- 1二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:14:59
- 2二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:16:55
ブルーロックメンバー、および海外選手たちは今、山の中にいた。
帝襟アンリにより施設の欠陥が発見され、それに伴う大規模改修により、選手たちは急遽代替合宿地へ向かう事になったのだ。
場所は東京郊外の山間部。移動は青い監獄のマークが輝くバスで。
休憩でSAに寄ることはあったものの、トイレ以外でうだるような熱気が渦巻く外になど到底出たいとも思えず、多くの選手は冷房の効いたバスの中で思い思いの時間を過ごしていた。
いっとう深い山道を登る途中、バスが突如として停止する。
「……は? 止まった?」
誰かが言った。エアコンも消え、沈黙した車内にざわめきが走る。運転手が外に飛び出してどこかに電話をしたりなど、懸命に再始動を試みるが、車はうんともすんとも言わない。
イングランド・スペイン・イタリア組のバスは先に進んでいっていた。賢明な判断である。
つまり、ここに残されたのは、まさにエンジントラブルに見舞われたドイツ・フランス組のバスだけだ。
車外には深い山の空気が立ち込め、遠くでセミが鳴いている。時刻は昼過ぎ、陽はまだ高いが、雲の流れが早く、時おり薄暗くもなる。そして……暑い。 - 3二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:24:04
「退屈すぎて死ぬ。探検してくるわ!」
誰よりも早く車を降りたのは士道だった。スマートフォンだけを手にして、舗装されていない脇道へと分け入っていく。
「えっ!? おい、待てよ士道! 一人で行くな!」
フランスのメンバーは「いつものが始まったよ」と言わんばかりに静観し、ドイツのメンバーも我関せずの顔でいたが、潔だけは別だった。士道の爆発を三次選考でもU-20戦でも浴びていた潔だからこそ、彼が「何をやらかすか」を一番に考えられたのかもしれない。
脇道に分け入っていく二人の背中が消える前に、凛が立ち上がった。
「あれれ? 気になっちゃう?」
「フン」
シャルルの茶化すようなセリフに鼻を鳴らして、凛はそのまま降車口に向かった。遠くからでも主張が激しい士道の髪色を追いかけて、木立の間をすり抜けるように歩いていく。
こうして、士道、潔、凛が消えた車内は、各々が「どうする?」と顔を見合わせて、微妙な空気になっていたものの、最後に立ち上がってバスを降りたカイザーがそれを打ち破った。
「カイザー! クソ世一なんて追う必要ねぇです! 行くなら僕も一緒に……」
「黙っていい子にしてろ、ネス」
はねつけるようにして言われたネスは、首を振るノアに押されてバスの降車口で固まった。瞳は揺れており、ついていきたいと顔に書いてあるようだが、カイザーがとりあうことはない。
木立の中に迷うことなく歩いていくカイザーの視界に、既に彼らの姿はなかった。だが、踏み倒された草木から、彼らが進んでいった道は理解できる。
カイザーがふと呟く。
「あいつ、呼ばれてたみたいだったな……」
カイザーは喉を抑え、顔をしかめたが、すぐに足を進めた。
こうして、四人は"余土村"へと足を踏み入れることになるのだった。 - 4二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:24:53
あれ 立て直し?
- 5二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:30:16
2周目?
- 6二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:30:18
前のスレでスレ画について指摘はあったからそれ気にしてやり直し?
次スレで直すって言ってたし悪意あるわけじゃなさそうだったし
終わりも見えてたっぽいから完走で良かったんじゃないかとおもったんだけど
なにかあの後荒れでもしたのか - 7二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:30:43
士道に追いついて戻るよう説得していた潔であったが、士道はそんなことも聞かないでずいずい前に進んでいってしまう。そのうち凛も合流して潔が叫び、更にぬるっと湧いて出て来たカイザーに頭を抱える羽目になった。
よりによって、ドイツとフランスの主役級が揃い踏みである。このメンバーが遭難したらコトだ。なんとしても無事に帰らなければと意気込む潔をあざ笑うようにでたらめに木立の中をしばらく進むうち、士道が「お」と声を出して足を止めた。
潔たちも士道の視線の先を覗き見てみると、そこには木々の合間にひっそりとした集落が存在していたのだ。まるで崖のようにも思える急な坂を下ると、踏み固められた道が現れ、茅葺き屋根の家々が並ぶ光景がより鮮やかに映る。
「……村?」
思わず声に出す潔。凛は目を細めてあたりを見渡しながら、マップアプリを立ち上げた。
「地図にはなかったはずだ。……今は圏外だな」
「今は圏外……なら、わざわざ見てたのかよ」
「こんなところに入っていくのに見ない方がどうかしてる」
潔の口元が引き攣ったところで、カイザーが潔の肩を叩く。
「何?」
「あれは何と読む? ようこそ、は読めた」
カイザーは言語こそ御影イヤホンによって翻訳されて聞こえはするものの、日本語を読み解くのは難しいらしい。といっても、ひらがなを読めているだけでも彼の学習意欲の高さがうかがえるが。
潔は珍しく皮肉も敵意も篭っていないカイザーの言葉に従い、舗装のされていない小道の脇にある看板を読み上げた。
「ようこそ、……あまり、つち……村へ?」
「あまりつち? ヨドじゃねぇのか」
木彫りの看板は比較的最近作られたもののようだった。その新しさに、どこかわざとらしさも感じる。まるで、迷い込んだ者に「ここは実在する村です」と主張しているような――。 - 8二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:32:30
立て直しなのかスレタイ変わってること踏まえて何か意図のある2周目なのか全くわからん
開幕ほぼ同じ内容だから今現在で判断できん 補足ほしかったな - 9二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 22:32:39
スレ画についての言及が増えたのと
指摘について最もかなと思ったから
実質2周目でごめんけど回させて貰おうと思って
探索箇所を増やして分岐も増やしていこうと思います - 10二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 23:04:28
足元の草を払いながら進むうち、視界がぐっと開ける。茅葺き屋根の家々が、谷間のような場所に寄り添うように並んでいる。土を踏み固めたような細道、ぽつぽつと並ぶ石灯籠――江戸時代の時代劇のセットのような光景だ。
けれども、潔は立ち止まり、首を傾げた。
「……音がねえな」
後ろから降りてきた凛が、ぽつりと呟く。
「音?」と潔は繰り返し、耳を澄ませる――そうして、気づいた。
蝉の声がない。鳥も、虫も、風の音すら……すっかり消えているのだ。ここに来るまで、あれほどうるさかったというのに。
「……」
遅れて合流したカイザーが、何かを呟いた。けれどその言葉は、潔が問い返すより早くかき消された。
ガラリと乾いた音と共に、一軒の家の戸が開く。
そこから現れたのは、白髪を結った小柄な老婆だった。
藍の着物をまとい、手には何も持たず、ただ、穏やかに微笑んでいる。
「よう来なさった、旅のお方。ちょうどええ、支度が済んだとこじゃ」
「……え?」
潔が戸惑いの声を漏らす。老婆の声は、妙に通った。その音が空気に馴染むと同時に、まるで世界が裏返ったような感覚が背筋を這う。
「支度って……俺ら、ただの通りすがりで――」
「雨が来る。じきに、よう降るよ」
老婆が空を見上げた、その刹那。ぽつりと、冷たい水滴が潔の鼻先に落ちた。
見る間に空が翳り、糸のような雨が降り始める。空気の温度が一段、下がったように感じられた。
カイザーが濡れた髪を振る。その水飛沫が凛にかかり、凛が反射的にカイザーの胸倉を掴む。
士道が「いいぞいいぞ」と笑いながらスマホを確認し、しっかり圏外であることを確かめると、肩をすくめてポケットにしまった。
「雨宿りくらい、してもよくね? 戻っても、どうせバス動いてねーし」
老婆は何も答えず、くるりと踵を返し、一軒の家の戸口へと歩き出す。
「風呂の順番は、決めておくんじゃぞ」
まるで最初から、ここに自分達が来ることを知っていたかのような口調だ。潔はなんとなくそう思って不気味に感じ、思わずバスの方を振り返った。けれど、もう木々に隠れて見えない。方向感覚すら、どこか曖昧になっている。
気づけば、士道も凛も、カイザーも、老婆の背に続いていた。
潔はためらいがちに一歩を踏み出し、霧がかった村へと足を踏み入れた。 - 11二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 23:35:58
新規ルートも見れるかもしれんのか
楽しみ - 12二次元好きの匿名さん25/06/28(土) 23:41:42
引き戸をくぐった瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
炊きたての米の匂いだ。遅れて、味噌汁の香り、どうやら肉を焼いたらしい香ばしい匂いも漂ってくる。
「……飯?」
士道がぱあっと顔を輝かせ、勝手に上がり込もうとする。
潔が慌てて止めようとしたが、それより先に老婆が振り返って言った。
「ちょうど炊き上がったところじゃ。風呂もわいとる。先にどっちがええかの?」
言葉のあまりの自然さに、全員が戸口で固まる。
まるで、自分たちがここに来ることを、最初から知っていたかのようだった。
囲炉裏の脇には、着替えと見られる浴衣とタオルが四組。ぴたりと揃って置かれている。
士道はまったく気にせずそれを担ぎ、「じゃ、風呂!」と宣言して奥へ進んでいった。老婆は風呂の場所を案内しについていく。
「……なんか、変だよな」
潔が小声で言うと同時に凛が無言で周囲を見渡し、古い柱のひとつ――いや、その横に立てられたものに目をとめた。
「……あれは?」
カイザーも気づいていたようで、顎をしゃくった。
白木の台座に立てられた、紙垂の垂れたソレ。神社の祭具にも似ているが、あまりに唐突に土間の一角に存在している。
案内を追えたらしく、一人戻って来た老婆に潔は問いかけた。
「これ……何ですか?」
「弊(へい)じゃよ」
老婆はさらりと言って、台座には目もくれずに通り過ぎていく。
「悪霊が入らんよう、日々の守りとして立てとるだけじゃ。気にせんでええ」
気にするなと言われても、それは日常の風景としては異様すぎた。
木の根元や入り口ならまだしも、土間の中に、それも誰かを迎えるような位置に、結界のように立てられているのだ。
「まるで……」
凛がぽつりとつぶやいたが、その続きを言うことはなかった。
老婆はすでに厨のほうへと姿を消している。カイザーは老婆のことを追いかけるように無言で奥へと進んでいった。
潔は居間の中央に立ち尽くしながら、白木に立つ紙垂の揺れを、じっと見つめていた。 - 13二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 00:21:10
士道が風呂場へ駆けていったあと、居間には潔、凛、カイザーの三人だけが残された。
囲炉裏のような造りの中央を囲むように、畳の上に座布団が置かれている。
けれど、どこかよそよそしく、生活の匂いがない。そもそも、こんなに広い家に老婆一人で住んでいるのも不自然だ。
凛は無言で座布団の端を持ち上げて裏を確認し、潔は部屋の隅に目をやっていた。
カイザーだけが、ごく自然にジャージの上着を羽織り直し、居心地よさそうに座布団へ腰を下ろした。
「……日本の夏に絶望していたんだが、涼しいようで良き。空調があるようだ」
「え?」
潔が思わず聞き返す。カイザーは何でもないように答える。
「ドイツの夏よりは湿気があるが……このくらいなら、長袖でちょうどいい。さっきまではクソ脱ぎたくて仕方なかったが」
「……いや、空調なんて……どこに」
潔は思わず、自分の腕をさすった。確かに、さっきまで汗ばんでいたはずなのに、今はひんやりとしている。
凛がすっと立ち上がり、窓――網入りガラスだ――から外をうかがった。
風も、空気の揺らぎも、蝉の声もない。ただ、ぴたりと静まりかえっていた。
「涼しい」
「……うん」
「俺達はバスで蒸し焼きになるかどうかだったんだぞ」
「……」
「この時期、東京の山間部で、長袖が丁度いい気温になるようなことはない。しかもまだ日中だ。……おかしい」
「なんだ、これはやはり、日本ですら異常なコトなのか?」
カイザーの声には純粋な驚きが滲んでいた。確かに、あの坂を下る前までは汗だくで、水分を持って来なかったことを死ぬほど後悔したのに。
いまは、汗がすっかり引いて、皮膚の表面はすべすべしている。
「……気づかなかった」
潔が小さくつぶやくと、カイザーがからかうように言う。
「順応が早いのは、悪いコトじゃない。思考が鈍るのは困るけどな」
「……」
潔は返さなかった。けれど、その涼しさが歓迎された証なのか、それとも何かに踏み込んだ兆しなのかは、まだわからないままだった。 - 14二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 00:37:12
しばらくして、湯気と石鹸の香りをまとった士道が、風呂場の方から戻ってきた。首にかけたタオルをふわふわと弄びながら、機嫌よさげに言う。
「風呂、マジで最高。湯温もバッチリだったし、なんか……体軽くなった気すんだよな」
その言葉に、三人の視線が自然と集まる。清潔なはずの湯あがりが、妙に艶めいて見えるのは、湿気のせいか――あるいは、別の何かが士道の身体を撫でたのか。
「んで、俺の次……って、あれ? 先に飯か?」
「ご飯ができたよぉ。まずは腹に入れてからがええじゃろ。風呂はまだ沸いとるから、順にお入り」
老婆がお盆に乗せて運んで来たのは、五つ分の漬物鉢だった。潔たちは顔を見合わせる。まるで、最初から潔達を加えた分の食事が出来上がっていたようではないか。
眉を顰めたカイザーがタオルを手に立ち上がりかけるが、老婆がふいに声をかける。
「異人さん。あんたはこのあとにしなされ。ちょうどぬるくなっとるじゃろうから、わかしなおすまで待っとってくれんね。飯でも食って」
「……ああ、そ」
素直に従って腰を下ろすカイザーだったが、ふと呟いた。
「外に連絡を取れる手段はないのか? スマホも圏外だったコトだ、監獄の連中に状況を伝える必要があるだろう」
「おや……あんた、連絡手段をお探しで?」
「ああ。電話くらいあるだろう? ないのか?」
「ほんなら、村長の家にあるよ。村で唯一、山電(やまでん)ひいてあるのは、そこだけじゃ」
ぽつりとそう言って、老婆はゆっくりと立ち上がる。
「案内してあげようか。……ちょうど、村長も話したがっとる頃じゃろうし」
誰かが行くのを見送る?誰かについていく?一人でいく?
- 15二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 00:59:40
誰かについていく
- 16二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 01:03:44
ホラーで1人はあかん
- 17二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 08:11:24
もし1人だったらいろんなフラグ乱立しそう
- 18二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 12:57:08
「じゃあ、俺が行きます」
「えー! 俺も行きたい!」
潔が立候補すると、士道も続いて声を上げた。カイザーが呆れたように声を上げる。
「真っ先に風呂入りやがったくせにまた泥だらけになる気か? やめておけ」
「あー、それもそう。じゃあ泥だらけよろしく♪」
「そういうコト言うなよな……別にいいけど」
潔がも既に動き始めていた老婆の後を追って玄関から出ようと傘に手をかけた時、凛がその手を取った。どうやら後から追ってきてくれていたようだ。
「俺も一緒に行く」
「傘はあるけえ、何人でもええよ」
ひょひょと笑う老婆について、潔と凛は雨が降りしきり霧が出る村を横切って、村長の屋敷へ向かっていた。
茅葺きの並ぶ村の道を抜け、やや開けた敷地の奥に、その屋敷はあった。大きすぎず、しかし手入れの行き届いた木造の構え。まるで「ここに村長がいる」と納得させるような、品の良い佇まいだった。
老婆が戸を引くと、軋む音と共に、すうっと冷気が漏れ出す。
中に一歩足を踏み入れた潔は、思わず立ち止まった。
「……外より、ひんやりしてますね」
「この辺はな、風の通り道なんじゃ。だから夏でも暑さはそれほどでもない。ええことじゃろ」
老婆の笑顔に凛は応えず、無言で辺りを見回す。土間にはやはり紙垂を吊した弊が立てられていた。潔が目をとめると、凛がそれに気が付いて軽くうなずく。
「おお、噂の。よう来なさった、中に入りんしゃい」
好々爺然とした老爺に迎えられ、老婆とふたりは居間へと通された。畳敷きの部屋に置かれた座布団に座ると、茶を出される。ふと潔が視線を巡らせると、棚にいくつかの板が並べられているのが目についた。板の上には、丁寧に並べられた果実や甘酒、小鉢に盛られた漬物など――。
「中央御座に供える神饌の下準備じゃ。七十五膳、揃えるのは骨が折れるわい」
潔は思わず、その量に目を見張った。りんご、干した柿、もち米に似た何か……その中に、季節外れの果物が混ざっているのを凛が見咎める。
「これ、柿……? しかも熟してる」
「神の時間に、季節は関係ないのさ」
そう言った老婆の声は笑っていたが、どこか遠く、古びていた。 - 19二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 14:50:36
「電話じゃが、若者は使えるかのう?」
「多分大丈夫です!」
老爺は頷くと、長い廊下の真ん中まで潔達を案内した。黒電話である。潔も実物を見るのは初めてだ。ジーッと音を鳴らして、青い監獄の連絡先を入れてみる。凛はその様子を静かに見守っていた。
「もしもし、あの、潔世一です」
『……っ、……!? 潔くん……聞こえ……?』
かすかな声が返ってきた。しかし、音は乱れ、声が遠く、途切れがちだ。
「帝襟さん? 聞こえますか? こっちは――」
『通信……最悪……どこに……』
「余土村です。山の中に居ます! カイザーと俺、凛と士道で」
『すぐ迎……絶対に……で帰……』
ノイズが重なり、音が途絶える。やがて、無音。通話は切れた。
一部始終を聞いていた凛が眉をひそめる。
「繋がってるようで、繋がってねぇな」
「……まるで、夢の中みたいだ」
潔はそう呟き、凛もその言葉に頷く。取りあえず今自分達ができることはやったはずだ。村長にお礼を言うべく再び元の居間に戻ると、老人二人は何事かを話しあっているようだった。 - 20二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 15:43:12
「これを頼まれてくれんかの」
老爺が取り出したのは、根元を濡らした紙で包まれた「花」だった。五人分――それぞれ違う種類で整えられている。
「咲祀で供える花たちじゃ。他の旅人さんらに渡しておくれ一種類一つ、婆さんと分けて五つぶん」
「……わかりました」
潔はそれを受け取りながら、ふと脇の壁に目をやる。そこには――柱に爪で刻まれたような古い文字がいくつも並んでいた。
「これ……人の名前?」
「旅の者たちの印じゃ。雨に追われ、宿を乞うた者が名を刻んでいくのが、昔からのしきたりでのう」
潔は、その中のひとつに目を留めた。何年も前の日付に添えられた名が、どこかで聞いたことのあるような……。
「おい潔、なにぼーっとしてんだ。帰るぞ」
「あ、うん」
潔は視線を切って再び雨の中に向かう。花の入った籠を持ったのは潔だった。
「……あの家、書庫があるみたいだったな」
「書庫?」
「ああ。別に割り込んで調べる気にはならなかったが、村の記録なんかも全部管理してるのかもしれねえ」
「ふうん……」
他愛のない会話をしながら、潔は村長の家を振り向く。既に霧によって薄白く染まっており、輪郭すらあやふやだった。 - 21二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 16:41:03
潔と凛が村長宅から戻ると、カイザーと士道が出迎えた。
「相変わらず圏外。動かねー」
「この辺り一体電波がないんじゃないか」
「すぐにご飯の用意するけえ、風呂はもうちょっと待っとってね」
老婆は言うなり、傘を脇に置いて厨に向かった。潔も慌てて傘を畳んで隣に置くと、老婆のあとをおいかける。老婆一人で暮らしているというには立派な設備だった。といっても、漆喰で固めた壁土のかまどがある、昔ながらのつくりであったが。こうこうと火の灯ったそれを老婆一人で管理しているのは、素直に賞賛に値するものだ。
「よそった傍から盆にのせて運んでくれるかのう」
「あ、はい!」
潔は老婆に指示されるまま、炊きたてのご飯、醤油を塗って焼かれたであろう香ばしい肉、新鮮な野菜と三種類の味噌を運んだ。
部屋いっぱいに広がる香りは、都会のそれとは明らかに違う、土と火と手仕事の匂いだ。
「お、おかえり〜。飯、いい匂いすんぜ!」
士道が勢いよく声を上げ、箸を手に構えている。
潔含めた全員が席につき、配膳が進む中、焼かれた肉について老婆が説明した。
「これは熊じゃ。ええ肉質でな、冬越して脂がのっとる」
「……クマ!?」
「マジで!? ジビエじゃん!!」
士道が目を輝かせて身を乗り出しす。潔たち日本人はその間に老婆に合わせていただきますと手を合わせ、カイザーは郷に入っては郷に従えとばかりに、見よう見まねで手を合わせた。
「うまそ〜!! こういうの、山の宿! って感じでテンション上がるな〜!」
「……お前、肉に関してだけはテンション高いよな」
凛がぽつりと呟くが、士道は全く気にせず肉から箸を伸ばす。 - 22二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 16:56:58
一方で、カイザーはというと、何度も肩や首をさすっていた。
箸を使えないからかと視線を向けるが、擦る箇所が足にも及んでいることから、それだけが理由ではなさそうだと潔は察する。
「おい、どこか痛めたか?」
凛が声をかけると、カイザーはふっと鼻で笑った。
「……いや? たぶん気のせいだ」
言いかけて、首筋をぐっと押さえる。潔はどことなく不安を覚えて見つめたが、それ以上は聞かなかった。いや、聞けなかった。
黙々と飯を食べる凛と、元気に味噌汁をおかわりする士道と、やや食の進まぬカイザー――。
奇妙な組み合わせだが、こうして彼らの一日は夜を迎えようとしていた。
食後、カイザー、凛、潔の順で風呂へと向かい、それぞれが汗と疲れを流して戻ってくる。カイザーは浴衣の着用方法が分からず盛大に着崩れしていたのを、潔が直した。
そんなこんなで潔が居間に戻ると、隣の部屋の戸が開け放たれていることに気付く。
「……え?」
戸の向こうには、既に四つの布団がぴたりと等間隔に敷かれていた。
誰も指示していない。寝具の確認もしていないはずだ。
それなのに、整いすぎている。
「おい、これ……」
凛が続いて入ってきて、唖然とする。
「お婆さんが敷いた?」
「……いや。婆さんは今風呂の後始末してる」
「でも、そんな、だったら、最初から分かってたみたいじゃんか……」
潔が、置かれた枕の端に手を伸ばすと、ほんのりとまだ温もりがあった。
つい今しがたまで、誰かがここにいたかのような、そんな錯覚。
士道が部屋の外から顔を出す。
「お、ピンクの布団は俺がもらい♪ 早い者勝ち~♪」
「うるせぇ、コイツの隣だけは嫌だ、寝れねぇ」
凛が返し、布団に足を入れる。カイザーは最後に部屋へ入り、畳の匂いを一度深く吸い込んだ。 - 23二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 17:12:08
「そのままそこで寝てなされ。ばばあは片付けしたら寝るよってに、うるさかったらすまんな」
「あ、いえ! だったら俺も手伝います!」
「良か良か。若者の客人は寝るのが仕事じゃ」
そう言って、老婆は襖を締めてしまった。置いていった灯りは燭台に乗せられた蝋燭のみで、月明かりも障子から入ってくるのみのため、互いの顔すら満足に見えない。スマホの充電は半分ほどで、無駄に使うのもはばかられる。
「じゃ、明日になったら、迎えが来てることを祈って」
「来てるといいがな」
「そもそもお前が探検とかしなきゃこんなコトには……!」
「でもおかげでおもしろいコトに出会えたんだからよくない? しかも涼しいし♪」
「気付いてたのかよ……」
会話の裏で、凛は既に寝入ってしまったようだった。寝息すら聞こえないので、寝ているかどうかも怪しいが、潔は取りあえず異変はないものとして目を外す。
騒がしくああだこうだと言っていた士道は、喋り付かれたのか飽きたのか、パタっと撃ち抜かれたように沈黙し、そのまま寝た。潔とカイザーの間に会話が生まれるはずもなく、自然と二人もそのまま眠ることになる。
……気付けば、夜は明けていた。 - 24二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 17:41:35
静かだった。窓の外から鳥の声も、虫の音も、何一つ聞こえてこない。
潔がふと目を覚ますと、既に凛の姿が布団から消えていた。まだ皆が寝静まっている。起き上がり、そっと障子を開けると、縁側に一人、凛の背があった。
立ち尽くしたまま、凛は朝靄の中をじっと見つめていた。
「……おはよう、凛」
潔が声をかけると、凛は小さく頷くだけで返事をした。
「霧が……昨日より濃い」
凛の声は、低く抑えられていた。
潔も縁側に立ってみる。村の輪郭がまるで霞の向こうにあるように、茅葺き屋根も、灯籠も、遠くがまるで見えない。
「それに……やっぱり音がしねぇ」
凛が続けて言った。
潔も耳を澄ませる。確かに、昨日は些細な違和感だと流していた無音は、雨が止んだことで完全に潔たちの呼吸や声を残してぴたりと止んでいる。まるで世界が息をひそめているようだった。
その時だった。 - 25二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 18:17:54
「朝ご飯じゃよ〜」
明るい声と共に、老婆の声が響く。同時に、士道が寝ぼけ眼で部屋から這い出て来た。
「おお〜……いい匂いする〜。飯ー!」
そのあとに、カイザーがよろよろと出てくる。彼の足元はふらついていて、壁に手をつきながら歩いていた。
「……っ、くそ……」
顔色は優れず、身体の痛みを堪えるように喉に手を当てていた。
潔が近づいて手を伸ばそうとするも、カイザーは「大丈夫だ」と低く返して、それ以上何も言わなかった。
そのまま、四人で朝食を囲むことになる。
炊きたての白飯に、干物、味噌汁、季節の野菜の煮物――地味だが丁寧な味がした。士道がやけに元気なのが、かえって際立つ。
「昨日渡された花の籠、あれ……どうする?」
食事を終えた潔が問いかける。老婆が畳の上に置いた籠には、五種類の花が揃っていた。
「一人一つずつ持っておくんだろ?」
「そう言ってたな」
潔は花を手に取り、それぞれに分けていく。
渡された花々の種類は、潔にはわからない。だが、どれもがしっとりとした露を帯びており、まだ今朝摘んだばかりのように新鮮だった。 - 26二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 18:43:08
朝食の後、潔は自然と後片付けを手伝っていた。老婆が洗い場で手際よく食器をゆすいでいるのを横目に、皿を拭きながらふと尋ねる。
「……何か、手伝えることありますか?」
老婆はにこにこと笑っていたが、不意に立ち上がると、隣接していた部屋の衣装棚を開けて、たたまれた着物を取り出してきた。
「ほいじゃあ、これを着るとええ」
「え、これ……?」
差し出されたのは、男物の着物だった。しかも一着ではない。次々と取り出されるそれらは、まるで四人分ちょうど用意されていたかのように、どれも彼らの背丈に合いそうだった。
潔は手に取って、ふと目を細める。
(……事前に、俺たちの体格が分かってたみたいだ)
誰にも言わず、黙って胸の内にそれを収めるなり「わかりました」と答えて三人の元に向かう。
浴衣と大体同じ構造だったので、カイザーも着用することができたようだ。
着替えを終えると、畳に置かれた花の籠が再び目に入った。朝食の時に分けたばかりだが、気になって仕方ない。
「この花……なんなんですか?」
老婆は笑った。
「咲祀で供える花じゃよ。あんたらにも、参加して貰う」
「さきまつり……?」
「見ればわかる」
老婆がそう言い終えた、その瞬間だった。 - 27二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 19:15:38
カン――……。
空気を裂いて、鋭い鐘の音が山間に響き渡った。
潔は思わず振り返る。まるで、この村全体に「何かを始める」合図が鳴らされたようだった。
「行くぞ」
老婆は当然のように言い、もう既に戸口に向かって歩き始めていた。だが、潔は思わず声を上げて呼び止める。
「待ってください! ……でも、監獄の人達が迎えに来るかもしれないんです。俺たちは村の入り口で待機を――」
「えー、いいじゃん別に! この霧じゃ時間かかりそうだし、祭りくらい参加してもよくね?」
後ろから、士道が陽気な声で割り込んできた。着物姿のまま、籠を片手にぶら下げている。どうやら籠を勝手に自分のものにしたらしい。
潔は言葉に詰まる。確かに、今朝見た霧の濃さでは、来た道を戻ることなど不可能に近い。ぬかるんだ道で足を滑らせれば、大怪我では済まないだろう。村に来る途中、崖のように切り立ったあの坂を思い出すだけで、背筋が冷たくなる。
「……」
潔は、カイザーと凛の顔を見る。カイザーは相変わらず体調が悪そうで、立っているのもつらそうに見える。凛は無言で、少し険しい顔をしていたが――異論を唱えることはなかった。 - 28二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 19:22:47
潔は昨日のうちに洗って貰ったジャージたちが干してあるのを横目にみながら、新しく与えてもらった着物姿で外に出た。霧は相変わらず濃く、そのうち霧中に溶けて、距離の感覚すら曖昧になるのではと不安になる。
「行くぞえ。最初はこっちじゃ」
老婆がそう言って、花を入れた籠を抱えて立ち上がる。潔たちはそれぞれの手に花束を持ち、互いに顔を見合わせてから無言で頷いた。
霧の中、老婆を先頭にしてぬかるんだ細道を進んでいく。道の端には昔ながらの石灯籠が等間隔で並んでいたが、どれも今は火が入っていない。ただ、うっすらと苔に覆われ、時間の蓄積だけが静かにその存在を語っていた。
「……なあ、音、するよな?」
士道がぽつりと呟いた。霧が音を吸い込んでいるかのように、潔が注意しなければ聞き取れないほどの声だった。
「……足音。俺たち以外に」
士道が目線を合わせ、妙に確信めいて発した言葉に、潔の背筋がぞわりと震えた。咄嗟に振り返ると、いつのまにか後ろには着物に身を包んだ老若男女が潔たちに続いて歩いている。
カイザーも凛も、人の気配に敏感なほうだ。カイザーとはドイツ棟で、凛とは三次選考前の期間で一緒になったため、潔はそれを知っている。だが、このメンバーの中で一番最初に気付いたのは士道だ。 - 29二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 19:32:39
――二人とも、何かおかしい?
潔が凛とカイザーに目線を向ける。
カイザーは歩きながらも、言葉は少ない。時折眉をひそめては、霧の中で何かを探すように目線を巡らせ、左足の付け根に触れていた。微かにだが、その顔色は朝よりも悪い気がする。息を殺すように歩くその姿は、彼の持つ派手さとは裏腹に、妙に静かで影のようだった。
凛はといえば、歩きながら何度か足を止めては、祠に続く小道の周囲を見回していた。何かに気づいたような鋭い視線を時折横に走らせるが、特に何も言わない。その目の奥に、薄氷を踏むような警戒があった。
声を掛けようとしたその時、老婆が足を止めた。
「……ここじゃ」
古びた鳥居のような木の門が、ぽつんと道の脇に立っていた。その先に、小さな祠がある。周囲に柵などはなく、ぽっかりと森の中に咲いた野花のように佇んでいた。
老婆が祠の前に進み、静かに口を開く。
「この咲社には、この花を供えるんじゃ」
潔が手元の花束を見る。いくつか咲いたものを枝木ごと切って来たようだった。老婆は自分用の籠の中に入れていた花を手にし、祠の前に進み出る。後ろから突き刺さる視線に押されるようにして潔がよろめきながら前に出ると、三人とも黙ってついてきた。
「唄うのじゃよ。唄いながら、花を供えるんじゃ」
「えっと……その……」
戸惑う潔の背後から、かすれた声が聞こえてきた。老爺の声だ。彼に合わせるように後ろから、もうひとつ、ふたつと、声が重なってくる。霧に隠れた見えない場所で、皆が同じ旋律を口ずさんでいる。 - 30二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 19:42:31
「……マジで始まった……」
士道がひそひそとつぶやき、一番に花を供えた。
潔もそれに続く。歌詞も旋律もよくわからない。ただ、響く声に合わせるように、喉を震わせた。
凛は一拍遅れて前に出た。目を伏せ、音の流れに耳を澄ませるように一息吸ってから、あえて誰とも合わないタイミングで唇を開く――その声は最小限だったが、逆に異質な静けさを孕んでいた。
「はなはらり るるはらり
よどの りゅうせき のぞけきは
るかのあせびが めぶきしよるに
かのひだりあし さくはなのやしろ
はなはらり るるはらり」
「……えっ?」
潔は思わず目を瞬いた。初めて聞く唄をそこまで完璧に歌えるのは、凛の能力だけでは説明がつかない。しかし、潔のことなどまるで気にせず、凛はさっさと下がってしまった。
残るカイザーはというと、花を供えるその瞬間ふと手を止めた。そして祠の奥を一瞥し、かすかに顔をしかめる。
「……臭うな」
誰に言うでもなく、そう呟いたその声は霧に沈んでいった。潔にはその言葉が、ただ匂いの話だけではないように聞こえてしまい、指先が震える。
祠の中からふわりと――花の香りとは違う、湿った嫌な匂いが立ち上ったような気がした。 - 31二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 19:45:41
また建ててくれて嬉しい、前の消えちゃったの悲しかったから
- 32二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 20:00:11
「……次は、向こうじゃ」
老婆は何事もなかったように振り返り、再び歩き出す。
後に残った祠の中で、何かが微かにきしむ音がしたような気がして、潔は思わず足を早めた。
二つ目の咲社は、先ほどの咲社から北東に進んだ沢沿いにぽっかりと開けた小さな空間にあった。足元はぬかるみ、ところどころに踏み石が浮かんでいる。老婆は迷いなく進み、濡れた石を器用に渡っていく。
道中、カイザーは右足を少し引きずるように歩いていた。さきほどより表情は険しく、何度か足を止めては眉をひそめていたが、何も言わない。潔はちらりと視線を送ったが、声は掛けられなかった。
「……着いたぞえ」
老婆が振り返った先に、小さな祠が佇んでいた。先程と殆ど外観は変わらない、こちらは祠の屋根が濡れており、腐食が進んでいるようだった。
「この咲社には、これを供えるんじゃ」
潔は目を落とした。自分が持っているのは枝についた花だ。
「これ……シキミだな? シキミには毒性があるだろ」
「だから、ここは水がある。ほれ」
老婆が示したのは手水舎のような場所であり、その中に色とりどりの花々が浮いている。その中に樒はない、当たり前だが、潔は安堵に息を吐いた。だが、毒物を持っていると思うと落ち着かないので、とっとと供えてしまいたいと視線を巡らせるが、老婆は穏やかに微笑むだけだった。
「唄うのじゃよ」
老婆の声が、また静かに響く。だが、今回は後ろの村人たちが唄い出すより早く、凛が前に出ていった。
凛は足元の石に一度足をかけてから、一気に祠の前に出る。それから息を吸い込むと、村人たちには聞こえないほど小さい声で歌い出した。
「はなはらり るるはらり
よどの りゅうせき のぞけきは
るかのひめしゃら さきしよるに
かのみぎあしは さくはなのやしろ
はなはらり るるはらり」
その旋律を聞いて、潔は違和感に首を傾げた。大体あっているのだが、皆が歌う歌詞とは違うのだ。 - 33二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 20:52:03
カイザーは、最後に花を供えたあと、祠の木板を見つめていた。潔が気にかけて覗いてみると、そこには、先程の祠で供えた花によく似た紋様が彫り込まれている。カイザーの視線がその紋から自分の右足へと移った。
「次は?」
老婆は返事をしない。花手水で手を洗った後、森の奥へと足を踏み出した。その一連の動作を倣い、四人は無言で老婆に続く。
潔達の後ろに、行列が続いていた。
老婆が「次はこっちじゃ」と短く告げるたび、潔たちはその背に続いて歩き出した。
次に進んだのは、竹林の細道だった。足元には湿った落ち葉が散らばり、時折ぬかるみに足を取られそうになる。木々の隙間からは、わずかに陽の光が差している。だが、霧がまだ濃く漂っており、その光すら白んで見えた。
しばらく歩いた先で、ぽっかりと開けた小さな平地に出た。そこは、低い土塀にぐるりと囲まれている。中央にぽつんと佇む祠は、今までの咲社と比べて苔むしており、どこか落ち着いた空気を纏っていた。いや、落ち着きすぎている。虫の羽音すらないこの空間に、潔は逆に肌を粟立たせた。
凛はここで「るかのしきみが かおりしよるに かのひだりうで さくはなのやしろ」とうたった。
その唄が終わるころ、祠に寄って紋を確認したカイザーが、ごく小さく鼻を鳴らした。やはりあった――ここにも、村人が供える花とは違う、シキミの紋が刻まれていた。 - 34二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 21:03:28
言われるがままに歌い、花を供えながら、祠の紋と凛の唄の合致を確かめる。誰も言葉にはしない。だが、それぞれの表情に、わずかに緊張と疑念が走っていた。
村人は供える花と同じ唄を歌っている。凛が歌うのは、それと一致しない唄だ。
凛は何も言わない。士道も、そしてカイザーも――祠に供えながら、何かを読み取るように目線を走らせる。もう、潔だけが疑問を持っているわけではなかった。
さらに道を進み、四つ目の咲社で凛が「るかのやまぶき しおれしよるに かのみぎうでは さくはなのやしろ」と歌い、そこにヤマブキの紋があるのを確認し、全員が険しい顔で老婆についていくうち、やがて霧が薄れ始めた。
その向こう、小高い丘の上に最後の咲社があった。木々の切れ間にぽっかりと空いた空の下、黒ずんだ祠がひとつ。前にはさびた鏡が置かれていた。
凛はそこで「るかのくちなし ちりしよるに かのずがいは さくはなのやしろ」とうたった。
唄い終えると、老婆は脇に身を引き、代わるように村人たちが祠へ進む。まるで決められた順番のように、誰もが迷いなく花を供えていく。
この人数からして、村はそう大きくないのだろう。それでも、供えられていく花の数は圧巻だった。次第に、祠の足元は花で見えなくなっていく。
潔は、そこでようやくカイザーの異変に気づいた。
「おい、カイザー! 大丈夫かよ?」
カイザーは喉を押さえていた。顔にはびっしりと冷や汗が浮かび、まるで自分で喉を締めているような有様である。
「……クソ余計なお世話……」
かすれるような声でそれだけ言い残し、カイザーは目を逸らすように背を向けた。
どこかで休ませてやれないだろうかと、潔が老婆の方を振り返ろうとした、そのときだった。 - 35二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 21:18:24
カン――……。
霧の奥から、金属を叩く音が微かに響いた。
朝にも聞いた、あの鐘の音。だが今回はどこか、耳の奥を打つように重たかった。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、士道の声だった。
「この鐘ってさ、どこで鳴ってんの?」
誰にというわけでもない問いだったが、老婆が振り返り、わずかに口元を緩めた。
「よう気づいたの。鐘守は、鐘楼におる。……案内してやろう」
そう言うなり、老婆はゆっくりと歩き出した。
誰も口を開かない。ただ、無言のまま、列はその後をついていく。
木々の合間を縫うようにして傾斜を登っていくうち、夕日が霧の合間から全員を照らしていた。しかし、声を出せば何かに届いてしまいそうな静寂が森の奥に満ちており、声を出すのも憚られる。
しばらく歩いていると、不意に視界が開けた。
高台のようになっている小高い丘の上、木々の切れ間に、異様な存在感を放つ岩が一つ。
「あれが……おさえの鐘じゃ」
老婆の指す先、白い紙が無数に張られた社。その中央に、青銅の鐘――梵鐘があった。巨大なそれの脇には巨大な撞木が存在感を放っている。
鐘の周囲には、すでに幾人かの村人がいた。誰もが、無言でその鐘を見つめている。
やがて、顔を隠すように布を被った男が歩み出てきて、撞木を思い切り引いた。
カン――……。
その音は、空気を割るようにして広がっていった。 - 36二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 21:29:30
潔は無意識に息を詰める。近くで聞くと、まるで耳が麻痺して迷子になってしまうように思えたからだ。鐘が再び鳴らされてから、老婆は何も言わずに歩き出した。周囲にいた村人たちも、まるで合図を待っていたかのように、その後を無言でついていく。
潔達も置いて行かれないように、老婆のまがった背中を追いかけていくと、しばらく歩いた先、森の中にぽつん、ぽつんと緑の光が灯っていた。
霧の中で灯るそれは、提灯――だが、普通の灯火とは違う。一定の間隔で、その灯りが付いていたり消えていたりするのだ。
「……消えてるのがあるが、点けなくていいのか」
「これでいいんです。全部ついちゃいるんですがね、どうしてもこうなっちまうんですよ」
老婆の要領を得ない説明に、凛はかすかに眉根を寄せた。カイザーはその提灯の配列を辿るように、指先で手の甲を叩いている。
提灯はまるで迎え火のように、霧の中で進むべき道を示していた。潔たちは、ただその光の列を辿るように歩くより他ない。
やがて開けた空間に出た。そこには、神社の本殿に似た建造物があり、それの前には、大きなかまどと、賽銭箱よろしくまるで何かを「乗せる」ために造られた台座があった。
その上には、まるで新品のような輝きを放つ、金色の神楽鈴が置かれている。
潔は、なぜかそれが重要なものだと直感した。 - 37二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 21:46:36
そこで、空がわずかに茜に染まり、霧をオレンジ色に染め上げる。
緑色と混ざって、セピア色が村を包んだ。お互いの顔ですらまるで幽霊のように見えるのだから、光の効果とは不思議である。
「さきまつりとやらは終わったのか?」
カイザーの問い掛けに、老婆はこくりと頷いた。
「終わって、陽が落ちる前に家に戻る。そこでようやくおしまいになるんじゃよ」
「じゃあ……俺達って、また泊まらせて貰うんですか……?」
老婆がこくりと頷いたので、潔は不気味さに唇を引き結んだ。昨晩はまだよかったものの、一日かけてこんな祭りに参加させられて、その上でまた泊まりだなんて。監獄からの迎えはまだなのかと思うものの、夜もさしかかろう時間帯に来てくれる望みは薄い。
「じゃあ案内しろよ、婆さん。霧がまた出て来たじゃん」
傲岸に言う士道は何も気にしていない様子だった。確かに、霧がまた深くなってきている。早く戻らないと日も暮れそうだ。
老婆はこっくり頷いて、四人を案内するべく歩を進める。
そこで、その大きなかまどに火が入れられた。ごうっと燃え上がるそれは不思議なことに、提灯と同じ緑色の炎なのである。
「炎色反応か?」
「緑の炎の炎色反応ってなんだっけ……」
「銅だ。勉強やり直せ」
潔はもう一度緑色の提灯を見たとことで、気が付く。昨日見た七十五膳がずらりとはこびこまれているのだ。赤飯だったり、甘酒だったりと多種多少で、本当に祭りなのだと実感する。
「おい、世一」
「あ、うん」
冷や汗が幾分か引いた様子のカイザーに苛立ったように声を掛けられ、潔は老婆の家に向かうのだった。 - 38二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:00:26
老婆の家に戻る頃には、空の色はすっかり褪せていた。
夕暮れの気配と霧の混ざる色合いは、まるで現実と夢の境界を曖昧にしているようだった。帰り道を照らす緑色の提灯はまだぼんやりと灯っていて、遠くから見ると、あたかも村そのものが光の籠の中に閉じ込められているかのようにも見えた。
老婆の家に辿り着くと、玄関先で彼女はぱたぱたと手を払うようにして笑いながら言った。
「おかえり。いまから夕餉の支度をするから、そこらで少し待っておくれな」
そう言って、台所へと下がっていく。囲炉裏には火が入ったままで、潔たちのジャージはその火によって乾いたようだった。薄暗い畳の間に奇妙な色合いの光がぼんやりと差す中、各々でジャージを回収する。
しばしの沈黙。
「……でさ、何がどうなってんの?」
士道が、ぽつりと口を開いた。ジャージを抱えたまま背伸びをし、いつもの調子でありながらも、その目はどこか真剣だ。
潔は息を吐いて、視線をカイザーと凛に移す。カイザーは黙って床に座り込み、ずっと喉元を押さえていた。凛は柱に背を預けて座り、目を閉じている。
一番最初に口を開いたのはカイザーだった。
「モールス信号」
「え?」
「モールス信号になってた。提灯」
カイザーは持ってきていたカバンの中からメモ帳とボールペンを引っ張り出し、記号を描く。
『・-・・ -・--- ・---・』
「ついてる、きえてる、ついてる、ついてる……これで、カ」
「……空白的に三文字か?」
凛が二文字目に当たるであろう場所を指さし、カイザーの言葉を待つ。カイザーは首をゆっくりさすったあと、短くその言葉を吐き出す。
「カエセ」 - 39二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:14:34
「……何を?」
「分からん。だが、提灯はそれを訴えてるようだな」
カイザーはそう言ってから、片膝を立てて座り込んでしまった。静観していた士道が頭を掻きながらカイザーに目線を向ける。
「お前さあ、リンリンの歌ってた唄通りの箇所が痛んでたんじゃね? 今痛んでんのはどこ?」
「……何を」
「リンリーン、先に唄教えて。つかなんでリンリンは歌えてたワケ? しかもなんかズレてるやつ」
士道の容赦ない気り込みに、凛は深々と溜息を吐いた。
「実家の方で聞いたことがあるんだよ、花の巫女の話。父方の祖母から聞いた話は、こうだ。とある美しい巫女が春になると村の家々を回り、花を配って人々を祝福し、山の方に帰っていく。巫女は村々で起きる問題を解決してくれると評判で、彼女の唄は柔らかく、やさしく、春の風のような音だった。だが、ある時を境に、巫女の姿は見えなくなった。彼女の存在は、その旋律で残していくことにしたのだ――」
凛が鼻歌で歌い出した旋律は、昼に聞いた唄にそっくりだ。静まり返ったメンバーの顔を見渡してから、凛はカイザーに目を向けて言う。
「巫女は、美しい金の髪と、流水のように青い瞳をしていたという」
「――……まさか」
「まさか、だろ。ただ外見が似ているだけにすぎない。俺の血縁だなんてコトは絶対にない」
「だよな、カイザードイツ人だし」
ははは、と空笑が溢れた後、全員が沈黙してカイザーに視線を注いだ。三人分の圧に耐えかねたのか、カイザーが舌打ちをする。
「……左足、右足、左腕、右腕、喉。まわってる最中はこの順番で痛くなった。まるで、身体を裂かれたようにな」 - 40二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:28:30
「……凛、お前が歌ってた唄って……」
凛が溜息を吐いた。それから、カイザーのボールペンをひったくって、まっさらな紙に歌詞の構成を書き出す。
『はなはらり るるはらり
よどの りゅうせき のぞけきは
るかの××が ××しよるに
かの×× さくはなのやしろ
はなはらり るるはらり』
「この××にはそれぞれ、花の名前、花の状態、さっき青薔薇が言った部位のどこかが入る。喉、っつか……正確には頭蓋だがな」
「……地図作らね?」
だしぬけに士道が言った。士道はそのまま凛の手からボールペンをひったくり、またまっさらな紙に丸と文字を描き始める。ど真ん中に「神社?」と書かれた丸を置いてから、左足、右足と配置していく。
「俺達がまわった順路はこう」
士道が矢印を書き加えると、自分達が随分歩かされていたことがよくわかった。途中、あの本殿のような建物を横切っていてもおかしくない筈なのに、まったく気が付きもしなかったのは異様だ。霧で距離感がわからなくなっていたらしい。
「コイツが痛くなった順番とリンリンの歌は完全合致なワケ」
「村人の歌は、あえてずらして歌ってるようだったな。アセビの時にヒメシャラ、ヒメシャラの時にシキミ、という感じで」
「俺は祠の前に立った時、直感でこの歌じゃないと思ったから、正しいと思う歌を歌った。歌詞は自然に頭に溢れて来た」
「頭に溢れて来たって、そんなこと」
「身体が痛んでるヤツに比べたら、俺の異変なんて些事だろ」
潔のツッコミに、凛が鋭くそう返した。士道がひゅうと口笛を吹いて、カイザーが不愉快そうに鼻を鳴らす。 - 41二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:46:39
再び凛が紙に目を落とし、ぽつりと呟いた。
「……この配置、まるで人の身体だな」
その言葉に、潔が息を呑む。地図を見下ろせば、中央に神社? と書かれた丸、その周囲に四肢と頭部の咲社が円を描くように配置されている。まるで何かを囲うように――いや、胴体を取り囲むように。
「頭蓋が南、左足が北東、右足が北西、腕が東西……神社って、胴体か?」
「そう見えるな」
凛が頷く。士道も紙の上に指を滑らせながら言った。
「しかも、順番まで一致してる。コイツが痛んだ順、凛ちゃんの歌の順、全部が中心を避けてまわってた」
「……封印の巡りか」
カイザーの声は低かった。誰にともなく吐き捨てるような口調だったが、確信を帯びている。
「中心にある胴体を封じたまま、他の部位を守って遠ざけておく。それが巡りの意味だったんだろうな」
巡ることで、神を――いや、何かを胴体から遠ざけるための配置。咲社はただの花供えの祠ではなかった。裂かれた五体を祀り、中央の封印を護るための封鎖線だったのだ。
「じゃあ、花のズレも……」
「全部、わざとなんだよ」
凛の声は静かだった。だがその声音には、カイザー同様、明確な確信がある。
「正しい花を供えたら、正しい歌を歌ったら、正しい順番で巡ったら……戻ってくるから」
「胴体に?」
潔の言葉に、凛はうなずきも否定もせず、ただ押し黙る。士道も、カイザーすらも息を呑んで、紙に描かれた地図と唄の断片を見つめたまま黙り込んだ。
巡ることで、封じていた。
違う花、違う唄、それも全部――意図的にずらすことで、中心から遠ざけていた。
「……戻ってきてたら、どうなるんだ?」
潔の問いに、誰も答えられなかった。凛も、カイザーも、士道も、それぞれの表情で何かを噛み殺すように沈黙を守って、思考を巡らせる。
そして。 - 42二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:55:58
続きが気になってたので楽しみ
- 43二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 22:58:04
「おや、どうしたかね」
ふいに戸が静かに開き、老婆がひょっこりと顔を出した。
その声が、空気を裂くように響いた瞬間、誰よりも早く、カイザーが紙とペンを袖の中に滑り込ませた。
士道がわざとらしいほど盛大に咳払いし、潔が咄嗟に日本人スマイルを浮かべて取り繕う。凛はそっぽを向いただけだった。
「いえ、なんでも。話してただけです」
老婆はにこりと笑うと、片手に持ったタオルを四人に差し出す。
「風呂、湧いたよってに。順に入っておくれ。夜は冷えるからのう」
「じゃ、俺行くわ。汗だくでキモいしな」
そう言って老婆からタオルをひったくり、部屋を出ていく士道の背を見送りながら、誰もがしばし動かなかった。この気温で汗をかく理由など、冷や汗以外にあり得ない。老婆は「ご飯はもうちとまってな」と言うが、潔は愛想笑いをすることしかできなかった。
囲炉裏の火が、ぱち、と音を立てる。
さっきまで熱に浮かされたように考察を交わしていた空気が、まるで潮が引いたように静まっていく。
潔はふと、天井を見上げた。外はもうすっかり暮れているらしい。窓の向こうに灯る提灯の光も、さっきまでとは違ってより緑がかって見えた。
「……あの」
「何じゃ?」
「さっきの鈴ってなんですか? 新品みたいでしたけど……」
老婆は暫く考えてから「ああ」と声をあげた。
「あれは鎮めの鈴じゃ。厄災が訪れた時に鳴らすと、脅威を鎮めることができるんじゃと。あれが渡って来たのはいつだったか……わしの婆さんのころじゃったかな」
「えっ!? あんなに新品なのに!?」
「不思議と朽ちないんじゃよ。鳴らせば朽ちるらしいが」
ひょひょ、と笑う老婆が厨に戻る前に、カイザーが「おい」と声を掛ける。
「この村について詳しいコトを知るにはどうしたらいい?」 - 44二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:02:50
老婆は足を止めて、肩を少しだけ揺らす。振り返ったその表情にはどこか影が落ちていた。
「わしから話せることも、話せんこともあるよ。聞く覚悟があるなら、話してもええが――」
「話すって、どんな内容を?」
潔の問いに、老婆は一拍置いて、鍋の蓋を閉じた。
「ヨドヒ様の話じゃ。この村の怨霊、鬼の話しじゃね」
その言葉に、場の空気が少しだけ重くなる。鬼とは物騒な話しだが、そんなものがいるだなんて初耳だ。もしかして、封じられている鬼=ヨドヒ様なのだろうか。士道が首をひねって言う。
「そんなん、噂の域じゃね? それこそさ、もっとちゃんとした書きもんとかねぇの?」
その一言に、潔はふと「村長の家」を思い出す。
あの屋敷には書庫があるようだったと凛が言っていた。そこには、老婆でも知らない記録が眠っているかもしれない。
①老婆の話を聞く
②書庫に行く
③その他(提案次第)
- 45二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:06:56
②書庫に行く
- 46二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 00:26:02
初めて読んでるけど面白いね
続き楽しみにしてる - 47二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 01:01:31
士道の言葉に背を押されるように、潔は凛の方へ目をやる。
凛はそれに気づいたのか、ゆっくりと頷いた。
「……ちょっと、外見てきます」
潔が言うと、老婆は台所に戻ろうとした体勢からひょいと振り向いた。
「なんじゃ、夜の散歩かえ? もう暗うなってきとるぞ」
「さっきの……鈴のことが気になってて。あの時はよく見られなかったから、もう一度だけ、見ておきたいんです」
潔はできるだけ落ち着いた声で言った。
老婆は少しだけ首をかしげたが、すぐに笑って頷いた。
「風邪ひかんようにな。お供え場は冷えるけえ、長居せんようにしなされよ」
「はい、ありがとうございます」
潔と凛は並んで玄関を出た。士道が「気ぃつけろよ〜」と気の抜けた声で見送る中、ふたりは靴を履き、再び濃霧に包まれた村の外へと足を踏み出した。
霧の中を歩きながら、潔がぽつりと呟く。
「……本当は、鈴じゃなくて、書庫を見に行くつもりだ」
「ああ、わかってる」
凛も低く答える。
ふたりの足は、自然と村長の屋敷へ向かっていた。闇に沈みかけた道を、緑の提灯の残光がかすかに照らす。
屋敷に近づく、昼間と同じ手入れの行き届いた品のいい佇まいだ。
だが、今は誰も出迎えず、窓の障子の向こうには灯りもない。
「……行くぞ」
潔が静かに言い、ふたりはそっと引き戸を開けた。
中はやけに静かだった。人が住んでいるとは思えない静けさに、二人は顔を見合わせる。
「……俺たち、さっきここに来た……よな?」
「ああ。……弊もある」
「同じ家なのになんか、雰囲気が違って不気味だ」
「言ってる場合か、行くぞ」 - 48二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 07:47:25
残った二人の方で老婆の話を聞きたいな
- 49二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 10:24:08
畳の軋む音に気を払いながら、ふたりは奥へと進んでいく。
昼間見たはずの廊下も、まるで違う場所のように感じられた。空気が重い。肌にまとわりつく湿気が、ひどく生臭い。
しばらく歩いたところで、凛が足を止めた。ふたりの前にあるはずの襖は、なぜかわずかに開いていた。昼間は閉まっていたはずなのに。
潔がそっと手をかけ、開け放つ。
――書庫の中は、真っ暗だった。
灯りはない。ここには廊下の明かりや夕方の日差しすら届かず、真っ暗だ。窓がないのだ。けれど、誰かが最近までいた気配だけは確かにあった。畳のへこみ、かすかな足跡、紙の擦れる音が耳の奥に残響するような錯覚。
潔はポケットからスマートフォンを取り出し、ライトを点けた。
その光が、棚の一角に積まれた冊子の束を照らす。
「これ……」
潔が近づいて手に取ったのは、カバーのないまま綴じられた紙束だ。墨書きの古文がびっしりと書き込まれていて、ところどころに赤い滲みがある。インクではない、それは――
「……血?」
凛が覗き込んだ時、紙の間から一枚の半紙がひらりと落ちた。
それには、子どもの手で描かれたような、奇妙な図があった。
――人の身体を模したような図。五つの印、花のような模様。
そして、その中心に、黒い塊。
その塊の上に、赤く滲んだ文字でこう書かれていた。
《ヨドヒノメ 胴 此処ニ在リ 見ツカルベカラズ》
息を呑んだ潔が、図の中央を指差す。
「やっぱり……あの神殿みたいなところだ」
「この図、封印の手順なんだろうな。ここでは、正しい位置が示されている」
「じゃあ村の人は知ってるのに知らないふりをしてるってコトか?」
「いや、村長クラスじゃないと知らないのかもしれない」
静寂が戻る。
外では、風のない夜に、どこかで提灯が揺れていた。 - 50二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 14:05:05
潔は、落とした半紙を拾い上げながら言った。
「見ツカルベカラズって、誰に見つかっちゃいけないんだろう」
「さっき聞いた『ヨドヒ様』だろ」
凛が続けようとしたとき、背後の襖がかすかに揺れた。
ふたりは同時に振り向いたが、誰の姿もない。
ただ、襖の向こうに続く廊下の奥で、灯りだけが揺れていた。
「……誰か、いたよな」
「ああ。でも、音がしない。……足音すら」
書庫の空気が、さらに重たくなり、背筋を這うような寒気を感じる。
この屋敷そのものが、ふたりを見ているような錯覚。
「もう戻るか……?」
潔の声に、凛は短く頷いた。
「外ではもう陽が暮れてるかもしれない、早めに戻った方がいいだろ」
だが、ふたりが引き返そうとしたその瞬間、潔の目に書棚の隙間に、何かが差し込まれているのがとまった。
まるで誰かが、掴んで欲しいと願ったように。 - 51二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 15:25:51
「ばばあの家に書きもんはないが……ふむ、話をしてやろう」
カイザーはつまらなさそうに、士道は風呂にいきかけた中途半端な姿勢から部屋に戻って、老婆の話を聞く姿勢を作る。
「むかし、この村は流花の村という、流れる川の不思議な力によって季節に関係なく植物が芽生える村じゃった。そんな平和な村に、外から女が来たんじゃ。そやつは不思議な唄を口ずさみながら歩いて、花を咲かせ、水を呼んだ。不思議な力を持っとったらしい」
カイザーがぴくりと眉を動かした。
「あるとき、大水が出た。それは女……いんや、鬼の仕業じゃということになり、村は鬼を裂いて封印した。すると、川の流れが止まり、水は淀み、村の植物は根腐れを起こして不作になり、人の皮は水分でふやけていった」
「大変じゃん! 水分でふやけるって、風呂上りに手がシワシワになるのの酷い版だろ?」
士道が大声を上げる。先ほどまで風呂に入ろうとしていたからこそ、容易に想像できたのだろう。老婆が困ったように微笑んだ。
「そうじゃな。ちょっと触れれば皮が破け、大変な苦痛を伴ったと聞いておる」
「続けるぞ」と老婆が言い、二人は自然と背筋を伸ばした。
「そこで村人は修験者に助けを求めた。修験者はすぐ鬼の仕業と見抜き、村の者にこう言った。『この村の霊力溢れる花で鬼の五体を封じなさい。荒ぶる神となった鬼を村の外に出さないよう、鬼の唄をかき消す音を鳴らしなさい。鬼の五体は引き合っている。復活を遂げないよう、気を付けなさい』」
「――その五体を封じるのが、昼の祭りか?」
カイザーの声に、老婆はこっくりと頷いた。士道の表情は抜け落ちている。
「左様。一年に一度、ああして昼に封じを強め、夜はヨドヒ様の意識が彷徨い、身体探しをする。夜明けまでに諦めるよう誘導するんじゃ。じゃから、鐘が鳴り始めたら、外に出てはならん。ヨドヒ様に見つかってしまう」
士道はふっと、もう落ちそうに傾いた夕陽を見つめた。
「――無事に帰ってくるといいけど」 - 52二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 16:23:40
玄関の戸をそっと閉めて、潔と凛は家の中へ戻った。
夕暮れはとうに過ぎ、家の中はすっかり夜の気配に包まれている。
畳敷きの居間にはカイザーの姿だけがあった。
奥からは、味噌と出汁の混じった匂い。台所で、老婆が夕餉の支度をしているらしい。
脱衣所の戸は少し開いていて、水音の代わりに、士道の歌う鼻歌が微かに聞こえた。
「……間に合ってよかったな」
「どーゆー意味だよ」
潔がカイザーに問いかけた時。
カン――……。
深く、腹の底に響く音が、村じゅうに鳴り渡った。
たった一打で、家全体がわずかに軋む。
空気が変わる。いや、空気だけじゃない。何か、もっと根源的なものが、今、越えられたような感覚。
「こっちはあの婆さんに話を聞いていたトコだ。お前たち、もう少しで鬼の意識とやらに見つかるトコだったらしいぞ」
「は? 鬼? なんだそれ」
カイザーが掻い摘んで語る話に、潔と凛は顔を見合わせる。
「……ヨドヒ様って、ヨドヒノメのコトか?」
「なんだ、ヨドヒノメって。お前ら、鈴を見に行ってきた先で何か見つけたのか?」
情報共有する?しない?
- 53二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 16:24:34
する
- 54二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 16:39:40
ドキドキ…
- 55二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 17:03:37
「……見つけたよ」
潔がそう答えたのは、ほんの少しの沈黙のあとだった。
凛が横目でこちらを見たが、何も言わなかった。反対はしない、という合図だった。
「鈴を見に行くって言ったのは嘘だ。本当は……村長の屋敷の書庫を探ってたんだ」
言いながら、潔は着物のふところから古びた紙を取り出した。ページの端が擦れ、赤茶けた滲みがあるそれを、畳の上に置く。凛が老婆の様子をうかがうために位置取りを変えた。
「書庫にあったんだ。……咲祀じゃなくて、裂祀、咲社じゃなくて、裂社」
「……おい、日本語の、しかも古い文体であろうモノを俺に読めと?」
「あっ、そうか、ごめん」
潔は静かに語りだした。
「昔、この村は流花の村と呼ばれる、美しい村だった――」 - 56二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 17:12:04
むかしむかし、あるところに。流花(るか)の村という、美しい村がありました。
その村では霊力に満ちた川のお蔭で豊作が約束され、季節に関わりなく様々な種類の植物が育っていました。
ある日、村を土石流が襲いました。村人は無事だったものの、川の流れが土砂によって止まってしまったのです。
そんなところに、村に花を司る美しい巫女がやってきました。村人は彼女に助けを求めました。
しかし、巫女でも土砂を取り除くことはできず、村人は池となってしまった川を前に、彼女を人柱にすることに決めました。生贄により、神の怒りを除こうとしたのです。
村人の思惑に反し、村には厄災が訪れました。地面はぬかるみ、植物は根腐れを起こし、池は淀み、人は水分でふやけて肥っていったのです。
村人は通りすがった修験者に助けを求めました。しかし、修験者はこれは既に手に負えない呪いだと言いました。
「呪いの根本的解決にはならないが、生贄となった彼女を封印し、祀ることで、やり過ごすことはできるでしょう」
修験者が言うに、この村の花には霊力があるとのことでした。しかし、それは微量のもの。一社につき一種類の花の願いを織り込んで作るしかありません。村人は、仕方なく彼女の五体を裂きました。そうして、頭蓋と四肢をそれぞれの社に封じたのです。
しかし、村人は胴体の処遇に困りました。胴体は力が一番強く、どの花でも抑えこめなかったからです。 - 57二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 17:15:11
修験者は言いました。
「封印した彼女の意識を、年に一夜、自由にするという縛りを結びましょう。その一日さえ乗り切れば、反動で彼女の意識は薄くなる」
村人は言いました。
「しかし、自由にしてしまえば、我々はその一夜に殺されてしまうのではないですか?」
「五体の位置を誤認させるのです。五つの社をヒトが正しい作法で巡れば封印が解けるように――誰でも封印を解けるようにして、危険度を上げたその反動で、胴体を封じられます。彼女からは正しい作法が分からないように秘匿すればいいのです」
村人は賛同し、胴体を五つの社の中心――中央御座に祀りました。
「何かあった時のために、この鈴を置いていきましょう。しかし、気を付けて。村中に響き渡ったこの音で彼女は一時的に麻痺するでしょうが、その後は怒り狂って襲ってくるでしょう。彼女の麻痺がとける前に、全ての身体が元に戻る前に、封印を元に戻すのです」
「しかし修験者様、もはや間に合わない場合はどうしたらよいのでしょう」
修験者はこう言いました。
「生贄を捧げて再度封印を行うしかありません。最も彼女に共鳴している人間を生贄に、生きたまま五体を裂くことで、封印の重ね掛けを行うのです」
五つの社は裂社、封印の儀式を裂祀と呼び、村人は毎年欠かさず行うことを誓いました。
村は淀村と呼ばれるようになり、池は不気味な霧を発するようになりました。
しかし、いつの日か、美しい流花の村が戻ってくることを、村人は信じているのです。 - 58二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 18:38:43
「この『彼女』の名前は、ヨドヒノメと言うらしい。花の巫女だったころの名前じゃないだろうけど……」
「それを短くして『ヨドヒ様』か」
凛が視線を向けないままぼそりと呟く。
「この話にはなかったが、他にもあの鐘について面白いことがわかった」
「うん。ヨドヒノメは音で封じてるらしい。夜の間、鐘を鳴らし続けることで、決められたルート以外にいかないようにしてるらしい。その鐘を鳴らしている一族は、巫女を殺した一族なんだって」
「……ここでも罪を押し付けてるのか、くだらん」
カイザーが吐き捨てるように言った。潔もまったく同感だったため返事はしなかったが、紙片をもう一度手に取る。
「これは、花の巫女の祝詞みたい、なんだけど……」
「クソボロボロなせいで文字になってないな」
「そーゆーコト。凛にも読めないって言うから、俺も諦めちゃった」
潔がそれを懐にしまったところで、台所のほうから老婆が顔を出す。
「ごはんじゃよ~、冷めるけぇ、はよぉ取りにおいで~」
全員がそちらに顔を向ける。まるで話の切れ目を狙ったようなそれに思うところはあったものの、今できることはない。
「お? メシ? 食う食う!」
ちょうど風呂から戻って来たらしい士道がタオルで頭を拭きながら現れた。一応浴衣は着ているものの、既に盛大に着崩している。
潔は自分の腹がぐうと鳴るのを聞いて、後頭部をかいた。
「……取りあえずご飯とりにいこうぜ。お婆さんだけで運んでもらうのも、だろ」
凛とカイザーの溜息を聞きながら、台所に向かって歩く。既に歩いて行った士道が仲良さげに老婆と話している様子が朗らかで、逆に不気味だ。
「……」
カイザーがぽつりと何かを呟いたものの、その声は潔の耳に入る前にかき消された。 - 59二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 18:44:17
食事を終え、全員が箸を置いたころには、囲炉裏の火もすっかり落ちていた。
潔は食事の後片付けを手伝おうと申し出たが、老婆はにこにこと首を振る。
「よかよか。客人にそんなこと、させられんよ」
「でも……」
「ええから、もう布団も敷いとるけえ。歯ぁ磨いたら寝てしもうてかまわんよ」
老婆の動きに無駄はなく、まるで最初からその流れが決まっていたかのように見えた。
浴衣のまま、干されていたジャージを回収し、全員で寝間へと戻る。
すると、見覚えのある四組の布団が、まるで昨日と同じように整えられていた。
あまりにも自然に、あまりにも早すぎるその準備に、誰も口には出さなかったものの、少なからず胸に引っかかるものがあった。
それでも、身体は疲れていた。
崩れた緊張を布団に沈めながら、誰ともなく横になっていく。
青い監獄の最初期を思い起こさせる距離感。
妙に安心する配置。凛は窓際、潔はその隣。士道は隅っこで丸まり、カイザーはわずかに距離を置いて寝転がった。
火は小さく絞られ、灯りは蝋燭がひとつ、ほのかに揺れているだけ。
村の夜は、あまりにも静かだった。
まるで誰かが、息を潜めて様子をうかがっているような――そんな静けさ。
鐘の音が等間隔で鳴り響く中、いつの間にか眠っていたらしい。
潔は、かすかな衣擦れの音で目を覚ました。
起き出したのは
①士道
②凛
③カイザー
- 60二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 18:46:27
③カイザー
- 61二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 19:29:26
大きな欠伸を噛み殺しきれずに寝返りを打って、そこでぎょっとする。その人物はジャージに着替え、今まさにスマートフォンを手に取って襖をあけようとしていたからだ。
「……カイザー?」
囁くように声をかけると、動きが止まった。だが、振り返ったカイザーの目は、いつもの鋭さとも違う、まるで深い水底に引き込まれそうな、鈍い光を湛えていた。
「起こしたか?」
カイザーは片頬を上げるようにして小さく笑った。けれど、その声音には熱がない。寝癖すらついていない髪を無造作にかき上げながら、もう片方の手で襖をそろりと開ける。
「……どこ行くんだよ。外、出ちゃダメって……」
「風を吸いたくなっただけだ。……すぐ戻る」
そう言って、夜の静けさの中にカイザーの姿が溶けていく。潔は追いかけようと体を起こしかけたが、不意に胸を圧迫するような不安に襟首を掴まれるような感覚を覚えた。嫌な予感というより、行ってはいけないという確信に近い。
襖の向こう、縁側の先には、まったく風もないはずの夜が広がっていた。だというのに、カイザーの後ろ髪だけがふわりと揺れていたのが、妙に記憶に残る。
咲社へと続く小道の先、影がひとつ、静かにこちらを振り返った。
――誰だ、あれは。
まるでカイザー自身が誰かに引かれるようにして歩みを進めている。彼の足元に広がる道には、花びらがひとつ、またひとつ、音もなく舞い落ちていた。
①凛を起こす
②士道を起こす
③ひとりで後を追う
④追わずに寝直す
- 62二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 19:43:05
①!
- 63二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 19:53:19
潔は布団の上で、しばらく動けずにいた。
襖の向こうに消えていったカイザーの背。あの目の奥にあったのは、鋭さでも怒りでもなかった。もっと冷たく、深い水底のような、沈んだ光――。
嫌な予感が、胸を圧迫する。このまま見過ごしていいことじゃない。だが、ひとりでは踏み込めない。いや――踏み込むべきではない。
潔は寝具を蹴って立ち上がり、凛の肩に手を伸ばした。
「……凛、起きて。ちょっと、ヤバいかもしれない」
凛はすぐに目を開けた。眠っていたようには見えなかった。あるいは、最初から目を閉じていただけか。
「……カイザー、出ていった」
「やっぱりかよ」
凛が低く呟く。
「さっき、唄が聞こえた気がして……起きてた」
そう言いながら凛は布団を抜け出し、手早く浴衣を脱ぎ払う。潔も隣に畳んで置いておいたジャージに袖を通した。それから、最低限の荷物――といっても潔はスマートフォンだけだが――を手にしたところで、思わず問いかけた。
「なあ、あいつ……どうなってるんだろう? あいつ、目がなんかおかしくて……」
凛はしばらく黙っていたが、やがてひとつ鼻を鳴らした。
「知るか。だが、あいつは最初から変だった」 - 64二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 19:55:04
言うなり立ち上がった凛は、鼻から溜息を抜いて緑色の提灯が齎す光を見た。おかげで光源は確保されている。
二人でそろりと外に出て見ると、夜の冷えた空気が冷たく肌を苛んだ。鐘はまだ鳴り続けている。
不自然なほどぐっすり眠りこけた士道を置き去りに、二人は静かに家を出て、咲社のある方角へと向かった。 - 65二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 20:06:08
潔と凛は、村の小道を踏みしめながら駆けていた。湿った空気に満ちた夜道、月も星もなく、頼りになるのは提灯の淡い光だけだ。
「まずはこっち……たしか、左足……」
潔の声に、凛が頷く。そうして走っていると、昼と変わらずぽっかりと咲いた小さな祠が見えてくる。ここは左足の咲社だ。
昼に供えられていたヒメシャラは、馬酔木に変わっている。
「正したのか」
潔が唾をのみ、凛の目が鋭く細められた。
「それって……」
「この状況で誰かわからねぇとかぬかすなよ」
凛はそう吐き捨ててその場を後にしようとするが、祠の中からふわりと甘い花の香りが漂い、どこからともなく何かを引き摺るような音がしたことで、一度足を止めた。
「これ、」
「緩んだんだろうな」
おそらく、封印が。言われずともそれくらいは潔にも理解できた。そのまま、ふたりは右足、左腕、右腕と、順に祠を巡る。そのどれにも全て昼間気が付いた紋通りの花が供えられていた。 - 66二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 20:13:39
供えられたヒメシャラの周りに散らばる、右足だけの足跡。左腕の祠では誰かに左腕を掴まれたような痛みを感じ、右腕の祠では風もないのに布がひらめいた。
「全部……正しい花……」
潔が立ち止まり、震える声で言う。埋もれるほどあった花がきれいさっぱり入れ替わっているのを確認した凛が、口を開いた。
「なんで、封印を緩めたんだと思う?」
「え?」
「クソ薔薇に封印を緩める理由は無い筈だ。妙なことに巻き込まれたくなけりゃ、寝てたらいいだけだ」
低い声で呟くように言うその横顔には、確かな緊張が浮かんでいる。どんどん冷え込んでいくように思える外の気温に、潔は思わず身震いした。
「……だったら、凛だって。なんで起きてたんだよ。唄って、なんなんだよ」
今気が付いたが、提灯は順路ではなく、それぞれの裂社から中央御座に向けて集まるようにして張り巡らされていたのだ。あたかも、五体に巡る血管のように。
ヨドヒノメの身体が、脈打つように、灯りが揺れる。
凛は答えない。
「凛」
「なんだ」
最後の社――頭蓋、クチナシの祠へ向かう途中で、潔は凛を振り向いた。
「全員欠けずに戻る。俺はまだ、サッカーがしたい」
凛の目が僅かに見開かれ、そして視線が外れる。潔よりも高い身長が脇を通り抜けていった。
「当たり前のコト言うな」
そこからは無言だった。黙々と提灯を辿る事で、闇の中でも祠へたどり着くことができる。 - 67二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 20:31:53
祠の前にはカイザーの姿があった。
まるで雪のように降り積もるクチナシで埋め尽くされた地に立ち尽くし、真っ二つに割れた鏡を呆然と見下ろしている。
「カイザー!」
潔が叫ぶ。だが、返事はない。
カイザーは、焦点の合わない瞳でただ前を見つめていた。その顔は、表情というものが抜け落ちた、がらんどうの仮面だった。
「おいカイザー……!!」
潔が一歩、駆け寄ろうとしたその瞬間。凛が鋭く腕を掴んだ。
「後ろ」
短いその一言に、潔は戦慄した。
社の奥。闇に溶けるように、何かが立っていた。
輪郭はない。ただ、そこに『いる』という圧。
目を逸らせば見失い、凝視すれば引き込まれるような存在――。
凛の手が、震えていた。あの凛が、恐れている。
言葉はいらなかった。あれはもう、見てはいけないものだ。
「待ってる」
カイザーがぽつりとつぶやく。
「ずっと探してたんだ、何かを……」
カイザーは、それに向かって、一歩ずつ近づいていこうとしていた。
――止めなきゃ。
①カイザーに駆け寄る
②中央御座に走る
- 68二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 20:56:27
②中央御座に走る
- 69二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 21:16:28
「凛、行くぞ!」
潔は叫んで駆け出す。
目的地は一つ、中央御座。ヨドヒノメが五体を見つけ、更に胴体を見つけに行くのなら、中央御座だ。ヨドヒノメより先にたどり着いて、鈴を鳴らさないといけない。今はそれしかわからないし、できることはそれだけだと思った。
足元で泥と絡みあったクチナシの花弁を蹴散らし、提灯が泳ぐように風に揺れる中、カエセと訴える光をなぞるように走る。凛がすぐ後ろを追い、足音が少し遅れて響いた。後方からは何かが――誰かが――静かについてきている。
だが、振り返ってはいけない。振り返った瞬間、取り込まれる。
潔の第六感が、そう警鐘を鳴らしていた。
頭の中で地図を思い浮かべながら、まっすぐ北へ。霧をかき分け、汗でぬるつく手を握り閉め、泥をはね上げひたすら走る。
視界が一気に開け、中央御座の前に出た。
緑に染まった空間の中、不気味に輝く神楽鈴が台座の上に静かに置かれている。その台座の奥、御座の扉はあけ放たれている。
扉を開けていたのは、ジャージ姿の士道だった。 - 70二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 21:28:21
「何してんだ士道!」
「何って、ヨドヒ様が言ってんだよ。全部壊してくれって! サイッコーじゃん! でもさあ、ここに胴体があるって教えてやんねぇとじゃん? だから青薔薇を泳がせて、俺はここを示しにきたってワケ」
「……潔、鈴を鳴らせ」
凛が囁く。潔が鈴に手を伸ばそうとしたとき、士道の蹴りが眼前を掠めた。凛が首根っこを掴んでくれていなければ、今頃頭がボールのように吹き飛んでいただろう。
「やらせねーよ? 俺、超破壊者モード♪」
「こんなコトして何になる」
「リンリンにだって聞こえてんだろ? あー、歌? だっけ。胴体にもあんだろ、多分」
凛が喉を震わせた。掠れた声で、旋律が響く。
「はなはらり るるはらり
よどの りゅうせき のぞけきは
るかのはなのなき ちにまいしよるに
かのむねはらは ちゅうおうにあり
はなはらり るるはらり」
「血に舞いし夜に! やっぱし流血いっとく?」
ハイになっているのか、士道が高らかに笑った。潔は助けを求めるように視線を巡らせるが、一定間隔で鳴り続ける鐘の音以外、何も音がしない。村人は出て来ない、ヨドヒノメはもう迫ってくるだろう。
士道を倒すか、かいくぐって鈴を鳴らすしかない。
>>73 まで、「士道」か「潔」か「凛」の名前を宣言してdice1d100=85 (85)を振ってもらう。
それぞれの合計値の結果によって結末が変化。
スレ主が一番最初に振ります。
士道
dice1d100=
- 71二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 21:35:49
潔
dice1d100=74 (74)
- 72二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 21:57:09
凛
dice1d100=24 (24)
- 73二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 22:02:53
- 74二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 22:14:33
潔=74
凛=24
士道=85+46で131(失敗してるけどダイス出てるので合算します)
悠長にしている時間はない。後ろから迫っている。確かにわかる。鼓膜の奥が軋む感覚と、霧に飲まれたような耳鳴り。あれがここに来れば、もう終わりだ。潔は唇を噛む。
士道が台座を挟んだ向こう側に立ち、神楽鈴を押さえつける。凛が舌打ちした。
「バカかお前は」
「バカでーす! 楽しいからいいじゃん?」
士道の目は、正気の色を残していなかった。あれは、ヨドヒノメの呼び声に応じてしまった目だ。
凛が一歩前に出て、腰を落とす。
「駆除してやるよ、ピンク虫」
「およよ? 俺害虫扱い? 超イラつく♪」
士道は片手を台座に置いて神楽鈴を押さえつけたまま、足を軽やかに振り上げて凛に踵落としをきめようと足を振る。脳天を割りかねないその一撃を、凛は紙一重で避けてから、顔面に向けて拳を繰り出す。が、決まらない。士道が回避行動を行ったからだ。
つまり、重心は台座に置かれた手ではなく、足にある。潔は士道の視線から、ほんの一瞬でも外れたすきに――超越視界を使って、士道の虚をつき、台座に隠れて士道の視界から逃げながら、神楽鈴を―― - 75二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 22:31:38
「見えてんだよ、バーカ」
不意に振り返った士道の踵が、潔の腹を正確に撃ち抜いた。
「――ッぐ!」
潔の身体が吹き飛ぶ。
脇腹に鋭い痛み。地面に投げ出された拍子に、背中を打ちつける。
息が、出ない。
「残念無念また来年♪」
歌うような士道の声が耳に届く。視界が滲む中、かろうじて見えた。
――彼の足が、叩き落とされた神楽鈴の上に乗っている。
凛が再び殴りかかるが、士道はそれを笑いながら受け流す。
次の瞬間。
パキィン――
甲高い音がした。
金属の、悲鳴のような音。
潔の視線の先で、士道が踏み抜いた鈴が砕けた。
光沢を帯びていた神楽鈴は、瞬く間にひび割れ、崩れていく。
砕けた破片は、花びらのように、ゆっくりと宙を舞いながら落ちていった。 - 76二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 22:53:07
凛が動きを止める。士道の表情からも、笑みがふっと消えた。
それは、空気が――何か、決定的に変わったからだった。
提灯が一斉に、中央御座の方向へと揺れる。まるで風のない夜に、何か巨大な存在が通った余波のように。
潔は、倒れたまま顔を上げた。
南の方から、何かがやってくる。
音はない。
ただ、光が歪む。視界が濁る。
存在そのものが空間の密度を変えていくような、おぞましく質量のある静寂が、こちらに迫ってくる。
――あれが、ヨドヒノメだ。
潔は直感した。
ヨドヒノメは、胴体が祀られた中央御座へと、まっすぐに進んでいる。
それを、誰も止められない。
凛は一歩も動けず、士道は硬直したまま、呆然とその姿を見つめていた。
あけ放たれた中央御座の中にその静寂が入っていくのを、三人が呆然と眺めている。
「逃げろ!」
凛が叫んだ。 - 77二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 22:54:53
①北東(左足の裂社のほう)に逃げる
②南(頭蓋の裂社のほう)に逃げる
上記選択に加えて
A.士道を連れて行く
B.凛を連れて行く
C.二人とも連れて行く
D.一人で行く
これも組み合わせてください。
例)①A
- 78二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:34:45
②Cで
- 79二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:41:04
このレスは削除されています
- 80二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:51:35
読み返してきたけどどっちが良いのか全然わからず…
もうバッドエンドかと思ってたけどワンチャンあるのか…? - 81二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 00:06:21
カイザー頭蓋の裂社にいた気がするんだがどうだ…
- 82二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 00:17:55
「逃げねぇよ! カイザーを助ける! 全員で行くぞ!」
その声に、凛と士道が同時に目を見開く。
ますます深まる霧が揺れる中、潔はよろけながらも立ち上がった。
「は? お前、正気かよ……」
凛があっけにとられた顔をしたが、中央御座からぶわりと吹き付けた風に眉を寄せた。腐った花の香りが五方向から押し寄せ、潔は思わず眉を寄せた。
「ヨドヒ様は復活したらまず鐘守から殺すってさ! だから余裕はあるんじゃん?」
「は? なんでそんなこと……」
潔が息を呑む。
士道はニヤリと笑って、こめかみをトン、と指先で叩いた。
「聞こえてんだよ。あいつの声が。……なあ、やばくね? 最高だろ?」
霧の中、ふざけたような声音とは裏腹に、士道の目にはどこか焦燥が滲んでいる。
潔は思った。もしかして――この壊れたテンションは、恐怖の裏返しなんじゃないか。
「バカめ」
凛がぼそりと呟いたあと、潔の隣に並ぶ。
「いいじゃん、バカトリオ出陣♪」
「鈴を破壊しやがったバカと一緒にするな」
「でもリンリンだって封印に思うトコあったじゃん?」
「時間、ないだろ」
潔が言うと、二人はにらみ合いをやめて潔の隣に並んだ。霧の奥、南の方向を向く。
「全員で、終わらせよう」
潔の声に、ふたりは頷き、三人そろって地面を蹴った。 - 83二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 07:54:27
これ士道も金髪影響でそこそこ共鳴してたんかな
- 84二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 10:06:16
ぬかるんだ道ごと蹴り飛ばすようにして駆け抜ける。
ヨドヒノメの気配は、中央御座を中心に脈打っている。完全復活の瞬間が近い。今はおそらく、胴体を中心に四肢と頭蓋を引き寄せている時間だ。
提灯がひとつ、破裂するようにして光を失った。
そのたびに空気が重くなる。足が沈むように重くなる。
けれど、止まらない。
「カイザー……!」
潔の叫びが、夜の中に溶ける。
だが、その先、頭蓋の裂社――白い花が積もる祠の前に、影が立っていた。
「カイ、ザー……?」
そこに居たのは、ジャージの裾を泥にまみれさせたカイザーだった。踏み潰された腐敗花が靴の裏に張り付き、彼の瞳は相変わらず焦点を結んでいない。
「……全部、終わらせる」
唇が、そう動いた。
「身体を手に入れて、憎い村人を皆殺しにする」
士道が口笛を吹き、凛が双眸を細める。 - 85二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 10:09:01
「お前、マジでそれでいいのかよ?」
士道が言った。誰よりも軽い口調で、誰よりも真っ直ぐに。
「復讐ってやつ、やってみりゃ分かるけど――壊した後、何も残らねーぜ?」
その言葉に、カイザーのまぶたが、微かに震えた。
手の指がかすかに動く。その些細な反応が、彼の深層に残る“何か”を示していた。
「カイザー、お前はヨドヒノメじゃない。
お前は巫女でも、怨霊でも、神様でもない――ストライカーだろ!」
潔が叫びながら、カイザーの胸倉を掴み上げた。
凛は、まっすぐに前を見据え、ゆっくりと柏手を打つ。
――パン。
すんだ音が、夜を裂いた。
「はなはらり るるはらり
ながれのまにま たゆたうは
さくはなこのよ めぶきのうたを
かみのふところ かえりたまえと
はなはらり るるはらり」
凛の歌声が、夜の空気に溶けていく。それは、命を捧げる呪歌ではなかった。
命を願い、還すための――祈りの唄だった。
その旋律に、カイザーの目が、ほんのわずかに揺れた。
空っぽだったはずの瞳に、一瞬だけ、光が灯ったような気がした。
>>90 までの累積ダイス値が一定以上でカイザーの共鳴が途切れるか判定します。
1d100で振ってください。
90に達さずとも、19時になった時点で切ります。
- 86二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 11:11:31
dice1d100=25 (25)
- 87二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 11:38:02
dice1d100=22 (22)
- 88二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 11:38:21
dice1d100=22 (22)
- 89二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 12:10:54
これちょっとマズいのでは……
dice1d100=13 (13)
- 90二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 12:12:42
dice1d100=34 (34)
- 91二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 12:15:52
ダイスの出目の低さが共鳴してるだと……
- 92二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 12:30:01
お、驚きの低さ…
- 93二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 12:40:28
目標値166(凛が詠唱成功したため、/2の250から/3の166まで下がっている)
25+22+22+13+34=116
凛の詠唱が終わって、数瞬の沈黙があった。
「……カイザー?」
潔の問いかけに、返ってきたのは――笑みだった。
艶やかで、ぞっとするほど女めいた笑み。
その唇が、ゆっくりと開く。
「ありがとう、封印を解いてくれて」
そう囁く声は、カイザーのものではなかった。
あまりにも滑らかで甘い、異質な何かの囁き。
彼の身体から、黒い花弁がふわりと舞い上がる。
次の瞬間、村中の提灯が、一斉に弾けるようにして光を失った。
深く、深く、夜が降りる。
けれど、不思議とその光景だけは鮮明に見える――見えてしまう。
「破壊するものだけを呼んだはずなのに――共鳴するものが訪れるなんて思ってなかった。この子は私とずっと一緒、同一の存在として生きていくの」
「ヨドヒノメ……」
カイザーの口を借りて喋っているのが誰かなんて、すぐにわかった。潔が呟くと、中央御座の方角から爆発するような衝撃が訪れ、潔たちは吹き飛ばされる。
潔は吹き飛ばされる中で「それ」を見た。
木の肌のように硬質な皮膚。花々の腐食で彩られた身体。
蔦と金髪が混じったような長い髪が、汚泥の地面に滴り落ちる。
眼窩の奥で、怒りと悦びを同時に宿した、淀の瞳。
それは、ヨドヒノメの復活体。
人であり、神であり、呪いであるもの。
「カイザー!」
潔の叫びが喉を裂いたが、鐘の音が狂ったように打ち鳴らされ、声を押し流す。
光がなくなり、音だけが空間を支配する。凛も士道も遠ざかる視界の隅に沈んでいく。
そして、潔の意識も、夜の底に落ちていった――。 - 94二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 13:10:01
潔、凛、士道の三人が保護されたのは、バスが停車していた山道からさほど離れていない、木立の中だった。奇妙なことに、あの夜から現実ではわずか12時間しか経過していなかったのだという。
カイザーの姿は、どこにもなかった。
ネスは半狂乱になって彼らに食ってかかった。しかし、潔たちが話す村の出来事を、誰も信じようとはしなかった。無理もない。腐るほど非現実的で、説明不能なオカルト譚を、まともに信じる者などいないのだから。
絵心甚八は、三人に療養と検査をすすめたが、三人はすべてを拒み、それぞれがそれぞれの日常へと戻っていった――。
潔は夢を見る。
金髪の「それ」が、霧の向こうで、こちらを振り返る夢だ。その手は、もう届かない。
かつて彼が持っていた直感の冴えは、あの村と共に消えた。
プレーは乱れ、判断の瞬間が鈍る。ピッチでも、日常でも、何かが欠けていた。
「……取り返さないと」
だが、あの村はあの日以降、姿を見せていない。
士道は、常に苛立っていた。
あの夜から、何かを壊したくてたまらない。接触プレーは激化し、ファウルは増え、P・X・Gは、スタメンからの除外も検討しはじめた。
それでも、破壊の衝動は止まらない。
夜道のガラス、手元のリモコン、気に入らない声――壊したあとに残るのは、空しさと、また別の欲求だけだった。
凛の中には、空白が生まれていた。
口ずさもうとした旋律が、喉で止まる。祝福の唄も、花の巫女の伝承も、形だけが抜け落ちていた。そこに何かがあった記憶だけを残して。
ピッチでは順調だった。だが、自分でも分かっている。このままでは、伸び悩む。
なにか――重圧が足りないのだ。
けれど、どうすることもできないまま、日々は過ぎていく。
数か月後、とある匿名掲示板のスレッドが拡散された。
「霧の奥にある廃村。池が腐ってて、青薔薇がめちゃくちゃ咲いてた。誰かの唄が聞こえる。
自殺志願者はそこに導かれるって噂――マジだと思う」
人々は、その場所をこう呼ぶようになった。
青薔薇の村と。 - 95二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 13:20:06
エンド:D-3「青薔薇の村」
分岐で別ルートやるかな~って検討中。
エンド分岐
A:何も起こらず全生還、多分一番つまらない
B:士道分岐、全ロスor全生還
C:凛分岐、全ロスor全生還
D:カイザー分岐、多分一番多い、全ロス~全生還まである
E:全部発生して全ロス
HOは各自にあるんだけど、もう秘匿部分含め乗せちゃっていいのか、それともまだ待つかで悩み中。 - 96二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 13:25:10
別ルート見たい!けど、全生還してほしくて結局似た選択肢を選んでしまう気もする
やってくれるなら待ってます - 97二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 13:37:42
前回のスレのルートのSS好きだったんだけどまだどこかで見れますか?
- 98二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 13:52:51
- 99二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:05:29
①士道
- 100二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:15:10
潔は、かすかな衣擦れの音で目を覚ました。
大きな欠伸を噛み殺しきれずに寝返りを打って、そこでぎょっとする。その人物はジャージに着替え、今まさにスマートフォンを手に取って障子をあけようとしていたからだ。
「……士道?」
呼びかけに、士道は肩越しに振り返った。
目が合った瞬間、潔は言葉を失う。
士道の瞳孔が開き、妙な熱が宿っていたからだ。試合の時のテンションとも違う。あれはいったいなんだろうか。
「聞こえるだろ?」
「……鐘の音はずっと聞こえてるけど」
士道は不意に笑った。まるで何かに酔っているように。
「違ぇよ! 呼んでんだよ、俺を。俺にしか、届かない声でさ」
障子に手をかけたまま、興奮を隠そうともしない声で続ける。
「選ばれたんだよ、俺! だから行くぜ!」
潔が何かを言いかけるより早く、障子が音を立てて開かれた。風なんてないはずなのに、花の香りが強く香る。
「ぶっ壊しにいくとするか」
士道はひと息に夜の空気を吸い込み、足音も軽く外へ飛び出していく。
――その背中は、恐ろしいほど迷いがなかった。
①凛を起こす
②カイザーを起こす
③ひとりで後を追う
④追わずに寝直す
- 101二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:20:12
②カイザーを起こす
- 102二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:23:48
うわー不安だ
- 103二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:29:10
別ルートも見たいと思ってたら始まっててクソ感謝
わくわく - 104二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 14:34:47
潔は布団の上で、しばらく動けずにいた。
襖の向こうに消えていった士道の背。あの目の奥にあったのは、狂信だ。
嫌な予感が、胸を圧迫する。このまま見過ごしていいことじゃない。だが、ひとりでは踏み込めない。いや――踏み込むべきではない。
潔は寝具を蹴って立ち上がり、カイザーの肩に手を伸ばした。
「カイザー! 起きろ、士道がヤバイ!」
名を呼んだ瞬間、カイザーの目がぱちりと開く。その瞳は、明らかに現実の光を映していなかった。
「……また、だ……ッ」
呻くような声とともに、カイザーは頭を押さえて身を起こす。その手はわずかに震え、額には冷たい汗がにじんでいた。
「……もっと、奥から……」
彼の視線は空間の一点を捉えているようで、どこも見ていない。言葉にできない何かが、脳を焼いているようだった。
「カイザー?」
潔の声に、カイザーはようやく視線を戻す。だがその目の奥には、夢と現実の境界が曖昧なまま、強烈な違和感が渦巻いていた。
「助けなければ」
「何を?」
潔の問い掛けに、カイザーは無言で立ち上がって浴衣を脱いだ。潔も慌ててジャージに着替える。
「……呑まれてやる気はない。世一」
言いながら、カイザーは立ち上がる。顔色は悪いままだが、その動きに迷いはない。
「何」
短い声で返したものの、緊張が伝わったのか、カイザーが笑った。
「俺が俺じゃなくなったら、俺を殺せ」
「バカなコト言うなよ。お前を殺すのはピッチの上で、ストライカーとしてだ」
カイザーは薄く笑った。その笑みには、自嘲と、ほんの僅かな戦慄が同居していた。 - 105二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:13:24
――ガンッ。
乾いた音が、夜の静寂を裂いた。次いで、何か硬いものが何度も叩きつけられるような破砕音が続く。
「……中央御座だ」
カイザーが顔を上げ、即座に判断した。潔も息を呑んだ。あの場所には、たしか……。
「士道! クソッ、走るぞ、カイザー!」
二人はほとんど同時に駆け出していた。風のない夜。だが、どこか腐った花の香りが濃くなってきている。それは、何かの意思が強くなっているような――。
木々の間を抜け、中央御座の前にたどり着く。
――士道がいた。
中央御座の扉は開け放たれ、内部に祀られていたらしい木箱が剥き出しになっていた。
士道はその手にした石のようなもので、その蓋を力任せに叩きつけていたのだ。木箱の蓋はすでに歪み、釘が半ば抜けかけている。
「やめろ、士道!!」
潔の叫びが夜気を震わせるが、士道は止まらない。
その動きは狂気に満ちているというより、ただ――迷いがなかった。
「来たか、お前ら」
振り返った士道の口元に、薄く笑みが浮かんでいる。
「聞こえるんだよ、あの声が。全部壊せって、さ」 - 106二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:19:22
「壊せば終わりじゃねえ。壊したら、始まっちまうんだよ……」
カイザーが歯を食いしばりながら前に出る。こめかみを押さえ、頭痛と共鳴に耐えるように。
「お前、正気か!? 自分が何してるかわかってやってんのか!?」
「分かってるさ。出てくるのはヨドヒ様だ」
士道は笑った。
「このクソ嘘っぱちだらけの村を、ぶっ壊す神様♪俺は、その手引きをする!」
「そんなもん、選ばれたって言わねぇよ……!」
潔が吠えるように言った。
「お前がやってるのは、ただの破壊だ! いつもの爆発はどうしたんだよ、士道!」
その言葉に、士道の目がわずかに細められた。だが、怒りも悲しみも浮かばない。
ただ、静かな決意だけが、そこにあった。
「――それでも俺は、正しいと思ってる」
石を投げ捨てて、御座の階段を下りてくる。提灯の緑色に照らされ、その顔色は不気味に映った。
「俺にしかできねぇ。だから、俺がやる」
カイザーが身構える。潔も自然と身構えていた。
「止めるなら、止めてみろ。お前らに、その力があんならなぁ!」 - 107二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:23:36
三人でにらみ合う中、カイザーがひそりと囁いた。
「世一、良く聞け」
潔は視線を向けないまま、耳でそれを拾う。
「アイツは、おそらくまっすぐここに来た。……花の臭いが一切しない」
つまり、咲社の封印はまだ保たれている。士道は強引に胴体を開け放とうとしているだけだ。
「じゃあ……このまま朝まで持ちこたえれば……」
「……なあ、世一」
カイザーの声が、夜の静寂に溶けるように低くなる。
「それ、本当に正しいか?」
「え……?」
「村人は理不尽にヨドヒノメを殺し、その五体を裂いて、封じた。……俺たちは、その封印の中にいる」
言葉の隙間から、カイザーの呼吸が乱れているのがわかった。
それは共鳴の痛みか、それとも――なにか別のものか。
「ヨドヒノメは、このままでいいのか?」
「でも……でもそうしたら、俺たちだって巻き添えを――」
「村人から先に殺すだろ」
唐突すぎる一言に、潔の心臓が跳ねた。
「村人が殺されてる隙に、逃げたらいい」
カイザーは真顔だった。いや、真顔になってしまっていた。
どこかで、彼自身も何かに飲まれつつある――そんな気配があった。
>>110まで、「士道」か「潔」か「カイザー」か「凛」の名前を宣言して1d100を振ってもらいます。
それぞれの合計値の結果によって結末が変化します。
スレ主が一番最初に振ります。
凛
dice1d100=72 (72)
- 108二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:25:44
カイザー
dice1d100=97 (97)
- 109二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:43:29
潔
dice1d100=32 (32)
- 110二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:55:48
- 111二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:36:01
潔が言葉を失っている隙に、カイザーはふいに背を向けた。中央御座を守ろうとする士道の動きにも、潔の問いにも目を向けず、静かに歩き出す。
「カイザー……!?」
その背に声をかけても、その歩みは止まることはない。方角は南西、たしか右腕の裂社があった場所だ。カイザーはそこに向かっている。
「おい止まれ、おい! 士道を止めないと……!」
必死に声を掛ける潔を鬱陶しそうにカイザーが見る。それに潔が一瞬怯んだ、その木立の向こう、月の光が差す道の先に、誰かの姿が現れた。
花の入った籠を抱えた――凛だった。
「凛!? 何してんだよ!」
潔が声を張り上げたが、凛は一瞥をくれただけで、すぐにカイザーに視線を戻した。
「……ここに来たってことは、お前もそうなのか?」
凛の問いに、カイザーはひとつ頷いた。
「ああ、クソ舌。お前ならそうすると思った」
「なんだよ、そうするって……凛、どうしてだ!?」
潔の声に、凛は答えない。
「あとはこれを供えるだけで完成する」
凛がそう言った声には、もはや迷いがなかった。
祝福の唄を歌っていたあの声で、ただ静かに事実を告げるように。
「待て、凛、それを――」
潔が凛の肩を掴もうとした、その瞬間だった。逆に潔が肩を掴まれる。凛の両手は花籠で埋まっている。となると、肩を掴んでいるのは一人しかいなかった。 - 112二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:38:16
「カイザー!? 何すんだよッ!」
振り向いた潔の目に映ったのは、どこか虚ろな、しかし決意に満ちたカイザーの顔だった。
こめかみに浮かぶ汗。震える手。けれどその目は、逸らされなかった。
「……これは必要な終わりなんだ、世一」
青い瞳がどろりと淀む。潔は喉を引き攣らせ、その変貌をただ見つめるしかない。
「さっきから痛ぇんだよ。解放して、助けてやらねえと。村人がどうなろうと、俺達はその隙に逃げればいいしな」
「お前、それでも人間かよ!」
潔が怒鳴った瞬間、カイザーが笑いながら潔の首を両手でつかみ、持ち上げる。
「っか、は……」
「お生憎様、こっちは生まれた時からクソ物だ」
カイザーが潔を空中に持ち上げる。足が付かない状態で首にかかる圧に、潔の足がでたらめに跳ねた。凛はそんな惨状など知りもしないと言いたげに、一人足を進める。
「カイ、ザー……! やめろ……!」
潔の声は届かない。首を絞めてくる手を引っ掻いても、それは抵抗にすらなっていなかった。
酸素が不足し、首の圧迫に耐えかね、骨が不穏な音を立て始めた頃。
風はなかったが、花の香りがふわりと流れた。
「……来たか」
カイザーが泥の中に潔を捨てる。
次の瞬間、空気が裂けた。
どこかで鏡が砕けるような音。遠くから、士道の笑い声が響く。
ヨドヒノメが復活する。 - 113二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:54:03
みんなダイス神に嫌われてない?
- 114二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:54:19
耳鳴りの向こうで、何かが擦れているような音が聞こえた。地面の下で、誰かが這っているような音。
否――あれは、裂社の花が崩れる音だろうか?
目を開けたいのに、まぶたが重い。喉が焼ける。息がうまく吸えない。それでも、声にならない呻きが洩れる。
泥の中で潔は歯を食いしばった。手が、動く。這うように、ほんの少しだけ身体が持ち上がる。
遠くで聞こえる、裂社の軋む音。
もっと遠くで、誰かのすすり泣く声――いや、笑っている?
あの五つの祠から、何かが中央御座に向かっている。
あの胴体のもとに――戻って来ようとしている。
(……まだ……間に合う……!)
潔の指先が、地面を引っかいた。
立たなければ。走らなければ。選ばなければ。
――中央御座には、鈴がある。鳴らせば、すべてを止められるかもしれない。
けれど、凛は、まだ裂社にいる。もし、あいつがあそこにいるなら、危ないかもしれない。
潔は、ぐらつく膝で立ち上がる。視界がぶれる。どちらに向かっても間に合う保証はない。
けれど、このどちらかを選ばなければ、誰も戻れない。
――走るなら、今だ。向かうのは……
①中央御座
②凛のところ
- 115二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 16:55:29
- 116二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 17:09:42
②凛のところ
- 117二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 17:10:55
- 118二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 18:06:51
潔は泥を蹴った。足元がぐらつく。けれど、もう迷わなかった。
向かうのは、頭蓋の裂社――凛のもとだ。
カイザーはそちらに向かう潔を止めず、中央御座のほうに向けて静かに歩いていく。
このままでは、五体が揃ってしまう。
(それでも、俺は……!)
空は裂けるように鈍い音を立てていた。
木の根元が軋む。
遠くで、士道の狂気じみた笑い声が上がる。
すべてが動き出した今、もう戻るという選択肢はない。
走れ。届かせろ。叫べ。
「凛!!」
叫びが、夜気を裂いた。裂社のすぐ手前で足がもつれ、潔は地面に転がる。
見上げれば、凛が立ちつくしていた。
「……来たんだな」
静かな声だった。唄うような、けれど凍てついたような音色。
「凛……お前、なんでこんなことを……」
潔の問いに、ようやく凛がゆっくりと振り返る。その目は、どこか遠くを見ていた。
いつもの鋭さも、苛立ちもなかった。ただ――静けさだけがあった。
「唄が聞こえたから」
凛の口角が上がる。
「花の巫女の唄をぐちゃぐちゃにしたこんな村こそ、ぐちゃぐちゃになればいい」
「……凛」
潔の声が震える。
「逃げ、ないと。士道とカイザーも一緒に、村の外に出ないと……」
「俺は」
凛の声が遮った。そのまなざしは、ようやく潔をまっすぐに射竦めていた。
「綺麗に壊れたこの村が、最初っから嫌いだった」
「でも、こんなコトする必要ないだろ!?」
潔が一歩、踏み出した。凛は動じず、潔が肩を掴んでもされるがままだ。
「逃げよう。一緒に村から出よう!」 - 119二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 18:54:50
「……行けよ、潔」
その声は、凪いだ水面のようだった。怒りも悲しみも残っていない。ただの無だ。
「もう俺の役目は終わった」
潔は目を見開いた。凛の目が、どこか遠くを見ていることに気づいた。
まるで音のない世界を聴いているようだ。
「凛、ふざけんなよ……!」
潔の声がかすれる。
「こんなとこで、お前ひとりで、終わりにさせるわけないだろ……!」
「……そうかよ」
潔が手を引けば、凛は抵抗せずに歩きだした。潔はそのまま中央御座に向かおうとするものの、村人がそこに集まっている光景を目にして思わず身を固める。
(なんだ……?)
金髪が見えたような気がしたが、霧が濃くて良く見えない。士道とカイザーは無事だろうか。だが、この無気力になってしまった凛だけでもとにかく逃がさなければ。
そう思った瞬間、濃霧の中心に、何かが発生した。
ねじ曲がった四肢を持つ、不定形の塊。組織などの妙な構成要素を脈動させているそれは、湾曲した手と腕を伸ばして来た。
それは人間の腕とは異なり、奇妙な動きをしている。
「手を取れ」
何かが囁く。士道がハイテンションのまま背中を叩くのは、カイザーだ。よく見ると、二人は血まみれだった。
「自らの定命の肉体から忘却される」
凛がふらりと前に歩み出た。
「この手を取るのだ。さすれば、忘却を見いだせる」
「やめろ、凛――!」 - 120二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 18:57:45
凛の指先が、不定形の手に触れた瞬間、音もなく、その輪郭が曖昧にほどけた。
次に触れた士道の身体は崩れるように崩れ落ち、カイザーは血まみれのまま、何かを呟くこともなく消えた。
凛の笑みの余韻だけが、最後に残った。
穏やかな、祝福のような――別れの表情だった。
時間が止まる。
花の香りが腐臭に変わる。
そして、すべてが終わった。
翌朝。
余土村には誰の姿もなかった。
家々の戸は閉じたまま、鳥の声ひとつ響かない。
中央御座の鈴は、朽ちたように沈黙している。
裂社の跡には、花も咲かず、ただ濁った水たまりだけが残っていた。
神の名は葬り去られた。
それでも――誰かが、死を求める限り、霧の中から訪れる。
エンド:E「淀みから生まれた霧」
全員ロスト - 121二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:16:10
3週目が終わったから秘匿なしのHOだけ先に乗せておく。
■HO1:異邦人(潔)
あなたは、たまたまこの村を訪れた。
雨宿りのつもりで立ち寄った古びた集落――余土村で、
「一晩泊まっていくといい」と勧められ、村の祭り『咲祀』に半ば巻き込まれるかたちで参加することになった。
■HO2:先駆者(士道)
あなたは明確に、この村に「呼ばれた」と感じている。
余土村に近づくにつれ、頭の中で誰かの声が聞こえるようになった。
■HO3:考察者(凛)
あなたは、親族から「花の巫女」の伝説を聞いたことがある。
なぜか気になって調べているうちに、この余土村にたどり着いた。
■HO4:共鳴者(カイザー)
あなたは最近、同じ夢を何度も見るようになった。
どこかの村、濁った水、そして誰かの泣き声。
奇妙な既視感に突き動かされ、あなたはこの余土村にたどり着いた。 - 122二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:24:38
ロスト〜〜
新ルート嬉しい気持ちと生還して欲しかった気持ちがあるよ…
それぞれの目線がどんなだったのか気になる - 123二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:25:39
全員ロストかぁ…
- 124二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:30:08
全ロスト無念…
ダイス参加させてもらったけどやらかした感あるわ - 125二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:34:56
ぶっちゃけ夜潔が誰を止めるかで分岐するんだけど
まだ見てないのは
①凛ルート(個人的にはお気に入り)
②士道ルート(3週目でちょっと触れた。凛をつれてきているか、カイザーをつれてきていても潔の出目が上回っていれば8割こっちに入った)
③何も起こらない(潔が全員を抑えて村を後にする)
かな?
4週目普通に始めるのと、潔以外の視点で始めるのどっちがいい? - 126二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:44:25
スレ主お気に入りの①で!
- 127二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:46:50
潔以外の視点ありなんだったら見たい
- 128二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 19:53:58
①の凛ちゃんルート見たい
- 129二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 21:52:09
>>59の続きから
別視点は次回周回できたらにしよう
潔は、かすかな衣擦れの音で目を覚ました。
大きな欠伸を噛み殺しきれずに寝返りを打って、そこでぎょっとする。その人物はジャージに着替え、今まさにスマートフォンを手に取って障子をあけようとしていたからだ。
「……凛?」
呼びかけに、凛は肩越しにだけ視線を寄越す。月明かりに照らされたその目は、静かすぎて不気味なほどだった。
「どこ行くんだよ」
「どこでもいいだろ」
そう呟くと、凛はゆっくりと障子を開いた。夜気が入り込み、濃い花の香りが鼻をつく。
「夜は出たらダメだって……危ないコト書いてあるの、見たろ」
「潔」
凛は視線を落とし、何度か片手を開閉する。
「お前はフィールドに居るとき、何を考えてる?」
「何って……勝つコトだけだ。俺のゴールで勝つ」
「じゃあ今は?」
「今は……全員で帰る。電話もしたし、迎えを待ってればいいだろ」
「ぬりぃな」
凛はそのまま踵を返し、縁側に踏み出した。潔は慌てて起き上がる。
「待てよ、凛」
「唄が聞こえる」
凛がかすかに眉根を寄せて、舌打ちをした。
「正しいと思う唄を歌う。ついてくるのは結果だけだ」
それだけ言い残して、凛は静かに闇に消えていった。
- 130二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 21:53:30
凛が消えてから、潔は暫く身動きが取れなかった。胸の奥が得体のしれないざわつきでいっぱいになる。凛はこの村の封印を解くことに執着しているのか? 違う。唄だ。唄に凛はずっと執着している。裂社でも村人に聞かれるリスクも構わず唄を歌っていた。凛にとって今、正しい唄の通りに花を供えることが第一になっているのだ。
それを理解した潔は身震いした。どちらにせよ、このままだと封印が解かれる。凛が満足したら花を元に戻す? いや、ダメだ。凛が許すとは思えない。再封印をする? 最もヨドヒノメに共鳴している人間を生贄に――ダメだ。人を殺すわけにはいかない。ヨドヒノメをそのままにするのもナシだ。
頼るべきか、他人を。
①士道を起こす
②カイザーを起こす
③二人とも起こす
④一人で行く
- 131二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 22:48:03
①士道を起こす
- 132二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 22:48:27
2人ともなあ、連れていくのも不安だが残すのも怖い…
今回は④で - 133二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 23:17:51
潔は膝立ちになったまま、隣で寝ている士道の肩に手をかけた。
「……士道、起きろ。頼む、起きてくれ」
最初は微動だにしなかったが、肩を揺すって二度目の声をかけると、士道はうっすらと目を開けた。
「……んだよ、こんな時間に……夢ん中でハットトリック決めてたのに……」
寝ぼけた口調でぼやきながら、士道はぼさぼさの髪をかき上げた。潔はそれを無視して、真っ直ぐに言った。
「凛が、外に出た。今頃、多分裂社を巡ってる。正しい花を供えに」
一瞬で、士道の目の色が変わった。
「……マジで?」
「マジだ。俺が見送った。止められなかった」
士道は寝具から半身を起こした腕をぐるぐる回した。リードの外れた犬のような素振りだ。
「はっはー……あいつ、やっぱそう来たか」
「お前……楽しんでる場合かよ。封印が解けたら――」
「分かってるって」
士道は素早く浴衣を脱いでジャージを羽織ると、スマートフォンを確認しながら立ち上がった。
「でもまあ……面白ぇだろ? こんな夜に、こんな村で、あのクソ真面目が何か企んでるとかさ。普通に寝てらんねーよ」
「士道……」
「行こうぜ、潔」
士道は、笑っていた。
「止めに行くんだろ? 俺も見てぇんだよ、アイツがどこまでやるのか」 - 134二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 23:38:30
二人は並んで、夜の村道を駆けた。
風はないのに、どこか遠くから花の匂いが流れてくる。甘ったるく、鼻にまとわりつくような香りだった。
「……くせぇな、これが正しい花の匂いかよ」
士道が顔をしかめながら言った。潔は答えなかった。ただ走る。足音と、心臓の音が重なる。
頭の中には、凛の背――あの、月明かりに溶けるような冷たい横顔が浮かんでいた。
その先に、頭蓋の裂社が見えてきた。
提灯の明かりこそあれど、周囲はほとんど闇に沈んでいた。
だが、誰かがいる。それは、花籠を抱えて歩いている影。
「……凛」
潔が息を呑んだ。凛はそれを聞いても立ち止まらない。まるで風に導かれるように、祠の前へ向かっていく。
「おいおい、マジで供える気かよ……!」
士道が呟いた。だが、どこか高揚すら感じる声音だった。潔は足を止めず、凛の背に叫ぶ。
「凛!! やめろ、それ以上は……!」
その声に、ようやく凛の足が止まった。
ゆっくりと振り返った顔には、怒りも悲しみもなかった。ただ、決意の影が落ちていた。
「……来たんだな」
凛は淡々と言った。
「止めに来たのか? それとも、確かめに来たのか?」
風が吹かないはずの夜に、くちなしの花がふわりと揺れた。 - 135二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 08:13:26
考察とかは全然出来んけど文章が綺麗だし読み応えがあってすごい
- 136二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 09:30:17
凛は静かにくちなしの籠を掲げ、祠の前に立ったまま言う。
「この花を供えるのは、破壊だ。分かってる」
その目は、燃えるように研ぎ澄まされていた。
「けど俺は……これが、俺のエゴなんだと思った」
潔が息を呑む。
「封印を壊す。唄を戻す。全部、誤魔化しをぶっ壊すためだ。俺の前にあるのがズレた世界なら、そこに正しさをぶつける。それが俺の……命を懸けた破壊なんだよ」
士道が目を細めて笑う。
「やっぱいいね、リンリン♪」
凛は花を見下ろす。
「壊したら凄いモノが出てくる。――俺は、傷ついても、ボロボロになっても、ブッこわして、それで……」
凛の口がぱかりと開き、長い舌がだらりと落ちる。この場に不釣り合いなほど、その双眸はきらめいていた。
「死んでみたい」
沈黙が落ちる。士道の顔から笑みが消えていた。
「……お前、マジで言ってんの?」
潔は喉を詰まらせたまま、言葉が出なかった。凛は祠の中に視線を落とし、呟く。
「この唄は、祝福のはずだった。なのに、こんな風にしか歌えないなら……俺が、全部終わらせる」
凛の手が、静かに伸びる。まるでそれが当然のことのように。
誰に許しを求めるでもなく、ただ、自分の中のエゴに従うように――
くちなしの花が、祠の前に置かれた。
ぱきん――。
音が鳴った。何かが割れた。鏡か、それとも封印か。
霧が揺れる。
「……ああ」
凛の頬に、一筋の汗が落ちた。
彼はそれに気づきもせず、ただ唄うように呟いた。
「やっと、壊れた」 - 137二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 12:04:30
風は吹いていないのに、提灯が揺れた。不安定に炎を揺らめかせた後、全ての提灯が点灯する。
森の中に淡い緑の光が濃く浮かんだ。それはまるで、何かの目が開いたようで。
凛は何も言わずに潔たちの間を割るようにして、ゆっくりと歩きだす。
「おい、凛!」
潔が声を上げても、凛は振り返らなかった。祠に背を向け、ただ一歩を踏み出す。
その時――
遠く、村のどこかで鈍い音が響いた。中央御座の方向だ。
その重く湿った衝撃は伝搬し、びりびりと肌が震える。
潔の脳裏に残して来たカイザーの顔が過った。
もう収束しつつあるので、選択肢はなしで、安価に任せてみます。
- 138二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 12:57:31
中央御座に向かう
- 139二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 14:06:34
風は吹いていないのに、提灯が揺れた。不安定に炎を揺らめかせた後、全ての提灯が点灯する。
森の中に淡い緑の光が濃く浮かんだ。それはまるで、何かの目が開いたようで。
凛は何も言わずに潔たちの間を割るようにして、ゆっくりと歩きだす。
「おい、凛!」
潔が声を上げても、凛は振り返らなかった。祠に背を向け、ただ一歩を踏み出す。
その時――
遠く、村のどこかで鈍い音が響いた。中央御座の方向だ。
その重く湿った衝撃は伝搬し、びりびりと肌が震える。
「くそ……!」
提灯の緑が揺らめく。霧の中で、凛の背がゆっくりと遠ざかっていく。潔は一歩踏み出した。足元の土がぬかるみ、靴底に絡みつく。だが、その重さすら振り払うように、凛の後を追う。
背後から士道が声をかけてくる。
「行くのかよ」
「行くしかないだろ。あいつが向かってる先、多分中央御座だ」
言いながらも、胸がざわついていた。
さっきの音の震えが、まだ皮膚の内側に残っている。
まるで、何かが目を覚ましたかのような――そんな感覚だ。
歩を進めるたびに、霧が深くなっていく。やがて現れたのは、社の輪郭だった。
その真ん中には、台座のようなものが見え、神楽鈴が捧げられていた。
「……あれクソ薔薇じゃね?」
士道がぽつりと呟く。潔は息を飲んだ。
カイザーがふらふらと、中央御座の戸に手をかけた。まるで何かに吸い寄せられるように、抵抗すらない足取りで。
凛は、その背中を見つめている。止めない。いや――止める気がない。
「おい……やめろって、カイザー……!」
潔が声を上げる。だが届かない。士道も動こうとしない。ただ、微かに眉をひそめたまま、様子を伺っている。 - 140二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 14:12:08
――このままじゃ、カイザーが開ける。
潔の心がざわついた。その金髪から視線をずらすと、昼間と変わらぬ、金色の神楽鈴がある。
潔は駆け寄り、手を伸ばす。霧の中、鈴の金属がかすかに冷たかった。
迷っている暇はなかった。
力を込めて、鳴らす――。
リン――……
鈴の音が、空気を切った。
一瞬、すべてが静止したようだった。
提灯の光が一斉に明滅する。カイザーの動きが止まり、凛の唇が震え、風が音を失った。
そして、御座の中から――気配が引いた。
鼓膜の奥で膨張しつつあった何かが、押し返されるようにして遠ざかっていく。
全身の毛穴から何かが抜けるような、乾いた冷気が、場を貫いた。
士道が、ふらりと後ずさったかと思えば、ハッとしたように息を吸い、頭を振る。
そして、御座の戸の前でカイザーの身体が、まるで糸が切れたようにぐらつき、膝が崩れた。
「――全員、逃げるぞ!!」
叫ぶなり、潔は駆け出していた。その手元で神楽鈴が金色の花弁になって散っていく。
御座の戸の前で崩れ落ちたカイザーに駆け寄り、その身体を支え起こす。
「カイザー!」
ぐったりとした肩に腕を回すと、カイザーの胸がわずかに上下しているのが分かった。呼吸はある。意識は……まだ戻っていない。
「くそっ……!」
後ろから、凛の足音が迫る。彼は小さく息を呑んだまま、カイザーの顔を見つめていた。その表情には、もはや狂気も破壊もなかった――ただ、虚無だけが残っている。
士道が、遅れて追いついた。
「おいおい、マジでやべーじゃん……今の、スタン攻撃的な?」
その声に応じるように、村の空気がざわめいた。どこからともなく、足音が響き始める。
それは、人の足音とは思えないほど、一定の、無感情なリズムだった。
霧が再び濃くなる。木々の影が揺れ、まるで村そのものが生きて、追ってくるかのようだった。 - 141二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 14:29:15
夜の余土村を、三人は駆けていた。
士道が先頭を走り、潔が肩にカイザーを担ぎ、凛が背後を警戒するようについてくる。息が苦しい。足がもつれる。練習では感じたことのない重圧、命の危機。それでも止まれなかった。というか、凛と士道は命の危機にこそ目を輝かせている気すらする。
「このまま、村を出られるか……?」
凛の声が荒い。だがその疑問に、士道は即答しなかった。ただ、前を睨みながら走り続けている。
――そして、全員が異変に気づく。
「……おかしくね?」
潔が足を止めた。
村の入り口に向かっていたはずだった。順当にいけばそろそろ老婆の家が見えていいはずなのだが、来た道が、どこか違っている。提灯が灯っている。見覚えのある祠の影。まっすぐ北東に進んでいたはずが、気がつけば、また中央の近くに戻って来ているような――。
「道、……戻されてる……?」
凛が息を呑んだ。提灯が風もないのに、ゆらりと揺れる。
誰かが笑った気がした。どこにもいないはずの誰かが。
「こいつら……この村自体が、逃がす気ねぇぞ」
士道が舌打ちする。息が上がっているのか、ひょうひょうとした彼らしくもなく口調に焦りが滲んでいた。
村が自分たちを生きて出す気がない。まるでこの土地全体が一つの生き物で、潔たちを飲み込もうとしている――そんな錯覚すら覚える。
「くそっ……違う道を探せ……! どこかに、絶対、突破口があるはずなんだ……!」
潔が叫ぶ。その目に宿るのは、絶望ではない。諦めでもない。ただ「全員で脱出したい」という、彼のエゴ。 - 142二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 14:59:25
その時、肩にかけていたカイザーの身体が僅かに動いた。
「うるせぇ……音が、頭の中で、響いて……」
掠れた声だった。だが意識は取り戻したようで、自分の足で歩こうとして足を縺れさせている。
「カイザー!」
「クソうるせえ……世一、このままだと死んだままになるぞ……」
「……死んだまま?」
士道がその言葉を反芻し、ふと周囲を見渡す。
「そういや、この村の人間皆死人みてぇな顔色してるわ、あ、お前ら含めて♪」
凛がふと、思い出したように言う。
「黄泉比良坂は登りの道だった」
「は!? ヨモツなんちゃら!?」
「うるせえバカ」
「んだと?」
足を動かしながらも喧嘩をする二人の単語が、潔の頭の中で組み合わさった。行きのバス内、イガグリが実家のアレコレを引っ張り出して怖い話をしてくれたんだっけか。たしかそれは「花祭」と呼ばれる行事で――。
「戻るぞ」
「は!? 正気か?!」
「このまま走り続けられるとは思えない。だから、博打を打つ」
潔が真っ直ぐ言えば、士道はにやりと片頬を吊り上げて笑った。凛は僅かに眉根を寄せ、カイザーはぐったりしながら呼吸している。
「お前たち、『生まれなおす』覚悟あるか?」
潔の言葉に、三人は視線を交わした。 - 143二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 15:56:44
殺気立った村人をかいくぐり、潔達は中央御座に戻って来た。
台座にはもはや何もないが、代わりに先程は視界に入っていなかった緑の炎が燃えるかまどと、その上に据えられた釜がある。
村人たちが、じわりと距離を詰めてきた。その表情はうつろで、士道が指摘した通り死人のような顔色だ。
士道が唇を歪め、肩を回し、足をひとつ引いて、臨戦態勢を取る。
「マジで来んなよ。俺のテンションが上がったら、ぶっ飛ばすからな?」
その隣で、凛が一歩、潔のそばに出る。両手を高く広げるようにして掲げ、柏手の構えをとった。
静かな中に、凛の声が落ちる。
「こっちに来た奴から壊してやるよ」
その構えはまるで、神楽舞の始まりのようだった。いや、もしかしたら――それは「最初の唄」の名残なのかもしれない。
そして、カイザーもまた、ゆっくりと右足を引いた。瞼は半分閉じていて、焦点がどこにも合っていない。
だが彼のつま先は、正確なキックモーションの初動に入っていた。
「……一発で倒れる程度なら、最初から近づいてくんな」
その足の角度は、まるでゴール前に立つ「死」そのものに向けられているかのようだった。
潔は、榊の枝を湯にくぐらせながら言う。
「頼む、……少しだけ、持たせてくれ」
潔は榊の枝を湯に浸すと、すぐに三人に向かってそれを振るった。びしゃびしゃに濡れながらも、士道たちは一歩も引かない。凛が榊を受け取り、潔にもその湯を浴びせた。
一連の動作を不審そうに眺めていた村人に、潔は宣言する。
「俺達は『生まれ直した』。一度この村に訪れて死に、ここで産湯を使うことで、それを証明した。俺達は、ここで死なない!」
宣言が響き渡ると同時に、あれほど深かった霧が晴れていく。
潔たちは、そのまま意識を失った。 - 144二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 16:01:34
目覚めた時、空が滲んでいた。
朝霧が晴れかけ、夏の陽がじわじわと熱を帯びていく。
舗装されていない山道の端に、彼らは倒れていた。
土の匂い、濡れたジャージ、肌に張り付いたままの違和感。それは夢の続きだった。
いや、違う。これは現実だ。夢の後にしか残らない、現実の重さがそこにあった。
「……夢なら、もうちょいマシな寝起きにしてほしいわ」
士道がむくりと起き上がり、背を伸ばす。
カイザーは口元を押さえたまま、ひとつ深く息をついた。
凛は少し離れた場所で、じっと耳を塞いでいた。
「……ぬりぃな」
ぽつりと呟く。それがどういう意味なのかは、誰も聞けなかった。
潔はポケットの中のスマートフォンを握りしめる。不思議なことに、日付はバスから離れてから1日も経過していないようだ。
画面を消し、起き上がる。
「……帰ろう。今度こそ、俺たち全員で」
遠くから聞こえるのは、潔達を呼ぶ声だ。士道もカイザーも身をおこして、そのまま声の方へ歩き出す。
しかし、凛は耳から手を外すと、ふっと振り向いたまま停止する。
「凛?」
「……いや、なんでもない」
溜息を吐いてから、凛もまた歩き出した。
潔たちはこうして、日常に戻っていく。
エンドC:音なき帰還 - 145二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 16:47:27
ここからはHOのネタバラシとか質疑応答に使おうと思う
↓まとめ
エンドD-1「花の行方」
エンドD-1「花の行方」※分岐が増える前 | Writening ブルーロックメンバー、および海外選手たちは今、山の中にいた。 帝襟アンリにより施設の欠陥が発見され、それに伴う大規模改修により、選手たちは急遽代替合宿地へ向かう事になったのだ。 場所は東京郊…writening.netエンドD-3「青薔薇の村」
エンド:D-3「青薔薇の村」 | Writening ブルーロックメンバー、および海外選手たちは今、山の中にいた。 帝襟アンリにより施設の欠陥が発見され、それに伴う大規模改修により、選手たちは急遽代替合宿地へ向かう事になったのだ。 場所は東京郊…writening.netエンドE「淀みから生まれた霧」
エンド:E「淀みから生まれた霧」 | Writening 潔は、かすかな衣擦れの音で目を覚ました。 大きな欠伸を噛み殺しきれずに寝返りを打って、そこでぎょっとする。その人物はジャージに着替え、今まさにスマートフォンを手に取って障子をあけようとしてい…writening.netエンドC:「音なき帰還」
エンドC:「音なき帰還」 | Writening 潔は、かすかな衣擦れの音で目を覚ました。 大きな欠伸を噛み殺しきれずに寝返りを打って、そこでぎょっとする。その人物はジャージに着替え、今まさにスマートフォンを手に取って障子をあけようとしてい…writening.net - 146二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 16:55:44
■HO1:異邦人(潔)
あなたは、たまたまこの村を訪れた。
雨宿りのつもりで立ち寄った古びた集落――余土村で、
「一晩泊まっていくといい」と勧められ、村の祭り『咲祀』に半ば巻き込まれるかたちで参加することになった。
・あなたの秘密:
あなたは「決断」を下す力を持っている。
あなたの選択は、他人の行動に影響を及ぼす。
重要な場面での《説得》《精神分析》《アイデア》に+20。
また、オカルトに詳しい知り合いがいるため《オカルト》に+20。
・あなたの使命:
必ず、全員でこの村を出ること。
誰も見捨てるな。方法は問わない。
■HO2:先駆者(士道)
あなたは明確に、この村に「呼ばれた」と感じている。
余土村に近づくにつれ、頭の中で誰かの声が聞こえるようになった。
・あなたの秘密:
あなたは、「正しいかどうか」を本能で感じ取る力を持っている。
それは意識して発揮できるものではなく、無意識に違和感として現れる。
・あなたの使命:
違和感の正体を突き止めること。
頭の中の声に従うか否かを、自ら決断すること。 - 147二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 16:57:48
■HO3:考察者(凛)
あなたは、親族から「花の巫女」の伝説を聞いたことがある。
なぜか気になって調べるうちに、この余土村にたどり着いた。
・あなたの秘密:
あなたは「花の巫女の歌」を知っている。あなたは「正しい歌」が分かる能力がある。
・あなたの使命:
「正しさ」が何なのか解き明かし、封印をどうするか選択すること。
■HO4:共鳴者(カイザー)
あなたは最近、同じ夢を何度も見るようになった。
どこかの村、濁った水、そして誰かの泣き声。
奇妙な既視感に突き動かされ、あなたはこの余土村にたどり着いた。
・あなたの秘密:
あなたの中には、「誰か」の記憶の断片が入り込んでいる。
夢で見た場所、どこかで聞いた旋律――それは、この村でかつて起きた出来事の痕跡かもしれない。
あなたは何かに共鳴しているようで、両手足や頭の付け根が、まるで裂かれるように痛むことがある。
・あなたの使命:
自分に重ねられた記憶の正体を知ること。
そのうえで、この村をどうするか選択すること。 - 148二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 17:02:06
エンドCも面白かった!
最後凛ちゃんが振り向いて停止してたとき何考えてたのか気になる… - 149二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 17:27:44
- 150二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 17:42:44
なるほど〜
青薔薇の村での3人の後遺症?に比べたら全然マシに感じる - 151二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 18:18:23
D-3エンドの時は
HO1潔→HOのプラス補正を失う
HO2士道→不定の狂気みたいな形で1d6ヶ月破壊衝動を付与
HO3凛→村で歌った「唄」を全部忘れる
潔が覚醒するにはカイザーが必要→潔が覚醒しないと凛も覚醒できない
のピタゴラスイッチでパフォーマンスが落ちてたから重く見えてた感じ
- 152二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 18:23:10
色々考えててすごい!
他のメンバー視点の話も気になる - 153二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 18:41:01
大体こんな感じ
■士道
バスを降りた時から「呼ばれてた」
ヨドヒノメについて:全部ぶっ壊して欲しい?オッケ~!くらいのノリ
余土村について:滅んでもよくね?
自分について:楽しければオッケー!壊せなくてもまあ楽しいならそれで?
■凛
余土村という字面で既に考察モードだった
ヨドヒノメについて:どうでもいい
余土村について:ぶっ壊れればいいと思う
自分について:正しい唄の通りに花を供えたい。その結果何が壊れても。自分が死んでも
■カイザー
バスの時から共鳴してた
ヨドヒノメについて:共鳴により同情
余土村について:共鳴により「ぶっ壊したい」
自分について:ヨドヒノメの記憶と自分の境界が曖昧になっていることを自覚して実は一番焦ってた
- 154二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 19:05:14
ありがとうございます!
- 155二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 19:15:43
- 156二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 19:22:06
次もなんか書きたいなと思ってるんだけど
希望のメンバー(1~4人)とどんな感じのホラーがいいか(今凸スレ形式と夢形式はぼんやり浮かんでる)があれば是非教えてください
ほかにも「これって何?」があれば答えます - 157二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 19:33:10
- 158二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 19:46:07
- 159二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 20:30:57
まとめ助かるありがとう
そして次回作があるだと……!?
ホラーなら凛ちゃんは連れて行きたいな
でもどのメンバーでも楽しみにしてる! - 160二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 20:35:39
- 161二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 21:57:31
前スレ見ずに初見で読んだけど本当に面白かった!次も待ってます!