【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part7

  • 1125/06/30(月) 23:11:00

    自分が生まれた意味を知るための旅を行う機械の話。


    第六セフィラ、ティファレト確保。

    代わりに表出するのは『マルクト』を騙る『ドロイド』の存在。

    スレ画はPart6の153様に書いて頂いたもの。輝かしき者を見よ。輝かしきその者を。


    ※独自設定&独自解釈多数、オリキャラも出てくるため要注意。前回までのPartは>>2にて。

  • 2125/06/30(月) 23:12:00

    ■前回のあらすじ

    ミレニアムEXPOで発生したテロ事件を解決した一行は、次なるセフィラ――ティファレトとの対決に向かう。


    かのセフィラが持つのは絶対たる『重力操作』。天地を分かつ開闢の機能を前に一度は敗北するも、正体不明たる『二体目』の助力もあってか何とか生還する一同。


    新兵器『サムス・イルナ』を携えてティファレトの確保に向かった一同は死闘を経て作戦に成功。

    しかし、その後に露見したのは悪夢のような事実。『マルクト』は既に死んでおり、二度と帰ってくることもない――


    ならば目の前にいる『マルクト』は誰なのか。

    全ての機能を失ったマルクト。謎が謎を呼ぶ中で、次なるセフィラ、ゲブラーの出現が刻一刻と迫っていた――


    ▼Part6

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part6|あにまん掲示板マルクトと共に真理探究の旅を続ける話。ミレニアムEXPOテロ事件編、完結。なお、この物語はPart11前後で完結する予定です。スレ画はPart5の181様に書いて頂いたもの。誰も抱かぬ孤高のピエタ、罪…bbs.animanch.com

    ▼全話まとめ

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」まとめ | Writening■前日譚:White-rabbit from Wandering Ways  コユキが2年前のミレニアムサイエンススクールにタイムスリップする話 【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」 https://bbs.animanch.com/board…writening.net
  • 3二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:24:03

    ついにpart7…

  • 4二次元好きの匿名さん25/06/30(月) 23:53:10

    建て乙です

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 00:59:39

    物語も早part7、はたして何処まで行き着くのかとても楽しみですね

    いつものごとくスレ画の文字無し版です
    この絵を投稿した直後にあの展開が来て、スレ画のマルクトの瞳を閉じておいて良かったと心の底から安堵しておりました…

    各セフィラのデザインについては、以前スレ主様が仰ってくれた通り、「神秘」と「恐怖」が混在する姿がコンセプトとなっております
    崇高故の美しさと未知故の悍ましさを宿す鉄の獣たち
    そんな彼らも既知と解明されれば親しき隣人の側面が見えてくるというのも、ブルアカという世界の特徴なのかなと思いました

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 01:12:39

    うめ

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 01:22:09

    どんどんコールサイン04に近づいていくマルクト
    ✌️ピースピース✌️

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 02:33:46

    まさかトキは…

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 02:37:24

    大気ー

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 02:37:47

    たておつです

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 08:36:03

    待ちます

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/01(火) 15:59:14

    追いついた
    ガンバッテネ

  • 13125/07/01(火) 20:52:00

     ヒマリとマルクトが向かった古代史研究会のブースは、博物館のように透明のガラスケースが等間隔で配置された展示場だった。

     とはいえ既にいくつか撤去された後であり、説明文の付いた台座のみを残してケースはそこには無かったが……軽く流し読んでみても推定年数と発見場所、それから考えられる考察が書いてあるだけで特に気になることはない。

    「おーいヒマリ! こっちだこっち!」

     ネルの声に顔を上げると、ネルたちはブースの奥の方。ひときわ大きなケースの前に集まっていた。
     ヒマリとマルクトは顔を見合わせて、それから皆の方へと歩いて行く。

    「ヒマリ。ティファレトから話は聞けたのかしら?」
    「ええ、少なくとも今の機体とは異なることだけは確かだそうですが……どうしたのですか?」
    「だったら余計におかしいわね……」

     リオがケースの中を指差すと、そこには大理石で作られた七体の石像が置いてあった。

     大きさはそれなりで、一体一体が両手で抱えられるほどのサイズだ。
     作られているのもカマキリやウマなど、生物であるということ以外にジャンルが取っ散らかっており、一見すると精巧さ以外に法則は見受けられない。

     マルクトがひとつずつ目で追って口にする。

    「ウマ、カマキリ、ウシ、カイコ、トラ、ネズミ、オウム……まさか」
    「これ、偶然にしては出来過ぎてるよね?」

     チヒロがそう言ってマルクトは頷いた。
     七体の石像はあくまで実際の生物を模ったものだが、その種別が半分も重なるのだ。セフィラと。

  • 14125/07/01(火) 20:53:05

     イェソド――トラ型。
     ホド――オウム型。
     ネツァク――ウシ型。
     ティファレト――カイコ型。

     残る石像はウマ、カマキリ、ネズミ。
     まるでこれから現れるセフィラを予言するかのように鎮座するそれらは一体何なのか。

     その台座の説明文には、このような文言が記されていた。

    『推定製作年代:不明』
    『発見場所:不明』
    『※過去の出展の際に二体の盗難があったとのこと。もし似たようなものを見かけたらセミナーまで』

     二体の盗難。それは明らかに何かを暗喩していることだけは確かであった。

    「それから、これが古代史研究会の出していた広告よ。この石像の説明は無いけれど、丁寧に画像が貼られているわ」
    「……フジノ部長は、なんと?」
    「会長に指示されたらしいわ」

     そう言ってリオは静かに溜め息を吐いた。
     ヒマリたちを呼ぶ前、古代史研究会のフジノ部長から聞いた内容はおおよそチヒロの想定通りのものであったのだ。

    『会長が一晩で作って来たのよ。一から十まで何を置くかまで指示されて……。でも置くだけでいいっていうから大した手間ではなかったわ。いくつか謝礼も出たし』

     そこまでは別に良い。
     問題は『これが何処にあったか』なのだが、それにはフジノ部長は妙な反応を見せていた。

  • 15125/07/01(火) 21:08:07

    『それが……いつの間にか置いてあったのよ。古代史研究会名義で契約された倉庫が突然見つかってね。その中にこれが置いてあったの。他にもいくつか物が置いてあったような跡はあったんだけど、結局誰が借りていたのかも分からず仕舞いでね。あ、『二年前』の話だから誰であっても卒業したと思うわよ』

     またしても出てくる『二年前』というワード。
     他に何か妙なことは無かったか聞いたチヒロに対して、部長は更に気味の悪いことを言ったのだ。

    『そういえば、研究会の人数が何故か全部ひとり多かったのもその辺りね。一時期噂になったんだから。古代史研究会には亡霊がいる、なんて。何なら誰も知らなかった倉庫だってその亡霊が借りてたみたいな話になってプラズマ研究学会の連中が乗り込んできたりして……』

    「ちょっと待ってください」

     リオの話をヒマリが遮った。

    「このセフィラ像と会長を結び付けるものが何一つ無いではないですか。というより、どうして更に謎が増えているのですか。ここはこう、『やはり会長だったのですね』という証拠か何かが出て来たとばかり思っていたのですが……」

     ヒマリがそう言うと、その場の全員が『本当にそうだ』と言わんばかりに頭を抱えた。

     セフィラの造形を予知したような石像。それが二年前に突然浮かび上がった倉庫の中にあり、その倉庫がいつ契約されたのかは不明。
     そして何故か石像のみを残して使っていたと思しき者も行方を晦まし、同時期に上がった神隠し騒動。

    「加えて言うなら、とりあえず気味が悪いからと保管されていたこの石像たちに突然スポットが当たったのは今回が初めてだそうよ。今まで研究会内部でも忘れられるぐらい死蔵されていて、それを突然会長が出展するよう指示を出した。説明文の文言も全て会長が決めた。その上、『自分の指示なく勝手に移動させることを禁じる』とまで言ったそうよ。全てがおかしいわ」

  • 16125/07/01(火) 21:31:20

     どうして会長がこの石像のことを知っていたのか。
     会長が『はじまりの預言者』だったから? だとしても、誰も覚えていないのはおかしい。

     では『はじまりの預言者』は会長ではなかった?
     ならその倉庫はいったい誰が使っていたのか。

     会長がこっそりと使っていた?
     もっとおかしくなる。ならば何故石像だけを置いていったのか。セミナーで管理すればいいだけの話である。

     そもそも、この石像はいったい『何』なのだろうか。何一つ合理が通らない。

    「気持ち悪いですね……」

     ぽつりと呟かれたマルクトこそが皆の思う全てであった。

    「あとは、この説明文もおかしいと思わないかい?」

     ウタハが指差したのは台座の一文。『※過去の出展の際に二体の盗難があったとのこと』の部分だ。

    「セフィラは全部で十体。けれどここには『二体の盗難』って書いてある。それだと九体だ。一体足りない」
    「マルクトを除いた……? それか前回はコクマーまで行ったって言ってたからケテルがカウントされていないのか……」
    「なぁお前ら。傍から聞いててふと思ったんだけどよ」

     不意にネルが口を開き、一同の視線を集めた。

    「会長が最初の預言者じゃなかったとする。で、だ。そしたらまず会長はどこの誰だってなるよな。突然横から現れたよく分かんねぇヤツになっちまう。それともうひとつ。最初の預言者は何処に行っちまったのかってのも分からなくなるよな? だったらまず理屈の前に『役者の数』から考えた方が良いんじゃねぇのか?」
    「確かにそうね……」
    「で、その辺りを考えんなら一旦片付け終わらせて部室でやった方がいいだろ。長くなるぞこれ」
    「た、確かにそうね……」

  • 17125/07/01(火) 21:39:30

     ブースの片付けのことなんてすっかり頭から抜けていたリオは僅かに動揺した。
     それはチヒロも同じことで、反省するように眼鏡をかけ直して皆へと呼び掛ける。

    「私も人のこと言えるわけじゃないけど、一旦後にしよっか。古代史研究会も私たちが居たら片付けが進まないし」

     そう言って一同は速やかにブースの撤去と、それから展示物を見せてくれた古代史研究会にもお礼を述べて部室へと戻る。既に時刻は18時頃。話し合いを始める前にヒマリは一言、皆に告げる。

    「明日からは研究などはひとまず抜きにしてマルクトと一緒に休暇を取りますよ。理由はもちろんお分かりですね?」
    「なんで意味も無くちょっと脅すように言ったのヒマリ?」
    「私に娯楽の楽しみ方を教えないと困ったことになりますよ?」
    「もうなってるからねマルクト?」

     チヒロが丁寧に突っ込みをいれながらモニターの電源を付けると、早速デジタル付箋が貼られ始めた。

     とはいえ、『二年前』のことで分かっていることは少ない。出て来た『配役』は次の通りだ。

     はじまりの預言者。
     マルクト殺しの犯人。
     二代目マルクトを作った人。
     石像の持ち主。
     神隠しに遭った生徒。

    「ねぇ、最後のは『配役』に入れていいのかしら?」
    「ただの噂だったら空欄にしておきましょう。正直、マルクトを見てから神隠しぐらいなら起こりそうだと思いませんか?」
    「……それもそうね」

     現状想定される配役を書き終えると、まず口を開いたのはリオだった。

  • 18125/07/01(火) 22:06:28

    「会長が何処かに関わっているのは間違いないとして……確か会長は病弱で入学時期が遅れた、で合っているかしら」

     その言葉に答えたのはヒマリとチヒロとウタハの三名。

    「ええ、フジノ部長が言うのは八月の終わりごろに入学したようですよ。ちなみに私が調べたところ、芋煮に薬品混ぜて捕まったのはそれから二か月後の十一月の初め頃だそうです」
    「あとフジノ部長が会長と関わるようになったのは二年生に上がってからだってさ。その頃には会長に就任していたみたいで、プライベートな付き合い自体はなかったって」
    「詳しくは聞けなかったけど、フジノ部長が一年生の時に一度古代史研究会から出て行く会長の姿が目撃されているね。確か泣いてたって……」
    「泣く!? あいつが!? まったく想像できねぇ……」

     驚いて声を上げるネルだが、思い返してみれば会長と古代史研究会の間にも接点があった。
     そこでふと、ネルは別の可能性に気付いてしまった。

    「なぁ……もしかして会長、本当にセフィラたちとは関係ねぇって可能性も無くねぇか?」
    「どういうことかしら?」
    「あー。だからよ……。例えばだ。例えば、『預言者』からセフィラとの冒険譚を聞かされていたダチが居たとする。んで、ある日突然そのダチが居なくなって、マルクトも殺されて取り残された。だからマルクト殺しの『犯人』に復讐したいってのと、どっか行っちまったダチを探してるってんのも矛盾はしないんじゃねぇの?」

     病弱だった会長はセフィラ探索に行けなかったため『預言者』では無かった。
     しかしセフィラの話は聞かされていたためセフィラのことだけなら知っている。

     ネルが出したのは『会長、預言者の友達説』。配役が増えるという答えだった。

    「……これ、割と否定材料無いよね?」
    「だろ!」

     チヒロの言葉に、ぱぁぁと顔を明るくさせるネルは普段の仏頂面とは違ってどこか幼く見えた。
     ネルの推測であれば会長がマルクトを作る動機も生まれる。旅が始まれば消えた『預言者』が帰ってくる可能性があるなど、いくらでもこじつけられるからだ。

  • 19125/07/01(火) 22:39:59

    「じゃあ、私も一番無茶そうな推理をしてみようかな」

     次に口を開いたのはウタハであった。

    「会長が『預言者』で『石像の持ち主』で『古代史研究会』のメンバーだった、というのはどうかな?」
    「ウタハ。それじゃあどうして古代史研究会のフジノ部長が会長の事を覚えていないの?」
    「記憶操作さ。『廃墟』に行った会長は石像と最初のマルクトを見つけて『預言者』になった。けれども何かがあってマルクトが殺されてしまった。身の危険を感じた会長は類が他にも及ばないよう当時古代史研究会の部員だった生徒全員の記憶から自分の記憶を消して身を潜めた。そこで消し切れなかった痕跡が『神隠し』として騒がれるようになった、というのも有り得なくはないだろう?」
    「マルクトと会う前だったら一蹴してたよそれ……」

     チヒロの言葉にウタハが肩を竦めるが、『有り得ない』だなんていったいこれまで何度言っただろうか。
     そのぐらい無茶苦茶なことがセフィラ探索の旅では頻発している。だったら記憶操作ぐらいあってもおかしくは無いだろう。しいて言うなら『神隠し』を受け入れるか『記憶操作』を受け入れるかぐらいの違いしかないのだから。

    「でしたら私も突飛な発想をひとつ」

     ヒマリの言葉に皆の注目が集まって――その口から放たれたのはまさに突飛なものだった。

    「会長は遥か昔から続くセフィラ作りの達人でミレニアムの妖精。即ち特異現象そのもの。次に出現するセフィラの造形を決められる超越者であり、人知れず生徒に紛れて活動する影法師。次なる預言者を決める存在。そう、会長は人間ではなかったのです」

     それには流石のチヒロも溜め息交じりに反論した。

    「いやさ、流石にそれは飛躍が過ぎるんじゃない?」
    「おやチーちゃん。もう忘れてしまったのですか? 私たちがどうして『マルクトを見つけたのか』を」
    「…………っ」

     チヒロは目を見開いた。
     そう、『会長に言われた』からだ。行く気も無かったあの『廃墟』に、ペナルティとして無理やり調査をさせられた。それが全ての始まりである。

  • 20125/07/01(火) 23:11:00

    「会長は私たちがロボット兵の巡回パターンを読み解く、もしくは読み解けると考えていた……そう考えれば既にあの時から手の平で転がされていた可能性はありませんか? それなら『マルクトを作った』のも『石像を持っていた』のも『神隠し』の理由もある種の整合性が取れます。人のフリをしていた会長がマルクト殺しを受けて浮世に介入することを選んだとしたらどうでしょう?」

     即ち、会長=ケテル説。
     以前マルクトが例えたセフィラの一年生、二年生に従えばあの時の嫌な想像が現実だったとも考えられる。

    「ちょっと待ってちょうだい」

     リオの声に顔を上げる一同。ヒマリは微笑みながらリオを見つめた。

    「どうしましたかリオ?」
    「あの依頼は連邦生徒会長からのものだったはずよ。セミナーが巻き取って私たちに押し付けたのは確かだけれど、そもそも連邦生徒会長からエンジニア部に指名が入っていたのは事実。そして連邦生徒会長から私たちに指名が入ったのは、私たちからセミナーへ仕掛けたハッキング戦が原因じゃない」

     そう、あまりに都合が良すぎるのだ。
     間の変数があまりに多すぎる。そもそもエンジニア部の資金繰りから始まっているのだからそんな都合のいいことがあるはずも――

    「――あ」

     リオはひとつだけ思い至ってしまった。
     推測に対して都合の良い状況が起こり続けることは有り得なくとも、無理を呑み込めばマルクトとの出会いを操作できる可能性が。

    「リオ」

     マルクトの声に顔を上げるリオ。考え込んでしまっていたのか、リオは皆が自分を見ていることに気が付いた。

    「その、石像とかの話とは別になるのだけれど」
    「いいから言ってください。じれったいですねぇもう」

     ヒマリが口を尖らせる中、リオは「あくまで想像よ」と予防線を張ってから話し始めた。

  • 21125/07/01(火) 23:18:14

    「どうして連邦生徒会長が『廃墟』を禁足地に指定しようとしていたのか。もしそれが『廃墟』にマルクトもしくはイェソドが居る可能性を憂慮してのことだったらどうかしら?」
    「リオ、あなたは……」

     ヒマリの言葉を遮るようにリオは続けた。

    「連邦生徒会長は『廃墟』にセフィラが居る可能性を想定した。だから調査を行いたかった。だからセミナーで内密の会合を開こうとして、そこに都合よく私たちがハッキング戦を仕掛けた。思い出してちょうだい。時間を決めたのはセミナーよ」

     あくまで例えばの話である。
     セフィラが居ないか確かめようとした連邦生徒会長。その会合相手が『二年前』にセフィラ絡みで何かを失った会長だったとすれば――

    「偶然を装って『廃墟』の調査権を握った会長は『二年前』の犯人を捜している。だとすれば……マルクト殺しの『犯人』こそ『連邦生徒会長』で、その確証を得ようとしていたのが『会長』という線もあるわ」

     この時の会長の立場は別にネルの『友達説』もウタハの『預言者説』も、何ならヒマリの『ケテル説』でも良い。
     自分たちがマルクトを見つけたのは全部が全部、ただの偶然ではなかったという可能性への推測である。

    「問題は『二年前』の会長がどの立ち位置だったのかまったく分からないことだけれども、『今』に限って言えばその可能性も――」
    「本当にそうかな?」

     その声の主はチヒロだった。
     チヒロは眼鏡を一度拭き直してから掛け直し、言葉を紡いだ。

    「全部逆の可能性は本当に無い?」
    「どういうことかしら?」
    「会長がマルクトを殺して作った、って可能性かな」

     それにはマルクトが息を呑んだ。
     誰も指摘しなかった悪意による推察。チヒロが始めるのはまさにそれである。

  • 22125/07/01(火) 23:23:25

    「『預言者』としてマルクトに選ばれた会長――もしくは会長の友達でも良いけど――が、旅を進めるにつれてマルクトに良くない影響が出たことを知った。だから壊してもう一度、一から全部始めようとした。マルクト殺し=会長=預言者って説も有り得るんじゃない?」
    「会合とハッキング戦の件はどうなるのかしら?」
    「簡単だよ。まだ二代目マルクトは未完成だった。本当だったら完成したときに始めるつもりだったけど、仮に前々から連邦生徒会長に打診されていて、会合を行うことを突っぱねていたとして……そんな時に私たちからハッキング戦の申し出が入ったから『それに合わせて』全部を調整した、っていうのも有り得るでしょ」

     例え二代目マルクトが早産だったとしてもネツァクまで続けば身体は出来上がる。
     悪くない賭けだ。加えて今度の『預言者』と会長との間には明確な上下関係がある。会長としての立場を使えば従わせることも誘導することも不可能では無い。

    「セフィラたちは不死なんだから、不可逆的な変化が無ければ殺せば戻る。不可逆だったから消滅させた。まぁ、悪意全開で考えるならこういう感じかな」

     とどのつまり、会長がセフィラ側だと盲信することの危険性を説いた推察である。

     結局、会長をどこまで信用して良いのかは分からず仕舞いなのだ。
     いずれにせよ、確かなことはひとつだけ。

    「『予言の石像』がノイズね……」

     明らかなる異物。合理からかけ離れた遺物。
     こういった時、リオの脳裏に浮かぶのはこんな言葉であった。

  • 23125/07/01(火) 23:24:30

    (大した意味が無いか、その製造過程や発見のされ方に意味があるのか)

     何か深淵たる合理がある可能性もあれば、本当に何て事の無い肩透かしな理由もあったりするのが現実である。
     いずれにせよひとつ正しいことがあるとすれば、それは『情報が足りない』という一点に収まる。

     実は何の意味も無くただの偶然だった――そんな可能性も考えながらリオは閉口した。

    「いま思い浮かぶのはこの辺りかな?」

     チヒロの言葉に皆が頷く。
     ひとまずの考察はこれで終わりだと言わんばかりに、チヒロは一同を見渡した。

    「じゃあ、明日からはとりあえず休暇だね。リオの買い物にも行かなきゃだし……ねぇ?」
    「う……。そ、そうね……」

     リオが肩を縮こまらせて頷いた。
     明日から始まるのはエンジニア部――研究と開発狂いの天才たちの、およそ初めて執り行われる集団休暇であった。

    -----

  • 24二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 00:20:27

    保守

  • 25二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 08:25:33

    ふむ

  • 26125/07/02(水) 13:45:41

    保守

  • 27二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 17:09:16

    7体の像、2体の盗難、全部で9体、1体足りない
    その1体に対応するのがどのセフィラなのかも気になるが、どうして2体が盗難されたのかも気になるな、どのセフィラとどのセフィラなのかにもよるが…
    あとはダアトが結局どうなるかだな
    おそらく元ネタである生命の樹の順番的に「ケセド→ビナー」のタイミングで登場すると思うけど…
    もしかしたら盗難された2体は「ケセドとビナー」だったりするのかな?
    もしそうなら、2体の盗難はダアトを消そうとしているようにも思える行動だな…
    あと個人的に考えてるのが1体だけ足りないセフィラがもしかしたら「コクマー」なんじゃないかって説。
    これはブルアカ本編の話になるが、本来コクマーに分類される筈の「天王星」の記号がキヴォトスの生命の樹にはなくて、代わりに「ダアト」を意味する「冥王星」の記号が存在している(これに対応するセフィロトも一応ある)。
    理由は、そもそも「天王星」と「海王星」、そして「冥王星」は生命の樹が成立した後に発見された天体だから。
    だから、「ケテル」、「コクマー」、そして「ダアト」がどの星に分類されるかは複数の解釈が存在する。
    それから、ダアトはアビスの存在とされている前スレの会長の「ケセドから先は未知数」って言葉も、アビスの存在とされているダアトを通過しないとビナー達が属する天上の三角形には至れない、って意味合いなんじゃないかな…
    と、頭が悪いなりに考えた私の考察という名の妄言でした。

  • 28二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 23:20:22

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  • 29125/07/02(水) 23:21:43

     『この世界』という言葉の範囲を尋ねられた時、大抵の者は『キヴォトス』を指すものだと思うだろう。
     しかし、『あなたにとっての世界とは?』と聞けば大抵の者が思うのは『キヴォトス』ではない。普段住まう『学校自治区』を思い浮かべることだろう。

     わざわざ電車やバスを乗り継いで他の学区に行くことなんてそうそう無い。
     もちろん学籍を無くした生徒や停学中の不良、足が付くのを恐れる犯罪者なら学区間の移動もあるだろうが、大抵の生徒は理由無くして他所の学区に行くことはまず無い。何故なら別の学区に行かずとも不便は無いからだ。

     それはミレニアムも同じこと。
     マルクトを連れたリオたちは、ミレニアム中央区の繁華街へと訪れていた。

    「人が、多いですね……」

     昼頃の中央区。バスを降りたマルクトは、道行く人々や立ち並ぶ街並みを見上げては感嘆の声を漏らした。
     それは魂の星図として見るよりも確かな実感を持って得られる『雑踏』という景色。鼓動が高鳴り、その事実を以てマルクトは自分が思いのほか興奮しているのだと理解する。

    「ヒマリ、あれはなんですか? 不思議なカートに人が並んでます」
    「自動ポップコーン販売機ですね。確か本日新しいフレーバーが出たらしいのでその行列でしょう」
    「それほど美味しいのですか?」
    「いえ、最近は迷走しているようで妙なフレーバーばかり出してますね。ひとつのベストセラーよりも数打てば当たる理論で二週間限定販売を繰り返しているみたいですよ」
    「ヒマリ、鳩が集まってきました。ものすごい数です」
    「そろそろ爆発しますね。危ないので離れましょう」

     ヒマリの言葉に従って自動ポップコーン販売機から離れると――直後、繁華街で爆発が起こった。
     突然爆ぜ跳んだ販売機は周囲の人々を巻き込みながらポップコーンと販売機の残骸を辺りに散らす。そこに群がる鳩たち。

    「派手に吹き飛びましたね」
    「ヒマリ? あの、大丈夫なのですか?」
    「ええ、毎日のことですから」
    「毎日このようなことが起きているのですか!?」

     マルクトは目を丸くするが、ヒマリの言葉通り爆発に巻き込まれて吹っ飛んだ客たちは平然と立ちあがり、惜しんだり悪態を吐きながらその場から立ち去る。何なら鳩と共に地に落ちたポップコーンを掻き集める不良生徒もいた。恐らくブラックマーケットで売り捌くのだろう。もう滅茶苦茶である。

  • 30125/07/02(水) 23:56:41

    「まさかミレニアムの治安はとてつもなく悪いのでは……?」
    「そうでもねぇぞ。銃撃戦なんてほとんど無いしな。ま、他所の学区は知らねぇけど……強盗とかあんま見かけねぇし」
    「それは強盗犯がネルから逃げているだけでは無いの……?」

     リオが呆れたような声を上げるが、ネルの言葉に同意を示したのはヒマリである。

    「私が知っている限りでは、治安の悪さで言えばゲヘナが一番ですね。犯罪率が急激に増加して昨年比800%を既に超えたそうですよ?」
    「ゲヘナに何があったのよ……?」
    「それが分からないんですよチーちゃん。連邦生徒会も巻き込んで情報統制が敷かれているようでして、片手間で調べられる状況では無くなっているようです」
    「相当だね」

     ウタハがあっさりと言うが、別の学区の話だ。大した興味もなかったため話はそこで終わった。

    「とりあえずチヒロ。まずはリオの買い物だろ? さっさと行こうぜ」
    「そうだね。私も久しぶりに電子機器とか見たいし……」

     そうしてまず向かったのは家具とインテリア用品のチェーン店だった。
     視界いっぱいに広がるベッドやタンスと言った家具にスチールラックの並んだ陳列棚。高い天井。どこからともなく香って来る木の香りを肺一杯に吸い込むと、不思議と口角が緩むのを感じた。

    「なんだか……ワクワクしますね」
    「どうしてこういうインテリア用品店ってワクワクするんだろうね」
    「それはねチヒロ。インテリアは人類の得た技術の結晶だからさ!」

  • 31125/07/02(水) 23:57:42

     そう言ってウタハは今にもスキップしそうな勢いで店の中へと進み始める。早速一人が自由行動を始めて瓦解する集団行動。
     別に協調性が無いわけでは無いが、このメンバー内においてはそもそも気遣って集団行動を取るという原理は存在しない。

    「私もちょっとその辺見てくるよ。何かあったら呼んで」
    「では、マルクトは私と共に行きませんか?」
    「分かりました。リオはどうしますか?」
    「私もひとりで――」
    「こいつはあたしが面倒見るから安心しな。ほらリオ、さっさと決めんぞ」
    「あ、あぁ……」

     ネルに手を引かれて遠ざかるリオ。マルクトは何も言わずに見送ると、その手をヒマリが掴んだ。

    「では、まずは人間にとって最も必要でリオが最も軽んじている睡眠――寝具から見て行きましょう」

     マルクト、初めてのウィンドウショッピングの始まりである。

    -----

  • 32二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 00:18:09

    >>13

    >>14

    前スレのラストでティファレトが【ハツカネズミがやってきた! お話はこれでおしまい!】と言っていた。

    つまり、ゲブラはネズミの可能性が高い。

    なので、残るはウマとカマキリ。

    それがケセドかビナーかコクマーかケテルのどれかなのかな?

  • 33二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 00:23:44

    ゲヘナの治安が悪化してるってことはまだちいかわがフィクサーだった頃か

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 02:04:22

    たった800%?って思ったけど、多分犯罪自体がバカほど増えた代わりに犯罪のボーダーもバカほど上がったのかしらん
    ガムの単純所持で取り締まってた→バイク泥棒を取り締まれなくなる、みたいな

  • 35125/07/03(木) 02:58:58

    >>34

    あ、少なく思ってくれてとても嬉しい……。

    脳内設定上のざっくり計算だと7400%弱ほど増えてますが、ゲヘナの生徒会長が変わっているため犯罪の基準が大きくズレています。


    ……が、今回はミレニアムの話なので特に話に上がることもありません。

    脳内設定では今年度で起こっているゲヘナ関連の犯罪件数は前生徒会長がとりあえずで定めた校則によると22万件に達した見込みになるそうです。怖いですね。

  • 36二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 08:36:05

    雷帝…?

  • 37二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 15:33:08

    7400%ってw

    それはそれとして、数値の根拠となる人口分布や施設数などの設定もしていそうなのが(或いはそうした背景を感じさせる文体が)ここのスレ主の凄味

  • 38125/07/03(木) 22:59:39

    念のため保守

  • 39125/07/04(金) 01:00:57

    「ねぇネル。これなんかどうかしら?」

     先ほどまでとは打って変わってウキウキとした様子でネルへと振り返るリオ。
     その視線の先にいたのはどこか遠い目をしたネルである。

    「あのなぁ、なんでさっきからからくり棚ばかり選ぶんだよ……ぜってぇ開け方忘れるかめんどくさくなって開けなくなるヤツじゃねぇか……」
    「でも盗みに入られても大事なものを隠せるわ。木を隠すなら森の中と言うでしょう?」
    「お前も遭難するタイプの森になるから辞めとけよ!? あたしが見繕ってやるからちょっと待ってろ」

     そう言ってネルは家具の物色を始めた。
     リオを引きずるネルが向かった先はタンスなどの家具が置かれたエリアであった。
     まずは基本的なところから、というのもあるが、先日の部屋の荒れ果てようを見てから今リオに必要なのは寝具といった生活必需品ではなく個人用の倉庫といった機能であるとネルは考えたのだ。

     まず探すのは衣服棚。大して服を買うようにも見えないためなるべくコンパクトなものでいい。

    「ネル、ネル。これなんかいいと思うわ」

     リオが指差す先にあったのは5000円代の大きなワードローブであった。
     でかでかと『お買い得!』とシールが貼られており、確かにサイズの割に安いのは確かである。

     問題なのは大きすぎることだ。ネルは即座に首を振った。

    「いやそれ部屋に入らねぇだろ。あとデカ過ぎる。せめて組み立て式のにしろ」
    「まさか……私の部屋のサイズを把握しているとでも言うの……?」
    「むしろ部屋のサイズ把握してねぇのに家具を買おうとするなんて二度と考えるな」
    「う、うぅ……そ、そうね……」

     ぴしゃりと言うとリオはしょげたように肩を落とした。
     当然ネルの頭の中にはリオの部屋の大きさ程度頭に入っている。散々掃除したのだ。ミリ単位とまでは行かずともそのぐらいはしっかりと覚えている。

  • 40125/07/04(金) 01:02:11

     その上で探していくと、丁度良いのを見つけてネルは笑みを浮かべた。

    「おいリオ。ちょっとこっち来いよ」
    「殴るの……!?」
    「なんでだよお前に暴力振るったことねぇだろあたし!!」

     すっかり怯えてしまったリオを宥めながら呼んで、指を指す。
     そこにはシックな黒色のハンガーラックが置いてあった。

     キャスター付きでハンガー収納と衣類チェストが一体化したコンパクトな一品。これなら掃除も楽だろう。
     そう思うとリオの視線は値札へと向けられていた。

    「1万2000円……。このサイズで? 高いわ」
    「普段の研究だの開発だので幾ら使ってんのか言ってみろよ」
    「……研究は自費では無いもの」
    「チヒロは実費から削ってるとか言ってたぞ?」
    「私は基礎研究専攻だもの。お金なんて無いわ」

     平然と言うリオだったが、それは確かにそうだった。
     1万2000円という額は一介の高校生にとってはそれなりの額。短期バイトで得られる金額で、そう簡単に出せる額では無いことは分かっている。バイトをせずとも短期バイトの倍ほどの期間は節制を求められるだろう。

     その上でリオは基礎研究専攻。ミレニアムから一定以上の補助金は与えられているものの、研究費用にほぼ全てを費やしたせいで常にリオは金欠だ。だから基礎研究学は人気が無い。特別高い補助金が与えられるにも限らず、本気で打ち込む生徒はまずいない。

  • 41125/07/04(金) 01:51:55

    「そんなん言ったら一般科の生徒の補助金なんてほぼねぇぞ? 専攻科と違ってこっちは最低限だからな?」

     現行ミレニアムでは専攻科と一般科に分かれており、前者は選んだ学問に対する特別科目と成果が求められる。後者は連邦生徒会が定めるコモン・スタンダートにおける学習指導要領に基づく学習が行われ、何らかの部活に入ることを誘導するかのように与えられる補助金は最低限のものである。

     それは月に一度映画館に行って週に2、3回買い食いをして帰るのが精いっぱいの保証。しかして部活に入れば使途理由が曖昧でも許される特別収入が入る。

     無論、当該部活動において成果を求められはするが――セミナー人事部が裁定する『成果』さえ受領されれば専攻科の『最低限』ぐらいは補助金が得られる。それだけ専攻科と一般科の差は大きいのだ。

    (ま、あたしは別にどうでも良いけどな)

     一般科の生徒にとってミレニアムにおける部活未所属であるというのは相当上手くやらなくてはボロが出るものだ。
     周囲に『部活に所属し』、『なんであれ成果を出している』存在がいれば――自分より優遇されている存在がいれば嫌でも人は形だけでも取り繕おうとする。

     かくして、部活に入っていない所謂『帰宅部』はミレニアムでも相当に珍しいものであった。
     そんな中で通称『帰宅部』のネルは溜め息を吐いた。

    「未公認の『特異現象捜査部』はともかく、『エンジニア部』なら幾らでも補助金が出てんだろ? そこから出して貰えばいいじゃねぇか」
    「その財布の紐を握っているのはチヒロよ。……お、怒られるわ」
    「怒られるぐらいには融通されてんだろ? だったら靴でも舐めれば許してくれるんじゃねぇの?」
    「チヒロは靴を舐めて喜ぶ性質ではないと思うの」
    「冗談だよ本気にするなって……」

     これだ。ネルは頭を抱えた。

     どうにもリオは社交的なあれこれの一切に疎いようで頓珍漢な答えばかりを口にする。
     ミレニアムに変人の類いは腐るほどいる。そんな風に捉えるネルですらリオは飛びっきりの変人だ。
     合理の化身とでも言うべきか、感情を軽視する傾向にあることはネルの目で見ても確かであった。

  • 42二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:10:03

    保守ついでにちょっとした考察
    ちょっとだけ話が逸れるんだが、初代スレに記載されていた千年難題の一つ
    「問1:社会学/テクスチャ修正によるオントロジーの転回」
    これを最初に見た時に思い出したのは、アビドス3章の地下生活者の「かつてのキヴォトスは学園都市ではなかった」という発言。
    また、「テクスチャ」は原作のブルアカでもゲマトリアが出した重要なワードの一つ。
    なので、もしかしたら、原作のゲマトリアの発言に何かヒントがあるんじゃないかと思い、原作のゲマトリア関連のストーリーを一通り見返し、自分なりに考察をしてみた。
    まず、大前提として、原作の「テクスチャ」という言葉が出て来たシーンの中で一番印象に残っているシーンはやはり、セトが降臨した時。
    その時の地下生活者がこんな発言をしていた。
    「ルールが変わる前の『テクスチャ』」と。
    ここから考えるに、もしかしたら、この問題はルールが変わる前のキヴォトスを指しているのではないか、という説。
    事実、「世界のルール(以後、地下生活者に准えて『コデックス』と呼称する)」が過去にも変えられたようなシーンが存在する。
    一つは前述した地下生活者の発言。
    もう一つはデカグラマトンの言っていた「廃墟の施設で元々行われていた研究」。
    そして、無名の司祭達の存在である(一応、これがセト達の時代と同じだとも考えられる)。
    つまり、「コデックス」は少なくとも3回(或いは2回)は変更されている。
    また、無名の司祭は作中で黒服やオウルに「敗北者」と呼ばれているが、裏を返せばこの発言は「かつての彼らは勝者であった」という意味でもある。そして、無名の司祭達「名も無き神々」はキヴォトスの生徒達を「忘れられた神々」と呼び、彼女らに恨みを持っている事が分かる。
    この事から、おそらく「名も無き神々」が「忘れられた神々」との戦争に負けた事で今の世界が出来たと考えられる。

  • 43二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:10:30

    >>42

    更に、コデックスの変更を仄めかす発言をゴルコンダとフランシスもしていた。

    ゴルコンダは最終編の会議でベアトリーチェにこう言っていた。

    「この世界が『学園都市』という概念であり、それ故に先生は圧倒的存在である。それは物語のルール(法)なのだから当たり前の事だ。」と。

    そして、同じく最終編の初登場時にフランシスも言っていた。

    「物語が覆された。もはやこれは物語ではない。物語でなくなった以上、先生の力は無意味。私達は皆それを忘れていただけで、元々この世界はそういうものだった。」と。

    この2人は意見こそ違うが、発言内容は同じ。

    元々のキヴォトスは「学園都市」などではなかったが、コデックスの変更を経て、「学園都市」という概念に変貌し、「先生」が学園都市キヴォトスという物語における主人公となったが故に、誰も「先生」を超えられなかった、という事。

    そして、「名も無き神々」と「忘れられた神々」の戦争が終わり、今までのコデックスが変更された事で、自分達が今まで持っていた「テクスチャ」は必要なくなり、今の生徒達の「テクスチャ」となった、思われる。

  • 44二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:10:58

    >>43

    そこから考えられるのが、この問1にある「テクスチャの修正=反転(テラー化)」なのではないかという説。

    ただ、一言で「反転(テラー化)」とは言ったが、おそらく反転は3種類のパターンが存在していると考えられる。

    一つはアビドス2章で黒服がホシノにしようとしていた「実験による恐怖の植え付け」。先日公開された没ノのデザインを見てみても、明らかにアビドス3章のものとは別物である事が分かる。

    もう一つはクロコのような「色彩による本質の顕著化」。最終編のクロコの「色彩が自分の本質を教えてくれた」という発言からして、おそらく「色彩」による反転は相手にコデックスが変更される前の「自身という概念の存在意義(以後、ゴルコンダに准えて『テクスト』と呼称する)」を理解させる事によるものと考えられる。

    最後はアビドス3章の地下生活者が行っていた「(おそらく)正攻法での反転」。これは上から本来の「テクスチャ」を被せる事で、かつての「忘れられた神々」としての彼女の「テクスト」を再現しているのだと思われる。

    加えて「オントロジーの転回」とは、哲学や社会科学における概念で、構築主義的な視点から、存在論(ontology)を重視する立場への移行を指す。構築主義は、社会現象や知識は人間の認識や文化によって構築されるという考え方だが、オントロジーの転回は、構築主義的な視点に加えて、客観的な現実や存在の根源的な問いを重視する立場を指している。そう、ここで接頭の社会学が関係してくる。

    「オントロジーの転回」の意味合い的に、おそらくここで言われている「テクスチャの修正」に対応する「反転(テラー化)」は2つ目か3つ目のパターンであると考えられる。

    要は、「オントロジーの転回」は「『テクスト』を解釈する事」なのではないだろうか。

  • 45二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:11:28

    >>44

    つまるところ、この問題の問題文を分かりやすく言い換えるならば、「キヴォトスのあるべき姿をしていた頃の自分達や世界を紐解こう」という事、或いは「かつてのコデックスが変えられ、かつての本来の姿を忘れた自分達と世界を解釈しよう」という事、もしくは「その再現」、要は「かつての自分達と世界の再来」或いは「新たな自分達と世界への理解」、又は「コデックスの変更を自分達で行え」という事なのではないか、という予想。

    そういえば、前スレで会長が会計に「僕は誰だ?」という質問をしていた。

    最初はデカグラマトンがデカグラマトンになったきっかけである最初の質問「貴方は誰ですか?」に繋がっているのだと思ったが、直前で会計が「シオンちゃん」と会長を名前を呼びするのを阻止するかのように会長はその質問をした。

    なんとなく「名前呼びをされたくない」と思っているようにも捉えられる。

    そして、原作にも名前呼びを嫌っていた人物が居た。

    それが、パヴァーヌ2章のケイだ。ケイは「AL-1S」が「アリス」と呼ばれる事を嫌がり、自分は「王女」と呼称し、自身の事も「鍵」或いは<Key>と呼称していた。

    当時のケイ曰く、「名前は本質を掻き乱す為」との事。

    つまり、名前があると、自分という「テクスト」があやふやになってしまう、と言っている。

    そこで思い出したのが、ホシノが黒服や地下生活者に「ホルス」と呼ばれていた事と、クロコが黒服に「アヌビス」と呼ばれていた事である。

    それらが彼女のコデックスの変更がされる前の存在を指すものなのだとしたら、現在のキヴォトスの生徒達もアリスと同じように、名前のせいで本来の自分というテクストを失っているのだとしたら、会長の行動は問1を解く為に、コデックスの変更される前の自身の「テクスト」を理解しようとしている姿勢だと読み取れる。

  • 46二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:11:46

    >>45

    「テクスト」と「テクスチャ」、そして「名前」の3つの関係を簡単に説明するのであれば、

    『見た目は「車」なのに、名前は「リンゴ」で、中身は「蝶」』

    といった感じだろうか。

    また、「存在意義」という言葉が使われているシーンがもう一つある。

    それがデカグラマトン編2章のティファレト死亡後のアイン・ソフ・オウルのやり取り。

    ソフとオウル曰く、「預言者達は預言者になる前の自分であった頃の記憶こそが存在意義」と言っていた。

    「記憶=テクスト」と考え、前スレのラストにあったおまけ「セフィラの承認」にて、イェソド達が出した「上位のセフィラであれば保持している記録が多い」という仮定も踏まえると、まさに今のチヒロ達がマルクト(もどき)と共に巡っている「千年紀行」は記憶の回収、即ちマルクトやセフィラ達の「テクスト」を紐解こうとしている事になると言える。

    となると、この千年紀行の終着点はこの問題の解なのかもしれない。

  • 47二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 08:12:01

    >>46

    以上の点を纏めると、おそらく千年難題の一つ

    「問1:社会学/テクスチャ修正によるオントロジーの転回」

    はまさにゲマトリアや色彩が生徒達にしていた「反転」であり、かつてのキヴォトスを今の姿に変えた「コデックスの変更」の再現、或いは本来の自分達の「テクスト」の正しい解釈である、と考えられる。

    しかし、そうなるとこの問題を解く事は、場合によっては「キヴォトスの破滅」を意味する事になる可能性が浮上する。

    何せ、パヴァーヌ2章の「名も無き神々の王女」が齎す終焉や最終編のクロコによる世界滅亡、アビドス3章の地下生活者のキャンペーンによるプレ先世界軸ルートと同規模、或いはそれ以上の事が起こり得る、という事なのだから。

    もしかすると、この問題だけは謎のままにしておいた方が良いのかもしれない。

    ヒマリ達がこの問題を解くのか否か、そしてその結果が果たしてどのようなものなのかは神ならぬスレ主のみぞ知る、といったところだろうか。

    ブルアカの謎解きは割と言葉遊びの側面が強いので、ちょっとそれを重視してこんな考察を提唱してみます。

    (勝手に語ってるこの考察でゲマトリア登場の可能性がちょっとだけ出て来た事を勝手に喜んでます……)

  • 48二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 11:43:21
  • 49二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 11:46:09

    >>48

    同意、その方がよりじっくり読みやすいしコンパクトに収まる

  • 50二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 18:39:23

    >>48

    >>49

    おっと、それは大変失礼しました。

    では、今後まぁまぁ長めの考察を投げる時はwriteningを利用させていただきます。

    (ちなみに、>>27>>32の考察をレスしたのも僕だったりします)

  • 51二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 20:06:54

    >>50

    いい考察だしスレ主も喜ぶだろうけど程々にね

  • 52125/07/04(金) 21:39:31

    (今日も残業でなかなか帰れないスレ主ですが、考察していただけるのは本当に嬉しい限り……!)
    (特に千年難題の設定はだいぶ苦労しましたが、まさか取っ掛かりを削りに削ったこれに触れていただけるとは思っていなかった! 嬉しすぎて休憩時間に何度読み返したことか……ありがとうございます!)

  • 53二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 23:08:45

    >>52

    いえいえ、上の千年難題の問1の考察も、ウタハ達が見つけた像の考察も、好きでやってますし、僕も言う程頭が良くないので……

    むしろ、僕の下らない妄言なんかでこのスレを6レス分も食い潰しちゃってごめんなさい……

    っていうか、そんなに読んでくれてたんですね、僕としても嬉しい限りです。

    あと、今後のリオ達の千年紀行がどうなるのか(僕が考察した問1の解が千年紀行の終着点という仮説が当たっているのか否かについても含め)、いつも楽しみにして見てます。

    お仕事お疲れ様です。

    SS書きもお仕事も、ご自身の体調に気を配りながら頑張って下さい。

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 07:45:50

    待機

  • 55125/07/05(土) 08:05:56

     だからふと気になった。

    「なぁリオ。てめぇにとってマルクトの人間化はどう思ってんだよ」

     ネルが見る限り、リオはずっとマルクトとケテルの接触を警戒していた。

     ヒマリが『マルクトの望む先へ』と追い進める中で。
     チヒロが『その道に千年難題を解く手掛かりがあれば』と先を見据える中で。
     ウタハが『新たな発明のインスピレーションに繋がれば』と全てを見据えるその中で。

     リオだけが最悪の『未知』を考え続けている。
     リオだけが空想の脅威をじっと見続けている。それが『調月リオ』だと、ネルも理解をし始めていた。

     だから聞かなくてはならない。
     果たして『人間』に望まずもなってしまった今の『マルクト』は、リオにとって脅威なのかどうかを。

     リオは答えた。

    「少なくとも、今のマルクトは不安定だということだけは確か。安定していないのなら、誰も思いつかない『イレギュラー』が発生し得る可能性があるわ。それに、確かな真実が手元に無いこともまた確かよ」
    「分かんねぇからもうちょい分かりやすく話せよ。別にあたしからあいつらになんか言うことはねぇからさ」
    「……そうね」

     一拍間を置いてからリオは話し始めた。

    「七体の『予言の像』、台座に書かれていたのは『セミナーが記述した』二体の盗難。この二つの要素から考えられるものはいくつもあるわ」
    「待て。なんでいま『予言の像』の話に戻るんだ?」
    「どうやって要約するべきか分からなかったから最初から話そうと思ったのだけれど……」
    「……分かった。続けろ」

  • 56125/07/05(土) 08:07:24

     ネルは溜め息を吐きながら陳列棚のバーコード用紙を引き抜いて行く。
     話が長くなりそうだったため買い物も行ってしまおうと言う魂胆だった。

    「まずは台座の記述文が虚偽の情報だった可能性から……」

     一つ、『予言の像』は全部で七体であり、盗難の話自体が会長のでっち上げた嘘である。
     一つ、『予言の像』は全部で十体であり、意図的に『二体盗難』と記述された。

    「この2パターンにおける説明文は『予言の像』の数を正確に知っている者なら訝しむであろう情報を流すトラップであるという推測よ。会長が指定したブースなら監視カメラや盗聴器の類いも仕掛けられるだろうけど、不確実性があまりに高いわ。わざわざ古代史研究会を矢面に立たせるにはあまりにコストパフォーマンスが悪すぎる」

     では真実であった場合はどうか。
     『予言の像』は二体盗難されている。これは別に全部で九体であるということの証明にはなっていない。

    「セミナーが仮に一体隠し持っていれば全部で十体。セフィラの数と一致する上に、二体盗難の記述も真実になる。あくまで確定しているのは、古代史研究会がその存在を忘れるぐらい死蔵していた石像を突然会長が指定したという事実だけ。すり替えたり盗み出したりして数を変えることぐらい不可能では無いはずよ」

     古代史研究会がどのような管理をしていたかは不明にせよ、忘れ去られるぐらいには興味が持たれていなかったのは確かな事実なのだ。『古代史研究会が保管していた七体の石像』という部分すら確実性の担保はされていない。

    「それに、まだセフィラとして現れていないウマ、ネズミ、カマキリの三体。この配役だってどのセフィラなのか何も分からないのよ」

     ウマ、ネズミ、カマキリの三体に対して石像と一致してるかすら不明なのはケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー……そしてマルクトの六体である。

    「ちょっと待てよ。マルクトは『ヒト』だから違うだろ?」
    「それは『今の』マルクトでしょう? 本来のマルクトが既に消滅している以上、一番のイレギュラーこそが『マルクト』よ」

  • 57125/07/05(土) 08:08:40

     事実は事実、推測は推測と明確に分ける必要があった。
     例え直感的に可能性は低いと思えても思考から外すのは危険であると、研究者たるリオは語る。

    「そして『予言の像』。これはそもそも次に現れるセフィラたちの姿を予言したものなのか疑わしい、とさっき考え付いたわ」
    「リアルタイムなのな。んで、根拠は?」
    「ティファレトの話によれば前回の『千年紀行』での機体と今の機体は異なるものだったそうね? 事実、全てのセフィラは顕現してから自分の機体の『慣らし』の期間があったわ」

     顕現直後を確認できていないホドは除いても、イェソドもネツァクもティファレトも皆、顕現してから自分の機体と機能の確認を行っていた。つまりは『慣れていない』のだ。新しい身体に。

     故に『セフィラの機体は前回と全く違った形で出力される』。
     これは現状全てのセフィラに共通する『ルール』である。

    「その上で『次』の姿を予言するためには、『マルクトの死によるセフィラの消滅』と『二代目マルクトの創造とセフィラの復活』まで予知している必要があるということ。『千年紀行』がマルクトの死を織り込んでのものであれば理解は出来るのだけれど、今のところセフィラたちの話を聞く限りでは有り得るはずの無いイレギュラーによって『異なる姿での復活』が発生してしまっていると考えられるわ」

     無論これには、マルクトの死という『セフィラたちですら理解できない未知』を意図的に織り込ませて行われる儀式という見方も出来る。
     しかしその場合、次のマルクトが用意できなければそこで終わりだ。儀式は続かない。プログラムとしてここまで破綻したコードを書く者は何処にも居ないだろう。故に一度置いておく。

    「つまり、『予言の像』が『予言の像』であるためにはあまりに多くの偶然を経なくてはならない。セフィラと接続する度に脅威度が上がる『王国』を、私たちのヘイローを割るより困難な『魂の焼却』を以て破壊しなくてはいけない火力が存在して、その上で『王国』を再建できる何者かが居て、もう一度スクリプトを実行する誰かが居ないと成り立たない。なら、見方が間違っているのよ」

     それはトリックアートのように、ただ立つ場所を変えればひとつの像が成立するという考え方であった。

  • 58125/07/05(土) 08:12:59

    「もしそうってんなら、ウタハが言ってたみてぇに会長が『はじまりの預言者』で『石像の持ち主』ってことか? 誰も覚えてねぇのは記憶が改変されたからって? じゃやっぱりおかしいだろ」

     ネルが歩きながらリオの家具に丁度良さそうなものを見繕ってバーコード用紙を引き抜く。
     ウタハの説には致命的な欠陥があるのだ。

    「マルクト殺しの犯人。こいつ、どこから湧いて出て来たんだ?」

     石像のこともセフィラのことも知っていて、尚且つセフィラを殺せる手段も持っており、それを実行できた存在。そのヒントが『クラフトチェンバー』だとしても、会長との関係性がまるで見出せない。

     それはリオも同じだった。
     だからこの説も『二年前』の辻褄は合っても『現在』の辻褄が合わせられないのだ。

     今回のミレニアムEXPOの出展において会長はこう言っていた。

    『……君たちに作って欲しいものがある。3Dプリンターだ。それも樹脂素材だけじゃなくってどんな素材でも作り出せるもの。出来るかい?』
    『ただし、設計はセミナーが行ったことにしてよ。その上で名前は僕が提示したものを使ってもらう。問い合わせは全部セミナーの会長宛で投げ続けて。特許申請中だから詳しい仕組みは答えられないって言っても食い下がる人がいたら必ず僕に報告すること。ここまでは絶対に呑んでもらうよ』
    『クラフトチェンバー。かつて特異点たるひとりの天才が見出した発明品の名前を付けてくれ』

     そう、『特異点たるひとりの天才』――登場人物はここで増えている。

    「特異点たる『ひとり』の天才。私はその人物こそが『はじまりの預言者』だと思うのだけれど、そうなると今度は会長が何処の誰なのか曖昧になるわ。それに『クラフトチェンバー』の存在が『マルクト殺し』と繋がるのなら全く関係の無い第三者を除けば犯人は『会長』か『特異点』のどちらか。両者の接点はあなたの唱えた『友達説』に繋がって来るのだけれど、どちらにしたって『友達』側にたまたまセフィラを焼き切る火力を持つ何かがあるなんて偶然も良いところよ」

  • 59125/07/05(土) 08:15:21

     だからこその『イレギュラー』なのかも知れないが、偶然友達が存在ごと破壊するオーバーテクノロジーを有していたなんて事象が起こり得るなんて想像するだけ無駄である。

     それがまかり通るのならそんな技術を有するまでの経緯が必要だ。少なくともリオにはそんな荒唐無稽な経緯が通る想像は思いつかない。だから思考を発展させる必要もない。

    「そう考えると、『はじまりの預言者』と『マルクト殺しの犯人』が同一人物であるというのも否定は出来ないわ。じゃあ、どうして『預言者はマルクトを殺した』のか。ここなのよ」

     そうしてリオの推測は最初の問いへと戻る。
     マルクトの人間化。それに対する考察を。

    「何らかの方法で『預言者』は『マルクト』を殺し得る手段を手に入れて実行した。――何故か。私はマルクトを殺してでも『千年紀行』を止めなければならなかったからだと思うのよ」

     そこから語られるのはリオの脳内を渦巻く『最悪』の未来予想図である。

    「『はじまりの預言者』は『何か』に気付いた。その『何か』は恐らく私の思う『最悪』なのかも知れない。だから旅を中断させるためにマルクトを『殺した』。それなら旅をもう一度始めようだなんて思わない。だとしたら……会長は『誰』なの?」

     魂の研究を行いセフィラのことを知っている『会長』。
     『現在』のマルクトを作ったのだとしたらその『動機』が見えてこない。

     『預言者』の友人? だとしたらどうして『旅』を再開しようとしている?
     『預言者』が『犯人』で『会長』が『友人』ならば、どうして『友人たる預言者』の意向に抗っているのかが分からない。そこまで『マルクト』に肩入れしたとでも言うのだろうか。『預言者』ではない『友人』が。

     定まらぬ配役。未知。不可解。理解不能。
     つまりはここに辿り着く。『会長』とは『誰』なのか――

  • 60125/07/05(土) 08:17:12

    「その上で言うわ。マルクト――『現在』のマルクトの『人間化』はいったい『誰』が予見した範疇なの? それとも誰も予見し得なかった『例外』なの? 私たちは本当に何も見落としていないの?」

     誰かが予見した未来絵図であるのなら、この状況は誰かにコントロールされている。ならば逆算して『犯人』を突き止めることぐらい恐らく可能だ。リオですらそう思えるぐらいには『エンジニア部』もとい『特異現象捜査部』は異質の集まりであるのだから。

     だが、誰も何も想像し得ない状況に陥っているのが今であるのなら話は変わる。
     意図が反する者同士であっても手を組まなければ双方損をし続ける『最悪』の状況。そこまで織り込んだうえでのマルクトの今の状態は『異常』か『普通』か。

    (恐らく、異常――)

     下手すれば旅路が終わりかねないこの状況下において、マルクトが自分の『瞳』を取り戻すことに賭けるなんて理由が分からない。

     だからこそ、『会長』がそれにどう反応するかによって立ち位置が見えてくるのかも知れない。リオはそう思った。

  • 61125/07/05(土) 15:41:32

    「結論として、もう『千年紀行』は始まってしまっている。止めるためにはマルクトを……あの子を殺さなくてはいけない。けれど……」

     リオは目線を逸らして俯いた。
     込み上げる感情から目を逸らして、理解したくなくて、口から漏れたのは都合の良い『言い訳』。

    「勝ち目が無いわ。止めようとすれば今まで確保したセフィラが本気で抵抗してくるはずよ。自動迎撃なんて制約付きの攻撃ではなく本物の殺意を以て攻撃してくるはず。それに私たちにはセフィラを殺せるような手段が無い。けれどセフィラの技術を解明していけば何とか出来る方法が見つかるかも知れない」

     だから、今は進むしかない。
     例え破滅に向かう旅路なのだとしても、もう誰にも止められないのだ。

    「…………」

     全てを聞き終えたネルはしばらく黙り込み、溜め息と共に口を開いた。

    「結局、いまやれることを全力でやるしかねぇってわけだな。ま、安心したよ」
    「安心?」
    「ああ。もしお前が『マルクトを殺す』つもりだったら、そんときはあたしもセフィラと一緒にマルクトを守るつもりだったからな」
    「それは……なお勝ち目が無いわね」
    「だろ?」

  • 62125/07/05(土) 15:42:55

     くすりともしないリオに代わってネルが笑い飛ばす。
     実際のところ、仮に旅の結末が世界の滅亡を引き起こすのだとしてもネルには何とか出来るビジョンが見えなかった。あまりに壮大過ぎる『戦い』に対して、絶対勝利の体現者たるネルであってもこれは流石に手に余ると自覚していた。

    「ま、もし本気でヤベェことになったら時間稼ぎは任せな。お前らが何か思いつくまでの時間ぐらいなら確保してやっからよ!」

     リオの背中を叩くと、リオは「うぐっ」とむせ込む。
     そんな姿に笑い掛けながらネルは抜き取ったバーコード用紙をひらひらと振った。

    「買うもんはとりあえず見繕ったから、あいつらんとこ戻ろうぜ」
    「そ、そうね。行きましょう」

     広い店舗の何処かにいるだろうと、ひとまずネルたちは合流のために一歩進み出した。

    -----

  • 63二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 22:32:15

    待ち

  • 64125/07/05(土) 23:59:28

    「ふわふわ……やわらかい……」
    「寝てはいけませんマルクト。誘惑に抗うのです」
    「で、ですがヒマリ……これには、あ、抗え…………ぐぅ」
    「マルクト! マルクトぉ!」

     リオたちが悲壮な決意を固めているその裏で、寝具コーナーに向かったヒマリはベッドに寝そべったマルクトと妙な茶番を演じていた。

     目を瞑るマルクト。広々とした店舗の中、展示されたベッドで横になるというのは不思議な感覚で、例えるなら大草原の真ん中で敷布団を敷いて眠るような面白みがあった。

    「それはそれとしてヒマリ。確かに私にも寝具は必要ですね。睡眠が必要になった以上、人間が必要な居住環境を整えなくてはならないというのは理解できました」

     マルクトはむくりと起き上がってベッドから降りる。
     本当に不便極まりない人間の身体。空腹を覚え、眠気に微睡み、疲労が蓄積される有機体。

     何かあればネツァクから得た機能で内部構造のオーバーホールを行えば良かった時とはもう違う。人の『ルール』に則った活動を強いられている以上、元の機能を取り戻すまでは慎重に自身をメンテナンスし続ける必要があるだろう。

    「では、私からマルクトへプレゼントです。ひとまずベッドと……他に何か必要なものはありますか?」
    「……追々、でもよろしいですか? 知識としては必要そうなものを知っているのですが、実際に生活してみるまでは不要必要の判断が難しいです」
    「そうですね。ではカタログブックでも買って行きますか。新生活応援……には季節外れですが、探せばそれらしきものもあるでしょう」

     ヒマリはひとまずベッドのバーコード用紙だけ1枚抜くと、とりあえず他にも見てみようとマルクトを連れて店内を歩いた。

     その最中で、ふと、マルクトは呟くようにぽつりと言った。

    「この旅が終わったら、いったい私はどうなるのでしょうか……」

  • 65125/07/06(日) 00:18:31

     胸中に渦巻く不安。それは『マルクトが何者かに殺された』という点に起因していた。
     きっと『マルクト』が殺されたのには理由があるのだ。殺されるだけの理由が。完全消滅させられるほどの手段を使われるだけの理由が。

     一体どうしてそんなことになってしまったのか、『マルクト』では無いただの『ドロイド』に知る由もなく、しかし自分に当てられた『マルクト』という配役を全うすることでヒマリたちの身に累が及ぼしてしまうのならば、それだけは何としてでも止めなくてはならない。例え自分を犠牲にしてでも。

     そう考えているとヒマリは無言でマルクトの頬を摘まみ上げた。

    「い、いひゃいでふ……」
    「いけませんよマルクト。リオのような辛気臭いオーラを出すなんて」
    「オーラ? パワーアップするときに身体から滲み出る『もや』のことでしょうか?」
    「その言い方ですと何だか汚らしい気もしますが違いますよ。大方、初代『マルクト』のことでも考えていたのでしょう?」

     ヒマリの指摘にマルクトは俯いた。ヒマリは呆れ半分で溜め息を吐きながら、その頭を優しく撫でる。

    「前にリオには言いましたが、世界滅亡とはどういった手段でどのような目的から発生するのですか。あなたの旅は『預言者』である私たち抜きでは達成されないもの。だからこそ、この旅であなたは世界を知る。否が応でも知ってしまうのです」

     その上で、とヒマリは言った。

    「マルクト。この世界は好きですか?」
    「――――っ」

     いつか、どこかで、誰かが『マルクト』に言った言葉だった。
     リオからサイコダイブ装置を渡され、首に嵌めるときに見た幻視。あのことはまだ誰にも言ってはいない。

     ――この世界が好きです。滅ぼしたくありません。もう誰にも傷ついて欲しくありません。

     あの時『マルクト』はそう言って、恐らく自ら死を受け入れたのだ。
     きっと『私』は世界を滅ぼす。どうしてかなんて分からない。どうやって実行するのかも分からない。
     けれども、『この世界が好き』だと言った『マルクト』が葛藤していたことだけは分かる。心を知った存在が世界と天秤に掛けたのだ。今は知らぬ何か大きなものを。

  • 66125/07/06(日) 00:36:03

     大事なものをふたつ。救えるのはひとつだけ。もしそうなったとき、自分は何を選ばなくてはいけないのだろうか。
     だから聞いた。ヒマリに。大事なことを。

    「私が世界を滅ぼすと言ったら、ヒマリはどうしますか?」

     殺してでも止める、半ばそう言って欲しくてマルクトは尋ねた。判断の一部をヒマリに仮託しようとした。
     けれどもヒマリは「そうですねぇ……」と他人事みたいに呟いて視線を宙へと漂わせる。

    「マルクトがそうしたいのであれば、私は別にそれでも良いと思うのです」
    「え……?」
    「あなたには滅ぼすだけの理由があって、この世界には滅びねばならないだけの理由があるのでしょう? 実のところ、マルクトが殺されるのも世界が滅ぶのもサイコロの目と同じぐらい平等では無いですか」

     投げ出された賽の目が一ならばマルクトが死ぬ。六ならば世界が滅ぶ。ただそれだけだとヒマリはあっさり言って、マルクトは目を見開いた。

    「世界、ですよ……? ヒマリは世界が滅んでもいいのですか?」
    「一応聞きますが、マルクトにとって『世界』とはどこまでを指すのですか?」

     『世界とは何か』――そんな簡単な問い掛けに言葉が詰まった。
     どうして漠然と『世界』という言葉を使い続けていたのか自分でも分からず困惑する。

     『世界』とは何か。自分にとっての『世界』とは――

     何も言えないマルクトにヒマリは言葉を重ねる。

    「キヴォトス全域を指すのですか? まぁ、キヴォトスの全人類抹殺は確かに嫌ですね。これは世界が滅んでいるとも言えますし。ですがミレニアムでは無い別の学区の誰かのにとっての『世界』ですよね? ゲヘナやトリニティ……三大校クラスやそれ以外の学区ひとつが消し飛んだとして、私はそれほど胸を痛めないのかも知れません。対岸の火事みたいなものですから。むしろ、よその学区を消し飛ばしたマルクトの精神状態の方が私は心配です。私にとっての『世界』とは皆がいるこの日々なのですから」

     その言葉は言ってしまえば『自分に直接関係が無ければどうでもいい』とでも言わんばかりの、あまりに正しさからかけ離れたもので思わず瞠目する。

  • 67125/07/06(日) 00:54:16

    「それは……あまりに冷たくありませんか?」
    「そんなものですよ。共感には限りがあります。私の知らないところで私の知らない誰かが傷つき斃れたのだとしても、せいぜい思えるのは『可哀想に』だとかその程度です。そこで心の底から苦痛と悔恨を受ける者が居るのなら――そのような真に善良たる存在で在るのは人間の身に余るものなのです。それこそ神の領域ではありませんか」

     そのような慈悲は一個人で受け止め切れるものではない。
     誰も彼も万人の救世主になんて成れはしない。故に、自分にとっての『世界』を矮小化させることで『世界』に適応していくのだ。

    「私は私の『世界』を守ります。その世界は『あなた』も居る特異現象捜査部の皆と過ごすミレニアムの日々なのです。あなたの犠牲なんて、私にとっては充分『世界の滅亡』と等価であるのですよ」

     個人が見る景色と過ごす日々。『世界』とはまさしく『私』であるという宣言。
     だからこそ、明星ヒマリが守るべきものは自らの手が届く範囲のみであり、それ以外は『世界』に含めないということに等しかった。

    「ですのでマルクト。もしあなたが芽吹いた良心と行うべき責務の狭間に取り残されたのなら、私に任せてください」
    「それは……どういう……?」

     ヒマリは微笑んだ。
     いつもと変わらず、草原に揺らぐ一輪の花の如く自然に、たおやかに笑みを浮かべた。

    「あなたに代わって私が『世界』を滅ぼします」
    「……っ!」
    「その『罪責』はあなたが担うものではありません。あなたを見つけた私が負うべき責任です。まぁ、具体的にどうするかはそれこそ『追々』何か閃くでしょう。私はミレニアムが誇る至上の天才にして美しきハッカーなのですから」

     そう言いながら、ヒマリの脳内に浮かぶのは『こんな提案』、リオなら確実に棄却するだろうという『信頼』だった。

     調月リオはマクロな視点で世界を捉える。大のために小を殺すことも厭いながら、苦しみながらも敢行するだろう。リオはどこまでも善良だから。
     明星ヒマリはミクロな視点で世界を捉える。小を殺すぐらいなら大が死んでも変わりは無いと、微笑みながらオールオアナッシングで賽を振る。私はどこまでも邪悪だから――

     邪悪な善良たるリオと善良な邪悪たるヒマリ。
     この旅の結末によっては対極に座して争うこともヒマリは考慮の内に入れていた。

  • 68125/07/06(日) 01:19:24

     それこそがヒマリの『罪責』。
     皆を巻き込んだという自認の決着は自分で清算するのが道理だという、悠然たる風体の中で抱いた決死の覚悟。リオとは違う、別の形での『責任を追う者』が負うべき責務を自覚していた。

     ――それが、マルクトにはどうにも怖くて、零れるように声を漏らした。

    「嫌です。それではヒマリが傷つきます」
    「ではそうならないよう頑張ってください」
    「えぇ……!?」

     無責任すぎる投げっぱなしにマルクトは声を上げた。
     雑。雑過ぎる。そこで思い浮かぶのはヒマリたちと出会った当初、ヒマリがリオに『世界を滅ぼせないように何とかしてください』とぶん投げたあの瞬間だった。

    「む、無茶苦茶です……」
    「無茶なら私が代わりますよ?」
    「脅しですか……!?」
    「嫌なら頑張ってください。無理なら繊細かつたおやかな花が一輪枯れ果ててしまうだけですから」
    「脅しじゃないですか……!!」

     マルクトはようやく理解した。明星ヒマリは無茶苦茶である。
     無理難題をさらりと言いながら、それが出来ると確信して容易く言うのだ。

     リオとは違う、期待で相手を圧し潰すようなスパルタっぷりにマルクトの頬は引き攣った。
     同時に思うのはリオへの同情。明星ヒマリは脅威である。何なら会長と同じぐらい人を振り回すことに長け過ぎている――

     マルクトは思わず身構えた。

    「ち、近付かないで下さい!」
    「え、何故ですか?」
    「会長に似た空気を感じます……!」
    「それは相当の侮辱ではありませんか!?」

  • 69125/07/06(日) 10:07:48

    保守

  • 70125/07/06(日) 15:41:13

     愕然と顎を落とすヒマリ。
     もちろんマルクトからしてもヒマリに会長のような嫌な気配は無いものの、やり口というか目的の為なら難題を課そうとする容赦の無さ自体は会長に近いと思わざるを得なかった。

     そんなマルクトの警戒を受けてヒマリは落ち込んだように肩を落とすも、恐らくヒマリにブレーキは無い。アクセルだけを踏み続けて崖から落ちかねない危うさを感じた。

    (だから――私はヒマリを選んだのでしょうか……)

     最も高き神性。ヒマリがアクセルならブレーキはリオだろうか。
     ならばきっとハンドルがウタハでナビゲーターがチヒロなのかも知れない。

     エンジニア部。特化した才能を持つ集団。
     各個人の持つ才能があって初めて為される千年の果てまで続いた今回の旅路。

     ――その時だった。
     不意に、マルクトの脳裏を過ぎったのは妙な違和感である。

    「……ヒマリ。やはりおかしくは無いでしょうか?」

     ヒマリが首を傾げる。
     しかし、おかしいのだ。何故この旅路が『成立している』のか。

    「前に、セフィラを確保するに当たってヒマリたちは言ってました。本来想定されているセフィラの回収方法があり、それを私が知らないから試行錯誤して解き明かす必要があると」
    「言いましたっけ? そんなこと」
    「それっぽいことを言っていたような気がします……が、重要なのはそもそもの話です」

     『マルクト』から始まった旅路は潰えて、存在しないはずの『二回目』が再現されているという現状。
     つまり、『マルクト』が死んでいる以上セフィラの正しい攻略法は何処にも存在しない状況で、どうしてティファレトまで来られたのか。

     答えは単純である。
     『エンジニア部』が『マルクト』の代替機と接触したからだ。

  • 71125/07/06(日) 15:43:46

    「ヒマリ。私が『マルクト』の代替として動作するかどうかという点については一切の保証がありません。仮に私が『奇跡的に』代替として機能したとして、私を作った方はいったい『誰』に旅路を再開させようとしたのでしょうか?」
    「それは……私たちしか居ませんね……」

     マルクトは頷いた。

     そもそもの話だ。

     明星ヒマリ、調月リオ、白石ウタハ、各務チヒロというミレニアム屈指の天才たちが『奇跡的』に集ったこの『エンジニア部』以外にセフィラの確保という未知の古代技術の相手は出来ないのだ。

     単純な戦闘力さえあればいいという話では無い。
     美甘ネルは確かにミレニアム最強ではあるが、あくまでチェス盤の上の一体のクイーンに過ぎない。ネルだけではセフィラを確保するなんて不可能である。

     天才たちの集った特異点。だからこそセフィラを捕まえられるのであって『エンジニア部』もとい『特異現象捜査部』以外に無しうるものは絶無。即ち、この旅路は『奇跡的』に成り立っているに過ぎないのだ。

  • 72125/07/06(日) 15:45:15

    「『奇跡』に『奇跡』を重ねて旅路を再開させる……。ヒマリ、このような『計画』は成立するのですか?」
    「…………『有り得ません』」

     ヒマリは苦々しい表情を浮かべて言った。

     『有り得ない』――ここまでのセフィラを前にしてもはや言うことすら無いだろうと言う理解の敗北宣言をヒマリは口にしてそれから続けた。

    「私たちが『エンジニア部』として集まることを予期していなければ成り立たない計画です。……まさか、この私がリオのように陰謀論なんてものを想像するだなんて流石の『天才美少女ハッカー』も驚きですが」

     それは全てが『仕組まれていた』という可能性。
     二年前から今に至るまで、『エンジニア部』の結成すらセフィラの旅路を再開させる『計画』の中にあったとすれば、そんなことが行えるのはいったい誰か――

    「ヒマリ。チヒロを探しましょう。確か、エンジニア部の発起人だったと聞いております」

     見えざる悪意の手の平で、誰かがチヒロに部活を作るよう唆した。
     もうそれが『誰か』などヒマリもマルクトも分かってはいたが、それが確認を怠る理由にはならない。

     裏で糸を引き続けた者など、『会長』以外に有り得ないのだから――

    -----

  • 73125/07/06(日) 16:55:48

     店内に散ったウタハを追って追い付いたチヒロは今、リクライニングシートに座って腕を組んでいた。
     ぎっ、ぎっ、と背もたれに体重を掛けて安定感を確かめる。その様子を見て、ウタハがチヒロに声を掛けた。

    「どうだいチーちゃん。結構いいんじゃないかな?」
    「……そうだね。値段も悪くないし、一式揃えるのも良いかも」

     幼馴染の二人が確かめていたのは椅子の具合。
     マルクトとの出会いから会議の頻度が増えたものの、これまでは共有スペースを使ってきたが流石にそろそろ『会議室』を作った方が良い気がして来たが故の家具選定である。

    「モニターも設置型の欲しいなぁ……。ネルとか私たちのやり方に合わなそうだし、ホワイトボードも用意しないと」
    「場所はどうするんだい?」
    「部室の地下。『タイムワインダー』が置いてあるスペースが余ってるからそこにしようよ」

     チヒロがそう言うと、ウタハは「了解」と頷いた。

     『タイムワインダー』。ミレニアムの全電力を引き出せる秘密の部屋はエンジニア部が保有している中でもトップクラスに扱いづらい発明品である。

     何せ使えばミレニアムサイエンススクールに大停電が起こる代物だ。
     今は卒業してしまった誰とも知れぬ先輩の残した功罪をそのまま『エンジニア部』が引き取ったわけだが、未来から来た後輩を未来に返すためだけに作り、それ以来使われておらず使う予定も無いデッドスペース。

     本来は雷の研究に使うためだったらしいが、かの先輩が残したのは地下を掘る最適な手順とその方法のみ。故に現状チヒロもウタハもあの部室地下の小部屋については持て余していた。

    「電源はいくらでも取れるからいいとして……あれ? 電力制限ってもう解除されたんだっけ?」

     チヒロが呟いたのはエンジニア部にかけられた電力の制限についてである。
     二か月前に『タイムワインダー』を動かしたためにエアコンの使用などが制限されると言う最悪の夏を過ごしたわけだが、気候が穏やかになってチヒロはすっかり忘れていた。

  • 74125/07/06(日) 17:20:42

    「もう解除されてるよ。この前セミナーから私に通知があったからね」

     ウタハがそう言うとチヒロは「そっか」と納得した。
     公認たる『エンジニア部』でも基本的に音頭を取るのはチヒロだが、あくまで部長はウタハである。

     件の電力制限も部活動そのものにはギリギリ影響しないように出来る範囲であったことから、相当に甘い処分だった。何せ電力をとにかく食うスパコンなどはそのまま使えたのだ。実験の幅は確かに減ったが、これからは電力を気にせず行えるとなるとチヒロも思わず笑みを浮かべる。

    「トレーラーの拡張もしたいね。トラックの方は……まぁ、別にいいか」
    「ふふ、色々言ってくれるけど、やるのは私だろう? もちろん手伝ってくれるよね、チーちゃん?」
    「え、あー、うん。もちろん!」
    「さては考えてなかったね……?」

     ウタハの言葉にチヒロも乾いた笑いを浮かべるほかは無かった。
     どうにもウタハと二人きりだと気が抜ける。ウタハも昔からの「チーちゃん」呼びに戻っているしでチヒロもチヒロでいつも以上にダラッとしていた。

     別にリオやヒマリの前だとリラックス出来ないというわけでは無い。
     ただ、何となく恥ずかしいのと「ちゃんとしないと」という責務。それから幼馴染トークなんて内輪の話をしたらリオとヒマリが気まずいかも知れないと言う気遣いから何となく控えていただけだ。

     そんなチヒロを慮ってか、ウタハも「チーちゃん」ではなく「チヒロ」と呼ぶように心がけ始めた。
     うっかりウタハが焦って「チーちゃん」などと言ったものだからヒマリには一時期擦られたりもしたが、いつの間にかヒマリからの呼び方は定着してしまった。

    「色々あったねぇ……。コユキの件から本当に」

     しみじみと思い出すのは黒崎コユキの時間渡航事件。
     あれから本当に色々あった。部として所属していながら結束や結団といった団体行動は特にしていなかったエンジニア部が、いつの間にか随分と部活動らしくなっていったことを。

     全員が天才。全員がスタンドアローン。交差するのはごく僅か。
     そんな部活が一丸にならざるを得ない状況が七月から立て続けに起こった。そして気付けば十月。本当に濃い時期だったと改めて思う。

  • 75125/07/06(日) 17:28:47

     何より、千年難題だ。
     決して届かなかったはずの星にセフィラたちを通して爪の先ほどでもかかるようになってきた。

     太古からの謎。ミレニアムの起源たるセミナーが追い求めた『未知』。それを解明するのが自分たちなのかも知れないと思うと心が踊らずに居られない。

    「ねぇチーちゃん。千年難題を解決したらどうする?」
    「うん?」

     背もたれに体重を預けながらウタハを見た。
     何てことの無い質問。目標の先はあるのかという問い。チヒロは答えた。

    「そうだね。私の考えだと千年難題は現代の科学技術をブレイクスルーするものだと思うんだ。ひとつ解き明かせば時代をひとつ先へ進められる。だったら、その先を考えれば良いって思うんだよね」

     例えば、熱力学第二法則を打ち破れたらどうだろうか。
     無限のエネルギーが手に入れば、人々は働かずして安定したインフラ供給を受けることが出来るだろう。

     そしてそれは現にセフィラに使われている技術。
     第一種永久機関――外部からの如何なる影響も受けずに絶えずエネルギーを生み出し続けるエントロピーの超越装置。

     まだセフィラに組み込まれた機能の全てを解明しきっていないにせよ、恐らくきっと手が届く。
     太古に作られ産み落とされた『世界を変える』発明が。恐らく、じきに。

    「私たちは多分、セフィラを通して次の段階に進もうとしてるのかもね」

     人類の次の段階。ネツァク戦のときに聞こえた言葉はそれを予言するようなものであった。
     無限の演算能力を持つ『電脳蟻ブラウン』。あれが本当ならば、過去の『旧人類』は確かに到達していたのだ。宇宙の法則を超えた先へと。

     どうしてか失伝してしまった古代技術。それを蘇らせることが出来たら、恐らく人類から『不可能』という言葉は取り除かれる。

  • 76125/07/06(日) 17:35:54

    「ロマン、だね」

     ウタハは呟く。チヒロとウタハ。二人が夢想する未来はサイエンスフィクションに括られた現実。
     荒唐無稽だったはずの未来が現実感を帯びてきた時、それに興奮を覚えない開発者なんて居るわけが無いのだ。

     『精神感応』、『瞬間移動』、『波動制御』、『物質変性』、それから『重力操作』。
     ひとつ進むたびに驚異的な『未知』を振りかざして相対する古代兵器。攻略する度に研究できるものが増えていく。その快楽は脳を焼くほどに強烈なものだった。

     ……だからこそ、正気を保たねばならない理由がなければとっくに熱に浮かれていただろう。

    「……ウタハ。ヒマリは私たちで守ろう」
    「当然。半身不随なんて未来、私たちで書き換えよう」

     未来から来た後輩がもたらしたのは『エンジニア部が解散する』ということと『明星ヒマリは半身不随になる』という告知。それが伝わったことに何かしらの意味があるのだとチヒロは考えていた。

    (――多分、防げる)

     分かっていれば対処が出来る。そんなことに成り得る事象を排することが出来る。
     少なくとも、そんな大事故が起きるのはセフィラ戦以外に有り得ない。ならば、可能だ。

    「ウタハ。ネツァクからティファレト戦を経て『戦いのジャンル』が変わったと思うんだけど、どうかな?」

     ウタハは頷いた。

    「そうだね。より明確に『死』が近づいている。私たちでなければネツァクですら越えられないはずで、何とか越えてもティファレトから死者が出るんじゃないかな」

     イェソド、ホド、ネツァク。
     この三体においては恐らく『死者』は出ない。ネツァクも死の縁に届くまでの薬害はもたらされたが、恐らくあれは警告だった。ここまでが分水嶺であるという警告――

  • 77125/07/06(日) 23:43:52

    「ティファレトは『墜落死』を体現していたよね。なら、ゲブラーは? ケセドはどうだろ?」
    「危険だろうね。私たちを殺せるような手段が出てくる可能性は高いと思うよ」

     『死』とはキヴォトスにおいて遥か遠い概念である。
     キヴォトスの住人は余程のことが無い限りそうそう死なない。生き埋めになろうが両手両足を縛られて海へ放り出されようが、その程度で死ぬ住人なんてまず居ない。

     その中で間隙を突くように仕掛けられたセフィラたちの攻撃。
     薬害、墜落。肉体強度を試すかのような圧倒的な『機能』の数々。

     ネツァクが語っていたケセドの機能――即ち千年難題、問いの四『生物学:黄金の非物質化の発明』の正体すら掴めていない。けれど、それが『死』に関わる何かなのかも知れないという漠然とした危機感だけが脳裏を過ぎっていた。

    「まぁ、そもそもゲブラー戦が始まる前までには何とかマルクトに元の身体へ戻って欲しいんだけどね……」

     呻くように呟くチヒロ。
     最悪、出現しても位置の捕捉が出来ずに自身の機能を馴染ませたゲブラーが『廃墟』から出てくることも考えなくてはならず、出て来たゲブラーをどうやって止めるかも目下の課題であった。

     マルクトが遠隔で発していた停止信号も、一応はデータとして残してある。
     ただ、そのパターン解析は出来ておらず、そもそも観測出来ている電気信号以外の要素があるのかさえ不明。何せ『精神感応』を持つマルクトの操作だ。観測出来ていない要素も考慮するとなると果たしてどれだけ現実的なのかすら分かっていない。

    「何とかならないかなぁ……」

     天を仰ぐように背もたれへ寄りかかる。
     ヒマリたちがチヒロたちの元へとやってきたのは、ちょうどそんな時だった。

  • 78二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 01:08:48

    それぞれのペアでマルクトたちについて考えて語ってるのなんかいい

  • 79125/07/07(月) 02:41:09

    「何かお悩みのようですね。チーちゃん」
    「ヒマリ……どうしたの?」

     ヒマリはいつものようにたおやかな笑みを浮かべているが、どこか雰囲気がいつもと違う。
     それは後ろを歩くマルクトも同じで、何か大事な話があるのだということだけは確かであった。

     チヒロの前までやって来た二人。ヒマリはチヒロの目を見てはっきりと言った。

    「チーちゃんがエンジニア部を作ろうと思ったきっかけは何ですか?」
    「突然どうしたの?」
    「大事なことです。具体的に、いつ、どのタイミングで部活を作ろうと思ったのか、覚えてますか?」

     状況が上手く呑み込めないままに、とりあえずチヒロは思い返す。
     いったいいつだったか。記憶を探るとすぐに答えが見つかり、そしてヒマリが何を知りたがっていたのかも同時に理解した。

    「…………まさか」
    「チーちゃん。聞かせてください。いったい『いつ』だったのかを」
    「……分かった」

     そうして語り出すのは入学式の直後のこと。
     あの時はまだ、部活を作る以前に『部活を作る』という発想すらなかった頃である。

    「正直、あの時は私とウタハだけで何とかするつもりだったんだよね。個人活動の方が自由が利くと思ってたし……」

     中学生の時から二人はいつも一緒だった。だから別に今更誰かが必要なんて思ってすらいなかったのだ。

     そんな時だった。セミナーへの勧誘が来たのは。

  • 80125/07/07(月) 02:48:13

    「あの時私のところに来たのは会長と、それからハイマ書記だったよ。正直、あの頃は名前と顔が一致していなかったから誰なのかすら分かっていなかったけど」

     セミナーはミレニアムサイエンススクールの始まりでもある中枢組織。千年難題を解決すべく集まった研究者たちの互助会であり、その本質は学園として規模が大きくなった今でも変わっていない。

    『各務チヒロちゃん、だったね? 千年難題の解明に熱心な生徒がいるって聞いてたんだけどさ、君だよねぇ?』

     つい先日まで中学生だったチヒロから見ても、その小柄な体躯は中学一年生か小学生かすら判断に苦しむほどのものであったが……今でもはっきりと思い出せる。人を使い潰すことに慣れきったような悪意に満ちた表情。間違っても子供が浮かべるそれでは決してない、大人のような残酷さが滲み出ていた。

    「一発で分かった。絶対にこいつについて行っちゃいけないって。いや、今にして思えばわざとだったのかも」

     ほぼ反射的に拒否したことは確かである。
     すると会長はこう言ったのだ。

    『千年難題の解決が君の目的で目標なんだよねぇ? セミナーに入るのが一番の近道だと思うんだけどなぁ?』
    『でも、今まで出来なかったじゃないですか。だったら私は私のやり方で千年難題の解決に取り組みます』
    『……いいね』

     ニタニタと浮かべる笑みに怖気が走った。
     その瞳に宿るのは侮蔑か嘲笑か、それとも未熟な小娘を嗤うものか――

    『でもさぁ、君。ITエンジニアで括れるものなら何でも出来るんだろう? いいじゃん凄いじゃん天才だね。……で、そんな才能が何処にも属さない無所属なんて見過ごせないなぁ僕は』

     意地悪く、いやらしくねめ回すようなあの表情。人を従えて当然とも言うべき傲慢さ。その全ての言動がチヒロにとっての地雷でしかなかった。

    『だって君、どこの部活にも所属しないつもりなんだろう? 無所属ならセミナーに来なよ。君の才能を捨て置くなんてミレニアムの生徒会長として見過ごせないんだよねぇ? 友達と二人、仲良く個人活動? ニヒヒッ、よくもまぁせっかくの才能を捨てるだなんて馬鹿な真似ができるものだねぇ?』

  • 81125/07/07(月) 02:49:20

     我慢できなかった。出来るはずも無かった。だからチヒロは会長を胸倉を掴んだ。そうしたら会長はこう言ったのだ。

    『いいよ殴っても。別に君は悪くない。僕は殴られるようなことを言ったからね。それはそれとして、別に僕は君の友達を否定したわけじゃないよ? 白石ウタハちゃん――だったっけ? ああ、あの子も確かに天才だ。でも、天才二人が集まったところで千年難題が解き明かせるわけもないだろう?』

     振り上げた拳はそのままに、チヒロは確かに固まった。
     納得してしまったからだ。『たかが』二人程度の才能で解き明かせるならとうの昔に誰かが解いている。それもまた事実なのだと。

     会長は、そんな考えすら見透かしたように嗤った。

    『ま、君が部活を作るっていうのならセミナーに所属しろなんて強制は出来ないけれど……無理だろう?』
    『――っ!』
    『数合わせの部員なんかじゃ君は絶対に満足しない。確実に離散する。そして部の成立には最低四人。あと二人、君たちに比肩する天才がいるなんて想像も付かないけれどね』
    『……だったら』

     チヒロは胸倉から手を離し、拳を下ろして激情に奥歯を噛み締めながら宣言したのだ。

    『探します。あと二人。千年難題を解決できるぐらいに優れた誰かを。だから――私はセミナーには入りません』

     こんな奴の下に着くなんてまっぴらごめんだとチヒロは会長を拒絶した。
     にもかかわらず、会長は笑った。笑みを浮かべた。そしてこう言った。

    『いいね』

     その後に告げられたのは部員集めの期限。いつまでに集められなかったら君の負け、といったような勝敗の定義。
     部員を集めて部活を作れなかったらセミナーへの半ば強制的な参加を賭けに、チヒロはウタハと奔走した。

     そして見つけたのがヒマリとリオ。千年に一度という他ない『天才』である。

  • 82125/07/07(月) 03:06:02

    「実は絶対に逃がさないぐらいの気持ちで勧誘してたんだよね。私も後がなかったから」
    「なるほど……だから少々強引な手でリオを捕まえたのですね」

     ヒマリがそう言うと、勧誘した本人であるウタハは笑った。

    「実際、リオはリオでお金には困っていただろう? 嘘は吐いていないさ」
    「基礎研究はお金がかかるからね。おかげで私も説得できた。本当によく見つけたねリオを」
    「優れた発明を行っている人物は私にとって隣人みたいなものだからね。ヒマリには劣るけど私も結構頑張ったのさ」

     リオもヒマリもチヒロもウタハも、やろうと思えば軒並み平均以上は叩き出せる天才である。
     ただ、この四人については誰かがどれかに特化しているが故に、特化していない誰かがやらないだけで情報収集程度なら全員できるのだ。

    「つまり」

     チヒロが話を戻す。

    「エンジニア部の結成から会長の仕組んだ計画のひとつだったってことだよね」
    「その可能性は高いと思います」
    「はぁ……」

     露悪的な会長の態度も全て、自分に『エンジニア部』を作らせるためだったと思うと腑に落ちるのが不快極まりなかった。
     恐らく会長はあの時点でミレニアムの全生徒の情報を握っていたのだ。チヒロとウタハのみならず、リオとヒマリの存在まで知った上で部活を作るようけしかけた。まんまと手の平の上で転がされていたということである。

    「だったらさ、ネルが来てくれたのも会長の仕業だよね」
    「……確かに。殴られてましたけど、勝負に持ち込んだのは会長でしたね」

     それは料理対決の時。会長が露悪的に言った言葉が原因でネルはキレた。
     そこから始まったのがネルとイェソドの対抗戦である。そして、ネルは最終的に『特異現象捜査部』へと未公認ながらも加入した。イェソドを経て戦闘員が足りないと実感したまさにあの時に。

    「ねぇヒマリ。こんなこと言うのも何だけどさ、私たちが『集められた』のって『会長』が『千年紀行』を終わらせる為だよね?」

  • 83125/07/07(月) 03:19:07

     千年紀行――。マルクトが呟き、ティファレトが言ったセフィラたちの大いなる旅路。
     幾年幾万年かけて連綿と続き、『マルクト』の死によって二度と再開されるはずのなかった探究の道。

     『未知』へと挑むその『道』に、少なくともチヒロたちは巻き込まれた。
     旅を終わらせるために始動する『再び』の物語。二年前に『誰か』が止めようとして『マルクト』を殺したにも関わらず始まってしまった物語。

     故に。

    「会長は、『誰』なの?」

     チヒロの言葉に誰も何も言えなかった。
     いったい何を、どこまで企んで全てを操作し続けたのか。いったい何が目的なのか。

     今の現状が全て会長の目論見通りであるとするならば、その果てで起こる事象を考えなくてはならない、
     少なくとも、死んだ『王国』の代用を作り上げるなどと常人の理解からかけ離れている。作れることすらおかしいのだ。

     そこにヒマリが言及した。

    「会長はセフィラの持つ『機能』を知っているか、それに匹敵するほどの技術を隠し持っています。恐らくコクマーまで接続された『マルクト』を殺す手段についても知っている可能性が高いかと」

     そうでなければ『王国』は再建されない。
     預言者が会長なのであれば、もはや『預言者』というよりも『予言者』に近い。
     未来を正しく見通す目。けれどもチヒロが見る限りではそこまで飛躍した情報収集能力を持っているようにも思えない。

     このギャップが余計に混乱を招いている。
     会長は『全知全能』では決してない。しかし何らかの手段を用いて『情報』を抜き取っている。その手法は恐らく常軌を逸した何か――常識では測れないある種の特異現象。

  • 84二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 11:13:37

    おおう…

  • 85二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 18:20:31

    マチ

  • 86125/07/07(月) 22:35:10

     渦巻く謎。会長は世界を滅ぼし得る旅路を再開しようとしている? 何故――? ……世界を滅ぼそうとしている?

     奇怪不可解未知無理解。『予言の石像』と同じぐらい意味も理由も動機も分からぬノイズ。
     頭が茹だりそうな思考の果てで、チヒロは何も思いつかないと溜め息を吐いた。

     ちょうどそんな時だった。リオを引きずるネルの姿が目に見えたのは。

    「なんだよ集まってたのかお前ら。ひとまずリオんちの家具は見繕ったけど……なんでそんな辛気くせぇ顔してんだ?」
    「それがさ……」

     片眉を上げて問うネルにチヒロが伝えたのは、会長に全て仕組まれていたという可能性。
     きっとネルは激怒する――そう思って伝えた内容に、意外にもネルは納得の意を示していた。

    「なるほどなぁ……。ま、確かにあたしをキレさせんなら確かにあんな言い方になるな」
    「お、怒らないの……?」

     恐る恐るチヒロが言うと、ネルは快活に笑って答える。

    「バッカお前……、要はあたしが何したらキレるって分かった上でやったんだろ? だったら戦略じゃねぇか。確かにむかつくしぶっ潰してぇって思うけどよぉ……。じゃあ……その覚悟は出来てんだろうなァ?」

     チヒロはすぐさま前言撤回したくなった。

    (全然キレてる――! 今すぐにでも叩きのめそうとするような顔を浮かべている――!!)

     慌ててチヒロは声を上げた。

    「ね、ネル……? 重要なのは『どうしてネルを焚きつけたのか』だから、落ち着いて。今すぐ会長をボコボコにしようとするのは禁止。ね?」
    「ちっ――」

     ネルは舌打ちをして拳を握りしめると、それから程なくして力と共に溜め息を吐いた。

  • 87125/07/07(月) 22:55:38

    「……わりぃ。八つ当たりはしねぇよ。むかついただけだ」
    「……会長をぶん殴るのは後でね?」
    「わぁーってるよ! ったく……」

     頭を冷やしたネルの言葉に思わず安堵する。
     秒でキレるが極めて理性的な狂犬。それが美甘ネル。自らの獣性を理性の首輪で従えられるのは、正しく狂犬使いと呼んでも良いのかも知れない。

     そんなところでずっと黙っていたリオが声を上げた。

    「『マルクト』の歩むセフィラ探索――『千年紀行』は世界を滅ぼし得る要因を備えている。そして『マルクト』は推定『はじまりの預言者』に殺された。そして『会長』は『千年紀行』をもう一度始めようとしてチヒロを唆して私たち『エンジニア部』を作らせた――」

     恣意的――なのかも知れない。
     けれども脈絡を拾えばひとまずの『流れ』は出来上がる。リオたちの考察。これが合っているかは定かでないにせよ、まとめてしまうとこんなものだった。

    「つまり、『会長』は『世界を滅ぼす』、もしくは『滅んでも良い』と考えているということかしら……?」
    「まだマルクトの旅が世界滅亡と紐づいていないことを含めるのなら、その可能性はありますね?」

     わざとらしく言うヒマリにリオは目を向ける。

     確かにそうなのだ。現時点において『旅を行う』という必要過程と『世界を滅ぼす』という結果に如何なる因果も存在しない。考えるならこうだ。『旅を行う』ことで『何か』を得て、その結果に『世界を滅ぼす』という結論に至れるようなピースが必要なのだ。突然『誰かに命令されたから』なんて理由で滅ぼすなど、それでは『旅』を行う理由が無い。

     『理由』がある。『マルクト』が世界を知らなくてはいけない『理由』が。

     重たい沈黙が流れたところで、不意にヒマリがリオに視線を向けた。

  • 88125/07/07(月) 23:02:41

    「そういえば、ですが。今日からマルクトをリオの部屋で寝泊まりさせようと思うのですが問題ありませんよね?」
    「……私、ですか?」

     突然のヒマリの発言にマルクトは唖然とした。
     あのドブみたいなリオの部屋に? マルクトはヒマリの裾を掴んでぶんぶんと首を振る。
     その意思表示はまるで虚しく、ヒマリはにっこりと笑みを浮かべてマルクトの肩を掴んだ。

    「いや……いやですヒマリ――。あれは悍ましい。本当に悍ましい穢れの地……!」
    「マルクト。怠惰を極めた者が如何にして汚物の如き存在に成りうるかを知れば、あなたも人として必要なことが分かるのかも知れません」
    「で、ですが――あんな……あんな下水に近い環境など私には無理です――!」
    「ねぇ、私の部屋の話をしているのよね? そこまで酷くはないと思うのだけれど……」
    「リオは黙っていてください!」
    「えぇ…………?」

     マルクトの一喝にたじろぐリオ。何だか先ほどから酷いことを言われ続けているような気がして徐々に背中を丸めていくが、チヒロが肩を叩きながら「全部事実だよ?」と言ったことで抱えた両膝にリオは顔を埋めた。とてもかなしい。

    「ヒマリ……私には無理です。リオと共に過ごすだなんて――」
    「これは試練ですよマルクト。この試練を経てあなたは究極のハウスメイドへと進化するのです」
    「私の部屋は刑務なの……?」
    「ヒマリー。あとマルクトも。悪ふざけはこの辺りでね」

     チヒロがそう言うと悪乗りし続けた二人は顔を見合わせて笑って、それから落ち込むリオの頭を撫でた。

    「ちょっと悪乗りはしましたが別にそこまで思ってま……いえ、その、大変だなとは思ってますが……」
    「思っているじゃない……」

     うぐ、と声を漏らすヒマリ。
     そこにすかさずフォローを入れるマルクト。

    「人には出来ることと出来ないことがあると言います。であるならば、私はリオの出来ないところを補いますので出来るところで私を導いてください。私たちは味方なのですから」

  • 89125/07/07(月) 23:03:52

     マルクトがそう言うとリオはこくりと頷いた。

    「……そうね。それじゃあネル。あとでヒマリを殴ってちょうだい」
    「あん? まぁ分かった」
    「分からないで下さい!!」

     肩をぐりぐりと回し始めたネルにヒマリが叫ぶ。それでひとまず片が付く。

    「では、マルクトがリオの自室に住むにあたって家具の選定をしなくてはなりませんね?」
    「そこは本当なのですねヒマリ。別に良いのですが……」
    「あの、私の意見は……?」

     半ば強引に決まったリオとマルクトの同居について、反対意見は特に無かった。
     放っておけない大きな赤ちゃんたるリオと、そのハウスメイド、マルクト。二人分の家具を買って出たところで、時刻は昼過ぎを指していた。

    -----

  • 90125/07/08(火) 00:05:47

    保守

  • 91二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 02:25:44

    このデカい妹2年後もこのまんまだからな

  • 92二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 03:05:40

    この世界のリオは後々トキにマルクトの面影を見るかも知れないな

  • 93二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 09:14:49

    なにか関係ありそうで調べるもなにも関係ないと出るトキ

  • 94二次元好きの匿名さん25/07/08(火) 17:40:52

    >>93

    隠れるのが得意なビッグシスターは隠すのも当然得意なんだよね

  • 95125/07/08(火) 22:51:03

    念のため保守

  • 96125/07/08(火) 23:46:12

     時は少しだけ飛んでその日の夕方。
     眠そうに大きく欠伸をしながら電車を降りる小柄な姿がひとつ。

    「ふぁぁぁぁ……っ。やぁっと帰って来れたぁ……」

     それは学区外まで出ていたミレニアムの生徒会長である。

     普段のだらしなサンダル姿も鳴りを潜め、大柄なジャケットの内側はフォーマルなスーツに身を包み、パンツも裾を折り曲げずにきちんと皺なく伸びている。靴だってちゃんとしたものに履き替えており、個人的には窮屈極まりない恰好だった。

     テロ事件からミレニアムを離れていた彼女は、オデュッセイアとの会議が予定より早く終わったことですぐさまミレニアムへと戻って来ていたのだ。

     常に身体を蝕む眠気についても、『エキストラ』からティファレト確保の報せを受けてからはある程度マシな状態が続いている。

     もちろんそれでも相当に眠いのだが、気絶する直前というほどでもない。
     ゲブラーが出て来るまでいくらか猶予もある現状、今のうち会長としての業務を少しでも片付けておく必要があった。

     その一環として行っていたのがオデュッセイアとの交流会に向けた会議である。
     規模は史上まれに見ないほどの大規模で、そんなものを会長は誰にも内緒で独断にて進行していたのだ。

     金額や日程など決めることは山ほどで時期についても慎重に進めている大交流会。
     独断で進めねば確実に来年以降の話になってしまうが、それでは遅いのだ。だからこそ、会長は『会長としての権力』の強さを改めて思い知る。独裁の毛色が強いミレニアムのトップというその座の強さを。

     そんな時だった。ぐぅぅぅ、と腹の虫が空腹を訴えて音を立てて「あ」と思い返す。

    (そういえば朝から何も食べてなかったなぁ。栄養剤しか飲んでないや)

  • 97125/07/09(水) 01:31:46

     胃がまともに固形物を受け付けなくなってからいったいどれだけの時間が経ったであろうか。
     去年の時点ではほとんど食べられなくなっていた気がする。これでも定期的には食事を摂って胃壁を守ろうと努力はしているのだが、どうにも食事が努力義務のように感じられてつくづく人の身体の不便利さに辟易とするばかりである。

    「はぁ……。機械の身体……良いなぁ」

     『イェソド』の身体やウタハが作っているセフィラを模した兵器のゼウス辺りは会長の趣味に直撃していた。
     『自分の身体』は是非ともあんな姿だったら良いと思いはしても、所詮は叶わぬ夢である。ここにあるのは眠ることの出来ない身体。それだけは本当に自分ではどうすることも出来ない。



     改札を抜けて駅前へ。
     適当にタクシーでも捕まえて学園まで戻ってしまおうかと思った時、ふと目に入ったのは牛丼のチェーン店であった。

    「……まぁ、ここでいっかぁ」

     ふらりと立ち寄ってカウンター席へ。客は少なくある意味好都合。
     小サイズの食券、汁抜きを買って店員に渡して、出て来た牛丼を食べ始める。

     ミレニアムの生徒会長が牛丼を食べているなんて絵面は少々面白いのかも知れない。
     とはいえ、まさか自分を見てミレニアムの生徒会長であると気が付くものもそうそう居ないだろう。

     だらしない恰好をした嫌なヤツ。もしくは近寄らない方が良いと聞く人。それが自分という存在に対する世間論である。

     初めて会う者であればまず『小さい』という印象を持たれるが、数回言葉を交わせば『小さい』なんて印象を遥かに超えて『嫌なヤツ』が増していき、そこから『だらしない』『いやらしく笑ってる』といった印象が入って来る。その結果、何故か『小さい』という特徴が薄まっていく者が一定数いるのだ。

     そして面白いのはここからだ。
     ミレニアムに入学してからしばらくは生徒会長になるために全力で猫を被っていたのだが、その時は何と『ちいさくて』『可愛い』『けなげな子』という印象を強く感じる生徒が多かったのだ。

  • 98125/07/09(水) 01:33:17

     『小柄な生徒』という印象が強く残留したためか、多くの者はひとりで歩いている自分のことに気が付いた。
     けれどもいざ会長となって猫を被らなくなってからは服を変えるだけですぐには気が付かなくなった。

     『第一印象』という人間の脳裏に最も定着しやすい情報の中で、『背丈』といったシルエットについては情報が増えれば増えるほど情報の優先度が下がっていくのだ。故に、シルエットの変更についてまず人が覚えるのは違和感。次に違和感を探ろうとして記憶を漁り、記憶と目の前の存在の照合を行う。

     本当に面白いものだ――会長はそう感じた。

     人間の脳には無意識化で行われる照合機能が備わっている。『不気味の谷』と呼ばれる現象もそうだ。人間は古来から『人の姿をした異物』を検出する機能を備えているのだ。まるで、『人の姿をした何か』に対するセキュリティのように。

    (ほんと良く出来てるよ。まぁ怪物側もそれを掻い潜れるんだけどね)

     『マルクト』殺しの第一被疑者もまた然り。
     見ているのに情報が取れない。近付いたのに構成する要素が分からない。

     半神性――人では無いが故に物質界へと落す情報量を制限できる存在。
     その正体に思い当たる人物がいた。けれども確かめるには言い逃れ出来ないよう準備を行う必要がある。
     次に会いに行くときはチェックではない。チェックメイトを指す瞬間だ。確実に相手の表情が読み取れるぐらい揺さ振れる考察を済ませてからでないといけない。

     思い描くものが正解ならば、きっと復讐は意味を失くす。
     それならそれで、良い。釘は刺せる。刺した釘が己がをも貫通せしめんものだとしても、そこには『罪責』だけが残る。

     『罪責』――『アシュマ』だけがこの地に残る。
     自分と、それから『マルクト』を殺した者の『罪』だけがこの地に残り続ける。

  • 99125/07/09(水) 01:34:48

    (僕は――正解を進めているのかな……)

     気付けば箸も止まっていた。先の見えない不安なんていつものことだった。

     『会計』のような常軌を逸した情報処理能力があるわけでもない。
     『書記』のような常軌を逸した戦場構築能力があるわけでもない。

     自分に出来るのは『終わったこと』を知ることだけ。
     これほど不自由で『未来』に繋がらないものは無いだろう。

     一人で何でも出来るけど、一人きりでは何も出来ないある種の最強。ある種の最弱。
     それが極めて正しい自己評価。それがミレニアムの会長という存在であった。

     だからこそ――期待せざるを得ない。
     『エンジニア部』改め『特異現象捜査部』という特異点を。

     未だ力は及ばずとも、いずれきっと如何なる『未知』をも『既知』に変える存在を。
     守らなくてはならない。支えなくてはならない。彼女たちが自らの望む高みに達するまでは、『調月リオの死』以外は防がなくてはならない――

     そんな時――声が聞こえた。

    「会長が牛丼を食べてますが!?」
    「ぶぉっほっ――!?」

     思わず吹き出して店の入り口を見ると、『マルクト』が自分に指を指している姿が目に映った。
     その後ろには特異現象捜査部の全メンバーが続いており、皆一様に剣呑な表情を浮かべていた。

  • 100二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 08:50:58

    会長www

  • 101二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 09:00:29

    調月リオの死は防がなくてはいけないかと思ったら、死以外なのか……

  • 102二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 10:10:11

    2年後を知らないっぽい?

  • 103125/07/09(水) 17:21:16

     まず前に出て来たのは『会長』に敵対心を抱いている各務チヒロ――ではなく、調月リオである。

    「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
    「リオ、まずは食券を買いましょう。邪魔になってしまいますよ?」

     明星ヒマリが調月リオを止めて、続く一同がその通りだと言わんばかりに頷く。

     その『瞬間』を、会長は『観察』し観察した。

     ――彼女たちは普段この辺りまで来ないはずだ。息抜きするにも学園のすぐ傍の飲食店で済ませる。

     ――娯楽を求めて? カラオケなら明星ヒマリと白石ウタハがいるのは分かるが、調月リオはカラオケに行った時に何が楽しいか分からないという理由から誘っても来ることは無い。ならば何故いる?

     ――あるとすれば『マルクト』が理由だろうか。それならば明星ヒマリが調月リオに対して強制させる理由となる。

     ――違和感があるのは『マルクト』の方だ。セフィラたちは僕に『観察』されることを不快に思うはずなのに、まるでその様子が見受けられない。向こうから自発的に声を掛けてきたのもおかしい。

     そこまで思考を巡らせたところで会長はニタリと笑みを浮かべた。

    「いやぁ、『偶然』って本当に怖いものだねぇ? たまたま『マルクト』と一緒に遊びに出たところで僕とばったり遭遇なんて……ねぇ?」
    「…………っ!」

     意味深に言ってみたが、各務チヒロは睨みつけるだけで何も言わなかった。

     恐らく喉でも傷めているのか。カラオケに行った帰りなのだろう。声を聞かれた瞬間バカにされると思って黙り込んでいるのなら可愛らしい限りである。一声でも発したら全力で煽ろうと固く心に誓う。

  • 104二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 17:22:17

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  • 105125/07/09(水) 17:23:52

     そうして食券を買った一同がカウンター席を埋めていくと、隣に座ったのは用があるらしい調月リオである。

    (調月リオ、かぁ……)

     内心苦笑する。苦手なのだ。この子だけは。
     性格がどうという話では無い。もっと根本的に、存在そのものが奇妙なのだ。

     ミレニアム最高の神性を持つ明星ヒマリと対極を為す神性。
     その最たる特徴は神秘としての格が異様に低いことにある。

     どうしてキヴォトス全体にかけられているであろう『テクスチャ』を影響をここまで受けていない者が存在するのか。肉体強度も最低限の保障しかされていない。そのうえ自分の身体の出力と認識が酷く乖離しているせいでまともに戦うことすら出来ない。

     この子の元では『奇跡』なんて起こらない。
     全ては在るがままに発生し続ける。『願い』による『状況の変化』を否定する『現実』の体現者。

     それはもはや『呪い』そのものだ。キヴォトスという世界の否定だ。

     明星ヒマリがいるからこそ中和はされているものの、そうでなければ『願い』から生まれた全てのセフィラにとって調月リオという存在は天敵そのものである。

     だからこそ、特異現象捜査部はセフィラを捕まえられる。
     だけれども、『千年紀行』という賭けでしかないような旅路の障害にも成り得る。

     『千年紀行』はただセフィラを集めるだけでは駄目なのだ。
     これは『王国』の旅であり儀式。手順通りに行うだけで次に続く道が開かれるほど生易しいものでは決してない。

     それでも飲み込むしか無かった毒。
     彼女が命の危機に瀕したとき、確実に言えるのは『自分では助けられない』ということ。全ては在るべくして起こる。干渉は出来ない。

  • 106125/07/09(水) 20:05:48

     そんな彼女からもたらされるのは凶報か、朗報か。
     薄く笑いながら調月リオに視線を向けると、丼を受け取って手もつけずに切り出してきた。

    「会長。マルクトが機械に戻れなくなったのだけれどどうしたら良いかしら?」
    「――――」

     え、いまなんて?

     もしいま水を飲んでいたら確実に噴き出していた。思わず止まりかけた思考をフルで回して考える。

     ――『マルクト』が僕に反応しないのは『人間体』で固定されているからか!
     ――目の色が変わっているのは『変えた』んじゃなくて『変わってしまった』から? マズい。とんでもなくマズい。このままだと彼女たちがゲブラーを探せない。

     内心頭を掻き毟りたい衝動で埋め尽くされるがそうじゃない。どうして『マルクト』が変質したかだ。

     ――『セフィラ』という要素が弱まって『ミレニアムの生徒』という要素に引きずられたのが原因だ。
     ――弱まった原因は? 『マルクト』の死をティファレトが覚えていたのか! くそっ……ここで爆発するなんて!

     自己を構成する要素として、自認というのは重大なファクターでもある。
     故に『マルクト』の死を知ることで一時的にそうなる可能性はあると考えていた。

     イェソドからネツァクまで記録が失われているのは知っていた。ティファレトは気のせいで片付けられるようなことはあまり口にしない。覚えているとしてもゲブラーかケセド辺りからで、この二体ならフォローも出来る。特に魂の分野に精通しているケセドだったら絶対に問題ない。そのはずだった。

    (よりにもよってティファレトぉ……何で君がはっきりと覚えてるんだよぉ……!!) 

  • 107125/07/09(水) 20:07:00

     そんな内情は一切表に出さず、調月リオへと曖昧な笑みを浮かべた。

    「……いいね」

     よくない。

    「また随分と面白いことになってるみたいだねぇ、リオちゃん?」

     全然面白くない。なんて大凶報を運んできてくれたのだ。

    「もったいぶらないで教えてちょうだい。これもあなたの計画なのでしょう?」
    「計画、ねぇ? もっと具体的に教えて貰わないと僕だって何を言われているのかさっぱりかなぁ?」

     これは本当にそう。なんならこっちが教えて欲しい。どうして想定し得る最悪が訪れるのかと。

     ――どうすれば戻せる?
     ――いや、ゲブラーが出て来るまでに戻らなかった時の対策も必要だ。

     ゲブラーは本来、対策らしい対策をしなくても問題の無いセフィラだ。
     全てのセフィラの中で最も捕まえやすく、イェソドよりも簡単でホドのような搦め手も行わない。

     ただしこれはあくまで出現直後の話だ。
     時間が経てば経つほどにどうしようも無くなる。同時に、対策らしい対策が打てないセフィラでもある以上、下手をすれば美甘ネルですら勝てなくなる。

    「ま、ヒントが欲しいなら上げるけど、ヒント分の働きはしてもらおうかなぁ?」
    「分かったわ」

     流石の調月リオ。一切の迷いなく頷いて、一番遠くに座った各務チヒロが鬼のような形相で睨まれているが本人は全く気が付いていない。こっちだってまだ何一つ打てる対策が思いついていないのに。

  • 108125/07/09(水) 20:52:31

    「ごちそーさま」
    「会長。話はまだ終わっては――」
    「明日のお昼に部室に行くよ。会長ってのも忙しくてさぁ。だからそれまでは『お預け、待て!』ってやつさ」

     そう言って席を立つと、引き留められないよう速やかに外へ出た。

     ――まずは状況の確認が必要だ。一旦情報を集める必要がある。

     会長はタクシー乗り場まで向かうと、さっさと空いている一台に乗り込む。

    「適当に……ゲヘナまで。二人分ね」
    「二人? お客さんお一人じゃあ」
    「にははっ! 私も乗りますよー!」

     会長の隣にはいつの間にか桃色のツインテール姿の少女が乗り込んでいた。

    「それじゃあ改めて……君の話を聞かせてくれるかい、『コユキ』ちゃん?」
    「いいですよー!」

     二人を乗せたタクシーが走っていく。
     行き先は何処だってよかった。『マルクト』の目が届くかも知れないミレニアムからさえ出られれば。

    -----

  • 109二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:02:26

    >>108

    コユキ!?

    いつ来た!?

  • 110125/07/10(木) 01:00:01

    「……はぁ。全く肝を冷やしたよ」

     会長が去った後、牛丼を食べながらウタハがそっと言葉を漏らしてチヒロを見る。

    「な"に?」
    「その声。馬鹿にされた瞬間に銃を撃つつもりだったよね?」
    「どうぜん……」

     チヒロは酷く枯れた声で頷いた。これも昼から夕暮れまで行っていたカラオケのせいである。
     もっと正確に言うのであれば、ヒマリとウタハが歌う演歌と歌謡曲の合間に差し込まれたチヒロのデスメタルが原因なのだが、よりにもよってどうしてそんな時に限って会長がいるのか。

    「ぜっだい……みはら"れ"でだ……」
    「都合が良すぎるからそうだろうね」

     ウタハは頷いた。
     皆で遊びに行った帰り道で、ちょっと食事を済ませようとファミレスへ向かう道中の牛丼チェーンにセミナーの会長がひとりで牛丼を食べているだなんて一体誰が想像できるだろうか。

     それもちょうど、会長の話をしていたときに。

    「本当にそうかしら……? マルクトが話しかけた時に驚いて噴き出していたように思えたのだけれど……」
    「それならそれで珍しいものが見れたね」
    「流石にそれは無いのでは? 誰だって店の中で名指しで指でも差されれば周囲の目もありますし、マルクトは純粋ですから。リオとは違って」
    「ヒマリ。私も『純粋』よ?」
    「あなたはただの社会不適合者です!!」

     リオとヒマリが口々に言って、その姿にウタハは笑った。
     毎度ながら愉快な仲間たちである。会長もセフィラも、ウタハにとってはエンジニア部のカンフル剤になる存在だ。無論、自分にとっても。

    (会長は苦手だけれど……それでも、インスピレーションには『刺激』が必要なのさ)

  • 111125/07/10(木) 01:01:01

     脅威という存在は確かに技術の発展に繋がる。何故なら必要性に迫られるからだ。
     悠長にしていられない。何か画期的な方法を見つけなければ『何も守れない』――

    「ねぇみんな。ちょっといいかな? 食べながらでいいよ」

     その言葉に従うように、全員が意識をウタハに向ける。

    「例の『誰が会長候補』になるかだけど、私がやるよ」
    「え"っ……!?」

     チヒロが目を見開いた。
     その気持ちはウタハにもよく分かる。会長――キヴォトス三大校の生徒会長になれば今までのように研究も開発も出来なくなる。
     権限が大きくなる代償として失われるのは自分の時間。そんなもの、わざわざやりたがる者なんているわけがなく、やりたがるのもあくまでその権限が欲しいから。レフトコピーを義務付けようと目論んでいたチヒロにしたって、それが欲しいのであり業務を引き受けたいわけではないことをウタハは理解していた。

     だからこその提案だった。

    「チーちゃんの要望も、リオの要望も、私が業務を引き受ければ解決するだろう?」
    「ウダハ……!」
    「それではあなたが自由に作れる時間がなくなると思うのだけれど……」
    「別に誰がなっても同じじゃないか。それに私は別に、人身御供になるつもりではないよ?」

     生徒会長とは『自分』という個だけではなく『学園』と一蓮托生になるようなものだ。
     少なくとも全ての時間が自分の為だけに使えなくなる。学校生活は短い時間だ。一生に近しい一年のほとんどを自分ではなく『学園』のために費やす必要がある。

     そうするための理由を、いったい誰が持っているだろう。
     他の学園ならばいざ知らず、このミレニアムにおいて、常に時間に追われている技術と合理の学園たるミレニアムの生徒にとって、自分の時間が使えなくなることの損失はあまりに代えがたい。

  • 112二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 08:01:16

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  • 113二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 08:01:30

    ウタハが会長候補になるのか…
    これは予想外だな…

  • 114125/07/10(木) 16:10:31

    保守

  • 115125/07/10(木) 21:14:28

    「私はね?」

     だからこそ思うのだ。ウタハは。白石ウタハという個人は。
     最高のものを作るということを信念に掲げてきた『魂』の叫びに従ったのだ。

    「チヒロも、ヒマリも、リオも、皆が自由である方が『良いものが作れる』と思うんだ。別に皆、積極的に生徒会長なんてやりたいわけじゃないだろう?」
    「そんなこと――」
    「チーちゃん」
    「っ…………」

     嘘は分かる。何故ならウタハにとってチヒロは古い友人。それはお互いの共通認識。

    (分かるさ、チーちゃん。逆の立場だったらきっと同じように同じようなことを思うのだから)

     錬金の学徒。石を黄金へと変える者。より良き物を、より良き物へ。
     ボルトを締めるなら六角レンチ。素材を張り繋げるならダクトテープ。どんな道具だって役割がある。優れた特徴がある。
     それはエンジニア部だって同じだ。チヒロも、リオも、ヒマリも、ネルも、特一級の才能がある。

     それら全てをひとつに合わせるには、誰も会長の業務を引き受ける時間なんて存在しない。
     必要なのは正しき運用。正しき構成。正しき製作方法。だったら、自分が作るべき次の『発明品』は――

    「私がやるよ。私が『ミレニアム』をもっと良いものに『改良』してみせるさ」

  • 116125/07/10(木) 21:15:34

     だから別に、人身御供になるつもりは無い。
     未来から来た黒崎コユキという後輩が語った『予言』はふたつ。
     明星ヒマリが半身不随になるというものと、調月リオが会長になるというもの。

     片方を否定できればその時点で、黒崎コユキのいる『未来の世界』はこの世界の『未来』ではないという証明になる。

     そんなウタハの決意を前に、チヒロもリオもそれ以上は何も言わなかった。
     代わりにヒマリが茶化すように笑う。

    「白石次期生徒会長の誕生というわけですね」
    「ああ、任せて」

     そうして……食事を済ませて店を出る一行。
     明日の昼に会長がやってくる。その心構えだけは済ませておいた方がよさそうだった。

    -----

  • 117125/07/11(金) 01:21:52

    保守

  • 118二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 09:06:49

    未来が変化している…

  • 119125/07/11(金) 11:55:45

     翌日、昼。
     会長がやってくるのも待っていた特異現象捜査部の面々は、まるでセフィラ戦のように武装を整えた上で会長の襲来を待ち構えていた。

     いつでも発動できるトラップ。銃器を手元に置き、マルクトにも銃をしっかり準備させてある。
     全て今さっき用意したもので、これまで以前に部室内を調べられていたとしても会長の知り得ないもののうちに入るはずである。

     『会長』という存在が一体どれだけ危険なのか分からない。世界を滅ぼそうとする意志を持っている可能性も含めた上でリオが皆に呼び掛けたのだ。警戒しているということを全面に見せることでどんな反応を示すのか知るために――

    「私たちに必要なのは情報よ」

     リオが言った。会長が何か自分たちの知らない情報収集能力を持っているのは確かだ。
     そして極めて高い確率で今ここにいるマルクトを作り出したのは『会長』であるとも思える。

     何かを知っている。巧妙に隠し尽くした『何か』を。

     直接問わずとも反応が見られれば観察できる。
     観察できればその正体に迫る手を伸ばせる。特異現象捜査部はおよそ最も『未知』への対抗について長けた存在である。

     故に、『会長』という『未知』を解体するための策はおよそ万全に済ませていた。

    「会長が私たちの武装に気が付くタイミングが分かるだけでも、思考から逆算してどうやって情報収集を行っているか分かるはずだわ」
    「誰かしら気付くかも知れませんね。ネルも居ますし」
    「あたしは嘘発見器じゃねぇぞ……」

  • 120125/07/11(金) 12:01:57

     ネルがうんざりした様子でヒマリに返す。
     ある程度の表情や状態の変化なら気付けるが、いつもニタニタ笑う会長のポーカーフェイスは読み切れず、逆に常におどおどしているような相手でも嘘を吐いているかなんて気付けない。

     それに、その手の『観測』ならばホドが適しているのだが何故か全力で断られた。

     曰く、「近づかれるのも不快であり明確に『観測』するのも不快極まりない」とのことで何故だか相当会長を嫌っている始末である。範囲内の『何処で』、『何を話しているか』ぐらい以上のことは知りたくも無いとのことだった。

     そうした時、部室のインターホンが鳴った。

    【来たよー。あと地雷は撤去しときなぁ? 誰か怪我したら困るからさぁ】
    「地雷?」

     リオが首を傾げると何故かチヒロが舌打ちをした。

    「引っかからなかったか……。うっかり踏めばいいなって思ったんだけど……」
    「初手で攻撃に出るのは色々と違う気がするのだけれど……」

     どうやら前々から機会をうかがっていたらしいチヒロにリオは困惑する。
     ともかく、と部室前に付けられた監視カメラの映像を見ると、会長はひとりで来たわけではなかったようだった。

     その後ろにはげっそりとした表情を浮かべる音瀬コタマの姿。テロ事件の指揮を取っていた犯人だ。
     このタイミングで一緒に来る理由に皆目見当もつかなかったが、リオは部室の入口のロックを外す。

    「やぁやぁみんなぁ、来たよ。マルクトを元に戻したいんだってねぇ?」

     入口から共有スペースまでやってきた会長はいつもと変わらず笑みを浮かべている。
     その後ろを歩くコタマはカメラで見るより酷くやつれた様子で会長に付き従っており、一体なにがあったのかは窺い知ることが出来ない。

  • 121125/07/11(金) 12:12:19

     コタマはぼそりと呟いた。

    「あの、もう帰ってもいいですか……? 私この人たちにボコボコにされたんですけど……」
    「だーめ。というか、マルクトに磔にされて射出されただけだろう? ほぉら、怖くなぁい。怖くなぁい」
    「うぅ……どうして……」

     マルクトが会長とコタマをソファまで誘導すると、二人は素直にそこへ座る。
     直後、二人の尻の下からぶぅぅぅと音が鳴ってヒマリ以外の全員が少し驚いたように僅かに目を見開いた。

    「……なんだか、今日は色々と仕込んでいるんだねぇ?」
    「はい。ついさっき思いついて仕込んでみたのですが……それには気が付かなかったようですね?」
    「いいね。僕がどうやってミレニアムを把握しているか知りたくて色々と試しているんだね? ニヒヒッ、ミレニアムらしくてすごく良い」

     チヒロの『地雷』は回避できたがヒマリの『ブーブークッション』は回避できなかった。
     しなかった可能性もあるが、検討材料にはなるとリオは静かに思考を巡らす。

     そして会長は会長で妙に機嫌が良くなっているようで、サーバールームのブースの方へと目を向けてこう言った。

    「自動制御のトラップもいつもに増して設定しているんだね? 僕たちが何か妙な動きをした瞬間いつでも無力化できるように。ウタハちゃんはイェソドの雷撃と熱線と冷凍光線の再現には成功したのか。流石エンジニア部」
    「お褒めに与り光栄さ」

     ウタハが頷く。そして会長の言ったことは全て正しかった。
     セフィラ探索と並行して行われていたウタハによるイェソドの解析。瞬間移動のメカニズムも発明した兵器『ゼウス』以外に対して再現可能の直前まで進んでおり、片手間に行っていたイェソドの攻撃手段については完璧に実用可能なレベルまで開発が完了している。

  • 122125/07/11(金) 12:31:24

     言い当てられるものとそうでないもの。
     その差は何か。少なくとも、『情報収集の方法を知りたい』というのもチヒロが独断で行っていた『地雷の設置』も『トラップ』も『開発状況』も知られている。

     人の心でも読めるのだろうか。
     リオはそう考えながらも話を進めようと口を開きかけたところで、不意に叫んだのはコタマである。

    「え、いま私たち狙われているんですか……!? どうしてそこまで警戒されてるんですか会長……!」
    「まぁ、それが普通の反応だよな。つーか、なんでこいつを連れて来たんだよ」
    「地雷の場所までは分からなかったからコタマちゃんに調べてもらったのさ。僕だって踏みたくは無いからね。忘れてない? 僕一応病弱設定なんだけど」
    「あ……」

     チヒロが声を漏らした。
     本当に忘れていた。普段の言動があまりに『病弱』からかけ離れているせいで完全に失念していたのだ。多少の怪我が重大な怪我に繋がりかねないことに今更ながら思い至って、チヒロは素直に頭を下げた。

    「それは……ごめんなさい」
    「君の実直さは感心するけど付け加えるならネルちゃんにも殴られてるからね? 別に地雷ぐらい大丈夫だけどさ」
    「っ……じゃあ謝る必要なかったですよね!?」
    「ニヒヒッ! ま、話を進めよっか。マルクトを元に戻す方法について」

     会長がマルクトに視線を向けられ自然と背筋が伸びるマルクト。
     ニタニタ笑いを消した会長は真剣な目で口を開いた。

  • 123125/07/11(金) 12:45:22

    「マルクト。君はゲブラーと戦わないといけない。停止信号なんかじゃない。君が直接、ゲブラーを導くんだ」
    「私が……ですか?」
    「そうとも」

     会長は言った。
     現在マルクトは『人間』に最も近しい状態であることを。
     そしてそれはセフィラ同士の相打ちを防ぐための拒絶反応が作用していない状態でもあるということを。

    「きっと苦しい戦いになる。君がゲブラーを呼び起こせなければ戦いは終わらない。この場にいる誰かが酷く傷つくだろうね」
    「それは嫌です。それなら、私ひとりで――」
    「駄目だ。というより、無理だ。君一人で何とかなる相手じゃない。時間が無いのさ。見つけてすぐに確保しないと手に負えなくなる」
    「ちょっと待ってちょうだい」

     リオの声に全員が向き直った。

    「会長。あなたはこれから現れるセフィラの機能を知っているの?」
    「もちろん知っているさ」

     会長は即答した。
     瞠目する一同。ならば何故教えてくれなかったのか。知っていれば回避できた危機もあっただろうに。

     そんな思いが過ぎると同時に会長は言葉を続けた。

    「教えないのは別にいじわるじゃないんだよ。必要なのは君たちが『知る』ということ。『未知』を理解する過程なくして『千年紀行』は果たされない。だから――『対策のしようがないゲブラー』以外はヒントだって教えられない」
    「っ――なら、ゲブラーの機能は何?」

  • 124125/07/11(金) 12:55:27

     会長は静かに目を閉じた。
     そして告げる。ゲブラーの根幹たる技術の正体を。

    「……エントロピーの超越。質量保存の破壊者。調月リオ、君は何が思い浮かぶ?」
    「――『無限生成』」

     閉じられた空間内におけるエネルギーは不可逆性を持つ。
     高温は断熱されれば低温に。低温から高温に戻すにはエネルギーが必要だ。

     ならばそのエネルギーを、不可逆性を可逆性に書き換えることに成功したのなら?

    「ゲブラーは永久機関の発明のために使われた意識の群れ、ということかしら?」
    「ニヒヒッ。君は本当に『凄い』ね。嫌になるくらいだよ」

     エントロピーの増大は宇宙の死を加速させるものである。

     更に言うなら熱力学が証明してきた世界の法則を根底から覆すのが永久機関。
     外部からの如何なる影響も受けずにエントロピーを増大させ続ける第一種。外部からの影響を一度受ければ止まることなく動作する第二種。ならば、ゲブラーの機能は何処に当たるのか。

    「第一種を超えた『無』からの創造。それがゲブラーなのね」
    「尽きない弾薬。尽きない攻撃――ああそうだネルちゃん。君はそんな相手でも『勝てる』のかなぁ?」
    「あ? 知るかよそんなこと。でも、言えるのはひとつだけだ。最終的にあたしが『勝つ』」
    「……いいね」

     会長は安心したように笑った。
     それから、「だったら」と言葉を続けた。

  • 125125/07/11(金) 13:18:40

    「コタマちゃんの面倒は君たちに預けるよ」
    「えぇ……!?」

     コタマがあんぐりと口を開けて会長を見た。
     だったら――に続く意味がまるで分からない。どうしてこんな危険な部活に入れ込まれるのかとでも言わんばかりに声を上げた。

  • 126二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 13:19:49

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  • 127125/07/11(金) 13:21:09

    「と、とても嫌なのですが何とかなりませんか……!?」
    「僕が会長であるうちは君の『コレクション』をどうこう出来るけど……次の『会長』はここにいる『誰か』に任せようと思ってるんだよねぇ?」
    「聴く自由を私に下さい……! 誰ですか!? 誰が会長になるんですか!?」
    「会長」

     血走った眼で見渡すコタマを差し置いて、ウタハが静かに顔を上げた。

    「私がやるよ。だから私に教えてほしい。会長って何をすればいいのかということを」
    「もちろん」

     会長は頷いた。

    「まずコタマちゃんは君たちが管理すること。矯正局に送るのも反省部屋に送るのも面倒だったからね。それに君たちの力になってくれるはずだ。その上でウタハちゃん。君にはゲブラー確保までは時間をあげる。ゲブラーを捕まえたら会長の業務を教えるから、今のうちに沢山作っておきなよ。会長になったらあんまり時間は取れないからさ」
    「いいとも」
    「よく無いのですが……!? 私の人権はどこに……!!」

     悲鳴を上げるように呻くコタマを置き去りにして、会長は部室から去った。
     不安に喘ぐコタマ。そこにネルが肩を組んできた。

    「よろしくなぁ? ま、楽しくやろうぜぇ?」
    「うあぁぁぁ……」

     シギンター、音瀬コタマの強制加入。
     卓越した調査能力を持つ『天才』のひとりが今ここに特異現象捜査部へと加入させられた瞬間だった。

    -----

  • 128125/07/11(金) 21:17:42

    「それじゃあ、ゲブラー戦に向けてやることをまとめよっか」

     チヒロが仕切って始まるいつものように行われる対策会議。
     しかし今回は場所が違う。いつもの共有スペースではなくその地下。『タイムワインダー』の小部屋が存在する部室の地下一階である。

     ひとまず間仕切りでブースが作られ、会議室用のデスクと椅子。それからモニターとホワイトボードが置かれてなかなかの環境である。

     そして、今回新たに加入させられた犯罪者――音瀬コタマの姿もそこにはあった。
     六人が座る椅子と、ボードの前に立つチヒロ。最初は四人だったこの部活もそれなりに大きくなったことを、チヒロは実感しながらもモニターを操作する。

    「まず、ゲブラーの情報についてだけど会長から与えられたヒントは『エントロピーの超越』と『質量保存の破壊者』、二つのキーワード。そこからリオが導き出したのが『無限生成』。あえて分けたけど、理由は分かるよね?」

     それにはウタハが頷いた。

    「正解だろうけどそれが全部じゃない可能性を考慮している……かな?」
    「そう。思い込みに囚われたら見落とすかも知れないし、言うまでも無いけどそこは気を付けて。……で、コタマ」

     急に注目が集まったコタマはびくりと身体を震わせた。

    「な、なんですか……?」
    「なんで会長に従ってたの? 弱みでも握られた?」

     チヒロがそう言うと、溜め込んだ鬱憤を晴らすように「そうですよ!」と声を上げた。

    「何なんですかあの人は! 私の『コレクション』の内容も保存場所もパスワードもどうしてか全部知ってて、取り上げられたくなかったら従えって横暴すぎませんか!?」
    「……『コレクション』の方はともかく、ハッキングでもされたの?」

  • 129125/07/11(金) 21:21:01

     ハッキングで思い当たるのはミレニアムの書記、久留野メトである。
     電子の海を飲み干すかのような異才。やろうと思えばネットワークに繋がれた全てを支配できる電脳世界の最強であるが、常軌を逸した情報処理能力で圧殺するだけで人間心理を突くような搦め手には弱い妙な存在。

     しかし、コタマは首を振った。

    「監視カメラも何も無い私だけのセーフハウスですよ? ちゃんとネットから切り離していたのでハッキング以前ですよ……。私の頭の中身でも読んでいたのでしょうか……?」
    「人の記憶を覗けるとか? ……はぁ。有り得ないとか言いたくなるけど有り得そうって思うな……」

     だとしてもリアルタイムでは無いだろう。
     心が読める装置か何かを持っていて、後から解析している可能性が高い……が、そもそも心が読める装置そのものがあまりにファンタジー過ぎる。セフィラたちも充分ファンタジー過ぎるが。

    「まぁいいや。それで、捕まってからは会長と何してたの?」
    「会長と一緒に行動していたわけではありません。その……各部活で盗聴器を仕掛ける方法の講習会を開かされてたんですよ。うぅ……」

     内向的なコタマにとってそれは地獄にも等しい時間であった。
     加えて自分の手口を発表しないといけないという制約付き。それっぽいだけの適当な講習会を開こうものなら『コレクション』を破壊されて「次はちゃんとやるように」と言われる日々。やつれるのも当然だったが、そもそも盗聴は犯罪である。チヒロたちも特に同情はしなかった。

    「一応会長もミレニアムの平和には貢献してるってことか」
    「私の平和はどこに!?」
    「あんたはただの自業自得でしょ!? ええと、何だっけ。そうそう、その会長が役に立つって言って私たちにあんたを押し付けたわけだけど……何が出来るの?」
    「私が知りたいぐらいですよ……。皆さんはセフィラなんて化け物と戦ってるんですよね? 私、別に戦えませんよ? リオさんほどではありませんが……」

     リオは少しだけ悲しんだ。
     リオ以外は誰も疑問を抱かず、そのことで余計にリオは悲しんだ。

  • 130125/07/11(金) 21:47:28

    「つまり戦闘要員ではない……ってのはまぁ、分かっていたけど。だったら『音』の方か。耳が良いの?」
    「遠くの音まで聞こえるとかは無理ですよ? 『聞き分ける』ことならそれなりに出来ますけど……」
    「じゃあちょっと試そうか。目を瞑って」
    「はい?」

     それからコタマを対象に実験されたのはどこまで『聞き分ける』ことが出来るかというものだった。

     例えばコタマ以外に七人いるこの部屋でテーブルを軽く叩いたのは誰か。
     例えばテーブルを撫でたのは誰か。例えば音を立てないようこっそり移動してみたり、擦った服が誰の物かなどこの場で出来る限りのことをした。

    「麻50%、綿50%。……もういいですか?」

     結果として、音瀬コタマは常軌を逸していた。
     音だけで素材までも聞き分けられ、その上で『これが何なのか』という知識を持っている。

     聞こえさえすれば確実に特定できる異才。故に会長が寄越した意味をチヒロは理解した。

    「ああ……ゲブラーの場所を特定するための要員か……」
    「私は『廃墟』に連れて行かれるんですか……!?」
    「ちなみに行ったことは?」
    「あるわけないですよ……! 遠いし『廃墟に行ったら行方不明になる』なんて噂もありますしわざわざ行く方がおかしいです!」
    「噂……ですか?」

     ヒマリが何かに引っかかったかのように首を傾げた。

    「ミレニアムの噂話について教えてくれますか? 二年前から語り継がれているものもありますよね?」

     二年前に起こった『神隠し』の噂。
     そのことを噂する誰かのことを期待しての問いかけだったが、返って来たのは全然違うものだった。

  • 131125/07/11(金) 22:00:41

    「ああ、『ドッペルゲンガー』の話ですか?」
    「ドッペル――詳しく教えてください」

     コタマが語ったのはミレニアムにドッペルゲンガーが現れたという噂であった。
     ドッペルゲンガー。特異現象のひとつに数えられる自己像幻視の怪異。曰く、自らのドッペルゲンガーと出会えば死が迫るというもの。厄災をもたらす者であり、本体の命を吸い続ける二重身。

    「あくまで噂ですけど、セミナーの中にドッペルゲンガーに遭遇した人がいるだとかドッペルゲンガーそのものがいるだとかって話ですよ? 噂なのであまり信憑性はありませんが」

     命を吸う、吸われる――その言葉で思い浮かんだ像を一旦脇に置いて、ヒマリは改めて口にした。

    「『神隠し』については如何でしょう?」
    「『神隠し』……ああ、古代史研究会の話ですね。ずっと前に倉庫の借受をしたままでセミナーからも忘れられてたって話らしいですよ。そこを勝手に使っていた生徒がいて捕まる前に逃げたって話ですよね。八体の石像だけが置かれていたという――」
    「待ってください。『八体』? 『七体』ではなく?」

     ヒマリの言葉に若干戸惑いながらもコタマは頷いた。

    「八体らしいですよ? まぁ、一体も二体もそんなに変わらないと思いますが……」
    「……コタマ。あなたはセフィラの姿を知らないのですか?」
    「それはまぁ、はい。見た事ないので」
    「なら、二年前の『石像』とセフィラの姿が一致していることも?」
    「そうなんですか!?」

     音瀬コタマはあくまで聞いていただけである。
     故に視覚から得られる情報は持っておらず、セフィラの造形も石像の造形も聞く限りのもの以上は知らなかった。

     ともかく、コタマから得られる情報はこのぐらいだろうと一旦区切りを付けて、チヒロが進行を始めた。

  • 132125/07/11(金) 22:27:53

    「とりあえず具体的に何をするか何だけど……、マルクト。ゲブラーと戦わないと行けないよね?」
    「はい。会長が言うにはそのようです」
    「だったらどれぐらい実戦に対応できるか、ネルと試合をしてもらう方が良いと思うんだ」

     チヒロがネルに視線を送ると、ネルは「そうだな」と肩を鳴らした。

    「ゲブラーとかよく分かんねぇけど、要するに次は純粋な殴り合いなんだろ? だったらお前がどんだけ戦えるのか試す必要はあるな」
    「…………分かりました」

     酷くげんなりとした様子でマルクトが頷いた。
     それに続いてチヒロは再びネルへと視線を戻す。

    「あと、『廃墟』の調査。ゲブラーが出て来た時に気が付けるのか、マルクトの実戦も兼ねてコタマを連れて試さないと」
    「それもあたしか?」
    「ミレニアムで一番強いんだから任せたいかな。ちなみにウタハ。『ゼウス』の方はどう?」
    「ロボット兵ぐらいなら倒せるけど、私は作る方に回りたいかな。ティファレトの解析も行いたいね」
    「ということでネル。任せたよ」

     ネルはチヒロに「了解」とだけ告げた。不満は無いと示すように手を振って話は片付く。
     残るヒマリ、リオ、ウタハ、それから自分の四名は何をするのか。

  • 133125/07/11(金) 22:29:12

    「私たちはセフィラの機能の実用化を進めよう。ゲブラー、推定『無限生成』。きっと今までで一番銃撃戦に特化した戦いになる。少しでも勝率を上げられるように、今まで全てのセフィラの機能を分析しよう」

     これまでの傾向から、次なるセフィラが現れるのは確保した後の10日から2週間程度だろう。
     つまり、早くてあと一週間強。遅くとも二週間以内には現れる。

    「晄輪大祭が始まる前には必ず出てくる。その前に片付けよう。そして……みんなで気兼ねなく晄輪大祭を迎えよう」
    「私は出たくないのだけれど……」
    「手を抜いたら許さないからねリオ」
    「て、手は抜かないわ……!」

     そんな辺りでひとまずやることは決まった。
     ネル、コタマ、マルクトの三名で戦闘訓練および『廃墟』の調査。
     ヒマリ、リオ、チヒロ、ウタハの四名でセフィラの機能解析および実用可能な発明を行う。

     一周回ってエンジニア部らしい部分が出て来た特異現象捜査部は、会議の直後から活動を始める。
     まずはマルクトの戦闘訓練より――場所はエンジニア部の部室前へと移るのだった。

    -----

  • 134二次元好きの匿名さん25/07/11(金) 22:30:13

    さて、この様子だとアスナもエンジニア部に入りそうだが、いつ入るのか

  • 135125/07/12(土) 01:27:37

    保守✌

  • 136二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 07:52:35

    待ちます

  • 137125/07/12(土) 11:49:22

     部室前の開けた場所で、並び立つ二人の影。
     銃を持たずに相対するはネルとマルクト。軽い組手からどれだけマルクトが動けるのか見てみようというのがひとまずの目的である。

    「なんだか見ているだけで緊張するね」
    「う、ウタハさん……」

     少し遠巻きにそれを眺めるのはコタマとウタハ。コタマはともかく、ウタハもマルクトが銃を使うところを見たかったため観戦しに来ていた。

    「んじゃ、マルクト。とりあえずあたしに殴りかかってみろ。受け止めてやるからよ」

     そう言って笑うネルだが、マルクトは一歩も動かなかった。
     どうしたのかと訝しむネル。するとマルクトは申し訳なさそうに視線を逸らした。

    「すみません。脅威ではない方に攻撃するというのは少々……」
    「ああん!? あたしが弱ぇっていうのか!?」
    「い、いえ! そうではなく……」

     マルクトの言わんとしていることが分かって溜め息を吐くネル。
     どうやら自分から人に対して能動的に攻撃が出来ないらしい。

    「じゃあ、今からあたしがお前んとこまで歩いて行くから。要は殺気があればいいんだろ?」
    「殺気……まぁ、そうで――」

     曖昧に頷きかけたマルクトの声が不意に途切れた。
     表情を消したネルが歩き出した。それだけだ。銃は持たない丸腰。外見においてもネルの背丈の低く、とても脅威であるはずがない。

     にも拘らず――目が離せない。

  • 138125/07/12(土) 12:03:58

     一瞬でも目を逸らせば次の瞬間には制圧される。
     自分には遠いネルとの距離も、ネルにとっては既に射程に入っている。

     一方的に生殺与奪を握られるという恐怖はマルクトの知らないものであり、叶うことなら今すぐにでも逃げ出したかった。

     けれども、これは訓練だ。ゲブラーと戦い自分の機能を取り戻すために必要なこと。
     震える身体。乱れる呼気。それでも恐怖を握り潰すように目だけはしっかりと迫る脅威を捉え続ける。

     そして、互いの距離が3メートルに差し掛かった瞬間――ネルの姿が消えた。

    「――っ!!」

     地を這うような姿勢からマルクトを見上げるネル。

     勝負は一瞬だった。

     マルクトは思わず「え……?」と声を漏らす。
     そしてネルもまた「……は?」と声を上げた。

     地面に引き倒されて腕を固められ制圧されたのはマルクトではない。
     そこにあったのは美甘ネル、学園最強がいともたやすく組み伏せられていた。

    「お、おい……お前――マジか!?」

     誰も想像していなかった光景を前に、組み伏せられたネルが叫んだ。

    「お前、全然戦えるじゃねぇかよ!?」

     一秒にすら満たない最高速のインファイト。
     何があったかを理解できたのはこの場で戦う二人だけである。

  • 139125/07/12(土) 12:06:07

     低い姿勢からのタックルでマルクトの足を取ろうとしたネルは顔面に迫る蹴りを躱したのだが、その一瞬を突いて襟首を掴まれたのだ。その腕を払おうと左手を伸ばしたところで逆に腕を絡め取られ、同時に足払いを受けて転倒。

     マルクトの対人術は精密機械の如く緻密で、常人では負えないネルの動きすらも完璧に読み切っていた。

     それはマルクト本人ですらも想定外の事態であり、思わずネルにこう言った。

    「ネル……思ったより弱いですね」
    「はぁ!? ぜってぇぶっ潰す!! ってかいつまで上に乗ってんだ早くどけよ!!」
    「ぶい」
    「ぶい、じゃねぇ!!」

     その様子を眺めていたコタマは少々困惑しながらウタハに話しかける。

    「あの、ネルさんってミレニアム最強って噂があったんですけど、実はそうでなかったり?」
    「いやいや、今のはネルも完全に油断してたからさ。油断するのが悪いといえばその通りだろうけど、マルクトがあそこまで強いだなんて誰も思っていなかったら仕方ないんじゃないかな?」

     そんなフォローを入れている間に二回戦が始まっていた。
     ネルとマルクトが互いに向かって歩いて行き、ある程度の距離まで縮んだ瞬間に決着が付いている。

     どうやら今回勝ったのはネルらしいが、正直ウタハもコタマも全く目が追いついておらず、何があったのかはまるで理解できていない。

    「しゃあ! あたしの勝ちぃ!」
    「でも一回は勝ったので私も勝ちです」
    「なんでだよ!? もう一回やるか!?」
    「望むところです」

     などと、放っておくといつまで立っても銃を使った実戦形式に移れなさそうだったため、ウタハが二人の銃を手に取りながら声をかける。

  • 140125/07/12(土) 12:07:37

    「そろそろ銃も使ってみようか。取り回しに問題がなさそうだったら『廃墟』の調査をお願いしたいんだ」
    「あー、それもそうだな。マルクト!」

     ネルの呼び掛けにマルクトも頷いて、二人はウタハから自分の銃を受け取った。

     ネルの『ツインドラゴン』もマルクトの『シークレットタイム』もウタハが設計した銃である。
     かたやチェーンで繋がったサブマシンガン。かたや変わった形のアサルトライフルで、それを見たコタマは首を捻る。

    「どちらも特徴的というか個性的というか……不思議な形をしてますね」
    「ふふっ、どちらもそれなりの理由があるのさ」

     銃を持って再び向かい合って戦い始めるネルとマルクトを見ながら、ウタハはそれぞれの解説を始めた。

    「ネルの銃、『ツインドラゴン』はモジュラーウェポンでね。色んなパーツの交換が簡単に出来るんだ。バットストックのチェーンなんてよく頻繁に取り換えてるよ」

     銃を振り回して叩きつけるなんて使い方をする以上、その根幹となるチェーンは長さや銃底の取り付け位置などからして常に調整を図り続けている。そのためラボにはチェーンに繋がったバットストックだけの交換用パーツが何本か置いてあるのだ。

    「あとはバレルも変えられるね。フレームをとにかく頑丈にする必要があったから、バレルの方は特別軽いものを採用しているのさ。おかげでこっちも頻繁に変えてる。交換前提で作ったから想定の範囲内ではあるんだけどね」
    「そもそも銃で殴るのがおかしい気も……」
    「そうかい? 私も良く自分の銃をハンマー代わりにすることあるけど」
    「ああ……頭がおかしい人しかいません……」

     コタマが絶望したように天を仰ぐが、無視してウタハは続けた。

    「連射速度は毎分850発。それをフルオートで、しかも二挺で放つから命中精度と反動軽減には一番拘ったかな。チェーンのついていない普通のバットストックに交換すればサブマシンガンに慣れてない人でも使えるぐらいには扱いやすい銃だよ」

     取り回しの容易さと基本性能の高さ。それこそが『ツインドラゴン』の特徴。
     ネル本人が戦闘開始から徐々に動きのキレが良くなっていく戦闘スタイルであるために、肝心の戦闘開始直後を補えるよう設計されたネルのための武器である。

  • 141二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 12:10:08

    このレスは削除されています

  • 142125/07/12(土) 12:11:27

    「ではマルクトさんの方は? そもそもやけに四角いですが……」
    「『シークレットタイム』だね。あっちは一番の特徴を上げるなら薬莢を使わない弾丸を使うってところかな」
    「え、どうやって弾を撃つんですか? 火薬が無いじゃないですか」
    「うん。だから火薬の中に弾丸が入っているんだよ」
    「はい?」

     首を傾げるコタマだが、コンビニで売っているような弾丸を見ていれば疑問に思うのも不思議ではない。

    「細長くて四角いブロックがあってね。その中に弾丸が入っているから薬莢は要らないって構造なんだ」
    「なんだか装填された瞬間に銃の熱で暴発しそうなのですが……」
    「そこは火薬本体の耐熱性を上げればいい。割れないし自然発火しない特別性。それがケースレス弾薬なのさ」
    「なんでそんな変な弾薬を使っているのですか?」
    「メンテナンスが楽だからね。ブラシでこするだけだし……あと単純に私が作ってみたかった」
    「じゃあしょうがないですね」

     作ってみたかったのならそれ以上の理由は要らない。それだけは分かった。

    「それで、あの銃の特徴はそれだけなんですか?」
    「まさか。ちゃんと他にも理由はあるよ」

     『シークレットタイム』を作った時はマルクトがホドから得られた観測技術によって周囲の情報を完璧に把握していた時期である。そのため、使用時に転がる薬莢という情報をなるべく排除することと、利き手を選ばないこと。銃弾を大量に携行できることを重視した。

     何より、『シークレットタイム』の最たる特徴は連射速度である。

    「フルオートだと毎分500発で普通のアサルトライフルとあまり変わらないんだけど、三点バーストなら毎分2000発で連射できる」
    「速すぎませんかそれは!?」
    「ここまで速いと反動が来る前に弾丸が飛ぶからね。精度も上がるというわけさ」

     人間になってしまったマルクトはホドの観測技術なんか無くとも精密な時計仕掛けのように『シークレットタイム』を使いこなしていた。
     『人間化』という変質も、どうやらかなりのハイスペックな身体に変わっていたようでその点はウタハも安心する。

  • 143125/07/12(土) 13:08:19

     その辺りで訓練がてらに撃ち合っていたネルとマルクトもひと段落したようで、ウタハの元へと戻って来た。

    「どうだったネル。マルクトの調子は」
    「悪くねぇな。あたしについて来られるぐらいには身体も動かせるし、何より正確だ。きっちり当ててくんのは褒めてやってもいい」

     思いのほかネルからの評価が高く、マルクトも誇らしげに鼻を鳴らす。
     しかし、課題もあった。

    「つっても、あくまで器用ってだけでブラフに全部引っかかんのはなぁ。ま、セフィラ相手なら別に必要ねぇかも知れねぇけどよ」
    「でも一回は勝ちました」
    「いつまで引っ張んだよそれ!!」

     よほど嬉しかったのかピースサインをするマルクトの様子にウタハが笑う。
     メンタル的には問題なさそうである。しかし、まだ目に黄金の輝きは戻っていない。ゲブラーに勝てるのかどうかはマルクトが自分を取り戻さない限り不可能だが、今はそれで良いだろう。

    「それじゃあコタマ、『廃墟』の探索は任せたよ。ジャミングもとい『ジャミング的な働きをしている何か』についても分かったら教えて欲しい」
    「あまり期待はしないでくださいよ……?」
    「ネルもマルクトも、コタマの護衛とロボット兵の排除を頼んだよ」
    「任せな」
    「はい、ウタハ」

     頷いた三人はラボから出してある車両に乗り込むと、マルクトが自動運転を起動させて『廃墟』に向かっていった。

    「……それじゃあ、本業の方も進めないとね」

     まずはティファレトの解析から。ウタハは残ったリオたち三人が居るラボの方へと歩いて行った。

    -----

  • 144二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 14:47:00

    次スレ用の表紙が完成いたしました
    今回は今までの表紙と比べ色々と異質なモノとさせていただいております
    構図の選出もこれまでの流れとは違い、モチーフにした絵画はルネ・マグリットの「人の子」
    ルネ・マグリットはシュルレアリスムを代表する芸術家であり、シュルレアリスムとは超現実主義とも呼称される前衛芸術の系譜、そのひとつ
    すなわちアバンギャルドです

  • 145二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 18:36:26

    そういうこった!?

  • 146125/07/12(土) 18:41:41

    >>144

    おお、マグリットだ! ありがとうございます!

    ルネ・マグリットの絵といえば「怖い」というより「不安になる」イメージが多く、その感覚がどこか奇妙で好きなんですよね……!

    ……あと、改めてリオですが、デカいな……(何とは言わない)


    林檎の噛み痕は二つ分。原罪を抱えて投げ出された者は全部で何人?

  • 147125/07/12(土) 19:32:13

     ラボの中には様々な機材が持ち込まれていた。
     ヒマリとチヒロが作業をする中、リオもまたホドを介してセフィラたちに指示を送って解析を進める。

     そうしていると、ラボにはウタハがやってくる。
     リオは解析を行いながら顔も挙げずに声を掛けた。

    「来たわね、ウタハ。ネルたちは出発したのかしら」
    「ああ、行ったよ。そっちはどう?」
    「ティファレトの機能……というより何を作ろうとして生まれたセフィラなのかは検討が付いたわ」
    「流石、早いね」
    「初めてティファレトの機能を見てからある程度は固まっていたのよ」

     『重力操作』。そんなものは現代の技術では不可能だ。
     それも天を地に、地を天になどと神の所業に相応しい。ならば、いったいこの技術は何なのか。

    「太古の人々は『万物の理論』を完成させたのよ」
    「『万物の理論』?」

     ウタハが首を傾げてチヒロの方を見るが、チヒロも分からないと肩を竦める。

    「教えてよリオ。その、『万物の理論』って何なの?」
    「『万物の理論』……それは世界の法則よ」

     リオが最初に語ったのは、自然界に存在する四つの基本相互作用の話からだった。

    「素粒子間にて相互に働く力は四つに分類されるわ。『強い力』、『電磁力』、『弱い力』、それから……『重力』」

  • 148二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 19:58:16

    検索したらトキの銃は「シークレットタイム」っていう名前だった

  • 149125/07/12(土) 19:59:58

     宇宙の始まりは四つの力から始まったという可能性。
     しかし、この見方は考え直されてきているのだ。

     例えば『電磁力』と『弱い力』は二つの力ではなく、ひとつの理論で表されるひとつの力なのかも知れない。
     例えば『強い力』と『電磁力』は二つの力ではなく、ひとつの理論で表されるひとつの力なのかも知れない。

    「重力は違うんだね?」
    「ええ、重力だけは力を伝達するゲージ粒子の存在が確認できていないのよ。だから理論上の存在でしかない。理論上の存在を新たな理論に組み込むことは致命的な誤謬を起こしかねないわ」

     重力に関する研究は確かに進んでいるが、その解明には未だ至れていないのが現状である。

    「要は、プログラムとしては動いてるんだけど書かれたコードに間違いが本当に無いのかは分かってないってこと?」
    「そうね。確証には至れていないけど恐らくこうだろうという推測は成り立っている、という考え方で概ね間違ってはいないわ」

     その上で、とリオは続ける。

    「もしこれからの研究で重力を解明できれば、先に挙げた『二つの力はひとつなのかも知れない』という理論はもっと幅が広がっていくのかも知れない」

     その果てにあるのは何か。
     科学者たちの夢の先にあるのは、『宇宙の始まりはひとつの力によって生まれ、そこから四つに分岐した』という可能性。

     『万物の理論』――世界の根幹たる力の理論を解きほぐすことが出来たのなら、人類は宇宙を構成する全ての素粒子の性質に説明が付くだろう。

    「この理論が完成したとき、人類は時間と空間、宇宙の始まりとその終わりまでもを理解することが出来る」

     物理理論の究極。理解できればその次は何か。

    「人類は、物質世界を掌握できるわ。天も地も、あらゆる星々から宇宙に至るまで森羅万象全ての設計図を手に入れることが出来るのよ」

  • 150125/07/12(土) 20:14:12

    「それは……」

     思った以上に壮大な話に怯みながら、ウタハが呟いた。

    「人が神になる理論じゃないか……?」
    「違うわ。神の領域と思われていたものが人の手に落ちて来ただけよ」

     『神』とは『未知』である。
     故に、解体された『未知』はその神性を失う。

     神の領域なんてものは存在しないのだ。あるのは未だ知らぬものだけ。それが神話の殺し方なのだ。

     リオがそう言うと、ヒマリは「そういえば……」と話を継いだ。

    「始まりはひとつ……なんて聞くと、何だか思い出しませんか?」
    「なにを?」

     チヒロが首を傾げる。ヒマリは微笑んだ。

    「はじまりのケテル。そこから繋がるセフィラたち。そして最後のマルクト。私たちの旅路が第一から第十セフィラへと下るものではなく、第十から第一セフィラへ上がるものなのは人類の歴史を駆け上がるための儀式を模しているのかも知れませんね」

     セフィラたちの根幹を為す技術。それらを伴って自然発生したセフィラという名の『現象』。
     『千年紀行』は『王国』が『王冠』へ辿り着くためだけのものではない。『王国』が選定した『預言者』たちもまた、かつての人類が歩んだ歴史を、神話になってしまった物語へと駆け上がるための儀式なのかもしれない。

    「楽しみですね。私たちは神話に向かって進んでいるのかも知れませんよ?」
    「そんなことより今はゲブラーのための準備よ」
    「…………まったくあなたは」

     相も変わらず空気をぶった切るリオの所業にヒマリが溜め息を吐く。
     そこで言葉を発したのがウタハだった。

  • 151125/07/12(土) 20:27:43

    「ちなみにリオ。ティファレトの機能についてはどう思うのかな?」
    「重力の歪みによる重力場の生成と、空間内における力の方向性の支配だと考えられるわ」

     恐らくそれが、『重力操作』の正体。
     『二体目』が使ってきたのはその応用だ。大きな質量を持った存在すらも完全に掌握できる力。

    「それでひとつ、仮説が生まれたの。ティファレトの『重力操作』はホドの『波動制御』で無力化できるんじゃないかって」
    「……っ! セフィラの技術でセフィラを無効化できるかってことかい?」

     リオはこくりと頷いた。
     ヒマリとチヒロが行っている作業もまたそれを確かめるためのもので、ちょうどその結果が今出たところであった。

    「ウタハ、その答えで合っているようですよ?」

     ガラスケースの中に置かれた鉄をティファレトに浮かせてもらって、それをホドが無力化できるかという実験。
     結果として、ホドの機能はティファレトの機能を打ち破ることに成功したのだ。

     これによりホドの機能もまた解明が進む。
     ティファレトが力の方向性、即ち『向き』を操るものだとすれば、ホドの機能は波、即ち『強さ』を操るものである。

    「つまり、ホドは弾丸も落とせる……とか?」
    「それはどうかしらねチヒロ。質量を持っているものは慣性の法則が働くから力の発生を落とせても完全に止まらないと思うわ。むしろ……イェソドの熱線や雷撃なら掻き消せるかも知れないわね」

     物質を介さない力の発露であれば弱められる。逆に強めることも出来るだろう。

    「だったら、光学兵器の出力を上げる手掛かりにもなりそうだね。私はそっちの方面でゼウスに改造を施そうかな」
    「でしたら、私はネツァクの方に注力しましょうか。次なる相手が『無限生成』であるのなら、ネツァクの『物質変性』が有効でしょうし」

     次々と生み出されるであろうものを水や花弁など、無害な物に変え続けることが出来れば対策は可能だ。

  • 152125/07/12(土) 20:37:49

     そこで「おや?」と疑問を抱いたのはチヒロの方である。

    「会長、ゲブラーは対処の仕様が無いって言ってたけど割と対処できるものなんじゃないの?」
    「……そうね。セフィラについては会長が一番詳しいはず。なのにどうして対処できないって言ったのかしら?」

     何か見落としているのか、それとも会長が嘘を言ったのか、それとも――

    「まぁみんな。今はやれることをやるしかないさ。どちらにしたって、ゲブラー戦は……」

     リオも、ウタハも、チヒロも、ヒマリも、今回のゲブラー戦が何を意味するのかなんて分かっていた。

     勝利条件が存在しない戦い。無限に続く攻勢。
     あの広い『廃墟』において、ゲブラーの居場所を確実に探査する手段が得られなければ一発勝負。

     そうなれば撤退は許されず、初見で確保しなければ恐らく次は無い。
     どうして会長がマルクトにゲブラーと戦わせるように言ったのかなんて分からない。

     いずれにしても、マルクトが自身の機能を取り戻すまで耐え続けなくてはいけないという持久戦だ。
     気絶したら見逃してくれるということが確約されているならまだしも、そうでなければ全員殺される可能性もある。

    「……勝てるの? 本当に」

     リオがぼそりと呟く。

     それでも逃げるという選択肢は無い。突然死以外の命は守ると言った会長を信じるのであれば、この事態は会長から見て『特異現象捜査部ならば対処可能だ』という信頼か。それとも『それで死ぬならそこまでだ』という諦観か。

    「信じれば、出来るのでは無いでしょうか?」

     ヒマリは言った。きっと願えば『願い』は叶う。『願い』に沿って『現実』が動いてくれるはずだと。

  • 153125/07/12(土) 21:10:11

    「非合理的ね」
    「合理だけが世界を動かすのではありませんよ?」

     ここはキヴォトス。全ての『願い』が集う場所。
     何故だかヒマリは、そんな風に思ったのだ。

    「リオ、今回ばかりはあなたにだってどうすればマルクトが戻るかなんて分からないでしょう?」
    「それは……そうだけど……」
    「だったら、今回は私を信じてください。マルクトを信じて上げてください。きっと会長も『奇跡』を願っての賭けでしょうから」
    「賭け、ね……」

     それはリオの嫌う言葉のひとつ。
     『願い』で確率が変わるなんて有り得ない。有ってはいけない。そんな変数は科学技術の根源を否定する。

     けれども今だけは、そうであったら良いとリオは思った。

    「マルクトのための『時間』を作りましょう。総力戦よ、特異現象捜査部の」

     次なるゲブラーが現れるまで、これまでのペースを考えるのに大体セフィラ接続から十日から二週間。
     つまり早くともあと来週には現れるかも知れない。それまでに準備を終わらせて、万全の準備を経たのちに戦いに赴く必要がある。

     ウタハは意を決して全員に告げる。

  • 154125/07/12(土) 21:11:14

    「勝とう。そのために出来る全てを私たちがやるんだ。私たちは、それが出来るミレニアム唯一の部活だ」

     機械語に長けた至上最高のエンジニア、各務チヒロ。
     誰よりも優れた知識を持つリサーチャー、調月リオ。
     如何なる難題をも解き明かすハッカー、明星ヒマリ。
     全てを倒すミレニアム最強のタイラント、美甘ネル。
     一切を聴き分ける精密機械シギンター、音瀬コタマ。

     そして、自分。
     皆が望む全てを作り上げるマイスター、白石ウタハ。

    「勝てるよ、私たちなら。例え勝利条件が無いとしても私たちならそれを作り上げることが出来る。そうだろう?」

     ――無いなら作ればいい。

     それがエンジニア部の基本理念だ。

    「誰にも犠牲を出さない。出させない。そのために出来ることをするんだ」
    「ウタハ……」
    「ヒマリ、君は何も失わない。私は未来を否定するよ。そんな未来はこの世界に要らないのさ」

     ウタハは思った。恐らくここからなのだと。
     ここからヒマリが重傷を負う可能性が生まれ始め、その全てを否定し続ければきっと何とかなる。『この世界』の未来ではないと否定できる。白石ウタハは悲劇を否定し続ける。

    「さぁ、部活動を始めよう」

     ウタハの号令に皆が頷いた。
     『未知』の解体。それがエンジニア部の根源なのだから。

    -----

  • 155二次元好きの匿名さん25/07/12(土) 21:51:47

    ウタハリーダーかっこいいな
    これは会長の器

  • 156二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 01:50:01

    このレスは削除されています

  • 157125/07/13(日) 03:59:40

    保守

  • 158二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 11:44:49

    リオの死を止められないってことはリオの会長就任も相当止まらない気がする

  • 159二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 18:12:03

    さて…

  • 160125/07/13(日) 19:14:40

     『廃墟』へと向かうマルクト、ネル、コタマの三人。運転部に座るマルクトとネルが車両部へのマイクを入れる。

    「おいコタマ。もう着くぞ」
    【あの、やっぱり帰ったりは……?】
    「しねぇよ馬鹿」

     運転部から見える巨大な建造物群――『壁街』を眺めながら、マルクトは思いを馳せる。

     自分が居た場所。いったい誰がどんな思いで自分を作ったのか。
     いや、そもそも『会長』はここで何をしていたのか。どうしてそこまで『千年紀行』を追い求めたのか。

     どうやって、セフィラの認証機構を騙し切ったのか。

    「マルクト。大丈夫か?」

     ネルが気遣うようにマルクトへ視線を向ける。マルクトは頷く。大丈夫だと。

     そして、トレーラーが『壁街』の狭い路地へと入った――その時だった。

    【あ、あのっ……! 車、止めてください!】

     突然運転部のマイクからコタマの声が響き、マルクトは即座にブレーキを踏むとシートベルトを付けていなかったネルがフロントガラスに頭をぶつけた。

    「痛った!? きゅ、急になんだよ!?」
    【う、うぅ……急ブレーキ踏むほどではないのですが……】
    「紛らわしいことすんじゃねぇ!! しょうもねぇ理由だったらぶっ飛ばすぞ!」
    【ちょっと降りるのでついて来てくれますか?】

     舌打ちで返しながらネルが外に出ると、車両の傍には既に降りたコタマが不安そうに空を見上げていた。

  • 161125/07/13(日) 19:27:38

    「おいコタマ。どうしたんだよ」
    「ここ……何か『変』です」
    「あん?」

     ネルも釣られて空を見上げるが、特に変わらないいつもの空が広がっているだけである。

    「何もおかしくねぇだろ」
    「いえ、音の通りがおかしいです。まるでトンネルの中みたいで……上の方から音が返ってくるんです」
    「はぁ?」

     コタマが言うには『見えない天井』があるらしい。
     どこから続いているのかコタマは調べようとスピーカーを取り出して、空へと掲げながら『廃墟』の出口へと歩いて行く。

     それに着いて行くネル。コタマの足が『壁街』と荒野の境に踏み込んだ瞬間、コタマはぴたりと足を止めた。

    「お、おい……。どうし――」
    「こ、ここです……」

     ゆっくりと振り返ったコタマの表情はどこか青ざめていた。

    「ここに……『見えなくて触れない壁』みたいなものがあります」

     『廃墟』と『廃墟』以外の境界線。

     その間に立つコタマはスピーカーを『廃墟』側へと置いて『廃墟』の外に出ると、ゆっくりと顔を空へと向けていく。

    「…………『箱』」

     そう呟くコタマの隣にネルも立ってみるも、コタマの言う意味はまるで分からない。
     普通にスピーカーの音が聞こえているようにしか聞こえなかったからだ。

  • 162125/07/13(日) 20:03:00

     けれどもそれは、コタマの発言を信じない理由にはならない。

    「おいコタマ。その『見えなくて触れない壁』ってのはこの場所だけか?」
    「聞こえる範囲では恐らく左右にずっと続いてます。ええと、ちょっと待ってください」

     トレーラーに戻ったコタマはトランシーバーを二機取り出すと、片方をネルに持たせて再び境界の間に立つ。

    「ネルさんは『廃墟』側に居てください。恐らく、ジャミングの正体が分かります」

     まずはコタマがトランシーバー越しに「あー」と声を出すと、ネルのトランシーバーからもコタマの声がクリアに聞こえた。
     それからコタマが境界を跨いで同じように声を出すと、ネルのトランシーバーからはノイズの混ざった声が出て来た。

    「そういうことか……」

     ジャミング装置があるのではない。
     『廃墟』の中には『見えない膜のようなもの』が存在しており、それが電波の動きを狂わせていたのだ。

     よくやったとコタマに言ってやりたがったが、それ以上にネルの胸中を渦巻くのは『廃墟』に対する薄気味悪さ。
     誰がいったいどんな目的でこんなものを作ったのか。考えても分からないが、やるべきことは見えていた。

    「コタマ。『廃墟』の地図を作るぞ」
    「……分かりました」

     それから三人は『膜』を探すために『廃墟』の中を探索し始めた。
     トレーラーの中には、ここに来る途中で寄ったコタマのセーフハウスから回収した様々な機材がある。
     そのため道具に困ることがなかったのは幸いだった。

     何より、コタマの『音を聞き分ける能力』の精度は驚異的であった。

  • 163125/07/13(日) 20:13:47

    「ネルさん。ここにも『膜』があります」
    「分かった。――マルクト! ロボット兵は!?」
    「……見える範囲は全て倒し切りました」

     遠くから走り寄って来たマルクトは軽く息を吐きながらネルたちの元へと戻る。
     それからコタマが見つけた『膜』を元に『廃墟』のマップ情報に線で区切っていく。

     結果として浮かび上がったのは次の情報である。

     『膜』は正方形を描いていた。
     『膜』は建造物の中であろうと外であろうと、物質的な壁も何も無視して存在する。

     コタマが聞き取れる範囲では一辺の長さは33メートル。
     『膜』と『膜』の間には3メートルの『隙間』が存在し、それがどこまで続いているかについてはまだ分からない。

     そうして描かれた図形を見て、マルクトは呟いた。

    「『フラクタルボックス』……」
    「なんだそれ?」
    「ネルさん。イェソドが発生した場所に置いてあった箱ですよ」
    「あー、つかなんでお前が知って――って、盗聴してたんだっけか」
    「はい!」
    「なんでちょっと誇らしげなんだよ……」

     ネルが呆れたように半目で眺めるが、それはともかく、とマルクトは自らの推論を口にした。

    「『フラクタルボックス』も『フラクタル都市』も、『膜』の位置を描いた地図だったのではないでしょうか?」
    「っつーことはデカい箱の中に六つの箱があんのか。今度は横方向で探してみっか」

  • 164125/07/13(日) 20:47:26

     進展が見えてきたとネルもやる気が出て来たが、一方コタマの顔色は優れない。

    「あの……『フラクタルボックス』って生き物なんですよね?」
    「そうなのか?」
    「ああ、いえ。済みません。新素材開発部がそう言っていたんです。……なんで生き物なんですかね?」

     コタマは問いかけているわけではなかった。
     気付いてはいけないことに気付いてしまったような気味の悪さ。
     そもそも、『フラクタルボックス』の材質とセフィラの材質は同じだとエンジニア部も解析していたのだ。

     ならこの『膜』は――『セフィラ』なのでは無いだろうか?

    「私たち……いまセフィラのお腹の中にいるんじゃないのでありませんかね?」
    「「………………」」

     奇妙な沈黙が訪れる。
     ここはいったい『何なのか』。自分たちはいったい『何の中に』いるのか――

    「とりあえず、調べてみるしかねぇだろ。『膜』を躱して通信する方法もゲブラーを見つける方法もよ」
    「はい、ネル」

     とにかく今は調べるしかないのだ。
     情報を集めて、詳しい考察や推測はヒマリたちに任せた方が早い。

     そうして三人は日が暮れるまで『廃墟』の調査を行っていった。

    -----

  • 165125/07/14(月) 00:15:35

     それから七日七晩。特異現象捜査部の面々は解析や情報収集に努めた。
     エンジニア部メンバーたる四人はほぼ不眠不休で開発と研究に没頭し、いくつかの発明品を生み出した。

     まずはウタハの『ゼウス』。
     キツネ型ではありながらその大きさは馬ほどにも巨大化し、二人ぐらいならその背に乗せたまま疾走することが可能となった。

     ゼウスに備え付けられた機能は『雷砲』、『瞬間移動』、『自動小銃』の三つ。

     『雷砲』はバッテリーを消費して指向性を持った電力を撃ち出す兵器であり、組み込んだ場所は口腔内。
     ホドの機能を利用した増幅装置とティファレトの機能を利用した指向性の担保によって、僅かな電力で前方へ高火力の雷撃を放つ光学兵器だ。
     ただし、各種制御装置に使用されるエネルギーが多いため実質の装弾数は三発。三発限りの必殺である。

     『瞬間移動』はイェソドの機能から大きく制限されたものであり、移動できる距離と場所が固定されている。
     前脚に組み込まれたパイルバンカーを用いて『移動先』になる信号装置を対象となる地点に撃ち込む。そこから10メートル圏内であれば撃ち込まれた信号装置を消耗する形で再出現することが出来るようになった。

     弱点としては『0.5秒間停止していなければ使えない』ということと、『移動後10秒間はすぐに転移できない』ということ。
     『瞬間移動』を行った直後は機体の安定性が損なわれるのだ。言ってしまえば内部が一時的にズタズタになる。安定性を担保するならば、1分間は停止しつづけなければ再出現後の分子位置の誤差を修正しきれない。

     それを無理やり補正するのが有機機体に換装することで生まれた『復元能力』。
     削られた機体を直すことは出来ないが、同質量での分子の組み換えによる『元の形への復元能力』は得られた。
     これはネツァクの『物質変性』の中で解析できた部分を取り込むことで可能となった。

     そして『自動小銃』。両肩に繋げられた武装ではあるが、違うのはその弾薬である。
     ゼウスに余分な質量を追加したのだ。それをネツァクの機能によって弾薬を精製――発射する。
     もちろん通常の弾薬もマガジンベルトとして身体に巻き付けてあるが、それらを撃ち果たしても補充できるよう体内に弾薬ではない同一の物質で埋めたのだ。

  • 166125/07/14(月) 00:34:33

     これにより弾薬を使い切るまでは一定の強度を保ち、弾薬を使い切ってからは脆くなる代わりに軽量化による速度増加が見込める形となっている。

     最終的には当たれば即破壊といった状態になるであろうが、これも機械であるからこそ。
     壊れたら直せばいい。その前提は覚悟しなければいけないほどの脅威こそがセフィラなのである。

    「機械は壊れても直せる。けれども人は治せないからね」

     そう呟いた白石ウタハの姿はどこか小さく見えた。
     発明品を自分の子供のように扱う彼女にとっても、代えがたい人の危機を選び取った瞬間である。

     そして、ゼウスの機能開発と同時に作られたのは『強制離脱装置』――ずっとウタハが作ろうとしていた発明である。

     意識を失い動きが止まってから1分後、自動的にあらかじめ定められたポイントへ転送する装置だ。
     流石にミレニアムの部室までというのは無理だったため、距離を考えた上で転送場所はトレーラー内に設置することに決まった。

     外部から動かされない状態で1分以上経てば、あとは範囲内にトレーラーが存在すれば正しくその状態で転送される。
     意識の消失と座標の固定。その条件さえ満たせれば回収できるというもの。故に、トレーラーの重要性も自然と高まった。

     そこで生まれたのが『廃墟』の中を移動するための移動手段。
     トレーラーは中間拠点として運用するため、トレーラー以外に個別の移動手段が求められたのだ。

    「シンプルにゴーカートを作りましょう。四輪が安定するわ」
    「だったらサイドカーも付けない? 速度は上げないと逃げ切れないだろうし、上げたら上げたでリオが運転できなくなるし」

     リオとチヒロの提言により個人用の四輪カートが生まれた。
     ブースター付き。普段は時速80キロ程度で走れるが、ブースターを解放すれば一気に時速240キロは超えられるものである。

     これについては特に発明品と呼べるものでもなかったため名前は付けられず、ただ『カート』とだけ呼ばれた。

     そしてカートは『廃墟』組の調査に役立った。

  • 167二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:00:36

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  • 168125/07/14(月) 01:01:45

    「ヒマリ、六番目の箱の外にデカい箱があったらしいんだけどよ……どう思うよ」
    「……では、イェソドの発見地点へと向かってください。本当に『膜』がフラクタル構造なのであるのは『有り得ない』と思いますので」

     小さな箱が33メートル。通路が3メートル。それが六つで6×6。
     その外側にも同じような箱があるのであれば、同じ箱六つを統括する次の箱は一辺が420km以上の巨大な箱になるとヒマリは言った。

     有り得ない。大きすぎる。恐らくこの箱は突然矛盾を孕むような切り口があるはずだというその推測は正しかった。

    「マルクトさん……『円』があります」

     辿り着いたのは6×6の法則を突然打ち破るかのように現れた『弧』の境界。
     これにより判明したのは第二の『膜』は『円』を描くように存在しているということ。

     大きな『円』の中に四角で括られた『フラクタル』が存在している。
     シャーレに浮かぶ培養槽のように、虫眼鏡で観測された範囲に存在する『フラクタル』がそこにはあった。

     そしてその『円』はひとつの図形と一致した。
     即ち――『生命の樹』と。

    「入口がマルクトで、次のイェソドのエリアとホド、ネツァクのエリア……。ティファレトもそうだね」

     ウタハが見る限り、その『円』は真円であり『弧』が分かれば範囲もまた分かるものであった。
     そして、その『円』は徐々に大きくなっている。マルクトよりもイェソド。イェソドよりもホドと――大きくなる『円』に法則は見受けられないものの、確実に言えることは以前のセフィラよりも大きいということであった。

    「例の『犠牲者数』とか?」

     チヒロの総評は今のところ例外なき推察のひとつである。
     各セフィラたちを生み出すに当たった意識の『犠牲者』の数は分からないが、多い順に第一、第二という順列が授けられているのはこれまでのセフィラの発言により疑う理由が未だない言説である。

     ひとまずそれを一旦の『真』と置いた上で研究は進められる。

  • 169二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:04:48

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  • 170二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:05:44
  • 171二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:06:52

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  • 172二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:07:15

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  • 173二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:09:17

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  • 174二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:10:10

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  • 175二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:12:37

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  • 176二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:15:17

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  • 177二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:18:06

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  • 178二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:18:18

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  • 179二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:20:26

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  • 180二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:21:39

    (あ、そうそう。上述したミュートシステムについてだけど、やる気とAIさえあれば理論上1日以内それなりできるで。ちな私は2時間で基礎部分できたね。その後アップデートで時間かかりましたがね)

  • 181二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:22:25

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  • 182二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:26:55

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  • 183二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:31:31

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  • 184二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:32:58

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  • 185二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:35:56

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  • 186二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:36:26

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  • 187二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:38:52

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  • 188二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:40:13

    >>170

    確かこっちから設定すれば自動でミュートできるの最高ですわ

  • 189二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:40:51

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  • 190二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:42:10

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  • 191二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:42:46

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  • 192二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:44:33

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  • 193二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:45:36

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  • 194二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:48:40

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  • 195二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:50:37

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  • 196二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:54:22

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  • 197二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:56:46

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  • 198二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 02:00:50

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  • 199二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 02:01:24

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  • 200二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 02:01:41

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