Let the right one in. Part2【SS・オリキャラ有】

  • 11◆iT7WvLBL2aBf25/06/29(日) 22:50:44

    最短で最適
    私が信じる私の道

    迂遠で胡乱
    白鷺が誘う迷い道

  • 21◆iT7WvLBL2aBf25/06/29(日) 22:53:12
  • 31◆iT7WvLBL2aBf25/06/29(日) 23:01:04

    前回のあらすじ
    スーパームーンを間近に控えた冬の夜。不良少女、大洲カノンは、ヘルメット団が画策した銀行強盗の“バイト”に参加する。しかし逃亡の際、彼女は脚を撃たれ囮にされてしまう。
    何とか逃げ込んだ廃ビルで、カノンはエリと名乗る少女に出会った。
    時を同じくして、キヴォトスでは通り魔事件が起きていた。その奇妙な手口を不審に思ったヒマリは、エイミと共に事件の調査を開始して……

  • 41◆iT7WvLBL2aBf25/06/29(日) 23:24:25

    ひとまず、スレ立てを……
    本編に関しては明日から書いていけたらな、と思います……!

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:25:15

    では保守らねばなるまいて

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:27:34

    10まで

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:29:21

    保守ピタリティ

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/29(日) 23:29:58

    この文量をリアルタイム書きなんだからすげえよ……

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 00:25:00

    保守

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 00:33:26

    10

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 08:21:46

    おつおつ
    待ってるぜ

  • 12二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 16:48:41

    保守

  • 131◆iT7WvLBL2aBf25/06/30(月) 21:37:04

    「……暗い」

    路地に入ったエイミが最初に抱いた印象がそれだった。
    ビルに囲まれてできたその路地は、まだ日も高い時間帯なのに薄暗い。夜になれば、真っ暗になるのは想像に難くなかった。

    「……」

    次に彼女は、目を閉じて耳を澄ませた。
    羽虫の様に唸る換気扇。配管を水が通る鈍い衝突音。表通りの喧騒は、おぼろげにしか聞こえない。

    「部長、聞こえる?」

    ぱっと瞼を開けたエイミは、そう声を発した

    「聞いていますよ、何か気づいた事でも?」
    「気づいた……って言うのが正しいは分からないけど」
    ヒマリからの通信。それを待ってエイミは言葉を続ける。
    「あつらえむきの場所……だと思う」
    「ふむ……」

  • 141◆iT7WvLBL2aBf25/06/30(月) 21:38:33

    ヒマリは、深く思慮するような吐息を一つ返した。エイミはそれを、先を促していると解釈した。

    「ここ、夜はかなり暗くなりそう。それに、大通りとは離れているから、ある程度騒いでも問題なさそう」
    「なるほど。うってつけですね」

    ふう、とエイミは細く息を吐いた。

    「とりあえずざっと見ただけだとそんな感じかな」
    「……成程」

    ヒマリは一言呟いて沈黙する。
    彼女の次の言葉を待つ間に、エイミは路地の脇に寄り、具合を確かめるようにビルの壁面に手を触れた。


    ヒマリは一言呟いて沈黙する。
    彼女の答えを待つ間に、エイミは路地の脇に寄り、具合を確かめるようにビルの壁面に手を触れた。

  • 151◆iT7WvLBL2aBf25/06/30(月) 21:52:27

    「……そうなると、一つ気になることが」  

    暫くして、ヒマリが声を発した。

    「なに?」
    「犯人は、何故ここを選んだのでしょう?」
    「……どういうこと?」

    謎かけめいたヒマリの言葉。エイミはその真意を図りかねて、眉根を寄せた。

    「エイミ、貴女わざわざ大通りから離れた暗い道を通りたいと思いますか?」
    「ああ、成程」

    瞬き二つ分程の間をおいて、ヒマリが答える。それを聞いてエイミは合点がいった。

    「待ち伏せるには効率が悪いね、ここ」

    この路地は、人通りが極端に少ない。そういう場所なのだ。現にエイミもここにきてから一度も人の姿を見ていない。
    ふ、と通話越しに息の漏れる音が聞こえた。ヒマリが笑ったのだろう。

    ──この私に似て、素晴らしい洞察力ですよ。エイミ。

    そう言いたげなヒマリのしたり顔が頭に浮かんで、エイミはゆっくりかぶりを振った。

    「このことから推測できることは?エイミ」
    「うーん」

    水を向けられたエイミは、一つ一つ言葉を選びながら口を開く。

  • 161◆iT7WvLBL2aBf25/06/30(月) 22:53:32

    「犯人は被害者の生活パターンを知っていた……もしくは後をつけて、この路地に入ったタイミングで襲った……どちらにせよ、あらかじめ被害者に狙いを付けていた?」
    「十中八九、そうでしょうね。……寒空の下、いつ来るかもわからない誰かを待ち続けられる……犯人がそういう人物であれば、その限りではありませんが」

    冗談めかしたヒマリの言葉に、エイミは溜息を吐いた

    「ねえ、結局何もわかってなくない?これ」
    「そうでもありませんよ。少なくとも、だれでもいいという手合いではなく、何かしらの判断基準を持つことが分かりましたから」

    詭弁だ……とエイミはあきれ顔をした。

    「うーん、そうなると被害者の事、知りたいかも。そこにヒントがあるかもしれないし。ミレニアムの子だっけ」

    エイミは気を取り直してヒマリに尋ねた。

    「はい、身元の特定も済んでいますよ」

    ヒマリが答えるや否や、エイミの持つ端末がぴこん、と通知音を立てる。彼女が画面をタップすると、被害者となった生徒の個人資料が表示された。セミナーのロゴが刻まれたそれには、件の生徒の略歴が事務的な筆致で記されている。
    ──持ち出して良いの、これ?
    エイミは内心首を傾げつつ、資料に目を通す。

  • 17二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:17:46

    このレスは削除されています

  • 181◆iT7WvLBL2aBf25/06/30(月) 23:20:45

    「若梅リエ。宇宙旅行部……?」

    知らない名前に、知らない部活である。

    「読んで字のごとく、有人での宇宙旅行を目指す部活動ですね」
    「え……」

    さらりととんでもない事を口走ったヒマリに、エイミは目を丸くする。

    「行ったの、実際に」
    「残念ながら、成果は伴っていないようです。ただ、アプローチが独特でして」

    続く言葉を劇的なものにする為に、ヒマリは一呼吸間を置く

    「電磁投射による第一宇宙速度の突破……つまりレールガンによる投射で宇宙を目指していたそうです」
    「えー……」

    想定以上に素っ頓狂な話が出てきて、エイミは言葉を失った。
    例えるなら、大砲の弾に人を詰めて空に向かって打ち上げるようなものだ。独特のアプローチというか、荒唐無稽と呼んでも差し支えないだろう。沈黙したエイミにかまわず、ヒマリは語り続ける。

    「電磁投射という手法を取る以上、大量の電気が必要になります。彼女……リエさんは、ある実験に際してミレニアムの発電所に侵入し、電源を拝借したそうです。その結果……」
    「あー……」

    なんとなくオチが読めたエイミは、曖昧な表情を浮かべた。

    「ミレニアム学区の大規模な停電を引き起こしたそうです」
    「それで停学?」
    「はい。そして停学中に不良グループとかかわりを持ち、今回の事件に巻き込まれた……そういった所ですね」

    思わず眩暈がしたエイミは、目元を抑えた。

  • 19二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 08:25:04

    草 

  • 20二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 17:57:42

    実質とんでもねえ投石器じゃねえか

  • 21二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 00:04:37

    ⭐︎

  • 22二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 09:52:01

    いろんな意味で不安になるわ

  • 231◆iT7WvLBL2aBf25/07/02(水) 18:47:13

    タスクが立て続けに入っててんやわんやしているので少々お待ちを……

  • 241◆iT7WvLBL2aBf25/07/03(木) 00:02:13

    「……研究内容はともかく、本人は今どうなってるの?」

    目元を抑えたまま、エイミは呻くように尋ねる。

    「少し待ってください」 

    短い返事をしてヒマリは口を噤む。かわりに聞こえてくる、キーボードを叩く音。

    「……現在はヴァルキューレ管轄の病院に移送されたようですね。容体の安定を待って事情聴取を行う予定だそうです」

    束の間の沈黙の後、ヒマリが再び口を開いた。それを聞いたエイミは、難しい顔をした。

    「それだと、直接話を聞くのは難しいか」
    「そうですね。手段がないではありませんが……今はまだ尚早なので」

    ヒマリの思わせぶりな物言いに、エイミは怪訝そうな顔をした。

    「ともあれ、次の調査に取り掛かりましょう!」

    通信機越しでそのことを知る由も無いからか、ヒマリは明るい口振りで言葉を紡ぐ。

    「エイミ、貴女には被害者の所属していた不良グループに接触してもらいます」

    調査の指示だ。エイミはふるり、と頭を振って雑念を追い出すとヒマリの話に集中する。

    「了解。何をすればいい?」
    「被害者の人となり、それから当日の行動について聞き出してください。……貴女の能力を信頼していますが、くれぐれも用心を。ヴァルキューレも彼女たちを追っているようですが、随分“非協力的”みたいですから」
    「わかった」

  • 251◆iT7WvLBL2aBf25/07/03(木) 00:03:21

    ヒマリの言葉を聞いたエイミは、携行するショットガン……マルチタクティカルのグリップを握りこむ。場合によっては、これを使う必要が出てくるだろう。手に馴染んだ重みを確かめるように彼女は二、三度マルチタクティカルを揺らした。

    「グループの根城はわかる?」
    「いいえ。申し訳ないですが貴女の脚を頼ることになります。そうですね、ブラックマーケットを当たるのが、情報収集としては手っ取り早いかと。私の方は、在学中の被害者の足取りを追ってみます」
    「了解、何かわかったらまた連絡するね」
    「よろしくお願いします、エイミ」

    ぷつん、と音を立てて通信機が沈黙する。
    エイミは長く息を吐くと、空を仰いだ。ビルに切り取られた空は狭くて、遠い。

    「ブラックマーケットか」

    ぽつりと呟いて、それからエイミは歩き出す。その足取りに迷いはなかった。

  • 26二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 09:34:29

    ⭐︎

  • 27二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 19:30:40

    さすが見た目以外は頼もしい女

  • 281◆iT7WvLBL2aBf25/07/03(木) 22:35:35

    ──
    ────

    ブラックマーケットの中でも一際背の高いビル。その正面入口に、緊張した面持の猫顔の獣人が立っている。
    そこに、二台の車がやってきた。先頭を行くのは、カイザーインダストリーの社章を付けた黒塗りの高級車。その後背、付かず離れずの位置には、所々ガタが来ているのが伺えるシルバーのバン。二台の車は、猫顔の獣人が見守る中で徐々にスピードを落としていき、やがてビルの正面に、タイヤをきしませて停車した。
    バンのドアが開き、五人の少女が飛び出した。彼女たちは統制が取れた……とは言い難い、少しもたついた動きで高級車の周囲を固める。その中の一人……カノンは素早くあたりを見渡し、不審な人影が無い事を確かめると、

    「異常なし!」

    と声をあげた。一拍遅れて、周囲からも「異常なし」「ないよー」とまばらに声が上がる。それを聞いた彼女は、身体を翻すと車のドアに手をかける。防弾の為に鉄板でも入れてあるのか、重たいドアをいきみながら全開にすると、中から一人のロボットが降りてきた。
    皺ひとつない、生地のしっかりとした黒のスーツに、金装飾のされた杖を付いたロボットである。彼……カイザーインダストリーの重役は、ドアを開けたカノンにちらりとも目をくれず、ビルの方へと歩き出す。

    「ようこそお越しくださいました!我々一同、来訪をお待ちして……」
    「御託は良い。例の件はどうなっている?」

    素早く近寄り、揉み手をしながらご機嫌取りを始める猫頭の獣人。それを憮然と一蹴する、重役。二人はそうして言葉を交わしながら、ビルの中へと消えていった。

    「ふぅ……」

    彼らの背中が見えなくなるのを待って、カノンは止めていた息を吐いた。
    重役だの、偉ぶった連中の傍というのはなんであんなに息が詰まるのだろうか。

  • 291◆iT7WvLBL2aBf25/07/04(金) 00:08:05

    故あって今冷や汗だらだらになってます…
    少しペースアップしていかないと……

  • 30二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 10:05:02

    保守

  • 311◆iT7WvLBL2aBf25/07/04(金) 17:22:36

    ともあれ、ここまでは順調だ。

    このまま会合が終わるまでビルの入り口を警備し、その後重役を会社まで送り届ければ、晴れて報酬の受け取りとなる。

    「分担、どうする?」

    ツナギにヘルメットの少女が、一同を見渡しながら言った。会合の間、どこを警備するかという話だ。カノンは少し考えこむと、

    「ここと、一応裏口を見ておけばいいだろ。普通に3と2で分かれるか?」

    と提案した。

    「あー、それならウチら一緒がいい!」
    「別行動とか勘弁してほしいよねー」

    そう口をはさんだのは、セーラー服の二人組だ。彼女たちは親しげに体を寄せ合い、笑い声交じりにカノンにしゃべりかける。緊張感が、まるでない。カノンは彼女たちを二人きりにするのが不安になった。

    「……じゃああんたたち二人とアタシが正面。裏はそっちのあんたと組んでもらって良いか?」

    カノンが水を向けたのは、黒のフルフェイスヘルメットを被った少女だ。彼女は押し黙ったままカノンの事をじっと見つめ、それからゆっくりと頷いた。バイザーが日の光に反射して、カノンから表情は覗えない。

    ──こいつも大丈夫か?

    カノンは思わず頭を抱えたくなった。

    「……じゃあ、そういう感じで。何かあったら連絡たのむ」

    「はいよー」

    カノンはツナギの少女に声を掛ける。彼女は鷹揚に頷くと、フルフェイスヘルメットの少女を伴い、ビルの裏口に向けて歩き出した。

  • 321◆iT7WvLBL2aBf25/07/04(金) 21:42:42

    それを見送ったカノンは、さて、とセーラー服たちの方に目を向ける。彼女たちはこれが仕事だということを気にした様子もなく、おしゃべりに興じていた。
    これでも支払われる報酬は同じだと思うと、カノンはこのまま帰ってしまいたい衝動に駆られた。それをぐっと飲み込んで、彼女は大きく音が鳴るように掌にくぼみを作って打ち鳴らした。

    「おーい、喋るのも良いけど、見張りはちゃんとやってくれよー」

    カノンはセーラー服たちに向けて、声を張り上げる。彼女たちは束の間カノンの方を見て、それからおしゃべりを再開した。

    もう知らね。

    カノンは小さく溜息を吐くと、彼女達と距離を取り、ビルの壁に背を預けた。
    此処から長くなりそうだと、カノンは内心うんざりとした。

  • 331◆iT7WvLBL2aBf25/07/04(金) 22:14:40

    上下に二分された縦長の画面。その下半分、さらに4×3に振り分けられた五十音の頭文字を指先が叩き、メッセージを紡ぎ出す。

    『リーダー、いた』

    つい今しがた送り出された、一通のメッセージ。その隣に小さな「既読」の文字が浮かんだ。

    『誰が?』

    “リーダー”からの返信は、ごく短く素っ気ない一文。しかし彼女は気にした様子もなく、寧ろ興奮した様子で更に画面を叩く。

    『バイト』
    『この間のやつ』

    メッセージを送るそばから、既読の通知が付いていく。
    それを確認した彼女は、仕上げとばかりに写真を送った。
    隠し撮りされた事が明白な、傾いたアングルのそれ。そこに写っているのは、パーカーにジーンズを着た、金髪の少女……カノンだった。
    その写真にも、すぐに既読の通知が付いた。しかし“リーダー”からの返信はそこから少しだけ時間がかかった。

    『詳しく聞かせろ』

    ごく短い、しかし明らかな害意を孕んだメッセージ。それを読んだ少女……バチバチヘルメット団所属の彼女は、黒いフルフェイスヘルメットの下で仄暗い笑みを浮かべた。

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 06:48:11

    ⭐︎

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 16:35:24

    保守

  • 361◆iT7WvLBL2aBf25/07/05(土) 22:52:50

    彼女は先日、カノンと共に銀行を襲った一人である。

    グループの中でも特に体格と運動神経に恵まれた彼女は、奪った現金の運び役としての役割を任されていた。
    彼女はあの夜、最後まで走り続けた。仲間が一人、また一人と力尽きヴァルキューレに確保されていく中で、彼女はグループの先頭に立ってメンバーを励まし続けた。そして最後には、現金の入った鞄を捨てることを代償に、リーダーを伴ってヴァルキューレの追跡を振り切ることに成功したのだった。

    彼女が単身この仕事に応募したのは、落とし前のためである。
    逃げ延びるために身軽になる必要があったとはいえ、奪った現金を捨てたのは彼女の独断だ。そのことに責任を覚えたのだ。

    即日、現金払い。そして金払いのいいカイザー。あつらえ向きの仕事を見つけた彼女は、それが何事もなく終わると思っていた。
    終わらせるつもりであった。

    ……集合地点として指定されたビルの会議室に、カノンが入ってくるその瞬間までは。

    彼女はカノンのことをよく覚えていた。きれいな金髪の輝きが目の奥に残っていたから、あの夜一緒に仕事をしたバイトだと、すぐに気づいたのだ。
    囮として置き去りにしたはずのバイトが、何事もなかったかのようにこの場にいることに、彼女は驚いた。そしてその驚きはすぐに怒りにとって代わった。

    ──私たちの半分は捕まったのに、どうしてお前はここにいる

    身勝手で、理不尽な怒りである。彼女自身、それをうっすらと自覚しながらも自分を律することができなかった。

  • 37二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 08:15:20

    保守

  • 381◆iT7WvLBL2aBf25/07/06(日) 15:28:03

    告知になります。

    私生活が慌しいのと、次の展開に少し悩んでいるので、次の更新は火曜までお時間いただきます。


    保守がてら小ネタを

    通り魔事件の被害者である「若梅リエ」と彼女が所属する「宇宙旅行部」のレールガンで宇宙を目指す設定は「月世界旅行」から引用してます

    YouTubeで見られるので時間がある時にでもどうぞ

    [日本語字幕]『月世界旅行』(1902)"Le Voyage dans la Lune / A Trip to the Moon"


  • 39二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 23:52:35

    ⭐︎⭐︎

  • 40二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 07:43:12
  • 41二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 17:39:14

    待つよ

  • 421◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:05:00

    ──あの夜、お前が捕まるはずだった。なのに、現実は真逆だ。それはあいつが囮の役割を全うしなかったからだ。そのせいでこっちは迷惑をこうむった!

    そうやって他者に責任を押し付けるのは、楽だったからだ。

    ──私達には、仕返しをする権利がある。だって、こっちが被害者なんだから。

    集合地点からバンに乗ってここまで移動する間も、彼女はそのことばかりを考えていた。
    そして今、リーダーとのメッセージのやり取りを経て、現実のものになろうとしていた。

    カノンのあずかり知らないところで、彼女を狙った悪意が蠢く。

  • 431◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:07:23

    『思いがけない再会で、予期せぬハプニングに巻き込まれるかも!』

  • 441◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:08:48

    ……それは図らずも、星占いが告げていた通りに。

  • 451◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:09:58

    ──
    ────
    隣に立つフルフェイスヘルメットの少女を、ツナギ姿の少女は横目で見る。
    彼女たちがビルの裏口に来てからずっと、フルフェイスヘルメットはスマホの画面をタップしている。

    ──なーんかあるのかね。コイツとあの金髪の間に。

    彼女は両者の間に漂う……というよりフルフェイスヘルメットの方から一方的に放たれる敵意に気が付いていた。

    ──どっかで恨みでも買ったのかな?あの金髪。

    なんとなく推測はできるが、詳しい事は分からない。ツナギ姿自身、それを知る気は無かった。恨みつらみ、やったやられた。そんなブラックマーケットではよくあること一々嘴を突っ込んでも碌なことにならないからだ。

    ──ま、この仕事に影響で無いなら何でもいいか

    ただし、その因縁が稼ぎに影響が出るのであれば、話は変わる。
    いざとなったらその時は……ツナギ姿は、それとなくアサルトライフルのセーフティを外し、路面のアスファルトに腰を下ろした。そうして大きな欠伸を一つ。

    護衛の仕事は、まだまだ先が長い。

  • 461◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:15:04

    「ねーねー」
    「うお」

    横合いから声をかけられ、顔をそちらに向けたカノンは、小さく声をあげた。セーラー服の片割れの顔がすぐそこにあったからだ。
    カノンは驚いた事を誤魔化す為に二、三度咳き込み、

    「何?」

    と尋ねた。

    「いつまで続くんだっけ、これ」
    「……話聞いてたか?」

    長い髪を後ろで一つに束ねたセーラー服は、何かを思い出すように遠い目をしながら言った。カノンはそれに呆れたように答える。

    「さっきビルに入っていった連中がまた出て来るまで!それがいつかはわからない!」
    「はー?ダッル……」

    セーラー服はがっくりと肩を落とした。そのオーバーリアクション気味な仕草が可笑しくて、カノンはふ、と息を漏らすように笑う。
    そこで彼女は、一つ異変に気付いた。

    「なあ、もう一人は?」

    目の前の少女とおしゃべりをしていた、もう一人の姿が見当たらない。

    「みっちゃん?コーヒー買いに行ったよ」

    セーラー服はきょとんとして、あっち、と通りの一つを指差した。それを見たカノンは今度こそ頭を抱えた。

  • 471◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:35:19

    「護衛の仕事だって言ってるだろ……!」
    「えー?別に良くない?別に見張られてる訳でもないじゃん」

    セーラー服は悪びれた様子もなく言い放つと、カノンの傍にしゃがんだ。

    「それよか、みっちゃん戻るまで話そうよ」
    「話さねえよ!」
    「はは、ウケる。それでさー」

    カノンは声を張り上げるが、セーラー服は気に留めない。
    波長が合わないと、カノンは思った。もし二人の魂を取り出して見比べる事が出来たら、きっと正反対の色をしているだろう。

    「金髪ちゃんって出身どこなの?」

    セーラー服の言葉を聞いたカノンの表情が、張った。

    「……それ聞いてどうするんだ」

    重たい空気を肺から絞り出して、それだけ何とか言葉にする。
    カノンの様子に気づいていないのか、あるいは気づいて無視しているのか、いずれにせよ変わらない調子でセーラー服は言葉を続ける。

  • 481◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:36:35

    「みっちゃんはゲヘナっぽいって言ったけどさ、ウチはなんとなくミレニアムぽいかなって思う。賢そうな感じ?そういう顔に見えるー」

    セーラー服の言葉が遠くなる。カノンの意識の方向が目の前から記憶の中へと移り変わっているからだ。彼女の脳裏に断片的な記憶が次々に浮かんでは消えていく。そして、その記憶に紐づけられた挫折の記憶も同じように。
    胃の腑から、苦くて酸っぱいものが込み上げてくるのを感じた。

    「ねー、それだけ教えてよ。そしたらちゃんと仕事してあげるからさ」

    セーラー服の声がする。今のカノンにとって、仕事の事などどうでもよかった。ただ、会話を打ち切りたかった。それほど、吐き気が酷い

    「……ト」
    「え?何?」

    喘ぐように息をしながら絞り出した言葉は、酷く掠れていて。聞き取れなかったセーラー服が、悪意なしに聞き返して来る。
    もう、許してくれ。
    泣きそうになりながら、カノンは再び口を開いた。

  • 491◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:37:39

    「ワイルドハント」

  • 501◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:38:45

    それだけ発したカノンは、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

  • 511◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 00:39:52

    お待たせしました
    ひとまず更新分はここまでです

  • 52二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 10:05:42

    あら
    大丈夫か?

  • 53二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 18:10:25

    不安だ

  • 541◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 23:46:13

    ……油断してた。

    カノンはぐしゃりと髪をかき上げた。
    学校の事は、もう乗り越えたと思っていた。もう平気だと信じていた。
    本当は、考えない様にしていただけだった。向き合うと、未だに同じ様に痛む傷だから。
    今朝キリノとの話題を強引に打ち切ったのも、結局はそういうことなのだ。

    ──ああ、結局。アタシはずっと逃げたままなんだな。

    カノンの唇が、自嘲の笑みに歪む。

    「え、ワイルドハント?やば、ゲージュツカじゃん!」

    セーラー服は、体の前で手を合わせて声をあげた。その声色に含む所は感じられない。
    いっそ馬鹿にしてくれれば恨むこともできたのに、とカノンは恨めしく思った。

    「元だよ、元」

    カノンは強めに声を張り、セーラー服の言葉を否定する。

    「でもすごいっしょ。何やってたん?絵?音楽?」

    尚も追及してくるセーラー服に、カノンは見せつけるように首を横に振った。

  • 551◆iT7WvLBL2aBf25/07/08(火) 23:51:47

    「“それだけ”にはもう答えたぞ」
    「え?」
    「どこに通ってたか、教えた。それだけ聞いたら仕事するんだろ?」

    カノンはそう言ってビルの入り口を指差した。

    「えー……」

    セーラー服はカノンと彼女の指さす方を交互に見て、不満そうに鼻を鳴らす。教えてくれてもいいじゃん、とカノンを見る目が訴えかけている。
    カノンはそれを徹底的に無視した。やがてセーラー服も根負けし、カノンから離れ持ち場へと戻っていった。
    これで良い、とカノンは思った。
    しばらくすればコーヒーを買いに行ったやつも帰ってくる。そうなったら、あの二人はおしゃべりを再開して、こっちにちょっかいをかける暇もなくなるだろう。

    そう目算して、彼女はセーラー服の方から顔を背けた。

  • 56二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 08:30:30

    ちょっと寂しい

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 17:46:35

    蟠りが強い

  • 581◆iT7WvLBL2aBf25/07/09(水) 23:13:50

    みっちゃんと呼ばれたセーラー服の相方は程なく戻ってきて、彼女たちは雑談を再開した。

    カノンの方には目もくれない。彼女が見立てた通り、セーラー服たちにとっては、もう興味の対象ではないのだ。
    カノンもまた、セーラー服たちをいないものとして扱うことにした。セーラー服たちを視界に入れないように体の向きに角度を付けて、ビルの警備を続ける。

    もっとも、目に見える異常はどこにも無いのだが。

    キヴォトスの中でもひときわ治安の悪いブラックマーケットでありながら、彼女の居る周囲は平穏そのものだった。
    何もない。退屈ですらある。
    カノンの思考が鈍化し、体感時間が加速していく。

    時間が流れる。発砲も爆発も、一度も起きることなく、静かなまま。
    時間が流れる。その静けさの下に、悪意と因縁が蜷局を巻いていることを悟らせぬまま。

    ──時間が流れる。バイトが、終わる。

  • 591◆iT7WvLBL2aBf25/07/10(木) 00:42:52

    カノンたちが、会合を終えた重役をカイザーインダストリーのビルまで送り届け、朝集合したビルに帰ってきたのは日暮れ頃だった。

    「──以上で本日の依頼は終了となります。お疲れさまでした」

    夕日のさしこむ会議室で、ロボットは形式的な挨拶をして、カノンに膨らんだ封筒を差し出した。

    「……どーも」

    カノンはそれを、片手で受け取る。封筒は見た目を裏切らず、ずしりと重い。中に入っている額が相応の物であると予感させる重さだった。必要な金額……家賃には、十分足りているだろう。
    それを喜ぶ気分にも、封筒を開けて中を確かめる気分にもなれないのは、今日一日でカノンがくたびれてしまったからだ。

    原因は明白。学校の件である。あのときカノンを打ちのめした息苦しさは、今でこそなりを潜めた。しかし今もまだ、下腹に溜まるような重苦しい感覚が付きまとう。

    ──もし、その重さを知らずに居られたのなら。或いは、それを物ともしない気概があれば。アタシは今も無邪気にカメラを片手に走り回っていたのかもな。

    カノンはゆっくりと頭を振って、封筒をジーンズのポケットに押し込んだ

    「おつかれー」

    ツナギの少女が、カノンに声をかけ会議室を後にする。気が付けば会議室に残っているのはもうカノンだけだった。

    「……おつかれ」

    つぶやいた言葉のあて先は、一体どこだったのか。
    そうして彼女もまた、会議室を後にした。

  • 60二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 10:29:33

    ⭐︎

  • 61二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 19:50:29

    大丈夫かなぁ

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 00:06:45

    このレスは削除されています

  • 63二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 08:19:32

    心配だな

  • 641◆iT7WvLBL2aBf25/07/11(金) 11:57:22

    テナントビルのある路地から大通りに出ると、多くの人がせわしなく行きかっていた。
    学校や会社の終わる時間帯だからだろう。D.U.が一番活気づく頃合いだ。カノンはその喧騒の中に、するりと体を滑り込ませた。

    暮れなずむ街を、人ごみにまぎれてカノンは行く。
    すれ違った誰かが笑う声。きっと友人と雑談でもしていたのだろう。
    横合いで着信音。スーツを着た犬の獣人が、携帯を取り出した。

    「流通の要である極海航路が再開されたものの、各地の物価高は尚続いています。連邦生徒会はシャーレと共同し事態の改善にあたるとの声明を発表しました。それに対しレッドウィンター工務部は──」

    街頭モニターが告げるのは、経済の話題。ちらと目を向ければマフラーとコートを着た少女が、メガホン片手に何かを叫んでいる映像が写し出されていた。

    世間は動き続けている。カノンの事などお構いなしに。

    カノンはフードを被った。布一枚隔てたことで、周囲の音がくぐもる。カノンは、こうして聞く曖昧なざわめき好きだった。自分の存在が周囲から切り離されて、一人きりになれたような気がするから。

  • 651◆iT7WvLBL2aBf25/07/11(金) 11:59:55

    道行く人の合間を縫って、カノンは前に進む。どこに行く、という当てはない。帰宅するにはまだ早く、だからと言ってやりたいことがある訳でもない、立ち止まっていると退屈だから足を動かしている……そんな彷徨だった。

    そんな中、ぐう、と彼女の腹が不意に音を立てた。

    「……腹減ったな」

    カノンは呟き、苦笑した。気分が沈んでいても、やることの当てがなくても、腹は減るのだ。そんなこと知るか、といわんばかりに。

    「……シッ!」

    彼女はボクサーの様に鋭く息を吐くと、両手で頬を叩いた。

    ──やめた!

    昔の事を考えていても、気分が沈むだけだ。だからカノンはそれをやめることにした。腹の虫が鳴いたのは、良い潮時だった。
    思考を切り替える。過去ではなく、この先の事を考える。
    選択肢は多い。何しろ今は金があるのだ。

    「……とりあえず、飯?」

    まずは、腹を満たそうと思った。少し良いものを食べてもいいかもしれない。

    「いいものっていうと……肉か?」

    安直な発想だと思いながら、カノンはスマホで近隣の肉料理を出す店を検索する。すると、何十という店舗がヒットした。

  • 661◆iT7WvLBL2aBf25/07/11(金) 18:41:08

    うぉ美人……

  • 671◆iT7WvLBL2aBf25/07/11(金) 18:42:55

    失礼自我

    それから告知になります
    今夜~明日にかけて都合が入ったため更新できないかもしれません

  • 68二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 00:30:01

    このレスは削除されています

  • 69二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 09:54:40


    舞ってる

  • 70二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 10:46:21


    ミノリ推しかワレ

  • 71二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 16:14:22

    待ち

  • 721◆iT7WvLBL2aBf25/07/12(土) 23:17:55

    チェーンの焼肉店から、格式の高そうなレストランまで。キヴォトスの経済の中心であるD.Uだけあってよりどりみどりだ。
    カノンはその中から目についたものを適当にタップし、表示された口コミを流し読みする。
    それが終われば、今度は別の店を。そんなプロセスを三回ほど繰り返し、彼女はスマホをしまった。

    「うーん……」

    彼女は空を仰ぎ、唇を尖らせた。そそられるものが無かったのだ。

    ──考えてみれば、そこまで食に頓着する方じゃないよな。

    カノンは食に関する探究心……より美味しいものを食べたい、という欲求が薄い方だ。
    食べられるなら何でもいいと言い切る程に割り切っている訳ではないが、ジャンクフードやコンビニ弁当で十分満足できる。だから、口コミでこの店はハラミが美味しいだとか、ステーキの焼き加減が絶品でとか言われても、いまひとつピンとこないのだ。

    「……バイゼで良いか最悪」

    悩み周囲を見渡せば、ビルの壁に掲げられたファミリーレストランの看板が見えた。
    ふむ、とカノンは顎に手を当てる。お馴染みのドリアに、別料金でチーズをトッピング。そこに、ドリンクバーも追加。それくらいの贅沢が自分の性に合っている気がした。

  • 73二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 07:11:44

    ⭐︎⭐︎

  • 74二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 16:07:26

    美味しいよねファミレス

  • 751◆iT7WvLBL2aBf25/07/13(日) 23:21:33

    ごめんなさい今晩進捗駄目です……

  • 76二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 06:53:11

    お疲れさまです

  • 771◆iT7WvLBL2aBf25/07/14(月) 10:19:54

    自我失礼します


    今日7月14日がなんの日かご存知でしょうか?

    遡ること236年、西暦1789年の7月14日は、フランス革命の発端とされるバスティーユ牢獄の襲撃があった日です。

    余談ですがフランスにおいては今日が建国記念日とされています。いわゆるパリ祭りと呼ばれる記念日なのですが、実はバスティーユ襲撃そのものではなくその1周年を記念して翌年に開催された連盟祭と呼ばれるイベントが起源だとされています。

    ミノリもこう言ってますね、かわいいですね

    ところで7月14日ってブルアカ的にはミノリの誕生日なんですよね

    当人は忘れちゃってたみたいですけどね、かわいいですね

    ミノリが今日が自分の誕生日だと忘れないように、今日という日が素敵な日として思い出に残るようにたくさんお祝いしてあげたいですね……

    ハッピーバースデーミノリ


    うぉ美人すぎ……

  • 781◆iT7WvLBL2aBf25/07/14(月) 10:20:56

    自我失礼しました

    SSの続きを書いていきます

  • 79二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 19:53:50

    ミノリは可愛いからね仕方ないね

  • 801◆iT7WvLBL2aBf25/07/14(月) 23:21:59

    カノンは一つ頷く。考えている内にこれがもっともな答えに思えてきた。それこそ、初めからドリアが食べたかったような気がしてくるくらいに。

    「決まりだな」

    封筒の入ったポケットをぽん、と叩くとカノンはファミレスに向かって歩き出した。

  • 811◆iT7WvLBL2aBf25/07/14(月) 23:22:59

    ──
    ────

    「ねえ、ちょっと良いかな」

    ブラックマーケットの路地で、エイミは前から来るマスクをつけた少女に声をかけた。呼び止められた少女の目が、訝しむ様に細められる。そんな彼女に眼前に、エイミは一枚の写真を突き付けた。

    「この子、見たことない?亜羅伊庵寿ってグループの子なんだけど」

    その写真は、若梅リエ……通り魔事件の被害者の顔写真だった。マスクの少女は写真に顔を寄せ暫く眺めた後、首を横に振った。

    「そっか、ありがとう」

    エイミの言葉を聞くや否や、少女はその場を足早に後にする。それを見送ったエイミは、鼻を鳴らした。

    「芳しくありませんか?エイミ」

    そこに、ヒマリから通信が入った。まるで見ていたようなタイミングだ。
    ……いや、実際に見ているかもしれないと、エイミは近場のビルに目を向ける。すると、そこに設置されていた監視カメラと目が合った。

    「覗き見?部長」
    「まさか。偶然回線を開いたら、可愛い後輩の思い悩むような気配を感じたので、思わず声をかけてしまった……そんな木漏れ日の様に優しく温かな心遣いです」
    「はいはい」

    どこぞの陰気な女と一緒にしないでください……と憤慨した様子のヒマリを、いつもの事だと軽く流しつつエイミは言葉を続ける。

    「でも、成果がないのは本当。大き目のグループだって聞いていたから、すぐに情報があつまると思ってたんだけど」
    「ふむ……寧ろ大きいグループだからこそ、かもしれませんね」

  • 821◆iT7WvLBL2aBf25/07/14(月) 23:25:44

    ヒマリのもって回った言い回しに、エイミは首をひねりつつ口を開く。

    「変にかかわりを持ちたくない、とか……そういう事?」
    「はい、殊更今はメンバーが襲われて気が立っているでしょうから」

    エイミは今の自分が周囲からどう見えるかを考えてみた。
    つまるところ「最近ピリついている不良グループを嗅ぎまわってる、見慣れないヤツ」だ
    ──なるほど、と彼女は頷いた。確かにそんな奴に下手なことをしゃべりたくはない。

    「とにかくこのまま聞き込みを続けても、効率は良くないかも」

    エイミは気を取り直して、ヒマリにそう告げた。

    「……そうですね。一度戻ってください。方針を少し考えます」

    瞬き二つ分と、呼吸三回分。ごく短い……しかし「全知」にとっては長い沈黙を挟み、ヒマリがそう言った。

    「いいの?」
    「ええ、そろそろ日も暮れますし……現場を見て貴女が感じたことも聞きたいので」
    「それなら、今からでも言うけど」
    「いえ、直接聞きたいのです!」
    「えぇ……」

    困った顔をしながらも、エイミは歩む進路を変えた。目的地はミレニアム、特異現象捜査部の部室。
    朝、彼女が出発した場所。白鷺の呼ぶ声が、エイミの道標だ。

  • 83二次元好きの匿名さん25/07/15(火) 09:05:07

    思うようにはいかんな

  • 84二次元好きの匿名さん25/07/15(火) 18:14:42

    エイミ帰還

  • 851◆iT7WvLBL2aBf25/07/15(火) 23:16:13

    ──
    ────

    「お待たせしました。平原風ドリアチーズトッピングになります」
    「どーも」

    盆にドリアを乗せて運んできた店員に、カノンはドリンクバーで取ってきたコーラ片手に会釈をする。

    「ごゆっくりどうぞ」

    店員が伝票をおいて、テーブルを後にする。カノンはそれを見届けて皿を自分の前に引き寄せた。
    丸い耐熱皿にほかほかと湯気を立てるドリアが盛り付けられている。ホワイトソースとミートソースの鮮やかに彩りに、ふつふつと煮立つチーズの香りが食欲をそそる。

    「いただきます」

    カノンはスプーンを手に取ってひとすくいすると、ふうふうと息を吹きかけ口に運んだ。

    「あっつ……!」

    ドリアはまだ熱く、カノンは口をはふはふとさせた。
    熱い、だが美味い……!ミートソースはほろほろとした挽肉の食感が良く、肉と野菜の旨味がしっかりと染み出している。そこに絡むホワイトソースの濃厚な味が相性抜群だ。所々焦げ目の付いたチーズは、香ばしく食べている最中だというのにお腹が空いてくるよう。あつあつなのに、スプーンを動かす手を止められない。

    「あったけー……」

    コーラを一口飲んで口の中を冷やしたカノンは、しみじみと呟いた。寒空の下で仕事をしていたのもあって、温かな食事が染みるようだった。

  • 861◆iT7WvLBL2aBf25/07/15(火) 23:21:06

    ──やっぱ、食わなきゃダメだな。

    悪い気分は飢えから来る。
    昔、そんな言葉を聞いた事をカノンは思い出した。小説だったか、映画だったか、今となっては思い出せないが真理を付いていると彼女は思った。現に今、彼女はほわほわとした幸福感の中に居る。腹が膨れるというのは、それだけで満ち足りた気分になれるのだ。

    「……あいつ、どうしてるかな」

    満たされれば、自分以外の物に考えを巡らせる余裕ができる。
    カノンの脳裏に浮かんだのは、底冷えする廃ビルに住んでいる少女だった。

    ──ちゃんと食ってるのかな、あいつ

    カノンは少し考えこむと、テーブルに置かれた呼び鈴を押した。
    明るい電子音が響き、程なくして店員がやってくる。

    「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
    「あー……ここ、持ち帰りってやってる?」

    メニュー表を片手に、カノンは店員に尋ねた。

  • 87二次元好きの匿名さん25/07/16(水) 08:24:03

    満腹は幸福であり余裕

  • 88二次元好きの匿名さん25/07/16(水) 17:40:11

    やさしい

  • 891◆iT7WvLBL2aBf25/07/16(水) 23:18:32

    ──
    ────

    「んっ……!」

    ヴァルキューレのオフィスで引継ぎの報告書を書き上げたキリノは、腕を大きく上に向かって伸ばした。凝り固まった首と肩の筋肉がじわじわと解れていくのが分かる。彼女は心地良さげに喉奥から声をあげ、首を何度か左右に傾けてから、今しがた書き上げた報告書の中身に目を通す。

    お年寄りの案内に、迷子の案内。遺失物の届け出が何件に、小規模な銃撃戦の仲裁。記されているのは、ごく平和な日常風景である。
    そしてそれは、逆説的に通り魔事件になんの進展も無い事を意味している。
    じくり、と焦りに似た感情がキリノの胸中で燻る。犯人は未だ捕まらず、街の暗がりに潜んでいる。もしかしたら、今まさに次の標的に狙いを定めているかもしれない。
    しかし、生活安全局所属の彼女はこの事件の捜査に直接関与することはない。それは警備局の仕事だからだ。今の彼女に出来るのは、普段より念入りにパトロールをするくらいだ。

    ──せめて、犯人の行動を躊躇わせる動機になっていてくれればいいんですが。

    キリノはゆっくりと首を振ると、席を立った。

    「お?終わった~?」

    ラジオの放送をお供に自席でくつろいでいたフブキが、キリノの方を見て言った。

    「はい、お待たせしました」
    「よしよし、じゃあご飯行こうか。もう足パンパンだよ~」

    フブキは冗談めかして肩の高さに手を掲げた。それを見たキリノが苦笑する。

    「ごめんなさい、今日もパトロールにつき合わせちゃって」
    「いいってこと。限定のドーナッツにもありつけたことだしね~」

    フブキはそう言って、弾みをつけて椅子から立ち上がる。書類を提出したキリノは、足早に彼女の元に向かった。

  • 901◆iT7WvLBL2aBf25/07/16(水) 23:23:09

    「エリー?」

    大きく膨らんだビニール袋を持って廃ビルを訪れたカノンは、暗がりに向けて呼びかけた。

    「……」

    彼女は暫く口を噤んで耳をすませてみたが、返答はない。物音も聞こえなかった。カノンは、空いた片手でスマホを持つと、ライトを点した。そしてビルの中へ一歩入り、さっきより長めに息を吸うと、

    「エリ!」

    と先程より声を張って呼びかけた。

    「何?」
    「うわっ」

    カノンのすぐ真横で声がして、カノンはその場で飛び上がった。
    「脅かすなよ……!」
    大きく暴れる胸を押さえて、カノンは声のした方へ向き直る。そこにエリが立っていた。スマホのライトに照らされて、彼女はカノンの事をまっすぐ見つめていた。カノンにエリの瞳孔が見えた。それは、縦に長く割れた楕円型をしていた。それはまるで、猫の様に。
    見間違いかと思ってカノンは目を凝らす。しかし、それを見定めるより先にエリが瞬きをした。次に彼女が瞼を開いたときには、普通の丸い瞳孔になっていた。

    「何?」
    「……いや別に」

    カノンは自分が見たものを、見間違いだと思うことにした。
    ──きっと、光とか影とかが生んだ錯覚だ。
    そう結論付けて、カノンはエリを見る。彼女は相変わらず夏服姿だったが、先日と違いホルスターを太腿につけていた。

    「それ、サマになってるじゃん」

    歯を見せて笑ったカノンは、ビニール袋をエリの方に差し出した。

  • 91二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 08:26:37

    ネコ…?

  • 92二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 18:26:20

    保守

  • 931◆iT7WvLBL2aBf25/07/17(木) 23:39:21

    「これは?」
    「差し入れ。良かったら食べなよ」

    カノンはそう言って袋から、一口サイズのチキンがいくつも入ったプラスチックパックを取り出して見せた。袋の中には他にもサラダが入っている。いずれも、温め直しができなさそうなここで食べる事を考えて、冷めても味の落ちにくい選択である。
    それを見たエリは、眉尻を小さく下げた。予期せぬ出来事に戸惑い、困りながら言葉を探している……そんな風に瞳が左右に振れる。

    「あー……いや、いらなかったら言ってくれていいよ。アタシが明日食べるしさ」

    エリの表情を見たカノンは、早口気味に言った。
    考えてみれば、エリの懐事情をカノンは知らない。食事には特に不自由していないかもしれない。そうでなくても、食事の好みもあるし、もっと切実なアレルギーの問題もあるかもしれない。

    ──押しつけがましかったかもな。

    早まった事をしてしまった気がして、カノンは途端に顔が熱くなるのを感じた。
    その時、エリが手を伸ばして袋の持ち手を掴んだ。

    「ありがとう、貰うね」

    囁くようにエリが言う。

    「……おう、そっか。うん、あー、おー……どうぞ?」

    カノンは咄嗟に返事につまり、曖昧な呻き声を発した後に袋を握る手を緩める。
    袋はエリへと渡った。彼女はそれを両手で抱える。

  • 941◆iT7WvLBL2aBf25/07/17(木) 23:58:07

    「また一個、貰っちゃったね」

    エリが袋に視線を落としながら言った。その言葉の意味をカノンは少し考え、

    「……いや、銃は貸しただけだからな?そう言ったからな?ちゃんと返せよ、アキンボ」
    「アキンボ?」

    聞きなれない単語を耳にしたエリは、首を傾げた。

    「アタシの銃。そう呼んでる」

    カノンは人差し指を立てて自分が付けているホルスターと、エリが付けている銃を順番に指差した。エリはその指の動きを目で追いかける。

    「どっちがアキでどっちがンボ?」
    「そういう愉快な振分けじゃないって。両方合わせて一つの名前」

    そう言ってカノンはホルスターから銃を抜き、手首を捻ってエリに銃身の側面を見せた。特にこれといったカスタムの施されていない、シンプルな外観の拳銃である。エリも不器用に銃を抜くと、カノンに倣って同じように構えた。

    「元々は、二丁拳銃を意味する言葉。だからアタシはそう呼んでる」
    「ふぅん……」

  • 951◆iT7WvLBL2aBf25/07/17(木) 23:59:08

    エリは自身の持つ銃をひと撫ですると、ホルスターに収め、

    「カノンはどうして、二丁持ってたの?」

    と尋ねた。
    それを聞いたカノンは、束の間息を詰まらせた。
    ──縁のある日だな、今日は
    朝のキリノ。昼の出来事。そして今のエリの問い。巡り合わせとでも言うのだろうか。縁深い出来事が、今日という一日に立て続けに起きるのは。カノンは静かに思いを馳せつつ、背筋を伸ばし、エリに向き直る。そして、

    「こんにちは!それから、また会う為に、ありがとう、さようなら、またいずれ!」

    朗々と声を張り上げると、胸に手を当てて、芝居がかった一礼をした。

  • 96二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 08:01:30

    かわいい

  • 97二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 16:48:02

    このレスは削除されています

  • 98二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:37:09

    このレスは削除されています

  • 99二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:39:24

    このレスは削除されています

  • 1001◆iT7WvLBL2aBf25/07/19(土) 02:03:38

    カノンの突然の行動を見て、エリは目を瞬かせた。カノンも頭を下げたまま動かない。ただその耳が、少しずつ赤くなっていく。

    「……だーっ、恥っず!」

    やがて耐えきれなくなったカノンは、勢いよく上体を起こし叫んだ。そのまま彼女は、赤くなった顔を隠すように、口元を手で覆った。

    「……私は、面白いと思うよ」

    控えめに投げかけられたエリの言葉。そこに気遣いの色を感じ取って、カノンは気まずくなる。彼女はそのまま床に腰を下ろして、大きく息を吐いた。

    「ワイズ・ガンズ・アキンボ・ショー」
    「え?」
    「そういう映画があるんだよ。……今の、その映画の主人公がする挨拶でさ」
    「……どんな話なの?」

    エリが、カノンの向き合うように床に腰を下ろした。両手で膝を抱えて、顔を少し傾けて、大きな赤い瞳でじっとカノンを見つめる。
    可愛い、とカノンは思った。彼女はどぎまぎしながら、その映画のあらすじを語りだした。

    ワイズマン・ショー
    それは人間一人が、生まれてから死ぬまでを24時間365日生中継するというテレビ企画である。企画の主役である青年ワイズマンが住む街はすべてセットであり、家族から友人、住人に至るまで全員が俳優である。
    そんな壮大な企画は、近頃、視聴率低迷に喘いでいた。20年以上放送が続き、視聴者に飽きてしまったのだ。このままいけば、番組が打ち切られてしまう。追い詰められた番組のプロデューサーは一計を案じた。
    すなわち、街のセット内に殺し屋を放ち、誰が最初にワイズマンを殺すか競わせるデスゲーム、ワイズ・ガンズ・アキンボ・ショーの開幕だ。
    ワイズマンに迫る、個性豊かな殺し屋たち。突然の崩壊した日常の中で、二丁拳銃のガンマン……ガンズ・アキンボとしての才能を開花させていくワイズマン。視聴率が伸びていく中で、少しずつ狂気に飲まれるテレビクルーたち。
    そして自分を取り巻く世界について知った時、ワイズマンが選ぶ道は……

  • 101二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 10:18:17

    いいよねアキンボ
    手が痛そうで見返すの怖いけど

  • 102二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 10:46:12

    元ネタはトゥルーマン・ショーとガンズ・アキンボかな
    なんで混ぜたし

  • 103二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 20:25:22

    恐ろしい絵面になりそうだ

  • 1041◆iT7WvLBL2aBf25/07/20(日) 00:02:16

    自我失礼します

    ハフバダメです

    自我失礼しました

  • 1051◆iT7WvLBL2aBf25/07/20(日) 01:15:46

    「……って感じの映画」

    上映時間二時間半に及ぶストーリーをかいつまんで話し終えたカノンは、膝に肘をおいて頬杖をついて、エリの様子を伺う。  

    「……すごい映画だね」

    エリは、破天荒な筋書きに困惑している様子だった。貼り付けたような笑顔と直前まで言葉に詰まっていたのを見るに、相当言葉を選んだのだろう。カノンはそれを察して苦笑した。

    「まあ、正直世間じゃあんまり評判は良くないよ」

    ワイズ・ガンズ・アキンボ・ショーの大手レビューサイトでの評価は、概ね「普通」から「やや不評」の間くらいの位置にある。突飛なストーリー展開がマイナスに捉えられやすいのだ。
    カノン自身も、それを否定できない。だが、それでも、とカノンは自分に親指を向けた。

    「……でも、アタシは好き。終盤のガンアクションがすごいんだ。主人公が二丁拳銃で戦って、それがめちゃくちゃかっこいいんだ」

    カノンは自分を指し示した手を下ろし、ホルスターに手を伸ばす。彼女の愛する映画。そこから名前を取った銃の片割れを、愛おしそうに撫でる。

    「憧れたんだよ。アタシもあんな風にって」
    「……それで、二丁持ったの?」

    エリの問いに、カノンは無言で頷いた。

    ──ま、実戦で二丁拳銃とか、リロードも狙いも覚束なくて、結局どっちか片方ずつしか使えなかったんだけど。

    そんな締まらない話は、そっと飲み込んで胸中にしまっておくことにした。

  • 106二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 09:45:36

    このレスは削除されています

  • 107二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 19:44:28

    保守

  • 108二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 23:06:17

    このレスは削除されています

  • 109二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 23:07:25

    このレスは削除されています

  • 1101◆iT7WvLBL2aBf25/07/20(日) 23:08:40

    この先の展開をどうまとめるか悩んでいるので、火曜まで書き溜めの時間いただきます

  • 111二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 08:26:11

    ⭐︎

  • 112二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 17:44:37

    ほしゅ

  • 1131◆iT7WvLBL2aBf25/07/22(火) 00:19:56

    もう少しお待ちいただくことになるかもしれません

  • 114二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 09:46:22

    ええんやで

  • 115二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:32:17

    保守

  • 1161◆iT7WvLBL2aBf25/07/22(火) 23:01:18

    映画の事を誰かに話すのは、学校を離れて以来だった。話せば、自身の挫折をもう一度突き付けられるような気がしていたからだ。そう思ってこれまで言及を避けていたからこそ、カノンは口を滑らせた自分自身に戸惑っていた。
    今の気分はそう悪くない。むしろ、どこか晴れやかなものすら感じている。昼間、近しい話題であれだけ落ち込んだのが嘘だったかの様に。
    天井に向けていた視線をおろし、カノンはエリを見る。

    ──こいつだからかな。

    相手がエリだから話せたのだと、カノンは思った。彼女の泰然とした振舞いは、話していて居心地が良いものだったから。
    それに、彼女の目。その暗く綺麗な赤色を見ていると、カノンは自分の中で澱んでいたものが解きほぐされていくような心地がした。漠然とした安心感が、彼女を包む。身構えなくて良いのだといわれているような気がする。

    エリが床から立ち上がる。彼女の瞳を、カノンの視線が追う。

    「私、映画ってあんまり見たことないかも」
    「そうなの?」
    「うん。あんまり時間が無かったから」
    「時間が無かったって?」
    「引っ越しとか、色々あって」
    「そっか」
    「うん」

  • 1171◆iT7WvLBL2aBf25/07/22(火) 23:02:37

    エリがカノンに顔を寄せる。カノンの吐いた白い息がかかる程にエリが近づくと、赤い虹彩と、黒々とした瞳孔だけがカノンの見る世界になった。引力でも働いているように、彼女はそこから目を離せない。周囲の音が遠ざかる。夢の中にいるかのように、五感があやふやになっていく。そんな中で、エリの声だけが、カノンの脳を揺らすただ一つの刺激だった。エリの瞳孔が、黒い穴になる。カノンはそこに頭から落ちていく。彼女から平衡感覚が失われ……すべてが真っ暗になった。

    エリが手を伸ばし、カノンの頬に掌で触れた。彼女はそのまま下に向かって手を滑らせていき、首筋を撫でる。カノンはそれに、ぼんやりとした視線を向ける。ただ、向けているだけだ。今の彼女には、何も見えてはいない。

    エリの唇が吊り上がる。彼女の歯列が剝き出しになり、長く尖った牙があらわになった。そのままエリは、カノンの首元に口を寄せていって。

    ……カノンのスマホが、甲高い通知音を立てた。

  • 1181◆iT7WvLBL2aBf25/07/22(火) 23:03:54

    びくん、とエリの肩が跳ね彼女はカノンから飛びのく。
    カノンの瞳に、意思の光が宿る。

    「お、ぉ?……悪い、少しぼーっとしてたかも」

    カノンは目元をこすりながら、呻いた。微睡んでいたかのように、直前の記憶があいまいだった。
    疲れてたのかな。そう思いながら、カノンはエリに目を向けた。
    エリは、カノンから離れた場所で体を屈めていた。片手で口元を覆い、もう片手は制服の裾をぎゅっと握りしめている。

    「……ごめん」

    震える声で、エリが言う。

  • 1191◆iT7WvLBL2aBf25/07/22(火) 23:06:28

    「ん、おぉ……何が?」

    話の流れが読めなくて、カノンは首を傾げた。彼女はそのままスマホをとりだし、通知の内容を確かめる。

    「……あー、悪い。帰らないと」

    画面に表示された文字を見て、カノンは顔を顰めた。それを聞いたエリも頷く。

    「うん、私も……そろそろ寝ようと思ってたから」
    「早寝だな……ま、これでお開きか」
    「うん、そろそろ行くね」

    エリはしばらくカノンを見つめ、それから向きを変えて、廃ビルの奥へ歩き出した。

    「エリ!」

    カノンはその背中に向かって声を張り上げた。

    「また来るからな!あと、ちゃんと飯食えよ!」

    カノンの言葉にエリは足を止めた。少しの間躊躇うように両手が揺れた後、彼女は肩越しに振り返り、カノンに控えめに手を振った。
    エリの姿が、暗がりの中に消える。それを見届けたカノンは立ち上がり、大きく伸びをした。

    ──アタシも、今日は早めに寝るかな。

    そう思いながら、彼女はゆっくりと歩きだした。

スレッドは7/23 09:06頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。