- 1◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:04:48
雨の日の翌日。この日は気温も落ち着き、薄雲が強い日差しを和らげて心地よい初夏の様相で、担当ウマ娘のスズカも一際気分よくターフを走っていた。
「…………あ」
トレーニングを終え、ミーティングの途中。
体を冷やさない様にエアコンを止めて開け放った窓から涼しい風が吹きこんできた。
スズカの鹿毛の髪が靡き、夕陽の中に溶けていく。
──美しい光景に目を奪われたが、サイレンススズカの専属トレーナーとしての経験則がアラートを鳴らした。
見惚れてる場合じゃない。これは──"いつもの"だ。
「……トレーナーさん」
「ダメです」
きっとスズカはこの風を受け、夕陽へ向かって走りたくなるだろうという確信があった。
過去何度も、ミーティングを中断して走り出すことがあった。
それこそがスズカらしいのだと諦め半分、担当バカ半分──本当はスズカに「おかえり」を言える幸せから──で許容していたが……。
オーバーワークには心を鬼にしようとするこちらの姿勢を察したのか、本人の中で考えが変わったのか。
秋の天皇賞での無理を通して以来、少なくとも何も言わずに脱走することはなくなっていた。
……それでも走ることに夢中になって門限を破り、スペシャルウィークやエアグルーヴと手分けして捜索に出ることはあるのだけれど。 - 2◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:06:02
「ミーティング終わったら、すぐ夕飯じゃない?」
「……そう、ですけど」
今日は特別いい日だからか、珍しく食い下がるスズカ。
すっかり窓の外に心を奪われて、窓の方を向いてしまったままチラチラとこちらを伺ってくる。
儚げな少女が夕陽に照らされ、髪を靡かせながらこちらに流し目を送ってくる。
写真に収めていつまでも眺めていたい綺麗な光景だが……実態は散歩に行きたがる子犬のそれである。
そしてそれが、俺にとっては一番"効く"のだから始末に負えない。
「……………1周だけ。外周り1周だけ走って、戻って汗拭いたらミーティングの続きをすること。いいね?」
ぱぁ、と笑顔が浮かんだ。
「はいっ!1周走って来ますね!」
「…………いってらっしゃい」
お前は担当に甘すぎる……とまた各所にお叱りを受けるだろうなぁ。
ぼやいて窓際の風に吹かれた。 - 3◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:07:03
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───ああ、気持ちいい風……。
心地良い空気。
暑さと涼しさの境目。
夕陽のだいだい色と、夜の青黒がすじ雲で遮られて、雲に不思議なグラデーションがかかってる。
光の色には決まった並びがあるから、確実に緑色の空も存在してるってタキオンが言ってたっけ。
あまりに綺麗な空と風だったから、トレーナーさんにお願いして1周だけ走らせてもらった。
本当はあと8周ぐらい走りたいけど、我慢するって決めたから。
正門を通ると、ちょう学園のトレーナーが担当らしきウマ娘にじゃれつかれていた。
「ねートレっち〜。私、今日すーっごく頑張ったじゃない?」
「うん、頑張ったなヴィブロス」
「ふふん〜♪でしょ?だからご褒美欲しいな〜?」
通り過ぎた背後から、そんな会話が聞こえた。 - 4◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:08:04
真面目そうなトレーナーと、幼なげなウマ娘の声。
「たとえば〜、おデコにちゅー♡とか!」
「ダメ」
「えー!じゃあ……ハグハグ〜♪」
「……それもダメ」
最近の子はスキンシップが激しいのね、と驚いたけど、なんだか違うみたい。
こうしておねだりする事を楽しんでる、そんな雰囲気。
「…………どうしても、ダメ?」
「うっ……でもダメ。そういうのはよくない」
「……わかった」
「ご、ごめんな。人前でそういう事をするわけにはいかないから」
「…………うん」
……あれ?これ人前じゃなかったらいいって言質取られてないかしら。
変に口を挟むわけにもいかない、わよね?
「じゃあ、頭なでなでして?そしたら、元気出るから……お願い♪」
「………………しょうがないなぁ」
悩んだ末に許してしまう、その姿がトレーナーさんに重なった。
================================= - 5◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:09:06
翌日。
トレーニング終わりに小雨が降り出した。
スズカが濡れてしまう前に終えられて胸を撫で下ろしていた。
気温はさほど高くないものの、ひどくジメジメするので開け放っていた窓から、不意に風が吹き込んだ。
水滴が見えないほどの細かな雨が吹きつけ、僅かな涼感に包まれる。
少し濡れてしまったスズカにタオルを渡そうと立ち上がると、スズカも同時に立ち上がり──窓の外をじっと見ていた。
湿った風に濡れた髪が靡く。
細かな水滴が蛍光灯の光を反射して、彼女が白い光を帯びた。
光に目を奪われて息を呑む俺を、スズカが細めた流し目で見つめている。
エメラルドグリーンの無垢な眼差し。
これは──いつものアレだ。
「……トレーナーさん」
「ダメ」
細い雨の中走るのが気持ちいいのはわかる。フレームを水洗いした直後の扇風機の水滴混じりの風は格別だ。
しかし体を冷やしてしまうリスクを思って心を鬼にしなくてはならないのだ。
たとえスズカが祈るように手を組み、悲しそうにこちらを見つめていてもだ。
まるで儚げに祈りを捧げる聖女を思わせる姿。
……だが中身は散歩を求めるわんこのそれなのだから。
聖女スズカよりわんこスズカの方が彼女らしくて良いよなぁ、などと他所ごとを考えていると。 - 6◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:10:49
スズカが一歩距離を詰め、すぐ目の前に。
額に張り付く濡れ髪の1本1本が見える距離でじっと上目遣いに見つめられる。
「どうしても、ダメですか?」
「……………今日は十分走ったし、いつ本降りになるかわからないから、ダメ」
窓の外を羨ましげに見て、また視線が交わされる。
快晴の下のターフを思わせる瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
よし、と。小さな呟きと共に、彼女の白い手が肩に乗せられた。
「……え、スズ、カ?」
「…………じっと、しててくださいね?」
背伸びしたスズカがしなだれかかり、唇を耳元に寄せた。
「……ね、トレーナーさん?」
耳元で囁く声。鈴を転がしたような澄んだ声が脳の奥を揺らした。
──ああ、これはダメだ。きっとどんなお願いでも聞いてしまう。
どこから覚えてきたのやら、渾身のおねだりへの敗北を悟った。
「────お願い♡」 - 7◆M3.yF5qPLm5625/07/02(水) 23:13:19
……以上になります(小声)
スズトレは元からスズカさんに甘いとこあるのでヴィブロスやファインからおねだりメソッドを学習したら死にますので対戦よろしくお願いします。
リスペクト元のスレ
スズカさんはズルいよ|あにまん掲示板切れ長の流し目美人がこんなかわいい顔して「走ってきますね」っておねだりしてきたら思わず「いってらっしゃい」って言っちゃうに決まってんじゃんbbs.animanch.com - 8二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 23:19:13
good
あの声でおねだり、耐えられるかなぁ。俺には無理だなぁ。 - 9二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 23:21:01
このレスは削除されています
- 10二次元好きの匿名さん25/07/02(水) 23:32:15
儚げな聖女(犬)
- 11二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 01:44:27
風に吹かれたりうっすら濡れてるスズカさんがすごく絵になるのに脱走の前兆に上書きされてるの草
スズトレさん甘やかしすぎじゃないですかね… - 12二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 08:21:33
おねだりスズカさんは禁止カードでは…!?
- 13二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 09:26:17
「胸をな撫で下ろす」って自分のだよな?
- 14二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 19:00:47
自分の長所をよく理解している…
- 15二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 19:19:36
8周くらい走りたい(∞周くらい走りたい)