- 1◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 15:58:39
- 2◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:01:44
それはほんの思い付き。
なんとなく今日は、いつもと違うところでお昼寝したい気分になって、ふらふらと気の向くままに校内を歩いていた。
ここ最近足繁く通うようになった教室──わたしとプロデューサーの事務所。
気がつけばわたしは、その入り口にまるで何かに誘われるように立っていた。
半ば無意識に引き戸に手をかける。少しだけ建て付けの悪くなったドアは、一瞬抵抗するようにガタタっと音を立てて開いた。
「──ん」
半分ほど開いた窓から風が吹き込み、レースのカーテンがひらひらと舞っている。髪飾りが翻って、頬をくすぐった。
窓が開いているということは、誰かいるのだろうか。そう思って視線を巡らすも、人の気配はない。代わりに、普段はプロデューサーが座っている椅子に見慣れたジャケットが掛かっているのを見つけた。
「まあ……。シワが付いてしまってはいけませんね」
畳み直そうとジャケットを持ち上げると、ふわっと柔らかい香りが鼻腔を通り抜けた。
「……そういえば、お昼寝をする場所を探していたのでした」
つい笑みが溢れてしまう。
今日はとてもいい日になりそう。
お気に入りの木陰より、中庭のベンチより、もしかしたらきっと、自分のお部屋より──。
素敵なお昼寝スポットを見つけたから。
「はあ、急な呼び出しは本当勘弁してほしいな──おや」
「すー……すー……」
「秦谷さん? ……寝ているのか」
「すー……すー……」
「なぜ俺のジャケットを羽織ってるんだ……?」 - 3◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:12:31
わたしは今、とても困っている。
例えば午後の授業で使う教材を忘れてきてしまったときのように。例えばいつの間にかキーホルダーを落としてしまっていたときのように。得も言われる焦燥感に駆られて、思考が堂々巡りに陥って。結果なんともならなくってお空にポイっと放り投げたくなるような、そんな気持ちになっている。
ふかふかのお布団。木漏れ日のベンチ。そよかぜの屋上。わたしのお気に入りのお昼寝スポットが、どこもかしこも使えなくなってしまっているのだ。
厳密にいうと、使えないわけではない。
自分の布団なのだから使い放題だし、ベンチにペンキ塗りたての張り紙があるわけでもなければ、屋上が封鎖されているわけでもない。
──ただ、なにをどうしても、眠れなくなってしまったのだ。 - 4◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:20:25
「は、秦谷さん……」
「はい、なんでしょう」
「あの……なんというか……うーん」
「? 遠慮なさらず、なんでもおっしゃってください」
「いや、遠慮といいますか、こう……うまく言語化できる自信がないのですが……。ええとですね、とんでもなく顔色が悪い気がするのですが、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」 - 5二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:34:49
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- 6◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:41:29
明らかに大丈夫じゃない。
いつもは穏やかな目は充血しているし、顔色も──普段から色白ではあるが──もはや血色が悪い。
これはちょっとただ事じゃないぞと、秦谷さんの全身が訴えを起こしている。
「秦谷さん。俺はそんなに頼りないでしょうか」
「まさか。わたしのプロデューサーが頼りなかったら、わたしには頼れる人がいなくなってしまいます」
秦谷さんは柔らかく微笑んでそう言った。が、やはりその顔色はおしろいでも塗ったくったように真っ白で、見ているこっちまで血の気が引きそうだ。
「じゃあ、俺に話してくれませんか。何か力になれるかもしれません」
それは俺の紛うことなき本心だった。
このままではライブどころかレッスン中に倒れてしまいそうな今の秦谷さんを、そのまま放っておくわけにはいかない。それはもちろんプロデューサーとしての思いだが、それ以前に人として見過ごせるような状況ではなかった。 - 7◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:50:08
「……わかりました。実をいうとわたしもそろそろ耐えかねていましたから、プロデューサーにはお話します」
「はい。俺にできる範囲でしたら、協力します」
「実は、最近──眠れないんです」
「……なん……ですって……?」
「………………そこまで驚くようなことでしょうか」
「こと秦谷さんに限っていえば、驚き足りないくらいですね」
「……プロデューサーは意地悪ですね」 - 8◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 16:54:21
「いや、しかし。茶化しておける程度の不眠ではなさそうですね。どのような状況なのですか」
「昼寝はもちろん、夜もなかなか寝付けないんです。明け方、太陽が目を覚ますころにようやくうとうとして──気がつくと一時間ほど経っていて、そうして朝になるんです」
「つまり秦谷さんは、毎日一時間しか寝ていないと?」
「はい」
……思ったより深刻みたいだ。
一時間しか寝られないというのは、秦谷さんでなくても相当堪えるだろう。俺も経験がないわけではないが、判断力は鈍るし、頭痛に苛まれることだって少なくない。
まだ高校生の──それもアイドルの女の子がそんな状況に陥っているというなら、可及的速やかに解決する必要があるだろう。
「何か心当たりは?」
「………………ありません」
「その間は、なにか思い当たるものがあるんですね?」
「………………言いたく、ありません」
「……なるほど」 - 9二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:03:47
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- 10◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 17:05:37
さあ参った。俺としては是非ともなんとかしてあげたいが、本人がそれを望んでいないのなら無理強いもできない。どうにももどかしいし悔しいけれど、こればっかりは諦めるしかないだろう。
自分の不甲斐なさにイライラして雑に頭を掻く。すると、秦谷さんがおずおずと声を上げた。
「あの……プロデューサー」
「? どうしました」
「やっぱりお話、きいていただけますか?」
「……! もちろんです」 - 11◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 18:01:39
「…………はい?」
「ですから、プロデューサーの匂いを嗅ぎながらでないと、寝られないんです」
「いや、聞こえなかったわけではなく……え?」
俺は秦谷さんの言葉に、まず耳を疑い、それから夢を疑って、最後に自分の頭を疑った。
だが、三者とも濡れ衣だったらしく、その現実を突きつけるように、秦谷さんが二の矢を放つ。
「プロデューサーの匂い、嗅がせていただけませんか?」 - 12◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 18:42:10
「…………一応お聞きしますが、どのように?」
「そうですね……例えば、添い寝というのはいかがでしょう」
「すみません、それは流石に」
「そうですか、残念です」
そう言って秦谷さんはいたずらっぽく笑う。意外と余裕なのか?
しかしそれも一瞬で、次の瞬間には元の辛そうな表情に戻った。
秦谷さんは顎に手を添えて、思案顔を作り──やがて、ぽんと手を叩いた。
「では、プロデューサーの私物を貸していただけませんか? たとえば、その上着なんかがいいと思います」
「上着ですか?」
秦谷さんがにっこりと頷いて、ジャケットを脱ぐような仕草をして見せる。今着ているものをそのまま脱げと言っているのだろうか。
流石に着ているものをそのまま渡すのは抵抗があるが、まあ添い寝に比べたら、とも思ってしまう。
「ダメでしょうか?」
なにより、担当アイドルにいつになく弱った顔と声で頼まれて、無碍にできるようなはずがなかった。
「わかりました」
「まあ。篠澤さんに教わったわざ、本当に有効だったんですね」
「…………ドア・イン・ザ・フェイスですか」
「まさかわたしのプロデューサーは、一度言ったことを反故にするような方ではありませんよね?」 - 13◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 19:20:40
「……約束は約束ですから。どうぞ」
「ウフフ、ありがとうございます」
俺がジャケットを脱ぐと、秦谷さんは両手でそれを受け取って、さも当然のようにそれを羽織った。代わりに、自分が普段着ているベストを脱いで。
「どうぞ」
「どうぞとは」
「交換です」
「……いりませんが」
「いいえ、受け取っていただきます」
「アイドルの私物をプロデューサーが受け取るわけにはいきません」
「それは、倫理的に?」
「そうですね。倫理的に、もらうわけにはいかないかと」
「あげるとは言っていません。担保のようなものです」
「ですが……」
「プロデューサーがアイドルに自分の私物を渡すのは、倫理的にどうなのでしょう?」
「………………はあ。わかりました」
「はい、では差し上げます」 - 14◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 19:38:20
その後、秦谷さんの体調を慮り、レッスンは取りやめて解散した。いつも通り寮まで秦谷さんを送って行ったが、道中もずっと俺のジャケットを羽織っていたのはさすがに困った。もう少し、周りの目を気にしてください。
「さて、どうしたものか」
秦谷さんから預かったベストをデスクに置いて、腕を組んで眺めてみる。
別にこのまま持っておいて、明日普通に返せばいいのだが、なんとなーく。それだと秦谷さんがまた不機嫌になりそうな、そんな予感がしてならない。
「かといって、別にしたいこともないしなぁ」
五、六分ほどの沈思の末、俺はなんとなく。本当になんとなく、枕元に置いて寝てみることにした。
後になって思い返してみれば、まさにこのときの俺の選択こそがターニングポイントであり、もし過去に戻ってやり直せるのならと聞かれたら迷わずこの瞬間を挙げるだろうくらいには、このときの選択を後悔することになる。 - 15◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 19:46:21
「おはようございます、プロデューサー」
「おはようございます。その様子だと、昨日はよく寝られたようですね」
「はい、おかげさまで。危なく寝坊をするところでした」
翌朝、秦谷さんは昨日までが嘘のように健康的な顔つきになっており、目の下のクマもきれいさっぱり無くなっていた。
「やはりわたし、プロデューサーの匂いに包まれていないと寝られないようですね。こちら、お返しします」
「はい、たしかに。では、俺もこちらを返します」
秦谷さんから受け取ったジャケットをそのまま羽織る。途端、クラッと脳が揺さぶられるような感覚に襲われる。ジャケットに、秦谷さんのにおいが染み付いている。
鼻腔を突き抜ける秦谷さんの柔らかい香りが、脳みそを直接揺らして、ギュンギュンと全身の血が高速で巡るのを感じる。
「ふふ。わたしのベストから、プロデューサーのにおいがします。心地良いですね」
「……勘弁してください」
正直に言うと、俺はこのとき秦谷さんがなんと言っていたのか、全く聞こえていなかった。 - 16◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 19:52:37
「プロデューサー。今日はシャツをお借りできませんか?」
「シャツですか?」
「はい。わたしは代わりに、ブラウスをお渡しします」
秦谷さんはそう言って、紙袋の中の白いブラウスを見せてきた。先ほどまで着ていたのだろう、ところどころ、汗でうっすらと色が変わっていた。
「……しかし、俺のシャツを渡してしまうと俺は裸にジャケットを羽織った変質者になってしまうのですが」
「でしたら、今日はわたしがプロデューサーをお送りします。玄関先で受け取るのなら、問題ありませんよね?」
ダメだろ、そんなの。明らかに他の大きな問題があるじゃないか。断らないと。
俺の理性は確かに働いていた。しかし、俺の視界を今なお占領してやまない汗染みのブラウスが、わずかに漂ってくる秦谷さんのにおいが、その理性の上から蓋をした。
「……わかりました」
「ふふ」
- 17◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 19:56:10
やはり俺の理性は死んではいなかった。秦谷さんから受け取ったブラウスは紙袋の中にしまったまま出していない。
そのまま夕飯を食べ、風呂に入り、床に就いた。
それから三時間経っても、俺は一睡もできていない。眠たくないわけじゃない。それなのに、どうしても寝られない。
理由は明白だ。俺は布団の中で、視線だけを横にずらす。デスクの上に置かれた紙袋から、淡い光が漏れているように見えた。
──あれが、ほしい。 - 18◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 20:00:46
無意識だった。気がついたら、俺は秦谷さんのブラウスに顔を埋めていた。
すぅ、と鼻から深く息を吸う。秦谷さんのお日様のような匂いの奥にわずかに揺蕩(たゆた)うアンモニアの刺激臭が、鼻腔をつんざいて脳に突き刺さる。
くら、くら。
脳が揺れる。視界が捻れる。心臓がバクバクとドラムロールのように鳴り続けた。
ああ、けれど──。
俺はようやく、眠りについた。 - 19◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 20:08:20
そこからは数日、お互いのブラウスとワイシャツと毎日交換した。けれど、それも直ぐ物足りなくなってくる。
そしてまるでそれを見計らうかのように、秦谷さんはいつものウィスパーボイスで俺に言うのだ。
「今日は、肌着を貸してくださいませんか?」
もう理性なんてものはとうに吹き飛んでいた。おかしいとわかっていても、おかしいことだと脳が処理してくれない。
そしてその倒錯的な"プロデュース活動"を二週間ほど続いたころ、秦谷さんは俺の耳元でこう囁いた。
「わたしと、添い寝してくださいませんか」
もはや、俺には選択肢は残されていなかった。
「はい、わかりました」
秦谷さんが、クスリと笑った。
- 20◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 20:19:24
「プロデューサーくん、最近調子がいいみたいですね」
廊下を歩いていると、あさり先生が声をかけてきた。ふわり、香ってくる控えめな香水のにおいに思わず顔を顰めそうになるが、お世話になっている先生にそんな失礼な態度を取るわけにはいかないので、努めて自然に笑って見せた。
「ああ、おかげさまで」
「プロデューサー科の教師たちの間でもすごく評判が良くて、先生も鼻高々ですよ」
「ははは、それはよかったです」
あさり先生のおっしゃった事は事実だった。ここ最近の俺の成績は右肩上がりで、一回生ながら諸先輩がアドバイスを求めてやってくることもあるくらい、プロデューサー科の間では優等生として知れ渡っている。ただ、それは俺の実力ではない。偏(ひとえ)に、アイドルが頑張ってくれているからだ。
「プロデューサー、先生。こんにちは」
「秦谷さん。ちょうど今、あなたのプロデューサーを褒めていたところですよ」
「まあ。それは、担当頂いている身としても光栄ですね」
視線を感じる。少し話しすぎてしまったようだ。担当アイドルがいる身分で、他の女と不必要に会話をするのは不誠実なこと。プロデューサー科の優等生として、そんなことをするわけにはいかない。もう一度、気を引き締め直さないとな。 - 21◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 20:20:36
「では根緒先生。俺は美鈴さんと用事があるので、そろそろ失礼します」
「はい、プロデュース、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
「先生、失礼します」
「はい、さようなら」
「…………根緒先生? 美鈴さん?」
「プロデューサー、今日はどうしましょうか?」
「今日は美鈴さんの部屋で……いいですか?」
「ふふ、もちろんいいですよ。では、行きましょうか」
美鈴さんに手を引かれ、俺は今日も歩いて行く。
俺は幸せ者だ。こんな素敵な女性をプロデュースすることができて。
こんな素敵な女性と、交際することができて。
これから先どんな困難があろうとも、彼女と一緒なら必ず乗り越えられる。俺はそう信じている。
終わり。 - 22◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 20:21:40
くぅ〜疲!
なんでPみすは、なんかこう……こんな感じになっちゃうんでしょうね?
不思議だ。
それでは、今日も読んでくださってありがとうございました! - 23二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 20:38:46
おつ
よかったよ - 24二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 20:57:17
このレスは削除されています
- 25◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 21:04:49
- 26二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:23:51
このレスは削除されています
- 27二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:24:24
美鈴の匂い🥰
- 28◆je8PYTqP5Ydc25/07/03(木) 21:24:39
- 29二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:25:43
- 30二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:30:01
- 31二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:44:47
えっちだぁ…ヤッてる訳じゃないのに凄くえっちだぁ…
- 32二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:56:51
ズブズブ共依存Pみすはそろそろ重要無形文化財に登録されてもおかしくない
- 33二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 22:04:46
ドロドロしてんなあおい!
- 34二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 22:08:28
- 35二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 22:10:33
これ言うほどイチャラブか…?
- 36二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 22:39:08
このレスは削除されています
- 37◆WsV5Czf1Hs25/07/03(木) 22:41:41
- 38二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 00:25:14
なんだこれえっちすぎる!?
いつの間にか美鈴から抜け出せなくなるPえっちすぎる!? - 39二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 00:31:55
曇らせた分と収支プラスになればええやろガハハ