【ホラー・SS・🎲】夢間の館

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:39:43

    ※ホラー
    ※メイン登場人物は凛
    ※その他登場人物はP・X・G所属者に限られる
    ※新英雄対戦待っ最中想定
    ※安価、ダイスあり、選択肢や出目によってはロストもあり
    ※広域ホスト規制されがちのため保守ご協力をお願いします
    ※感想・質問があるととても嬉しいです

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:41:47

    このレスは削除されています

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:42:50
  • 4二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:46:57

     凛は夜のフランス棟を歩きまわっていた。
     新英雄大戦が始まってからというもの、この監獄の夜は妙に静かだ。適性検査の頃の騒がしさが嘘のように、今は誰もが自室にこもり、黙って眠っている。
     思えば、あの時は最悪だった。クソ騒がしいのが三人もいて、よく耐えたものだ――と、今になって少しだけ自分の忍耐力に感心する。
     だが今は違う。こうして深夜にふらりと抜け出しても、ついてくる奴はいない。それがいい。
     ヒヤリとした空気を感じながら、凛は喉の渇きを覚え、ウォーターサーバーのある廊下へ向かう――その時。視界の端を、誰かの背中が横切った。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:49:15

    (……こんな時間に起きてる奴が、他にもいたのか)

     軽く舌打ちし、物陰に身を潜める。が、すぐに違和感を覚える。
     そいつは、食堂のナイフを手に持っていた。

    (……夜食? いや、この時間にメシなんか出るわけがない)

     震えるその手は、ゆっくりと刃先を自分の掌に押し当てる。

    「あ、あいつが悪いんだ……全部、あいつのせいなんだ……ッ」

     刃が肉を裂き、血がじわりと溢れる。その赤は、そいつが抱えた人形に滲んでいった。

    「俺の代わりに堕ちろ、No.1……!」

     ナイフが人形に突き立てられた瞬間、凛の心臓を鋭い痛みが貫いた。

    「……ッ、く……!」

     呻いた凛に気づいたのか、そいつがゆっくりと振り向く。
     P・X・Gに所属した、青い監獄の選手。だが、名前が思い出せない。入札すらされていなかった、印象の薄いモブだ。

    「お前が! お前が悪いんだからなッ!」

     乱れた橙髪を振り乱し、そいつは凛の脇を駆け抜けていった。
     追う気力も湧かない。ただ、痛い。痛い。
     まぶたが重い。身体が動かなくなる。
     そして、凛の意識は落ちた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 16:59:24

     落ちていく。
     深い、水の底のような場所へ。
     声も、光も、何も届かない。
     ただ一つ、胸の奥に残るのは、あの「痛み」だけだった。
     ――目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
     知らない天井だ。
     凛はゆっくり身を起こして周囲を伺う。ここはどこかの洋室ようで、瀟洒な家具で飾られている。
     誘拐されたのかと思ったが、何かがおかしい。カーテンの隙間から見える空は、曇天のまま動かない。
     時計の針も、時間を刻んでいない。
     体が重く、起き上がるのにも苦労した。夢の続きかとも思ったが、意識ははっきりしている。
     いつもと同じはずなのに、五感の奥底に、じわじわと得体の知れない違和感が染み込んでくるようだった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:01:09

     おあつらえ向きに用意されていたスリッパを履いて、ドアノブに手をかける。――冷たい。
     きい、と音を立てて開いた扉の向こうにあったのは、やはり見知らぬ廊下だった。
     白と深緑の壁紙、長く続くカーペットの廊下。
     古い西洋の屋敷のような内装で、どこまでも同じような扉が並んでいる。
     当たり前ながら、ここは青い監獄ではないようだった。

    (……夢、か?)

     だが、夢にしては感覚がリアルすぎる。視界の端で、壁の模様がゆっくりと呼吸しているようにも見えた。
     試しに、スマホを取り出してみる。電源はつくが、ホーム画面のアイコンはすべて黒く潰れていて、時刻表示は「00:00」のまま止まっていた。
     凛は額に手をあて、無言で息を吐く。
     思考ははっきりしている。だが、状況が全く分からない状態だ。
     とにかく、ここがどこなのか、確かめなければならない。
     不気味な洋館の中、凛はただ一人、ゆっくりと歩き始めた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:05:18

     廊下はやけに長く、進んでも進んでも似たような扉が続く。
     天井のシャンデリアは明るすぎるほど輝いているのに、廊下の奥は妙に暗く、光が届いていない。
     何かが、おかしい。
     ……いや、これは――

    (……そうだ。見たことがある)

     胸の奥がざわつく。
     思い出す。この数日、断片的に繰り返し見ていた夢。
     扉がずらりと並ぶ廊下。ひたすら無音の館。目が覚めたあとには何も残らない、ただ気味の悪さだけが残る、意味のない悪夢だと思っていた。
     凛は足を止め、壁を見やる。
     深緑の壁紙の模様――蔓草のような文様の一部が、まるでこちらを睨む眼のように見えた。
     間違いない。この館は、夢の中で何度も訪れた場所だ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:06:37

    (同じ……いや、違う)

     違うのは空気に満ちた重圧だ。
     これまでの夢は、目覚めれば霧が晴れるようにすべてが消えた。だが、今は違う。
     空気が肌にまとわりつき、音のない静寂が鼓膜を圧迫してくる。
     廊下の奥に、確かに「何か」が潜んでいる気配がする。
     そして、まるで、魂だけがここに引きずり込まれたかのような、妙な浮遊感もある。

    (これは……夢の続きなのか?)

     喉の奥が詰まるような不快感。
     視線を感じた気がして、振り返るが、誰もいない。だが、確かに気配はあった。
     凛は奥歯を噛み、再び歩き出す。
     何が起きているのかはまだ分からない。だが、ただの夢ではないことだけは確かだった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:18:40

     歩を進めながら、凛は意識を集中させる。気配。空気のわずかな流れ。
     この場所では、油断した瞬間に何かを見落とす気がしていた。
     そして――それは、不意に視界の端に入った。
     廊下の、もっと先。暗がりの奥を、誰かがふらふらと歩いている。
     肩が揺れ、足取りは不自然に重たい。まっすぐ歩いているようで、どこか歪んでいる。その背中に見覚えは――なかった。

    (誰だ……? 青い監獄の選手か?)

     廊下の明かりの下へ差し掛かったその人物は、うつむいたまま、足を引きずるように歩いていた。
     髪はぼさぼさに伸び、青い監獄のジャージのようなものを着てはいるが、血や土で汚れている。屋内だというのに、シューズもしっかり身に着けていた。
     その手にあるのは、刃物だ。

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 17:20:00

    「……ッ」


     凛の脳裏に、ナイフを手にした人物に危害を加えられた光景が蘇り、思わず物陰に身を潜めていた。しかし、その誰かは、こちらにまったく気づいていないようだった。

     ぶつぶつと何かを呟きながら、凛のほうに向かってくる。


    「……かえれない……かてない……かえっても、何も……」


     声がくぐもっていて聞き取れないが、苦しんでいる様子なのは確かだ。

     凛と同じようにここに落とされた被害者なのだろうか。話せばなにか収穫があるかもしれない。

     だが、尋常ではない様子だ。あの刃物で襲ってこられたら?

     凛はゆっくり息を吐いた。


    (……どうする?)



    >>12

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 18:00:41

    近くにあった物を少し離れた場所に投げ音を立てて様子を伺う

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 18:54:34

    新作きた!たておつ
    楽しみにしてる〜

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 18:56:24

     凛はそっと周囲を見渡し、足元に転がっていた小さな装飾品――落ちた蝋燭立てを拾った。
     重みのある金属の感触。目立ちすぎない程度の距離を測り、廊下の曲がり角へ向けて、それを投げる。
     カラン、と乾いた音が館内に響き、ふらついていた男の動きが、ぴたりと止まる。
     次の瞬間、顔を上げる。――目が見えた。
     虚ろだった。
     焦点の合わない目が、音の立った方へゆっくりと向くが、その目は何かを見ているようで、何も見えていない。
     そのまま、ずる……ずる……と、そちらへ向かって歩き出す。まるで音だけを頼りに、何かを探している獣のように。

    (聴覚で反応してるのか?)

     凛は物陰に身を縮め、息を殺すことに専念した。廊下を引きずるような足音が、少しずつ遠ざかっていく。
     刃物を持った手はだらりと下がっていたが、刃物を手にしているという点では何も安心できない。
     ……どれくらい経っただろうか、完全に気配が消えた頃、凛はゆっくりと体を起こし、音を立てないように呼吸を整える。
     今のは、凛の障害にすらならなかったぬるザコだろう。もとは人間だったとしても、もう人間としての意識はほとんど残っていないに等しいのではないだろうか。

    (……放っておいて、正解だったか)

     しかし、もしあれを「仲間」として認識し、声をかけて、手を伸ばしていたら。
     何が起きていたのかは、もう分からない。

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 18:57:40

    >>13

    ありがとうございます

    今回は安価大目にしたくてかなり非線形に書いてるからよかったら参加してね

  • 16二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 19:37:36

     男の気配が完全に遠ざかったのを確認し、凛は再び歩き始めた。
     壁際の蝋燭の光がわずかに揺れる。風はないのに、影だけがゆらりと動いているように見える。
     周囲に気配は感じない。今なら探索して回れるかもしれないと目線を巡らせれば、廊下の先にある小さな木製の扉が目についた。
     躊躇いなく開けてみると、中は物置のようだった。書類棚、折り畳まれた椅子、使われていないランプ。どれも埃をかぶっている。
     机の上には白紙の紙が何枚か置いてあり、凛は正方形のそれを見て目を瞬いた。そして、最近見たばかりのホラー映画を思い出し、自然と手を動かす。

    「……不格好だな」

     複雑な手順を経て折上げたそれは両手を伸ばした人のような形になっていた。
     ハサミがあれば切るだけで済んだが、生憎この場にハサミはない。カッターでもあればと思ったものの、カッターマットなしに切れば悲惨なことになるのは間違いがなかった。
     次はもう少しまともに折れる筈だと何度か繰り返すうちに、気が付けばそれは紙がなくなるまで量産されていた。

    「作りすぎたか」

     独り言が零れるものの、ここに捨てていくのもしのびない。凛はその折り紙――形代をポケットにしまった。
     そのままそっと物置の戸を開け、周囲に気配がないことを確認してから次の場所へ向かう。

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 19:53:26

     館の中を歩き続けるが、どこを歩いても同じような廊下。扉。影。凛はいい加減イラついていた。

     とはいえ、警戒は怠らないまま角を曲がった、その時だった。

     ――声が聞こえる。


    「……こっちやない、……でも、鍵が違うねん……あいつが見とったのは……違う……」


     小さな客間のような部屋の扉がわずかに開いている。その隙間から、誰かの声が漏れていた。早口で意味の通らない呟きだ。だが、その特徴的な口調と声には聞き覚えがあった。


    (……アイツか)


     思わず足を止め、慎重に中を覗き込む。

     部屋の中では、男が椅子に腰かけ、虚空を見つめたままぶつぶつと呟き続けていた。

     青い監獄支給のジャージ。乱れた髪。その背格好に、凛はすぐ気づいた。烏旅人で間違いないだろう。


    「……出口は……でも、アイツが……目、目、目、目、目目目――」


     そういえば最近、烏は不調だったな――と、凛は思い出す。

     士道へのボール供給に徹していたこの男が、ドイツ戦前になって調子を崩していたこと。

     ロキが、あの調子では困ると嘆いていたのを聞いた覚えがある。


     ……いや、違う。烏だけじゃない。P・X・Gに所属した青い監獄メンバー―七星、時光、烏――その三人ともが、顔を曇らせて話し合っていた場面があったのだ。

     凛は興味がなかったのでその会話は無視していたが、その時の様子をなぜか今になって鮮明に思い出す。

     士道が茶化し、斬鉄がバカな発言で場をかき回し、空気をごまかしていた。……あの時、耳を傾けておけばよかった。

     凛は舌打ちして、客間の中の烏に目を向ける。


    >>18

  • 18二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 21:35:49

    話し掛ける。まだ耳を傾けるチャンスはあるかも

  • 19二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 22:10:58

    ※ショッキング描写注意

     「……おいクソ烏」

     凛は声をかけたが、返事はない。
     まるでそこにいない誰かと会話しているかのように、烏は虚空に呟き続けている。

    「……アイツが、目を……目が……動いて、鍵が……かえれない、かえられない、かえれ――」

     いつもの烏なら、すぐに返してくるはずの軽口も皮肉もない。その姿にほんの一瞬、凛の中に焦りとも苛立ちともつかない感情が浮かぶ。もう一歩、踏み込んで――
     その時だった。
     ――ごっ、と。
     突然、背中に重い衝撃がはしる。
     何かが皮膚を裂き、肉の奥へと滑り込むような感触。

    「……ッぐ……!」

     視界が大きくぶれ、床に膝をついた。
     痛み。熱。何が起きたのか分からない。けれど、確かに「やられた」のだと理解する。
     言う事を聞かない身体に無理を言わせて振り返ると、そこには見知らぬ顔があった。
     青い監獄のジャージを着てはいるが、誰だったのか、名前が出てこない。おそらく、自分が一度もまともに認識しなかった奴――その男の顔は、もはや人間のものではなかった。

    「……ズルい……なんで、お前ばっかり……ズルい、ズルい、ズルいズルいズルい……!」

     男はぶつぶつ呟きながら錆びた剣を引き抜いて、凛の腹を後ろから突き刺す。今度こそその凶器の先端が腹側から覗いて、凛は笑いの代わりに血を吐いた。

  • 20二次元好きの匿名さん25/07/03(木) 23:36:35

    「……燃やさ、ないと……」

     剣を引き抜いたかと思えば、凛のジャージの襟首をつかんで廊下を引き摺りだす。どうやらこのままどこかに連れて行くつもりらしい。
     凛はせめてもの抵抗として男の手に爪を立ててやろうと腕を振り上げた、その瞬間――凛の身体がすっぽ抜けた。

    「……は?」

     先ほどまで燃えるように痛かった身体には微塵の痛みもなく、見下ろしてみると血も穴もない。ふと男の方を見ると、剣の先に白いものが突き刺さっていた。

    「形代……」

     凛がこの前まで見ていたホラー映画は、陰陽師の家系の兄弟が妖怪と戦うアクションものだった。そこでも確かに、兄が弟に渡していた形代が発動し、敵の攻撃を代わりに受けてくれていたが……凛がそう思い描いていたからか、形代はその通りに発動したらしい。
     凛は男が気付いてないうちにと、慌てて烏のいる客間に転がり込んで扉を閉めた。

  • 21二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 09:12:22

    これは本当に夢なのか

  • 22二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 10:18:18

     肩で息をしながら、背中を扉に預けて中を見ると、烏はまだそこにいた。
     椅子に座ったまま、凛のほうをじっと見つめている。
     さっきまで虚空に呟いていた男が、今は沈黙している。それが逆に、不気味だった。

    「……聞こえてるなら、返事くらいしろ」

     言っても反応はない。目は合っているはずなのに、その視線はまるでどこかをすり抜けているような感触がある。

    (……ヤバいかもな)

     凛はいつでも逃げ出せるよう、背中をドアに預けたまま、片手でドアノブを握る。

    「おいクソ烏。こんなトコでくたばるタマか? よく周囲には凡だの言ってたクセにざまないな」

     煽っても無反応だ。だが、烏の指先がわずかに動いた。

    (届いてる)

     凛は一歩、踏み込む。

    「一体何があった? あの田舎モンやうじうじ野郎にも何かあったんだろ」

     烏の口が、微かに開いた。

    「……鍵……目……目が……全部、見てる……」

     それは依然として支離滅裂な呟きだった。だが――目が、凛の瞳を正確に捉えた。

    (まだ間に合う)

  • 23二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 10:22:06

    「見てるって誰がだ、ヘボ烏。誰に見られて、何を怖がってる」

     凛は烏の正面へ出る。無防備になるのを承知で、真正面から向き合った。

    「俺の顔を見ろ。目を見て言え。お前は誰だ?」

     烏の肩が、小さく震えた。呼吸が浅く、喉の奥で何かが詰まったような音を立てている。
     そして絞り出すように、言葉が漏れた。

    「……糸師、凛……?」

     その名を口にした途端、烏の表情がほんの僅かに崩れた。固まっていた顔がわずかに揺れ、目の奥に光が戻る。

    「……見え……る……見え……る……! ッ、あかん、……これ、俺……ッ、夢……の、なか……!」

     椅子から転げ落ちるように立ち上がった烏は、頭を抱えて蹲った。息が荒く、目は見開かれ、全身から冷や汗が噴き出している。何かを取り戻した反動が、一気に押し寄せてきたようだった。

    「落ち着け」

     凛の冷静な人声に、烏の震えがほんの少し収まり、顔を歪めながら凛に視線を向け直した。涙と汗で顔はぐしゃぐしゃだが、先ほどの廃人のような様子に比べれば100倍はマシである。

    「マジ……本物?」
    「俺以外に俺がいてたまるか」

     凛がそう返すと、烏は噴き出すようにして笑った。だが、その笑いはすぐに咳き込みに変わる。身震いしてから吐き出すように呼吸して、ようやく落ち着いたようだった。

  • 24二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 10:27:17

    「……ここ、夢やろ? ここ最近ずっと見とったんや」

    「俺もだ。それで?」

    「普通に寝とった筈なんやけど……気が付いたらここにおった」

    「寝たのはこの日付か?」


     凛はスマートフォンを見せた。相変わらず時刻表示は「00:00」のまま止まっているが、日付は凛が深夜徘徊をした日付で固定されている。烏は軽く頷いた。


    「せや、合うとるで」

    「……ただ寝てただけか?」

    「せやなあ。ただ、いつもおった洋館とは様子がちゃうって思って……不用意に出歩いてもうたんよ」


     烏が視線を落とす。凛は話を促すように無言を貫いた。


    「そこで、アレに出会った。俺は殺されかけたんと、目の前で死んだ奴を目にした時からわけわからんくなってもうてん。目ぇが異様な雰囲気でな。鍵のかかった部屋に閉じ込められとる? 閉じこもっとる? ヤツもおった。この館は調べれば調べるうちに俺達を呑んでまうと思う」

    「……なるほどな。目の前で死んだ奴はどうなった?」

    「知らん。鏡が砕けるみたいにパキパキっていなくなってそれきりやわ」


     つまり、凛はさっきの刺殺で形代が発動しなければアウトだったというわけだ。


    「お前にしては有益な情報じゃねーか。じゃあ、俺は行く」

    「……一人で?」



    烏を連れて行く行かない、形代を分ける分けない含めて委ねます

    どうする?


    >>25

  • 25二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 15:16:21

    連れていく
    形代も分ける

  • 26二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 15:45:20

     その問いかけに、凛はしばらく沈黙していたが、やがてドアノブから手を離し、懐に手を差し込む。
     すぐに指先が紙に触れた。くしゃくしゃになった予備の形代が、まだ数枚、そこに残っている。

    「……仕方ねえな」

     凛はそのうちの一つを抜き出して、無造作に烏の方へ放る。ひらりと宙を舞った紙が、床に落ちる前に烏の胸元に当たって止まった。

    「……これ、なんや?」
    「致命傷相当の傷を負った時に肩代わりしてくれる品だ。だが、気を付けろ。致命傷じゃねえと空代わりにならないし、いつまで目くらまししてくれんのかも不明だ」

     烏は戸惑いながらもそれを掌の上に乗せる。折られたままの人型の紙――見た目はただの折り紙にしか見えない。
     だが、凛の言葉と表情には、それをただの紙だと思わせない気迫があった。

    「……お前、これ……自分の予備ちゃうん?」
    「別に。また折ればいい。あと何枚かある」

     嘘ではない。烏に分かっている事だけを共有したが、これもほとんど推測だ。ただ一つ、今確実にわかっているのは――これを持っていない奴から先に死ぬということだけだ。

    「……非凡、変わったなぁ」
    「うるせえ」

     凛の冷たい口調に少しだけ笑った烏は、その形代をそっとポケットにしまった。

    「ほな……俺も行こか。約束はできんけど、足だけは引っ張らんようにするで」
    「当たり前だ」

     凛はそう言い捨てて、先に歩き出した。烏もすぐにその後ろに続く。
     夢の館の、奥へ。
     そこに何が待っているのかも分からぬまま、二人は歩き出した。

  • 27二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 17:12:12

    凛と烏は小ぶりな客間にたどり着いた。古びた印象が強く、壁紙も剥がれかけたそこは、みすぼらしく見える。しかも、あちらこちらに掌紋がべたべたついているのだ。出血量からして、流血した人物は無事ではないだろう。


    「……臭ぇ」

    「しゃあないやろ。まだマシな方やで」


     烏は部屋を見渡しながら、埃の乗った椅子を払う。机の上には紙が何枚かあったので、凛はそれを確保して烏に向けて軽くうなずいて見せた。

     部屋の空気は妙に重たく、烏が開けた埃っぽいカーテンの向こうには曇天が広がっている。外は庭園が広がっているが、その先は良く見えなかった。そもそも、外があるのかも怪しい。


    「どうしてアイツらは襲ってくるのか、動く人間を襲ってくるとしたら、アイツら同士で殺し合っているのか……」


     凛は静かに語ってから、部屋の奥にある小さなドアに目を止めた。

     高さも幅も控えめで、観音開きの取っ手は鈍く錆びていた。ドアの縁には、乾いた血がかすかに滲んでいる。

     凛が烏に目を向けて小さく頷くと、烏は肩を竦め、部屋をうろつくふりでそのドアの近くに近寄った。


    「なあ、お前なら知っとる? ……七星」


     その瞬間、扉の向こうで僅かに気配が揺れた。息を呑むような静寂の中に、小さな呼吸音。

     ……確かに、そこに誰かがいる。


    >>28

  • 28二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 17:20:59

    七星

  • 29二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 18:08:27

     凛はゆっくりとその小さなドアに近づいた。気配は確かにそこにある。だが、呼吸は浅く、音にならないほどに細い。

    「……田舎者。中にいるのはお前だろ」

     返事はない。だが、扉の向こうの空気が、確かに揺れた。中の誰かが、息を止めた気配がする。

    「俺らは仲間や。今んとこ、まだ正気やで。信じられるかはお前次第やけどな」

     烏の声は、先ほどまでのふざけた軽さが抜けていた。本気で問いかけるような口調に対し、扉は開かない
     凛は舌打ちした。中にいる人物――七星は、おそらく自分で鍵をかけた。外の世界すべてを拒絶するかのように。

    「……出血してどれくらい経った? ろくに手当ができないにしろ、この状態でここに閉じこもっても見つかるだろ」

     それでも、七星は声を出さない。ただ中で、息を潜めてこちらの様子を伺っているのだろう。

    「こんなトコで独りで死ぬつもりか?」
    「……もう、いいんですか?」

     初めて、声がかえった。震えた声の意味を受け取りかねて、烏と視線を交わす。

    「もうええっちゅうのは?」
    「もう、僕、ここにいなくてもいいんですか……? ここにいろって、言われて……」

  • 30二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 18:27:08

    「誰に言われたんや、そんなん」
    「危ないから外に出るなって……出たら、殺されるって……。だから……俺……ずっと……」

     声が、か細く震えている。まるで自分に言い聞かせるように。凛はその有様に小さく鼻を鳴らした。

    「出ても出なくても殺されるだろ。俺は一度死にかけた」

     七星の沈黙が返る。だがその中には、明らかに「揺らぎ」があった。

    「馬鹿にされてばっかで、反撃もできず、今度は閉じこもってろって言われて、それに従ってんのか」
    「……だって……怖かったんです……あ、あんな、血まみれで、武器を」
    「怖えのは、全員だ」

     凛はそう断言するように言った。

    「俺も、クソ烏も。けど、ここで黙って死ぬのはごめんだ」

     そして懐から、形代の紙を一枚、取り出した。そして、折り畳まれた紙を隙間に差し込む。

    「これは一回だけ、命を助けてくれる。俺は、これで助かった」

     しん、とした沈黙のあと、扉の向こうで紙を拾う気配がした。

    「……ほんとに……凛さん……?」

     その問いに、凛は一瞬黙ってから、そっけなく返した。

    「他に誰がいる。さっさと出てこい」

     ゆっくりとクローゼットの扉が押され、血まみれの七星が顔を出した。監獄支給のジャージはところどころ赤に染まっていて、頬にも切り傷がある。

  • 31二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 18:33:01

    「失血は……大丈夫そうだな」
    「あいて」

     凛が改めて形代を鼻先に押し付けると、七星は気の抜けた声を出した。手を引っ込めてひと睨みするとびくつくものの、おじけづいた様子はない。

    「歩けるか」

     七星は頷こうとして、ふらついた足元に顔をしかめる。だが、それでも倒れはしなかった。

    「……なんとか。すみません、迷惑……」
    「だったら黙ってついてこい。役に立たなくても足だけは引っ張るな」

     そのやり取りに、烏が苦笑混じりに肩を竦めた。

    「相変わらず優しないなあ、凛くんは」
    「手加減してもこっちが殺される」
    「ごもっともやわ」

     そう言って、烏は七星の反対側に立ち、さりげなく支えるように位置を取った。七星は、顔を見られないように目を伏せていたが、どこか安堵の気配が滲んでいた。
     凛はそのまま埃っぽいソファを払って腰を下ろす。烏も七星を支えて反対側のソファに座した。

    「で? お前を唆したのはどこのバカだ」
    「わかんねぇっぺ、俺も顔がよくわかんねえなと思って……」
    「P・X・Gの所属じゃなさそうやな」
    「と、思います。というか……ここ、海外選手って一人もいませんよね?」

     七星の言葉に、凛と烏は目を瞬いた。そういえば、さっき襲ってきた剣男も、徘徊していたナイフ男も日本人だった。

  • 32二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 18:48:14

     凛は顎に手をやって少しだけ思考した。七星の指摘は、言われてみれば確かにそうだった。

    「……つまり、ここにいるのは全員、日本人ってことか」
    「おかしい、と、思います! P・X・Gにはシャルルさんとか、ロキさんとか、他にも海外選手が沢山いたのに……」
    「それに、こんな夢にまとめて引きずり込まれるなんて、偶然なわけがない」
    「誰かが俺らを選んで、ここに放り込んだってわけやな」

     烏の言葉に、凛の目がわずかに細くなった。

    (選ばれた――いや、狙い撃ちされた……?)

     だとすれば、誰が。どうやって。
     ここは夢の中で、凛がここに落ちてきた原因はおそらくあの男だろう。あの男が何かをしていて、その条件にかなったのが凛たち日本人――あの男はP・X・G所属だ、なんとなく見覚えのある顔をしている。

    「ここにおるん、殆ど新英雄対戦前に脱落した奴らと……P・X・G所属の日本人だけちゃうん?」
    「間違ってたらアレなんですけど、烏さんと時光さん……最近変な夢見る、パフォーマンスが落ちてるってマスターに言われてましたよね? あっ、俺もだべ……」
    「なるほどな」

     凛はあの男の行動が腑に落ちたような気がして呟いた。烏と七星が不思議そうに凛を見る。

    「俺はここに来た時に人形みてえなモンにナイフを突き立てられたかと思ったら、身体が急に苦しくなって、意識が落ちてた。おそらくあれは俺の髪だかを仕込んだ人形だったんだろう」
    「うげえ……髪?」
    「なんでわかるん?」
    「……お前ら、ひとりかくれんぼって知ってるか?」

  • 33二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 19:44:14

     凛の問いかけに、七星が目を丸くし、烏は気まずそうに口の端を歪めた。

    「やめーや、そういうの。こんなトコで聞く話ちゃうやろ……」
    「小学生のとき流行ってました。やったことはないですけど……」
    「なら手順は知ってるな? ぬいぐるみに米を詰めて、自分の体の一部を入れる」
    「そんでもって塩水持って追いかけっこするやつやんな……?」

     烏の訝し気な問い掛けに、凛は頷いた。

    「アレの仕組みと同じだ。アレはぬいぐるみの米を肉に見立てて、自分の一部をくっつけることで呪術的に結びつける。今回、俺の髪が入れられたと推測したのは、人形が刺されたのに同期して俺に害があったから。おそらく、狙われたのは俺だ」
    「……は?」

     七星が思わず間の抜けた声を出す。

    「この夢の本命は俺だろうな」
    「マジで……」
    「どんだけオカルティックな話やねん……」

     烏が天を仰ぎ、七星がうずくまるように両膝を抱えた。
     凛は立ち上がり、手元の紙の束をちらりと確認する。机があるのを良いことに、白紙を折って形代を量産する。あればあるだけいいのだから、作らない理由は無い。
     その間に、二人に話かける。

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 19:56:30

    「だが、不可解な点がある。男は人形に自分の血を擦りつけてた。そんなコトしなくたっていいだろ、俺に危害を加えるだけなら。でもやる必要があった」
    「……なんでなん?」
    「俺、ばあちゃんに聞いたことがあります。人形に血ぃくっつけて流すことで、自分についた不幸を川に流すみてえな行事があるって」
    「まさしくそれだろうな。男は俺を狙ってたと同時に、俺に何かを押し付けた。おそらく、この夢の根幹に近いモノだ。男はそれを恐れてた」
    「その、男って誰なん? P・X・Gのヤツなら俺らも知っとるかもしれん」

     凛はもう一度脳内を思い返す。オレンジ混じりの髪。特徴的な瞳……だが、ぬるザコモブは眼中にない凛にとって、名前も存在もカス以下でしかない。

    「知らん」
    「かーっ、これだから非凡は」

     烏が盛大に嘆いて、七星が苦笑した。凛は素知らぬ顔で形代を折り続ける。その間も警戒は怠らなかったが、今の所徘徊者とは出くわさずに済んでいるようだった。物音は特にしない。

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 19:58:38

    「とにかく、あの男が恐れて、俺に押し付けたモノの正体を探す。ソイツをブッ壊したら夢から出られるかもしれねえしな」

    「俺もいつまでもこんなトコにいるんはごめんやしな。ほな行こか、形代があるちゅうても身長にな」

    「じ、自分も頑張ります! ……あ」


     七星がぽつりと零した声に凛は眉根を寄せて続きを促す。七星はぴんと背を伸ばした。


    「あ、あの! そういえば、ここに来る前、俺達剣を振り回した男に襲われて散り散りになって……そん中で逃げてく背中に、あの、時光さんが」

    「なるほど? あれも正気に戻せれば戦力になるかもしれんっちゅうわけやな」

    「んだ!」


     七星は傷だらけの身体に覇気をみなぎらせて立ち上がる。ふらついてはいるものの、気合でカバーしたようだ。


    「どないするん。No.1」



    時光を探しに行く?それとも元凶を探しに行く?

    形代の分配を見直すとかもして大丈夫

    >>36

  • 36二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 21:10:44

    時光を探しに行く
    形代の分配も見直す

  • 37二次元好きの匿名さん25/07/04(金) 22:01:13

    形代の分配するよ!


    烏 dice1d3=1 (1)

    七星 dice1d3=2 (2)

  • 38二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 07:44:21

    ほしゅ

  • 39二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 16:22:09

     問いかけに、凛は立ち上がり、懐から形代の束を取り出す。手早く折られた紙の人形たちは、烏と七星に分け与えている現状でも、凛自身だけで数回は死んでも問題なさそうな数が残っていた。

    「……次は、うじうじ野郎を探す。コイツが見たってんなら、まだ近くにいるかもしれねぇ」
    「場所はわからんのよな? ま、館のどっかやろけど」
    「それは歩きながら探す」

     そう言って凛は形代を一枚持ったまま、烏と七星に視線を移す。それぞれに一枚ずつ。ここで増やすべきか、自身のリソースを温存すべきか。少し思案してから、まず烏に目を向けた。

    「お前は一枚のままでいいな」
    「え?」
    「その身のこなしと直感なら、そうそう死なねぇだろ」
    「はは……俺にしちゃ、褒め言葉やな」

     肩を竦める烏の目元に、ほんの少しだけ気合が宿る。次に凛は、七星に向き直った。

    「お前は二枚持て。今の状態じゃ、転けた拍子に死にかねねぇ」
    「えっ、いいんすか?」
    「目の前で死なれると寝覚めが悪い。それに、ここで死んだ奴らがどうなるのか……ちょっと考えてみた」

  • 40二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 16:57:31

     凛は手を動かして、空中に三層構造を描くような仕草をした。


    「第一層が、俺らが見てた何も起こらなかった夢。館にはいるけど異常がない、そんな夢だ。たぶん普通の夢と同じ時間感覚で流れてる」

    「でも……今の俺ら、ここで結構徘徊しても、まだ目ぇ覚めてねえべ?」

    「そういうことだ」


     凛の口調が、わずかに険しくなる。


    「ホラーゲーやホラー映画で、時間が経てば目覚める夢には脱出条件やら時間制限があるだろ。……もしこの夢の一時間が、現実じゃ一秒だったらどうする? その間ずっとこの館で迷って、襲われて、狂って、殺される。冗談じゃねえ」

    「そ、それは……勘弁やな……」

    「二層でこのザマなら、ここで死んでさらに下――深いところへ落ちたら、どうなるかは想像つくだろ」


     七星がぶるっと身を震わせた。凛は無言で、形代を一枚差し出す。七星はそれを両手で受け取り、紙切れ一枚をまるで護符のように扱って、丁寧にポケットへ収めた。


    「……ありがとうございます!」

    「礼は出る時にまとめて聞く。生きてたらな」


     淡々と返す凛に、七星はぎこちなく笑う。烏がその肩を軽く叩いた。


    「よっしゃ、ほな出発やな」

    「まずは近場から潰す。手分けせず、三人で動く」

    「賛成っす。あの、どこかにノートとかメモとか……館の記録的なもん、落ちてないすかね」

    「見つけたら使う。だが、まずは目の前からだ」


     凛を先頭に、三人は再び館の闇へと歩みを進める。



    時光か斬鉄か選んでください

    >>41

  • 41二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 19:10:42

    斬鉄

  • 42二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 22:41:58

     薄暗い廊下に差し込む光は乏しく、絨毯の上を踏む足音すら不気味に吸い込まれていく。

    「誰も出てこねぇなら、それはそれで気持ち悪いな……」
    「いっそ叫んだ方が出てくるかも、ってやつやな。いや冗談やけど」
    「……静かにしろ」

     凛が立ち止まった。前方、薄暗い廊下の先――誰かが歩いてくる。ペタペタとスリッパのような足音と、鼻歌にすら聞こえる無意味な呟き。

    「……誰か、来ます」
    「武器もないけど、一応構えとくか……?」

     三人が一斉に緊張を走らせた瞬間、姿を現したのは――

    「お。ここで何してんだ?」

     堂々と手を振りながら、剣城斬鉄が現れた。あまりに自然に現れたせいで、場に流れる空気が一瞬止まる。

    「……え?」
    「コイツ、正気……?」

     本人は全く気にする様子もなく、話しながら近づいてくる。

  • 43二次元好きの匿名さん25/07/05(土) 22:43:42

    「なんか変な館で目ぇ覚めたと思ったら、そこらじゅうで剣ブンブン、ギャーギャーしててさ……俺、朝練サボった日の夢かと思った」

     凛は思わず沈黙する。烏は肩を揺らし、七星が耐えきれず吹き出した。

    「なるほど、バカすぎると正気を失うコトもないのか」
    「おう!? いったいどういうことだ!?」

     ――なんと、斬鉄は正気だった。もしかすると、あまりにもバカすぎて夢の影響が効かなかったのかもしれない。現実と何も変わらないテンションで、そこに立っていた。

    「お前、一人でこの中歩いてて怖くなかったのか?」
    「ん?なんか変な館だな~って思ったが、内装はわりとオシャレなんだよな。でも剣持って突っ込んでくる奴が多すぎて、落ち着けねぇ……」
    「……まあいい。付いてこい。まだ正気なら戦力になる」

     凛がそう告げると、斬鉄は嬉しそうに親指を立てた。

    「任せとけ、No.1!」

  • 44二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 08:39:00

    保守

  • 45二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 13:33:50

     斬鉄を迎え入れ、四人は凛を先頭に、殿を烏に据えて館の廊下を進んでいた。凛の斜め後ろには斬鉄。烏の斜め前には七星。何かがあれば初速で斬鉄が対応し、背後の警戒はカンのいい烏に任せる。無言のまま、だが効率的な布陣だった。

    「で? お前はこの館で何してたんだよ」

     凛の問いに、斬鉄は腕を組み、ドヤ顔で言い放った。

    「調査だ。要はフィジカルなアプローチによるサイコロジカルなプロファイリング、という。どう? これ、使い方合ってる?」
    「……全然合ってねぇべ」

     七星が即ツッコミを入れる。

    「バカの語彙力は夢でも健在やなあ」

     烏が肩を揺らしながら呟けば、斬鉄は不満げに睨み返す。

    「なんだとコラ、俺は感覚で喋る型なんだよ! 理屈は後から追いかけてくるってヤツだ!」
    「意味は分かってんのか?」
    「わかってねぇから訊いてんだ! ほら凛、お前が解説してくれ!」
    「断る」

     凛の即答に、斬鉄はしょんぼりと肩を落とした。

  • 46二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 13:51:08

     そのやり取りの最中、凛はポケットに手を入れた。形代はまだ数枚残っている。自分と烏、七星に配ってなお余裕はある。

    「おい、バカメガネ。これ持っとけ」
    「お、おう? 紙人形……か?」
    「形代だ。一回だけ命を守ってくれる。使い捨てだから、無駄死にはすんな」
    「おお……なんか、すっげぇそれっぽいな。ありがたくポケットにしまっとくぞ」

     斬鉄は両手で丁寧に紙を受け取ると、胸ポケットへと押し込んだ。
     一行は再び歩き出す。廊下は静まり返り、先ほどまでのざわつきが嘘のようだった。左右に並ぶ扉はどれも閉じられ、遠くで床がきしむ音だけが耳に残る。窓の外には、どこまでも続く闇。

    「この廊下、長くないっすか……? さっきから同じとこ歩いてる気がする……」
    「変な館やしな。構造もまともじゃないんやろ」
    「でもさっき、和室っぽいとこ見かけた気がすんだよな……」

     斬鉄がぼそりと呟いた、そのときだった。
     廊下の突き当たり――そこに、ひときわ異質な引き戸があった。格子の入った障子のような扉。その隙間からは、かすかに線香の匂いが漂っている。
     凛は無言でその扉を指さした。

    「……見つけたかもしれねぇな」

  • 47二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 17:43:32

     引き戸を開けた瞬間、線香の匂いが鼻をかすめる。火の気配はかすかに残っていて、それだけで空間の温度がほんのり違う気がした。
     中は、仏壇の灯りだけがぼうっと部屋を照らしている、静まり返った和室だ。
    けれど、そこには確かに“誰か”がいる気配がある。

    「……いた」

     凛が目を細めて声を落とす。視線の先、仏壇の横の影。誰かがうずくまっていた。膝を抱え、頭を伏せたまま、わずかに揺れている。
     そこに居たのは時光だった。
     何かを呟いている。声というより、息の震えに近い。

    「……こわいよぉ……みえる……いやだいやだいやだ……」

     意味のつながらない言葉が、地面に落ちていくように繰り返されていた。しかし、傷はない。身体も服も、酷くは汚れていない。だが、その姿は明らかに壊れかけているように見えた。

    「……おいうじうじ野郎」

     凛が低く呼ばわると、時光の肩がわずかに揺れた。だが、顔は上がらない。こちらを見ようともしない。代わりに、かすかに首を横に振る。

    「違う……見てくる……また見える……こわい……!」

     理性のない拒絶の言葉。何かに怯えるように、時光は頭を抱え、また膝を強く引き寄せた。斬鉄が前に出ようとするのを、凛が手で制する。全員に見守られながら、凛はゆっくりと膝をついた。

    「お前はそんな雑魚だったか?」

    凛の声は低く、静かだった。

  • 48二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 17:59:49

    「一緒に組んだ時からクソぬりぃコトしか言わなかったのは知ってる。今ここにいないあの自称オシャ黒髪に煽られたりして怯えてたのもな。だが、お前にだってエゴはあんだろ。立ち上がれ、カスのままでいてえならそこで蹲ってろ」

    言葉は届いていないように見えた。けれど、それでも凛は話すのを止めなかった。

    「俺はこんなところで立ち止まるなんてまっぴらごめんだ。そのためには一人でも正気の戦力がいる。……だから、戻ってこい。お前の意志で」

     ふいに、後ろから声がかかった。

    「でも怖ぇべ。俺も……ずっと怖かったっぺな」

     七星の声だった。かすれた声で、でもまっすぐに言葉を投げる。

    「でも、俺は……凛さんがいるから、立っていられる。時光さんもそうだべ? 凛さんと組んでたなら、こんなとこで立ち止まんねぇ筈だ!」

     斬鉄と烏も口を開いた。ぶっきらぼうに、けれど真っ直ぐに。

    「……お前の怖さを俺は分かってやれないが、とっとと立つコトだな。勝てる試合も勝てなくなる」
    「少なくともそこで蹲っとるよりは勝算あるで」

     しん、と静寂が落ちる。
     その中で、時光の手が、かすかに動いた。指先が、畳の上をわずかに滑るように伸び──やがて、凛の袖を掴んだ。

    「……凛……くん……?」

     かすかな声だ。けれど、たしかにそれは正気を取り戻した声だった。
     凛は黙って頷き、形代を一枚取り出す。そして、時光の掌にそっとそれを押し込んだ。

    「持て。そいつがあれば、ひとまず一度は大丈夫だ。お前も戦え。──ここで終わるつもりはねぇだろ」

     時光は、涙の痕が残る顔で、ゆっくりと頷いた。

  • 49二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 21:10:59

    「……全員、揃ったな。だったら──情報をまとめるぞ」

     凛の声に、全員が頷いた。

    「まず、俺と時光、七星は数日前から変な夢を見てプレーの質が落ちてもうて、それで悩んで相談しとった。せやろ?」
    「はい。この洋館の一室にいて、ぼんやりしてるうちに目が覚めるっていう感じの……なんだか不穏な夢でしたね」
    「大体夢で過ごした時間は現実で寝た時間と同じくらいだったのかなぁ? って思うよぉ……」

     烏、七星、時光の証言だ。凛は軽くうなずく。

    「俺も見てたぞ、洋館の夢。多分」
    「多分ってなんやねん」
    「起きてすぐ忘れてたから……」
    「だから不調にもならなかった? 夢を夢だと切り捨てるタイプの人は影響が出てないとか、あり得ますよね……士道さんとか」

     七星の言葉に、全員があのピンク触覚の顔を思い出した。夢ごときでどうこうならなさそうなメンタルの人間である。

    「……次だ。俺は前にも言った通り、クソモブに刺されて気が付いたらここにいた。クソ烏同様、全員普通に寝てたのか?」

     凛の問い掛けに対しては全員が頷いた。寝た時間帯も大体消灯の時間より少し早いか遅いかくらいで、バラつきはない。深夜まで起きていたのは凛だけだ。

  • 50二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 21:34:55

    「やっぱり、俺だけここに落ちてきた時間が短いから、正気を失わずに済んだっつー感じか。で、改めて聞くが……正気を失ってた組は、あの徘徊するぬるザコ以外に何を見たんだ?」
    「見た、なぁ……見たっちゅうか、見られたんよ。黒い人影のようでいて、そうでない、不定件のバケモンやった。あれを見た瞬間、俺は頭がおかしなって、気が付いたらあのザマや」
    「俺はそれは見てません。剣を振り回した男の先でナイフ男に襲われて、怖くて隠れてました。隠れてるうちに頭がぼーっとしちゃって、自分で閉じこもってるのか閉じ込められてるのかわからなくなっちゃったんですよね」
    「俺は黒い影を見たような気もしなくもないが、剣男ナイフ男の印象が強かったな。この足で逃げ切ったが。……すごいぞこの世界、どれだけ走っても疲れない」
    「ぼ、僕は見たよ……逃げた先でばったり遭遇して、この仏間にいれば安心だってなんでか思いこんじゃってぇ……ごめんなさい……」

     総合すると、その黒い人影のようなものを見た瞬間から全員が狂ってしまったようだ。剣男やナイフ男が狂った発端も、もしかしたらその黒い人影が原因かもしれない。

    「じゃあ、その黒い影もブッ潰す」
    「まともに見たら非凡かて危ないで、遭遇を避ける方がええんとちゃう」
    「だったらこの夢のなかでちんたら待てってのか? 冗談じゃねえ」

     凛と烏がにらみ合い、先に凛が立ち上がった。

    「ど、どこ行くの?」
    「書庫かなんかあるだろ、こういう館には。それを探す」
    「安全重視でな」
    「速度重視だ」

     凛がそう口にして、仏間から出ようとした直後。
     バァンッ、と乾いた破裂音のような轟音が響いた。

  • 51二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 22:22:35

     頭上から――音よりも先に、圧が降ってくる。空間ごと、叩きつけられるような衝撃。
     天井がめくれたように歪み、畳の上に巨大な影が落下した。
     反射的に凛が身を引くが間に合わず、その影が振りかざしたものが叩きつけられる――と思った瞬間、横から飛び込む人影。

    「凛さんッ!!」

     七星だった。凛の身体を押しのけ、代わりに影の直下へと突っ込む。
     次の瞬間、ゴン! という、物理の理から外れた重低音が仏間に響いた。
     それは大斧。柄の長さだけで人の身長を超えるような武器が、七星の身体を薙いでいたのだ。
     真っ二つになった七星の身体に凛が、皆が絶句していると、遠い所にいた時光が悲鳴を上げた。そしてそこに居たのは七星だ。

    「っぶねぇ……俺、今死んでたべ……?」

     血の気の引いた顔で、七星がかすかに笑う。形代を消費して即生き返り、目くらましが行われている間にあそこまで逃げたようだ。

    「逃げろや! 死ぬで!」

     烏の声が飛ぶ。斬鉄が即座に前へ出て逃走ルートを確保したことで、凛と時光、七星は先に部屋から逃げることができた。遅れて斬鉄と烏がやってくるものの、その次にはぬらりと刃が飛び出てくる。

    「中ボスか!?」
    「ラスボスやないのは確かやな!」

     大斧を持っているのは青い監獄の選手ではなかった。筋骨隆々の身体で大斧を操る、庭師の恰好をした男だ。元々この館の住人で、怪異と化してしまったのか――などと考えているうちに、その男が凛をひたと見据える。

  • 52二次元好きの匿名さん25/07/06(日) 23:34:50

     ロックオンされた。そう考えた途端、凛は舌打ちしてきた道とは別の廊下に走っていた。斧男が廊下の狭さに苦労しつつも、それを追ってくる様子を見て、烏が舌打ちしながら前に出た。

    「俺が目になったるから動けや、凡!」
    「俺の速さ……活かす!」

     斬鉄を指名した烏は、どうやら囮になってくれるようだ。形代があるとはいえ危険だろうが、烏が何の勝算もなしにこの役を買って出るとは思えない。

    「敵の狙いは非凡やろ。やったら死んだらゲームオーバーや。はよ逃げて、なんか掴んだら即行動しろや。気ぃさわるけど従ったるわどあほ!」

     凛が死んだら終わり。全員がそのことを認識し、にわかに緊張が走る。だが、そこで声を上げて凛に続いて走りだしたのは七星だった。

    「うわああ!! あんなのが居るなんて聞いてないよぉ! あれに細切れにされるんだ! うわぁあいやだいやだ逃げないと!」

     時光はいつものネガティブが顔を出しているようだが、走る弾丸のような姿勢で凛たちの加速を支え、七星が索敵するため、凛としてはやりやすい。
     しかし。

    「今度はチェーンソー!?」

     同じく庭師の恰好をした男が現れ、十字路に立ちはだかった。万事休すか、というところで、七星がチェーンソー男の脇をかいくぐる。

    「俺は……俺は、凛さんの役に立ちます!!」

     囮になるつもりだ。時光は凛とチェーンソー男を交互に見てから、その場で足を止める。

    「ひえぇ……り、凛くんが死んじゃったらゲームオーバーなら……お、俺がやるしかない……うう……怖いよぉ……手掛かり見つけてぇ!」

     時光の裏返った悲鳴に、凛は舌打ちした。そのまま七星と時光が作った隙を塗って、直感の囁く方へと走り抜ける。
     悲鳴と破壊音が遠ざかり、凛は再び一人になった。

  • 53二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 00:11:13

     ……いくら走っても疲れない。
     斬鉄が言っていたことだったが、今ほどそれをありがたいと思ったことはなかった。重たい空気の中、耳に残る破壊音を背後に残しながら、凛は廊下を駆け抜けていた。
     何かが割れる音が、誰かの叫びが、遠くでかすかに響いている。けれど、振り返ることはなかった。
     やがて、曲がりくねった廊下の先――ひとつだけ、空気の違う扉が見えてきた。
     木と鉄が混ざりあったような重厚な観音扉。西洋館には不釣り合いなほど、禍々しさを帯びていた。
     凛は直感で理解した。ここが、この屋敷の核だ。
     手をかけると、扉は音もなく開く、その中は書庫だった。空間全体に、古い紙の匂いと埃の気配が満ちている。
     壁一面に本棚。高い天井まで埋め尽くされているのに、中央の机の上にはただ一冊、開かれたままの古文書が置かれていた。
     凛はためらわずに歩み寄る。
     ぼろぼろに崩れかけた紙の上に、見慣れぬ文字列。いや、どこかで見た気もする。
     過去に読んだ何かの断片が、無意識にこの言葉を意味として捉えさせる。
     その言葉を読んだ瞬間、耳の奥で何かの旋律が聞こえた気がした。
     世界が、一瞬静止する。

    「……なるほどな、俺にまた歌えって言いてえのかよ」

     誰にでもなく、凛は呟いた。それから静かに書庫を出た。他に調べれば、この世界を作り上げている冒涜的なナニカだったり、他の魔術の知識だったりを得られたのかもしれない。だが、凛にはこれだけで十分だった。

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 00:24:30

     チェーンソーの駆動音が近い。あの二人はやられてしまったのか、息をひそめているのか。
     そう考えて顔を出すと、目の前に居たのは剣男だった。いきなり突っ込んできたそれに防御反応で手を前に出すと、ざっくりと手を切られ、焼けるような痛みが走る。
     形代は致命傷でないと反応してくれない。凛は薄く笑みを浮かべると血走った目をした剣男に向けて口を開いた。

    「……おい、ザコ。俺の視界にも映らなかったお前が、ここで俺をサッカーじゃない方法でブッ倒して、本当に満足か? どこまでもぬりぃな」

     男は咆哮を上げ、凛の肩から腰までをななめに袈裟切りにした。先程の七星のようにはいかなかったらしく、痛みが増しただけだ。というか、素人の扱う武器なんてこんなものだろうとも思った。

    「全然熱くねぇ」

     再度刃が振り上げられたところで、凛の意識がふっと途絶える。一瞬の断絶の後に、形代に剣を突き刺し続ける男を少し離れた場所で見ていた。凛はそのままチェーンソー男たちが居る方に走りだす。
     音を残し、剣男の怒声が遠くなっていく中で、廊下を曲がる。その先には、まだチェーンソーの駆動音が唸りを上げていた。
     ──居た。
     七星と時光が、壁際に押し込まれるようにして身を寄せ合っている。
     前方ではチェーンソーを手にした、庭師のような恰好の怪異が、立ちはだかっていた。

    「凛さん!」

     七星が凛の姿に気づき、顔を上げる。その表情には驚きと喜びと、ほんの少しの安堵が混じっていた。
     カツン、と足音。
     凛が反射的に振り返った時には、もう遅かった。
     それが何なのかを理解する前に、凛の腹部に激痛が走る。
     刺されたのだ。その柄を握るのは、青い監獄の元選手――だが、もうその表情に人間の理性はなかった。
     笑っていた。口元だけが、異様に吊り上がっている。
     凛は咄嗟に腕を振るったが、それよりも早く、ナイフがもう一度振り抜かれた。
     二発目。首を狙ったその軌道は正確だった。
     ――世界が、一瞬で暗転する。

  • 55二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 10:04:42

    ほしゅ

  • 56二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 11:07:37

     肉体の痛みも、視界も、すべてが霧散するように消え、視界が再起動する。
     死に戻りにすっかり慣れた凛はちらと視線だけでナイフ男を見た。ナイフ男はまだ凛の形代を突き刺し続けている。形代のお蔭で命は救われた。だが、残数は――あとひとつ。
     凛は、地面を蹴る。この館に潜むすべての怪異に対して、残されたカードが形代とコレだけ。
     だが、それでも。

    「行くぞ。立て」

     凛は呆然としている七星と時光にそれだけを短く告げ、脇を走り抜けた。

    「……っしゃ、やるっきゃねぇっぺな!」
    「うぅぅ怖いぃぃ! けど行くぅぅ!」

     二人はチェーンソー男の大ぶりな一撃をかいくぐるなり、凛の背を追って走り出す。

    「何か手に入れたの!?」
    「さすが凛さんだっぺ!」

     賞賛する二人の声に混じり、今度は斧の音。床板が割れるような衝撃音が響く方角へ、凛は向きを変えた。
     斧男が、あの巨大な武器を振り上げている。
     その前にいたのは、烏旅人。片膝をつき、何かを投げようとしていた。

    「このッ、非凡ッ……来んの遅いわ!!」

     叫びと同時に、斬鉄が横から飛び出してくる。斧男の攻撃を受け止めるように、その巨体へスライディングでぶつかっていく。

    「ナイスタイミング!」

     その隙を塗って、烏が地面を蹴った。斬鉄もよろめいた斧男の後を置いて脇を走り抜けていく凛に合流する。彼の初速で追いつけないものは何もない。
     だが――その直後だった。
     床が破れた。

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 12:11:16

     チェーンソー男と斧男の攻撃が蓄積し、館そのものを壊したのだ。
     衝撃。粉塵。柱が崩れ、壁が崩れ、廊下が傾く。
     世界の外縁が剥がれるように、夢の屋敷が外と繋がった。吹き込む風が、生ぬるくて懐かしい。
     凛たちは空中に放り出された。

    「うぉおお!?!!」
    「死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
    「流石に無理やて!」
    「死……!?」

     全員が叫んだ、その時だった。凛は、腹の底から息を吸い込む。
     そして、歌うように言葉を紡いだ。
     
    「──ふるべ ゆらゆらと ふるべ!!」

     空間が、音を立てて歪んだ。光が差し込む。現実のものではない、眩いまでの純白。
     夢の構造が剥がれ、魂の外側から世界が崩れていく。
     感覚が消えていく。視界も、音も、重力も、体温も、すべて。
     凛は真っ白な光に包まれるようにして、意識を失った。

  • 58二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 15:00:50

     意識が浮かび上がる前に、最初に感じたのは――硬さだった。
     床ではない。布団でもない。背中にあるのは、薄いマットレスと冷たいシーツの感触。肌にかかる布の重さ。
     息ができる。空気が乾いていて、何かの消毒薬の匂いが混じっている。
     ──これは、現実の匂いだ。
     そう自覚するなり、凛はまぶたを開いた。
     白い天井。鉄枠のベッド。薄いカーテン。壁には時計が掛かっていた。針は、午前三時過ぎを示している。
     ここはフランス棟の医務室だ。

    「……戻った……のか」

     凛は小さくつぶやいた。喉が焼けるように乾いていた。何度か咳き込んでから、溜息を吐く。
     夢の中のあの屋敷は、確かに崩れた。
     ふるべゆらゆらとふるべ――布留の言を唱えた瞬間、世界が音を立てて砕けた。 

    「……全員、無事か?」

     そう問いかけた声は、誰にも届かなかった。あたりまえだ、この部屋には、凛以外に誰もいないのだから。
     シーツをめくり、身体を起こす。首筋や背中に残る違和感。あの時、剣で斬られたはずの傷は、どこにもない。だが、ポケットの中に、何かが入っている。
     凛はそれを取り出した。それは――一枚の紙片。形代だった。
     焦げてもいない、破れてもいない、ただの余りでしかなく、また、それはこちらの世界では効力を発揮しないとすぐにわかった。
     凛は立ち上がり、足元がしっかりしていることを確かめた。夢の中と違って、今はちゃんと重力を感じる。
     けれど、足を一歩踏み出した瞬間、ほんのわずかに眩暈がした。

    「……クソが」 

     凛は振り返らずに、医務室を出た。

  • 59二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 15:42:39

     廊下は静かだった。深夜のフランス棟は、まだ眠りの中にある。だが、この静けさは、もはや以前のそれとは違って感じられた。 
     道を経てたどり着いた備品倉庫の扉は半分だけ開いていた。
     軋む音を立てて中に足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が凛の肌を撫でる。
     中は、拍子抜けするほど普通だった。ボールやマーカー、未開封のビブスやトレーニングギアが整然と積まれている。
     だが、照明の届かない最奥。棚の影に隠れるようにして、何かを抱え込むように蹲っている人影が居た。
     凛に危害を加えた男だった。顔は青ざめ、肩は小刻みに震えている。手には黒い布に包まれた手鏡を持っていた。
     その姿を見た瞬間、凛の中に冷たい怒りが湧き上がる。

    「……見つけたぞ、モブ」

     その声に、男がビクリと跳ねた。
     凛に気づくや否や、男は鏡を背中に隠しながら、後退りを始める。

    「や、やめろ、くんな……! こっち来るな……!」

     喉を詰まらせた悲鳴。だが、その手にはもう一つのものが握られていた。
     ――人形。生米で膨らませた腹、黒い糸で縫われた口。そこに付着した血液とぱらぱら米を零す傷口が痛々しい。
     男が震える手でナイフを手に取ると、それの足あたりを突き刺した。
     刹那、凛の視界がかすむ。がくんと刺された箇所から崩れ落ちてしまい、凛は思わず舌打ちした。一瞬の隙を狙うようにして、男は凛の脇を抜けて逃げ出そうとする――ものの、男は悲鳴を上げて尻餅をついた。

  • 60二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 16:00:53

    「はいそこまで。俺らにもちょっかいかけてくれたなあ、凡」

     鋭い視線を携えた烏旅人がそこに立っていたのだ。さらにその背後から、七星、斬鉄、時光も続いて顔を見せる。
     凛はだんだん痛みのひいていく様子に何度か瞬きをしてからゆっくりと歩を進め、男の手元を見下ろした。
     黒い布の隙間から、楕円の銀面が覗いている。すべての元凶だ。
     凛は言い捨てる。

    「鏡を媒介にして何やらやってたみたいだが、クソぬりぃんだよ。どうせなら殺す気で来い、ザコ」

     そのまま、男の手もろとも鏡の上に足を振り下ろした。
     ガン、と硬質な破裂音がして、銀面が割れる。砕けた破片が床を跳ねる。
     その瞬間、背中に、何かが一斉にのしかかってきた。それは決して苦痛ではなく、夢の中で置き去りにした重さが、現実に帰ってきたような感覚。凛という器に再び何かが戻ってきたかのようだった。
     男が崩れるように座り込み、茫然とした目で破片を見つめている。もう何も言葉を発することはない。
     その横で、烏が肩をすくめて言った。

    「ま、こんなことになってもうたし、何はともあれ――絵心と帝襟さんに言わなアカンな」
    「……面倒だ、お前がなんとかしろ」
    「俺らにもさっぱりわからんねん、もうそろそろ来るところやから観念しいや」

     凛の舌打ちに、時光が縮こまった。
     朝が近い。悪夢の一夜は、もう通り過ぎようとしていた。

  • 61二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 19:09:51

     モニターの光が、部屋の壁を青く照らしていた。
     絵心甚八は、顎に手を当てたまま映像を見つめている。隣には帝襟アンリ。資料の束を持った彼女が小さく息を吐いた。

    「……で、糸師くんが体験したことは神話的事象ってことになるんですか?」

     アンリの問いに、絵心は短く頷く。

    「恐らくな。アイツの手に渡った鏡が媒体だ。あれはただの骨董品じゃない。……ヒュプノス信仰系の古代呪具だったらしい。盗難品だって話もあるね」
    「そんな……これからのプレーに支障はないんですか?」
    「本人たちに説明した通りだよ。あの鏡で廃人になったのは、あの鏡に魂をちょっとずつ取られた結果、永劫にも近い時間の中で狂ってしまった人間。青い監獄の選抜で落ちた元選手に関しては、既に入院してるみたいだから、そのまま精神科へ行けばどうにかなるだろう」
    「魂は戻ったんですよね? でも、魂を取られるって……じゃあ、魂さえとられていなければ、彼らは選抜に受かっていた可能性もあるってことですか?」
    「ああ。でも、同じく魂を抜かれていた、というか、一番の標的だった糸師凛がああってコトを考えると、魂の強度=エゴの強さとも言える。エゴがなければここにはいられないから、どのみち同じだっただろうね」

     アンリはなるほど……と頷いてからタブレットをスワイプする。そこには今回被害にあった「生き残り」たちのデータがあった。

    「鏡の力で閉じた夢の領域を作り、その中で対象を拘束する。ここまでは多分順調だったんだろうね」
    「ですよね。それがどうしてこんな事態に? 糸師くんのエゴですか?」
    「違う。アイツには数にしておよそ200の怨霊がついていた」

     絵心はディスプレイに再現された黒い不定形の人型を生み出す。そして見ているだけで頭がおかしくなりそうな輪郭を一瞥して、麺をすすった。

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 19:11:53

    「それが糸師凛の魂ごと夢の世界に落っこちて、具現化して、夢の中の人間の発狂が加速した。勿論、その怨霊は持ち主にも影響を齎す。だからこそ、焦ったんだろうな。そして身代わりを立てて自分は災厄から逃れようとした――理屈だけなら民俗呪術と変わらねぇが、できたのは呪具の力が大きいだろう」

     アンリはモニターに映った凛たちの映像――P・X・Gで練習に励む彼らの姿を見て、小さく眉を寄せた。

    「……じゃあなんで、糸師くんたちはそこから逃れられたんですか?」
    「糸師凛のイメージする生死観が特殊だったコトと、糸師凛が死を恐れず、停滞を恐れたから。あとは――」
    「最後に凛くんが割った鏡で、夢との接続は絶たれた。呪いは解けた、と?」
    「あー、そっちね、それはそう。だって現実と夢の接続点がないんだから。夢の中では眠れば眠るほど死に近くなる。布留の言で蘇った糸師凛たちは、もうあの鏡の影響は受けないだろう」

     絵心は立ち上がると、モニターの電源を切った。部屋に静けさが戻る。アンリはしばらく沈黙してから、絵心に問いかけた。

    「あとは、の続き。なんですか?」
    「……神話的事象に巻き込まれて、生還した人間。彼らは、目の前の困難を打ち砕き、進んでいく。そういった人間は往々にして、正気と狂気の境に立っている」

     絵心はモニターの向こう、どこか遠い場所を眺めているようだった。

  • 63二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 19:14:03

    「――一歩踏み違えるだけで、狂気に堕ちる。そんな者たちをなんて呼ぶか、知ってる? アンリちゃん」
    「えっ、な、なんでしょう……境界者?」
    「俺は、そう言う人間を総称して『探索者』と呼んでいる」

     アンリは目を瞬いた。絵心は構わずに言葉を続ける。

    「糸師凛もまた、探索者だった。だからこそ、生き残ることができた。そういう話」
    「……絵心さんの話の中でも一番わからないです」
    「わからなくってもいいよ、アンリちゃんは」

     肩を竦める絵心の端末が震える。通知を見て、絵心は溜息を吐いた。

    「アンリちゃん、これから面倒ごとが沢山おこるだろうけど、よろしくね」
    「えっ、ちょ、どういう意味ですか!? 勘弁してください!」

     アンリの言葉に聞こえないふりをして、絵心はそっぽを向いた。
     青い監獄は、今日もつつがなく運営されていく。


    P・X・Gメンバー生還END

  • 64二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 21:01:06

    生還おめでとう!
    ホラーに強くて冷静な凛ちゃんをありがとうございました

  • 65二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 21:34:38

    結構順調に全員揃っちゃったのと凛ちゃんが終始冷静だったからあっさり生還しちゃった
    この凛ちゃんはヨドヒ様継続キャラシのつもりで書いてた
    次はドイツ主従の凸スレを考えてたけどリクあれば

  • 66二次元好きの匿名さん25/07/07(月) 22:18:16

    生還やったぜ!!今回も面白かったよ
    分岐点はどこだったんだろ 時光探すところかな?
    元凶行くか迷ったんだよね
    主のSSめちゃくちゃ好みだから次回作ありがたい ドイツ主従楽しみにしてる

オススメ

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