじゃん」と。ナツは不満げに。ヨシミの尻をひっぱたいた。

     もちろん。私の頭はクエスチョンで埋め尽くされている。サラミをかじる。「うまい」。

    「……さいです。くぁあ」私の腹に顔を押し付け、宇沢があくびをした。

    「ああごめんごめん。ヨシミ、宇沢がうるさいって」

     そんなことはお構いなしに、私をビシッと指を差したヨシミは、勝気な笑顔で言う。

    「一曲。カズサ。あんた、一曲だけ死ぬ気で練習してもらうわ。そんで、ボーカル含めて全曲やってもらう」

    「だからさ。無理だって。何曲あるのさ。あの一曲のベース練習でどんだけ血反吐吐いたか憶えてないの?」

    「違う違う」

     ヨシミは私の肩を掴み、逆光の中にぎらぎらと瞳を光らせて、言った。「へっきしッ」膝の上で、ヨシミのカーディガンに鼻をくすぐられたのか。宇沢がくしゃみしていた。

    「『わたしたち』のSUGAR RUSHと、『初代』SUGAR RUSH! カズサがベースボーカルをするのは初代の一曲だけ。それ以外はボーカルのみ! これなら全部の曲が『カズサを探す曲』から『なにかを探す』曲に改変される! カズサがボーカルに立つ事でわたしたちの『SUGAR RUSH』の結論は出るから、ダブルミーニング的に全曲が新曲になるのよ!! そんで現実的な案としては……。うん。」

     ぐるりと。私の肩を離して、今度はみんなに向けて、高らかに言い放つ。

    「現行のレコーディング作業は全部中止! 私たちの最初で最後のアルバムは――ライブ盤! 全曲、ラストライブのライブ音源に決定! フルアルバムノーカットで、その日のモン全部ぶっこんでやりましょう!」

  • 301825/06/29(日) 05:40:18

    「……決まったんですかぁ?」

     宇沢が身体を起こした。頬っぺたに赤い跡をつけて。まだし足りないのか、もう一発あくび。

     起きたばかりの宇沢にアイリが言う。

    「うん! レイサちゃん……! 録るよ。私たちの始まりを。私たちの今までを。――カズサちゃんと一緒に!」

     意味が分かんないんですけど、と言う宇沢に、私は今ヨシミが言ったことをそのまま伝えた。むにゃむにゃと眠そうにしていた宇沢も、だんだんと頭が追い付いてきたんだろう。

     笑いもせず。何を今さら、といった風に。呆れた調子で言った。

    「それしかないでしょうに。なにをそんなに話し合う必要があったんです?」

     もう時刻は四時を回っているというのに、すっかりテンションが上がり切ったヨシミを見て「ではそろそろ、お暇いたしましょうか」と。アケミは薄く笑い、立ち上がった。

    「えっと、それならカズサの特訓と、私たちも封印曲の練習しなきゃ。『彩りキャンパス』なんてあれ以降やってないんだし……! 演出も考えて……告知も! カズサ! あんた運指は憶えてる? ああもう、あと、全曲聞きこんで曲ごとのボーカルとしての表現考えなさい! アイリ、あんたの作詞イメージも全部叩き込んで! 私もみっちり叩き込むから!」

     帰ろうとするアケミにまるで気付かないみんなは、すべきことの案を次々と出していく。ぞんざいな扱いを受けても、アイツは私を見て。唇に人差し指を当て、ウインクを投げて来た。

     あーもう。キザ野郎が。まあでも。あいつのおかげで、場は変わった。前に進んだ。”私の意味”を作ってくれた。それは、事実、だから。

     「あんがと」と。声に出さずに、見送った。

     寝起きで喉が渇いていたんだろう。テーブルに置かれたまま汗を掻いた、氷がすっかり融け切ったウイスキーに、宇沢が手を伸ばす。

     そのまま並々残っているウイスキーを一気に呷る。みんなの飲み方からずいぶん飲みにくいものであるんだろうと思っていたけど。

     ではさっさとトリニティに許可を取りに行きますか、と。ケロっとした顔で、三回目のあくびをしながら、言うのだった。

  • 311825/06/29(日) 05:42:22















    (キリがいいので今晩(今朝)はこの辺で)

  • 32二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 09:37:25

    改変シーンもおぉと思いながら楽しませてもらってます
    前あった便利屋外伝も良かったから今回も書きたいもの書いてもらえれば

  • 33二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 16:32:34

    次も楽しみ…

  • 34二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 18:08:01

    このレスは削除されています

  • 3518(よるまでほ)25/06/29(日) 18:10:32

    ■D-Day -21

     言葉に出さずにいることがある。

     それは、言葉に出さなければそのまま流れていってしまうんじゃないかと思えるぐらいのもの。少なくとも。私があの時、宇沢と会ったあの夜のような”何か”がじわりじわりと背後から近寄ってくるような。そんな寒気は感じていないし気配も感じない。

     でも、なんだろ。胸の奥に、小石が一個つまってるみたいな。

     ……私が見つかったから、ラストライブ。

     なんだよね?
     
     ともかく、猛特訓が始まった。

     みんなの苦悩もその日から始まった。

     幸い、私視点ならば、あの屋上の出来事は数か月前の出来事だし。練習はもちろんしなくちゃいけないけど、『彩りキャンパス』の運指を一から覚えるようなことはしなくてもよさそうだった。合わせたらとりあえずは。リズム感とか、ミスとか考えなければ、最後まで通せたし。ボロクソ言われたとはいえだ。

     他の曲はボーカルをやればいい。と言っても。みんなの演奏に乗せるのならカラオケではダメ。負けるし、釣り合わない。せっかくのみんなの演奏をチープにして、壊してしまう。

     ネットで拾ったボイトレの動画や、サイトの解説を見ながら自己流でトレーニングをし、最低限の表現力を身に着けるために、声の強弱、感情の込め方。私の声がどう聞こえるのか、私がどう見えるのか。どう発音すれば耳馴染みがいいのか。

     等々のために、姿見の前で楽曲の詩を詠みあげていた。その後ろでは、パート練中のみんなの、無秩序な楽器が鳴っている。やかましくて音が取れないので、イヤホンを突っ込んだ。

     開いたページに書かれているのは『ヴァンデミエールに消えたキミ~太腿ニ刻ンダ貴女ノ名前』。何度見てもダサい。けど、これもみんなの歴史の一部……と自分を奮い立たせる。

     渡されたノートに並ぶアイリの丸っこい字。コレには、詩を書いていた時の考え、意図、「13:00 トイレ」みたいなよくわかんないメモや、「うざ」みたいに愚痴までも書いてあって。私にとっては15年を一気に駆けのぼるための、魔法のノートだ。

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