(SS)今際の景色

  • 1◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 01:58:13

    私はもうすぐ果てる。私の灯火はもうすぐ消える。
    冥府の獄卒、手薬煉引いて待っている。するりするりと手薬煉引いて待っている。

    冥途の土産に貴女へ近づく。ふわりふわりと羽ばたかせ。
    それは、死への羽ばたき。浄玻璃映すは私の罪。

    一秒間に10度の羽ばたき。貴女の背後に忍び寄る。
    決して触れることは無い。触れてはならない。

    ただ貴女の背後に静止する。一秒間に10度の羽ばたき。
    貴女の可聴域から外れて。今際の行い、私の罪。

    ただ貴女の背後に静止する。一秒間に10度の羽ばたき。
    ただ静かに飛ぶ。今際の景色を焼き付ける。螺旋のフィルムに。

    次の私は夢の中。現で眠る次の私は夢の中。
    青葉の揺り籠、ゆらり揺らめいて。

    次の私は貴女を知る。けれども貴女は知らない。
    次の私は貴女を知る。螺旋のフィルムを読み解いて。

    これで思い残すことは有りません。私の御魂は旅仕度。
    鬼灯抱えて旅立つ。永い永い輪廻の旅路へ。

    そっと向きを変え、その場を後にする。
    貴女への未練を残し、ただ踵を返す。

    さあ、行こう。今際の場所へ。
    さあ、行こう、終いの場所へ。

  • 2◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 01:59:14

    思わずレンズを向ける。スマホを取り出しレンズを向ける。
    被写体は彼女と儚き来訪者。ふわりふわりと舞う、花壇に住まう美しき来訪者。
    彼女は今、テントウムシの管理に集中している。バインダー片手に真剣な眼差し。

    担当ながら、惚れ惚れする美しい横顔。そして背後に舞う来訪者。
    それは、一匹のアゲハチョウ。彼女の背後をふわりふわりと漂っている。
    その光景は、まるで絵画の様で美しく儚いもの。

    その時の俺は、ただ導かれるように画面を押して景色から切り抜いていた。

    「何をしている? 勝手に撮るとは感心せんな、トレーナー?」
    シャッターを押した途端、彼女から詰められる。小さな苦笑いと共に。
    ……言い訳は無用だろう。ありのままを話す。
    切り取った景色を見せながら、俺は全てを打ち明ける。

    「ごめん、あんまりにもきれいだったから……嫌なら消すよ」
    「よく撮れているな……貴様と私の秘密にするなら、消さなくていいぞ」
    「ありがとう、誰にも見せないよ」
    「次は出来れば声をかけてくれ。私にも準備がある」
    「ああ、そうするよ。悪かった」
    どうやら許して貰えたようだ。世に出せないのは残念に思いつつも、どこかでホッとしてる自分がいる。

    勝手な感情だが、二人だけの秘密にしておきたい。そう考えている自分もいた。

    ……指導者である俺が、この調子じゃあいかんな。
    少し、頭を冷やした方が良いな、俺。

  • 3◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:00:15

    顔が熱い。たわけめ、妙なことを……。



    "ごめん、あんまりにもきれいだったから……嫌なら消すよ"



    あの男の言葉がこだまする。何度も何度も頭の中で。

    私とやつはあくまでトレーナーとウマ娘。

    同じ目標に向かうためのコンビ。そう、言わば戦友のようなものだ。

    けれどもそうじゃない。そう主張する私がいる。

    あの男が別のウマ娘を指導していると、胸騒ぎがする。

    あの男に触れられると、鼓動が跳ね上がる。

    あの男と言葉を交わすと、顔が熱くなる。

    あの男といると、心が弾む。

    トレーナー、貴様は私のことを……どう、思っている?

  • 4◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:01:16

    今宵は満月、良い日和。

    私の御魂は消え失せる。今日ここで、消え失せる。

    最早飛ぶ力もなく、ただ惨めに地面を這い、その時を待つ。

    ああ、身体が軽い。蛹を脱ぎ捨て羽が固まったあの日を思い出す。

    ただ月に向かい、ゆっくりと羽ばたきを始める。
    六本の足で抱えるは一房の鬼灯。これは足元照らす光、冥府への道しるべ。

    ああ、女帝殿。私は旅立つ冥府に向かって。
    女帝殿、どうかお願いです。次の私に合ったら、どうか慈悲を下さい。

    この脆い、次の私に慈悲を下さい。
    ああ、女帝殿。貴女との再会が待ち遠しい。

    さあ、行こう。冥府を目指して。
    さあ、行こう。輪廻の旅へ。

  • 5◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:02:17

    翌朝、花壇へ来てみるとあるのものが目に入る。
    それは、来訪者の亡骸。同じ蝶かはわからないが、昨日彼女を飾ったあの蝶。

    確証は無いが、俺はそう思った。
    足を丸め、地面に横たわるその来訪者の亡骸。



    ────



    そっと掴み、花壇へ向かう。
    花壇の隅、今は使われていない区画。そこへ小さな穴を掘り、埋めた。

    墓標も無い、最早墓ですらないが、そこへ埋葬した。

    なぜ、こんなことをしたのか。

    それはわからない。昨日の礼か、ただの戯れか。

    何もわからない。

  • 6◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:03:20

    以上
    女帝とアゲハチョウってすごく絵になると思って書きました

  • 7◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:04:23
  • 8二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 02:15:55

    確かに鮮やかなアゲハ蝶は艶やかで儚く感じるな
    エアグルの学生らしからぬ美しさと繋ぐとはお見事なり
    最後の物悲しさも好き

  • 9◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 02:25:04

    >>8

    感想感謝

    美しく艶やかで良いよね、女帝とアゲハチョウ

    願わくば、来世は女帝を彩る蝶になりたい

  • 10◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 07:13:07

    一発上げておこう

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 13:19:46

    素敵だね。

  • 12◆l7elE92Qk0.U25/06/30(月) 19:31:41

    >>11

    何度生まれ変わっても再会出来るって、素敵だね。

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 04:59:56

    テントウムシ以外は苦手というが、さすがに蝶はまた話が変わるんだろうか

  • 14◆l7elE92Qk0.U25/07/01(火) 12:43:01

    >>13

    幼虫はともかく成虫は平気なんじゃないかな見る分には

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 20:08:19

    幼虫のうちに大概駆除しちゃうから、どこかから飛んできた蝶ってことになるか

  • 16◆l7elE92Qk0.U25/07/01(火) 21:02:15

    >>15

    蝶の幼虫ってめっちゃ食い荒らすからなぁ

    奇跡的に生き残った個体かもしれないし、どこかから飛んできた個体かもしれないが誰にもわからない

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 21:04:28

    このレスは削除されています

  • 18二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 00:14:17

    幼虫は間近で見るとグロイと同時にマッシブでちょっとカッコいいんだよね
    まあ擬態してるから不意に気づくと叫んじゃうんだけどね

  • 19◆l7elE92Qk0.U25/07/02(水) 00:20:45

    >>18

    結構多種多様で面白いんだよね蝶の幼虫

    自然の造形って、素敵だね

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています